キヴォトスの若鷲(エグロン) 作:シャーレフュージリア連隊員
声あるものは幸いなり。
──斎藤緑雨、緑雨警語──
ポルタパシス広場を含めた周囲に封鎖線を構築し、未だ消えることなく顕現して実体化している天使らしきもの、それらを遠巻きに観測している。
明らかにミメシスではない。あれは明らかに別の何かだ、であるならば試す他ない。
「無人機突入開始」
バシリカ屋上の仮設指揮所から双眼鏡で見つつ下命する。
メンテナンスでコトリがたまたま居たから助かった、お陰でワニロボくんを投入できる。
無人のアリウス市街をのっそのっそ疾駆するワニロボは、ある種ホラーやパニック映画めいた雰囲気ではあるが、白地に青線のPKO仕様塗装はおかしなほどにヒロイックである。
まあ実際ヒロイックなのではある、不発弾処理でコイツが活躍した、壊れても誰も傷つかない。
「目標まで500m地点」
天使らしきものは何ら反応を示さない。
暫く様子を窺うが、何の反応もない。
しかし我々が行った際は問答無用で撃ってきた、即ち奴にはある程度のIFFないしROEが存在する。
「仕掛けてみるか、射撃開始」
「了解、射撃開始」
コトリがボタンを親指で押し込み、ワニロボの背部VLSが解放され小型ミサイルが射出される。
撃ち出された小型ミサイルは綺麗に全弾命中したが、あまり効いていないようだ。
不明存在は我々にそうしたように攻撃を開始したが、エンジニア部の無駄に高い技術を見せてやれ!
ワニロボは多脚特有の多足の安定性と跳躍力を活かして、上下左右に飛び跳ねて攻撃を回避する。
「噛みつかせてみろ」
「はい」
グワッと口を開いたワニロボが、不明存在へ噛みついた!
肩部へ噛みついたワニロボは、一気に口腔内火炎放射器を点火し火炙りへ入る。
流石に火は効くのか、不明存在はジタバタして引き剝がそうとし始めた。
しかしワニロボの咬合力はおよそ5トン、エンジニア部は障害物除去と言う言葉の意味をはき違えているから仕方ないが、明らかに軍用もびっくりだ。
「……変ですね」
コトリが眼鏡のズレを正して言った。
「何がだ」
「ワニロボくんが”このまま自爆上等の攻撃”を提案してます」
コトリの訝しむ目が端末へ向く。
ワニロボには人工知能が一応積んである、通信環境が断絶した時の為のサポートなどを重要視しているからだ、だがこの提案は不可思議で、自己破壊上等の提案は不自然だ。
ワニロボの思考のプロンプトやロジックにはそんなものはない。正確には人命に関わる場合の時だけだ。
「……もしかしたらワニロボくんはあの存在が嫌いなのかも知れないですね」
「試すしかないか、自爆許可!」
コトリが非常スイッチを押し、ワニロボは抱きつくように姿勢を変更する。
頸部のAI部分を射出した直後にワニロボは自爆し、ドンっと爆発音を響かせて自爆の煙が立ち上がる。
「目標いまだ健在、効果を認めず」
「バケモンめ」
チッと舌打ちして、双眼鏡を下ろす。
恐らく普通の通常火器じゃまるで相手にならんな、やたらに面倒な奴らだ。
すると、ポルタパシスの方向から光弾が飛んできた。
「おっほ、やっこさん怒ってらァ」
「馬鹿な事言ってないで退避してください!」
一部仮設テントなどが吹っ飛んだが、まだそれくらいだ。
仮設指揮所を撤収し、バシリカから少し移動してアリウス駐屯地へ入る。
旧スクアッドなどの拠点を解放後一部接収した駐屯地だから、遠くもない。
警衛詰所に掲げられた「常勝!」のバナーは特徴ではある、各駐屯地ごとに実は違うものがあるからだ。
本庁舎は「常在戦場」で、アビドスは「必勝!」と違いがある。
「さて、これまでまとめた資料だが……」
アリウス駐屯地作戦会議室ではこれまでの”試験”の結果が出ている。
ワニロボによる捜索攻撃、小型ドローンによる空中偵察、迫撃砲、全て効果なし!
「まず大火力による都市区画ごとの熱滅却案は地域環境とポルタパシス内部地下の史料から極めて慎重を要する案件です。
オーバーロードなどの時の様に誘導砲弾のダブルタップを撃つ中核も現在確認できていませんから」
「また正面攻撃案は現状の戦力及び危険性から困難であると判定しています、一応選抜した志願兵は待機してますが……」
「どれも今やる事じゃねえな、まずはアレが何かが重要だ、暖簾に腕押ししても影に相撲をしても虚しいだけだし」
二つの案はどちらも今じゃない、まずあれが何かと言う所から始めねばならない。
すると、本庁舎の回線が開いた。
『あー、聞こえているかな』
「おう、聞こえてるぞ」
臨時で本庁舎に召し上げたマギに──ついでに手伝い達──頷く。
『ポルタパシスの史料ですが、現在までの所判明したのは……アレはどうもウチの先祖がらみでもあるようです。
ベアトリーチェの金庫からくすねた資料と、そちらの押収資料を確認しましたが、建造者はドナティスト派……つまりアリウスと追放された先祖です。
その後の内戦でアリウスの右派が勝ったようですが、数少ない軍事貴族だから家が残ったみたいですね。
ただ、そっちで拘束しているマエストロ氏の証言ではポルタパシスの地下から秘儀を複製させられたと言うのもあるので、明らかにアレは建物全てがアノマリーでありアーティファクトです。』
流石にスクアッドOGだけはあるのと、元々資料をいくつもくすねていただけは有り、説明はしっかりしていた。
無論後ろで僅かに聞こえる『へぁぁ』とか『私はこれでも室長なのですよ……?』と言う声は無視する、お前の手伝いの面子はどうなってんだよ。
『それでですね、記録を突き合わせましたが……どうも不可思議な事に経典の違いがありました。
ウチ、つまりアリウスでは黙示録は”やがて何時かは来るモノ”でしたが、トリニティの方では違うようです。
其処に出てくる黙示録の天使が3組12名という話なのですが、その一組がちょうど今出ているのと同じなのです。』
「4騎士じゃないのか?天使のラッパが七回吹かれるのは大分マズいのは分かるが」
『恐らく黙示録のラッパ吹きの解釈次第なのでしょう。
事実あの不明存在は
ただ事実の観測とやや違うものもあります。』
マギが資料を投影し、表示した。
『黙示録との明確な違いは、ラッパごとに災厄が押し寄せる事です。
しかしながら現状、ラッパは吹かれど状況は何も変わっていません。
血の混じった雹と火は来ず、火山も海もアリウスにはないですし、ニガヨモギが降る前から川は前々から死んでますし、4回目の以前から昼も夜も空が粉塵で黒いままです。』
マギはやや呆れたように言う。
『そもそも我々は
ついでに言えば、偽の預言者は生きたまま硫黄の燃える火の池へ投げ込まれ、阿呆は苦しみ悶えて死にました。
最初っから滅茶苦茶ですよ、この茶番は』
「イナゴも地震もねえしな……燃え盛る騎兵隊も居ねえからなァ……」
赤色、青色、橙色の胸当てを着けた二億人の騎兵隊は少なくとも居ない。
だいたい黙示録通りなら6回目と7回目で1260日は掛かる事になる。42か月とかイタリアぶち抜いてウイーンへ行けちゃうよ。
『つまり、奴は異端のクソです』
マギはシンプルに告げた。
おおむね先生も同意見であった、偽救世主や偽預言者を散弾で吹き飛ばした事もある。
これでも先生は宗教的リベラルであった、ユダヤ人融和派で*1、奴隷の解放も一応した上に、コーランを見て面白いとまで言った。*2
だがそれはそれとして異端やバカなアホは寛容の対象ではない。なにせ彼はヤッファでも射撃したが*3、ドイツでもフランスでも大して変わらなかった*4。
しかもふざけた事に、今のアリウスで奴は出て来たのだ。
真実神に願ったのはただ一つの少年の夢、それを叶えてるだけなのに。
”僕はアレキサンダー大王より偉大になりたい”
極めてシンプルで、故に強い力だった。
同じように樽に神の姿を見て「英雄になりたい」と飛び出した樽職人の倅も、それを追った。
結果はちゃんと叶えた、お陰で歴史学に「英雄史観」というジャンルも生まれた、概ね神は彼の願いを聞いたと言える。
世俗権力とずぶずぶの教皇は虐め倒したが、それもある意味必要だからだ、教皇が世俗政治に拘るからで、結局勝った後の教皇は反ユダヤをゴリ押しした。
「まあ、先生らが来た時に士気崩壊した原因ではありますからね……」
「黙示録だけはやたら推されたからね……」
「えらい混乱だったし……」
アリウス生徒らが呟く。
「誰が4騎士だよおめーら……」
拗ねたような声に、アツコがハンドサインで「つづきを」と告げた。
『……封印を解く天使、ラッパを吹く天使、鉢を注ぐ天使の7人ずつ。
現状4回目ですからあと3回、その後の7人が過ぎたらジ・エンドです、まあ良くない事になりますな』
「経典じゃどうなるんだ」
『破滅の後、信仰ある者たちの世界が来るんですよ』
「なんてこった、もう作ってしまったぞ」
会議室に笑いが響く。
『まあ、概ね判明しているのはそこら辺ですね。
現在も調査中ですが、分かり次第連絡します。
質問は?……無いようでしたら、作業に戻ります』
頷き、マギは確認して回線を閉じた。
続いての議題は、目標のポルタパシスの入り口をどうするかだ。
だがこれに対し、意外な奴が手を挙げた。
「あのー、じつは」
ひょこっとオリバが手を挙げた。
「なんだ」
「はい。ポルタパシスの裏口まで、裏道というか、上水道跡があるんです。あれなら多分中に入れますよ」
地図を投影し、オリバがこことピンを指した。
スバルやマイアは「本当なんですか?」と訝しんでいる、信用できないというより、残ってるかの心配だ。
昔は繫がってたが途切れた、というのはよくある話である。
だがオリバはけろっとした顔で言った。
「まだあるよ、先生がアリウスに来た最初の期間、私ここに隠れてたんだ。
補給物資のいくつかもここに隠してたし」
「……前々から物資の数が合わない事がありましたが貴女でしたか」
「違うよ!僕は敗走時にネコババしたんだ。普段はクソ教官が盗んでたし、それをサオリに擦り付けやがったのさ」
「アレそうだったのか!?」
サオリが「知らなかった」と驚いた顔をした。
オリバは頷いて「需品将校が証明したのに揉み消したのさ」と嫌そうに呟き、地図のポルタパシスからやや離れた地点を示す。
「ここから入れます。長さは780m、一部は崩れていますから、歩兵戦力のみになります」
「よし」
先生は立ち上がると、はっきりと告げた。
「現時刻を以てポルタパシス周辺に対し、戒厳を布告する。
半径数キロは無人とし、避難命令を発令しておくように」
全てが決まり、全てが動く。
すると、アツコが尋ねた。
「作戦名は」
「……<
「うん、悪くないね」
アツコは満面の笑みで、そう言った。
ポンっという迫撃砲弾の発射音が響き、81㎜自走迫撃砲が唸る。
天使たちは周囲を包む白煙をやや遠巻きにしているが、散発的に応射している。
擾乱射撃はしっかり行われている。
そんな様子を横目に、オリバが路肩の昔に使われていたゴミの収集箱を開ける。
中はくりぬかれて底が抜けており、狭いが通れる上水道へ入る。
中に入ると小さいランプや、ちょっとした毛布、缶詰の空き缶があった。
「じゃじゃーん、昔の我が家だよ」
「……お前ちゃんとガメてたんだな」
先生が缶詰の数を見て呟く。
「正確には数人居たしね……流石に1人は恐いし」
懐中電灯を点灯させ、前進を始める。
今回の面子はなんとも珍妙不可思議だ、シャーレ隊員にアリウス自治警察予備隊はまあ良い、だが道案内兼護衛はマーセナリーたちだ。
ちなみにちゃんと前金で即決払いした、後でユウカに怒られるが、まあ良い。
「上水道といっても50年は前に停止しました、上流の貯水池を内戦で破壊したせいです。
こうした地下空間は大半埋没しましたが、ポルタパシス周辺は戦闘も少ないから残ってるかなと……。
気味悪がって近づかないから、ねぐらが取られないし」
オリバが足元を示し、ワイヤーを解除する。
武器庫からくすねた古いワイヤー作動式の指向性散弾地雷だ。
盗人や家ごと取られるより良い、そうした理由だ。
「ここから分かれ道です」
オリバがライトを向けて、先へ進む。
プランターに植えられたキノコの数々が育っている、アリウス生徒らが各所でこっそり育成しているものだ。
こうしたキノコはお茶にして飲む事も出来るし、不足しやすいビタミンを補える。
更に進むと、ケージに捕らわれていたネズミが数匹いた。
「いざって時の非常食です」
「……呆れるくらいに逞しいな」
「だからまだ生きてる」
オリバが笑ってそう言った。
マイアには良く分からなかったが、生活にも色々あるというのは分かった。
スバルにとっての生活は僅かに採れる二十日大根が些細な楽しみで、スクアッドらにとっての生活は誰かをぶちのめしたりスるという流浪の日々だ。
マイアは何の取り柄も才能も発想も無かった、家と言うものはバラックですら無い廃材の中だし、こうして何かを育てるのも、計画と言うのもない。
無教育が故に、それなりの発想力を活かす事も出来ないという事はこういう事だ。
だがそれでも分かる事はあった、今の方が昔より良いという事と、時計の針は決して戻らせてはならないのだ。
だから恐くてしょうがないけど、マイアは今ここに居る。
「ここです、ここから真っすぐで、ポルタパシスの裏から地下へ行けます」
オリバは懐中電灯を切った。
各自が頭に付けているMICH2000ヘルメットやLShZ-2DTMに付けた暗視装置を下ろす。
GPNVG-18という非常に高額な4つ眼の暗視装置をカスタムして5眼になっているF-Panoで、この際各自には一番良いモノを使わせるべきだと先生は信じている。
特殊部隊要員向けの備品だが仕方ないから使ってしまえというわけである、先生にはそういうべらんめえな所があった。
「わっ、見やすい」
「壊すと俺がユウカに土下座だから勘弁してくれよ……」
白色交じりで増幅された視界にマイアはやや驚いた。
AR、つまり拡張現実も合わさって構成されている最新型だ、値段は聴いたらマイアがビックリするだろうから言わない程度には、先生にも慈悲があった。
これでも先遣部隊に回される程度には訓練は出来ているので、即座に隊列が組める。
先生を中衛に据えて、縦隊を編成し前進が始まる。
オリバと一部隊員らは後退援護兼監視で待機している。
「突入開始」
予定通り中へと突入を始め、暗い地下を進んでいく。
ライトの類は点けていない、レーザーサイトも赤外線オンリーで可視光ではないタイプだ。
マイアの手に握られているスコーピオンもガムテープで巻かれた照準器が着いている、彼女の短機関銃はアタッチメント装着など計画されていないからだ。
M-lokを着けてレールシステムを増設するという事をマイアは避けていた、正直なところ、彼女にとって銃はあまり好ましくないものに見えたのだ。
ややアツコがよろめいた。
「大丈夫か」
「大丈夫……」
何かに耐えている様な声だった、だがそれでも足取りは進む。
暗い空間に胃が収縮しそうな気分だが、まだ心は折れていない。
それはそれとして脇腹が緊張で痛いし、口が粘っこい気がする、緊張感の症状だ。
スバルは変わらずM-lokハンドガードにコンバットグリップを着けたカスタムされたHK33を変わらず構えて進んでいる。
すると、また遠くからラッパの音が聞こえた。
だがもう一つ不可思議だったのは、声も聞こえた。
”災いだ!地に住む者は災いだ!”
「じゃかましいバカがなんか言ってら……」
先生が呆れながら呟いた。
ややスバルや一部の生徒は動揺は受けつつも、抑え込んだ。
古来より信任を得る最大の手段は行動だったが、空から喚く存在よりはそりゃ信頼はされた、生活は改善したし、庇護も与えている。
もっとも致命的に歌が下手なので儀式には向かない人間だったが。
「災いって言うのは、紙幣インフレや食糧難を止めれない状態を言うんだろうが……」
「先生が言うと実感あるよな……」
マーセナリーが一人ぼそっと呟く。
それと同時に、目の前に天使のような何かが現れる。
「失せろ虚妄の存在よ。
我、主の忠実なる僕は汝に命ず、去れ!」
形態が崩れ始めた天使は、即座にスバルを狙って飛び掛かろうとするが、先生は無言でマスケットピストルを抜いた。
天使の様な何かの頬に銃を押し付けると、先生はにやりと笑って言った。
「人の生徒に手ェ出すとはふてェ天使様だ。スバル、デカい音するから気を付けろォ!」
それと同時にバンッ!と銃声が響き、天使はバシャッと頭部が砕け散る。
まるで砕け散ったトマトやスイカだ。
「正義だ何だが知らんが、今の幸せを否定する権利があるならせいぜいアリウスをまともに統治しやがれ、こいつ等には前政権の方がマシってのか?」
ごとっと消えていく天使に、冷たく一瞥すると、ラムロッドで綺麗に清掃すると紙薬莢を入れて突き固めた。
ふっと煙を吹き消すと、ホルスターに仕舞い込み、スバルに手を差し伸べた。
「次は撃つ前に言ってください……」
「笑って許してくれ」
やや拗ねたような言葉を紡ぐスバルに、先生は照れながらそう言った。
それはそれとして、サイレンサーを付けたサオリが天使らしきものにきっちりトドメを撃ち込んだ。
ちゃんと動かなくなって消えたので、ヨシと頷き、前進を再開する。
マイアはやや胸元に窮屈な感覚を抱きながら、ついていくことにした。
感想評価お待ちしてます。
誤字脱字などの報告本当にありがとうございます!
この場を借りてお礼申し上げます。