キヴォトスの若鷲(エグロン)   作:シャーレフュージリア連隊員

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寒熱何ぞ 死を越えて

 時は数分前に遡る。

 スズはこの事態に対して、割とお手上げを感じていた。

 敵を倒すのは出来るが、流石に悪魔祓いは別の案件である、そう言うのは違う。

 そうした官僚的なまでの他人事意識がある意味、SRTと言う組織や連邦組織の悪弊ではある。

 そうは言いつつもスズは予備計画書を開封した。何もしないという選択肢はな無い。これでもそれだけの給料、それなりの待遇を受けている。

 開封したのはキキョウと先生が策定していた行動予備計画だ。

 

「……、滅茶苦茶言ってくれるなぁ」

 

 其処に書かれていた内容は。

 

 

 

『新月班から射撃!射撃を絶やすな』

 

 徹底的に身動き出来なくなるまで、終わることのない全力攻撃。

 

「ちょ───はなしくらっ───きいてほしいなぁッ────!」

 

 無論聞かない、対話は人間相手にする事だ。

 そして、こうした存在は話を聞くのも大概アウトになるケースが多い。

 だから用意したのが化け物(ミメシス)処分の装備品だ、おまじない程度ではあるが、ある程度の効果はあった。

 青く光るほのかに暖かい7.62㎜神秘被帽付き徹甲弾のセミオート連続射撃が襲い掛かる。

 

『弥生班、スタンバイ』

『やれ』

 

 シリンジャ―を構えた小銃班が構えて、それを撃ち出した。

 筋肉弛緩剤の一種である、当然撃つには資格などが必要だが資格はしっかり講習されている。

 当然だがこれだけで上手く行くと考えてなどいない、怪異に攻撃は通用しないというのがどこまでの基準なのかというテストでしかない。

 シッテムの箱が防護対象とするのは害意ある攻撃であり、害意と殺意の悪意も無い場合は感知しきれない。

 いわば高性能な逆探知機能だ、従い概ね最低限のラインは此処であると推測される。*1

 ならば仮に効かなくても相手がある程度自分に疑いを抱くのなら猶更だった。

 特に今回は、かなり効く様な相手であったと言える。

 

『新月班射撃終了』

『睦月班射撃開始』

『弥生、如月班射撃に備えよ』

 

 展望台が銃声に包まれる。

 恐怖と言う武器が封じられた場合、頼られるのはアヤメ自身の戦技とフィジカルだ。

 事実、ここまで手を尽くしているがアヤメの完全排除はあまり見込みはない。

 何故かと言えばアヤメは百花繚乱の最強として就任し、彼女の戦技や戦闘力は正に誰が並び立てるというレベルだ。

 実際、万全なアヤメが相手ならシャーレは取れる手段は出血覚悟で特価大廉売する消耗戦などになる。

 無論それはあくまで仮定である、現状のアヤメは完全には整っていない。

 だからこそスズは「徹底的に時間稼ぎするぞ」とこの封じ込めをぶちかましている。

 

「参ったなあッ───おはなしきいて───くれなさそう──」

 

 半分ジョークで手を挙げようとしたが、アヤメに撃ち込まれる弾丸はまるで止まらない。

 そういうのがこのシャーレである、少々の出血は覚悟している。

 全員が先生により期待されている事と、やるべき事を理解している。

 個の意思を律し、鍛え、個体は群体へ変わり、私利ではなく公の利に尽くして奉仕する。

 SRT生徒やアリウス生徒が腐るほど聞かされ、その実内心では誰も信じなかった言葉だ、だって言ってる奴が一番排除した方が良いような連中だから。

 そんな中に出て来た新しいご主人は猟犬を撫でることをためらわない、右へ向いた時には左へ仕事、左を見たら右へ仕事、そんなせわしなさげな大人が言う。

 

「なに、俺が選んだ連中だ。しっかりやる事やらなきゃいかん事くらい目利きできる真実骨の髄までどうしようもねぇ奴らを選んでんだ。お前らの事さ」

 

 信頼。

 決して与えられなかった人間への最高の麻薬的な存在。

 サオリなどが良い例だ、稈威に優れ、硬性、即ちよく訓練された猟犬(シェーファー)

 訓練の無いシェーファーはシェーファーではない。

 例え何らかの事情からこの場から消えても、名誉はそこにある、たとえ放逐されようとその存在は常に群れの中に生きている。

 

 だからこそ、こうして死地に立てる。

 

 それがアヤメにも理解できた。

 

 理解できたが故に悔しく悲しく妬ましい! 

 

 彼女らはきっとそんな私生活も人並みに悩んで許されるのだろう。

 

 きっと彼女らの悩みなどそこまで拗らせもしないようにされてるのだろう。

 

 なんだって、シャーレの先生は大概の悩みも理解しているのだろう。

 

 私と違って!! 

 

 アヤメの負の感情が振り切れた、まぶしすぎたが故に闇が濃くなった。

 各所のヒトツメが消え、アヤメの影から再編される。

 生まれるのはガキの手慰みなどではなく、分身したアヤメの様なもの。

 正に影。

 

 ドン! と銃声、いや砲声が轟いた。

 97式自動砲の砲声が轟き、射撃していた弥生班の班が倒れる。

 影が湧きだしたのは展望台を見下ろせる高所建造物、伝統博物館屋上だ。

 

『弥生班ダウン』

 

 よりにもよって、アヤメは優れた戦闘技術を活かして弥生班へ交代直後の瞬間を狙い撃ちにした。

 結果的にアヤメの本体を撃つものが止む。

 

『狙撃手排除。射撃継続を続行!』

 

 スズは即断した、データリンクから射点が推算される。

 唐笠おばけをバイポッド代わりに97式自動砲を構えているアヤメの影を、スズが確認し直ちに排除を許可した。

 直後に新月班の隊員が更に撃たれる、初撃は榴弾、後はAP! 防弾装備に対して徹甲弾で強引にでも黙らせる。

 馬鹿馬鹿しいまでに単純な解決法だ、即座にアヤメが動こうとするが、装填が間に合ってない弥生班の残りがサイドアームのM9拳銃を全力射撃する。

 少しでも動きを鈍らせるための即断だ。

 

『狙撃手確認。排除します』

 

 ヒヨリが発言と同時に、ダネルNTW-20を射撃する。

 待機していたもう2個の狙撃チームとの連携射撃から、十字砲火されるように影が頭を打ち抜かれた。

 

『狙撃班は敵遊撃手を制圧続行! 各班気合入れて続けろ!』

 

 スズの低い声がインカムへ響く。

 言われんでもやりますよ、と思いながらヒヨリは射撃を継続するが、ミサキが声をあげた。

 

『方位18度から49度へかけて高速移動物、確認願う』

『なにっ?!』

 

 スズが観測情報を認識した、全軍データリンクと言う古代からの夢を実現されているシャーレではこうした偵察情報の分析は随一だ。

 そして、認識した相手は間違いなく、アヤメの姿をしている。

 アヤメの異能と怪異を合わせたある種の兵法だった、全員の意識が僅かにアヤメだけに集中しない時間を作った瞬間、自分の偽物を用立てた。

 なにせそれは、完全にアヤメそっくりだ。

 

『長月班へ向かってる! 警戒せよ!』

 

 狙いは間違いなく狙撃支援中の長月班! 

 まず百鬼夜行のケーブルカー乗り場屋上で支援していた長月班3班が襲撃される。

 咄嗟にSRT生徒愛用のバレットを棄て拳銃を抜いたが、スナイパーの反応よりアヤメが勝る。

 鬼神めいて突撃するアヤメに狙撃手のヘルメットが飛ばされたが、間隙に観測手がMP7を構えようとする。

 その観測手を諸共に掴んでアヤメが飛び降りた。

 

03(マルサン)が排除された模様』

 

 続けて02(マルフタ)へ向かうアヤメの影に、ヒヨリは慌てはしていたが、慌てているときの自分へ現れる自分の中の冷静な自分が語りかけていた。

 これまでのミメシスなどは基本的に空薬莢が出なかった、しかしアヤメの影が撃った97式自動砲はどうだ? 

 ヒヨリの視界には、きらりと輝く金属製の空薬莢が見える。

 と、いう事はあの97式自動砲自体は、ごく普通の、もの? 

 スコープを覗く、鈍く輝く百鬼夜行の陰陽部の文字、紀章、即ち既製品。

 

「陣地変換しましょう」

「いえ、駄目です。あれの武器は破壊しなければいけません」

 

 すんと冷たい声でヒヨリが言った。

 観測手はそれを聞いて、脇腹が酷く痛むのを無視して双眼鏡を構える。

 

「風速西へ3m、火災のせいでやや流れてる。湿度は同じ」

02(マルフタ)がやられた!』

「仕事はやりきらなきゃいけないんですよね、えへへ」

 

 ドン! と銃声が響く。

 しかし、その着弾音源は投げられた02(マルフタ)の観測機材だ! 

 射線に割り込ませたのである! 

 

「阻まれたッ」

 

 即座に次弾を送り込み、ヒヨリは第二次射撃を狙う。

 相手は動いている。火力援護しなくては無理だ。

 観測手は自身のACR自動小銃を構えて迫るアヤメへ射撃する。

 1秒でも稼げれば、ヒヨリは撃てる! 

 

 2発の銃声が轟いた! 

 

 ヒヨリの射撃は狙いを過たず、97式自動砲を直撃! 

 機関部を横から飛び込んだことから破壊した! 

 

『長月班01(マルヒト)、ロスト!』

 

「クソ野郎!」とマイクはオフにして叫んだあと、影が消えたのを確認してスズは本命は変わってないと確信した。

 影を動かし、偽物を動かさなくて良くなった瞬間動きが良くなった。

 従い、ホンモノが入れ替わったふりはブラフ。

 

「コンテニューの時間と行こうか」

 

 狙撃によりタイミングを切り崩されたが、再編して再包囲し半円の陣形を組みなおしたシャーレ隊員へアヤメが一気に挑みかかる。

 突入を受けてやや隊列が乱れ、射線に味方が入ったのを確認したが射撃を継続する。

 残念ながら自分すら省みない敵は既にレムナントで経験している。

 そしてこのやり方は、アビドスで経験した。

 戦闘経験の蓄積がただの生徒の利他的と利己的の壁を溶かしたのだ。

 アヤメは即座に上着の影から、二つの筒を落とす。

 

「擲弾筒!」

 

 誰かが警告で叫んだ。

 爆発、破壊が押し寄せ、床が崩れた! 

 ゲヘナ生徒の修学旅行の補修箇所だ。

 

「崩落に巻き込まれた模様」

『卯月、葉月、霜月班。突入!』

 

 スズが更に戦力を投げ込む、消耗戦の覚悟くらい出来ている。

 こうした瞬間に楽して勝つためにズルしてアレしてしごいて鍛えた。

 だから予備戦力を用意した。

 突入するのは待機していたアツコらだ! 

 木片から顔を出して、辺りを見ているアヤメへアツコが全力攻撃を開始する。

 ツーマンセルでの攻撃を3個小銃班で行う訳だ。

 

「いちいち突っかかってくるんだからなぁ!」

 

 アヤメが自らの特技たる、近接格闘戦へ持ち込む為突進した。

 しかしアツコは耐える様な姿勢を見せ、アヤメの脳裏の「何故?」は危険信号を叫ぼうとする。

 普段ならばそれに従っただろうが、アヤメのメンタルはいま、過去最底辺だ。

 故に、ぎょっとした。

 

「はーい」

 

 間の抜けたような素っ頓狂に近い、そんな掛け声。

 まるで餅を打つような調子で、カバーの相方が構えるのは。

 

AA-12(自動散弾銃)?!」

 

 HEシェルをたっぷりと詰めた、シャーレ近接戦闘部隊の切り札である。

 ドラムマガジンへお腹いっぱいに蓄えたAA12は、全力で吐き出す。

 

「押し返す」

 

 アツコがまるで冷静に、そう告げた。

 アヤメはなるほどと、それを理解した。

 特殊部隊って奴はこういう風な事するのか。

 フルオートの散弾銃から繰り出されるHEシェルの局所的ゲリラ豪雨! 

 幾ら効かなくても無効にするにはちょいとばかし目が眩む。

 しかもおりしも今は夜、灯りの無い展望台の下は真っ暗。

 そこでいきなり32発のHEシェル連続射撃だ。

 

「……いいよねぇ、あんたたちは」

 

 アヤメの何かがまた弾けそうになる。

 輝きに当てられ、醜い自分を隠すものも無くした。

 当然、負の感情は更に溢れ出そうとしている。

 

『全部隊、警戒せよ。不明物体接近』

 

 スズの声に、全員が身構える。

 

「なんだ、あれ」

 

 アヤメとアツコは、遠くから嘶くそれを見た。

 

 

 恐ろしく画力の低い……なにか。

 

『なんだよあれ、ふざけてんのかよ……』

 

 スズがマイクを切り忘れて呟く。

 

 すると、突如こちらへ謎の翼を生やして飛翔する何かは、地面を穿つように角から光線を撃ち出した! 

 相も変わらず謎のへにゃへにゃの不定形不明存在は、アヤメの影と偽物へ光線砲を命中させる。

 数秒ばかり困惑と茫然で立ち尽くしていたが、影がぼろぼろと崩れ、偽物は砂の様に消えていく。

 

「な、なんで?!」

 

 アヤメが咄嗟にアツコを見るが、アツコもやや呆気に取られている。

 

 

 

 スズたちが交戦中のちょうどそのころ、先生は陰陽部の本館へ帰ってきた。

 クズノハにより直帰させられたのである。

 急いでいたので有難いご厚意と感謝しつつ、すぐに忍術研究部と連絡を付けると状況を理解した。

 おりしもこの頃アヤメはヒトツメを収納してシャーレ部隊と全面交戦中だ、誰も気づかない。

 

「こりゃひでぇな、部隊がすげえ勢いで濫費されてんぞぉ」

 

 アヤメの戦闘をデータリンクで確認したが、あほほど精鋭がバンバン溶けてる、洒落にならん。

 大概がノックアウトな辺り百花繚乱のお上品さが幸いしている、何でもありだったら本当に困ってた。

 

「そりゃ怪異で弾が効かなくてアヤメは伊達に最強クラスじゃありませんし……」

「うん、アヤメは本当に強い、200回挑んで負けた」

 

 ナグサとシュロがそう言い、ナグサに「201戦やる覚悟でやれぇ、ばかやろー」と返しながら、シュロへ目を向ける。

 

「なぁ、怪書による保護ってさ、案外怪書同士って想定してなかったりする?」

 

 シュロが困惑する、その裏でイズナとミチルがニヤ部長を奪還し、飛び込んできた。

 相変わらず良く分かんねえくせに謎に実力があるなコイツら……。

 

「怪書同士では……たぶん、力が同じなら、後は語り部次第かも……」

「ほーん、じゃああれだ、お前がこれを怪書だと認識したら?」

 

 先生が取り出したのは、陰陽部の古い使われていないノートだ。

 10年か、20年は確実に忘れられた品物である。

 

「……本気で言ってます?」

 

 シュロは当然、出来る訳無いと考えていた。

 当たり前だ、出来ると信じてたらおかしい。

 

「でもよ、俺に良く突っかかってくる女の言い分だが、それは認識次第らしいぞ? なんだっけ、下着か水着かは本人次第だったか」

「それ露出狂ですよ」

「俺もそう思う」

 

 シュロはやや怪訝な顔つきでノートを見た。

 

「出来ないのか?」

「で、出来る訳……」

「あのクズノハすら面白いと言わせたのにか」

 

 シュロの脳裏に鮮明且つ鮮やかによみがえる、至福の言葉。

 読者からの「読んだけど面白かったよ」の単純な文章、素朴ゆえの満足感、まるで特盛のオムライスめいた満腹感への充足。

 シュロの口角が上がり始める。

 

「で、出来るわけが」

「まぁともかく欲望載せてみたら? それにほら、周りを観てみろ、まるで面白くねえぞ? 面白いのアヤメだけじゃん」

「うん、アヤメはいつも」

「やかましいわ」

 

 ナグサにそう返しつつ、シュロを見る。

 あと一押しか。

 

「なぁなぁ、お前の原稿即興劇、やってみせろよぉ。あいつアドリブにてんで弱いからつまんねぇんだよ」

 

 本心である、アザミはこの時点でアヤメの制御が出来ていない。

 相手が何か持ち直す前に滅茶苦茶にしてやりたい。

 

「で、でもなにを書けばいいんでしょう……あうう……こ、コクリコさまぁ……」

「前回の猫とかどうだ?」

 

 サオリが完璧な援護をぶちかました。

 無論バカなまでに純粋なサオリは割と本心である、それが幸いした。

 シュロと言う嘘に敏感な存在に対して「本当にそれを信じ込める悪人」と「特に悪意の薄い素がポンコツ」のサオリ、嘘がこの場で一切存在しないコンビだ! 

 ユカリたちは「本当に出来るの?」とやや不思議そうにしている。

 

「ああ、あれ強かったしな」

 

 シュロの欲望が沸き上がる。

 自身はサオリに勝てなかった、クロカゲはサオリに時間稼ぎしかさせなかった、従い自分の創造物はちゃんと強かったことになる。

 ということは、あれを叩き台にしてしまえばちゃんと強くなるのか? 

 瞬間、ゴングを鳴らす様に展望台が爆発した。

 

「や、やってみせてやろうじゃありませんか! 手前くらいのすとぉりてらぁにかかれば、即興くらい!」

「ええぞええぞ、やったれ」

「やるだけやってみて考えればいい」

 

「阿呆を本当にたらしこんだぞ」とレンゲが呆れた顔をして呟き、飛んできたチョークにレンゲが打ちのめされた。

 先生からの一撃である。

 

「えっと、角を生やして……」

「羽根、羽根も着けようぜ! 制空権取れると強くねえか」

「た、確かに……」

 

 心の9歳児が暴走する! 

 運び込まれたニヤ部長は「いいのか、あれ?」と困惑しているが、止められる者は誰もいない! 

 そして遂に、それは出現した。

 

 クロカゲ改め

 

 最強一角有翼獅子が。

 

「デスレイか怪力線撃てるようにしようぜ!」

「え、怪獣になりませんそれ」

「おんまえー、強い奴は畏れられるんだぜ! イワシの頭も信心からって言うだろ!」

「……そうかな、そうかも」

 

 翼を生やした奇怪な生命体は今や百鬼夜行の空を我が物顔だ! 

 

 

 アヤメの事を観測していたコクリコは、小料理屋の二階から愉快気にけらけら笑っていた。

 

「愉快、愉快。シュロの奴、やれば出来たやないか、悲劇は喜劇に勝てんからな」

 

 お見事、とコクリコは拍手した。

 あやつ、私の過去のノートを見つけたあたり天運がついている、運とは人の運命を弄ぶのが随分と好きらしい。

 20年前の自分の遺産がここにきて帰ってきやがった。

 自分が不運とは思わない、運命が定期的に刈り入れにきただけだ。

 

「あの餓鬼!」

 

 アザミはなにやら激昂しているが、コクリコは冷たく言った。

 

「演者のアドリブでヒトツメが引っ込んだ時点で脚本家の責任や。しっかりアドリブの余地は入れなあかんやろ。

 そういう点では前のシュロは綺麗にやっとったよ」

「しかし」

「ええか、よぉー聞けよ蛇女。売れるモンと売りたいモンの不一致まで客の責任とするは感心できんぞ?」

 

 コクリコの静かな、それ故に鋭い声がアザミを貫いた。

 

「しかし、まあ、アドリブ好きな助演たる先生が出たのはマズかったかなぁ。

 それに、思うたよりシャーレの連中、芯が通っとる。

 ちと甘く見過ぎたわな、これはうち(監督)の落ち度や」

「……シュロはどうするので?」

 

 コクリコは少しばかり空を仰いだ、朝焼けが始まろうとしている。

 

「そうやなぁ、あれはきちんと成った。自前で怪書を作り出す事をやってみせた。

 あれ次第やな……」

 

 その横顔に寂し気な姿があったのを、アザミは見せつけられた。

 何処か艶めかしく、色とつやがある。

 それと同時に、ゆっくりとした拍手が響く。

 

「はいはーい、それではそろそろ打ち上げと行こうか?」

「先生、やっぱり来はったか」

 

 コクリコがさほど驚かず言った。

 

「いやぁ、怪書使いは惹かれ合うって書いたらマジで会えると思わなかったよ」

「いややわぁ、脚本に口挟んでくるタイプは……。シュロもダメなときは駄目言わなあかんからきいつけや」

 

 コクリコはそう言うと、シュロを見た。

 シュロは何も言わなかったが、静かに一礼し、退室する。

 

「あの餓鬼疫病神押し付けやがった!」

「じゃかましい、静かにせい」

 

 片手を動かして口をつぐませ、コクリコはナグサ達を見る。

 やがて、ゆっくりと歩み寄ると、ナグサの眼を覗き込んだ。

 

「……本気なんやな?」

「うん」

「お前はアヤメやない」

「隣に並んで立つくらいは出来る。恐いし、弱いし、色々足らなくても、私はアヤメの事を、覚えていたいの」

 

 別に強くなくてもいい、百花繚乱でなくてもいい。

 ただ隣にいたかった、同じ時を過ごしたかった、一緒に大人になりたかった。

 それを伝えておきたい。

 

「……馬鹿には勝てん」

 

 コクリコが、目線を先生へ向ける。

 

「不出来の後輩らの事、ちゃんとあんたなりにやるんやぞ」

「もちろん」

 

 コクリコは朝焼けの光に、すぅと静かに失せてしまった。

 怪談の時間が終わりを告げた以上、もうコクリコたちは何も出来ない。

 従い、始まるのは。

 

「アヤメぇぇぇぇ!」

 

 ナグサが、自身の小銃を掴んで走る。

 

「オイオイ嘘でしょ……」

 

 アヤメが、真実ぎょっとして口を開けて、笑い、そして引き攣った笑みを浮かべた。

 

「遅いよ」

「遅くなんかない」

「あんた教練はいつも私より遅かった」

「射撃成績もね」

「それでも?」

 

 ナグサは、アヤメに真っすぐと目を見据えた。

 芯のしっかりした、波紋の浮かんだ刀みたいな目。

 彼女にはあまりにまぶしすぎた目。

 

 

 

 

 継承戦が、始まる。

 

 

*1
つまり想定出来てる範疇




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