キヴォトスの若鷲(エグロン) 作:シャーレフュージリア連隊員
黒服が運転するランドローバー・ウルフが、早朝のアビドス市内を走る。
行きかう人は時間もありほとんど居ない、連行されるホシノは名残惜し気というより黄昏る様に外を見ている。
カーラジオからはアビドスで海賊放送している変人のラジオマンが流してる臨時ニュースが聞こえる。
シャーレが今後48時間の非常事態に伴う外出禁止を発令したらしい。
「どうしました? ホシノさん、余裕があるようですが」
「お前、私にこだわってて、良いの?」
「おや? 確かにアビドスに残ってる宝は……」
「そんな物じゃないよ」
ホシノが不敵に笑う、不思議そうに眺める黒服
「お前なんかより、怖くて恐ろしい癖に不器用に優しい大人、先生あの人がいる限るアビドスは消えないよ、多分市街や校舎*1が落ちて無いから私に見せないんでしょ」
「クックック、これからのあなたには関係のない事です」
上空を輸送ヘリと攻撃ヘリが飛んで行った。
黒服は笑うというより、悩まし気な動作で、ハンドルを右へ切った。
戦闘後の残存戦力の再編を任せ、俺は届いた連絡先に向かうと生徒に告げた。
大人の時間を必要とするらしい。
「はあ、お気をつけてェ」
「30分以内には戻る」
校門を抜けていくのを見て、アビドスの生徒たちは「大人は忙しいもんなのだな」とひとつ事実を理解した。
渡された住所が罠とは思わなかった、あらゆる符号と戦術原則と勘がそれを告げている。
ビルのオフィスにたどり着くと此処まで連れて来てくれた、ひび割れた仮面の様な顔の男が座っていた。
だが胡散臭い男なら沢山知っている、失望させるなよ。
ゆっくりと立ち上がり、呑むか視線で尋ねるが呑む相手は選ぶ主義だ、拒否する。
「……あなたの事は知っています、連邦生徒会長が呼び出した不可解な存在。あのオーパーツ『シッテムの箱』の主であり、連邦捜査部『シャーレ』の先生。貴方を過小評価する者もいるようですが、私たちは違います」
残念と肩を竦めて、コーヒーを注ぐ。
目線で続きを求めるように促し、コーヒーは受け取る、何を言うか楽しみだ。
毒はあり得ないと確信した。
「まず、はっきりさせておきましょう──私達は、貴方と敵対するつもりはありません。むしろ、協力したいと考えています。私達の計画において、一番の障害になりうるのは貴方だと考えています」
コーヒーを口に含んで、白々しい言葉を嗤う。
「言ってくれるな、学者として宝の地図と場所を示し人手はカイザーに借りたんだろう?」
此方の差し込みを意に関せず言葉を続ける、学者先生の悪い癖だな。
「私達にとってアビドスなんて小さな学校は、全くもって大した問題ではありません。ですが先生、貴方の存在は決して些事とは言えない。敵対することは避けたいのですよ」
「敵対行動を取ったのはお宅の同盟者であり、此処まで追い詰められない限りお前も俺に連絡の一つも寄こさなかった、今更自分は無関係は虫が良すぎるぞ?」
仕切り直しもかねたのか、黒服も思い出したかのように自己紹介を始めた。
「……おっと、そういえば自己紹介をしていませんでしたね? 私たちは貴方と同じ、キヴォトスの外部の者……ですが、貴方とはまた違った領域の存在です」
同じ領域だったらなお大問題だったよ、フーシェとかなら乗っ取りそうだ*2。
「適切な名前がありましたので、今はそれを拝借して使っております。私たちのことは『ゲマトリア』、とお呼びください。そして私のことは、『黒服』とでも。この名前が気に入っていましてね」
白服を着せたりすると変わりそうな名前にアイデンティティはあるのだろうか?
考えすぎると砂山のパラドックスが発生しかねんな、ペンキで白塗りしたくなる。
「私たちは、観察者であり、探求者であり、研究者です。貴方と同じ、『不可解な存在』だと考えていただいて問題ございません。一応お訊きしますが、ゲマトリアと協力するつもりはありませんか?」
「NON」
懐かしきフランス語で回答する、老親衛隊よりは上品だ。
「驚くほど興味がない、俺の好きな物とは縁遠く、これよりでかい事を堂々と行ったこともある、もっと良い勧誘をするんだな、パンフも無い相手の事も知らないで呼び出すのは、準備不足の上に落第点ではないか? 君が私の部下なら叱責しているな」
こんな舐め腐った発言してよくカイザーを抱き込めたもんだ。
タイユラン……あれは無理でも、もう少し準備するかこじつけは上手くやる、もっと水面下交渉したまえ。大人だろ?
「……左様ですか」
ブラフか挑発かと思ったが、思った以上に残念そうな声を出した。
「真理と秘義を手に入れられるこの提案を断ってまで、貴方はキヴォトスで何を追求するおつもりなのですか?」
今までと露骨に口調が変わる。
ぐいっと黒服が首を伸ばした。
「真理? それは世界を一つに出来るのかね? どんな貧民でも靴が履けるような国を作れるのかね? 秘儀? それは戦争で絶対に負けない法則なのかね? 下らんな、俺は俺である為に
問答は良い。
さっさと家の家出娘を返してもらおう、さもなくば灰になるまで勝ち続ける。俺に付き合わせ続ける。
絶対に。
「……小鳥遊ホシノは、キヴォトス最高の神秘です。彼女を実験体として研究し、分析し、理解する。この興味深い実験こそが、私たちが観測を渇望していたもの」
思ったより面白みの無い野望だった、これならシャンポリオン君のロゼッタ石の解読でも手伝って欲しい。
まあ正直こんな奴に触らせたくはないけど、こんなのが触れたら歪んじまうよ、俺が死ぬ直前にベルリンとかで流行ってた歴史哲学講義と同レベルだぜ。*3
「どこでも居るチビガキがそんな玉かよ、過大評価し過ぎだ、喧嘩が強い癖に妙に周りを警戒する、寝不足のガキが門限破ったんで、理由を聞かにゃならんのだ*4」
「……なるほど。貴方が『先生』である以上、担当生徒の去就には貴方のサインが必要*5……そういうことですか。なるほどなるほど……。学校の生徒、そして先生……ふむ。中々に厄介な概念ですね」*6
これは痛いところを突かれたと黒服は笑っている。
分かったんなら、さっさと終わらせて帰りたい、理事からのお誘いに遅れてしまう。
しかし眼前の学者先生は納得するまで返してくれそうに無い
「ええ、確かに仰る通りです。他人の不幸よりも、私達は自分達の利益を優先しました。それを否定しません。私達の行動は善か悪かと問われればきっと悪でしょう。
しかし、ルールの範疇です。そこは誤解しないでいただきましょうか。アビドスに降りかかった災難は私達のせいではありません」
「だったら殺してるからな、仮にそうでもお前の正当性の為に否定するしかねえだろ」
国際社会においては正しい、国内問題でやれば国民は許さないだろう、正当性と合理性は政治用語では複雑な意義を持つ。
さっきから聞いていると「一々やかましいんじゃ~! ぶち殺せばええがァ~!」とオージュローが散弾撃ちそうな事しか言わないなこいつ。
……でもベルティエでもキレるだろうけど。
「砂漠で水を求めて死にゆく者に、水を提供する……ただし、一生奴隷として働いても返済できない額でさして珍しくもない、世の中にある話です、何も私達が特別心を痛め全ての責任を取るべきことではありません」
すげぇ、全て奪われた何も持ってない人間が何をするのか理解していない。
革命、ヴァンデ、テロール、ジャコバン、テルミドールの反動、全て恐怖と混乱から生まれ、持たざる者の熱狂と暴虐が始まり熱をあおったではないか。
俺が死んだ後の世界はなお苛烈化するだろう、あの時代ですらアレなのだ。
「持つ者が、持たざる者から搾取する。知識の多いものが、そうでない者から搾取する。望む通りに社会を改造し、法則を決めて、規則を決め、常識と非常識とを決め、平凡と非凡とを決める。権力によって権力の無い者を、力によって力の無い者を支配する。……大人なら誰もが知っている、厳然たる世の中の事実ではありませんか?」
フランス革命、いや市民革命がなぜ起こるのか知らないのか?
権力を担保する権威・武力があるからだ、これで真理の秘儀の探究だと? 良い冗談だ、笑いをこらえるのが大変だ。
「強者が正しいのは強者だから」とパンセにある、確かにそうだ。
さて、ここでの強者は誰だろうか。
「……どうしても、アビドスから手を引いていただくことはできませんか、先生」
「お前の先ほどの演説だと強者は弱者に何をしても許されるのだろう? 直ぐにでも取り返せるのに俺は交渉に来た、その意味を考えろ。
政治において何らの現実的行使可能武力や権力も正当性も無いのは弱者の証拠だぞ? そして、弱い者には何をしてもいいんだろう?」
足を組み、わざとらしく手を叩く。
手袋をゆっくりと脱いだ、何時でも投げつけれる。
「ホシノさえ諦めていただければ、あの学校については守ってさしあげましょう。カイザーPMCのことについても、私たちの方で解決いたします。あの子たちもどうにか、アビドス高等学校に通い続けることができるはずです。そしてこれは、あのホシノさんも望んでいることのはず。……いかがですか?」
「NON」
「貴方はあの子たちの保護者でも、家族でもありません。貴方は偶然アビドスに呼ばれ、あの子たちと会っただけの他人です。一体どうして、そんなことをするのですか?」
一番面白い問いだ、あの時代の俺の敵と味方が抱いた全てが理解するだろう事がこいつは知らない。
「助けてくれと言われた、勝算もあった、夢を見せてやりたかった、世の中捨てたものじゃないと教えてやりたかった」
つまり己の中の捨てれぬ野望と信仰、名誉欲と忠誠だ。
それだけの為に男は戦う、女は全てを賭けれる。
ポーランド人、プロイセン人、ツァーリ、ブリテンの連中、新大陸の植民地人、全員そうではないか、カルタゴとローマから変わらない。
「──何故? どうして? 理解できません。何故貴方はそこまでするのですか? なぜ、取る必要のない責任を取ろうとするのですか?」
「責任を取るからこそ得れる物もある、大人と言うくせにそんなのも分からんのか?」
兵卒のただ10歩先を行くだけの度胸が無ければ覇道は進撃出来ないのだよ。
振られてしまったか、理事の言うとおりだな。
黒服は走り去る車両を窓から見送り、隣室からでてくる理事に視線を向けた。
「こっ酷く言い負けたようだな、黒服」
「なるほど、理事貴方が、そのように変貌した理由が分かりましたよ」
コーヒーをぐいと飲み干して、黒服は呟く。
「あの黄金の荒鷲は私の目標だ、貴様は子供の尻でも追いかけて居ろ、まぁ奴に奪い返されるだろうがね」
「あなたが鷲を落とせることを祈ってますよ」
勝つか負けるかの次元は過ぎた。
俺の全人生をかけてやる、キャリアと人生の全てだ、負けるかもしれない、勝機は乏しい。
だが怖くない、俺が全身全霊をぶつけて届かねば納得出来る。
「う……ん? なんだよ、理事じゃんか、どうしたのさ」
「ホシノよ、お前の先輩を愚かと言ったことは、謝罪しよう、黒服はお前を諦めたようだ、先生に感謝すると良い*7」
「うへぇ、でも帰してくれるんじゃないんでしょぉ?」
ホシノは理事の変容にやや恐怖した。
この世のあらゆる残虐も顔色変えずにやりそうな顔つきだ、どこか得体のしれない遠くを見ている。
「その通りだ、私が焦がれた黄金の荒鷲を落とすとこを見届けて貰わねばならん」
「何を言ってる」
ヴァルキューレ公安局長カンナにとって、それは不可思議な話であった。
シャーレのヘリが二機現れて、ヘルメット団の検挙者を全員保釈するというのだ。
屋上へリポートはあちこちからかき集めたヘルメット団のメンバーでいっぱいだ。
「せめてひとおもいにじてええ!」
「やかましい!」
アビドスでシャーレに検挙された奴が大人しいのに引き換え*8、先生がここに来た時の暴動で検挙された奴は泣き叫んでいる。
まるで菩薩みたいなツラ構えした奴までいる、なんなんだ。
ドアが開き、先生が現れた。
コノカ副局長や白河筆記官が確認書類を確かめ、サインを受け取る。
集めたヘルメット団の連中を見渡す、どいつもこいつも自信を失った敗走した弱兵の群れだ、だがこいつ等を戦力に変えねばならない。
「カイザーにこき使われた挙句、ボロ雑巾みたいに投げられた諸君!」
ヘルメット団の全員の視線が向く。
多種多様な視線だ、昔を思い出した、いつも俺が最初を導いた兵隊の目を。
自信と闘志に満ちた奴、不安げな奴、全てを運命と受け入れた奴、なんとかなると事態の中の奇跡を信じる奴。
「諸君を現時刻からシャーレ臨時雇用要員として雇用する」
そりゃ徴兵じゃないのか? カンナが呆れた顔をした。
ヘルメット団の反応は半信半疑、悲喜こもごもという雰囲気だ。
「なお参加の拒否は可能だ。危険が大きく常識的に考えれば自殺行為である」
何人かがじっと見つめる。
「成功した場合得られるのは勇気と、僅かな賞賛、そして内実への名誉、あと俺からの給料だ」
負け犬たちに炎が灯る。
褒められた事もない、社会の低層が、落伍者たちが本質的に求める何か。
「志願者、二歩前へ」
全員の足音が響いた。
「ようこそ連邦捜査部シャーレ民間義勇協力者諸君。連邦大権に基づいて君たちを徴用する」
ホシノが居ない今、こざかしい利益より大事なものを理解し、男に成り始めた奴は最後の戦いに向け、決戦戦力を用意してるだろう。
だからこそ、こちらもそれが必要だ。ホシノが居れば困らなかったのだが、どうとでもしてやろう。
ヒナに会いに来たのだが歓迎してくれたのは後輩を乗せてパトロールしていた赤いモップ様もといイロハだった。
後輩のイブキという生徒はゲヘナでは珍しいタイプだ、将来的権力者なのだろうが二重権力のゲヘナでも双方から好かれている。
「あっ、先生どうしました? また家の連中がご迷惑でも?」
「この前のお菓子美味しかったよー、先生!」
此方の剣呑ではない雰囲気を察したイロハが一番ありうる問題で聞いてきた。
事実以前にも風紀委員たちと共同で美食のバカを追いかけまわしたことがある*9。
流石に店舗爆破は見過ごすにゃ大きすぎる、食うに困ってかっぱらいは面倒見てやれるのだが……。
「ヒナを探してるんだが、知らないか?」
「風紀委員長ですか? 先ほどまで広場に居たのですが……。風紀委員の施設まで送りますよ」
虎丸の砲塔後部に腰掛け、風紀委員会方面へ向かう。実際に乗ると騎兵とは別種の恐怖が与えれるだろうと理解できる。
装甲兵力、素晴らしい響きだ、そのためどれくらいマンアワー*10がかかるかは考えたくはない。
「よろしくね先生、今日はどうしたの?」
「家出娘を家族のもとに返してやりにいくんだ」
イブキがよく分からなさそうにしているが、概ね真剣なのは理解したらしい。
目的地に着き、虎丸から降りる。
イオリがちょうどパトロール終了部隊を帰隊報告するために門前に居た。
「おいイオリ! お前の上司居るか!」
「アコちゃんの方? ヒナ委員長?」
勤務終わりに嫌なものを見たようなイオリの顔が、困り顔へ変わる*11。
眼が本気の大人がズカズカ進んでくる経験も訓練もしていない。
ましてテストにも出ない。
「委員長だ、出せ」
「委員長に会うと言ってもアポイントメントは」
「事は一刻を争うんだ」
「足舐めたって無理だよそりゃあ*12」
イオリの言葉に変わったわいろ要求か? と、無言で片足を掴む。
ゆっくりとその口が開く。*13
「ぎえええええ!」
「門前でなにしてるの」
ヒナが正気はこの世に無いと確信したような顔をしている、力強く部下の足を握りしめて口元へ動かそうとしている大人を見た事なんかない。
「委員長たすけて!」
「……本当に何してるの?」
その後の会話は比較的スムーズに終わった、ヒナはやや顔に笑みが張り付いてはいたが、作戦目的を理解したし、同意を得た。
俺が現状手に出来る最強のワイルドカードだ、百万騎のフッサーのようなものだが、これを上手く使うのが仕事である。
あのクソボケ黒仮面に使ってやった時間が惜しい、あれが無ければもう30分は攻撃を先に出来た。
ヒフミ経由でトリニティからのある程度の援助も期待できる、現在アビドス砂漠全域がECM環境下であるのに、電波傍受でトリニティはカイザーの兵力配置の情報を掴んでいた。
アコの傍受情報と兵力予想を突き合わせておおまかに理解した、連中最期の決戦と覚悟している。
虎の子たる対デカグラマトン部隊まで投入し、ゴリアテまで持ち出した。
いまやアビドス砂漠カイザー駐屯地はタレット、機関銃、人型兵器までうろつくホットスポットだ。
そこに乗り込むのはいまや完全編成の3個中隊および各種支援隊、廃品戦車から装甲を剥いだM35トラックの隊列には各所から集めた部隊。
ナギサから借りた砲兵、ヘルメット団のライフルマン、そして報酬半額前払いで釣り上げた便利屋の連中、雇用主がシャーレという点で同意した傭兵、ヒナ、そしてアビドス廃校対策委員会。
砂塵吹きすさぶアビドス砂漠、全てのケリをつけてやる。
待ってろカイザーの詐欺師ペテン師悪党ども、全て叩きのめしてやる。
【次回予告】
敵の血潮で濡れた旗。
欧州最強の悪魔と人の言う。
アビドスに革命戦争の擬人化が蘇る!
パリの街路、アウステルリッツの地平に、無敵と謳われた栄光の
情け無用、命無用の大人が一人。
その男の戦力、10万人分なり。
最も高価なワンマン・アーミー。
次回「 デザートストーム 」
きたまえ先生、コールだ!