キヴォトスの若鷲(エグロン)   作:シャーレフュージリア連隊員

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影を落として粛々と

 

 

 夜半、深夜にも関わらず誰もが眼を開いた。

 悪夢のような過去に微睡んでいたナグサがまず目を覚まし、続いてレンゲとキキョウ、サオリと先生が眼を開いた。

 やや一拍遅れたユカリが目を覚まし、全員が戦闘態勢に入る。

 近代機器たるセンサーは何の反応も無いが、全員が殺気を感じていた。

 無言で、タブレットを押す。

 発破音と共に、ふすまを蹴破って全員がそれに銃を構える。

 

「い、いきなり問答も無しですか手前ら!」

「あれ、思ったより別なのが来たな」

 

 俺の想像じゃもう少し別のが来ると思ったんだが……。

 シュロが頭を摩って転がっていた、流石に対人障害システムの散弾弾雨は効果が凄いもんだ。

 なにせミメシス対処部隊の倉庫から引っ張ってきたシスターマリーの儀礼済み銀弾だからなぁ。

 

「と言うか普段の化け物は居ないのか」

 

 レンゲが足を踏んで拘束状態へ置いた。

 キキョウとユカリはシュロへ銃口を向けつつ、周囲へ警戒している。

 ただ、化け物が居ないのかと聞いた途端のシュロの顔の変化は何か引っかかった。

 

「こいつ何も持ってねえぞ」

 

 レンゲが中身を改めるが、見つかったのは怪書ではない書籍本らしきもの、弾薬類、あとは筆くらいだ。

 こいつが鉛筆を凶器と出来る戦闘巧者ではない以上、何もないと同義語である。

 

「これも怪書じゃないのか?」

「怪書はもう少し古い見た目と聞くから違うと思う」

 

 ナグサが首を横へ振った。

 試しに内容が何か、ペラペラとめくってみる。

 

「ああああ! 人の著作をなに見てやがるんです!!」

「検閲だよ検閲、権力者なんだぜ?」

「仮にも聖職たる教職の言う事ですか!」

「校閲もしてやるから感謝しろ」

「なんて奴ですか!」

 

 シュロが何か叩こうと身体をもじもじさせているが、レンゲを振り切れるはずもない。

 せめて駄々っ子の様にじたばたしているが良い。

 

「えーと何々……」

 

 中身をざっと見てみたが、内容は目から滑る事ばかりだ。

 具体的に何がしたいか、まーるで書かれていない出来の悪い散文的な内容に、取って付けた悲しき過去だの、キャラが何時の間にか忘れてんのか消えている。

 新キャラ入れるのはいいがそれまでのキャラの枠とダブってないか? 

 まして突然生えてきた変な奴が場を掻きまわしちゃいかんだろうが。*1

 

「なあシュロ」

「なんです、傑作に対して泣くのは恥じゃないんですよ」*2

「悪い事言わねえから悲恋物のが売れると思うんだよ」

「かぁーっ! これだから! 雑にキャラ殺せば感動になると思ってる! 適当に野垂れ死んだ奴にまで泣くんですか!?」

「散々引っ張ってそれは別の意味で泣くんじゃないかね」

 

 怪書じゃないのは確かめたので戻してはおいてやる。

 いやまあ、怪文書の類と言えばそうではあるが……。

 少なくとも人を襲うとは微塵もない雰囲気だ、無理矢理聞かせて来そうという点は否定できないが……。

 

「じゃあこいつ何しに来たんだ」

「寝物語に語り部を」

「お前随分口が軽くなったね」

 

 そんな赤子の寝かせつけじゃあるまいし。

 すると、ナグサが視線を動かした。

 

「誰何!」

 

 続けてサオリがライトを向ける。

 そこに映し出された姿に、全員が思わず息を吞む。

 そこに居たのは、消えた筈の百花繚乱の委員長だ。

 しかし全員が疑いの目を向けたのは、まず全体から漂う違和感なのだ。

 ユカリは「永らく単独行動であるならもう少し銃器は汚れているはずだ」と考え。

 レンゲは「なぜ委員長は裾も綺麗なままなのだろう?」と感じ。

 キキョウは「どうして単独行動するにしては装具が軽いのか」と感じた。

 サオリと先生が感じたのは「単独行動してたにしても噂も痕跡も聞かなかったな」と違和感を感じている。

 

「どうしたの?」

 

 ナグサだけが、にこやかな笑顔の”アヤメ”に笑顔を見せた。

 

「アヤメ……?」

 

 ナグサが銃を下したが、キキョウがちらりとサオリを見て、こくりと頷く。

 レンゲの気が逸れた隙にシュロが逃げようと飛び出したが、疾駆したアヤメは銃床でライフルドリルの様にくるりと回してシュロの顎を跳ね上げさせた。

 アヤメの動きに、シュロは何故か対応できなかった。

 

「制圧っと……あれ? どうしたの、そんな張りつめて」

「い、いや、いきなり出てくるからさ……」

 

 レンゲはなんとかそう言い、自身の中に募る疑問を処理しようとした。

 まず、アヤメの制圧スタイルはああいう方法だったか? という疑問が出た。

 稽古や鍛錬や実戦を何度もくぐった彼女にはどうも拭えぬ違和感が感じる、百花繚乱の制圧術ではむしろあそこで跳ね上げるより組み付く方が適切とされる。

 装填済みの銃器を鈍器とするのはあまり尊ばれないからだ。

 何故かというと基本として百花繚乱の部員より銃のが偉いのである、初年生より小銃が偉いのもそうである。

 ちらりとレンゲはキキョウを見た。

 キキョウはやはり深く考え込んだ様に、頷いた。

 

「なに、幽霊見たような顔して」

「そりゃ委員長がほっぽり出ちゃったんだから幽霊見たような顔にもなるでしょ」

 

 キキョウが苦々しそうに呟く。

 

「……そうだね、確かに、その点については謝り切れる物じゃない」

 

 そういうとアヤメはナグサを抱きしめた。

 ユカリは思わず口が開いた、貞淑を厳とする百花繚乱の風潮や規則からあまりに軽率とすら言える。

 高貴なる存在とはそうした不文律により構成されているのである。

 当然アヤメが以前からある程度破天荒の所が目立つ人間であった、しかしながらここまででは無かったはずだ。

 

「ごめん、本当に、辛かったろうに……」

 

 アヤメのこれまでが語られ始めたが、全員が何か違和感を拭えなかった。

 なにか”あまりに都合が良い”と、仕組まれていると。

 

「……だから私はクズノハ様を探そうと、寺院を探した。

 もしかしたら、自分が何とかできるんじゃないかって、お笑い草だよ……私は恐怖に耐えられなかった」

「ふぅーむ」

 

 先生が何か言おうとしていた。

 

「一つ二つ言ってよいかな」

「名論卓説を聞くは我が身の誉れ」

 

 アヤメが頷く。

 

「君が委員長になってから大体どれくらい経ったかな」

「……2年だけど?」

「ああ、なら納得だ。新米将校が良くなるある種の病気だ」

 

 先生が納得した顔で言った。

 

「……私は委員長だけど?」

「おんなじだよ、人から仰ぎ見られる仕事と言う点じゃ何も変わらん」

 

 アヤメの顔から表情が消えた。

 タブレットを取り出して、先生が図式を描きだす。

 

「まず着任・就任の2か月間は右も左も分からんから死傷率が跳ね上がる。部下の手前何するべきがどうするべきか。正解が分からないからだ。

 しかも教育がどんな進化しようと、実際飛んで来る人の視線はそう簡単に耐えられない」

 

 タブレット画面でSDにデフォルメされた将校が映る。

 右往左往して挙句の果てにバタンキュー、部隊は遺され遺産は余計な面倒だけ、良くある姿だ。

 

「ここを乗り切った後の2か月間、ある種の理想と現実の妥協が出来るようになって黄金期という訳だ。

 やる事、やらなきゃいけない事、任せて良い事、周りの理想が誕生という訳である」

 

 デフォルメされた将校が”本日の主役”とファンファーレを受ける姿を映し出した。

 

「そして春は短く終わる。そのうち戦争に軍務に耐えれなくなり、精神的困難が積み重なって、だんだん命を預かるという事に耐えれなくなる。

 ある者は諦観して目を逸らす、あるいは義務感、或いは愛国心、だがそのうちに耐えれんと折れ始める。

 あとは7か月過ぎたあたりから注意力は消えて、冷静さが消えて、だんだん”当たっちゃってもいいんじゃないかな”と思えてくる」

 

 デフォルメの将校が危険な目つきをし出す。

 

「そしてそういう将校は独断専行し始め、考えを放棄し始め、危険に飛び込みがちになり、やがて部下諸共破滅する。

 巻き込まれる側から堪ったもんじゃねえぞ。なにせそういう奴は大抵率先垂範の手本みたいな動きすんだから。

 そういう奴は当たってもいいやと思ってるから特に意味もなく弾雨の中に立てるんだ。傍から見ると放っておけないタイプだな」

「……私がそうだと?」

「うん。どうみてもそういう将校の典型例だよ」

 

 タブレットを閉じて、はっきりと告げる。

 ぶっちゃけてしまえばFOX小隊もこれである、大体の奴がそうなる病気だ。

 

「まあ恥でも何でもない、そういうよくある話さ」

「でも、あの時私の銃は……」

「……効果がなかった? じゃあ聞くが、お前はクズノハが実在すると信じていたか?」

 

 アヤメは黙った。

 

「信じてなかったらそりゃ効果もないだろ、そういうもんじゃないの?」

 

 クズノハが居ないとして、ではその銃の神性は誰が? となるのは必然だ。

 信用もしていなければ効果も出ない、部下と同じだ。

 余りこうした事は専門では無いが、信心も信仰も無いのならどうしようもない。

 アヤメは、何も言わなかった。

 

 

 

 

 夜が明け、奇妙な気配のするアヤメと、アザミを含んだ一同は歩き始めた。

 

区隊長(くすけ)は何時でも我に言う、お前はバタが最適だ~」

 

 ユカリが朝の霧がかった街をライトで照らした。

 赤いテープが貼られたライトから、赤い光が伸びている。

 

「あの、ところで今日はどうするのでしょうか」

「……アザミさんでしたか、人を怖がらせる話に必要な条件は、なんだと思います?」

 

 先生がにこやかに尋ねた。

 

「怪談に必要な物?」

「ええ、例えば枯れ柳や唐笠お化け……、あれってなんでビニールや幽霊戦車じゃいかんのでしょうね」

「それは多分、見慣れているから……?」

「なるほど、恐怖は未知から……ですか。でも私はこう思うのです」

 

 ユカリの歌声が「承知の通りこの方はぁ、砲兵志願の剛の者~」へ変わっていく。

 アザミは霧が晴れ始め、視界の先へ移るものに驚愕した。

 

『これより怪異掃討の為の避難列車へ誘導しまぁす。警官の指示に従い、避難を願いまぁす!』

「私はね、思うんですよ。観客が無い怪談はそもそも独り言でしょう?」

「まさか」

「だから見物人をなくしてみようと思うのです」

 

 アザミはちらりと周りを観た。

 恐らく本当に警官の奴は殆ど居ないだろう、所轄の警官なんぞおるまい。

 アザミの顔を見て、先生は相変わらずの微笑みを崩さなかった。

 

「ところで、アザミさん。聞いて宜しいかな」

「なんです」

「貴女の生徒手帳は何処かな」

「はい? それでしたら陰陽部の方へ……」

 

 ナグサが視線をアザミへ向けた。

 

「おや? 変ですね、エビス分校自治委員会……記録では数十年前に消えてるんですよ」

 

 タブレットを見せる、アロナとプラナが見つけて来た連邦の保管記録簿だ。

 当時の陰陽部の部長と百花繚乱の委員長が確認の判印を押してある。

 

「百鬼夜行に再建された報告はありませんでしたが……。もしやして、あて先が違いましたかな」

「ええ、あて先は……花鳥風月部ですわ」

「あらやっぱり?」

 

 アザミの姿が変わる。

 

「まったく、私の用意したラインを全く無視なさるんですから」

「来て早々待ち受けてる人は大体敵、推理小説ではありがちではありませんかな」

 

 むっとした顔をしたが、アザミが笑って言う。

 

「それで、私をどうしようと?」

「うーん、そうだな、君の背中に隠されてる書籍引き渡しとかかな」

 

 簀巻きにされたシュロが目を覚まし、辺りを左右に見る。

 そしてアザミを見て声をあげた。

 

「手前! 騙しやがりましたね!」

「あら、おはよう。騙してなんかないわよ、あんなバカみたいに殺気振りまいたら皆起きますよ」

「何が怪書があれば語り部には当たらないですか! 手前のせいでこの大人に殴られて!」

「……? それは知りませんわ、そもそも同じレベルに落ちたら無敵じゃないでしょう?」

「バカ話は結構、危ないものがないか改めるぞー」

「あら手つきがいやらしい」

 

 阿呆じゃねえのと呆れた顔をする、やはり怪書らしきものがあった。

 ただ問題はあるとすれば。

 

「てこでも引っこ抜けんとは便利な機能があるね」

「他にもこういう機能がありますわよ?」

 

 アザミがにこやかにそう言うと、サオリが即座に安全装置を弾いて解除した。

 銃口が向いた先はアヤメだ。

 

「あ、やっぱりそれも偽物だったか」

「はい。お気付きですよね」

 

 ナグサが信じられないと言いたげな顔でアヤメを見ている。

 

「なんで?」

「なんでって……単独長期任務してて汗の匂いも汚れも無いのはおかしいだろう?」

 

 ナグサの反応を見て、ああ、と察した。

 なるほど、この組織、百花繚乱自体が構造的限界に達していただけで遅かれ早かれか。

 ナグサは副委員長だったが、よく自身の委員長を理解しておらず、委員長は将校のよくかかる病気を拗らせ、委員は当然気付く筈もない。

 誰もその問題に気づいてないから。

 

「またなんともこんがらがってる様なふりして入れ違ってんなぁ」

「……あなた本当に先生なんです?」

 

 アザミがきょとんとした顔をした。

 

「新人が抜けてる、家庭教師やってた時代は有るがな。

 なるほどねえ、リアリティがないと思ったら各自の印象の中から出来損ないのパッチワークしたのかい?」

「根拠は?」

「”皆想定できない俺の質問に答えるアヤメ”が無いから」

 

 おおかたナグサ辺りを中心とした空想から生まれた存在。だから俺の質問に答えられない。

 だってそのナグサの考えは、ユカリたちの考えは「自分はこう思う」で、「アヤメならそうした」じゃないからだ。

 故に正解が無いのでアヤメは沈黙した。

 

「幻想だけに消えるのは早かったね」

 

 アヤメがにこやかに呟いた。

 霧が消えるように服装が変わる。

 

「先生の言葉は流石に効いたよ、確かに新人将校の病気……まあそうなんだろうね。

 でも周りはそれを受け入れてくれそうに無いんだ。

 ”完璧な委員長”を求める周りはね」

「そりゃ指揮将校は仮面を被る仕事だしな、嫌な奴に握手したりするし、演技もするがな」

 

 俺も昔そういうことしたもん。

 ロシア皇帝とかあれこれ嫌いな奴でも仕事なら笑顔になるさ。

 アヤメは傍観というより呆けた様な顔付きのまま言う。

 

「いつまでそれを続けてればいいのさ。先生」

「やがてどこかでやらかすか、勝ち逃げするかだな」

「壊れるまで?」

「元も子もなくすまで」

 

 アヤメの顔が、泣き笑うような顔へ変わる。

 

「私の心はどうなる。ひとたびひびが入ったこの器は?」

「無理なら降りるしかなかろう。ぶっちゃけてしまえば休むのも仕事じゃないのか?」

「完璧じゃない、委員長でもない。そんな奴を誰が受け入れるの」

「そうやって上と下ばかり見て、横を見ないと人生辛いぞ」

 

 アヤメは横を見た、泣きそうな顔で小銃を構えていた。

 ああそうか、アヤメは自身が何を、どういうものを、勢いと恐怖に負けて投げたのかようやく理解した。

 そしてそれに対し自分が何をしたか理解し、箍が外れた。

 結局、夢に逃げたのが自分自身もそうであることに気付いたのだ。

 ナグサは確かに自分と同じように夢を見て、今現実を見ている(自分に銃を向けている)

 何故かそれがアヤメには嬉しくもあったのに恨めしくもあった。

 それと同時にアザミの顔が「まずい」と顔を変える。

 

 今発動しては、今アヤメが動くと予定が狂う。

 

 だってそれでは怪談が紡げない。

 アヤメがトリガーにならないと自然にならない。

 そうじゃないと自分が介在するしかない。でもそれじゃ上手く行かない。理由?この怪書はそういうものではない。

 だってそれはシュロが壊した、だってそれはコクリコ様がシュロに与えた。

 あれ、じゃあなんでシュロに与えられたんだ? 

 

 だって私はシュロより良い文章が書けるのに。

 

 だってあの散文的な駄文製造機より良い文章も物語も書けるのに。

 

 だから私はアイツより上なんだって。

 

 だから扱いが難しいものを任されたって。

 

 故に私よりはアイツより上のはずだって。

 

 アザミは額に流れ出すそれを、恐怖を強引に抑えつけようとした。

 無論そんな隙を見過ごす相手ではないと理解していた。

 

「どうかされましたかなァ」

「もしやして花鳥風月部のお方が」

「「客に劇の流れを変えられアドリブ対応も出来ない。なーんて喜劇見せるつもりじゃありませんよね」」

 

 一番怖いのはこの計画閃いて実行したアンタ達だよ、とレンゲとユカリは言わない程度に賢かった。

 なんのことはない、どうせ出てくるという展開のメタ読み、そしてニヤとキキョウと先生で組み上げた、隠し味は? ヒマリの意見。

 完成したのはモモイも鼻白む悪意ごった煮。

 アザミは顔を逸らした。

 シュロへ、縛られてるシュロと目が合う。

 シュロ、渾身の笑顔。

 

「劇は流れに任せて脚本家はスジだけ書くんですよ」

 

 単に言われてムカついたことを、返した。

 シュロ、事実上そのまんまのレスバ返し。

 しかし、クリティカル! 

 そう、レスバトラーは全員底辺である。

 しかし、全ての音を差し置いて鳴り響く鈴の音が響いた。

 

「そこまでや。いやはや観客参加型はええ趣味やし、観客がアドリブするのはええが、スジ変えられちゃあ困るさかい」

 

 現れた生徒を見て、ナグサが即座に発砲した。

 コクリコはその姿に似合わぬほどの、サオリすら動きを目で追うのが限界の機動でナグサの小銃を逸らす。

 

「喋ってるんやから無粋なコトせんでほしいんやけど、いけずもそれはそれで好きよ?」

「この戦闘機動……!」

 

 全員がそれを理解できた。

 なにせそれは、圧倒的技量の巧緻で行われた百花繚乱の近接戦闘術だ。

 無論神業の一種である、そんな技量にまで普通はたどり着かない。

 

「後輩諸君が真面目で嬉しいわぁ、愚直なとこも可愛いやない。

 ……今のトコ意地でも振り向かせたくなるわ」

 

 コクリコが舐めるような視線でユカリを見た。

 

「……よォ育ってるわ」

 

 あまりに感情が浮き出た言葉だ。

 先生が無言で指示した、”こいつを好きに喋らせちゃまずいな”と。

 サオリは迷わずそれに従い、続けてやや遅れてユカリが構えた。

 銃撃はかち合い弾で、落下していく。

 

「というわけで返してもらうで、堪忍な」

 

 弾がすり抜けた事に驚きをもつが、二人の動きは今度は同時だ。

 アザミとシュロの奪還阻止! 

 正解であった、だからコクリコは読んでいた。

 元百花繚乱の委員長、優秀な作戦指揮官であった彼女には。

 だからここまで待った、アザミにもシュロにも言わず敢えて待つ。

 そして正解に対しての回答はアヤメの遠隔操作解除だ。

 

「くそっ!」

 

 先生が動く!それにコクリコとアヤメは思わず我が目を疑う。

 視線の先は全く無関係なビルの先だ! 

 

「はい! 貴方様の頼みに喜んで!」

 

 それを聞いた百花繚乱の全員に電撃が走る。

 弧坂ワカモ、全員の想定外、狙撃! 狙うは、奪還阻止! 

 そう! シロコと同様! 趣味:略奪は、奪うのは許さない! *3

 狙われるは一番確実な目標、シュロ! 

 誤射危険性を即座に加味する天才の想定外の一撃は、コクリコの想定を僅かに上回り、シュロを引きずり込む前に撃ち落とされた。

 

「あんた……」

「師匠……」

「先生……」

 

 あんたそりゃないよ!! 

 全員の声にぴゅーと口笛を吹き、先生は全てを無視した。

 だって俺は、”連邦生徒会会長の契約により全ての危害攻撃が阻止されている”のなら、精神も記憶も読めない。

 だから、奥の手を用意した、十重二十重の覚悟で。

 決戦予備兵力とはったりは北イタリアで学び実践した! *4

 

「申し訳ございません、一人逃がしました」

「お前の万全を尽くして一人阻止したんだろ、判断は正しいよ」

 

 本心である。

 

「それでも連邦捜査部の先生なんですか! 指名手配犯まで動員して! 汚い大人そのものですよ!」

「ザッツライト、汚いね、それが何? イカサマはしてないよぉ?」

 

 本当である! 

 

「シャーレがそんな事してるなんて知ったら皆信用しなくなりますよ!」

 

 シュロの言葉に、先生はにこやかに笑みを浮かべる。

 

「なんでだい? 俺は囚人に協力させたけど、法的根拠はあるよ?」

「詭弁、詭弁ですよぉ! 書類も稟議書も根拠も無いでしょう!」

「ありまぁーす」

「え」

 

 にこやかに連邦生徒会会長の手紙を見せる。

 

「全権委任状だよ」

 

 シュロは絶句した。

 いや確かに、理論理屈じゃその通りになる。

 でもするか? ふつうするか? そんなことしたら、そんなことしたらご都合主義そのものでしかない。

 だって手紙が信任がホンモノってどうやって……。

 この時、シュロの脳はサオリとレンゲとナグサの殴打と銃撃でやや揺れていた。

 しかし、シュロの脳みそはそれが故に、覚醒したように答えを見つけた。

 

「……だからあちこちで願いを聞いて、説得力を」

「そのとおーり、賢くなったな」

 

 きったねええ! 

 シュロは心の底から叫んだ。

 全くウソ無く打算と利益と実益と趣味を一体化している。

 

「では諸君、クズノハが実在するか見てみようか」

「……実在したとして、どうするんだ?」

 

 サオリが尋ねた。

 

「そりゃおめぇ、本物のアヤメの報告書に付ける文字がK(KIA)W(WIA)M(MIA)か決めなきゃいかんだろう。

 死体が出てもそれがホンモノって誰がわかんだ?」

「あぁそっか、偽物が作れるならガワだけ作れるか」

 

 偽物動かす方が大変だもんなぁ、とサオリは頷いていた。

 シュロは、何も言わなかった。

 

 

 

 

 UH-60たぁ便利なもので、容易くナグサの道中をトレースできた。

 無論これは太陽の方位角と昼間でも星が見える視力、そして記憶力から導かれた事だ。

 なにせ百花繚乱の人間、副委員長とはそれくらいが出来なきゃいけないわけである。

 責任あるものが自身の位置を見失うなどしてはならないし、当然こうした技能が過去ナグサがアヤメを追いかけられた証拠だと推論するのは自然だった。

 分からないのは何故ナグサは迎えて、アヤメは迎えなかったかだ。

 無論それは容易く推論がパァとなった、クズノハは先生にも門戸を開いていたのだ。

 

「なんすかコレ」

 

 報告ついでにヘリの中に居た白河姉妹が困惑しているが、説明は後だ。

 ワカモと共に帰ってもらう、そのために刑務労働として狩りだしたのだ、公安局は良い顔をしなかった。

 

「とりあえず戻っておいてくれ、詳しくはニヤ部長によろしく」

「えぇ……分かりましたけどちゃんと帰れますよね?」

「心配なら来るか?」

「いやです」

 

 酷い部下だと思いつつ、道を進む。

 ムカつくクソみたいな雪景色が一気に変化する。

 感想は気持ちが悪いだ。秋か春か夏かまるで分からん、アツコが見たら「花が滅茶苦茶」と困惑したに違いない物だ。

 

『なんじゃなんじゃ、誰ぞや』

 

 現れたのは、変な上着をしたキツネ耳の生徒だった。

 

「……誰だお前? セクシーフォックスとか言うんじゃないよな」

『人の土地入って出て来た存在にそれを言うとはなんて奴じゃ』

 

 後ろを見ると、ナグサとよく理解してないサオリ以外が張りつめた顔をしている。

 なるほどクズノハ本人か。

 

「もしかしてクズノハさんご本人?」

『そうじゃ。失礼じゃなお主。なんかお主からは嫁と暇さえあらばケンカしてる亭主の匂いがするぞ』

「失礼な! 愛はある!」

『そこが悪いんじゃお主、お主本気で二人とも愛しておるのは中々度し難いぞ』

 

 なるほど本物か、俺はジョセフィーヌの話はしてもマリー・ルイーズの話はしてねえからな。

 

「先生既婚者なんだ……」

 

 後ろでレンゲたちがひそひそと話している。

 

『というか、先生。お主まさかワシについて何も聞いておらんか?』

「ああ、聞いた事も無い」

『あんれぇ、おかしいのぉ……キツネ耳のあやつ……』

 

 それを言った途端、クズノハが地団駄を踏んだ。

 

『そうじゃ! あのいけすかん連中のせいじゃ! 本来ならセイアの相手するのはワシじゃったのに! 不法侵入するわ、住み着くわ!堪ったもんじゃない! 先生! なんとかしとくりゃれ』

 

 サオリらが先生の顔を見ると、見た事も無い形相で「やだ」と言った。

 

『なんでじゃ! 可愛い生徒の頼みじゃぞ!』

「俺は二度と合わなくて良い幸せを手放したくねぇ」

『責任はどうしたんじゃ』

「現世に忘れた」

 

 はぁーっと不愉快そうに煙管から煙を吐き、クズノハはため息をついて路傍の巨石へ腰かけた。

 

『緑髪の変なのとかはまだ良いんじゃ。あれは阿呆だが人の為になる阿呆じゃ、ずいぶん背負い込んだ若造のあやつもまあええが……』

「杖ついてる変な奴と自称善き父親、あと怪人赤マントあたりですか」

『分かっとるなら連れ帰れ! 昨日も変なイヌ乗った奴が通りがかったあげく撃ってきやがったんじゃ! なんじゃい、えこぉって!』

「お悔やみ申し上げます」

『分かってたまるか!』

 

 クズノハは煙管の中身を突き固めて、苦々し気に尋ねた。

 

『……しかし花鳥風月部まで連れて来たのかお主?』

「脱走したらこいつ多分死ぬでしょうからね」

 

 サオリに下ろしていいぞと指示する。

 シュロが不安げに左右を見渡している、まあ当然だ、絶対強者の意味不明な空間とか良い気持ちしねえもん。

 悪人なら特にそうだ。いやぁ、人に胸張れる善人ってなるもんだよ、俺は怖くないもん。

 

『それ言う奴わしの知る限り二種類じゃぞ』

「悪党と正義の味方だろ」

『きっしょいのぉ先読みされる気分は』

 

 クズノハへ無言で携帯灰皿を差し出し、クズノハは何も言わずにそれを受け取る。

 無礼とは誰も思わなかった、所作や動作ではなく、お互いがそれを当然の好意としてそれとなく流れるようにしていた。

 粗野に見えたが野蛮ではない。

 

「して、アヤメ委員長は生きておるんですかな」

『生きておるよ、生物学的にはな』

「脳死?」

『いや、魂がないんじゃよ。ほれあれじゃ、OSがないパソコンじゃ』

「あるんですねここにも」

『まあの、ワシもそれくらい使えるがな。お主でも使えたじゃろ?』

 

 痛い所を突いてくるねぇ。そりゃ数百年は前の人間と言う点では俺とあんたは同じだもんな。

 違う点はここの人間かそうじゃないかだ。

 

『例えばそこの童が書いとるネット小説もわしゃ知っとるし読んでもおるよ、暇での』

「へ」

『前アカウントの柏木と今のアカウントの枯木修羅、どちらも知っておるがな』

 

 誰の話だと振り返る、シュロが顔を青くしていた。

 

『あれ、そんな驚くかの……わしゃ前の作品の傾向、結構惜しかったと思うんじゃが』

「だ、だって……感想欄は炎上して……」

『そりゃお主、更新を3か月くらいグダグダ間延びした挙句フックやマクガフィンは放り投げて、主人公一行が何をしたかとか、苦労に見合わない展開にしたら読者は怒ると思うがのぉ……』

 

 大人しく悲恋物にしときゃよかったのよ、読み切りくらいの。

 そう思いつつ、シュロの方を見てやる。

 

『あのなぁ、主人公が何かしたかはあんまり削ると良くないと思うんじゃよ。

 特にそれまでシナリオフックだったものを画面外で処理するとかはマズいんじゃよ……』

「でもあれは……」

『信用できない語り部としてのキャラから見れば重要、そこは良いんじゃよ、もう少し周りとのズレとか入れて、周りを強くしておくと楽じゃぞ』

 

 シュロは泣くのを堪え、尋ねた。

 

「……面白かったですか」

『嫌いな作品を長々語る奴はいかれじゃ阿呆! わしをそうじゃと言いたいんか! あの不法居住者共に送り付けるぞ』

「それってどういう……」

『ゲマトリアの阿呆が二人呑まれて永遠におさらばしたくらいじゃな』

 

 シュロが即座に後退した。

 

「あー前に直送した奴そうなったのか、俺が殺せりゃよかったんだが」

『最後の奴酷かったぞ、あの若造キレるとなにするかわからんの』*5

「いやぁ惜しい奴だった、あいつ部下に居たら採用したのになぁ」

 

 ナグサが、おずおずと片手を挙げる。

 

「アヤメの時に出なかったのは?」

『出とったよ? ほれ、事実お主も先生も……シュロも猟犬さんも入れておるじゃろ?』

「……なんで」

『そりゃお前、アヤメがあの時夕闇か朝焼けかも分からん状況じゃからじゃ。下手に入ったら多分向こうまで駆けて本当に黄昏に消えちまうからわしゃ恐かったぞ』

 

 本意である、クズノハは選別できない。

 無作為選別、それが本質的な入管システムである。

 自分の闇、自分の光、認識以前に前後不覚では無理。

 冷徹な、分かり切った原則。

 

『あの時のアヤメ、会ってどうすると話したか?』

 

 ナグサが「あぁ」と理解した。

 

『ちょいと出歯亀したがの、確かに先生の言う新人将校の病気、あれは概ねその通りじゃ』

 

 地獄耳とサオリに囁いたらたらいが降ってきた。

 畜生害意も殺意も無い攻撃は通るのも良くご存じだ。

 

『ただ、そうよな。アヤメがやりたい事とか聞いた事があるかの?』

「……分からない」

『正解じゃ、言ってないし本人も分からないからの』

「へ……?」

 

 クズノハはナグサにはっきりと告げた。

 

『言ってなきゃ伝わらんし周りは無思慮に頼るしそれで壊れたら阿呆そのものになってまうからの、おぬしらもうちょっと日頃に気を配り聖訓五省を仰ぎんしゃい』

「……よく話し合って向き合えって、こと?」

『そうじゃ、そうすると大抵紛争は調停できる。本業じゃぞ。自分が紛争の火種でどうするんじゃ』

 

 頬を軽くペチペチと叩き、クズノハはナグサに笑みを見せた。

 

『しっかり話し合って、たまにはケンカしてこい。

 時こそ気ぶれ いざ励め、じゃろ?』

「勝てるでしょうか」

『ケンカなんか勝ち負け気にしてどうすんじゃおめぇ! がつんと一撃入れてやる覚悟じゃ! 玉砕してこい!』

 

 しっかり気張らんか! とナグサの尻を何度か叩いて、クズノハは楽しげに笑った。

 

『ほいじゃ此処まで言うたら分かるな? やるべき事』

 

 ナグサはうん、と頷いた。

 

『ええ顔するわ、ええ兵児や。悪人な大人にもったいないわ』

「なにはどうあれ、今は彼女らの時代ですよ?」

 

 にこやかに笑い、クズノハは「しかりしかり」と呟いた。

 その通り、彼女たちの時代だ。

 故にクズノハは言える言葉は要約するとただ一言。

 

『がんばれよ、挫けるな』

 

 

 

 

 かえっていったのを確認して、草むらからひょっこり顔を出す大人が居た。

 鼠色のスーツに、人当たりの優し気な笑みを浮かべている。

 

『なんもいわんでええんか?』

 ”あの子たちの話です。観客が声をかけては無粋ですよ”

『……お前教職やなかったら詐欺師が天職や』

 ”ひどい! ”

 

 ”先生”はややショックを受けた様に言いながら、手招きした。

 

『ところでお主の進めたゲーム』

 ”TSC2? ”

『遊べるクソゲーじゃろあれ』

 ”でしょー? そこが癖になるんだって”

 

 先生の採用条件、多分変人があるんじゃろうなぁとクズノハはなんとなく気付いた日だった。

 

*1
本作の事か? 

*2
ボナパルの創作物は売れなかったらしいよ、回想はバカ売れしたくせに

*3
その後の返却も許さない

*4
その集大成の一つは7年後のアウステルリッツ

*5
ブチギレて拳銃1マガジンぶち込んだプレナパテスさん




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