【完結】(白面)ノ 剣【神様転生】   作:器物転生

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【あらすじ】
大ムカデが本性を現したものの、
テレビ番組で報道される事はなく、
蒼月潮の活躍をクラスメイトは知りました。


姉ちゃんは鬼を斬り、人を斬った

 人食いのバケモノであるシャガクシャに、姉ちゃんは自身をかじらせようとしていた。それは未遂で終わったけれど、代わりに姉ちゃんは料理を始める。うちの台所を借りて、みそ汁を作っていた。神経質に、材料の一つ一つを計量器具で量っている。石食いの弱点を教えたシャガクシャに、自分の肉の代わりとして食べて欲しいそうだ。

 

「姉ちゃんのみそ汁かー」

「おっ、お母様がみそ汁だけは作れるようにって教えてくれたの」

 

 オレは感動していた。幻の母ちゃんのみそ汁だ。オレを生んで直ぐに母ちゃんは死んだから、母ちゃんの料理を食べた記憶がない。オレの母ちゃんのみそ汁じゃないけど、姉ちゃんが「お母様」から伝授されたみそ汁だ。テレビ番組で言っていた家伝の味に違いない。そうに違いない。すごく興味があった。シャガクシャに食わせるなんてもったいないな。

 

「シャッ、シャガクシャ様、どうぞ……」

「けっ、妖怪がこんなもん食うわけないだろ」

 

 ガタッ

 

 オレは腰を上げ、シャガクシャに獣の槍を突きつけた。シャガクシャに拒絶された姉ちゃんは落ち込み、目を伏せている。今にも泣きそうだ。シャガクシャァ……今おまえは選択を誤った。オレが大切に思っている物を、おまえは拒絶したんだ。オレは視線でシャガクシャに訴えかける。

 

――姉ちゃんのみそ汁をおろそかにするとは良い度胸してんじゃねーか、ミンチにすんぞ……! 

 

「わー、おいしいなー。何杯でも食えそうだー」

 

 態度を一変させて、シャガクシャは口にみそ汁を放り込む。最初からそうすりゃいいんだよ。オレは座り直すと、オレの分のお椀を手に取った。「いただきます」と言って口に入れる……これ冷蔵庫に残ってた大根の切れ端だ。なんだか冷蔵庫に余ってた食材を片付けたみたいだな……家伝の……味……?

 

「よかったな姉ちゃん」

「うっ、うん……」

 

 シャガクシャに食べてもらって姉ちゃんは喜んでいる。ちょっとはシャガクシャも喜べよ……と思って見ると、シャガクシャは変な顔をしていた。なにか考え事をしているらしく、おかわりを姉ちゃんに渡されると機械的にダバァーと口へ放り込んでいる。見る間に姉ちゃんのみそ汁は減っていく。なにやってんだ、おまえは……!

 

「あー? なーんか頭に引っかかるな……?」

「シャガクシャァ! てめー、もうちょっと味わって食えよ!」

 

「なんだと小僧? わしに指図するんじゃねえ!」

「よーし、シャガクシャ。ちょっと表でろよ……ここじゃ姉ちゃんのみそ汁が零れちまう」

 

「やだね。おい、ガキ。これを鍋ごとよこせ。小僧の分まで食っちゃる!」

 

 オレとシャガクシャは鍋の奪い合いを始めた。とつぜん起こった争いに、姉ちゃんはアワアワと慌てて右往左往している。結局、シャガクシャが鍋ごと口に放り込んで決着した。頬を膨らませてボリボリと、ステンレス鍋ごとみそ汁を食べるシャガクシャに、オレは獣の槍を叩きつける。するとシャガクシャは金属を食えないらしく吐き出した。きったねぇ!

 

 

 シャガクシャのオレへの態度は兎も角、姉ちゃんへの態度は軟化している。姉ちゃんは食材を持ち込み、シャガクシャのためにみそ汁を作っていた。だけど、どうやらみそ汁以外の料理は苦手らしい……味が酷かった。姉ちゃんの味覚は人並み外れている。ちゃんと量らなければ、味のバランスが狂った料理が完成する。一度作って不評だった後は、みそ汁に戻った。姉ちゃんの「お母様」は本当に「みそ汁だけは作れるようにした」らしい。そうしている間に一週間経ち、オヤジが帰ってきた。

 

「うしおー、オヤジ様が帰ったぞー」

「おっ、おじゃましてます……」

 

 時刻は午後7時、オレ達は食事中だった。とつぜん帰ってきたオヤジに、席から立ち上がった姉ちゃんが慌てて挨拶をする。一週間経って、すっかり忘れてた。姉ちゃんはオヤジの隠し子だった。だけど姉ちゃんから、写真以外でオヤジと会った事はないと聞いている。オヤジは自分の子供だと分かるのだろうか……? そう思っているとオヤジは、オレを廊下へ連れ出した。

 

「おい、うしお。まさかお前、パパがいない間に彼女を連れ込んどるのか?」

「このボケオヤジ、おめーの娘だよ!」

 

「なにを言っとるんだ、お前は?」

 

 オヤジは呆れた顔をする。あっ、このボケオヤジ分かってねーわ。オヤジは部屋を覗き、姉ちゃんの姿を確認する。そしてオレの顔に視線を戻した。その間オレはジトーと、半眼でオヤジをにらんでいる。オレの冗談だと思っていたオヤジは、やっとオレの態度に疑問を抱いた。

 

「え? マジなのか?」

「マジマジ」

 

「しかし、あの子はうしおよりも歳下だろう? 父ちゃんは母ちゃんを裏切るマネはしておらんぞ」

「姉ちゃんは16歳で、オレの2歳年上って聞いてるぞ」

 

「時期を考えると母ちゃんと出会う前か……いいや、しかしなぁ……」

「姉ちゃんの「お母様」は『貴方のお父様は光覇明宗で優秀な法力僧だけど、獣の槍に選ばれなくて酒に逃げた蒼月紫暮です』って言ってたなー」

 

 その言葉を聞いた途端、オヤジはピシリと固まった。ダラダラと汗を流し始める。これはアウトだ。思い当たる記憶があるに違いない。またオヤジは部屋を覗き、姉ちゃんの顔を確認した。その場でウンウンと唸り始めたオヤジだったけれど、誰の子供か思いつけない様子だ。やがて諦めたらしくオヤジは部屋に入って、姉ちゃんに話しかけた。

 

「私は蒼月紫暮と申します」

「はっ、はじめまして、蒼月麻子です……」

 

「おい、うしお。ドッキリじゃないだろうな?」

「現実を見ろよ、オヤジ」

 

 ドッキリでもビックリでもない現実だ。こうしてオヤジと姉ちゃんを並べてみれば、他人の空似じゃ済まされない。オレから見ても、オヤジと姉ちゃんに血縁関係があると分かる。性格は全く似てないけどな。オヤジの性格まで、姉ちゃんに受け継がれなくて良かった。

 

「麻子ちゃんのお母様の名前を、お聞きしても宜しいかな?」

「とっ、斗和子です」

 

「お母様のご職業は?」

「えっ、えーと……錬金術師……かな?」

 

 オヤジは姉ちゃんに質問する。錬金術師か……獣の槍を抜く前だったら、そんな話は信じられなかった。姉ちゃんの「お母様」は、妖怪退治に使う道具を開発しているらしい。そんな話をしていると、姉ちゃんは帰る用意を始めた。するとオヤジが姉ちゃんを引き留める。

 

「麻子ちゃん。外は真っ暗だから、今日は泊まって行きなさい」

「あっ、あの……でも……」

 

 とまどう姉ちゃんは、オレの様子をチラチラと探る。人食いのバケモノであるシャガクシャがいるから、うちに姉ちゃんを泊めた事はなかった。だけど姉ちゃんに対するシャガクシャの態度は軟化している。泊めても大丈夫だろうか……狙われるとするならば、オレかオヤジだろう。オヤジは泊める気のようだし、オレも姉ちゃんに頷いた。すると姉ちゃんは、パッと顔を輝かせる。

 

「そっ、それじゃあ、おじゃまします……」

 

 

 その夜、一度寝床に入ったオレは起き上がって、オヤジの寝室へ向かっていた。姉ちゃんの事もあって忘れてたけど、シャガクシャの事をオヤジに話していない。そういえば帰ってきたオヤジが、シャガクシャの存在に気付いた様子はなかった。見えていないのか? とりあえず文句を言うついでに、人食いのバケモノに憑かれている事を相談しよう。

 そうして部屋の前へ行くと話し声が聞こえた。ハッキリとは聞こえないけれど、高い女性の声だ。この家にいる女性といえば姉ちゃんしかない。いったいオヤジの部屋で何をしてるんだ? 姉ちゃんがいるのなら急に開けるのは不味い。声をかけるためにオレは足を止めた。すると扉の前に、なぜか姉ちゃんの剣が置いてある。

 

「はっ、恥ずかしい……」

 

 そんな姉ちゃんの声が聞こえて、オレは扉をスパーンと開けた。まさかとは思ったけれど……腰を下ろしているオヤジの前に、裸の姉ちゃんがいる。プルプルと震える姉ちゃんは、大事な所を隠していた。『父ちゃんは母ちゃんを裏切るマネはしておらんぞ』なんて言葉を信じたオレがバカだったぜ……!

 

「なにしてやがる、この生臭坊主がーっ!」

「なにを勘違いしておるバカ息子がーっ!」

 

「あっ、あの、うしお、違うの。私が見て欲しいって言って……」

 

 その言葉に振り返って見ると姉ちゃんは裸……ではなく、いつもの黒い服を着ていた。そうか……姉ちゃんが……姉ちゃんはオヤジに対して、いろいろと思う事があったのだろう。思い詰めていたに違いない。だけど、道を誤った子供を止めるのが、大人の役割ってもんだろうがー!

 

「このボケハゲ! 娘に手ぇ出してんじゃねー!」

「だれがハゲだ! このチビ!」

 

 ゲシッ

 

「息子を足蹴にするとはてめー!」

「てめーとはなんだ! 気にしてる事を!」

 

 ドカッ

 

「いててて、なにすんだハゲ!」

「こーしてやる! ちーびちーび!」

 

 ポカッ ポカッ

 

 結局、戦いはオヤジの勝利に終わった。あいかわらずアホのくせにバカ強い。床に倒れるオレの周りを、アワアワと慌てる姉ちゃんが右往左往していた。オレに手を伸ばそうとするものの、途中で手を引っ込めてしまう。シャガクシャは打ちのめされたオレを見て大笑いしていた。そんな混沌としている中、シャガクシャが見えないオヤジは説教を始める。

 

「うしお……お前も、もう14だ。そろそろ、この寺の住職の息子として、寺の縁起を知っておいても良かろう」

 

 ~かくかくしかじか~

 

 オヤジによると蒼月家の祖先は、獣の槍でシャガクシャを封じた者らしい。この寺はシャガクシャを見張るために建てられた。蒼月家の口伝によると「土に通じる扉はひらくまじ」……そんな話をしているオヤジの後ろで、暇になっていたシャガクシャが「ふあー」とアクビをしている。オヤジ、そういう事は早く言えよ。手遅れだ。

 

「オレは父親として、おっちょこちょいのおめーが間違えて、そのドアを開けちまう前に言っといてやってるんだからな!」

「そうか! 分かったぜ、オヤジ!」

 

「あっ、あの……うっ、うしお、忘れてるよ?」

 

 オヤジに返事を返して、オレは部屋を出て行こうとする。そんなオレに姉ちゃんが声をかけ、槍を差し出した。おーおー、そうだった。オヤジと喧嘩した時に放り出して忘れていた。巻いていた布が外れて、獣の槍があらわになっている。姉ちゃんから槍を受け取ると、オレは布を巻き直した。

 

「まて、うしお」

「は? なんスか?」

 

「……」

「……」

 

「……」

「……」

 

「はっはっ、まさかな! 私としたことが……それが獣の槍だなんてあるわけがな……」

「そうだよオヤジ。バカだなあ……」

 

 今まさに「おもえもなー」と言っているシャガクシャの事は黙っておこう。そうしよう。土蔵は扉が壊れた時のままだ。住家へ帰ってくる時に土蔵の前は通るけれど、きっとオヤジは暗くて気付かなかったに違いない。姉ちゃんは空気が読めるので、オヤジに余計な事は何も言わなかった。

 

 

 翌日の朝、土蔵の前でオヤジはハゲ散らかしていた。気付いちまったか……それを無視してオレは中村や井上、それに姉ちゃんと共に出かける。行き先はデパートで開かれている絵画の展覧会だ。中村が「姉ちゃんを誘うように」と言って、オレも誘ってくれた。オレが前から見たいと思っていた羽生画伯の展覧会だ。

 羽生画伯の描いた一人娘の「礼子像」のシリーズには感動する。だけど、熱心なファンがついて、美術賞も沢山もらって、これからって時に……変になった。人の目に釘を刺した絵、悲痛な表情を浮かべた人々の絵、悪魔の尻尾に突き刺された人の絵なんて感じに、暗い絵が増えていく。

 そして一人娘が暗闇の中、小さな窓から差し込む光に照らされて、椅子に座っている絵が最後だった。その絵を最後に、羽生画伯は死んだ。その絵だけは写真だ。本物は一人娘の礼子さんが持っている。変だけれど、でも暗いムードがある、この絵をオレは好きだった。

 

 

「か~~っ、やだね~~。この『絵』とやらを描いたヤツは、別の人間どもを呪って死んでいったな……そうして死んでいった者は普通……」

 

――鬼になる

 

「ちっ、違うよ、シャガクシャ様。憎悪でも……愛情でも……、一つの想いに囚われた人は鬼になるんだよ?」

 

――るんっと剣が鳴いた

 

「けっ、大して変わりゃしねーよ……にしても、いつもは大人しいガキが、今日は語るじゃねーか」

「うっ、ううん……愛しているから殺すのと、愛したいから殺すのは違うから……」

 

 

 翌日、オレと姉ちゃんは一緒に登校していた。とは言っても姉ちゃんに、学校へ行く用事はないはずだ。姉ちゃんは昼の間、何をしているんだろう? と思って聞いてみると妖怪退治だった。シャガクシャの500年分の妖気に引かれた低級の妖怪を退治しているらしい。500年分の妖気か……石食いの事件以来、化物を見なかったから、すっかり忘れてた。

 

「姉ちゃん、がんばってるんだ」

「そっ、それほどでもないよ……」

 

 頬を赤く染めて、イヤイヤと首を振る。そんな姉ちゃんを連れて、オレは学校へ向かった。今日の姉ちゃんは学校に用事があるらしい。どこかに隠れ潜んでいる化物がいるそうだ。さらに詳しく聞くと、羽生画伯に関係があると姉ちゃんは言った。昨日の展覧会にあった写真に、化物の気配が残っていたようだ。羽生画伯の最後の絵に……?

 

「おーい、うしおー。また妖怪退治かー?」

「今日はちげーよ」

 

 オレと姉ちゃんが石食いを退治した事は有名になっている。中村と井上によると、そういう噂が流れているらしい。石食いの時にオレが上着をかけた生徒も、オレに礼を言って返しに来たしなー。今日は姉ちゃんと一緒に登校した事で、妖怪退治に来たと思われているようだ……姉ちゃんは化物探しに来てるから間違ってはいないか。

 テレビ番組で、石食いによる失踪事件は報道されていない。何も知らない人から見れば、ちょっと姿が見えなくなった程度だからな。あの時、一人だけ石化を解除し忘れた生徒がいたけれど、搬送された病院は分からなかった。姉ちゃんによると妖怪退治の組織もあるから、石化を解除できない心配はいらないらしい。

 

「その和服の子どこで拾ったんだー?」

「オレの姉ちゃんだよ!」

 

 姉ちゃんは着物を着ているから目立つ。そうして知り合いに声を返していると、足に何か引っかかった。よそ見をしていたオレは、転んで地面に倒れる。誰かの足に引っかかったのかと思って顔を上げると、倒れたオレを見下す男子生徒がいた……わざと足を引っかけられたんだ。

 

「やば……3年の間崎サンだよ」

「番格のかよ。おっかねーっていうぜ」

 

「2年の蒼月か……バケモノを倒したって有名だぜ。目立ちすぎなんだよ。分かるか?」

 

 そう言って先輩はオレを殴る。辺りにいる生徒から悲鳴が上がった。カッとなったオレは、先輩を殴り返す。すると先輩は足で、オレを蹴った。姉ちゃんに情けない所は見せられないと思ったオレだったけれど、それからは一方的な展開だ。オレは容赦なく殴られ、制服を泥で汚される。

 

——るぅん

 

 オレが殴られている校門の前で、異質な音が鳴り響いた。それは、これまで聞いた中で一番、異様な音だった。校門の周りにいた生徒達の動きが止まり、先輩の動きも止まる。その隙にオレは両脚を跳ね上げ、先輩の顔にヘッドバットを食らわせた。そのせいで頭にガンガンと響く。それでも姉ちゃんの様子を見るために起き上がると、姉ちゃんは剣を抜いていた。

 

「あっ、あなたは殺してもいい人間?」

「姉ちゃんストーップ!」

 

 オレは慌てて姉ちゃんを止める。プルプルと震える姉ちゃんだけど、それ以上に震えているのが先輩だ。あの白い剣が出す異様な音は、人の心を侵すらしい。さっきまで元気にオレを殴っていた先輩も、顔を青くして立ち上がる事すら出来なくなっていた。オレは……慣れてきたのかも知れない。とりあえず、姉ちゃんを止めよう。このままじゃ本当に「うっかり」で先輩を斬っちまう。

 

「――わたしを斬りなよ。なんなら、殺してくれてもかまわない」

 

 姉ちゃんの剣の音色を聞いて、オレ以外にも動ける人がいた。だけど振り返ってみれば、その女子生徒は死人のような顔をしている……ぜんぜん大丈夫そうじゃなかった。でも、どこかで見覚えのある顔だな? 姉ちゃんは白い剣を抜いたまま、女子生徒にトテトテと近寄る。だけど、剣を鞘に納める事はなかった。

 

「あっ、あなたに憑いている鬼を斬りにきました」

 

 と姉ちゃんはのたまう。オレは訳が分からない。だけど女子生徒は心当たりがあるようで、死人のようだった顔をハッという驚きの表情へ変えた……そうか、「一人娘」だ。羽生画伯の絵だ。あの絵に描かれた少女は、女子生徒の生き写しだった。姉ちゃんは「展覧会の写真に化物の気配が残っていた」と言っていた。あの女子生徒は、羽生画伯の一人娘に違いない。

 

「バカな事を……言わないで」

 

 冷たかった声に感情が混じる。それは怒りだった。鬼を斬ると言われて、羽生さんは怒りを覚える。姉ちゃんが冗談を言ってると思っているのかも知れない。もしくは羽生さんは鬼の事を……そう思っていると姉ちゃんは剣を振り上げ、羽生さんの首筋に刃を当てる。「それ以上はいけない!」と思って駆けよるオレだったけれど、とつぜん旋風が巻き起こった。

 

「うわああああああ!!」

「きゃああああああ!!」

 

 姉ちゃんの剣の音色を聞いて、固まっていた生徒達が吹っ飛ばされる。砂嵐が姉ちゃんと羽生さんを取り囲んだ。布に巻かれた槍がキィィィィと震える……化物だ。近くに化物がいる。これは化物の仕業だ。砂嵐の向こうに巨人のような人影が見えた。オレは獣の槍の力を行使して、砂嵐に突っ込む。無数の砂粒に襲われ、目を開けていられなかった。

 

『ぐおおおおおお!!』

「とうさん!」

 

 砂嵐を抜けると、野太い悲鳴が聞こえる。羽生さんの悲鳴も聞こえた。ザワザワと髪を腰まで伸ばした姉ちゃんの前に、腕を斬り落とされた鬼がいた。すぐに新しい腕が生え、鬼の体は元に戻る。だけど頭を両手で押さえ、鬼は苦しんでいた。その隙に鬼へ斬りつけた姉ちゃんだけど、鬼の傷は間もなく再生する。斬っても無駄と思ったらしく、姉ちゃんは鬼から離れた。

 

『礼子だけだ……わたしには礼子だけなんだ……』

「おー、思いだした。あのガキの剣、見覚えがあると思ったぜ」

 

 シャガクシャが苦しむ鬼を見て言う。姉ちゃんは鬼から視線を外さなかったけれど、シャガクシャの言葉に耳を傾けていた。シャガクシャは石食いの倒し方を教えてくれた。あの時のように、鬼を倒すヒントを教えてくれるかも知れない。そう思っていたものの、シャガクシャは別の事を話し始めた。

 

『礼子は父さんのものだ……守ってやる、守ってやるぞ』

「獣の槍が妖怪を殺すための槍なら、ありゃー人間を殺すための剣よ」

 

『礼子は私といるのが幸せなんだ』

「あの鬼は――鬼になっても残っていた「人間」を殺されたのさ」

 

 

——るんっ、と姉ちゃんの剣が鳴いた。

 

『――だから食いたい』

 

 

 それは鬼だった。まさしく鬼だった。キィィィィと鳴る槍が、少し前の鬼とは別物である事を教えてくれる。きっと鬼は羽生さんの父親、羽生画伯だったのだろう。だけど、もはや人の心など残っていない。ただの化物だ。白く濁った剣に人の心を斬られて、鬼に成り果てた。

 

『れいこおおお、食ろうてやるぞおお!!』

「……おとう……さん?」

 

 豹変した鬼の姿に、羽生さんは呆然としていた。その体を巨大な手に掴まれ、鬼に連れ去られる。鬼は飛び上がり、その場から去っていった。鬼が去ると共に旋風が止み、砂嵐も治まる。姉ちゃんは剣を納めると、すぐに駆け出した。その後をオレも追おうとしたものの、後ろから聞こえた声に引き止められる。

 

「お、おい! 今のは何だ! 礼子は何所へ行った!?」

「羽生さんは……化物に連れて行かれた」

 

「くそっ!」

 

 さっきの先輩だった。先輩は羽生さんの知り合いらしい。オレの言葉を聞くと、先輩は駆け出した。姉ちゃんの後を追うように走っていく。だけど姉ちゃんの足は無茶苦茶はやかった。ちょっと目を外した間に見えなくなっている。どこへ行けば良いのか分からないオレは、先輩の後を追いかけた。

 

「先輩! 当てがあるのか!?」

 

 オレの問いに先輩は答えない。だけど先輩が道に迷って足を止める事はなかった。やがて洋館に辿りつく。その上空で大きな一枚の絵を持った鬼が、姉ちゃんと交戦していた。姉ちゃんが、飛びながら戦ってる……姉ちゃんは鬼に突っ込む。鬼の手を斬り刻み、絵を落とさせた。その代わりとして姉ちゃんは、鬼の手に捕まる。

 

「姉ちゃん!」

「そっ、それに人がはいってるの!」

 

 目の前に落ちた大きな絵を見る。羽生画伯の最後の作品だ。一人娘が暗闇の中に座っている絵だ。そういえば鬼に連れて行かれた羽生さんの姿が見当たらない。鬼に食われたのか。もしくは……そう思って絵に近付いたオレは、謎の力に弾き飛ばされた。この絵には、なにかある!

 

 キンッ

 

 獣の槍を振って、その何かを切った。そうして絵に触れると、絵の中に手が沈む。頭を突っ込んでみると、絵の中に謎の空間が広がっていた。そこに羽生さんが浮かんでいる。オレは絵の中に乗り込み、羽生さんに手を伸ばした。だけど、腕の長さが足りない。オレは槍を引っかけて、羽生さんの体を引っ張った。オレは羽生さんと共に、絵の中から脱出する。

 

「礼子!」

「間崎……賢ちゃん……」

 

「姉ちゃん!」

 

 先輩と羽生さんの横で、オレは上空を見上げた。すると、自力で回転する白い剣が鬼の腕を斬り裂く。鬼の手から自由になった姉ちゃんは、こちらに向かって落ちてきた。その後を鬼が追っている。姉ちゃんは剣を振り上げ、落ちる勢いのまま、羽生画伯の絵に振り下ろした。

 

 

 ガキッ

 

 しかし、刃が通らない。鎧武者も斬り裂いた刃が、単なる紙に防がれた。どうなってるんだ? それに、どうして姉ちゃんは鬼じゃなくて、この絵を狙う? 姉ちゃんは鬼の手に弾き飛ばされた。鬼は先輩ごと羽生さんを捕まえ、絵に引きずり込む。鬼の顔が浮かんだ絵を、オレは獣の槍で刺した。だけど、姉ちゃんと同じように小さな傷すら付けられない。

 

『ひひひ、効かんなあ。おまえもこい! ゆっくりと食ってやる……』

 

 オレも鬼の腕に捕まった。絵の中に引きずり込まれる。駆けよった姉ちゃんがオレの手を掴もうと手を伸ばし……だけど姉ちゃんは最後まで手を伸ばせなかった。あと少しという所で姉ちゃんは体を震わせ、オレの手を掴めない。指先が震えて、姉ちゃんの手は宙を掻いていた。泣き出しそうな姉ちゃんの表情が――

 

「おいっ、うしおっ! みじめっぽく泣いてみろよ! 泣いて助けてくれっていやあ、助けてやってもいいぜえ!」

 

 姉ちゃんの後ろでシャガクシャが言う。そのシャガクシャが言っていた……鬼は姉ちゃんに人の心を斬られたのだと。今の鬼と比べれば、まだシャガクシャは心が残っているように見える。だからオレは助けを乞わなかった。シャガクシャが自分の意志で、オレに手を貸してくれる事を期待した。

 そうして絵の中に引き込まれる。オレは槍を口にくわえ、先輩と羽生さんに両手を伸ばした。鬼が大きく口を開け、先輩と羽生さんを持っていく。2人を食べる気だ。それを阻止しようと、オレは2人の体を掴んでいた。鬼がオレを2人から引き離そうとして、腕が千切れそうになる。オレを捕まえている鬼の手が力を増し、体からミシミシと音が聞こえた。

 

 

「あ~!! ホンっっとに腹が立つ!」

 

 外から伸ばされた腕が、オレの頭を掴む。掴んで、絵の外へ引っ張られた。だけど、先輩と羽生さんもいる。鬼の腕はオレ達を掴んで放さない。まだオレの半身は絵に取り込まれたままだ。シャガクシャはブツブツと文句を言いながら絵の中に飛び込んだ——シャガクシャは来てくれた。

 

「人間にゃ、潮時ってコトバがあるんだってな……今が、そいつよ!」

『ぎゃああああああ!!』

 

 シャガクシャの爪が切り裂き、悲鳴と共に鬼の手が緩む。オレは先輩と羽生さんを引っ張り出した。オレは勢い余って、ゴロゴロと転がって姉ちゃんの横を通りすぎる。姉ちゃんは白い剣を両手で持ち、刃を絵に向けていた。凛として、剣を構える。立ち上がったオレに「うしお」と、姉ちゃんの安心する声が聞こえた。

 

「今だ、ガキ! 絵を斬れえっ!!」

 

 絵の中から飛び出したシャガクシャは、姉ちゃんに合図を送った。姉ちゃんは白い剣を振り上げる。絵に向かって振り下ろす。だけど、その前に飛び出す影があった。羽入さんだ。羽生さんが姉ちゃんの前に飛び出し、絵の前に立ち塞がる。姉ちゃんの剣筋は迷いを見せて――

 

 

「やめてええっ!」

 

——るんっと、姉ちゃんの剣が鳴いた。

 

 

 羽生さんの体に刃が埋まる。羽生さんごと、羽生画伯の絵は真っ二つになった。姉ちゃんの剣に斬られた羽生さんの肉体は、爆散して跡形もなく消え去る。まるで獣の槍で化物を刺した時のように……シャガクシャが言っていた。獣の槍が妖怪を殺すための槍ならば、あれは人間を殺すための剣だと。

 

「れ……れいこ?」

「ごっ、ごめんなさい!」

 

 目の前で羽生さんが消え去り、先輩が呆然としている。姉ちゃんは謝っていた。羽入さんを殺した事を謝っていた。それでオレは姉ちゃんが、羽入さんを殺めてしまった事実を確認する。事故だったのかも知れない。だけど殺してしまった。骨も何も残っていない。残っているのは、縦に引き裂かれた制服だけだ。

 先輩はチリを掻き集める。かつて羽生さんだった物を掻き集めていた。涙を流しながら地面を這っていた。だけど風がチリを飛ばしていく。羽生さんだった物を飛ばしていく。羽生さんの着ていた制服には、まだ温もりが残っていた。その熱も少しずつ失われ、拡散して無くなった。

 

「……人殺し」

 

 先輩が呟く。姉ちゃんは後退った。顔を上げた先輩は鬼のような顔をしていた。先輩と羽生さんの間に何があったのかオレは知らない。だけど先輩にとって羽生さんは、大切な人だったのだろう。姉ちゃんは怯え、先輩の視線から目を逸らす。体をプルプルと震わせ、剣をカタカタと震わせていた。

 

「人殺し。悪魔め! どうして礼子を殺した!? なにも殺す事なんてなかっただろうが!!」

「ごっ、ごめんなさい……」

 

「先輩、姉ちゃんは、羽生さんを殺そうなんて思っていなかった……!」

「黙れ! バケモノを倒して良い気になってたんだろ! ふざけやがって! 返せよ、礼子を返せ!」

 

 先輩は泣き喚き、怒り狂う。姉ちゃんは剣を納める事も忘れて、青い顔をしていた。オレは姉ちゃんに飛びかかろうとしていた先輩の前に立ち塞がる。先輩がオレを殴り、オレも先輩を殴り返した。やがて先輩は力を失い、地面に倒れ伏す。先輩は空を見上げて「ちくしょうちくしょう」と呟いていた。

 羽生画伯の絵は真っ二つになっている。羽生さんが暗闇の中、小さな窓から差し込む光に照らされて、椅子に座っている絵だ。姉ちゃんに斬られた今は、真っ黒な絵と化している。隅から隅まで、真っ黒に塗り潰されていた。小さな窓から差し込む光もなくなって、描かれていた羽生さんの姿は見えなくなっている。

 なぜ羽生さんは姉ちゃんの前に飛び出したのだろう? ……きっと羽生さんは父親の事が好きだったんだ。鬼になっても父親の事が好きだった。オレは、どうすれば良かったのか。鬼を殺すべきではなかったのか。落ち込むオレを見て、シャガクシャが頭にかじりつく。だけど、そんな事も気にならなかった。シャガクシャはモゴモゴした後、飽きたのか離れていく。姉ちゃんが泣いて、先輩が泣いて、オレも泣いて、化物を倒したのに誰一人すくわれていなかった。

 

 

 もう二度と、羽生さんの笑顔を見ることはできない。




▼『毎日が後悔の日々』さんの感想を受けて、「姉ちゃんの着替えが分かりにくかった件」を修正しました。
 「姉ちゃんは、いつもの黒い服を着ていた」→「姉ちゃんは裸……ではなく、いつもの黒い服を着ていた」

▼「500年分の妖気に引かれた妖怪の件」について修正しました。4巻を見るに、光覇明宗の法力僧が侵入を防いでいたようです——と思ったけど「あそこへやるものか!」の「あそこ」って、潮の所じゃなくて母親の所かな? なので元に戻しました。

▼『ぜんとりっくす』さんの感想を受けて、誤字に気付いたので修正しました。
 オレの問いに先輩な答えない→オレの問いに先輩は答えない


【おまけ】
(問3)鬼に止めを刺したものは何でしょう?

選択A、獣の槍
「や……槍が突きぬけて、うしろの絵に……」
「あたりまえだろ、「獣の槍」は妖怪を殺すための槍なんだぜ!」

選択B、白い剣
「人殺し。悪魔め。どうして礼子を殺した!? なにも殺す事なんてなかっただろうが!!」
「ごっ、ごめんなさい」

選択C、素手
「バカな……なぜ……!?」
「鎧を着た武者の心臓を止める打ち方ってのが、日本にゃあるんだよ」


(答3)選択A、獣の槍
「や……槍が突きぬけて、うしろの絵に……」
「あたりまえだろ、「獣の槍」は妖怪を殺すための槍なんだぜ!」


「おとうさん……」
『し・あ・わ・せ・に・お・な・り』




「羽生サーン! そうそう、そのカオ! それでモデルになってよー!」
「……ええ!」
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