キヴォトスの若鷲(エグロン) 作:シャーレフュージリア連隊員
若木の楠のかぐわしき 誉や人に語るらん
あの世でもこの世でもない空間にスコーンの香りが満ちていた。
流れて来たシャーレのトランプカードでブラックジャックをしながらケイが呟く。
タイユランがカードを配り、それを”先生”とケイの3人で回しているわけだ。
因みにユメ先輩は隅でバニーガール姿のままふて寝している。調子乗って着替えて勝負して、この場の3人全員に負けたのである。
「そう言えば預言者と言えばデカグラマトン以外にもう一つ居ましたよね」
「あー、色彩襲来の時とかに話題になって居たアレかい?懐かしいねぇ」
しみじみと役を作ったタイユランが呟く。
ディーラーがタイユランなのは「一番面白いだろう」という見解だ、”先生”はここ一番以外はあまり勝負を仕掛けないし、ケイはややロジカルに過ぎた。
”その後はクーデター騒ぎや百鬼夜行が燃える燃えないだったからね”
”先生”が肩を竦めてもう一枚カードを取る。
つい数分前にユメ先輩に「ワンチャンあの人なら勝てるのではないか」とタイマンを挑まれ、完膚なきまでにボコボコにしたのとは別人に見える。
ケイとタイユランからすれば「まあそうなる」というものだった。この大人は博徒じみていなくても勝負師として中々強かったのだ、最後の勝負の相手を上手く掴む程度には。
「その割には規模が小さく済んだが」
拗ねるのに飽きたか、忘れたユメ先輩がひょっこりと起きた。
「今思えばあの猫何だったんですかね?ケイちゃん分かる?」
「私は魔法みたいな科学は出来ても科学の様な魔法は無理ですよ」
「案外不便なんだね」
ケイが好き勝手にあれこれ言ってくれるなぁと思いながら、カードをめくる。
カード3枚目、19、かなり安牌だ。
「私ね、あれと似たような物見たことあるんだよ」
タイユランが言った言葉に全員の目がそちらに向く。
「まぁここに来てしばらくして思い出したんだがね、少し納得だ。あの怪物を仕留めるのに特殊な弾丸を使うと言っていたがそう聞くと成程」
「百花繚乱のあの銃ですか?」
「似たような怪物にはミネシスが居るがアレとはまた違うね、恐怖や悲しみを使うのかな……?兵器としてはそう言う目的で作られたミメシスのが優れているね」
タイユランの言葉にユメ先輩がきょとんとした顔をした。
「でも師よ、あの銃でなければ倒せないお化けが出せるなら他の自治区でばら撒いた方が良くないですか?」
「理論理屈じゃその通り。しかし、あの手の物を使うのはこだわりや地縁血縁が無いと意味を無くすのだろうね。案外単純な恨みに近いのかな……?単純な方が長持ちするし」
カードを開示し、タイユランが「あらま」と声をあげる。
21と最高得点を出したのは”先生”で、タイユランが20、ケイが19だった。
「キミ教師より博徒のが向いてたんじゃないかね」
”あんな恐い博打もうしたくないなぁ!”
勘弁してくれと苦笑しながら、”先生”がカードを片付ける。
まこと小市民的素直さであった、それでいて自身の命をチップにルーレットが回せるのだからこいつもこいつで考え物だなとタイユランは呆れつつ、思考を澄ませる。
百鬼夜行は開放的なのに外へ怪談を波及させないのは何故か?
もしかすれば、運用者たる花鳥風月の面々すら外へ出る考えがもてていないか、あるいは……何らかの理由で縛られている?
多分縛られてる理由は。
”拘りなんじゃないですかねぇ”
「キミ本当に博徒のが向いてたんじゃないかな」
やれやれ、確かに彼に託して見たくなる気持ちは分かるね。
タイユランはそう思いながら、ふっと笑った。
年若い真面目な奴はあんまり見なかったな。*1
シャーレ本庁舎の某階層、合成クロマキー室にブンと音を立ててホログラムが投影される。
リオ、ヒマリ、それにニヤ部長がホログラム映像で映し出され、キキョウと先生が資料を投影させた。
「現場で回収されたものだが、間違いなく
あの事件の跡地に残った傘やら提灯の残骸を特異現象捜査部に預けて分析したが、暖簾に腕押しだ。
特別な痕跡は感知されず、というのが分析結果である。
「サンプルの資料全45種を分析しましたがまるで痕跡がありませんでした。
恐らくこれら自体には何らの異常性もないでしょう、アーティファクトと思わしき書籍が確保できなかったのは残念ですね」
ヒマリがやや不満げな顔をした。
「現場での封じ込めが難しい以上熱滅却以外の手段がありませんでした。」
ニヤはいつもの顔つきではなく、真面目な顔つきで述べる。
直ちに迅速なる火災鎮火が急務であった以上やむを得ない、それが致し方無い以上どうしようもない。
それについては事実その通りであるから、それ以上はヒマリも何も言わなかった。
「しかし……本当にこれが暴れてたんですか?」
「本当だ、まあ俺も信じられんかったがな」
記録映像にははっきりとそれが動いていたことが記録されている。
不可思議だったのは銃撃を受けてスタンや行動不能になっても、暫くすると再起動したのだ。
無論困った。幸いアーティファクトが効果を低下させ、ユカリが洗脳に抗った事から一気に盤面は崩れ、効力が無くなった。
アーティファクトの書籍が消えて崩れて焼けた後は完全に異常性が消えたのは有り難い事だった。場合によっては区域の封鎖も考えなくてはならなかったし、それは極めてマズい。
ニヤ部長としても困るし、シズコらからは極めて突き上げが厳しくなる。あの女は間違いなく図太さで言えば革命期フランスでも残るタチだ。
「それで、我々に分析を聞いた以上、何かあるのではなくて?」
リオが尋ね、ニヤはこくりと頷く。
「こちらの不手際を晒すようですが、北部辺境のエビス分校で怪異の報告がされ出していましてねぇ」
「怪異?」
「ええ、まだ人を襲ったとは報告されていません。人を驚かせている段階です。
しかしここエビス分校地域は我が百鬼夜行の食糧庫……そして、なにより懸念事項ですが」
ニヤが目を鋭く、声は低く言った。
「大預言者クズノハが社、それがあるという伝説がありましてねぇ。
我々としては花鳥風月部が実在し、怪書から怪異が生まれた以上、クズノハの実在可能性と脅威を無碍に扱えんのですわ」
「で、百花繚乱委員長と、我々シャーレによる状況鎮静化を依頼したい?」
「その通り。出来れば小火の内に。」
呆れた、とキキョウが目を丸くした。
無論観光産業が主体である以上、そうしたい理由はキキョウも理解している。
「……で、何処までして良いんだ?」
「……貴方が必要と判断しうる事を」
本気、か。
先生がなるほどねえとため息をつき、キキョウへ言った。
「ちょいとばかし、百花繚乱の作戦が必要になるなこりゃ」
「……それに関して、一つこちらからも。ナグサ先輩の腕に関して」
「星影寒く夜は更けぬ~」
ぼおっと太陽を見上げるナグサの耳に、ユカリの歌声が耳に入る。
懐かしいな、そうだった、昔もあんな風に。
そうだ、まだ1年生だった頃、いつものようにアヤメに追いつこうとして、そして。
思考を鳴り響く黒電話が打ち消す。
「はいこちら百花繚乱本館。」
ユカリが電話に出た。
「ナグサ先輩!Q号です!」
「え、本当」
思わずナグサは聞き返した。
Q号とは幾つか区分があるが、概ねデフコン、即ち異常事態という事だ。
「Q-4号想定状況、目標エビス分校ですの」
この場合は非正規戦、治安戦状況という意味となる。
そうなると不安になるのは人数だ、エビス分校は僻地である、現地にヴァルキューレの分署もあるがたかが20数名の邏卒が何になる。
基本的には戦術面では高いインテリジェンスを有する人間が多い百花繚乱らしい意見だった、数が足りんのはどうしようもない。
それにあそこの分署はどちらかと言えば害獣出現が最大の仮想敵でしかない。田舎過ぎて野菜泥棒が難しいのだ、なにせああいう地域で捕捉されると大抵逃げ切れないからである。
「先生も来るらしいですの。」
「てことはキキョウも来るわけだな」
レンゲが巡回から帰ってきた、新式採用の64式狙撃銃の慣らしは進んでいる。
「あ、お帰りなさい。また魑魅一座が何かしてたの?」
「んあぁ、いつも通りと言うか……看板挿げ替えて何したいのか良く分かんないけど」
相変わらずだな……とナグサは安心した。
あれでも演劇とかでまともに飯は食える程度に出来る奴らもいるのだ、アラタも子悪党以外では無いし、有害と呼ぶのはやりすぎと庇われる程度だ。
それはそれとして規則違反は許さない、まともな手段やってりゃいいのに変な事をやりだすのだ。
止めねばお祭り運営委員会がこの前購入したハ号持ち出してカチコミしてくる。
「レンゲ。車の用意。あと陰陽部から正式書簡手に入れてくるよ」
「はいよー。高機動車で良いかな」
「うーん、それよりは96式の方が良いんじゃないかな。鉄道関連の手配はキキョウがもうしてるだろうし」
「よっしゃー!」
レンゲがユカリと車庫へ走っていった。
ただ、エビス分校と聞いてナグサは思わず思い出した。
大雪原も、そこにあるのだ。
シャーレの車両群が到着し、キキョウと合流したレンゲは不可思議な連中へ気付いた。
シャーレの装備だが、何か雰囲気が違う連中が居る。
大概の組織の構成要員と違い、妙に張りつめている感じがした。
「……なんだが見た事ない感じがするな」
レンゲが尻尾でキキョウの背中をつんと叩いた。
「おおかた知らない方が良い部隊じゃないの」
「……今回はそう言う案件かぁ」
レンゲはそう言うと、96式装輪装甲車の弾薬類を確認しに車内へ潜った。
キキョウの言葉の意味はおおむね理解している、詰まる所後処理で出てくる連中だ。
関係物品類などの処分から異常存在処分まで、というのは確かに必要だろう。
「よっ、本隊は一日遅らせてやって来る予定だ。
最初の一日は俺達だけだな」
「あっ師匠!」
レンゲが声をかけてきた先生に気付いた。
相変わらずの姿だ。軽装備の姿で特段剥き身で銃も持ってない。
「今日は護衛さん無しかい?」
「いや、あそこで打ち合わせ中」
先生が横を指さした、パンツスーツに白シャツ、ガンベルトを仕込んだサオリが上着を確かめている。
偶に百鬼夜行で防犯やセキュリティ講習に来るラビット小隊などと仲が良いレンゲはあの人か、と少し安堵した。
プロフェッショナルなら敵でも味方でも信用できる。
「なんか一部装備が前と違いますわね」
「試験中の新型、百鬼夜行の環境でも行けるか試しも兼ねてる。」
ユカリがなるほどと頷いた。
新型と言うか特注の装備*2、それに火器類も随分試験中といった雰囲気だ。
XM157照準器*3やENVG-5*4とIVAS*5のついたヘルメットを見ていると、なんとも人体実験と言うか、歩く広告塔のように思える。
使用してるのもXM7で、6.8㎜小銃弾だ。
「新型、ねぇ」
「うち等はあんまり荒事と縁がないからね」
キキョウがくわばらくわばらと茶を呑んだ。
最近は不良生徒も防具を装備し出したし、カイザーなどの重オートマタなどに対抗して6.8㎜を採用し出したのだ。
何せSOFなどは最近じゃ7.62mmを防ぎだしているし、平野部会敵を考えるといい加減改めるかと言いたくなる。
「交戦距離が2000mになりだすたぁ、たまげた話だよなぁ」
「
ユカリもおっかないと言いたげに呟く。
下手をすれば交戦距離2000mで初弾必中が空論と言えなくなり出してるとは、ついていけるか気が遠くなりそうだ。
百花繚乱が実力組織として高い技量を有しているのは事実だが、こうした変化を見ると末恐ろしくなる。
ハイランダー百鬼夜行本線から北部へ向かい、列車は4時間ほどで目標地域の駅へ着いた。
エビス分校に向かう車窓から景色を見た途端、先生の顔が気温が冷え込んだのと連動して機嫌が悪くなっているので、ユカリたちは「寒いトコ嫌いなんだな」と意外な顔をした。
「こりゃ泥かねぇ……」
今度は絶対燃やして追い立てる側になってやるからな、と内心決意を新たにした先生は、駅へと降り立った。
タブレットを出し、辺りへ向けてみる。
傍目からすれば観光客だ。
「あら?」
不可思議気にした生徒が声をかけて来た。
するりとタブレット端末を向け、それとなくカメラで記録させる。
タブレットを仕舞いながら、アロナとプラナに誰か照合しておいてくれと指示だけしておいた。
「どちらさん?」
「エビス分校自治委員会の会長、土生アザミと申します。
もしやして、依頼した怪異への対応にお越しになられたのでしょうか?」
「そうですの!身共らが怪異を鎮めに参りましたの!」
「あらそれは素晴らしい!しかしてっきり私は別の部署かと……制服、おかわりになられたのですね」
ユカリの言葉にアザミは首を傾げた。
確かに僻地だが新聞が来ないとも思えない、物流がある以上それは無い筈だ。
不可思議には感じつつ、尋ねた。
「失礼だが、周辺の案内を頼めるかな?」
「構いませんが……何故でしょうか?」
「いやなに、怪異が出るとは言いますがどういう場所かは見知りおきたいですから。」
アザミは少し黙り、すぐににこやかな笑みを浮かべた。
「そうですね、観光案内といたしましょう」
しかし各所を歩いて出るのは疑問が多かった。
まず怪異と言うには実害がない。驚かせるだけで消えてしまう、それも夜中限定。
未成熟な怪異、と言う可能性もあるが、にしちゃわざとらしい。認知して欲しいというのが見え隠れしている。
そして分からないのはアザミだ、俺に対する視線と、ナグサに対する視線、他の百花繚乱への目線、全部違う。
「まぁ、本腰をいれて調査は明日からだからな。観光と雰囲気を掴んでもよかろう」
「ええ、楽しんでくださいますと嬉しく思います」
とぼけてるなぁ、とはいえ何か違和感は有るが泳がせる。
今は彼女のターンだ、さあどう出るか?
ユカリらが温泉ではしゃいでいる声に「元気だねぇ」と思いつつ、サオリの声まで聞こえて来た。
何をやっているんだあいつらは……。*6
とはいえ今は夕方、まだ出てくる頃合いではない。
着信が鳴り、タブレットを見る。
予定通り出発の連絡と、アザミなる生徒が登録された事実が無いという事が出て来た。
とするとコイツは怪異なのか、或いは別か?ただ一つ言えるのはこれは大きなアドバンテージだ。
確定でアザミは何らかの理由で嘘をついている、理由は不明でも確定事項だ。
「怪異なんか放ってどうすんのかねぇ」
そもそも何がしたいかが分からない。
敵の行動原理が、目的が不明慮なのだ。
単にテロルそのものだけだとして、こんな僻地をどうするのだ。
孤立した僻地、なるほど確かに怪奇の舞台としてはいいだろうが……それでどうしたいのだ。
ナグサの傷、消えた委員長、実体の怪しいクズノハ、花鳥風月部。
ともかく、恐らく敵はやるとすれば今晩威力偵察をするだろう。明日では駄目だ、今晩でないと怪異は出ない。
「良い湯だった」
「けっこう。」
サオリがほかほかとしたユカリらを連れて帰ってきた。
ユカリはコーヒー牛乳でおひげを作っていたのをキキョウに呆れられていたが、まあそれはいい。
「一応言っておくが、今夜あたり何か仕掛けてくると思うぞ。」
「やはりか?」
「やっぱり?」
「そうなりますの?」
「やっぱそうなる感じ?」
全員が嫌そうな顔をした。
「えー、じゃない。俺に言うな俺に」
ユカリ達に対人障害システムを置かせて、サオリにモーションセンサーを配置させる。
どうせ何かしてくるなら、派手に迎えてやろう。
トリガーはシッテムに繋げ、プラナにいつでも任意発動を許可した。
「というわけでお前ら良い子にして寝てろ」
ともあれ次の朝が本番だ。
感想評価お待ちしてます。
誤字脱字などの報告本当にありがとうございます!
この場を借りてお礼申し上げます。