キヴォトスの若鷲(エグロン) 作:シャーレフュージリア連隊員
いたずらに御国が関与するものでも、制限するものでもない」
──皇国の守護者、駒城篤胤──
文化復興、あるいは外的刺激による警句
レッドウィンター連邦学園は特産品が革命、有り余るものはチェリノの独裁権力で構成されたフルコンタクト動乱学園である。
そんな中である部門がブちぎれた、賃金寄越せと給食所担当生徒が武装決起し、配給が尽きたのである。
食料ストライキの責任取れと憤慨するデモ隊がチェリノの政権をまた転覆させ、今はまたチェリノの政権となった。
だが今度は低品質プリンでも構わんとチェリノが失言し、ミノリが再建途上の給食所を焼き討ちに出る事で事態は複雑化した。
「……お腹すいたなあ」
「残念ながらこんな時に限って缶詰もありません……」
遠くから引きずられて横転し爆散するBRDM-2Uの音が聞こえた。
無論、モミジやメルからすればあまり関係は無いからもうどうでもいい。
どうして飢えているかというと、現在資産がないからである。
理由は簡単、本が売れなかった、そしてその理由は。
「なんっですのっこの乳幼児向け離乳食のペーストみたいな内容は」
「味うっすいラーメン出されたハゲみたいにキレないでよ……」
メルの力のない言葉ではあるが、そうまでにタカネがキレている理由はよく理解できた。
なにせ内容が絶妙に面白みがない上に、切れ味も無ければ味もしないときたもんだ。
そうした不満は正直、メルやモミジにもある、なにせ突貫だからだ、しかも前回のと違いなんか筆が乗らなかった。
「今日日AI生成による深刻なまでの創作力思案力以外での飽和とそれに伴う”人間の生身の発想力”という段階に来た時代に於いて、なんですかこのメルリ―さん自身がやりたい事が見えない作品は!」
「ああああっ!自分でも感じてるから勘弁して……」
「勘弁してと言っても印刷費は払って頂きますよ」
タカネの後ろからヤクモが入る。
後払いと言ったのはメル自身である為、ヤクモはきっちり耳を揃えて払えと言うつもりだが、流石に無から有は生まれない。
呆れたヤクモは内容を見てみるが、タカネの言う通りよく言ってもありきたりで、何と言うべきか勢いも筆のノリも感じない。
メルの普段からしてももっとノリが感じられる作品を描くから、これじゃレッドウインターでは売れない。
「確かにこれじゃ売れませんねェ……」
少しばかり頭の体操を始め、不良債権の処理案を考える。
形にされてしまった以上は世に放たれねばならないと信条を有するヤクモであるから、積みあがった部数を見て捌けるかを悩んだ。
本屋で売るには少ないが、個人販売には過剰だ、となると何かのイベントで売り切るのが
ただ内容が問題だ、大衆受けを狙って描いたにしてはいまいち”らしい”という雰囲気に欠く。
「うーん、メルリ―先生やっぱ無理に男性主人公描くのマズいんじゃないですかね」
「出版屋にまで言われるとは……。いやでも当然か、刷る側だからそりゃそうか」
愕然としたが即座に立ち直る辺り、作家に必要な素養はあるんだがなぁ。
「この不良債権で得られたものがあります、まず安易に大衆向けというにしても、目標の無いポピュリズムで中身がスカスカです。
安易に流行りものに乗っかろうと言う魂胆が見え見えなんですよねぇ」*1
「ざくっ!」
「それ故に先生がやりたい事と全くすり合わせが出来てないから問題が生まれるわけで」
「ぐふっ!」
「なんというか、振り切れた方がいいですね」
「げるぐぐっ!」
「こりゃあ売れませんね!」
「ぎがんっ!」
ヤクモはぐいっと上半身を傾けて、メルの顔に視線を合わせる。
「こうなればですよ、いっそコイツを叩き台にして尖らせたものを出しましょう。
それが売れれば連鎖的にコイツも捌けて満足です」
「て、てっきり焼き芋の火種にされるかと……」
「何を言ってるんですか。この世に出た時点で中身はどうあれ本は本です、本を理由の有る無しで燃やしたり排斥するような体制にゃ未来はありません」
むうと唸りつつ、ふと大事な事に気付いたメルは尋ねた。
「ちょっと待って、じゃあ私が制御されないであれこれしていいの?」
「モミジさんを通してGOが出るくらいであるなら……私は何も言いませんよ?
逆に言えばモミジさんを誤魔化せないなら駄目です、露骨なのも駄目ですよ、次回やらかしたらシャーレからガチで規制が出かねません。
貴女の雑誌のタイトルを球根栽培法とか腹々時計とか狼とかにしたくないでしょう? 雑誌〇〇と検閲タイトルにしちゃ反応も分かりませんからね」
しっかりとヤクモは釘を刺した。
このキヴォトスにおいて連邦生徒会は幾つかの発禁や検閲された書籍、消された書籍は幾つかある。
反連邦だの何だのとたいそうな理由がされた物や、或いはあまりに低俗で下らないものもある、だがヤクモはそうした規制には賛同していない。
無論表現の自由と言うのにはある程度倫理観が要ると言うのは分かるが、一度味を占めたクマと権力者は大した違いはない、最初は正しいと言っても次もその次も規制を拡大させる。
「オリジナルでいっそ書いちゃおうか」
「そこら辺はお好きに」
多少メシは与えてやれば、数日あれば完成するだろう。
さて、問題はこれを何処に売るかだ……。
まず最低限本を読む習慣がある連中が良い、ゲヘナの連中は音楽系のが売れるし、ミレニアムは映像のが売れる。
山海経は劇やミュージカルが売れるし、アリウスやアビドスはギターなどの音楽を作る側で消費する側ではない。
「となると、トリニティですかね」
「越境ですかぁ!?」
タカネの呆れた顔と声がヤクモを現実へ引き戻す。
「ええ、今あそこは改革開放路線が採用され外を見つめなおすブームが来ています。
ならば時流には乗るもんでしょう?」
「悔しいくらいに正論ですわね……」
タカネは正論には沈黙するタイプであった。
SX250トラックに取り敢えず完成した本を積み込んだタカネとヤクモは、エンジンを起動させてトリニティへ向かう道路を進み始めた。
最近はアリウスがカタコンベの中継点事業を開始したらしいが、残念だがまだ完了していない。
来月には終わるらしいが……。
「しかしまあ、よくオリジナルで描き切りましたわね……」
タカネが献本を捲りながら呟く、その間にもSX250はレッドウインターの境界検問所を通過し高速道路へ乗る。
出版部は自前の車両を有していない部活だが、このトラックは山海経製の中型トラックでヤクモの私物だ。
公式には部活の物ではない、というのが規制や法令を躱すためのミソである。
「この場合はオリジナルである方が楽だ……っていうのもあるんですよねぇ」
「何故です?」
「元ネタが絡まないから」
「あぁ……」
2人は容易く境界線を越え、トリニティの支配圏へ入った。
エデン条約以降、警ら業務が安定した正義実現委員会の検問は中身が書籍なのを見て不可思議そうにしたが、中身は確認しなかった。
そのため実弾──この場合は現金──をスタンバイしたヤクモの予想よりあっさりと「次!」と移動指示が出された。
「案外最初の関門は簡単でしたね……」
ヤクモはあまりにあっさりと通過出来たので拍子抜けしたが、正義実現委員会の委員たちの目から理解できたことがあった。
「かなり私らを珍しがってます、これは案外行けますよ」
注目が最初からある程度存在してれば、あとは勢いだ。
タカネは横目に調子に乗ってるヤクモを見て「こうなるとまずいんだよなぁ」と覚悟を決めることにした。
しかしこのメルリ―の描いた男性主人公、中指をチャッカマンみたいに火をつけれるって要るのかなこの設定……、案外煙草のシーンの為に考えたのだろうか?
ワイルドハントの学内を話しながら、アキラ……ここではミリアと共に歩く。
絵の依頼をしたいが中々希望と言うべきものが出てこない。
「こう、未来への希望と言うかな、そうしたものが必要なんだよ」
「抽象に過ぎませんか」
「そうだよ、象徴的な物を頼んでるんだから……俺が昔よく発注した絵描きは完璧に仕上げてくれたが」
「それは多分その人の天才性によるものですね」
ミリアの呆れた顔と返事に、発注の具体性と言う難題で頭を抱える。
なまじ絵の発注は必成目標と望成目標が言いづらい、不明確になり過ぎてしまう。
無論であるが妥協も利かない連中ではないから、誰もが悩むことになる、自由性が足を引っ張る事も世にはままある。
「ううむ、何かはっきり言えればなあ」
そんな話をしていると、ハスミからメッセージが来ていた。
「なんだ一体……コハルが試験の点数落としたのは俺の所為じゃねえぞ」
そう思いながら不可思議気に首を傾げるが、内容はより不可思議なものであった。
なんで書籍の規制なんか言い出したんだ?
どう言う事だと思っていると、シミコから同件でメッセージが届く。
何を考えてるか分からないが、どうしていきなり規制なんかやるんだ。
ヤクモはやや困惑していた。
確かに彼女は才能が有った、売る事に関しての才能は有った。
だが多角的に見た政治情勢と言う才能には不慣れなものがあった。
「な、なんでこんな売れてるんでしょう」
「結構尖ってたような気がしましたけどね……」
タカネも思わず唖然としている。
まず、売った内容が彼女らのあずかり知らぬところで別の解釈がされていた。
痛烈奇怪な滑稽本としてメルリ―先生大暴走により描かれた作品の内容は、ある一人の男が教師として女学校に赴任してあれやこれやと大騒ぎする内容であった、ここまでなら普通である。
問題はメルリーが放ったギャグのキレ具合であった。
レッドウインターのノリで気軽に行われる政変乱打と追放と帰還とまた政変の勢いは正しくギャグそのものだったが、トリニティの生徒からすればバカみたいな内容のが真実なのである。
要するにこれは一般的なトリニティの生徒からすれば、「滅茶苦茶にタイムリーでブラックジョーク豊かな風刺」だったのだ、そう捉えられること自体が最早風刺である。
「3部下さい!」
「こちらも!」
飛ぶように売れていくので印刷量どころか4割くらい売り上げをメルとモミジにくれてやっても、十二分である量が売れている。
更に酷いのは売れてる理由が物珍しさという事もあるのだ。
稀人は稀人らしくある事で完成する、レッドウインターの中でも度々言われる事だが、トリニティでも変わらない。
その稀人が持ち寄って売る本が面白いならば猶更噂に立つ。
しかもこの本は「僅かばかりに政治を知った気になれてちょっと秘密を抱える」というあまりに楽しい風味があった。
売れぬはずはなかったのだ、問題は制御不能という事だ。
「と、飛ぶように売れるとそれはそれで怖いものですわね」
「いやぁでも面白かったですし……」
シスターの売り子手伝いにそう言われ、それはそうだがとヤクモは天を仰いだ。
タカネを稀人らしく見せる為にレッドウインターの姫さんと言ってみたら、いつの間にか自分もお付きの家令と思われていた、稀人に何時の間にか知らん設定が生えるのは必然だから訂正はしていない。
「ちなみに気に入ったシーンは?」
読んでいる人々に聞いてみたが、理由も色々とあるようだった。
「……場面転換とかで良く出てくるラッコのサクラちゃんですかね、”きゅう”とつまみ食いを疑われたり不憫で可愛くて」
「自分は政変三回目くらいの”ミドルフィンガーファイア―っ!”で相手の髪をチリチリにする投げやり感が」
「テスト失敗で教室が爆発する大爆発総合試験編が好きですね、だって落第した瞬間爆発するとかあらすじだけで面白いじゃないですか!」
「そうそう、”テスト落第で爆発するようにしたのはお前か!パラノイアの学級主任が!”と”ミドルフィンガーファイア―っ!”する流れが下らなくて」
「”ミミカちゃんはやっぱり病院に爆撃するか”からの”なんで爆撃するのさ、ゴリラだから?”の会話劇も良かったですわね」
実際問題内容は常にキレていた。
唯一予想外であり、最後までヤクモが気付きもしなかったのは、よく似た実話が有る事だった。
もっとも気付いていたら、それはそれでおかしいのだが。
シャーレ本庁舎に戻って話を調べてみるが、ミカの話と合わせるに随分とナギサがこんがらがっているようだ。
シミコの相談を聞いたが本の内容が中々酷い、ユウカがコーヒーを噴出し、キキョウが喉に熱めの緑茶を詰まらせてむせている。
実際問題、中身はただの荒唐無稽な内容だ。
だがちょっと穿ってみたら”真実”が見えるようになる、無論それは虚構だ、だが認める筈がないとその”真実”ははっきり形を持つようになる。
「何で時の権力者が出版社を潰すか検閲を入れる理由が分かるか?
一度出版されたら、それが流行っても危険思想ならともかく普通の物語なら潰しようが無いんだよ」
内容自体は本当にギャグコメディだ、メルの奴は多芸だなと思う。
しかしなんだよこの「無詠唱で中指を着火する事が出来る」と言う力、何だよコレ不便だろコレ。
「出版社の自主回収ぐらいしか無いですよね」
「しかもだ、所属や身分問わず流行るとそれを旗印に団結を招く、潰すと逆にブランドになるんだ。それを読んでみたいってな」
正義実現委員会に下命してナギサがこの世の終わりの如く慌てているが、悪手だろそれ……。
確かにお前からみたら機密漏洩された上に、滑稽本の名目で撒かれてる様に見えるかもしれんが、そりゃお前救いようがないパラノイアだろそれ、笑って見なかった事にするくらいじゃないと逆に怪しいぞ。
しかも下命したことがバレてる、お陰で取引内容が予定の場所へ置いてそれを回収する方式へ変化している、SNSでも「あの本」呼びだ。
「それに一人で秘密決定が不味い、大衆に人気の本を個人の為政者が禁ずると簡単に不平不満は個人と政権政府全体へ向かうからなぁ」
「やたら詳しいですね」
イロハが不可思議そうに尋ねる。
「昔本屋でバイトしてた時、そう言う本を密売して稼いだことがあってな、すげえ売れたよ。
民衆は恩知らずだが仇は忘れないんだよなぁ」
さて、勝手に政府崩壊する前にバカ騒ぎを終わらせよう。
正義実現委員会の連中が慌ただしく動き回っているので、ハスミに「お願い」して少しばかり動きを抑えて貰った。
茶会の人間であるミカやセイアが居るので、丸く収める為に活用する、それくらいの貸しはたっぷりとエデンである。
取り敢えず古書館に居るらしいと言う話だが、何故か先んじてコハルが居た。
「またこんなところに何で居るんだコハル」
「あっ、えっと……その……」
コハルがやや緊張したようにしどろもどろな返事をした。
すると、随行が居ない事に気付いたのかコハルは驚いた反応をした。
「あれ、護衛の人は」
「今日はほぼオフだよ……」
少し安心した様子でコハルが言った。
「じゃ、じゃあ本の取り締まりに来たんじゃないのよね」
「というかそれのバカ騒ぎを終わらせるために来たんだ、休日出勤だぜ、大人は暇なしか玉無しの二種類にしかならねえように世の中は出来てんだよ」
えぇ……と茫然とはしたが、コハルが「本をどうする、つもり?」と聞いて来た。
「んなもんあれが危険でも脅威でも無いんだから正規に許可取って来いと相談して終い以外あるか?」
「良かった、てっきり没収かと……」
「証拠品押収担当部門が言う台詞じゃねえな」
「ヴっ……」
コハルがやや目を猫の様にして唸った。
それはそれとして古書館の扉を開ける。
「へあっ!」
ウイが素っ頓狂な声をあげ、レッドウインターの二人も背中を震わせた。
「あれ、てっきり知識解放戦線の馬鹿二人かと。
お前ら出版部はいつから販売部も兼ねたんだ、え?」
てっきりメルリ―先生が余計な事しでかしたんだと考えたがそうではないらしい。
ウイは弾圧が云々と言うので「別にそれはウチが絡まねえから知らねえよ」と返すと、不思議気に「じゃあ何しに?」と尋ねられた。
「ちょいとこの二人の早めの退去支援。
それに後で確定申告しろよ、大分お前売れたろ……」
「お、お耳が早い事で」
「あんだけ売れたら逆算出来るわお馬鹿、正貨流出で追われたら困るだろ」
ヤクモが「痛い、痛い所を突かれた!」と笑っていい、「ここまで売れるのは予想外でした」と真面目な顔つきで呟いた。
「ただ、人間が労働に於いてもっとも求める事は何だと思いますか」
「精神の内実への名誉と物理的報酬が取れるまたは妥協できるまで両立できる仕事と俺は考えるが。それがどうしたかな?」
「なるほど同意です。そして私が此処でしている事も概ねそれが故です。
はっきり言ってしまえば”売りたい物を売った”のです、好きですからこの仕事」
此方の答えに深く頷いて、ヤクモは「文化とは金を土壌とし栄養源にして育つ生き物です」と述べた。
それ自体には否定はしない、実際それは事実だ。
「だよなー、俺も昔出した小説売れなかったわ」
「あ、やっぱりお出しになられて……じゃなかった。
欲望には階層があると、学者が述べました。*2
その中で段階的に生きるため以外の、余裕が出来た人間が最後に求めるのが自己実現の欲だとその学者が言いました、私にとってのやりたい自己実現とは、これなのです」
「多分普通に許可取るのが楽で良いと思うけどな俺は……、とはいえ言いたい事は分かる。
そして俺から言えることは”法に触れないなら、どうぞお好きに”だ」
ヤクモが驚いて尋ねた。
「ではなぜここへ?」
「上で話をつけるから今のうちにフケてしまえ、って話さ、ついでにメルのケツ叩いて新作書かせろ、もっと売れるぞ」
きょとんとしてタカネとヤクモがこっちを見て来た。
「「てっきり怒られるのかと」」
「実在の人物でもなく架空であるなら、俺は規制をもうしないさ。
正直なところ表現規制は現代では不可能だ、お前らは嫌がるだろうが電子版が出かねん」
「「ヴえっ」」
本当に痛い所を突かれた二人の声が聞こえた。
IPを迂回しトリニティの外部のサーバーにクラウドでデータを置く、或いは頒布や販売に際して”そこへのアクセス”を書けば権力者は永遠にそれを弾圧できない。
増刷も移転も簡単で楽ちんだ、極論を言おう、トリニティの外で受け渡せば絶対にナギサたちは勝てない。*3
確実性を考えるならこうするだけの知恵がヤクモにだって浮かぶ筈だ、だがしなかった、真実違法でもなく、書籍である事に拘りがあるから。
「つまりだ、お前らにどうやっても違法性を主張できんわけだ。
今日日、数寄者が勝手に本を書いたからと言って一々罪に問えんし、連邦法にそうした規定もなく、意図も無い、よって無実だ。
回れぇ右、解散。」
手をパンパンと叩いて、出口へ促す。
コハルを呼んで「途中まで見送ってやれ」と指示し、コハルは頷いた。
トラックの去り際を見送ると、あれっとマシロが辺りを見回していた。
「なにしてんだマシロ」
「はい、命令のあった書籍の頒布者の捜索ですが」
「何時から正実は
「いえ?ティーパーティーからの直接の下命でしたから」
「お前なぁ、それだと最悪クーデターの片棒知らん間に担がされるぞ……、盲目的に従って発令の意図を見抜けないんじゃ正義は守れんよ、いつまでも鉄砲玉みたいな立場でもあるまいに」
杓子定規にやるのも悪いとは言わんがそれだけじゃ駄目だ。
治安部隊としてはそれの果ては「誤った命令を無為に繰り返す」事になる、ちょうどSRTやヴァルキューレと同じだ。
「まあ今度、指揮統括の授業をやる時に言うか」
「はい!楽しみにしてます!」
マシロが成程と帰っていく、堅物なのは良いんだが融通の利かないタイプだ、良い副官・参謀が居ないとまずいな。
ウイに「そいじゃ失礼」と言うと、古書館を出る。
ティーパーティーの三者会合の会議に参加し、「自治権に対する侵害では?」と首を傾げるナギサに、ふと思った事を聞いた。
「……では聞くが、ナギサ、クロノスの報道はどうだ?
あるいはモモトークやSNSの動画はどうなんだ、動画サイトはどうなるんだ?
今日日、本以外の情報伝達媒体が急速かつ複雑怪奇化している社会で、いつまでも耳目を閉ざしていられるのか?」
やや呆気に取られて、ナギサは言葉を紡ごうとした。
だが「確かにそうなのだ」と気付いた、既に自治区の壁など容易く突き破っていた世界を覆い尽くそうとしている電子ネットワーク、それは国家や民族の垣根を消す事はまだ出来ないが、壁はすり抜けている。
ナギサの主題はこうだ、「許可が取れていない」と、先生はそもそも「言論の自由は最早管理しきれない」と述べていた、事実上先生は「戦争継続不可能だから諦めろ」と勧告している。
なにせ彼がかつての前職時代には23ほどあった新聞社を2社以外潰した時代とはあまりに異なる、そこらの市民が情報・意見・撮影ツールを有している、制御不能だ。
「……し、しかし、クロノスなどはあくまで、公共と言う側面もあるわけですよね?」
「ああそうだな、株式と資本家と経済に雁字搦めで”報道しなければ其処に無いと同じ”という権限を有している報道機関だな、容易く連邦生徒会の検閲が入る公共の報道機関だな、時流でも旬でもホットなネタでもないなら報道を恣意的にしなくなる素晴らしきジャーナリズムだな」
セイアが横目に「事実とは言えとんでもない事言うな……」と呆れかえり、ミカも鼻白んだ。
「しかも今回は売主が来ていたが、売主の意思関係なく越境したらどうなるんだ?
兵器の転売は規制にかかれど本や動画まで違法物品と言うのは無理だろ、仮にそれを下命したら流通や個人間の交換すら規制するのか?」
「ですが内容が……」
「あの本の内容のどこが悪い?
個人名を書かず中傷の意図もない上に、機密漏洩も無いモンまで規制するなら、茶会制度辞めて独裁にするしかないぞ。
まあ何より大きな理由は「俺はその大権を連邦生徒会会長から下賜されてる」のである。
キヴォトスの
破壊活動、内政干渉、国際法違反、その他さまざまの罪状豊かな真実人間の屑が死んで誰が悲しむのだ、カイザーだってアレに比べりゃ善人だよ、企業倫理がカスなだけだ。
「人の欲の流れは止められないんだよ」
「ですが教育上の問題が……」
「……?
そうしたフィクションをフィクションと楽しめる様に、教育をされてるんだろ?
まさか、悪い書物の影響が無ければ善人だと? 聖書を読んだか……?
アホの無学で文盲な貧民が悪いのは何の影響というんだ」
さて、とここからが本題だ。
「良いか、個人の快不快は情でしか無いし、情で
もう完全にトリニティは
そう、ここが本題なのだ。
最初は妥当なように始まった規制が、どんどん拡大される事は官僚制度がある国の必然だ、絶対にそうなる。
しかもその道徳と正論から始まった規制は「いつしか現実に即しないのに前動続行される」のだ、
「で、ではどうすれば……?」
「ナギちゃん、つまり保守的な人間のお前が踏み出せる半歩くらい線を踏み越えてみればいいんだ。
一歩じゃ反感が湧く奴が多すぎて賛同されず、踏み出さなかったら何もしない扱いだ、であるからこそ”半歩”踏み出すんだ。
これでシスターフッドや古書館からは”そこそこ改革的”と思われ、お前の閥からも”まあ時代に摺り合わせた”程度で反感を持たれないんだよ」
「……半歩」
ナギサがやや頭を傾け、軽くメモに走り書く。
「規制緩和、ただし全面ではなく、段階的な」
「良い感じだ、もう一つ付けてみろ。最近調子に乗り出したサンクトゥス派閥急進派辺りがなんか言うぞ」
セイアを見て促す、セイアは何も言わない。
幾つかの茶会保守派が救援金疑獄スキャンダルとクーデターで排除され、急進派のサンクトゥス一部閥が活発だからだ。
ただし連中に具体的な展望は無いから、適当に宥める程度の餌をもう一つ欲しい。
「うううううんん……」
ナギサが頭を悩ませる。
”それらしいがその実何らの急進性が無い改革案”、どうするべきか。
「……!」
ギンっ!と目を開いてナギサがメモ帳に大きく走り書いた。
「敢えての、小説に関しての表現規制の縮小……!」
「その心は?」
「……好き好んで長文を長く多く読みたがる可処分時間の多い人は最初から政治に参画しませんよ」
「酷い事言うな君は……」
セイアが何てこと言うんだと呆れかえり、一瞬「俺は参画してたが……」と言いかけたがやめた。
そうだ、よくよく考えてみれば俺は「一番手っ取り早く好奇心を満たせれる」から本を読んでいたのだ、ああ懐かしや幼年学校に士官学校に砲兵学校の図書室よ!
でも考えてみれば今なら俺は「本以外も見ている」のだ、リオやコトリやヒマリの論文などが良い例だ、簡単に学術研究や討論が見れる。
そしてそうした人間は規制を緩めても何もしない、何故なら大半の奴は「暇がない」から。
「良い案だ、俺は賛成するぞ」
良し来た、草案を作ろうとナギサが意気揚々とし出した。
安心したようにセイアとミカが息を吐き、微笑む。
「いやあ良かった、これで統制国家に回帰しようとする路線を回避できた」
「”アリウスの方が言論の自由がある”なんて言われちゃ、中々酷い皮肉になっちゃうからねえ」
ミカが「笑えないなぁ」と天を仰いだ。
実際問題、そう言われてもあんまり否定できないのは事実だった。
絡みきった派閥政治と寡頭制政治体制の利権が、その結果「都合がお互い悪いから触れない」なのだ。
問題はパトリキ同士なら家の都合でそうした事も良いだろうが、一般学生らの書籍まで規制されるのは間違いだ。
事実を言われて耐えられない体制なら死んだ方が周りの為になると言われるのも無理はない、ウイが茶会嫌いなのもそうした理由で禁書だなんだやって来たのを知ってるからだ。
どのみち変革は必然になる、パトリキは官僚に飲み込まれる、貴族軍人は平民の将校に変わる、規模が違うから絶対そうなる、証拠?俺がそうだ、信じられないなら帝政時代の人事記録を見るが良い。
結局、声なき大衆が政治権力を持つと……いや、「自分たちは変えられる」と自認した時点で終わりだ。
ともあれ、一つの禊が終わった。
取り敢えず民衆は「我々の願いを聞いて妥協した」と満足し、保守派は「妥協できる線でとどめた」と思い、改革派は「妥協を受け入れさせた」と思う。
全員にナギサはある程度の恩を売った訳だ、まあ悪いもんじゃない。
ヤクモは一つ気付いていない事がある。
金は文化の土壌を産むとして、政治は容易くそれに塩を撒けるという事だ。
だが土から離れて生きていけない以上、それは政治も金も殺すのである、安易な規制は閉塞による死だけが結末だ。
これで少なくとも、穏健改革路線は決定的になった。
急進派は支持されない程度に改革派の票を得たし、保守反動派は更に弱る。
民心を見誤らないなら、もう続けるしかないわけだ。
まああと数年で民衆の勢いを止めれる力なんかなくなるのは明白なんだがな……。
「斯くして世は過ぎ去りぬ、だ。
時代が終わって始まる訳だ」
笑って席を立ち、呟いた。
新たな世界、新たな政治、新たなプレイヤー、そして新たなゲームの始まりだ。
感想評価お待ちしてます。
誤字脱字などの報告本当にありがとうございます!
この場を借りてお礼申し上げます。