♪学校じゃ天使 でも夜の街じゃあばずれ
そんな歌詞の歌がカーラジオから流れていた。
嘘だ。
俺が今、創った。
適当に歌っていたんだ。
ルームミラーを少し動かして、後部座席の少女を見た。
サラリとした長い髪の少女は、事実学校では天使と呼ばれているらしい。
「変な歌はやめてください」
天使様が言った。
「やめないよ。今年一番のヒットなんだ」
「嘘ばっかり」
口をとがらせながら笑った。
この女は、意外にこういうつまらない悪ふざけが好きだ。
「どうする、まっすぐ家に帰るのか? それとも、また適当に流していくか?」
「メーターを切ってくださるなら」
「クソガキが」
俺は笑いながら、メーターを倒す。
楽しい夜遊びの始まりだ。
タクシーの運転手になって5年が経つ。
その前は、そこそこ大手の会社でサラリーマンをしていた。
でもやめた。
つまらなくなったのだ。
いや、嘘だ。
ついていけなくなったのだ。
その会社のスピードに。
で、今はこの辺りを流している。
天使様を乗せるようになったのは、3ヶ月前だ。
今でもよく覚えている。
繁華街を抜けて、高級住宅街のエリアを走っていたら、この子が立っていたのだ。
すらりとした手を挙げた。
俺は、息が止まりそうになった。
文字通り、天使みたいだったからだ。
その日、カーラジオはつまらないヒットソングを流していた。
だから俺はそれを切って、ジミヘンのエンジェルを歌った。
「天使」
少女がつぶやいた。
「いや、なんとなく」
「そうですか」
少し、気になった。
声に憂いがあったからだ。
「天使みたいに、見えますか?」
少女が訊いた。
「まぁね」
「天使って、そんなに良いものですか?」
「さぁ?」
「え?」
「なんだろ、こう、俺は思うんだけどよ」
「はい」
車窓に、西新宿の町明かりが、流れていく。
「見た目が天使みたいななりのほうがさ、中身が薄汚れてるとき、面白いじゃん」
「止めてください」
少女が言った。
「ここで?」
「ここでいいです」
少女は、きっちりとカードで支払いをした。
「名刺、もらえますか?」
「いいけど」
「これで、呼べますか?」
「俺を?」
「あなたを」
「もちろん」
「また今度、むしゃくしゃしたとき」
「うん」
「ドライブに付き合ってください」
天使様は、制服を着ていた。
高校生が、ゴールドカードに、夜のドライブね。
俺はドアを閉めた後、REMのドライブを歌った。
マイクル・スタイプは、最近何をしているのだろうか。
あのハゲめ。
※
以来、天使様は時々俺を呼び出す。
いつも決まった、高級住宅街のはずれ。
真っ暗な暗闇に、わずかな金粉をまとうようにして、佇んでいる。
「今日はどこまで?」
「別に、どこへでも」
「あいよ」
お嬢様の火遊び。
グレート・ボール・オブ・ファイヤ。
悪くはない。
誰だって、思春期はある。
俺だって高校生の頃は、人を殴ったり、盗みをやったりしまくっていた。
適当に、夜の街を流す。
天使様は、車から降りようとはしない。
窓から眺めるだけだ。
歌舞伎町の中を突っ切ったことがある。
「降りてみるか?」
「いいえ。よしておきます」
天使様は、冷静だった。
こういう町で騒ぎたいわけではない、そう言いたそうだった。
「だったら、どこがいい?」
「そうですね、海とか」
「羽田にでも、行くか」
次に会った時、俺は羽田の海へ連れて行った。
車を湾岸に止めて、後部座席へと移動した。
そして天使様に、キスをした。
濃厚なキス。
天使様は、顔をよけなかった。
それどころか、向こうから舌を絡めてきやがった。
なんてやつだ。
「ぷはっ」
口を離す。
「こういうキスも、いいものですね」
いけしゃぁしゃぁと。
「結構遊んでるんだな」
「いいえ、別に」
「舌を絡めてきたぞ」
「初体験です」
「まじか」
「マジですよ。一度やってみたかったんです」
「へぇ~」
「あっ」
「なんだよ」
「キス自体はしたことありますよ。初めてではないです」
「あっそ」
「舌を絡めるのが、初めてという意味です」
「ご説明ありがとう」
俺は肩をすくめた。
「で、なんで急に?」
「……うーん」
天使様が悩みだした。
「周君には、こういうキスはできないから、でしょうね?」
なぜ疑問形。
「周君?」
「恋人です」
「そいつとしろよ」
「駄目ですよ。そういうキャラじゃないのです」
キャラ、ね。
「キスは?」
「え?」
「普通のキスは、してるのかよ、そいつと」
「それは一応、それなりには」
「じゃ、別に天使じゃないじゃん」
俺は言った。
「はぁ」
天使様の反応は薄かった。
あれ?
「別に彼の前では、天使様をやっているわけではないですよ」
あっさりと俺の想像は、否定された。
「むしろ、天使様ではない私を見てくれたから、彼を好きになったんです」
「じゃ、舌も絡めろよ」
「……それが、できないんですよ」
天使様が、エヘッと笑った。
「なんていうんでしょうね。クラスで演じている天使様じゃない私を、彼には見せていたはずなのに。それが心地よかったはずなのに」
真夜中の羽田の空を、飛行機が飛んでいく音がかすかに聞こえた。
「今はもう、彼が好きな私を演じるので、いっぱいいっぱいなんです」
「それは、本来の君だったの?」
「そうですよ。それはそうだと、胸を張って言えます」
「でも、今の君じゃないんだ」
「……はい。今の私は、変化して、今はもう、胸の中が欲望にまみれてしまっています」
「性欲だとか?」
「性欲だとか、性欲だとか、性欲だとか、いいえ、他にももっともう、いっぱいいっぱい」
「あっそ」
俺は、天使様の唇を、唇でふさいだ。
二回目の深いキス。
すっかり忘れていたが、カーラジオは大音量で鳴りっぱなしだった。
カール・ウィルソンの甲高いファルセットを聞きながら、俺は丁寧にスカートの中に指を潜り込ませた。
※
天使様の夜遊びは、まるでメーター式だ。
彼氏とのやり取りに不満がたまってくると、発熱するかのように、夜の街を走りたくなるらしい。
金持ちってのは本当にうっとおしい。
自分のバイクで走れよとも言いたくなるが、ゴールドカードであっさりと俺を呼びつけやがる。
まるで、お嬢様の執事だ。
はいよ、とうなづいて、夜の街を流す。
でもまぁ、それもいい。
金が入ってくるわけだし、何といっても、天使みたいにかわいらしい女の子のお相手だ。いいい匂いだってするしな。
おじさんにとっちゃ、ある意味では、金をもらってキャバクラみたいなもんだ。
ハマっちまっている。
なんとなく、そういう気はした。
でもまぁ、しょうがねぇ。
※
ある日の夜。
俺はふと思いついた。
「なぁ、今夜は、ちょっとヤバいことやってみないか?」
「なんですか?」
「まぁ、行ってからのお楽しみだよ」
「犯罪行為はだめですよ」
すまして注意してくる。
「さほどの犯罪じゃねーよ」
「多少は犯罪なのですね」
「知らね」
車を飛ばす。
ついた先は、廃校舎だ。
「あのよ、ここ、俺が卒業した場所」
「へぇ……」
天使様が、窓から顔を出す。
俺は車を脇の空き地に止めた。
「こんなところに連れ込んで、どうするんですか?」
いたずらっぽく笑う。
「さぁな」
ドアを開ける。
執事めいた口調で言った。
「さ、お嬢様、降りてくださいませ」
「あら、どうしてですか?」
「いつも俺が付き合ってるからな。今日は、俺に付き合ってほしい」
「……いいですよ」
少し考えてから、天使様はうなづいた。
細い足が、地面を踏む。
「よっ」
俺は……学校の壁をよじ登った。
「えっ?」
天使様が、驚いたような表情で俺を見上げる。
この子のそういう表情を始めてみることができた。
「何してる。君も来いよ」
「え、えと」
「ほら」
手を差し出すと、それを握ってくれた。
軽い。
天使様を引き上げて、壁の内側に降りた。
しんとした、夜の校舎。
俺は深呼吸した。
ざらついた、セメントのにおいがした。
「工事中?」
天使様が、問いかけた。
「あぁ。見ての通りさ」
「建て替えるのですか?」
「廃校だよ。人口減少でね。ありきたりな話さ」
「そうなんですね」
タクシーを流しているときに、母校が廃校になるってことを知った。
たまたま前を通ったのだ。
でも、途中で工事は止まった。
入札に何か問題が発覚したらしい。
物価高の影響なのか、あるいは不正でもあったのか。
そんなことは知ったこっちゃない。
だが、この学校が、ぶっ壊される途中で止まっている。
その状態であることを知った時、なぜだか、中に入りたくなった。
「さ、歩こうぜ」
「はい」
適応力の高い天使様は、俺の後をついてきてくれる。
二人で、夜の校庭を歩く。
子供のころ、俺が遊んだ校庭は、こんなに小さかったっけ、と思った。
それ以上に、土が硬くて痩せていることに驚いた。
こんなに貧相なものだったのか。
「なんだか不思議ですね」
「え?」
「だって私は今、現役で学校に通っているんですよ」
「そうだな、学校ってもんにノスタルジーは感じないか」
「感じるわけがありません」
「きっぱりだ」
「はい。きっぱりです」
「そっか」
「でも」
「ん?」
「でも、なんだかいいものですね」
「そうか?」
「はい。数ヶ月前に知り合ったばかりのあなたと、知らない学校にいる。ここにいる私まで、知らない人になったみたいです」
「天使様」
「あ、何ですか、その呼び方」
「すまない、心ン中で、いつもそう呼んでたんだ。名前知らないからよ」
「クレジットカードを見ればいいのに」
「そんなことしねぇよ」
「そうですか」
ふふふ、と笑う。
「違う世界に、来たみたいです」
「異世界転生ってやつか?」
「いいえ、そういうのではなくて。こう、ちょっとだけ、ずれた世界線。パラレルワールドっていうのでしょうか。そこでは、私はあなたと同級生で、ふふふ、あなたはずいぶん老けた同級生ですけど」
「うるせぇ」
「その老けたあなたとお友達なんです。そこでは私は、天使様と言われても、何も腹立たしくないかもしれません。私が、すべてを受け入れて安穏としている世界線」
「いんじゃないか」
「そうですね」
「どうですか?」
「え?」
「あなたは、私と一緒にいたいですか? 学校で」
「いたいよ」
つぶやいた瞬間だ。
天使様の姿が、消えた。
いや、正確には、落ちたのだ。
真夜中のプールへ。
校庭の隅の、50メートルの小さなプールへ。
ざばんっと音がした。
「おい!」
驚いて、駆け寄る。
「あは」
天使様は笑っていた。
「あははははは」
大きな口をあけて笑っていた。
そんな表情、するのか。
「死ぬかと思っちゃいました」
「素で落ちたのか」
「はい。素です。暗いのが悪いのです」
「水が張ってて、よかったな」
「コンクリートだったら、死んでたかもしれませんね」
「まったくだ」
「引き上げてください。さっき壁を登った時みたいに」
「しょうがないな」
伸ばした手を、引っ張られた。
ざばんっと音を立てて、俺もプールに落ちる。
天使様は、さらに大笑いだ。
「おい、こら!」
「これぐらい、はは、予想して下さいよ」
「ありきたりすぎて予想できんわ」
ひとしきり、そのまま笑う。
「知ってますか? プールって、冬でも、使ってなくても、水は張るんですよ」
「そうかよ」
まったく。
わざと落ちたんじゃないだろうな。
「それにしても、えらく笑ったな」
「……はい。周君には絶対に見せられない、笑い方です」
でもその笑い方だって、お前だろ?
そう言いたくなった。
「そろそろ上がろうぜ」
「はい」
俺たちは、ずぶ濡れになった服を脱ぎ、プールのコンクリートに並べて、下着姿になった。
俺たちは並んで、コンクリートに寝そべった。
都会の空には、あまり星は見えないが、数個ぐらいは見えた。
「乾くでしょうか」
「さぁな、夜だしなぁ」
「あなたの家の、乾燥機を貸してください」
「それって、誘ってる?」
「嘘です。帰りますよ」
いたずらっぽく、舌を出す。
「なぁ」
俺は、首を傾けて、天使様を見た。
「はい」
「セックス、しないか?」
「……」
実は先日、スカートの中に指は入れたが、それだけだった。
拒否されたのだ。
俺は今、強烈に、この子を求めていた。
「うーん」
「なぁ、彼氏とうまくいってないんだろ、だから俺と遊んでるんだろ」
「違いますよ」
天使様が首を振る。
「周君とは、ずっと上手くいっています」
「でも、それは、違うんだろ」
「違う」
「そうだよ、偽物の君だろ? 前に言ってたじゃん、その彼氏に好まれてる自分にさ、自分を固定しちゃってるんだろ、だから、馬鹿笑いもできないんだろ」
「…………」
「俺とセックスしたら、好きなだけ叫べばいい。んで、その彼氏の前では取り繕ってろよ、一回二回誰かとセックスしても、バレやしないぜ」
「…………」
「なぁ、幸せなのかよ、その彼氏との状況を守ってるだけの人生が、よぉ」
「…………」
「あっ……」
天使が、俺を、にらみつけていた。
怖いぐらいのどす黒い感情をにじませた、表情で。
ようやく俺は、この子の、人間らしい醜さを表面に見ることができた気がした。
「あぁ、いいじゃないか……」
俺は、つぶやいた。
「ようやく、天使じゃなくなった」
少女は立ち上がった。
コンクリートに干している制服を手に取る。
「帰りますね」
「待てよ」
「待ちませんよ」
振り向いた少女の顔は、またあの天使のスマイルに戻っていた。
※
その日の夜、俺は帰宅して、ビールを飲んだ。
めちゃくちゃに飲み、大音量で音楽を聴いた。
学生時代によく聞いた音楽だった。
夢の中には、天使様は出てこなかった。
代わりに、当時好きだった不細工な女の子が出てきた。
天使様とデートした後じゃ、その子はとびっきり不細工に見えた。
※
こうして、俺と天使様の真夜中の邂逅は終わりを告げた。
あっけないほど、簡単に。
しかし、実はこの話には、もう少しだけ続きがある。
それは、およそ半年後のことだ。
俺は相変わらず、タクシーの運転手を続けていた。
天使様からの呼び出しは、あの日以来一度もなかった。
俺と彼女の縁は切れたんだ。
そう思っていた。
ところがだ。
春先のある日、俺たちはばったりと出会ったのだ。
街はずれのショッピングモールで。
俺はその日たまたま、中古レコードのガレージセールを見に来ていた。
シダー・ウォルトンが演奏するデイ・ドリームのレコードを手に取った瞬間、視界の片隅に、見覚えのあるロングヘアーが飛び込んできた。
天使様だった。
手に持っていたレコードと相まって、まるで白昼夢に見えた。
俺は思わず、彼女を追いかけた。
モール2階の書店のそばで、彼女を呼び止めた。
「なぁ」
振り向く少女。
「お久しぶりですね」
相変わらずのすました顔だ。
「昼間に会うのは、初めてだな」
「考えてみれば、そうですね」
会話が途切れる。
このまま、手を振りあって別れるだけだろうか、そう思った瞬間、天使様が言った。
「ちょうどお昼時ですし、おなかが減りました。何か食べませんか?」
俺たちは、モールの3階にある小さなイタリアンに入った。
安物の店だ。
変なカンツォーネが流れていた。
俺は、しらすのオイルのパスタを、彼女はトマトのパスタを頼んだ。
「半年ぶりぐらいでしょうか」
「そうだな」
「お変わりはありませんか?」
「特にはないよ」
「そうですか」
「そちらは?」
「そうですねぇ」
天使様が、目を細めた。
「私は、セックスをしました」
「へぇ」
「驚かないんですね」
「別に、思春期の娘がセックスをすることぐらい普通だろう」
「そうなんですよ」
くるくると、フォークでパスタを絡める。
「してみると、案外普通なんです。すぐに慣れてしまいます。日常茶飯事です。こうして、パスタを食べるのとさほど変わりはありません。単なる日常行為のヴァリエーションです」
トマトのパスタを口に含む。
「この間なんて、はしたなく獣みたいに大きな声を出してみたんですよ」
くすくすと彼女は笑った。
「でも、それだけです。私は相変わらず、私のままです」
「それはそうだろうな」
俺は笑った。
「なぁ。半年前にさ」
「はい」
「夜のプールで、一瞬だけ感情を見せただろ、あの感情は、もうどこかへ行ったのか?」
「さぁ、どうでしょうか」
天使様が、少しだけ首をかしげた。
まるで遠い宇宙の向こうに飛んで行った小さな人工衛星を探しているような表情だった。
「あっ」
不意に思い出したように、手をたたいた。
「一つだけ、気づいたことがあります」
「へぇ」
「私は、私じゃないのが嫌でしたけど、こんな私も私でした」
「どういう意味だい?」
「うーん、うまく言えないのですが、私は、天使様と呼ばれていて、でもそれは作った私で、それが嫌で、もっと自分をさらけ出したいと思って、そういう面を見せられる周君を好きになったんですよね、でも」
「でも」
「結局、周君に好かれている自分を演じているような気分になってしまって。それで、本当の自分になるために、セックスするとか、その時自分では汚いとかはしたないと思ってることをやってみて、」
「うん」
「でもやってみると、案外それも普通で、自分がすっかり変わっちゃうかといえば、結局は、ほら、こういう風に」
ふふふ、と笑った。
「私の基本は、この上品な私なんですよ」
「なるほどな」
俺も笑った。
「結局、自分探しみたいなものだったのかもしれませんね」
「かもしれないな」
俺もパスタを口へと運ぶ。
あまり美味くない。
オイルのパスタは失敗だったか。
「なぁ、そっちのは美味いか?」
「まぁまぁですね」
「まじか、トマトにすればよかったな」
「分けてあげませんよ。そういう行為は、周君としかしないので」
「へいへい」
その時俺は、天使様の口元に、赤い血のようなものを見つけた。
トマトソースだ。
「ついてるぞ」
「え、本当ですか?」
「あぁ」
「ご指摘ありがとうございます」
天使様は、トマトソースがついた口元を紙ナプキンで拭った。
そのしぐさが、妙に洗練されていて。
悔しいほどに美しかった。
イタリアンレストランを出ると、もう昼下がりだった。
「それでは、これで」
天使様が去っていく。
俺は、彼女の後ろ姿に、叫んだ。
「また、会おうぜ、夜に。いつでもいい、呼び出してくれよ」
天使様は、返事をしなかった。
彼女が、エスカレーターの向こうに消えてしまうと、まるで白昼夢だったのではないかと思えた。
※
その日以来、俺は2度と天使様と会えていない。
※
真夜中にタクシーを流していて、高級住宅街のあたりを走っていると、目線が揺れてしまうことがある。
彼女を探してしまう。
街角にたたずんでいる天使様が、手を上げてくれないだろうかと。
そして俺の車に乗り込み、またキスをさせてくれないだろうかと。
そんな空想をしてしまう時がある。
カーオーディオのカセットデッキには、ジミヘンがセットしてある。
いつだって〝エンジェル〟を聴けるように。
《完》