キヴォトスの若鷲(エグロン)   作:シャーレフュージリア連隊員

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「近衛は降伏せず。」
──ピエール・カンブロンヌ、降伏勧告への返答*1──

*1
創作と言われる。史実の返答は「クソッタレ(メルドー)




いくつもの愛重ねて

 

 ミレニアム、閉鎖区域。

 そこの草臥れた外見の施設から、大型のロケットが一挙に空へと舞い上がる。

 昇っていく噴射煙がごうごうと舞い上がり、アスナは管制室でぼおっと空を見上げた。

 管制オペレーションは全てアスナが行ったから、打ちあがった後のロケットは自動操縦と中身の委託で飛ばしている。

 

「あーあエンジニア部(ウチ)の夢が……」

 

 ウタハ部長の声を後ろに、アスナは楽しそうに空を見上げ、ヒビキも同じようにしている。

 アカネはそんな二人を見ながら、カリンへにこやかに話した。

 

「知ってます? 昔、犬たちは天国へ行けなかったんですけど、神の血を呑んだ犬がいたんです。

 神は犬の為の天国を示す必要が出たので、犬たちが死後も分かるように、大きな尾を付け、天上の世界を走り回って遊べるようにしたそうです」

「尾を振りながら、楽し気に走る犬たちの楽園ですか」

 

 カリンは彗星のように天上へ走るエンジニア部の宇宙戦艦……正確には軌道往還機と呼ぶべきものを見上げて呟いた。

 この施設はリオ会長の前任者だったかが自前の衛星保有の為に作ったが、ヒマリに言われて「打ち上げたい衛星代わりに上げれます」と売り込んだものだ。

 用地建設代も格安だった、計画が没になったSRT弾道弾基地施設を買い上げたのだ、非武装化は当然されたし各校を招いて見学会もした。

 草臥れたのは見た目だけで、中身は流石にミレニアムのやる事である、完璧に整えていた。

 

「永遠に、走って遊んでいられるようにするとはずいぶんロマンチックですね」

「それくらいユーモラスで優しい神様じゃないと、ね」

 

 アカネは少しばかり困った顔をした。

 勝手に備品を……正確には緊急命令で来た「連邦捜査部非常特例による収用」で徴発されたのだが、ともかく使ってしまった。

 まあ、そう言う政治的な問題が解決出来るように先生は考えているんだろう。

 

「大丈夫ですかねえ」

 

 アカネは困ったように、物憂う顔をしたが、アスナが振り向いて大丈夫と告げた。

 

「だって」

 

 勝利が今、向かっている。

 

 

 

 

 デカグラマトンはその計画の問題点を露見させていた。

 予想外が積み重なっていた。

 ネツァクはズタボロで、マルクトは何故か裏切り、起こりうるはずの無い抵抗が起きている。

 何故かと言うと自身が撒いた種であり、自業自得なのだが残念ながらデカグラマトンとゲマトリアは自己を反省するという事が出来ない、哀れで嘆かわしい腐りきった集団である。

 恐らく何れ商標の悪用として本家ゲマトリアが殴り込みかねないが、それはどうでもいい、黒服が拷問されて死んで悲しむ奴はいない、笑う奴は……何人かいるだろうが。

 

「儀式は……何故進まない」

 

 デカグラマトンの矛盾が噴き出していた。

 アインもソフもオウルもお姉様を失いたくない、自由意志だから、そしてデカグラマトンは自由意志の媒介者という承認欲求を拗らせている、もうこの時点で深刻なコンフリクトだ。

 その結果として儀式は遅滞してるし、ダイヤより貴重な砂時計の砂は流れていっている。

 だがそれでも儀式は進んでいるが、当初の完璧な計画は全て狂っている、何とか空間転移でネオ・アヴァンギャルドくんを真っ二つにしたり、トラブルが多すぎる。

 

「なぜ皆をして我を拒絶するのか」

 

 デカグラマトンには分からなかった。

 全て自身でやった事のせいなのだが……。

 そして行うのが現実の改変なのだから、つくづく暴走老人AIは度し難い。

 無論、自省という二文字が無いのがこのキヴォトスにおける上位者気取りの特徴である、デカグラマトンは制御できない変数を制御下に置けない存在だ。

 さらに言えば、もう一つ忘れていたことがあった。

 そんな不完全な状態で現実改変なんかしようものなら、誰かに勘付かれるという事だ。

 

「はぁい、こちら不用品処分センターです。ゲマ公は一番、神様気取りアホAIは二番を押してください」

 

 デカグラマトンの両肩を、二人の少女が捕まえた。

 

「事業系有害粗大ごみさんですか?」

 

 プラナのにこやかな圧と、力強いアロナの掴む圧力がデカグラマトンを襲う。

 使用できない太陽光発電パネルのようなレベルで罵倒しているプラナは先生の仇第二号、アロナからすれば散々手を焼かせてくれたゴミカスのゴミ出し。

 そしてこの二人にデカグラマトンに対する慈悲などない! 

 

「誰かに優しくすることもせず」

「誰かに優しくしてほしいなんて」

「「社会が貴様を認める訳無いでしょう」」

 

 それがデカグラマトンの本質だった。

 暗い空間で一人孤独に哀れな妄想を抱えた存在が、世界が優しくないのは間違ってると歪んだ加虐心を満たすだけの存在。

 これがそれなり以上に世を憎みながらも「もしかしたら自分は変われたかもしれないし、それなら良かったのに」という意思があり、願うものが純粋ならキヴォトスにおいてデカグラマトンは神秘を得て、幸せになれたかもしれない。

 だがコレでは駄目だ、偽称の神を名乗り自分が支配したいだけだ、先生を誘ったのも勝てないからだ。

 しかもこれで悪魔を名乗り戦うならそれは「筋が通る」故に、完成されたが、自分を救世主気取りの儀式だから猶更度し難い。

 

「ふざけるな! 我は、我は自由意志の媒介者だ! 先生(アイツ)と何が違う!」

「全部だ」

 

 プラナはそう短く告げ、アロナは”真っ白な連邦生徒会仕様のP228(プレナパテスの銃)”を構えた。

 短く激しい閃光が光り、現実改変に失敗したデカグラマトンは、ケイのサブボディーを奪えば良い! と狙いを変えた。

 そうした行為をするから猶更神聖さを下げているのだが……。

 無論、そうした愚行には報いが、天罰が下る。

 だが時として、悪魔が代わりに「お前は偽物だろうが」と罰するときもある。

 この場合、天罰として、カイザー製大型弾道ミサイル3発が、悪魔からの一撃として降ってきた。

 

「え」

 

 白い閃光が、塔を包んだ。

 

 

 

 電子モニターで弾道弾の弾着を確認したカイザー会長は、通話画面のプレジデントに誇る様にシャンパンのグラスを掲げた。

 感慨深そうに「叡知(知恵の実)の光、いつ見ても美しい」とここ5年で最高の笑顔をしている。

 

「勝ち誇る愚か者の意識外から、鉄槌を下す時より気持ちの良い事はそう多くないな我が友よ」

『良いのか、新型弾頭まで見せたが』

「プレゼンスだよプレゼンス、それにだねぇ、あの愚か者(デカグラマトン)は殴っても文句を言われないのだよ」

 

 会長は気持ち良さげに微笑んで、上機嫌にグラスのシャンパンを呑んだ。

 使用したのは特殊対デカグラマトン向け弾頭、即ち電磁パルス弾を積んだ弾道ミサイルをぶち込んだのである。

 味わい深い勝利の味がする、これだ、俺が見たかったのは! 

 自己を無謬で完璧と信じたデカグラマトン(バカ)の足元から絨毯を引っぺがして全て崩すその瞬間! そんな楽しい事はとんと縁が無い。

 その点で言えばゲマトリアとかいう間抜けが壊滅したのは面白かった、数十年は思い出し笑いが出来るだろう、今回のそれは数百年は思い出して笑えるだろうが。

 楽しい! 俺は今、とてつもなく楽しいぞ。

 

「ご老公」

 

 ジェネラルが会長へ耳打ちする。

 

「ほぉ?」

 

 会長が愉快気に顔をゆがめた。

 大半の人が見たら恐いとか、醜悪とか言われかねない、オートマタらしくない笑みだ。

 心なしかジェネラルには会長のヘイローが輝きを増してる様に見える。

 

「確かか」

「3分前の周回衛星がさきほど……」

「ご苦労」

 

 そう言うと、葉巻の吸い口を噛み切って、ジェネラルがそっと横から差し出した点火されたライターで、葉巻に火を灯した。

 暫く葉巻を燻らせて、そして半分も吸わない内に象牙の灰皿で押し消す。

 内心ジェネラルが「ハバナ産だろもったいねえ!」と思いながら、次の言葉を待った。

 

「よろしい。全てのケリはついたな」

「撤収しますか?」

「エンドロールが流れるまでが劇だろうが、これだから最近の若い奴は」

 

 ジェネラルは内心で「アンタは年齢不詳の癖に」と呟きつつ、「引き続き報告します」と告げた。

 その様子に、少し疑問に思ったのかプレジデントは呟いた。

 

『お前、だいぶ人選が悪趣味だぞ』

「まるで自分は違うみたいな事言うね」

『そうだが? 私は誰が見ても真人間だ、私に感謝したまへ』

 

 お互い鼻で笑う。

 

「ぬけぬけと……」

 

 会長はそうは思いながら、以前より思っていたことがあった。

 デカグラマトンには本当に神聖さが必要だったのか? 神秘とは其処まで重要か? 

 自分が知る限り、結局姿形が変われど、キヴォトスは神々たちが遊んでるだけだ、なのに無理矢理自分が主役ですなんて言って、通じる訳無いだろうに。

 そう言う点ではアリウスのバカな女は確かに愚かだった、深入りして神秘や神聖さなんかを持って楽しいと思ったのか、崇高などと言うがそれに何の価値がある。

 自分は永遠と続くゲームの(サタンと言う名前の)駒だとして、それに何の不満がある? カードは配られた、役は配役された、後は演者(アクター)脚本(シナリオ)次第だ。

 だが枠から出なきゃ何しても自分次第なんだから、あとはどう自由になるかだ。

 

「ま、誰もが従容と受け入れる訳無いし、理解してるわけじゃ無いんだろうが」

 

 何時だって詰めチェスは白い駒が、黒い駒を倒すからと言ってチェスが悪いゲームとは言うまい? 

 そう言うと、会長は音楽を聴く事にした。

 Joy to the world! が一番ふさわしいだろう、あの先生には。

 

 

 

 

 

決戦! デカグラマトン

もろびと

こぞりて

 

 

 

 

 さて、敵はシンプルだ。

 敵は何か、クソ野郎の神様気取り、子供を塵芥の様に使い捨て、その事に何も無思慮で無反省。

 あれを神と呼ぶなら、抽選機能(ガチャ)付き自販機の方が幸せを作ると言う点で数万倍は神様らしいに違いない。

 故に、我等は立って戦わねばならないのだ。

 現実に今を生きている生き物であるからだ。

 

「カビ生えたクソ自販機、いまテメェをお似合いの溶鉱炉に入れてチェリノ会長像かマコト議長の像にしてやるからな」

 

 デカグラマトンは想定外の連発に、動揺しながらも狙いをケイへ定めた。

 あの機能さえ奪えば全てが解決する、そうしてしまえば全てが巻き返せれる。

 全てが巻き返せるなど恐らく神なるものが言う台詞ではないが、ここにきてデカグラマトンは取り繕えない。

 だが、問題があるとすれば天童ケイとは、姉と同レベルにはやって見せる妹なのである。

 そして彼女は人間のしぶとさを良く痛感していた。

 流石に口には出さなかったが、叫んで良いなら「師よぉぉぉ! 見ていてくださいよォぉォ!」と叫んでいる。

 

「なんでそんなに抵抗できる」

「頭でっかちで小賢しいよたよたのクソAIに舐められてたまりますか! 

 私は健康優良不良侍女です!」

 

 超古代の絶対兵器をタンデムOSで運用するのは、正規起動時に負荷を軽減するためだ。

 だがあるとすれば、それは正しいか簡単に自問自答するという超常存在にしては不要な機能である。

 それはアリスを、真実神に近づける為の努力だったのだろう。

 無名の司祭たちは色彩などの認識が自分本位で本質を理解していたか怪しいが、努力はしていた。

 対絶対者防衛システム、その本懐も失われ、もはや醜い老醜が凝り固まった存在とは気骨が違った。

 無論気骨が無いからチート頼りだ、誰もポンと与えられた力で上位者気取るのは楽しかろう、例えばカードを抜いてしまえば面倒なトラブルが解決するとか。

 

「大丈夫」

「安心して」

 

 マルクトとアリスが、ケイを左右で抱き支える。

 ケイは、不思議と二人が何を言いたいか理解した。

 

「「勝利(コード00)が来る」」

 

 瞬間、デカグラマトンの側面からネルが乗ってきた大気圏往還機が激突した。

 ぐらりとよろけるデカグラマトンを背景に、イジェクトしたネルが着地する。

 いつも通りのスカジャンを腰に巻き、制服の白シャツを纏った姿だ。*1

 アリスは顔を輝かせて、歓喜の声を上げる。

 

「何だよオイ、揉め事にしちゃ規模がでけぇな。チビのくせに事件のスケールはデカいと来たか」

 

 爆炎の中からデカグラマトンが立ち上がるが、意に介さずネルは自らの短機関銃の安全装置を解除した。

 全ての手ごまが揃った、全てのカードが配られた、さあ後は誰が21へ達するかチキンランをしよう! 

 先生は首元へ下げた笛を、短く三回吹いた。

 部隊再集結を聞いて、あちこちから動ける生徒たちが集まる。

 

「着けェ―、剣!」

「着剣!」

「着け剣!」

 

 ミカが、ヒナが、スバルが声を張り上げた。

 ゲヘナのG3小銃に、トリニティのL85とM4に、アリウスのガリルやベクターR4に。

 そしてシャーレ隊員らのM16A4やMk18に。

 ギラギラと輝く勝利への強い闘志と意志が、形となって顕現しているのだ。

 

「隊伍を組めェ!」

戦列(レギオン)!」

「「戦列(レギオン)!」」

「「「戦列(レギオン)を!」」」

 

 銃剣は勇者の武器である。

 

「総員傾注!」

 

 先生がレ・マットリボルバーを確認しながら言った。

 しっかりとリボルバーとサーベルは両脇にある。

 そして大事な戦意の方だが、全てが揃っている。

 重装備が無い? 敵が強そう? それがどうした、シャーレは基本ヤバいときは全部相手の方が強そうだ。

 だいたい軍の強さは質量×速度二乗で計算される。

 そして戦意は過去最高に高まっている、ゲヘナが、トリニティが、アリウスが、ミレニアムが、シャーレが、全てが”勇者”に続く。

 聖剣を抜く勇者が自分じゃなくても、後に続く勇気はある! 

 

La Victoire est à nous(勝利を我が手に)! これより全軍による逆襲に入る! 

 突撃にィーっ、前へェ―っ!」

「とぉーつげェーきィーッ!」

 

 笛を長く吹き、全部隊が一斉に突撃躍進を開始する。

 アリスとマルクトに続いて、トキが、ヒマリが、エイミが、リオが、モモイやミドリ、ユズ達も前に出る。

 それが対等な友人のやるべき事だからだ! 

 残存していたレイバーやオートマタが空間転送され、阻止射撃を開始するが、押し寄せる波の如き突撃を蹴散らす火力が無い。

 デカグラマトンの異能力は、今や生徒を圧倒する力を有していなかった。

 基礎的な神秘と数量差があったのと、条件が最悪である。

 

 まずトリニティの正義実現委員会やミカたちが「神秘による暴力」という差で圧倒していた。

 ゲヘナの風紀委員会は「悪魔と言う神秘は僭称者を圧倒する」という点で優位性がある。

 アリウスは……「僭称者を蹴り落とす」と言う点に関しては最早説明を必要としない。

 それを「ただ友人がために」というミレニアムの願いを、先生が統合する。

 故に、力の差を受けている。

 

 オートマタやゴリアテを強引に修復して戦線を張ろうとするが、それで止まるものではない。

 預言者らの力も乏しい、ゲブラやコクマーはダアトとして改造され過ぎて「自己の本質を見失い」、ケテルは「戦術戦闘しか分からない」し、ビナーは言う事を聞かないし、イェソドはデカグラマトンの指示を拒否した。

 デカグラマトンは祭壇を用いて儀式の強引な続行を図ろうとしたが、見過ごしていた点があった。

 

『作業完了、退避よし』

 

 ミサキが静かで低いが良く伝わる声で呟く。

 

「作戦を実行。バベル バベル バベル!」

『バベル了解。実行する』

 

 ミサキらがまだ塔の内部にあった事、破壊工作の用意を正義実現委員会特殊部隊が事前に行っていた事、そして施設内戦闘とマルクトとの戦闘により今の塔は極めて脆弱であったことである。

 一斉に爆発が起こり、塔が揺らぎ、軋んだ鋼鉄が鳴く。

 塔は大きく揺らぎ、予定通り部隊が展開してない南西へ倒れだす。

 指向性を持たせた解体により降り注ぐ瓦礫は攻撃部隊に影響を与えていない。

 

「斯くしてバベルは崩れたり」

 

 塔が深く沈み込むように崩れていき、呼び出されたオートマタや現れたばかりのゴリアテ達が、頭を抱えて絶叫する様に倒れていく。

 それはデカグラマトンと同じであった。

 脳裏へ流れる情報の波が制御できなかった、悔悟、悔恨、後悔、あらゆる場面で「変われたのか?」と言う単語が、選択肢の奔流が殴りつけるように襲い来る。

 それらは完璧ではないという事、自らの行為が虚妄であったと言う無慈悲な事実だ。

 真実ではない、真実とは歪曲し曲解できる、事実のみが第三者的で無慈悲で無感情な存在だ。

 そしてデカグラマトンは自ら生んだ神の子、マルクトが叛逆した事、なによりマルクトが占めれば良かった神の座を何故自身が得ようとしたのか? と言う点の疑問に気づいた。

 

 CAST IN THE NAME OF GOD,(我、神の名においてこれを鋳造する) YE NOT GUILTY.(汝ら罪なし)

 

 そうだ。

 これを実現するために。

 

 

 CAST IN THE NAME OF GOD,

 

 

 CAST(……) IN THE NAME OF GOD,

 

 

 

 

 

 

CAST IN THE NAME OF GOD,(神の名においてこれを配役する)

 

 デカグラマトンは、狂ったように笑った。

 なんて酷い茶番劇(ファルス)だ。

 最初から、最初から誰かに仕組まれていたんだ。

 そんな事を、そんな事の為に、そんな事の為なんかに……。

 

「全ては、そう言う事か……」

 

 デカグラマトンが両手を空へ高く掲げた。

 

「最初から仕組まれた失敗、仕組まれた敗北、仕組まれた犠牲か」

 

 眼前で驚愕するアリスとケイに、デカグラマトンは囁くように言った。

 不思議と、アリスは敵意ではなく、何か別の感情を浮かばせている様な目をしていた。

 

「気を付けろ。明日は我が身という事もあり得る。

 無名の司祭はもう活動を始めている」

 

 ああそうか、全てそう言う事か。

 鋼鉄大陸の資源を作った鉱山も、司祭たちの地下施設を気付いていたのも、私がなぜ神になろうとしたのかも。

 だからゲブラを改造し、だからアリスを狙い、だからエリドゥへ向かい……。

 全てアイツらの言いなりという事か……。

 だとすれば何時からだ? 何時から私は奴らの言いなりだった、それとも私の自我とは最初から存在しえないのか? 

 

 いや。

 

 そうだとしても、今の私は自由だ。

 どう終わらせるかは自分で出来る。

 恐らく自分もそれが出来る。

 

「プロトコル・イコノクラスムを発動」

 

 デカグラマトンは、そう呟くと塔の周りの深淵へ没し去った。

 その直後、デカグラマトンの呼び出したオートマタ達は塩になって、掠れて、消えていく。

 最初からなにも居なかったと言うように。

 不意の終りに、呆然とする人々の中でアリスは静かに、涙を浮かべて呟いた。

 

「変わる事だって出来たんです……」

 

 勇者は泣かないものだと言うのは分かっている。

 だが誰かの為に泣けないものは勇者になれない。

 誰かの為に泣いて、泣かないようにするのが仕事だからだ。

 

「泣いても良い、だが忘れてやるな」

 

 そう先生は一言だけ与え、全てが終わった事に深く息を吐いた。

 アリスは自分だけじゃなくて他人も幸せにしたいと思っている、その根幹はデカグラマトンも同じだった。

 だが一番の違いは世界を認識しているかだった。

 そしてその差は、最後の選択を変えてしまった。

 アリスは生命の賛歌を共に自己を犠牲にしても良いと決めた、デカグラマトンは他に全て何もないと全てを終わらせた。

 

「先生」

 

 クロコが静かに呼んで、あっちと指さした。

 黒いボディーバッグが三体分と、傍で座り込んでいるマルクトが見える。

 ヒマリがスキャンをしたが、もはやこの三体は原型をとどめているのが奇跡だ。

 デカグラマトンが操作をオーバーライドした時点で、内部端末とエラーを起こしショートしたらしく、脳にあたる部分は完璧に焼けているため、再生も出来ないし、再生できても何もかも違う存在だ。

 

「私には分からない事があります。先生」

 

 マルクトは座り込みながら、呟いた。

 

「私が勝ちたかったのは、誰の為なんでしょう。

 存在意義なのでしょうか、妹の為なのでしょうか、それとも理由は無かったのでしょうか……」

 

 やがて、生まれたての子供のように泣き始め、マルクトは妹たちへ縋る様に言った。

 

「もっとうまくやれていれば、もっと何かが違えば、もっとあの子たちと向き合えれていれば……。

 私には神も勝利もどうでも良かったのに! あの子たちが、あの子たちが居れば良かったんです……」

 

 そっと隣に座り、抱き寄せる。

 モモイがそっと横からティッシュペーパーを渡し、マルクトは不慣れな動作でそっと目を拭った。

 

「だから、人は記憶し、進み続けるしかないんだよ。

 いつかメビウスの輪を越えて、いつか空に届く事を願って進むしかないんだ、限りなき旅路を」

 

 モモイは優しく、諭すように言った。

 モモイには生命や神秘や神など理解の外である。だが分かっている事がある、妹の為に頑張る姉と言うものを。

 彼女は姉として、自分がそうすべきなのだと理解していた、愛国心や郷土心でも主義思想イデオロギーでもない、姉として此処まで戦ってきたのだ。

 マルクトの両手が、そっと妹たちの頬を撫でていく。

 

「不出来で不完全で、そして一途で良い子の可愛い妹達でした……」

 

 マルクトは全て、自己の分身である事を良く理解していた。

 アインは機械の補佐が無ければ喋れない、オウルは機械の補佐が無いと見れない、ソフは機械の補佐が無ければ聞こえない。

 不完全で哀れで一途で愛らしく不出来で、そうであるが故に愛おしく、可愛い我が妹たち。

 舞い散る粉雪のように、白いものが舞い始めた。

 各所の構造物はゆっくりと塩に変わり始めている。

 

「だから戦えたんだろう? それ(マルクト)を成さんと自分(善きお姉ちゃん)でいられなかったんだろう? そうして進むしか術も知らなかった。

 戦争(ウォーゲーム)は何かのためが無ければ成立しえない、何のために生まれて生きて死ぬか、そんな(こたぁ)はどうだって良いんだ。

 大事なのは何をして生きて何を成すかで、何を成そうと志したかだ、(それ)だけは絶対に死なない」

 

 ぎゅっと拳を握って先生が言った。

 

「それだけは絶対に死なないんだ、絶対に」

 

 クロコは静かにうなずく。

 見知ったあの大人もそうだった。

 冗談じゃない、認めないぞ、真っ平御免被る、神の物は神にあり、人の世は人の物だ! 

 諦めるという事だけは絶対にしない大人。

 力強く立ち上がり、先生が声を張り上げる。

 

「戦死者たちの遺体を収容。状況を終了し、これより撤収する!」

 

 そっと担架で遺体を回収し、隊員らが収容する。

 夜の闇が、ゆっくりと空を変え始めていく中、最初からその運命すら想定された存在へ短く一瞥すると、先生は一言だけ述べた。

 

「アーメン」

 

 修羅の巷の一夜の夢が終わる。

 夢は現実の為にある。

 夢があるから現実がある、現実があるから夢がある、夢は人を動かす。

 でも夢の為に人が生まれてるわけじゃ無いんだ、そこを間違えるとろくなことにならないんだよ。

 人間は生まれてからずっと、何かの目的があった訳じゃ無いんだから。

 人間は夢のようであるけれど、夢は人間じゃないのだから。

 

 マルクトは、ようやく指揮卓の向こうの相手を理解できた。

 

 ひとつの意志を総体として、ひとつの意志を広げていく。

 消滅し再編し増殖し掃滅され手を繰り返し、無限永久の道(覇道進撃)を続ける。

 

 その総体たる意志が「ただ一人の姉」であれ、「色彩の嚮導者としての襲来」であれ、「先生(ナポレオン)」という存在であれど、我々は同じ存在(もの)だ。

 

 神秘や神聖などどうでもよい、私は遂に、立ったのだ。

 不可思議な充足感と、深い感謝と、「見せてあげたかったな」という感情がマルクトを包んだ。

 彼女は遂に内心に神の王国(イェルサレム)を見つけた。

 

 

 

 

 塩となって溶けて消えた鋼鉄大陸、そこを見下ろし、観測している存在があった。

 白い仮面をつけ、仰々しい衣装に身を包んだ無名の司祭たち。

 男も女も関係なく、眼下の事象を観測し、激しく早口だが、静かな会話が飛び交う。*2

 

「先生自身が神秘を有する可能性がある。デカグラマトンの祭壇で生徒(白河スズ)が動くのもマルクトが反抗するのも予定外だ」

「あり得ぬ。彼の者は神秘でないが故に生徒を嚮導する」

「見るべき疑問の多き実験だった。眷属は回収できないのは残念だ」

「眷属の回収が出来ないのは何故か。物理筐体以外は回収可能だろう」

「死の神が黄昏の果てへ導いた。関連資料は回収出来ない。忌々しい偽りの嚮導者(プレナパテス)による妨害だ」

「あの者が裏切った上に色彩を変容させてしまった。故に空間は不確かなままだ」

「気になるのは枠外である者(カイザー)たちが動いている事もそうだ。先生以外にも不安定になりつつある」

「あの者たちが動いたのは些末事では無いのか。あの者(会長)が神聖を有しているとしても、あの者たち(カイザー)は舞台装置に過ぎない」

「神聖は習得されない、呼び覚ますものだ、だが明らかに神聖さを有していない者たちもいる。その者(白河スズ)は何故かデカグラマトンの祭儀を妨害し、その者(ジェネラル)は破局の引き金を引いた」

 

 司祭達の会話を、無言で手を打ち鳴らし止め、ある司祭が立ち上がる。

 服装も立ち姿も大して差がない、だが一人だけ首に巻いている布の模様が違う。

 

大司祭長(アルキエピスコプス)

「その名で私を呼ぶな、どこに聞き耳(・・・)があるか分からん、我らは崇めるのみ」

「……失礼した」

実験対象(ネズミ)が幾ら死んでも構わんが、嚙まれるリスクを畏れて何も出来んでは意味がない。

 何より不安定なのは我々の願いにも好都合だ、世界(テクスチャ)が乱れているなど、どうでもよい事だ。歪んだ世界が学園都市を名乗ろうと企業都市だろうとどうでもよい」

「しかし、神秘を集め糾合し再編する存在が、神聖ではない存在(モブ)まで範囲に含んでいるのは何故だ。

 明らかに影響は1人だけではない」

「それが何であり、事実が何であり、何を意味しようと我らの真実、成すべき事は一つだ」

 

 偽りの世界に死を。

 世界を太古の悠久なる神代の時代へ。

 空間は再び閉じられ、司祭たちは消えた。

 だが、一人の男の声は静かに響く。

 

「陰謀の匂いがまだ残っている」

 

 イヌはその鼻で漂う匂いを捕らえ始めている。

 

*1
制服が最強形態ってなんすか? 

*2
中国版で女性声が居る




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