キヴォトスの若鷲(エグロン)   作:シャーレフュージリア連隊員

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5章2部投降に合わせて、5章1部のリテイクもしています。



五条の御訓かしこみて 栄えある勤め励みつつ

 

 

 百鬼夜行、陰陽部の部室は実のところ格式張っているが、その持ち主に合わせた彩がある。

 カホのデスクの秘密のノート、チセの突然閃いた詩用のフルセット、ニヤの秘蔵のチセ人形、存外住めば都というあり方だった。

 無論こうした自由にかんして、百鬼夜行の内部であれこれあったが、ニヤの口先で「ここらで妥協するだけでニヤがそこそこ仕事するならいいや」と妥協させた。

 そして、もう一つ理由があった。

 儀式的な場所は一枚張の木材を床とし、丹念に磨かれた空間などを差配しつつも、上下左右豪華絢爛ではなく、静かに流麗さを出している様に幾代も改められてきた中で、ニヤのそのちょっとした彩りは政治的にはそこそこ好ましいものであった。

 つまるところ、観念したのである。

 無論ニヤ以外が。

 

「部長。お客様が」

「ほへ?」

 

 意外な申し出である。

 中央から来た面倒そうな公安局の警察官僚や、みょうちきりんなシャーレの将校ではないはずだ。

 姉妹らしいが2人ともニヤにとってはやや悪寒を感じる類いであった、本質的に悪人と自負するニヤには同類を検知する鼻がある。

 自分と似た様な人間は面倒なのだ、似てないならなお面倒だ。

 

「あてよか、ワカモ辺りか」

「いえ。百花繚乱の……」

 

 耳打ちされた内容にニヤは扇子で口元を隠した。

 数秒して、ぴしゃっと扇子を閉じ、カホへ向ける。

 鋭い目線であった。

 

「カホ」

「はい?」

「チセちゃんちょいと連れてな、リハーサルをシズコはんと打ち合わせといてくれ」

「よろしいので?」

 

 ニヤは頷き、カホは一礼した。

 流れる様な儀式作法で、入れ違うように一人が入室した。

 それが来た時、ニヤは内心でやや恐怖していた。どう見てもアヤメ本人だ。という事は自分より強者なわけだ。

 

「そんでもって、何を用件に?」

「んー、そうだね」

 

 それは間違いなくアヤメだと確信が持てた。なにせニヤもそれなりに観察する方であるから、足のやや引き摺る感じをよく理解していた。

 委員長があまりそうした事柄を見せない以上、偽物にしては高精度だ、ホンモノを制圧ないし排除したわけだ。

 ニヤは参ったな! と確信を持った。

 二つ可能性がある、二つとも勝てん。

 なにせ陰陽部の武装した人員は本格的対人戦闘へ不慣れだ。

 それに戦闘力は献上したという建前と歴史上、新規部活が良い装備を入手できるわけじゃない。

 

 ここでなぜ戦闘力を献上したのか、しばし語る。

 かつて百鬼夜行は諸将ら鎬を削る戦国時代、乱世の渦中で幾多の諸勢力が家を興し、潰えた。

 だが疲れ果てた各勢力は離合集散の末、幾らかの諸勢力として結集する。

 言わば大名数家と連なる中小大名たちの危ういパワーバランスが成立した。

 

 そこで現れたのはクズノハ、しかるに初代百花繚乱委員長。

 これ以上の乱世は共倒れ、もはや最悪の場合は一揆となる、折しもその年から数年冷害が酷く、小作人と地主の対立も深刻化し始めていた。

 頻発する野盗、匪賊軍閥の拡大、小規模田舎領主反乱、各勢力を正論で口説き落としたクズノハは、名誉ある乱世の解決を提案した。

 

 "各諸勢力から選りすぐった者たち、我こそはというものを寄せてな、百花繚乱とし下々の平安を守り、もって家の格と名誉を守ってみればよかろう? "

 

 政治的妥協、停戦の口実、疲れ果てた財政の再建。

 百花繚乱はそうして生まれ、後々陰陽部となる勢力も献上した。

 無論これは武力闘争から政治闘争に戦場を変えただけである。

 そうであるのなら無意味かと言うと、これも違った。

 すでにクズノハにより"謀られた"結果、武力をいたずらに諸勢力で独自保有するは不名誉となった。

 であるからこそ、新規部活や武力組織の独自編成、ましてや生徒会の編成ができないので陰陽部が代行しているわけである。

 理由はいくつかある、まず政治提案の詰問機関や天候気象担当部局として公的機関に類する存在であった事、かつて陰陽部もクズノハに仕え、未来や政治に関しての助言をしていた事が起因した。

 今はともかく、昔は陰陽師たちの占いはそうした政策提案としても行われていたからだ。

 

 最もらしく権威があり、実績があり、全員が損をしなかった。

 全員にとって予想外だったのは、百夜堂のシズコや忍術研究部と言ったプチブルや中産階級、すなわち旧家や諸勢力の援助なく独力で外部へ売り出し、その政治的有権者として活動を進め出した事だった。

 わかりやすく言うと、政治というゲームの盤面に新しいカードの束が出てきたし、プレイヤーも来たのだ。

 政治的均衡が崩れたが、陰陽部と百花繚乱にしても排除する訳にいかなかった。

 なぜか? 経済で負けたので政治で潰しましたなんか言ったら正当性なんか無いからぶちのめしてしまえが正解になり、誰が助けるというのだ? 

 

 こうして百鬼夜行の政治情勢は動いてきた、百花繚乱が機能不全になるまで。

 

 その原因が、堂々とここにいるのだ。

 ニヤの内心は自身ですら意外なほどに沸々としてはいたが、話を聞く気はある。

 

「百花繚乱委員長殿。急に参られるとはどういう御用か?」

 

 感情を一切断ち切った顔で、扇子を用い口許を隠す。

 

「エビス分校にて、先生とこちらの委員が雪崩により孤立した様で、火急にてやむなく」

「戯け」

 

 ニヤが冷たく言った。

 

「伝令、草の者が数名に託せば済むものを狼狽し現地より離れたるとは、委員長の任、些か重いと見える」

 

 扇子を閉じて、小判を撫でる猫の像を指し示す。

 貴様には価値もわからんと見えるという、百鬼夜行の雅な政治的スラングだ。

 こうした不作法を叩き落とす隠されたトラップで構成されているのが百鬼夜行の上層部である、無論政治闘争に興味ない大半の幸せな人種は大概を無視できる、関わらないから。

 

「やれやれ。面と向かって言われると大人以外でも十分効くモンだね」

 

 アヤメはやっぱりダメかと言いたげに、ニヤを立ち上がって見下ろした。

 圧倒的強者であった、ワカモが面倒と交戦を避けていた百花繚乱の委員長とは、最強と同義語だったのだ。

 無論政治的雑務等はナグサの仕事であった、周りがやらせなかった。

 

「加害者が被害者ぶるのは好感がもてまへんな」

「案外余裕そうだね、それともやけっぱち?」

「いや、義も勇もない貴女が恐いとは思わへんな」

 

 アヤメの口角が少し上がり、ニヤのすぐ上方を撃ち抜いた。

 直撃弾を受けたシャーレの重装隊員が落下する。

 

「姑息な手を使うねぇ……」

「あぁ、侵入しとったんですか」

 

 ニヤは「どおりで空気の流れが違うわけだ」と呟き、大方先生あたりが踏んで監視に入れたなと内心ため息を吐いた。

 一歩間違えれば内政干渉だ、中央の役人は喜ばんだろうねぇ。

 

「さて、ニヤ部長。ご同道願えるかな?」

「断る」

「駄々こねちゃあ、だめよ」

 

 アヤメは迷わず引き金を引いた。

 先生が帰ってくるまでおよそ数時間。それだけ有れば十二分だ。

 

 

 

 大丈夫だ、まだ劇の修正は効くはずだ。

 アザミは内心のどこかでそう言い聞かせている、基本的に花鳥風月部にその実戦力と呼べるものはほとんどない。

 体制に勝てないから歴史的に見て逆賊の如き汚名と立場に甘んじている。

 変わり始めたのはコクリコが来て以来だった、優れた戦闘センス、カリスマ、情報処理能力の原石を有した彼女が落ち延びた果てに、花鳥風月部は稀に見る復活を果たした。

 逆説的に言えばコクリコがいれば、花鳥風月部は何度でもやり直せる。

 だから、負けはない。

 

「気張り過ぎてるね」

 

 後ろから声がした、アヤメだ。

 百花繚乱の地下牢にニヤを叩き込んだ、となればあとはヒトツメを解放する。

 視線! それは避けられぬ恐怖、誰からどう見られているかの恐怖! 

 他者の望む自分、自分が望む自分、自分が望む他者。

 誰かに押し付け押し付けられ、その果てに全員が互いに互いを押し付ける。

 

「急ぐと元も子もなくしますよ、怪芸家どの?」

 

 ジロッと、アヤメが目を横に向ける。

 いい眼をしている、冷え切った艶やかな目だ、妖しい名刀の様な目だ。

 絶望で冷やされ激情で熱された鉄で作られた精巧な一振りの様な目。

 

「良い眼。狂おしいくらい」

「私は嫌い」

 

 にこりとアヤメが言った。

 自分が嫌い。

 

 周りの優しさに耐えれない自分が嫌い。

 

 ナグサの様に静かでか弱くいられない自分が嫌い。

 

 ユカリの様に純真になれない自分が嫌い。

 

 キキョウの様に自他を受け入れられない自分が嫌い。

 

 レンゲの様に頼もしやかに出来ない自分が嫌い。

 

 先生の様に割り切れない自分が嫌い。

 

 ニヤのように逃れ得ないなら楽しむと過ごせぬ自分が嫌い。

 

 だからこそ芯が通り、真実味は生まれる。

 上っ面だけの物語では誰が興奮するか? 

 ラスカーズの回想録がなぜ売れたか、それは皇帝自身を写し出せと言われ、書いたからだ。

 故に反ボナパルティストの作家は「生きてる間に世界を失い、死んで世界を手に入れた」と苦々しげにその永遠不朽の勝利を祝うしかなく、タイユランは「これであと200年は悪役かな」と楽しげにつぶやいたのだ。

 つまらない落第生徒の駄文(我が闘争)や、実のところ思想すら無い文章(縄の日)と違い、どう中華をひっくり返したか(遊撃戦理論)ただその一点に全てを賭けた作品(像を撃つ)には、創作にはそれがいるのだ。

 力を手に入れても行使するにあたり意思と血の無い力に実力は芽生えぬ、それがある限り絶対にどんな力も屈しないのと同様だ。

 

 屋根裏の部屋から、木々のざわめきが、いつしか沈黙していた恐怖達が再び鎌首をもたげる。

 木々の虚が、草葉の陰が、波の間が、井戸の底が、屋根裏の闇が、静寂(しじま)であることをやめた。

 

 何かが、ゆっくりとあふれ出し始めた。

 

「んだ、アレ?」

 

 百鬼夜行の市街地で最初にそれを見たのは、アラタ達の魑魅一座であった。

 無論アラタたちに今回特に非はない、ただラジカセを担いで路上ダンシングを演舞していただけである。

 魑魅一座の一応公然とした資金稼ぎ手段であり、アラタたちはこうしたテクノ音楽と共に踊り、そこそこ売れている。

 そんなアラタたちの眼前に現れたのは、妙に真白いさほど大きくない絡繰り人形だった。

 

「エッ? なんだコラ?」

「なんだよこのカラクリ」

 

 魑魅一座の二人がミロクの上下二連散弾銃と、ニューナンブM66短機関銃を構える。

 かたん、かたんと音を立てて、首を傾げる絡繰り人形の首関節からぼとぼとと液体が垂れ始め、コールタール染みた黒い液体が広がる。

 

「うげっ」

「気持ちわる、何だこれ」

 

 魑魅一座が遠巻きに包囲し、液体が広がるのを見てアラタは何か嫌な気配を感じた。

 そして、それと同時に液体から怪しい紫色の光が照らし出され、ぎょろっと音を立て、何か瞳に近い物が出始める。

 咄嗟に銃を構えると同時にアラタたちの耳に、声が響いた。

 

『何人か鏡を把りて、魔ならざる者ある。魔を照すにあらず、造る也』

「誰だ!?」

『即ち鏡は、瞥見す可きものなり、熟視す可きものにあらず』

 

 アラタが目線を逸らした瞬間、絡繰り人形が動き出した。

 その古びた外見からまるで想像できない速さで、気持ちの悪い動作音を耳障りに轟かせて、一気に飛び掛かる。

 咄嗟の照準である事と絡繰りの動きが妙にテクニカルな事から、射撃がまるで当たらない。

 一番近い二人が排除され、続いて97式軽機持ちの魑魅一座が排除される。

 

「こ、この動きまさか百花繚乱の」

 

 アラタが咄嗟に06式小銃擲弾を構えた。

 ポン! と音が鳴り、飛んでいった小銃擲弾は絡繰り人形へ直撃して爆発する。

 頭部へ直撃した絡繰り人形はぱぁーんと破裂音を鳴らして、また真っ黒な液体を撒き散らした。

 

「なんだぁこれぇ……」

「今の内だ! 逃げるぞ!」

 

 アラタの決断は正しかった、百花繚乱と同じような戦闘機動する相手に勝てるはずがなかった。

 ああいう仕事は、別の奴にやらせれば良いんだと考えていた。

 だがアラタは走りながらある事に気付いた。

 

 百花繚乱はいま居ないのだ。

 

 

 

 

 指揮官と連絡が付かない状況下ではあったが、予備計画は存在していた。

 ニヤが遺した緊急対応計画をツクヨが届け、カホがそれに従い動き始めた。

 各所の謎の液体からまろびでる存在も出てはいたが、地図を参照しながらキキョウの遺した治安戦想定状況を叩き台にして体勢を整え始めている。

 そして、そうした局所的環境下に置いて最強の戦列を組める存在もいた。

 

 ヴァルキューレ警察学校、警備局機動隊3個中隊である。

 

 元よりこうした大規模イベントではヴァルキューレ警察学校、その警備局や生活安全局が駆り出される事はしばしばである。

 最近はシャーレが出て来た事であまり式典警備の事件も起きず、ここ最近で最悪の事例はエデン条約に於いて公安局・警備局で外環警備網を構築し、アリウス部隊と交戦したくらいだ。

 無論世界の大半はそもそもシャーレの本格介入案件となるほどじゃない、従い再編され増強された彼女らは大概の脅威へ対抗できるようになり出した。

 そして今、先生からの「何かありそうな気がしたので」と要請されて、普段より増強されたヴァルキューレ警察学校警備局は百鬼夜行の此処へ居る。

 

「隊列再編! 隘路にて阻止陣地構築!」

 

 指揮杖を振り、特型警備車を配置し、輸送警備車で路地裏を潰す。

 指揮車両の上から警備局第4機動大隊の大隊長が声を張り上げていた。

 本庁から増援として編入された彼女らはここに来て自分たちの出番かと困惑はしたが、戸惑いと迷いは有していない。

 例え自分たちの出動根拠の一つに、警備局の勇み足で攻撃して特殊部隊が小隊1個壊滅させられた件の貸しがあるとか、警察学校本校上層部で「何とかしてシャーレに貸しを作りたくない」とか、各種理由が有るとしてもである。

 やるべき事はシンプルなのだ。

 

「会場への列は問題ありません、シズコさんたちの誘導で群衆制御は上手く行っています」

 

 副長の報告に大隊長は「よし」と顔を明るくさせた。

 流石に観光や祭りが売りの百鬼夜行の連中だ、群衆のコントロールがされてるなら作戦行動はかなり自由度を得る。

 無論、自分たちの仕事が時間稼ぎ以上ではないと理解はしている。

 

 だから何だというのだ? 

 血と鉄を以て時間を稼ぐのは、別にシャーレだけじゃないという事だ。

 

「来た」

 

 双眼鏡の向こうから、押し寄せる魑魅魍魎が見えてくる。

 なんとも珍妙奇怪のデザインだ、古臭いとすら言える。

 

「構えろ、来るぞぉ!」

 

 前衛3列の大楯を構えた横隊が、地面へしっかりと足を踏みしめる。

 濁流の様な魑魅魍魎が、遂に人間の壁で足が止まった! 

 各所からツチノコや唐笠が超えようとするが、輸送警備車の上に構える狙撃銃と、前列近くで待機中の射撃隊員が狙い撃つことで押し返している。

 弾が効かなくても当たるならそれでいい、時間が稼げる。

 さて後は、どれだけもたせるかだ。

 

「長い警備になるぞ、まだ始まったばかりだが」

 

 マイクを切って、大隊長は静かにひとりごちた。

 

 

 警笛の音が聞こえる。遠くから「放水車下がるなぁ!」と声も聞こえて来た。

 ニヤ部長は「やれやれ、中央のお役人さんはお連れが多い事で」と、独房内ではあるがそれ相応の気分を維持している。

 なにせ、ニヤ部長はそこまでフィジカルなど強くないのだ。

 百鬼夜行が名目上「全ての武力をクズノハへ献上した」という大義名分がある以上、強い意味もない。

 陰陽部の武力と言っても最低限度のもので、趣味とすら言えた、いっぱしの道楽者や放蕩者気取りのニヤ部長でなければ政治問題だ。

 ちなみにお祭り運営委員会の装備は武力扱いされない、献上以前にあの当時いないので適用できるわけないのだ。

 故にウミカ運用の75MSSRやシズコのテケ車もハ号も正当な理由を以て所持・運用されている。

 

「おんやぁ、黒幕登場って感じですかな」

 

 ニヤ部長はやってきた人影へ呟いた。

 アザミは長い髪を蛇のように変化させ、其処へ居る。

 

「前回のと違ってちんまくないんですな」

「あんなバカと同じと思われるとは失礼ですねぇ」

「無礼者、うつけ者は酷く同じようなものですから。ご無礼」

 

 百鬼夜行の雅な政治的罵倒スラングだった。

 ここでは直球で言わず相手の知性を責めるように濁す事こそ尊ばれる! 

 

「いやいや、案外あの神算鬼謀のニヤ部長が、こうした強行へ移るだなんて信じられなくて、こうして出向いて話したくなったのです」

 

 アザミはにこやかにそう告げた。

 ニヤ部長は無言で口角を上げた。超然とするのではなくこうしてわざわざ見に来たあたり、先生あたりがアドリブでなんかしたなと確信を持った。

 行動は不安の表れだな。

 

「神算鬼謀とはこりゃちょっと照れますな、まぁ確かに似たような怪談を使いまわす方よりは良いでしょうが」

「ほう? 私の作品をあんな駄作と同じだと?」

「ちがいますの?」

 

 きょとんとした顔でニヤ部長は尋ねた。

 

「あれは欲望をエサにする浅ましい物、私のは恐怖を母体とするものです」

「饅頭恐いとちゃいまっか」

「戯言はおやめくださいな、お遊びが過ぎますよ」

 

 アザミの言葉に、ニヤ部長がやや不可思議な顔をした。

 花鳥風月部は案外組織化というより、やりたい事が共通なだけなのか。

 

「話の長いオタクは嫌われますよ?」

「……足掻いて好転する訳もないでしょう? 無駄な抵抗のご趣味があるので?」

「まぁ打てる手の尽きてない状態で投了、は、ちと私は”好みじゃない”ので」

 

 傲岸不遜にニヤ部長はそう言った。

 好みじゃない、嫌うというのではなく好みじゃない、幾ら何でも中々に無礼な言い草だ。

 アザミはややそれに呆気に取られかけた、彼女が”こうした言い回しをする予定はなかった”。

 

「そう、別にかつてクズノハ達に弓引いて何も出来ないまま、すごすごと歴史の闇へ逃げ帰ってしまった誰かさんたちのようにはね」

「何が言いたい」

 

 ニヤ部長が口を愉悦の感情そのままにゆがめた。

 

陰陽部(魔を祓う者)をあまり舐めるなよ下郎」

「冗談、あなた方にその様な力はないはずです」

「ええ、我々にはありませんよ? ……祭りの話をしましょう、五穀豊穣を願い、今生きている事を神に感謝し、未来と過去と今を喜ぶ。

 それはある種、祭事であり、催事でもありました。

 そう、貴女の恐怖は……欲がない」

 

 扇子を開いて、楽し気なニヤ部長は格子の向こうの空を仰ぐ。

 

「恐怖は残念ながら新鮮さを必要とします、まぁマスメディアと同様です。

 老いへの恐怖、事故への恐怖、それが無い事への恐怖……これはミレニアムのちょいとした犯罪者ちゃん(ミライ部長)の言葉ですが、なるほどどうしてしっくりくる」

「私の恐怖がただの一過性の恐怖だと?」

「いえ、あらゆる恐怖が一過性なのです。恐怖は何も生みませんから」

 

 これ自体はニヤ部長の本心である、実のところシュロに対しては本気で危険視していたのがニヤ部長だと言えた。

 欲望が人間、知的生物の宿痾である、常に何かを必要とするからだ。

 欲望は天地全てを求める、喰らう、制御が出来ない、絶対に。

 残念ながら思ったよりシュロは純粋であった、なにせ欲望に自分の意思を書くにはちょいと欲が足りな過ぎた。

 だから欲望の差で先生へ押し切られた。何故なら先生はもっと欲があったから。だから制御できなくなって、ナグサのただ一つの欲望である百花繚乱の委員長代理と言う欲望、全力により負けた。

 

「ヒトツメが薄れだした、まずい……」

「ほらね? 欲望って大事だと思うんですよ、まあ度が過ぎるとろくなもんじゃないと神世七代の頃から言いますが」*1

 

 アザミはどういうことだと予定の再編を考え始める、くそっ! また脚本の書き直しか?! どいつもこいつも全員揃って私の脚本を狂わせやがる! 

 アヤメの事を思い出し、ええい仕方ないと脚本を再編する。

 こうなれば別の恐怖だ、百花繚乱の委員長が自分たちへ牙を向けるという恐怖を用意して、そうして会場の騒ぎを終わらせねば……。

 

「それとこれ、独り言ですがな」

 

 ニヤ部長はにこりと笑う。

 

「先生らが帰って来るまであと何分でっしゃろなァ」

「は、強がりをおっしゃりますな……、いったいどれくらい離れていると」

「あの先生はアリウスを何日で解放しましたかな」

 

 事実だけでよくもすらすら言えるよな、ニヤ部長のどこか冷笑的な自分がぼそりと呟いた。

 こういう冷笑的な自分がニヤはあまり好きになれなかった、隙あらば陰謀を企んだり何か謀を探してしまう。

 

「祭りも喜びも恐怖も一過性と仮定しましょう、その時が終わればむしろより深い恐怖が襲うでしょう」

「そうでしょうね、例えばあなたが頑張ってアヤメさんあたりをぶつけるとする、とか、そもそもアヤメさんがフリーに動けること前提ですよね?」

 

 アヤメが下界を見下ろす神木展望台で爆発が起こる。

 

 

 

 しゅうぅぅと煙を吐き出しているパンツァーファウスト3が、煙を上げる展望台を睨む。

 対人弾頭の熱圧力気化爆弾仕様だ、対人火器としてはキヴォトスでも常識と言うのを超えている。

 無論理由は呼吸器へのダメージがある、なにせ内臓器が気圧差で口からこんにちはする危険があるのだ、肺が口から「ハーイ!」しても笑えるわけがない。

 というわけでシャーレでも基本的に使われない装備品である、今回持ち出したのは単純に「効かないなら良いだろ」というなんとも暴論に近い許可がでてるのだ。

 

「目標に命中」

 

 ミサキが射手の隣で、スズへ無線を入れた。

 今回は待機人員として、機動予備戦力として待機していたのだ。

 スズにしても今回のエビス分校への派遣の場合はしっかり待機させておくという計画から予備隊であった。

 なにせキキョウらが本質的に軍人気質、しかも幹部なのでスズには「現場が地元ならむしろ任せるべきでしょ」と上手くサボる魂胆だったが、安穏と惰眠貪るにはキヴォトスは平和じゃない。

 

『全班、突入開始』

『新月班、突入』

『皐月班、突入』

『弥生班、突入』

『如月班、突入』

 

 展望台へどたどたと重い装具類が、木製の床を踏みつける足音が響く。

 見た目は通常の隊員やスズ戦闘団の重装隊員という訳では無かった、白い宇宙服めいた見た目の、特殊な防護バイザーなどが備わっていた。

 見る者にはSF世界の強化人間部隊じみてる、と言えるようなシルエットだ。

 FASTヘルメットに半球状の特殊なバイザー、防弾着3型に戦闘雑嚢に特殊ケブラー繊維の戦闘服はダボッとしたようなオーバーサイズ感を漂わせている。*2

 吊り下げている武器も、普通のシャーレ隊員と言うには違っていた。

 青く輝く戦闘雑嚢に込められているのは、アリウスから回収されたミメシス処分用の特殊神秘弾頭型だ。

 

『交戦を許可』

 

 スズが静かに告げた。

 振り返るアヤメに、無警告射撃が撃ち込まれる。

 狙いは眉間へストレート、顔面に直撃弾だ。

 当然ヴァルキューレ警察学校やSRT学園では無警告バイタルへの射撃は重大違反事項だ、場合によっては一発停学である。

 だが、それは相手が人間ならば、という前提が付く。

 では聞く、怪異は人間か? 

 公に人を惑わし、傷つけ、破壊活動を行う怪しい存在は人間と呼ぶのか? 

 

 答えは? 

 

「いきなり撃つとか、酷いじゃなッ───」

 

 呼ばないのだ。

 

*1
どこぞの大人達がくしゃみをしたとかしてないとか

*2
ソ連VDVのズボンみたい




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