キヴォトスの若鷲(エグロン)   作:シャーレフュージリア連隊員

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『フランス万歳』 ─アルフォンス・ドーデ『最後の授業』、黒板に書かれた教師の言葉─


最初の授業

 

立木マイアにとって、最初の危機と恐怖が襲い掛かって来た時、あまりはっきりとそれを認識していなかった。

彼女を含めた分隊の隊員はあちこちで放棄された食料品や、手近な衣類や毛布類を確保するために離れていた。規律の崩壊であったが、マダムの無為無策は戦闘の長期化などを想定してなかったのだ。

糧食や飲料用水の確保にあちこちから徴発部隊が編制され、活動を開始した。要するに緊張の糸がほつれていた。

古聖堂周辺ではあまり店舗が無かったが、倉庫は幾つかあった、彼女らは債権も宝石も無視して食料を探していた。

ただそれでも、探せる範囲は多くない。

ヴァルキューレの非常線がそのまま包囲の環となっていたし、正義実現委員会はツルギが高価値目標、即ちナギサを──サクラコは移動途中だった為無傷──確保したのちは部隊を纏めて後退機動を行い、ゲヘナはパンデモニウムの親衛隊に遅滞戦闘をさせつつ、アリウス主力大隊の側面を脅かして戦列を崩させている。

 

『3班どこ行った!』

『現在地がどこか分かりません!』

『中隊指揮所はどこですか』

『混線してるぞ、回線が混雑してる』

 

無線機を背負ったマイアと同じ小銃班の生徒が、無線機のスイッチを嫌そうに切った。

まだほど近い場所から、乾いた銃声が連続で響いている。

 

「近いな……」

「斥候……でしょうか?」

 

マイアは怖がりながら尋ねた。

対等な敵、戦意ある敵、統制された意思の下の暴力。

倉庫を探しながら、マイアは逃げ出そうか本気で考え始めていた、こんな制服を脱ぎ捨てて、どっかで服を着替えるなりして……。

何故戦うのか?その答えはない、当たり前だ、自分以外の誰かが自分を駒にしているのだ、意欲などない。

憂鬱と倦怠感がマイアの背負ってる背嚢や装具、銃を重く感じさせた。

棄てて逃げちゃおうか、そう思いながらスコーピオン短機関銃を見やる。

 

「くそっ、どの箱も中身ドンガラかよ。テレビなんか入れてんじゃねえよ!」

 

怒声と共にテレビが蹴り倒された。

そんなマイアの仲間の一人が、ふとマイアの方向を見る。

 

「?」

 

その生徒がマイアの方向を、正確には後ろを指さした。

 

「あそこの扉でなんか動いた……」

「え」

 

マイアが慌ててスコーピオンを構える。

略奪と捜索に熱中していた他の生徒も、慌てて武器を構えて警戒し始める。

 

「逃げ遅れた地方人(シビリアン)か敵の斥候かな……」

「どちらにせよ消せばいいだろ……」

 

マイアは仲間の言葉におずおずと頷いた。

だが、天窓が破られると同時に何かが降ってくる。

 

「あ」

 

バン!と大きな閃光が走り、連続して明滅した。

9バンガ―という閃光手榴弾だ。

 

突入(ブレイクアウト)突入(ブレイクアウト)突入(ブレイクアウト)!」

 

それと同時にヴァルキューレの盾を構えた警官と、シャーレの隊員がM16A4を構えて突入する。

不意の奇襲を受けたために容易く数名が制圧され、マイアは慌てて段ボールの陰に隠れた。

敵、初めて見る敵、名前も姿も良く知らない敵。

昼間だが電気がついていないうす暗い倉庫で、マイアは陰に隠れていた。

仲間の残りは短機関銃で制圧射撃をしながら、手榴弾を投げる。

ドン!と爆発音が響き、敵の射撃が少し止んだ。

 

「おい!おい!マイア!」

 

仲間の一人が駆け付ける。

 

「あいつら多分先遣部隊だ!早く動かんとヤバいだろ、だから──」

 

そう言って直後にその仲間は散弾をもろに喰らった。

ガスマスクが飛び、砕け、なまじ気絶出来ないだけに痛みに悶えて苦しんでいる。

マイアは腰が砕けた様に後退りし、息が詰まりそうな気分になり始めた。

過呼吸が彼女を襲う中で、銃声はまだ響いている。

ガスマスクを外そう、どう外すんだ、どう外せばいいんだ、外してどうする。

過呼吸に苦しみながらマイアは泣きながらもがいていた。

爆発音が響き、ごとんと仲間が目の前で倒れる。

 

「あ、あ、ああ」

 

彼女は意識を手放した。

ライトを点けたM16A4を構えたシャーレの先遣部隊が観測拠点への移動中、不意遭遇戦になった。

ただ官僚的報告文のただ一行で済む出来事が、彼女の中に深く食い込むことになったことなど、シャーレ本庁舎の幕僚や作戦部隊の誰に分かるというのか?

こうして、立木マイアの戦争は、突然に終わらされた。

 

 

 

 

梯スバルの当時の状況認識は、当時の状況と同じく「分からないが、何か起こってる」だった。

主力の移動はどん詰まり、部隊はカタコンベ手前で渋滞、先遣の空挺とコマンドは敵の抵抗を受けている。

計画通りに進んでるとは到底言えない、スケジュールはもう滅茶苦茶で、予定通りな事は一つもない。

主力の後列で待機させられているスバルからすれば、何とも馬鹿らしい気分になってくる。

もとより後衛の中隊などが出遅れた最大の理由は、いきなりマダムが国力や運用を確かめずチーフテンだの正面装備を導入したからこうなってる。

だからインフラは脆弱で訓練に難儀し、実働試験や訓練は不十分で、大隊規模連携訓練は殆ど未達なのだ。

おかげで実際動かすとなると「シャフトを壊した」「履帯が外れた」「ぶつけた」とトラブルは連発している。

挙げ句にまだマシな前衛が出たと思ったら、今度はゲヘナが側面攻撃して主力大隊の移動そのものがどん詰まる、ルートを変えればいい!と素人なら思うだろう、では、どの部隊がどのルートで進むのだ?

土地勘が無いのに分散して浸透が出来るとするなら、それはしっかりと作戦計画と認識を共有し、上級司令部と前線の意見をすり合わせ、ちゃんと事前に話し合う事で行える。

いきなりやれと言われて出来るわけがない、それならいっそ「私に続け」の一言で強引にやる方がいい、そんな事は万に一つもあり得ないが。

 

「まだ進まないのか」

「縮地法でもない限り無理でしょうねぇ」

 

スバルの内心が不機嫌な理由の一つは、自分の部隊に回されたセンチュリオン戦車──幸いこれはちゃんと動く──のせいではなく、その車体後部に立っている大人が、教官が気に食わないからだ。

無理難題滅茶苦茶しか言わない蛆虫が自身の失態を棚上げにして喚いている。全て貴様らの失態だろ、そう思っている。

無論だが表に出すようなスバルではない。

やがて、転機が来た。

カタコンベの流れが変わった。

 

「なんだいったい」

 

教官が素っ頓狂な顔をした。

奥から大量にアリウスの生徒が走ってくる。

装具や武器を殆ど持ってない。

 

「……どうなってるんだ?」

「さあ?」

 

慌てた様子で、スバルにある生徒が紙切れを持って走ってきた。

書かれていた内容は簡単な内容だった、スクアッドは降伏、主力前衛及び空挺大隊は壊乱、前線は完全に崩壊し部隊は潰走している。

ここまでならただの戦況詳報であるが、添えられている更新命令は猶更ひどい物だった。

潰走する兵を止めて再編して本土侵攻を阻止し、スクアッドの中に居るロイヤルブラッドも確保しろ?

支離滅裂だ、はっきり言って内容がこんがらがっている。

 

「……どうしようかなこれ」

「早く部隊を立て直せ!我らがアリウスの危機だぞ!」

 

それを聞いたスバルは、馬鹿馬鹿しくなって笑い始めた。

デサントしていた生徒たちもつられて笑い始め、教官が唖然とした顔をする。

 

「解任させてやる! 懲罰させてやる! 蒸発させてやる!」

「もう遅い」

 

スバルはそう言うと同時に、P228拳銃を素早く抜いて、頭へ4発連続で撃ち込んだ。

潰走していた生徒たちや、周りで遠巻きに見ていた生徒たちは茫然とした顔で、一連の光景を見ている。

 

「時代が動いたという事です」

 

その一言を言うと、辺りを見回す。

数分しない間に、更に数名の大人が撃たれた。

思ったより潜在的内部反抗分子は居るんだなァ、とスバルはやや他人事な感想を抱きつつ、高く拳銃を掲げた。

 

「────逆賊死すべし!」

 

反乱が始まった。

アリウスのどくろのマークに、三本の射線が引かれ、瞬く間に反乱軍は機甲一個中隊を中核とした作戦部隊へ変わる。

憎々し気に、転がっている教官を蹴っ飛ばし、スバルはさっさとこのバカげた戦争を終わらせようと決意した。

冗談じゃない、マダムの為なんかに死ねるか。

 

「自動車化中隊と軽歩兵中隊に伝令を出せ!速やかにバシリカへ包囲を張るぞ!」

「交差点方面に分隊を回して制圧させます」

「許可します、急いで確保!」

 

スバルは内心、あのババァは逃げ出すんだろうなと思っていた。

あの根性無しが死ぬまで戦うような奴じゃあるまいし。

 

「カタコンベ防衛に再編した連中を残して誰も逃がさないように」

「はい。……シャーレが来たらどうするんです?」

「……各自判断で投降していい」

 

まあ少なくとも、連中も狙いは同じだろうが。

 

 

 

そうして、戦争は始まった時と同じく終わりを告げた。

誰にとっても唐突に……。

各所で孤立した小規模部隊があちこちで戦闘の銃火を響かせていたが、それらも3日以内に終結した。

マダムも死んだ、教官の後ろ盾は無くなった、各所でそれまでの関係は逆転した。

マイアにしても、スバルにしても、変化は目新しい物で、急なもので、誰にとってもそうで、受け入れる、納得するというより、分からないと言う認識が強かった。

無理もなかった、恐らく”彼”以外は全員がこうなるなど誰も考えてなどいなかった。

 

「一回ここら辺整地してな、仮で居住地を作ろう。

 そこからそこまでの道路も補修して啓開し、交通を整える、バシリカは補修して仮でも良いから行政と配給を設けるぞ」

「先生!糧食の手配付けました!調理員が足りません!」

「ゲヘナから給食委員会徴集してこい!連中を連邦権限でも何でも使って連れてくるんだ!」

「先生!カイザーが冷凍輸送車買わないかと持ち掛けてます、格安で」

「買うんじゃなくて災害出動名目で徴発しろ!」

 

誰から見ても異質な大人だった。

無機質な白いコート、青い防弾ベスト、変な帽子、サングラス、常にあれこれ指示して歩いて動いている。

それに妙に声が響く大人だ。

ぼおっと、彼女らはその大人を見ていた。

無論信用や信頼と言うものは薄かった、すぐに生まれる物でもない、実際あちこちで武器が隠匿されていたし、実際あちこちで逃げた奴もいた。

マイアは数日しない間に拘束──取り敢えず体育館を借用して捕虜を収容──から解放された、外に出るという気もあまり起きなかったが、どうすればいいか分からない。

 

「水は配給で配るヨード剤等を混ぜてから飲むように!

 医薬品及び食料品配給と給食はバシリカ及び他数か所で行うので、各所に配布してるチラシやポスターを参照する様に」

 

略帽を被った白河スズが、拡声器を持って借用した拡声器付きのハンヴィーを用い、宣撫を始めた。

まずは顔を売る事だ、そう言う事から始まった。

先生はやはり、あちこち歩いて指示をしていた、時々、アリウスの生徒らに色々と話しかける事もあった。

どういうことを話すかと言うと、「ここら辺は何があるか」とか、「何かに注意するべき事はあるか」という事で、妙に気さくに、聞きたがるように尋ねた。

そうした事が数日続いていくと、段々、生徒たちはその大人たちに慣れ始め、シャーレに慣れ始めた。

そして同時並行で長い粛清リストが消化されていった。

この時期、特捜隊員らが走り回り、各所で元教官が告発されて捕まっていた。

やがて数日しない内に生徒からも告発されて、彼らは逃げ場を失った。

 

「今日の給食、なんだろう」

 

マイアにとっての初めての戦後の実感とは、それだった。

最初に始まった給食はスープを中心としたものだった、暖かいスープの配給はマイアにとってよく分からない味だった。

やがて一週間が経つと、シチューへ変わった。

彼女には初めて見る白いシチューだった。

もっとも一番衝撃的だったのはお代わりしても良いという事だったが。

 

「かれぇとか言う奴らしいよ」

「なにそれ?」

 

マイアは後ろの生徒に振り向いた。

 

「わかんない」

 

後ろの生徒ははっきりとそう言った。

すると、軽装のシャーレの隊員が「今日の給食に牛乳及び食材に肉を配給してあるので、各自ちゃんと食べるように」とチラシを見ながら告知している。

 

「肉?」

「肉が出るんだ!」

「特配だ!」

「ところで牛乳ってナニ?」

「わかんない!」

 

生徒らを見て、告知していたシャーレの隊員が「あー、そっか」と頷いた。

 

「今日の給食で出る牛乳は飲み物だ、白い液体を想像して欲しい」

「どんな味?」

「……うーん、味かァ、確かにどんな味か聞かれたら答えるのに苦慮するなぁ」

 

シャーレ隊員はやや困ったが、取り敢えず身体に良いよと言った。

その日以降、給食は少なくとも3品は出るようになった。

パンと、おかずと、牛乳だった。

 

 

 

やがてマイアは始まった復興の労働の中に居た。

ミノリ部長の工務労働は仕事が多いが、かなり実入りが良く応募が多くて漏れていた。

代わりに、ハイランダーの線路建設の手伝いを始めた。

黙々と線路の資材を運び、枕木を運び、敷石を運び、確認する。

線路敷設自体はハイランダーの専門技能なので、出来得る限り現地で人員を上手く回すための方策だった。

給料については中々悪くなかった。当時のハイランダーは内部のA-Aライン構想で高速鉄道計画派閥が極めて優勢で、現実に存在して運用しちまえばこっちのモンと、橘姉妹らが走り回っていた。

マイアも見た事は有った、外には変な人もいるんだなぁと感じた。

そして、遂にマイアも居住地が割り当てられた。

取り敢えず再建された新市街、取り敢えず建てられた住宅、それはどちらかと言えば官舎と言うものに近かった。

だが大きな違いがあった、マイアはあの当時と違い、自分が廃墟のドブネズミのような気分にならなくていいのだ。

 

「……あしたは、なにをしよう」

 

ふと口をついて出た言葉があった。

明日、明日、明日。

明日が来る、無条件に、誰に分け隔てなく、深夜に迫る足音に怯えず。

なんて。

 

なんて莫迦みたいな話だ。

 

マイアは、久方ぶりに笑った。

 

 

 

 

エデン条約の戦いが終わり、先生のもとに話し合いを望む人々が来たのは必然だった。

スバルにとっての先生への第一印象は「同じく何処か壊れている」だった、不可思議なほどに、自分たちと似ていた。

纏いつく死の匂いだろうか、戦闘の火薬の匂いか、何かが似ていた。

だがそれ故に怖さがあった、自分たちの事をどうするか分からなかったからだ。

幾度かの話し合いの後、外からの援助に関しての話し合いは激烈なものになった。

 

「外からの援助?冗談仰い。どっちにしろ我々を食い物にしたがる連中が、醜い吸血鬼どもが雲霞の様に押し寄せてくるだけでしょう。

 忌々しい。人の死でメシを喰うハゲワシどもが……」

「どっちかと言うと俺は死を生産する側だったんだがな……、だが不安と不満については理解もする、同意もする」

 

先生ははっきりと言った。

 

「要するに、お前は俺に勇気がないと思っているんだな?」

「そう捉えて貰っても構いません。

 貴方が行う事がすべて我々を無視して美味いモノを食べて笑って何処かへ帰っていかないと、誰が言えるんです?」

「参ったな、君の不安と不満がますますよく分かる。

 ……ふむ、支援や復興の目に見える継続と改善以外、何が必要だと思う?」

 

彼ははっきりにこやかに告げた。

我々には和解と歩み寄りの惜しみない努力の用意がある、そう言う事だった。

スバルの一番意外な選択肢だった。

だが同時に、考えていた選択肢ではあった。

少しの間、彼のやり方を見ていたが、そのやり方はかなり上手いやり方だった。

親しみ深く聞いて回る、まるで子供の様に、にこやかに。

 

「……見せたい物があります」

「よろしい、歩くか」

 

えっと驚愕するシャーレの将校に、何か言い含めると、彼はいそいそと準備を始めた。

段々、スバルの中で不可思議な気分が始まった。

この大人はなにをするんだろう?という好奇心だった。

なにをしたらどうして、どうしたらなにをするんだろう。

 

「……来られる以上、弱音は吐かないでくださいね」

「体力じゃあんまり負けんよ」

 

彼の、最初の授業が始まった。

 

 

 

 

アリウスとは昼は熱く夜が寒い。

地面は熱をとどめれず、空の塵は気温をすぐに冷やす。

従い、アリウスに於いて長期の間歩くと言うのはアビドス砂漠と同じ程度に苦労と手間がかかる。

スバルと先生の二人が歩いていたのは市街では無く、西部への道だった。

うっすらと見える太陽の位置が、ゆっくりと変わっていく。

黙々と歩きながら、アビドスから舞い上がった表土の塵で薄汚れ、風により身を削られる時計塔や建造物の粉塵が走る。

お互い殆ど何も喋る事は無かったが、2人は歩き続けた。

沈黙の拮抗を破ったのはスバルだった。

 

「苦しいですか」

「苦しいが苦しくないと思う事にしてる」

 

笑ってそう返され、スバルは苦笑した。

 

「意地っ張り……」

「その通り、良く分かってるな」

「慣れてても私は結構苦しいですけどね……あんがい、先生もへばりそうなんじゃないですか」

「大丈夫、当分まだ死なないと思えてるからな」

 

先生の言葉に、今度はスバルが本当に笑った。

片意地をはって、必死に歩いてやろうと言う決意を持ちつつも、諧謔味ある返しをする大人は始めてみたのだ。

 

「わたしも、まだまだ当分死なないと思って歩いてますがね……」

 

スバルは尋ねた。

 

「貴方はどうして、このアリウスを救えると考えてるんです」

「俺はそれをしないと俺自身を許せそうにないからだ」

「……自己満足では」

「多分そうだろうな。でもこの世で自分を憎んでただ生きる死人になりたくはないんだ。いや、どうだろう、案外俺自身の子供の夢なのかもな」

 

スバルはその答えには何も言わなかった。

子供じみた、稚気染みた夢かもしれない、それは自分もそうだからだ。

自分たちだけで、何とかなる……、そう信じたいが、無から有は生まれない。

暮れていく太陽を横目に、スバルは昔、同級生が言った言葉を思い出した。

夕日も太陽なんかも嫌いだ、明日自分が生きているか分からないと直視してる様で。

 

「……先生は夕日、お好きですか」

「一番嫌いなのは雪と泥だ」

「……貴方らしい認識だ」

 

やがて、先生の鼻に、慣れた匂いがし始めた。

 

「……死臭か」

「……分かりますか」

「ああ」

 

スバルは、目的地に着いたと言った。

山の合間に隠された大量の集団墓地だった。

 

「……マダムの馬鹿たちが実験して弾圧して作って生み出したなれの果てですよ。

 ミメシス化と暴走、人間でもないし、生徒でもない、ミメシスにもなれない、アイツはね、最初から我々のことなんかどうだってよかったんだ。

 だから、私の同級生は、彼女らは止めようとしました」

「そして失敗した、関わる人間を増やし過ぎて察知されたか」

「……えぇ、未だに偵察総局の局長らは恨み続けているでしょうね」

 

そう言うと、スバルは岩へ腰掛けた。

黙々と缶詰を開ける。

 

「だから、後悔しないように聞いたんですよ……、これを見たら誰も元の様に笑えないでしょう?」

「なるほどね……、まあそうだろうな」

「……驚かれないですね」

「……ちょうど俺がお前らくらいの頃、俺の住んでた場所も似たようなレベルで最悪だった」

 

スバルはやや驚き、昔手に入れた謎の肉の缶詰……恐らく内戦前の製造品を渡した。

先生は手馴れた様に蓋を開け、食べていく。

嘘ではないのだろう、死臭を認識し、食事もできるメンタルは生半なものではない。

 

「だから、ですか」

「そうだなぁ、だからっていうのもあるけど、でも一番の理由は俺は子供にそう言う良い未来見せてやりたいって、心残りがあるんだろうな」

「逃避じゃなくて?」

「と言うよりかは俺なりの答えかなぁ、いつかお前なりの答えも聞きたいがね」

 

スバルはやや微笑んで、答えか、と自嘲した。

 

「ま、俺からの最初の個人授業だ。

 白紙の答案と、無地のプリントしかないがな」

「配点は何点で?」

 

帰ってきた言葉に、先生は愉快気に言った。

 

「うん、新時代を築くに素晴らしい返しだな。

 案外、答えはすぐに見つかるかもしれんね」

 

そう言うと、先生はよいしょと立ち上がった。

 

「それじゃあ、帰るか。やる事もまだある。

 生きてる人間じゃないと出来んからな。こればかりは……」

 

そう言うと、今度は彼が先頭で歩き始めた。

そうした、破天荒な大人が次に始めたのは、授業だった。

黒板を掘り出し、椅子を各自適当に整え、ノートとペンを配給する。

連絡告知は給食に際しての行列で伝えた。

 

「先生が先生ぶろうとしてる」

「白河ァ!!」

「畜生ホントのことを言っただけなのに!」

 

ポーンと窓から空へ打ち出されていく光景に、アツコは「元気だねえ」と呟いた。

 

 

次回「A Canticle for Leibowitz(リボイッツへの賛歌)

 

 





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