キヴォトスの若鷲(エグロン) 作:シャーレフュージリア連隊員
何時の日か、私の幼い四人の子供たちが、肌の色ではなく人格の深さで評価される国に住めるようになることを。
私には今日、夢がある。
私には夢がある。
自由だ!自由だ!全能の神に感謝すべきかな!
私達は遂に自由になった!
──キング牧師、ワシントン大行進演説にて──
プスプスと煙をあげて、転がっている天使もどきは砂状に崩れていく。
段々、こいつの事が分かってきた。
こいつは恐らく、人々の思考の念を力に換える、恐怖や感情を変換して我が物とする。
「目標排除」
「これではっきりした、こいつらは人の感情を食ってる」
「……手慣れてますね」
スバルやマイアはやや呆気にとられた。
無論、先生からすればクロカゲなどで似たようなものを見ている。
それに真実、彼はこの天使の言い分に飽き飽きしているし、怒ってもいない。
殉教して散華して英雄的に散るなり、拡散して浸透するなりすれば良いものを弾圧されてすごすごと逃げましただ。
挙げ句どうするか決めれず、内ゲバして内戦ではお笑い草としか言いようがない。
自分たちの拠点を滅茶苦茶にして誰かに責任を擦り付け合うと確実に衰退する、アビドスが良い例である。
「以前、百鬼夜行にも似たようなのが出たのを始末したよ」
「……はぁ」
スバルやマイアから困惑の目線が飛ぶものの、そうした眼は恐怖とは離れ始めている。
大きな理由は天使もどきが目の前で柘榴めいた砂になったからだし、目標はちゃんとくたばるのが判明したからだ。
アツコは原因不明の体調不良を見てそこにはやや不安はあるが、最悪ヒヨリに担がせて後送させるので不安はない、足の速さとそこら辺を加味した場合どうとでもなる。
あとヒヨリなら単独で下げても戻って来れそうだし……。
「前方、空間らしい」
やがて暗闇を進むにつれて部屋が見つかった。
前衛を交代したサオリが自治警察予備隊とシャーレのライフル隊員を二人連れて、ハンドサインして待機する。
無言で手を振り下ろし、それと同時にサオリ達が突入してクリアリングする。
「……書庫、か」
その空間は間違う事なく書庫そのものであり、空間全体にわたって本が積み重なっている。
こんなに広いか?という疑問は呈するだけ無駄なのだろう、とは思う。
カタコンベの時点で空間がおかしかったのだ。
無論、書物の数々は虚構では無いのだろう。
机にこれ見よがしに、アリウス外典と題された本が置かれている。
ヒヨリの背嚢からマジックハンドを取り出して、同じくヒヨリの背嚢の真空パックを取り出して突っ込んでおく。
どう考えても普通ではない気がする、絶対罠だろ。
「……ただの本、では?」
「そうじゃ無かったら怖いから、取り敢えずいれたのさ」
マイアがきょとんとして、まあ危険物か分からないならそれもそうかと思った。
自分なら絶対に触りたくないのも分かった。
スバルがそれに気付いたのは、ちょうど先生と同時だった。
天井の方から音がする。
「気付いたかな」
「撃ちましたし、一体消しましたからね」
ヒヨリが無言で閉所専用のM24狙撃銃を構え、周囲を警戒する。
自然と形成される防御円陣が、隙の無い陣形となった。
ごとん、ごとんという物音は更に大きくなり始め、各自が周囲へ警戒するが、それの正体はあっさりと姿を見せた。
ばりっと音を立てて、ケースに仕舞われた本が飛び出したのである。
「
射撃許可が下命されたが、銃撃は本が空中へ開かれるのを阻止するにはやや遅かった。
銃撃の閃光が迸る中に、紫の光が満ち溢れ、一瞬で室内を照らす。
咄嗟にスバルが遮るように、マイアを片足を踏み出し─────
眩しい、とマイアは感じた。
照りつけるような日の光、満天の青い空と白い雲、草木の香り……。
やがて自分が寝っ転がっている事を思い出し、マイアは起き上がろうと身を起こした。
そして、マイアには何かが違うと感じた。
「……制服はこんなのだったっけ」
彼女の制服は、白い制服だが何かが違った。
辺りを見回してみれば、何が違うが明白になった。
見慣れたバシリカ、アリウス本館、見慣れた故郷だがこれは”今”じゃない。
「何時の、アリウスなの?」
周囲は未開発で、野原があって、畑に牛がある。
広場ではバザールが賑わい、人々が生きている。
「きっかけなんか単純だったんだ」
声のする方向を見る。
湯気や煙のようで、はっきりしない容貌の生徒がマイアの横へ立つ。
不可思議と、姿はアツコに良く似ていた。
そっと地面を撫でて、その生徒は街を指さした。
時計塔が建ち、立ち並ぶ塔には旗が靡き、神の名を称える鐘が鳴り響いている。
「些末な認識と解釈の違い。
これだけで人々の争う理由に足りうる、それは自分じゃないから、他人だから、異物であり異端である。
だから、やがてバベルは崩れる。」
その言葉と同時に、白線を引いて巡航ミサイルが飛び込んだ。
青い空はもうない、塵と灰の鈍色の空、巻きあがる爆炎、襲い来る熱風。
旗は焼かれ、鐘は警鐘として鳴り響き、いつの間にかマイアの隣に置かれた対空ミサイルが唸りを挙げる。
「バベルは崩れた!バイペロンは斃れた!トリニティではそれで済んだ。
かつて自身の同胞を切り捨て、その事を永遠に闇に閉ざし、全てはめでたしめでたし。
やがて本当に自分たちは清廉潔白な存在と信じた」
狂ったように笑いながら彼女は言った。
「清廉潔白でないからエデンを追い出された事まで忘れて!」
市街は赤黒く燃え盛りながら砲火が飛び狂い、至る所に爆轟が轟く。
やがて笑い飽きたようにスンと声の調子を戻し、彼女は呟く。
「何時しか誰もが考え始めた。
世界が破滅しようとそれは仕方ないだろうと。
なにせ世界の大半は悪がはびこり徳も無ければ勇気も腰もない者たちがのさばっている。
世界を見ろ!まるでカオスだ、おお神は何も語らず、故に世界は滅ぶべし」
何時しか灰と塵が降り始めた。
太陽光は消え、雪が溶けず、ただただ無為に冷たくなる。
「人々は自分こそ過ちを繰り返さないと信じて繰り返す」
情景が切り替わっていく。
砂漠に鎮座する巨大な列車砲、ゲヘナの市街を行進する重戦車の隊列、トリニティの広場を封鎖するパテルの記章が描かれた歩兵隊、DU上空を飛び狂うカイザーのマークが描かれたRAH-66の群れ。
「歴史はこうして繰り返されてきた」
やがて、情景が切り替わっていく。
おぼろげな世界が、すぐに鮮明な世界へ変わる。
そこに居たのは先生たちだった、マスケット銃の銃撃、騎兵の白刃、大砲の砲火、吹き飛ぶ戦列艦。
ヘイローの無い大人たちの繰り返されていく戦争の連続。
「止むことのない戦争と悲劇」
革命防衛戦争
「繰り返される
対仏大同盟
「一つの世代の完全な崩壊」
ロシア総退却
「反動と対立とテロの白熱化」
復古王政
「そしてまた同じことを繰り返す」
フランス第二帝政
「民衆の責任意識もなく、自分たちが何をしてるか理解しないままの
第一次世界大戦
「繰り返し」
第二次世界大戦
「繰り返し」
インドシナ戦争
「繰り返し」
アルジェリア戦争
「繰り返し」
スエズ動乱
「繰り返して繰り返す」
対テロ戦争
「何時になれば分かり合う?
何時になれば理解する?
何時になったら、そうなる?
私の民草は何時になれば安寧が訪れるの?
力なき私に出来る事もないまま利用され続けてどうなるという?」
遠くから、眩い閃光と巨大なキノコ雲が立ち上がる。
「何時だって誰かを迫害して収奪したがるのに、どうして皆それを認めず罪から逃げるの?」
マイアはぼおっと話を聞いていく中で、風景が変わっていくのに気付いた。
場所は……恐らくDUあたりだろうか、空は赤いままで、崩れた瓦礫が空を舞い、破局と破滅が覆い尽くさんとしている。
「神が望んだ戦争だという気だったのかな、あの愚かなベアトリーチェは。
もとよりみんなが望んだ戦争だと言う気だったのかもしれないけど」
風景が変わり、静かではあるが何も変わらないアリウスが写る。
「あるいはこうした結末は我々が望んだと言えるのかな?
誰もが責任と義務から目を逸らし、玩具も片付けず荒らしたまま誰かに押し付ける。
それをハッピーエンドと言い張るのは簡単だろうね、責任や義務とは認知しなければ問われないもので、その実、行為に意義を何も担保しないから」
マイアは風景に、ある人を見つけた。
泣き崩れ、嘆き、自らの行為に悔悟するスバル。
不可思議とそれは妙にマイアの心を深くえぐり、刺さった。
「アレだってあり得た光景。
何時だって人々は自分たちが遅すぎたという事を、後々になって理解し、狼狽える。
間違えてないと信じた者、救えるという驕り、自らの責任から目を逸らした者、そして大半の無知な者。
韻を踏んで繰り返す」
空に白線が駆けてゆく。
あの日と同じ巡航ミサイルだ。
「君はアレを見て、あの日どう思った」
「……なんとも」
「だろうね。
地獄と底辺に暮らした人々からすればトリニティやゲヘナが苦しんでも痛痒には感じないだろう。
そしてバカみたいに虚栄の塔で暮らす何不自由なき大人が君たちを分かる事もないだろう。
生命の値段は平等じゃあない、勇者の値段と臆病者の値段は違うし、救える者と救えない者の価値と値段も違う。
幸か不幸か、その値段はなんと時価なんだから」
片手でパンと指を鳴らすと、空間が変わる。
本でしか見た事が無い、トリニティの茶会の部屋のようだった。
湯気が立ち上がる紅茶からはかすかに茶のかぐわしい匂いがする。
「遠慮しないでかけなさい。
これは、きみが、君たちが獲得すべき権利だった」
権利。
その言葉にマイアは何か引っ掛かりがあった。
「何の権利です」
マイアはだんだん、意識がはっきりして来た感覚がしてきた。
恐らく、このナニカが、妙に分かってきた気がする。
そうか。
嘘も言い訳もない世界なんだ。
だからおそらく、このナニカが言ってる事は多分、嘘じゃない。
だから多分、このナニカは真実しか言わないけど、多分言ってない事もある。
そして、忘れている事もある。
「……」
だから、嘘が付けないから沈黙する。
「貴女はなんです」
しばらく沈黙し、彼女は言った。
「ただの自然法則かな。
人格も結局のところ、集合無意識やノウアスフィアによるミーム存在に過ぎない。
見た目すら、貴女の認知力と認識から構成されているに過ぎないもの。
すべて借り物、と言えば良いかな」
「貴女が黙示録を望んでるんですか」
「いいや?」
彼女は茶を飲んで呟いた。
「私に主体性はない。
主体性なく消えてしまいたいとみんなが内心に思って私が私を形成した。
なぜかって言えば、そもそも最初からこんな苦労しなくて済んだ未来は明白だもの」
「だからみんな消えてくれって、それじゃ私たちは何の為に……」
「だからだよ。みんな生きたい積極的理由は特になくて、死にたい積極的理由も無いんだよ。
生きてるから生きてる以上の理由が無くて、みんななんだかんだ復興っていう長い道が恐いんだ」
彼女は呟き、マイアは少し考えて尋ねた。
「でも、私はそれでも明日が見たいんです」
「辛い世界かもしれないよ?」
「世界なんて元々辛いものでしょう」
「だから良いって?」
何時の間にか、彼女は机に本を置いていた。
『現象としての人間』というタイトルだった、マイアには自身が一生縁のない様な本だと感じた。
「……もとより終わるかどうかは、あなた達次第だよ。
止めれるなら、止めたいなら、頑張って止めなよ。
なんだっけ、そう、人は悪魔にも神にもなれるものだって言ってたじゃない」
マイアの頭の中に、一人の顔が浮かんだ。
「先生!」
瞬間、空間が割れ、マイアは一気に薄い映画の幕のようなそれを越えた。
くるりと周り、マイアが地下室の床を転がる。
べちっと音を立てて、ヒヨリの頭とマイアの頭が激突した。
「いったぁ……」
マイアは辺りを見回し、周囲を確認する。
無意識から覚めたマイア達を、やや拗ねた様に先生が見下ろしていた。
「ようやく起きたか、俺だけ残されんだからムカつく話だよ」
スバルも目を覚まし、目を揉んでいる。
ただ、スバルの眼はやや影が差していた。
無理もなかった、ある種諦観と退嬰があったのは事実だ。
それに、トリニティの事に何か恨みがあるかと言えば、再建しているからこその恨みもある。
アリウスの排外主義と簡単に言えば単に悪いのはアリウスと思えるが、主権もない属領として庇護されるなんて事は望んでいない、という意見が根幹だ。
こうなると復興にもいろいろと気を使わなければならなくなる。
「楽しいお友達料を払って頭下げてくれれば子分にしてやろう!」と言う状況を何というかと言うと。悲惨と言うのである。
はたしてこれは排外主義の一言で論じていいのか?しかもこうなった最初の原因は、間違いなくトリニティの側から始まったのに?
しかも、弾圧して迫害した側はそれを聞いて何と言うか?
”ここまでしてあげたのに”
こうして善意が倍増されて憎悪になる。
厚かましいと言い、無駄だと言い、相手が悪いと決めつける。
はっきり言えば、どのツラして今更出張って来てんだと言う意見はそれなり以上の正当性があるから困るのだ。
無論それが表面化して大爆発してない原因は、そうした支援に首輪が付けられているからだ。
即ち連邦捜査部シャーレ、そして先生と言う首輪だ、飼い主とすら言える。
故にエデン条約機構は存続する必要がある。
が、それはそれで別の問題が出る。
次は「あれ、うちらシャーレに間接支配されてね?」と言う話になる。
そして頭が良くなって別の問題が見えてくる。
”ある日連邦生徒会会長が帰ってきてアリウスからシャーレを引き上げさせたりしたらどうしたらいいの?”
問題はグレードアップされた。
自分たちが復興し、ある程度持てる者になったが故の恐怖である。
この不安を具体化して考えれるだけのものは少ないが、なんとはなしに考えておぼろげに浮かぶのだ。
全員にとって不本意な事態だった。
トリニティにとっては単純な禊であった。
新時代と旧時代の間に済ませておかねばシスターフッドやトリニティ全体に関わる内憂を、いま済ませておくべきというだけ。
連邦捜査部からすれば巻き込まれた戦争の後始末をするのは自分たちがしなくてはいけない義務として始まった。
戦勝国は戦勝国としての義務を果たさねば、戦勝と言う意味すら崩壊させてしまうからだ。
本局に対しても「完璧な自己の存在理由」が確保できる。
アリウスにとっては青天の霹靂で、トリニティの圧力のくびきから逃げたくて連邦へ縋った。
縋って頼って安全を一時代でも確保する筈が、本局と外局の対立が安全を滅茶苦茶にした。
中央の庇護を受けつつ復興を続けると言う目算を信じていた。
だから、アツコはポルタパシスの地下保管庫を開封したくなかったのだ。
平和を手に入れて、その後は?
その平和は満足いくものかと考え始めると人は苦しくなる。
しかもこれは、誰もが満足する平和かを考えねばならない。
最初から連邦生徒会会長がいれば、もう少し何か変わったかもしれないが、彼女は逃げた。
アリウスではそう認識されている。
敵前逃亡
戦友を見捨てて逃げた。
だからこそ、連邦生徒会は機能不全だと考えている。
故に彼女らは連邦生徒会をあてにせずシャーレに縋ったのだ。
だから、宙ぶらりんな権威でアリウスはしどろもどろになった。
ゲヘナのように単独で我が道を行けず、ミレニアムの様にノンポリと気取れず、トリニティのように閉じた世界にもなれない。
連邦捜査部を縋ると本局と揉めるし、それ以外は明らかに自主権を売り渡す羽目になる、どう足掻いても楽しくない。
アリウスのアイデンティティーも奪われて「ただの田舎の出ですよ」なんて言って幸せと?そんなわけあるか、どうあがいてもそれは被征服民の末路だ。
「……とりあえず、場所を移しましょうか」
スバルは重苦し気にそう言った。
感想評価お待ちしてます。
誤字脱字などの報告本当にありがとうございます!
この場を借りてお礼申し上げます。
何の因果かドッグ・タイムズの新刊も本日発売です。そちらもよろしくお願いします。
本年も皆様お世話になりました!