キヴォトスの若鷲(エグロン) 作:シャーレフュージリア連隊員
違う。皇帝権力とは私そのものだ。
──1814年12月28日、下院による批判に対する皇帝の返答──
立木マイアの生活圏は、再建された居住区の一つにある。
第6次から第7次まで予定されているアリウス復興計画は、概ねその半分が過ぎたと言える。
鉄道線の再建が物流効率を大きく改善し、少なくともこの件に関してハイランダーはアリウスとシャーレから勲章が送られている。結果ミレニアムから重機材の搬入が成功し、持ち込まれたAMAS3重作業型はのっそのっそと歩いている。
先生すら若干予想してなかったペースでの復興は、ある意味キヴォトスにおける投資需要の変化でもあった。
広大な未開発地で現在シャーレが管制下に置いていると言っても、アリウスに住む住民の民需需要は企業には非常に魅力的だった。
その為にネフティスとカイザーは醜い足の叩き合いをしながら、シャーレに手を伸ばして握手を試みようとしている。
なにせ復興がDUではあまり進まなかった。未だに連邦生徒会はグダグダとしていたし、アリウスではシャーレが事実上治安体制を支えているので、治安関連や警備予算に多少余裕ができる。
という話を、マイアは前にバシリカ地下の食堂で聞いた。
ミノリ工務部長の仕事を手伝っている出稼ぎアリウス工務部員と、アリウス・マーセナリーの同級生の話だった。
無論真実なのか、マイアには良く知らない。
「でもどうして、企業はそうアリウスへ入りたがるんだろう」
「寡占出来るからだろ」
チューと音を立てて、紙パック牛乳をストローで飲みながらマーセナリーが言った。
「寡占って?」
「あー、前にミノリ部長が言ってた、要するに手早く腰を据えて”なんとなくそこへ行こう”とさせるんだよ」
「んんん?」
マイアが首を傾げた。
確かに近所にモールとかが立ったら……便利かもしれない。
でもそんな顔色変えてやるのかな。
だって外だと、いくつもそう言うのが存在してて……あれ?
「あ、そっか、今なら電気ガス水道全部自分たちで敷いてどんどん需要があるんだ」
マイアがなるほどそうか、と納得した。
物事には需要が合って供給がある、物々交換でも相場と需要が絡む。
実のところアリウスでは内戦期における取引もそう言うもんである、私はAを求めているが見てないか? という話を幾人かにして、別の人はBを求めているからAと交換ができますよ、という話が成立する。*1
そしてふと、昔に見た同じアリウス生徒……確かオリバだったかが「油売るよ」と取引をしていた、未だにアイツはどうやって油を作っていたのか分からない。
テレピン油とか言うらしいが、なにをどうすれば木から油が出来るんだ?
「そうそう、まあ例えば私らのうち、半分か3割くらいが入るとして、そのうち皆が500円くらい買いモンしたって結構な金になるわけじゃん?」
「そりゃ企業が入りたがるよなー」
ライ麦パンを千切りながら、工務部員が頷く。
日照量の改善から畑の再建が始まったが、灰と粉塵の除去作業などが一部しか済んでいない。
ガメツイ事にカイザーは「各種キット付けてパワーローダーどうですか!」と売り込んだが、先生にやや怪訝な顔をされている。
マイアは知らなかったが「エンジニア部のロボのが確かに優れてるというのは事実ですが、大量に運用出来てランニングコストも維持も容易ですよ?」とセールスマンは熱心に売り込んだ、かなり良い点を突いていた。
将来的なアリウスの自主独立、自前での整備体制確立を考えていくと断るにはかなり惜しい。
ミレニアムは優秀だが技術屋の悪癖で整備性には若干問題がある。絶妙に経済的視野が狭いのだ。リオ会長はまだ出来る方だが凝り性の職人の悪癖である。
「そういや出稼ぎは上手く行ってるの?」
マーセナリーがアリウス工務部員へ尋ねた。
「前に第2次アビドス復興整備計画が始まったからね、新市街再整備で結構進んでる。
……そういやマーセナリーって言っても儲かるの?」
「んー、ぼちぼちだねー、クライアント次第ってのもあるしさー」
傭兵も世知辛いんだなァと思いながら、マイアは自身の食事を食べ終え、軽く紅茶を飲んだ。
実はマーセナリー自体はギルドというか、職人組合という色も強い。
これは無節操に増えて混迷化する社会情勢を悪化させずに外貨を取得し、経済的に合法のスタンスで運用するという点で先生とアツコが相談されて作ったシステムだった。
肩に鷹のパッチがあるマーセナリーは基本的には半官半民と言えることもなくはない。お陰でマーセナリーは賃金未払いで弄ぼうとする大人を返り討ちにしている。
全員ある意味身内だ、つまり一人に対する不義理は全員への不義理だ。
「マイアはどうするよ、事務方でも来る?」
マーセナリーがマイアに視線を向けた。
「……戦闘は良いかな」
「……そっか」
マーセナリーはそう言うと、腰のバッグのタブレット端末が反応するのを見た。
新しい依頼の公示だ、こうした公示は前金、ある程度の事前説明──当然全部ではない──を見て決める。
その為行ってみたらクライアント側がニヤニヤ教授とか、或いは別の誰かとかそう言う事もある。
変わり種の依頼だとヴァルキューレの公安局などがブラックマーケット調査依頼を委託したり、カイザーやネフティスがセキュリティ対策演習を依頼したり、銀行の輸送車護衛依頼というのもあるが、こういう依頼はクライアントが先に名乗る。
「おっ、大口契約」
「どうせガセでしょー」
「そン時は野郎のモツでも売らせりゃ良いのよ」
マーセナリーが退室し、トレイを戻して歩いていく。
食堂は人の行き交いも多いが、色々な生徒が歩いている。
一部の人々がそうし始めた様にスーツを着るようになったもの、濃い青色の”新礼服”を着用するようになったアリウス生徒会と自治警察予備隊、工務部員、マーセナリー、昔の白い制服のままの者たち。
それに薄青のベレー帽を肩に挟んだシャーレ、黒い制服を着ているトリニティの正義実現委員、ピンク色の制服を着た救護騎士団員、ハイランダーの人々、シスターたち……。
食糧配給が段階縮小されて学校給食へ代わり、授業が再開され、マイアの日々はこうした物になっていった。
紅茶も飲み終えて、マイアも立ち上がり「ごちそうさま」といってトレイを掲げるように持つ、じゃないとぶつかる。
トレイをひょいと受け取ると、未だに何か良く分からないこの謎のパンケーキから産まれたナニカは満足げに皿を洗い始めるのだ。
「……いつ見てもワケわかんねえよなこれ」
「何だろうねこれ」
マイアにも誰にもコレが何かは分からなかった、少なくともこのパンケーキから生じたナニカは、食事を提供する事にえらく喜びを感じている。
最初に配給をしていたのは、手伝いに来ていたゲヘナの給食委員会とシャーレの兵站部隊だったが、少し前からこの子たちに一部肩代わりされている。
先生も何も分からなかったというから、そういうものなんだろう。
『アリウス第五次復興計画概算確認は第3会議室で開始されます、各自確認し参加者は用意を進める事』
バシリカ内部の放送が聞こえる。
内部も随分と変わった、復興がひと段落ついたころに先生が「その絵はそこ! 其処の彫刻は其処!」と、ガンガン指示を出して入れ替えていった。
お陰でバシリカ前には天秤を持つ女神の像が建つ事になった、秩序と正義と自由、台座にそう書かれている。
すると、何か音楽が聞こえて来た。
「なんだろう?」
音楽というより、部族的な宗教儀式の祝詞にも聞こえる様な、不可思議な音だった。
綺麗なコーラスに部族的なバック音声、高い音声のメインボーカルが聞こえてくる。
扉を開けると、同時にバイオリンの静かな音楽へ曲が変わっていく。
中に居たのは、回る蓄音機とぼうっとそれを見ながら、椅子に座っている梯スバルの姿だった。
「先輩?」
「ああ、聞こえていましたか……」
マイアに振り向くと、スバルの頬に一筋の涙が流れていた。
「大丈夫ですか?」
それを聞くと、スバルはやや照れ臭げに頬を拭った。
以前に、ワイルドハントのある生徒が別れ際に「幾つか、どうです?」と渡した曲だった。
ツムギという少女は「人は内面も充足させてこそ、約束の地へと向かえるのです」と言っていた、芸術家にしては詳しいなあと思ったが、渡された曲はYoung Fathersの Promised Landという曲だった。
歌詞が妙に胸に染みた、50名の者たちを連れて異国を追放されし人々を導く責務、苦しみ、約束の地はあるかという葛藤。
どこか他人事とは思えなかった。
「大丈夫です、ええ……。とても、良い曲でした」
スバルはそう言うと、愛おし気にレコードを仕舞った。
約束の地は有るのだろうか、先生は言った、作るのだと。
以前に、先生が課外授業で連れ出した際にマイアやスバルたちとの会話である事を呟いていた。
「街とは人が作りだそうと、再現を試みたパラダイスなのかもしれんな……」
不可思議な事を言うな、とスバルもマイアも思った。
でも今なら何となくわかる気がする、聖書には人は罪人となって永遠ではなく有限の命を持ち、地上へ放り出されたという。
そして人々は疑似的に楽園を再現しようと、都市を作り幾人も寄り添って寂しさと恐怖を誤魔化そうとした、敵だらけの恐怖から逃げ出したのだ。
でもその楽園にはやはり
結局人は臆病なままで何も変わってはいなかった。
アリウスも大して変わらない、追放されて、蛇に騙されて、追放された者たちは何も変わっていなかった。
だがそれでも歩みをやめなければ、まだ繋げる事が出来るかもしれない。
何故なら未来を獲得するのは自分たち自身だと、あの大人は言ったのだ。
アレはある意味悪魔では無かった、天使でもなかった、
諦めず進み続ける事こそ意義と価値があり、その計画に全力を尽くすべし。
彼は完璧ではなく、人間的欠点は多く、リコリスを胸ポケットに忍ばせ*3、カードゲームでいかさまといんちきを良くやり、歌は致命的なまでに下手で、熱い風呂を長風呂する。
完璧とは正に遠い存在だった、ヒヨリにポーカーで敗けて拗ねるのだ*4、どこが完璧だ。
あの大人は崇高も到達点も全てが「取るに足らない事」でしかなかった。
彼は間違いなく独裁者だったが、功利的に独裁しお前らにきっちり分け前を配り切ってやると。いや、彼は権力と支配に関して「自分が集めたいんじゃない。俺がお前らに切り分けたい」と行為そのものが権力の根幹で歓びと信じていた。独裁者としては最悪で最高で政治家としては滅茶苦茶である。*5
彼は神になりたいのではない、単に彼は権力の愉悦の根幹が切り分ける事で、そこに歓びを見出していただけだ。
「さて……」
スバルが立ち上がり、制帽のケピ帽を着ける。
アリウス自治警察予備隊は服装デザインとしてはシャーレにある程度寄せて作られている、長い丈のオーバーコート、ケピ帽、腰をきゅっと締めてメリハリをつけるベルト。
スカートではなくズボンなのは気温と環境の問題の考慮である。
先生があれこれと言い合いながら決めたものだ、「やがて20年40年後にこれが着てみたいから」となる様にするのだと、アリウス生徒たちへ告げた。
ついでに将来的になにをするにしても見栄えするだろとボソッと呟いていたが。
「不審者の捜索もしなきゃいけませんが……いったいコスプレしてまでラッパを吹くバカがどこに居るやら」
スバルが困った顔をした。
最近アリウス自自治警察予備隊とシャーレのアリウス駐屯部隊や
レムナントが事実上過激な活動をやめて、今やほとんどのレムナント穏健派は、山にひっそりと暮らしてるのが居るくらいだ。
それも確実に近い将来の未来には消えて去り行く、人々の憎悪を時間が飲み干し、折り合いをつけるからだ。
レムナントは根幹的には自分が一番許せない人々の集団だから、根気よく説得し続けている。
「……あれって、本当に不審者なんでしょうか」
「……アノマリー、と?」
スバルは重苦し気に尋ねた。
アリウスにはそう言うもの、なにか、そうしたものがある。
暴走したミメシスや、そういうものを鎮めるために特殊部隊が編成されただけはあるのだ。
得た成果は大きかった、ミメシス封じ込め作戦は事実上終了しつつある。
「分かりません、少なくとも、あれは何故だかラッパを鳴らすのです」
スバルが困った顔で言った直後、スバルの端末に連絡が入る。
「えっ、確かにバシリカの1階ですが……」
足音が近づき、扉が開かれる。
マイアが振り返るとぎょっとした、先生が扉を開けている。
未だに昔の訓練のせいでビクッと棒を呑んだように背筋を伸ばす。
「好きにして良い。スバルはいるか」
「はいっ、いますが」
「ああよかった、ちょっと君から届いた報告書だが」
スバルはやや驚いた。
報告書がその日のうちには上層司令部へ届いている、凄まじい速さだ。
いつものグラサンをずらして先生が尋ねた。
「報告にはラッパの不審者はすぐに消えるとあるが本当か」
「はい。ミメシス第一フェーズ、所謂実体化は観測しましたが長期化しません」
スバルははっきり頷いた。
ミメシスが実体化するプロセスはカラビ・ヤウ多様体空間またはディラックの海に関わる何かではとミレニアムの一部天才たちは考えているが、慎みある人間は4次元或いは7次元のことをあまり考えるべきではない。
「ふぅーむ、ではミメシスでは無いんだな?」
「はい。それと出現回数ごとに確認される個体数が増えています、現在4体までを確認」
アリウスの地図を写すタブレット端末に、目撃位置が確認される。
少しの間、その位置を確認していた先生は地図を拡大させた。
「……こいつら、出現位置偏ってないか?」
「ええ、偏りがあるのですが……どこを基点としてるかが」
ミメシスは考えなしに実体化しない。
彼女らは見えない場所で実体化しようとする、辺鄙な場所を使う。
封じ込め作業の戦闘の最中で先手を取れて常に戦えたのは、シッテムの箱によるセンサーと先生の戦技が支援してるからだ。
アロナのレーダーがミメシス相手だと近づくとバグるので、バグるなら確定でミメシスが居る訳だ。
「……ポルタパシスじゃないでしょうか」
マイアがタブレット端末を覗き込む。
「ああ、広場のある」
「あ、そうではなく。広場の近くにある、施設です……」
マイアの言葉を聞いて、線と距離を繋げる。
間違いなく、その施設を囲むように作っている。
「……どうやら当たったらしいな」
タブレット端末には六角形を描くように目撃情報が現れる、明らかに防御円陣に近い出現だ。
何かは分からないが、何か意味を持って出現し実体化しようとしている、即ち何らかの目的がある。
「そもそもこの施設はなんだ」
「さぁ、内戦中も近づくなって言われて、そのせいで近くの広場がある種のバザールになってましたが……」
スバルが知らんと首を振った、マイアもその建物はあまり知らない。
先生はタブレット端末に「アロナ! A分隊非常招集及び矯正局に回線繋げ」と指示を出す。
マイアとスバルが困惑した、矯正局? なんでまた。
『えっ、誰を駆り出すんですか』
「駆り出すんじゃない、偵察総局の局長からも聞きだすんだよ!」
『書類がありませんよ!』
「事後承諾の書類を用立てる、法務幕僚には連絡しとけ」
暫しすると、タブレット端末から『繋がりました!』と連絡が入る。
『はいこちら無任所のマギですが』
「開幕早々軽口が叩けるとは多少元気になったな」
『同居人も居ますのでね。それで、わざわざ連邦の回線ではなく直通回線で呼んだ理由は?』
マイアがやや後ずさった、対外諜報作戦の元締めには警戒もする。
スバルは驚きはしたが、一番妥当だなとは思った。
事情を説明され、マギはやや低い声で言った。
『ポルタパシスですか、こちらの資料では”地下には秘密がある”という所までは把握しています。
しかし現在までに入った者は観測されていませんね、ベアトリーチェのバカは入ったのは観測してますが……それ以外では見ていません』
「秘密か、ガス漏れか何かあるから入れないのか?」
『いえ。”不用意に入った者は永遠の中から出てこれない”という話があるんですよ、私も下層階は立ち入っていません、扉が開かなかったので』
つまり謎って事か、そう呟くと先生は「取り敢えず、そこら辺の資料あるなら爾後連絡入れてくれ」と告げた。
『はァ、またいきなりですね、やりますけど』
「まあ頼むよ、社会奉仕という事で……。取り敢えず資料確認でお前引っ張り出すから」
『了解しました、こちらから書類確認で手伝いも連行します』
画面の後ろで『私は元室長なのですよ……?!』と言う断末魔めいた声がしたが、スバルとマイアは気にしない事にした。
数分ほどでバシリカで行われている復興計画会議から出て来たスクアッドが戻ってくる。アツコは計画に意見する義務があるし、スクアッドはやる事が無いから護衛兼手伝いだ。
本来ならば「あそこに道路通すか」と言った内容をのんびりとするだけである。
「ポルタパシス……あそこか……」
移動と即座に下命され、何故かマイアやスバルまで──恐らく其処に居たからというだけの理由──含めて移動中だ。
FMTV中型トラックに載せられて、自治警察予備隊の2個小銃班と、シャーレ駐屯部隊の1個小銃班も含めた特別小隊が前進する。
街道整備計画の実現からポルタパシスやバシリカへの移動は殆ど時間もかからない、相変わらず雑多な市場が開かれているポルタパシス広場は、質を問わねば大概あるという状態だ。
民間商取引、しかも根幹が物々交換などから始まるものであるから止まる事はない、違法じゃなくても服に弾薬に靴とえらい勢いだ。
「あれ、先生だ」
「視察予定有ったか?」
「先生がそんなもんに従う訳ねえべ」
広場で呑気な学生たちが先生らを見て呟く。
アツコが「あっち」と指さす方向に、ちょっとした石造りの門が見えてくる、見た目はシンプルな城門に近い。
広場の雑踏を横目に車両が止まり、各員が降車し始める。
「なんぞ手入れか」
「誰かやらかしたか?」
やや騒然とはなるが、広場の人々は特段気にもしていない。
無論飛び火するにしろしないにしろ、どーんと構えるのが最近のアリウスの生徒たちだ。
誰かがバカやって先生に拳骨貰ったとして、それはただの笑い話である、生命の危機では無いからだ。
であるから、逃亡や無益な抵抗を試みてもつまらんので大人しくタンコブ作られる事にするのである。
そうした運命論的な、従容としてそれを受け入れる者は多い。
正しくても正しくなくとも人は何時か死ぬ、バニタスバニタータムというだけだ。
「あんれ、またなんか珍しい組み合わせ……」
ポルタパシス広場からポルタパシスへ向かっていると、肉の串を食いながらこちらに歩いてくる生徒が来た。
「あ、オリバだ、貴女またなんかやったの」
「げっ、スバル先輩」
ぎょっとしたオリバが、コートをビクッと震わせた。
「僕はまだ何にもしてませんよ! なー、マイアもそう思うだろー」
「えーっ……いや、うーん……」
「其処は庇って欲しかったな。僕としては……」
元兵站部隊の北野オリバにはスバルとマイアである種記憶と認識が違う、スバルからすれば毎度毎度部品探しさせた関係で、マイアからすれば食料缶詰を貰ったのを見逃してもらった関係だ。
残念ながらマイアとしてもどちらかと言えば、オリバの上司だった需品将校のが愛着は有った、数少ないまともな方の大人だったからだ。
無論彼は墓の下だ、コハルというトリニティの委員がちゃんと埋葬してやったらしい、噂だがそう聞いた。
「で何してんの、貴女てっきり外に適応した方だと思ったけど」
「ハイソなフリするの飽きたからそこで寝てた」
相変わらず訳分かんねえなコイツ……。
スバルが思わずそう呟く、飽き性は変わらない。
先生に拳骨貰ったらしいが変わらんなコイツ、とマイアも若干思っている。
「……で、そうだ。さっき見たんだけどポルタパシスの門が開いてるんだけど」
「はぁ?」
「……え、復興計画のじゃないの?」
奥から先生が出て来て「それは何時からだ!」と尋ねた。
ゲヘナ製の高級腕時計を見てオリバは「35分前に見た時には開いていました。僕以外には周りに誰も居ませんでした」と告げた。
「だとしたらマズいな、取り敢えず周囲に封鎖と立ち入り禁止の用意をしておけ。なんか起こるぞ」
「了解です。2個中隊で周囲を封鎖する用意を始めさせます」
「先生はどうするんです?」
マイアが尋ねた。
「先生のこういう時の定位置は何処だと思う?」
「……嵐の中心?」
「満点!」
着いていく側の苦労は考えてくれないなぁとマイアがぼやくと、くすっと笑ってミサキが言った。
「命令もされてないのについていく気ではいるんだね」
「……あれ、そういえばそうですね」
そういや、自分はなんでついて来てんだろう。
マイアは少し頭を働かせたが、分からなかったので後に考える事にした。
ポルタパシスに近づくと、はっきり門が開いているのが見えた。
気味悪がって此処の周辺はあまり再整理が進んでいない、というのは以前から報告書では見た。
禁域とするにしても不可思議な話だ、確か……ラテン語のつづりでポルタパシスとは、平和の門とかそう言う感じの意味だったはずだ。
「なんで禁域なんだ、平和の門だとかそう言うアレの名前だろ」
「……先生古代語分かるの?」
「成績は悪かったよ」*6
アツコは本当か? と首を傾げつつ、ちらりと振り向いた。
後ろに居るスバルやマイア達を見て、アツコは決断した。
「先生が言った通り、ポルタパシスは平和を企図して作られて、そして最初の内戦の原因になったんだよ。
平和の祈りが内戦の原因になった、だから皆近づかなくなった」
「良くある話だ、人々は”次は上手くやるさ”と言って始めるからな」
「……そうだね」
息を吐き、アツコは言った。
「これから話す事は重要機密。
……あそこの地下に眠ってるのは、アリウスの記録保管庫って話があるの」
「記録があったんですか⁈」
「あるよ、正確にはアリウス側の史料もあるんだろうね……間違いなく此処から持ち出された書籍もある」
アツコの脳裏に参ったなぁという感情が出て来た。
当分の間はこれを封印しておく、というのが個人的路線だった。
「なんでまた、封印しなくても大丈夫なのでは」
「……内戦が始まった原因が、いつかトリニティと和解できるかもねと祈願したコレの立ち位置を巡る対立だからだよ」
スバルはやや苦々し気に顔をゆがめた。
「もっともそんな理由の対立はすぐに消えて、すぐに食糧問題や統制を巡る対立になったから、みんな覚えてないけどね。
私が開けるのをずらした理由は、これが公開される事による政治情勢の変化だよ」
「情勢の変化?」
マイアが分からないので首を傾げ、先生が「トリニティ内部で今度は政治問題化する危険があるからさ」と補足した。
パテルの右派が消えたわけではない、馬鹿な茶会の幹部が消えたわけじゃない、そうした連中がこの史料を利用した場合、極めて政治的にややこしくなる。
そうなるとシスターフッドや救護騎士団、正義実現委員会や、果てはエデン条約機構としても困る訳である。
馬鹿がこれを「捏造だ!」という可能性もあるし、そうじゃなくても血気盛んな奴が「こうした過去がある訳であるから決別したのかしてないのかハッキリしろ」と焚きつける可能性もあり……、そうなると外交情勢が変化して滅茶苦茶になる。
復興計画にズレが生じて破綻するなら、今は見なかった事にするしかない。
「外交関係の点から禍根は遺したくなかったんだよね……」
「まあ間違いなくトリニティの失態と恥部だからな、今の史料だけでも十分叩ける訳で、更にアリウス側の史料なんか出たら燃えるだろうな。
正直なところこれを擦ればゲヘナとかこの先半世紀はトリニティの事罵倒できるからな……」*7
今のゲヘナはまともではあるが、政治家が良識を持っても勝手に馬鹿が馬鹿をやるのだ。
シャルロット・コルデーにしろ、大使館前で剣を研いだプロイセンのバカ軍人共にしろ、勝手に滅茶苦茶にしやがるのは考えなしの阿呆が居れば良い。
極論を言えばゲヘナ生徒の尻にトリニティの生徒が瓶を突っ込んだとかしょうもない理由でも良いのだ、火薬が詰まってりゃ何が火種でも炸裂する。
その火種を増やすのは将来のアリウスとして非常にまずい。
「民衆による政治って党派性の奴隷になり易いからここら辺が難儀するんだよなぁ」
「党派性?」
「自分に票を入れてくれる連中は逆らえんだろ、給料出してくれるから逆らえんのと同じよ同じ」
マイアはそれを聞いて成程と頷いた。
「ついでに今は黙ってやるってした最大の理由は、これを悪用するバカを出さないためだよ」
アツコがボソッと呟いた。
経済的な安定と復興の熱が冷めた時、これを持ち出して何かやらかすバカが出るかもしれない。
規模や戦力や経済力では弱小が良いトコ、それをある意味自主権手放して連邦の管制下で庇護下に入り、辺境周辺勢力と連帯しつつ、中央と辺境に手を広めて関係を構築する。
そうしなければ近いうちにアリウスは溶けて混ざって消えゆく、トリニティとの再統合にしたって急速に再統合したところで水と油、結局浮いて目立って叩かれるのは我々だ。
そんな誇りも夢もない二等市民になりたい奴はいない。
だからアイデンティティーを確保しながらもある程度の発言と影響力と帰れるところを守る為に選んだ
その為にして来たのがこれまでの行動だ、シャーレに協力し、チェリノと握手し、アビドスへ恩を貸し付け、トリニティやシスターフッドと握手やハグもつけてやろう、何故なら生き延びるために必要だから。
どう足掻いても今の我々は弱い生き物なのだから。
「それが全部滅茶苦茶になりそうだから嫌になるよ……」
「今日の姫ちゃんかなーりキレてますね」
「そりゃそうもなるよ」
ヒヨリがミサキに言い、ミサキも「そりゃそうだ」と頷いて言う。
心なしか姫の足取りの力の強さが普段と違う。
校章も変えて、厚かましく先生に集るのを甘受し、見苦しいまでに「全てあの赤いアホが悪い」としたのだ。レムナント達が「自分を許せないんだ」と言うのはある種必然ではある。だがそれでもこうするしかなかった。
無能力化した中央権力の統制、内部分裂の脅威があるトリニティ、ある意味この場合一番安定しているゲヘナ、脅威と驚異は満ち満ちていた。
ぶっちゃけて言えば半分身売り同然のアリウス・スクアッドこと現A分隊だってそうだ、無理矢理にでも繋ぎ止める為である。
”勝つ為に何でもやる”。
それが必要ならアツコは何でもやる気だった、幸い先生は独裁者の悪癖にしてナポレオンの特徴たる「自分が全て切り分けてやろう」が大好きだった。彼の武器は寛容であったが、趣味でもあったのだ。
正直なところ、結構予想外である、その身くらい差し出す覚悟ではあったのだが……。
もっともこの大人の欲するものは最終的に言ってしまえば「わーすごーい!」の歓声に集約されるのである、酷い真実だ。
「苦労してるんですね……」
「……ごめん愚痴っぽくなっちゃった」
アツコがそう呟き、ライトを開いた扉に向けた。
「……ん?」
何か人影が見え、アツコは即座に身構える。
「コンタクト!」
それと同時に、ラッパの轟音が轟いた。
4回目のラッパの轟音だ。
バチッと雷撃が飛び交い、4体の不明なナニカが展開する。
綺麗に四隅に展開し、囲むように出現した。
「……現時刻を持ってアリウス自治区に連邦権限で緊急事態を宣言する!」
叫び声と共にアロナが承認し、それとは同時に一時後退を下命する。
明らかに奴に優位な環境で戦いを仕掛ける義理はない、敵対勢力の分析をしなくてはいけない。
粛々と部隊が後退機動に入り、スバルが信号拳銃を撃ちあげる。
赤と緑、非常事態発生の信号弾だ。
「あれは、ミメシスか?」
対象、恐らく敵性存在に視線を凝らす。
謎めいたベール、異様なサイズのヘイロー、常人と思えぬ肌と髪。
奴は武器を持っていない、だが何か異様で危険な気配がした。
「ま、まさか……黙示録じゃ」
「赤くも無いし馬にも乗ってねえ! 人違いだろ」
自治警察予備隊の隊員らが動揺している、無理もないと言えば仕方ない。
だが黙示録とはなんだ? 何が起こるというのだ?俺の知ってる黙示録ならバッタの群れとか騎士が必要だが。
「アバドンだろうがなんだろうが、人違いだろ!」
腰が抜けてへたり込んだマイアを脇に抱えて後退を始める。
流石に子供くらい容易く抱えれる、フル装備でもないし。
すると、なにかあの謎の存在は片手を光らせた。
「目標発砲!」
スバルが叫んだ。
飛んできた紫色の何かは、少なくとも明らかに健康に悪いのは明白だろう。
連続して飛んできたそれに各自が後退しながら射撃をするが、やはり効果が無い。
百鬼夜行の時と言い物理力で勝てないからインチキする敵が最近は増えすぎたボケ!
「先生危ない!」
マイアが叫ぶ。
「あっ、やべ──」
ええいしょうがない、こういう際は咄嗟にマイアを前面に回して背中で受ける用意を。
思考と行動を断ち切らせたのは、横からドツいて射線をずらしたミサキだった。
「危なっかしいんだからもう!」
「すまん、今度デカいクマのぬいぐるみ買いに行こうな」
「今言うんじゃない!」
一定距離を離れると、謎の存在は射撃をやめた。
臨時編成で取り敢えず封鎖部隊を編成し、再度ポルタパシスへ向かう他あるまい、ともかくあそこに何かあるのは確定しているのだ。
ありとあらゆる手管と人員使ってもなんとか始末してやるからな。
お前たち其処を動くなよ! 煉獄まで戦車砲で吹っ飛ばしてやる!
感想評価お待ちしてます。
誤字脱字などの報告本当にありがとうございます!
この場を借りてお礼申し上げます。