キヴォトスの若鷲(エグロン)   作:シャーレフュージリア連隊員

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オペレーション・レッドハンマー(トリニティ総合大演習)

 

 

 今次、学園対抗戦はレッドハンマーと呼称す。

 レッドハンマーの作戦目的は、対抗部隊(トリニティ総合任務部隊)と我の戦闘団(スズ戦闘団)の大規模部隊間対抗演習とする。

 演習期間は四日、演習想定は我の戦闘団は防衛主目標保持、対する対抗部隊は防衛主目標の最終的維持または我の戦闘団の撃破とする。

 想定状況は我の戦闘団による早期進出で確保された作戦要点と緊要地形(渡河地点の結節点)、その支配権を確立するための双方の会戦。

 我の戦闘団の後続部隊到着想定は五日後であり、それまでに緊要地形を奪還し防御線を確立するかが争点となる。

 

 

事前配布パンフレット 署名印

 

 

 寒い中を歩く黒い制服を着た生徒等の群れが、トリニティの地方部の大演習地域──用地買収された──の街道を歩く。

 正義実現委員会の生徒たちだ、L85を装備し、FOX装甲車に乗ったり、A41巡航戦車に乗っている生徒等も多くいる。

 装備優良部隊、すなわちトリニティ総合学園の中核部旅団(ハートランド・ブリゲード)を示している。

 トリニティ正義実現委員会の中では最高の装備と訓練を受けていると言えるが、境界線旅団(ボーダーズ・ブリゲード)に比して、実戦経験は少ないし、出動自体が政治案件だ。

 そんな隊列の縦隊を横目に、屋根の外されたランドローバーが走る。

 車体側面にBRG HQと書かれた指揮本部車両だ。

 

「ずいぶん掻き集めちゃったね」

 

 聖園ミカは、後部座席で呆れた物量だなと思いながら呟いた。

 隣にいるのは、当然だがハスミ副委員長だ。

 

「ほぼ一個旅団の全力投射に、パテル部隊まで根こそぎです。

 テリトリアルも大隊規模で徴集したものですから、事実上活動兵員は万を超えていますよ」

「豪勢だねェ、政治の考える事は分かんないや」

 

 ミカの言葉に「あんたもその政治屋でしょうに」と思いつつ、ハスミは何も言わない事にした。

 ただ言いたい事はまあ分かった、今回動員されたのは事実上の戦略予備軍とも言える一個旅団と予備役の中等部学生のテリトリアルのAクラス、即応予備役だ。

 更にパテル系部隊まで掻き集めた訳だから、構成される戦力はざっと一万数千名、お陰であっちも増強された6000近いシャーレ一個戦闘団に対し、2倍の戦力優位を確保している。

 あっちが一個の自動車化大隊、2個の機械化大隊、航空隊と車両隊や各種支援兵科大隊を有する以上、火力も対等だ。

 

「幾らゲヘナよりは戦力を出せるからって、相変わらず官僚は数字の意味がわかってない……」

「幸い兵站は破綻していません、それは褒むべき点と思います」

「そりゃ銃後の官僚の最低条件と思うけどなぁ。ツルギちゃんは元気?」

「委員長、と言うか、軍官は元気ですよ。指揮所まで前進させちゃってますから」

 

 ハスミ副委員長は暗に「ツルギ委員長は統制と管制の為前進している」と伝えた。

 無論ミカは意味を理解している、まあツルギが無能だったら間違いなく解任されてるから当然だ、正義実現委員会で出世してると言う事は実戦を経験していると言う事だ。

 

「まあ、まともにやれば酷く負けないと思います」

「まともにやれば、ね」

 

 まともじゃ無いんだよなあ、と、二人は同じ事を思った。

 

 

 

 

 観測情報や事前の資料を見ながら、先生は楽しそうに笑った。

 

「凄いな、トリニティも大変と見える。総軍予備まで放り投げたか!」

 

 中等部の予備役、クラスAという事は一番正規兵に近い予備役だ。

 こうした動員システムは俺の時代にはなかった*1が、常備兵で足んないからって貴族私兵から予備役まで掻き集めたのは正直なところビックリだ。

 それでなんとかなるとは思っては無いだろうが、対等な勝負なら負けない戦いで勝てると自信が湧くだろう。

 

「ゲヘナはパンデモから重戦車大隊まで持ち出しましたが、今度は根こそぎ動員ですか……愛されていますね、尊敬しますよ」

「抜かしてろ。レディたちの注目程度で動揺しちゃ騎士(シュヴァリエ)はやれんぞ」

 

 スズの軽口に軽口でまぜっ返し、指揮所の雰囲気を先生は少し明るくした。

 それはそれとして、地形を確認する。

 まず演習地ではあるが統廃合で消えた小学園の跡地なども多く、市街地要衝自体も存在している上に、街道線が真っ直ぐ伸びている。

 トリニティ側の方面は南部であり、南西に市街地南東に森林地帯、北西に河川が走り結節点がある。

 若干小高い丘が市街地の北東部にあるが、施設などが無い吹きっ晒しだ。

 

「発令。直ちに───」

 

 先生の眼の色が変わった。

 

 

 

 先行するパテルの深部偵察隊はバイクとバギーで構成された軽装部隊だった。

 街路ではなく別のルートから回っているのは、常識通りに進んだら絶対待ち伏せされると確信しているからだ。

 実際、それは正しかった、主力前衛はIEDと対戦車地雷、敵の軽装部隊の触接をしばしば受けているらしい。

 無論87RCVやLAV25の小隊、中隊程度ごとき、まともにやりやったら絶対勝てないから、短く一撃入れて逃げるがせいぜいだが油断がならない。

 円滑な行軍を妨害するならそれで十分という事だ。

 

「ん?」

 

 森林部に降りて徒歩移動に切り替えた偵察隊は、ハンドサインをして停止する。

 森が慌ただしい空気になり始めた、自然の影響では無い。

 暫くしないうちにそれがヘリコプターの音だと気付くと、即座に全員が伏せて身を潜める。

 

「あれ」

 

 機関銃手が奥を指さす、小高い丘へCH-53が火砲と資材を下ろし始めている上に、空挺が展開を始めている。

 街道を管制する位置に展開する砲兵と空挺部隊の展開、トリニティの進撃計画は妨害を受けていたが、遅れは決定的になりそうだった。

 大軍による正々堂々たる正面戦の強要は絶たれたが、絶望はしない、従い行われるは分散した敵に対する総力戦となる。

 数時間もしないうちに双方はある程度、対陣して戦闘に備え出した。

 空挺による機動で入った高地の陣地、いま其処には空挺に随伴した工兵と、強行軍した自動車化大隊一個が代わって入っている。

 

 

 街道を管制する高地に砲兵が腰を据えた事は酷く問題だった、ここら辺でほぼ唯一の高地、其処に置かれた砲兵は野戦重砲の類では無論無い。

 正確にはあそこにいるのは観測部隊とその保持部隊だ、砲兵自体は高地に近い街に火力基地を据え、その街にも街道にも高地にもトリニティの手出しは未だ出来てない。

 無視するには大問題だ、街道が観測されている以上、兵站線も移動段列も吹っ飛ぶ危険がある、装甲車や戦車なら強引に突っ切るというのも良いが、全て装甲で覆われてる訳じゃ無いし、移動中の歩兵は壊滅しかねない。

 

「先手を取られたなあ」

「ウチに空中機動や運動戦の専門家は居ないからね」

 

 ツルギの呟きに、ミカは暗に「お前のせいじゃあるまいに」と励ました。

 大軍による正々堂々の正面戦を強要するのは常に確実な勝利の条件だが、動きの鈍さを突いてアドバンテージを取るのが先生だった。

 動きはとろいが各種支援部隊がキッチリ協同しているので、航空攻撃はされていないのが救いだ。

 だが勝ちの目が無いとはミカもツルギも思えない、「準備終わりましたよ」のナギサの言葉に「早いねぇ」と返すと、ツルギに頷いた。

 

「探索攻撃開始」

 

 高地に籠るシャーレの戦闘団、およそ一個自動車化大隊の戦力に対し彼我兵力は3:1。

 正義実現委員会中核部旅団の2個大隊が前面から攻撃するわけだ。

 先頭からヴィッカースMBTとセンチュリオンMk3が二列横隊の中隊を組み、これを3個並べて後続する歩兵が続く装甲車に隠れつつ進む。

 正義実現委員会伝統の集団進撃隊形で、組織戦の強みを活かした戦法だ、当然、後方から重迫撃砲と105mm榴弾砲が高地へ攻撃をかける手筈である。

 

「効力射撃に移れ」

 

 数発ずつぽとぽとと落ちる試射の腑抜けた爆発音が、標定を観測した事で一斉に効力射撃に入る。

 砲撃の何が難しいと言えば火薬の湿度に温度、砲身の具合に風や湿気でだいぶ左右されてしまう特性がある、故に砲兵はこの計算学を熟せる数学的帰納法が熟せる人を常に欲している。

 トレビュジェットやオナガーの時代から攻城機材たる遠距離火器は専門家の職分だ、実際問題、トラブルとえらい事になる、例えば砲弾じゃ無くて設計者がぶっ飛んでしまうとか。

 

「大隊、前へーっ」

 

 街道から離れた森林に隠れていた機械化部隊が前進する。

 相手の視界を切って展開出来るのがここしか無かったのである。

 本来ならばイチカやマシロ、コハルも嫌がるような待機地点だ、砲撃でぶっ飛んだ木片が散弾になる。

 だが野原よりは良いのだ。

 高地の向こうから、間の抜けたドフッという音が聞こえる。

 突撃破砕射撃が始まった。

 

「15榴にしちゃ音が軽い」

「10榴じゃ無いかな、空挺機材だろうし」

 

 双眼鏡で覗いていた二人が、弾着と同時に唖然とした。

 

「……ずいぶん、当たってるぞ」

 

 ツルギの顔が驚きに満ちた顔になった。

 初弾から必中というのはまあ分かる、先生は自称大砲屋だ、実際そうだ。

 だからって初弾から突撃に効力射撃で命中するとはどういう事か、ふざけている。

 数分しない間の前進で戦車5両、装甲車8両が行動不能・または撃破判定が出た。

 無論前進は継続する、あの高地に辿り着いて奪えれば、それで終わる。

 基本的に観測部隊を排除すれば砲兵の効率は酷く低下する、見えないしどう修正すれば良いか分からない。

 

「攻撃部隊は前進続行」

 

 ツルギは無感情に出来うる限り抑えた声で言った。

 大半の不良の場合、ちょいと自分が出張ればすぐに終わるのが普段の戦闘だ。

 もとよりツルギは正義実現委員会の突撃歩兵がキャリアスタート、散弾銃を以来友として多くの戦野を百里は渡る事を苦と感じなかった。

 それ故に出世し、有事に強い指揮官として祭り上げられてしまった、彼女は顔に出るより数百倍生真面目な女であるから、それらしく振る舞おうともしてきた。

 ただ何処か彼女自身に「部下に下命するだけは嫌だな」という感情があるのは事実だった、連隊指揮官以上が掛かる一種の病気だ、なまじ部下は多すぎて戦場に遠すぎる。

 

「あっ」

 

 ハスミが双眼鏡を覗きながら呟いた。

 敵の火点が応戦を始めた、キヴォトスの戦闘ではあまり多くない野戦築城によるものだ。

 正規の工兵の1時間ばかしの突貫工事で作られた阻止陣地だが、資材と人員が居たのでそれなりの防御力を発揮しているのは分かっている、だが火力の投射に比して効果は薄く見えた。

 火点に収容された無反動砲とATGMが、キルポイントに入った瞬間、火力集中により戦車を撃破する。

 戦車部隊は停車し、装甲車が制圧射撃しながら歩兵を降車させ、黒い制服の生徒たちが走る。

 損害は大きいかもしれないがみんなそれなりに受け入れて走る、それが組織戦の強みである。

 

「主攻の援護で火線を延伸、迫撃砲で前面に煙幕を張る」

「了解」

 

 ツルギの指示から数分で、重迫撃砲が撃ち始めた。

 しかし、延伸される火砲の予定が来ない。

 

「どうなってる?」

 

 それと同時に遠くから爆発音が聞こえた、対砲兵射撃(カウンターバッテリー)だ。

 理由は理解した、ある程度当たりをつけてカウンターを始めたのだろう、多分K9とかいう自走砲だ、あれは連邦預かりだっただけあってキヴォトスでもアレより良い砲は殆ど無い。

 一番強いのは撃ち返す速度だ、3分から4分あれば撃ち返せれる。*2

 敵の突撃破砕射撃は止んでいる、こっちの重迫撃砲に応射しているのと、観測が鈍ってる。

 敵の接近でFOが後退しているからだ。

 

「うん、陣地線には着いたぞ」

 

 意外な気分であった、2回くらいはしくじる予感がしていた、今もしている。

 理由はわかる、戦意が高い、兵と指揮官たちが戦意を高めている。

 そうでなければただでさえ仲が良いと言えない正義実現委員会が、致し方ないとしてミカの指揮下に入らないし、それを良しとしない。

 ツルギはやや複雑というか、当惑はしたがそれを受け入れている、せいぜいコハルやマシロあたりの卒業あたりで起こると思ったが…………。

 

 

 ───【4週間前】

 

 おかしな声と意見が出ていた。

 学園対抗戦をやる、シャーレと。

 それはまあ良い、大規模部隊実働演習の経験は積むべきだ、やってみると色々あって損をしない。

 おかしな声とは「意地でも勝ちたい!」と言う意見だった。

 既得権益に凝り固まった旧体制の老人みたいなパトリキ等の、いわゆるティーパーティやシスターフッドのような組織の意見ではない、パテルの若年将校団や正義実現委員会の二年生以下の兵卒と将校らがそう言っているのだ。

 一番おかしな意見は「パテルと正義実現委員会の機動戦力を投入しての組織戦闘を行う!」と言う事を言っているのだ、流石にハスミやツルギ、ミカまで目を丸くしたし、ナギサやセイアは唖然とした。

 

「つまりですね、理屈上、この2個旅団を投入することで事実上シャーレとの戦力比は2:1、対等な負けない勝負が出来ます」

「そうだ! そうだ!」

 

 それを主張する生徒等にパトリキは殆ど居なかった、殆どはプレプスの集まりだ、数少ないパトリキも家名も家産も無きが如しのパテル系である。

 見た目に比してロマン主義的なツルギは、彼女らの言い分を理解した、要するに「一回トリニティの生徒としてしっかり勝ちたい、全力を出したい!」と言うのだ。

 トリニティの長い歴史における自分、と言う後代の人々なら自意識過剰か誇大妄想と呼ばれてもおかしくない考えだが、「自分たちで歴史を作れる」と理解した民衆と、「過ぎ行く季節としての自分たちの、春の嵐たる何か」を求める名ばかり貴族等の名誉の話である。

 驚くべき、喜ぶべき意識の変化だ。

 こうなった理由は随分と変な話だが、先生の影響だ、彼が茶会の各派閥の既得権益に固まる旧体制派や門閥の益を優先する輩を痛罵し、続く聴聞会や調印式の醜態、決定的な義援金スキャンダルで「民衆のやる事は我々自身で決める」と改革派が伸びた。

 

「それがなんでこうなるんです?」

 

 大分常識的なハスミの言葉に、ツルギは「時代の変化だろ」と返した、一門とか閥とかじゃなくて、「1トリニティ生徒たる自分」というアイデンティティーを急速に獲得し始めているのだ。

 自分たちで何が出来るかやってみたいしてみたい、その意欲を背景としている。

 その為に歴史的にあまり仲が良くない正義実現委員会と、パテルは手を結ぼうとまで本人たちが言い出してるのだ。

 

「まま、言うだけはタダですし……ね?」

 

 イチカがえへへと頭を掻いて言った。

 やや鋭い眼をしたツルギが、少し呆れた様子で「お前なぁ、後輩にのせられたろ」と呟く。

 

「バレました?」

「当たり前だ、お前だってやってみたいんだろ」

「要約すれば、そうです」

 

 はっきりと言い切る。

 イチカの言葉に、ツルギは「取り敢えずな、先生次第だな、あちらの事情もある」と言った。

 その後の流れはとんとん拍子で、なんでかスムーズに行った、先生は理由を聞くと暫く呆けた様に驚き、そして楽し気に爆笑して「結構だ! それくらい無鉄砲な方が良い!」と言い、しみじみする様子で「若いなぁ」と言った。

 ナショナリズムが生まれようとしているのだ、先生にはそれを嬉しく感じたし、止める気もない。

 

 斯くしてこれまでと違い、民衆の熱意に送り出されて突き進んで、正義実現委員会はパテル部隊を含んで前進して来たのである。

 

 

 ───【現在】

 

 時間が流れ、夕闇が近づく。

 初動攻撃は高地を奪取出来ず撃退された、残念ながら突撃衝力が、勢いが続かず息切れになった。

 致し方ない後退命令は兵を気落ちさせる気がしたが、状況は大きく違っていた、どの正義実現委員会の生徒らも気落ちさせていない。

 ただ被害は甚大だ、3年前の対ゲヘナ境界線紛争の総攻撃の様に、ただ一度の突撃は双方の火力の影響で甚大な被害を与えていた。

 

「一戦で機械化中隊が2個溶けてるようなもんじゃないの」

 

 ミカは「幾ら何でもこの報告は正しいのか」とさえ疑い始めそうになった。

 前回(3年前)は愚かな正面攻撃で一個小銃連隊が一回の突撃で壊滅したが、ただの正規部隊の高地戦でこんな損害が出るのか? 

 

「敵主力は前進、高地との相互援助が可能な街道線上付近で位置してる模様」

 

 夜戦は現在双方の稼働限界から有り得ないので、睨み合いは今晩は続く。

 これは双方の行動可能な物資と兵員の疲労からの観点だ、今日は部隊を夜は休ませる。

 兵站部隊の点でキヴォトス最強の有識者たる先生も今は動かないのは理解している、明日は地獄になるが。

 

「残念ながら小官には正面攻撃は回避すべき愚策に思います」

 

 ツルギの意見にミカも頷いた。

 現状作戦指揮権はミカにある、正義実現委員会の生徒ですら「こういう時の為の軍事貴族でしょうが」と言う理屈と、「使える手を何でも使って勝ちたい」という民意だった。

 ハナエやアイリらにまで「がんばれ!」と応援されたからには勝ちたいのだ。

 

「火力集中とは言葉で聞くより恐ろしいものですよ」

 

 ツルギの言葉が逃げでも臆病でもないのは良く理解している。

 壊滅した連隊の残余を率いて後退戦をやった突撃歩兵が誰かはミカも良く知っている。

 

「分かってはいる、でもあの先生相手の機動戦をしたい?」

「まず、負けますね。運動戦ではあの先生に勝てる人は今も昔も居ないでしょう」

 

 ミカは砂糖を抜いたかなり濃い紅茶を、ぐいっと飲む。

 カフェインの濃い苦みを喉に感じながら、顔をしかめた。

 勝てる気がしねえというあまりにも自分らしくない感情が出て来た。

 ええい、これが外の正規将校と言う奴か、ミカの内心に負けず嫌いの子供らしい側面が出てきて、弱気な自分を黙らせる。

 

「前面の火力増強されたとはいえ、一個自動車化大隊と空中機動した歩兵、たかだか1000と数百程度の歩兵がああも粘る時代になったんだ、正規戦闘でがっぷり四つなんかしたら旅団が消し飛ぶね」

 

 無論無傷の相手ではないはずだ、少なくともこちらもガッツリ火力を投げ入れた、お陰で相手の戦力は2割は削ったはずだ。

 だが組織的戦闘力を削れるわけではない、まだ組織力も指揮統制も生きている、多分先生はそれを見越して事前命令を与えているだろう。

 死守命令、というより刻限までの徹底的な維持命令、刻限が来次第最善と考え死行動に出る事を許可と言う事だ。

 訓令戦術の形態である。

 この時、ミカたちは大隊本部への直撃弾で自動車化大隊の指揮本部が吹き飛んでいる事は知らないが、予測は正しかった、指揮は継承され本部は再編されたのだ。

 

「ですが、火力集中はこちらの本意でもあります」

 

 一歩進んで、イチカが進言した。

 ツルギが視線を向けると、一礼して下がる、所作として、意見具申として完璧だった。

 要するに現場指揮官らは意気軒高であると言う事だ。

 そして、火力集中はトリニティも得意なのだ、優れた砲兵が無ければ先生の指揮下でTOT射撃なんぞ出来るわけがない。

 ふと、意気軒高な様子をみたツルギはミカへある提案を持ちかけた。

 

「本気で言ってる?」

「常識と教本に従ってる限り勝てないでしょう」

「そうでもあるけど」

 

 腕時計を見て、ミカは少し考えた。

 

「少し、兵を見てくる。

 ハスミ、同道して」

 

 ミカは何か確信を得る何かを探そうとしていた。

 それはすぐに見つかった、撃退された機械化部隊のモラルは既に回復しているのだ。

 

 

 

 

 連邦捜査部はスズ戦闘団、その主力はトリニティから約40キロほどの時点で対陣している。

 双方で索敵攻撃や触接がしばしば行われているが、これは睨み合う双方にとってあまり重要ではない、散発的に撃ち合って情報収集してるだけだ。

 ある程度間隔を開けた露営は、森林の中にある、愚かな素人でも無ければ平野や街道では理由がない限りそうしない。

 迷彩ネットの覆いが付いた大天幕で張られた前進指揮所は、通信車両類が少し離れた地点で位置した場所にある。

 明りが漏れないようにされた天幕の内部では大きな机に地図が広がり、スズ以下作戦参加将校たち、そして先生がそれを見ている。

 

「前面に進出した自動車化大隊は指揮本部以下幾つかの損害を受けつつも、現在も高地を保持している。

 我の自走砲兵は敵砲兵の制圧を行えている事、野戦築城の効果と言える」

 

 作戦参謀の言葉が続く。

 

「現在敵主力、正義実現委員会中核部旅団は我の40ないし45キロ先で対陣、その戦力は重編制旅団であり、我とほぼ対等です。

 したがい、敵の機先を制すために明朝0400をもって攻撃発起、敵に対し」

 

 作戦参謀の言葉を遮る様に全周波数で通信が入る。

 

『飛翔体警報! 飛翔体警報!』

 

 咄嗟に全員が伏せる、少ししてズン! という野戦砲の砲声が聞こえる、砲声が遅れてるが聞こえたと言う事は前進してる。

 すぐに爆発音が轟く、時刻は0315時、深夜の一番深い闇の時間帯だ。

 スズが「相手も似たような事考えたようですね」と伏せながら怒鳴る、砲撃弾着音のせいだ。

 

「そりゃそうだ! ミカもツルギも俺の指揮を見てんだぜ! 育ちが良い生徒が多くてなによりだな!」

「教師冥利に尽きるって訳ですか! あははは!」

 

 敵が常識外れの夜襲を挑んだのは、なんとなくスズには理解できた。

 先生はその理由も理解している、戦いとは流れ出すとどうしようもなく勢いのまま進むもので、たぶん「流れに載せて強攻!」を決めさせる何かを得たのだ。

 決意とか、自信とか、兵気とかいうものが。

 野戦重砲が射撃による前線の制圧を始めた、総力を挙げての夜間正面攻撃は意図して中核部旅団が混交状態を強要し、敵の火力集中を不可能にさせた、観測班が状況を観測できないのも大きい。

 不意の奇襲と言うより夜間の正面強襲に対して、前衛の偵察中隊は敵の勢いにより押すも下がるも出来なくなった。

 車両部隊、つまりM113FSVや連装60式の援助を受けて、各自が塹壕を掘って防戦していた前衛中隊が壊乱しなかったのは「奴らやりかねんぞ」という雰囲気を掴んでいたのが大きい。

 意欲と士気があって指揮官の決断力があれば、どんな無茶も実行されると言う事を知らないわけがない、常にシャーレはそう言う事に関わって来たし、そうしてきた。

 従い、現場指揮官らは独断で後退して防御線を敷き直し、先生もスズも追認して支援部隊を更に投じた。

 

「敵の規模は最低でも大隊以上の戦意旺盛なる敵が3個は居ます。恐らく中核部旅団の主力と推察されます」

「段階的に引き延ばしつつ、相手の攻撃をいなしていけ、攻撃衝力を真正面から受けちゃならんぞ」

 

 先生はスズの言葉に正しいと頷き、励ますかと考えて言った。

 

「発想を変えろ、奇襲ではなく我々は不意遭遇の運動戦状況下にあるのだ!」

 

 戦闘団幕僚らの顔が明るくなる。

 それはそれとして左翼から延翼する敵部隊の攻撃は気になる、街道へ戦闘団を押し出そうとしている。

 一時間二時間とする間に、何かが分かった。

 

中核部旅団の機甲部隊(ホースガーズ)か!」

 

 誇りも高き正義実現委員会の精鋭部隊だ、度々の演習で中隊規模だがパテルなどのエリート相手にしばしば白星を挙げている。

 機動部隊が側面へ起動しているのは攻撃衝力を広く通すために、と言う事は狙いは主力を分断するか後方遮断。

 

「やってくれるじゃないの!」

「直轄予備の航空隊と機甲ぶち込んで防御支援戦闘しますか?」

「負けないのは良いが初戦は苦戦したと印象を与える訳にはいかんからな、そう言う事だ」

 

 先生は常識的な正論に正論で返した、政治も考えると今はこれじゃない。

 だがもっと別の手段がある、先生はそう告げた。

 

 

 

 キヴォトスで常識外の夜戦による会戦が開始されたのはミカとツルギの視察が決心を呼び起こした。

 コハルやマシロ達が「やるぞ!」という意思を強く示しているのなら、兵が望んでいるなら、言ってしまえば軍事貴族らしい考えだがこの場合は正しかった。

 凡百の指揮官なら壊乱させて叩き潰せただろう。

 だが事態が一変し始めたのは朝が訪れ始めた午前5時、トリニティの攻撃部隊の左翼主攻撃部隊、つまりホースガーズを含んだ事実上の1個機甲大隊と2個歩兵大隊の方向から始まった。

 

『対空警報!』

 

 その報せにやや彼女らは不安は感じたが恐怖は感じていない。

 自らの意志で戦野に居る志願兵だと言う意思は固いし、明日の学校と自身の名誉は我が手でつくると言う自負、そして「連邦捜査部という新興組織に手もなくひねられてたまるか!」という誇りもある。

 AGM-122対レーダーミサイルを積んだAH-1が出始めても恐怖は感じてはいないが、状況の変化にやや衝撃が走った。

 AH-64EとAH-1、それらが機甲部隊ではなくなぜその後方の対空レーダー車両と自走砲及び牽引砲を狙っている? 

 真昼の太陽が高く煌めくまでに状況は大きく変わり始めた。

 

「敵は主陣地を放棄して後退、前衛と両断されつつあるようです」

 

 イチカは自信ありげな顔つきで言った。

 敵が下がっている、秩序を維持してるのは困るが一応は勝っている。

 上手くいってくれれば、明日の昼には勝負は決まるだろう。

 だが当然そんな殊勝な奴じゃないなんて百も承知だ、ヘリだカービンだ砲兵だ銃剣打を繰り出して強襲を阻止しようとするだろう。

 

「後はアレが上手くいくかか、状況は大きく変化してるようだし」

 

 ミカの言葉が、机の地図の駒を見る。

 挺身浸透集団と書かれた駒がそこにある、ツルギが居ない理由でもあった。

 かなり博打と言えるのだが戦い自体が博打なのと、決心が出来ずダラダラ戦闘なんかする阿呆が軍事貴族や武家の訳がないので、そうした批判は批判とも思わない。

 賭けるべきタイミングと賭けても負けないようにするのが仕事でしょうがと言う話だ。

 命を惜しんでアレコレとするのは論外だ、絶対もっとひどい事になる、追撃戦で絶対崩壊してしまう。

 

「挺身浸透集団次第か」

 

 先生びっくりするぞ~と、ミカは乙女らしく微笑んだ。

 右翼から浸透した側撃を、ツルギがぶちかますからだ。

 右翼からの浸透を受けて側面攻撃を受けた機械化大隊本部は、壊滅はしなかったが主抵抗線を大きく急激に後退させる。

 

 

 

 当然、先生もその報告を聞いた。

 

「右翼から浸透強襲された?! 警戒線をすり抜けたのか?」

 

 連邦捜査部の警戒線をすり抜けるとは少数の分散浸透・最終号が出来る高練度と言う事を意味する。

 そんな事が出来る奴が居るのか? そう考えて頭の中で線を描いて考えるが、答えはすぐに浮かんだ。

 

「あ、俺が教えたんだった……」

「報告! 浸透せる右翼部隊は”白服と白線の描かれたヘルメットを有す。なおツルギ委員長直卒! ”」

「パテルの所の連中じゃねえか! おかしいだろ! 何で正義実現委員会の委員長が私兵率いて浸透強襲してんだ! 教えはどうなってんだ教えは!」

 

 笑いながら全てが線で繋がった。

 このやり方、俺がエデン条約反撃戦で教えたわ、ツルギは偉いね覚えてたよ。

 そしてミカの野郎お前自分の郎党や一門まで使って、私兵を敢えて預けて両翼包囲戦狙いかよ! 

 クソッ! 敵の部隊構成が大体全部わかった! 最良の部隊で両翼から圧力かけながら正面攻撃かよ! 右翼にパテル部隊(私兵)、左翼は近衛機甲(ホースガーズ)! 正面は正規軍の常備歩兵! 

 幸いなのは襲撃食らった大隊司令部が壊滅してないと言う点だがぶっちゃけ奇跡である。

 

「これ以上はまずいっすよ。戦線しき直す用意した方が良いかと」

「無茶言うな、下がれないだろ」

 

 スズの意見具申は常識論だが却下した、用意した手はある、スズも理解はしているが言っただけだ。

 此処から下がり過ぎると全てが終わる。

 

「本管要員各自、及び兵站要員は実包確認! 臨戦用意」

「臨編防御隊を編成!」

 

 いやぁ追い込まれて来たなぁと思いつつ、先生は有る事に確信を得ている。

 アイツら俺のこの手を見たらびっくりすんべ。

 それに、ヤバくなった状況だが本管要員も投入すると言っても士気が落ちていない。

 うん、まだまだやれる。

 

 

 左翼から突入を図るホースガーズは当然だが装甲戦力と随伴歩兵の手際もあって、苦戦はしているが進んでいる、

 装甲指揮官特有の果断さと騎兵的な無節操が合わさった動きは、A41巡航戦車やヴィッカースMBTの甲斐もあって優位を獲得しようと前進を継続する。

 無論森林戦闘だから攻撃衝力は低いが、戦車は戦車だ、歩兵が随伴すれば百倍に膨れ上がる存在だ。

 

「テェっ!」

 

 戦車砲の轟音と相互援助しながら後退する連装60やM113FSVが反撃する。

 すると、枯れた河川とその河川敷だったらしい見通しが良い地域が見え始めた。

 

「良いぞ! 敵を追い落とし一気に押し潰せ!」

 

 まこと騎兵屋、機甲科らしい言い方だった。

 ある程度楽観的なのが機動兵科の良い指揮官の条件である。

 無反省では違うのだが、それなり以上に楽観的でなくてはならない。

 後退するシャーレの部隊を追って、遂に森の切れ目へ出た、だが部隊が森を出始めたあたりで重迫撃砲が後続する歩兵を分断する。

 

跨乗歩兵(タンクデサント)以外が寸断されたか!」

 

 くぅと唸る彼女の言葉には悔しさに動かされていた。

 機甲突破と歩兵展開は全機甲科の夢である、何をするにも歩兵砲兵が居ないなら、地点を保持できないし意味がない。

 更に最悪な報せが来た、ヘビーホッグやAH-1Gによる対地制圧攻撃を喰らったのだ。

 戦車が破壊できなくても履帯が壊れる、壊れたら動けない、直したり陣形を組みなおす間に戦局が変わる。

 マズった事に視界が効きすぎる! 

 

「無理矢理でも良いから前進! 森へまた飛び込め!」

「しかしこの直協歩兵無しでの強攻はリスクが」

「ある程度の犠牲は覚悟の事だ!」

 

 ホースガーズの意地にかけて前進! 

 それは全員が理解しており、会話で腹を括った残存する稼働車が強攻へ移る。

 このまままごついて航空攻撃で壊滅したりするのは非常に良くない。

 だが戦闘は無常である、残存する稼働車が航空攻撃で身動きが出来ないため、調整の取れない突撃となって繰り返されてしまった。

 

「クソぉ―っ‼」

「ともかく後退しましょう! もう限界を超えています!」

 

 累々たる損害を遺してホースガーズは攻撃再発起と歩兵の合流の為後退へ移った。

 森林内部に去っていく前に、ヘビーホッグはするりと去っていく。

 実のところヘビーホッグも燃料の限界があったのだ。

 

 

 左翼から機甲突破に失敗したのはまだ伝わっては居ないが、ヘリの動きで何となくツルギは察していた。

 パテルの所の騎士長官が付いているのもあって部隊の統率よろしきを得ているが、自ら前に行ける指揮官を嫌う訳はない、恐らくいなくてもそれなりに上手くやれただろう。

 右翼から森林を浸透しながら進んできたツルギたちは、中央から流れて迷子になった正義実現委員会の二個中隊を含んで概ね2個大隊ほどだ。

 正面はハスミが指揮していたはずだが森林戦特有の迷子はこれはどうしようもない宿業だ、落伍者を出さない軍隊なんぞあるものか。

 

「敵の後背を扼して一気に叩き潰す」

 

 ツルギは決心した、左翼が失敗にしても右翼にはすぐ来ないし中央が居る。

 ならばやるしかない。

 彼女の指示に従い、中央の援護も兼ねて常備兵二個中隊を中央側へ攻撃させる。

 敵が中央・左翼・左翼翼端と圧を受けだした。

 

「前へ!」

 

 敵の射撃が急速に統制的になっていく、先生が指揮を掌握したらしい。

 一気に正義実現委員会二個中隊は臨時指揮官を失い、集中射撃を喰らって潰走する、疲労が限界だ! だがかまうものか! 

 ツルギが突撃を命じようとする。

 

「急報!」

 

 パテルの通信兵が、騎士長官へメモを渡した。

 騎士長官の凛々しい煤と泥と硝煙に紛れた顔が、直ぐに青くなった。

 

「何があった!」

 

 ツルギは振り返り、騎士長官の受け取ったメモを見る。

 

「わ、我が方の右翼後方が敵の空挺による集中的な航空攻撃で壊乱、高地の包囲輪が敵の戦車に崩されこちらの中央部隊指揮本部が……蹂躙されました。

 敵は我の野戦軍後方全体を遮断し破壊しています」

 

 終わった……、全て終わった、騎士長官の言葉にツルギが愕然とした。

 詰んだ、後方指揮本部を失った正面主力指揮統率、その衝撃力を支える野戦砲兵が全部溶けた。

 中央の方面から、間違いなく敗走の叫び声が聞こえた。

 

「駄目だ駄目だ駄目だ! これ以上は無意味になった……!」

 

 地団駄は踏んだが、すぐにツルギが顔を変える。

 即座にやるべき事をしなくてはいけないのは忘れていないし、案外ツルギは周りを思慮深く見る。

 

「惨めな壊乱をさせるわけにはいかない、後衛戦闘に入る」

「はいっ!」

 

 流石にパテルのだけはある、騎士長官の眼も直ぐに変わる。

 組織的な後退が始まるが、ツルギはやや内心で「どこまで織り込み済みだったんだろう」と浮かんだ。

 

 

 

 斯くして、ほぼトリニティの全ての機動戦力を注いだ大演習作戦「レッドハンマー」は、その背後からの一撃(バックハンド・ブロー)を予備として待機した戦車部隊と、AH-64などの集中投入や自動車化大隊と空挺歩兵中隊による後方への突破が行われた。

 既に予備兵力及び主力と即応が出来ない程度の距離を、先生らによる意図的な後退で引き摺り出された為に、脇腹を街道を驀進してきた戦車隊も一挙に投入は完全に戦列をぶち壊し、正義実現委員会兵站集積地を爆砕した。

 対戦車ヘリコプターの跳梁を許した最大の理由はレイピア対空ミサイルの移動サイトが、浸透した特殊部隊にマークされ、砲兵によるDEAD(敵対空網破壊)で行動の自由を許してしまった事が大きかった。

 根幹の士気は高かった事で士気崩壊(モラルブレイク)は発生せず撃攘(アニヒレート)されてないのは、組織力と優れた指揮官、特に中級下級指揮官等が領導をよろしきを得ていた、つまり人を得ていたと言う事が大きい。

 各級指揮官の層が厚く組織力が高い事が組織崩壊を救ったが、彼女らに出来る事はあまり多く無かった、兵員の疲労の高さが限界に達していた上に支援部隊と切り離されつつある。

 連絡線を絶たれた事によって左右両翼と中央の諸部隊指揮官等は各自の判断で現状唯一の手段に移った。

 

 後退の開始である。

 

 幸い、ミカとツルギが合流し再集結地域を選定していた──シャーレによる先制攻撃の想定──ので、諸部隊散り散りと言う憂き目には会わずに済んでいる。

 が、反転追撃に移ったシャーレの航空攻撃により大量に落伍兵や脱落者が続出している状況は不味かった、特に砲兵射撃による観測を一方的に受けている為、これまで敗走を秩序的にさせてきた各級指揮官等がやられて統率が崩壊し出したのである。

 

「まずいですね」

「まずいっすね」

「まずいよねー」

「まずいよなあ」

 

 遂に数人になってしまった今次作戦部隊司令部が再集結出来たのは二日目の夕方である。

 補給と再編でどうしようもない小休止がシャーレに必要になり、跳梁していたヘリ部隊は少し止んだ事で後退は秩序的になり出した。 

 12時間の後退戦は熾烈であった、ここにいない各級指揮官等は後退時の追撃と混乱で落伍したかやられたか行方不明か迷子である、軍隊で迷子とはどう言う事だ部隊機動中であろうに、と言うのは素人の意見だ。

 後退途上の長躯の行列で疲れてブっ倒れる奴、砲撃と爆撃、ロケット弾が来てみんな慌ててそこから離れる、取り敢えず走って離れて……ここ何処だと見失うわけである。

 圧倒的航空優勢下では街道線に沿って下がるわけにはいかないから獣道に沿って隠れていくしかないから、余計見失うリスクが高まる、しかもしばしば敵の蝕接を受ける、結果迷子になる。

 おかげでツルギも副官の騎士長官が行方不明になった、作戦部隊の戦務幕僚や兵站幕僚も行方不明である。

 

「いやー、しかしこのままやられぱなしも不味かろうと思うんすけど……」

「だよねえ」

 

 黒い制服がズタボロに土やら何やらで汚れたイチカが、同じく汚れたウッドランドの野戦服のミカに言う。

 ミカは何気ない仕草で、全員の眼を見た。

 やはり、心は折れていない。

 

「このまま追撃されて完封負けは問題だね」

「さりとて降伏するわけにもいけないでしょう?」

 

 ハスミの分かりきってはいるが、誰かが言うべきことは言う。

 半分ジョークである、少なくとも空気が少し明るくなった。

 案外こう言うことは馬鹿にならない、空元気でも元気な方がマシであるし、やばい時でも不敵で大胆な指揮官にはなりたいと人は思う、時々重大さを理解してない阿呆もいる。

 さいわい、ここには居ない。

 

「残余の機動可能な砲兵は」

「10門の155㎜と15門ほどの105㎜があります、右翼諸部隊は森林戦闘の点から拘置して動かしてませんでしたので」

 

 観測が難しい上に押すも引くも出来なくなるから森には入れなかった、常識的な判断だった。

 中央が後方支援隊を丸ごと失った際の敗走にも巻き込まれていない。

 敗走では焦った兵が普段じゃ考えもしないものをその場に捨てていくことが多くある、砲兵や戦車などのものから、もっとヤバいのだと作戦指揮通信システムまで処分もされず棄てられることがある。*3

 場合によっては30分かその程度で治るものが棄てられるのだ。

 

「現状で中央隷下部隊は戦闘力を残しているのは殆どありません」

 

 イチカがはっきりと言った、人員は居るんだが散り散りになったりして滅茶苦茶だ。

 なにせコハルの分隊の様な例では分隊ごと迷子になっている。

 

「ホースガーズやら搔き集めて一戦しても絶対終いだね」

「ま、それを上手くやるしか無いでしょうな」

 

 ツルギが暗に「残るよ」と告げた。

 

「独り占めは良くないな」

 

 ミカが笑ってそう言った。

 

 

 

 予想通り先生の追撃は素早く、航空攻撃による戦果拡張が一段落つくまでの間で休ませた地上部隊の追撃が開始された。

 概ね名将に必要な要素と大悪党に必要な要素は共通している、時間と手順をしっかり守って対応する事だ、結果として発生するのは全面追撃に対する混乱である。

 特に問題なのは備蓄弾薬が喪失したために各部隊は戦闘で消耗した即応弾しか有していない。

 結果として戦意と意志はあるものの正義実現委員会は指揮統率上の問題、兵站崩壊を受けていた事から、安定した部隊の再収容が出来なかった。

 各級指揮官らの努力ではどうしようもない状況だからだ。

 

「敵の行軍縦隊に直撃はそうは当たらんが、擾乱射撃以上にはなる」

 

 空中機動した105㎜砲兵の射撃管制下だ、面で撃ってるから当たるかはともかく、砲の弾着と衝撃がガリガリと士気をくじく。

 先遣している自動車化部隊と偵察中隊が待ち伏せを受けた、という知らせについてスズも先生も「あっ立て直したな」と思いこそすれ疑う気はない、攻撃部隊の後方を潰して大兵力の機動を潰しただけだ、一戦二戦は挑むだろう。

 ただ戦闘の発生より内容が問題だ、こっちの偵察を待ち伏せで装甲車を数両ばかし潰してサッと引き上げている、前進陣地へ警戒陣地から移動したと言う事だ。

 

「統率が取れてますね、予備隊でしょうか」

 

 戦闘団の幕僚、所謂情報担当幕僚(G2)作戦運用担当幕僚(G3)の面々がリストを確認する。

 確認された戦果や投降者などの記録から残余部隊は割と目星が付けれる。

 

「多分右翼のホースガーズと残余を収容したパテルですね」

「だろうな、本営諸部隊の後退で遅滞戦を図る所存かな」

 

 先生はかわいらしい事するじゃないの! と楽し気にしつつ、対処を考える。

 ミカとツルギらが後衛戦闘諸部隊を置くなら、本陣地は分かる、ある程度の部隊を置ける街道を睨める緊要地形だ。

 小高い傾斜だが丘の様なものがある場所がある、間違いなくそこだ。

 

「よし、各車両隊から機動出来る車両を集めて快速部隊を出すぞ。自動車化中隊を数個移動させる」

「側撃を────」

 

 G3の言葉に先生が笑って片手をあげて制した。

 

「おいおい、騙されるのは相手さんだけで良いぞ?」

「はっ? ……あっ」

 

 彼女が先生のやる事にうっすらと気付いた。

 

 

 

 

 なけなしの抵抗線だが要点の集中はしっかりとしていた。

 基本防御陣地と言うのは要点をどう絞るかだ、ここが肝心となったら火力は集中されるし、敢えて薄くすることもある。

 垂れ流しは絶対に禁じるべきだし均等配置は愚の骨頂だ。

 だから、予備兵力が重要になる。

 今回だとツルギの主抵抗線陣地と予備隊を直握するミカで構成されているのが今回の防衛線になる、作戦目的は敵主力の突破遅滞、全部ではない、主力を蹴散らすには少ない部隊が浸透しても意味がない。

 

「始まった」

 

 それだけで何かは分かった。

 攻撃準備射撃が始まり出した、概ねシャーレも辺りを付けているが、面制圧だから射撃は鈍い。

 ミカはあんまり相手もつかめてないのかな、と思いながら聞こえる通信に耳を傾ける。

 

『敵攻撃集団は装輪APC及びIFVを伴う車両部隊及び機動歩兵……』

「面倒な事を!」

 

 ミカが嫌そうに呟く。

 ようやく中央部隊の司令部残余を収容して後退が秩序的になってるっていうのに。

 要するに「おいでおいで」と誘いをかけている、酷い男だ、美人()の特権じゃないのかそういうのは。

 

「どうしましょうか、見過ごしてもアレですし」

 

 ホースガーズの指揮官が尋ねた。

 流石に精鋭部隊だけあり後退戦闘でも秩序を守って来た方だ、落伍が3割を超えたが壊乱してない。

 

「逆につり出して叩く!」

 

 ミカははっきりと方針を決める。

 了解と楽し気な顔で返事をする指揮官へ、ミカは顔を向けずに尋ねた。

 

「えらくすんなりと指揮下に入ったね」

 

 ホースガーズの指揮官は、戦車屋(エクイテス)らしい快活さと違う湿度を感じさせる声で返した。

 

「……自分の遠い先祖はアリウス派の出身でした」

「なるほどね」

 

 ミカの納得がいき、敬礼に答礼する。

 人は色々な過去と事情があるんだと言う事が良く分かった。

 

 

 

 

 負けが込んでいるが士気を保った敵と言う脅威に向かいながら、シャーレ隊員らは本格的な戦闘に入った。

 組織的な敵を相手にして戦う経験は多いが相手はキヴォトスでも上から数えるべき相手だ、初陣以来格上ばかりが相手と嘆く戦闘団長(スズ)と楽しそうな先生がおかしいだけである。

 数を大きく減らした相手だが士気を保っている敵に、即座に側面からM113FSVとM60による攻撃をかました事で、対戦車火器の問題から主抵抗線が崩れる。

 当然、ミカやツルギの想定通りだ。

 

「ホースガーズ・チャージ!」

 

 万騎勇駆、疾風怒濤のホースガーズが地形を盾に突入するシャーレの更に側面を突いた。

 続けて、無反動砲チームが信号弾を合図に隠匿を止める。

 流石に精鋭、側面攻撃もあってシャーレ部隊に打撃が加えられていく。

 もろに側面攻撃を喰らって一個中隊が潰走、続けて他の2個中隊が突撃の勢いもあり針路を変え、機動戦の様にさっと後退へ入る。

 これを待っていた部隊があった、待機していた攻撃前進していない車両から降車した対戦車ミサイルチームだ。

 

「てぇっ!」

 

 01式軽MATの発射音が、即座に響く。

 釣り出されたのは分かった、ここでミカが命じた命令はある意味最適解だ。

 小隊を対戦車ミサイル斑へ振り向け一気に突撃させて食い破って本陣地へ収容する。

 計算されたやけっぱちと言えたがそれこそが機動戦・運動戦である。

 

「発煙弾展開!」

 

 慌てたシャーレ戦車隊が煙幕を展張するがラミング覚悟で突入された。

 指揮戦車がA41の行進間射撃を諸に食らって指揮通信が破綻し、各小隊単位で逃げ散る様に下がる。

 

「よしっ! 直ちに離脱する!」

 

 ミカが即座に信号弾を打ち上げる。

 砲撃弾着音が聞こえる、少し遠い、いや違う。

 ミカは音のする方向を見た、双眼鏡を手に取る。

 

「あっ、マズった」

「なにがです?」

 

 ツルギにミカが無言で双眼鏡を渡す。

 

「……確かにまずいですね」

 

 後退途上の友軍が猛撃されている。

 紛れもなく砲撃弾着だ、つまり……。

 友軍の早期の秩序だった後退がまた破綻した。

 

 

 抗戦する意味が、消えてしまったのだ。

 

 

 

 斯くして、三日目の朝日が昇る頃には演習は完全に終了した。

 後退途上で離散した生徒らを再回収するまでに一日仕事になったので、事実上演習期間通りとなった事になる。

 

 

 

 期間にすれば70時間もない筈だが、ずいぶんと汗と垢と泥やらに塗れた服から大風呂に入り着替えたミカたちは、疲れに負けてうつらうつらと船を漕ぐ生徒らにやや優し気に微笑む先生による講評を受ける事になった。

 講評としてはまず第一に機動運用などの根幹の構想は極めて良かったこと、後半の機動兵力の柔軟な運用は特筆すべきである事、それはそれとして会戦状況に縛られてしまった事に関しての諸問題があった。

 

 なにせ、ホースガーズの攻撃で予定と違って機甲中隊が壊乱したのは本当に想定外だった。

 伊達に精鋭騎兵ではない、重騎兵が精鋭に捻られるっていうのは経験させる側だったからなあと思いながら、先生は最後に各自の眼を見た。

 

「次は勝って見せるさ」

 

 本当に真っすぐな若者の眼をしている事に、取り敢えず彼は安堵した。

 時代が変わり武力組織がその本懐にだけ集中する事が出来る。

 3年か5年もすれば、正義実現委員会はもっと精強な部隊になるだろう、先行きが恐ろしい。

 ゲヘナだって何れ来るイブキ政権になれば、政治と兵権が併合されて指揮は円滑化するであろうし、そうなればもっと強くなるだろう。

 基より機動戦に於いては伝統的にゲヘナのが強いからだ。

 

 それが良い事か悪い事かは分からないが、変わらないまま安住して停滞するよりはいい事だ。

 

 

*1
ナポレオン三世もだが予備役や動員システムは明確に弱体なのが帝政フランスの弱点

*2
韓国軍が北に応戦するまでの時間はもう少し短いらしい

*3
実際にロシア軍がクラスハを22年4月に放棄して回収されている例など数は多い




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