キヴォトスの若鷲(エグロン) 作:シャーレフュージリア連隊員
基本的に、ロココ調で整った不可思議な部屋に於けるアヤメは"ガラ"が悪い。
現世空間で演技をするに疲れたか、あるいはほぼ全員軍歴が長い上に大概から「新人将校の病気だいつもの奴だ」で済んでるのが原因か、理由は不確かだ。
これで現世でもそうならば幾らか気も楽ではあっただろうが、残念ながらストレスから過食傾向などを抱えたアヤメには、そう言う事が出来るほど図太くなかったし、恥知らずにもなれなかった。*1
優れた士官・将校・武家は部下に当たり散らさない、彼女は委員長と言う肩書きも何もかも嫌になっていたが、自分がそう言う恥知らずになるのは、そしてナグサをそんな女を慕った節穴と呼ばれるのは"心底"不愉快だろうからだ。
"究極の社会福祉は死"と書かれたデスメタル系のシャツに、だらしなく半分くらいシャツが仕舞われたジャージズボンをしたアヤメは、また格段に気だるそうな顔をしていた。
「なに、今度はトリニティかなんかが来たの此処?」
視界の先にいる茶会の制服を着た、狐耳の少女の後ろ姿を見てそう呟く。
アヤメの目の前にいる少女はきょとんと振り向いた。
「おや、君は……確か百花繚乱の」
セイアの言葉に露骨に嫌そうにしたアヤメは、眉を歪ませた。
役職名から入るやつは碌なもんじゃ無いと理解している、警戒心が強いニヤ部長もだが、目の前の女狐はそれより嫌な感じがした。
ニヤ部長は何処か「ありゃ
アヤメは端的に手短な言い方をする人間を好むという、武家的な悪癖があった、長ったらしい言葉より「武家は斬り込んでスパッと死にゃあええ! その手順を考えて動くんが仕事!」と言う奴のが好みなのだ。
当然、セイアを好める筈はなかった、当然、言葉の足りないユメ先輩も好みでは無い。
「そう言う言い方、嫌いなんだよね。"部下の領導もままならぬ代表殿"」
「……痛烈だね。ま、兵気の高さはどう言う形でも現れるというが」
「あら失礼、トリニティの言い方に親しみがないもので。
ようやるよなコイツらと、プレナパテスが呆れ返る。
今の会話は翻訳と要約をすると「部下の統制も取れん代表は甲斐性無し」と罵倒したアヤメに、「兵気にはやれど無節操」と評論し、更にそれを「そうやって周りを見下してるが、自分のやらかしは隠蔽するから甲斐性無しなんだ」と罵倒し返している。
アヤメは嫌いな言い方も出来るし、トリニティのインテリの罵倒の仕方を良く理解している。
「ここはサンクトゥムタワーじゃ無いんだ、やるんじゃないよ全く」
タイユランが釘を刺した、嫌そうな顔に加え「他所でやれ」という呆れもある。
セイアとアヤメが渋々だがやめた、無能じゃ無い大人の言う事は聞く。
それにアヤメはタイユランは人間的に好きじゃないが、政治家が聖人君子な訳ないと信じているし、外交の元締めなら当然そうだと思う。
「そ、そうだよ。争っても何にもならないよ」
「最初から何にもならねえ奴がよく言うよ」
自称先輩に呆れたアヤメは呟くが、どうでも良いので傍へ逸らした。
思い出した様にセイアが「もう少し先生の過去を聞きたい」と言うので、アヤメは前回行われた先の資料を見ると、不機嫌な顔を少し緩めた。
答えが分かりきった物語を見た様な抑揚をしながら、軽く笑って呟く。
「なんだ、あの先公、やっぱ兵隊か」
ヘータイと嗤う様な言い草だったが、自嘲が多く含まれていた。
セイアには先公と言った兵隊言葉が百花繚乱委員長の口から出た事にやや衝撃を受けている。
百鬼夜行もそれなり以上の階級社会ではあるから、こうした発言は問題ではあるはずだ、無論それはトリニティ的価値観だ、百鬼夜行の価値観でも問題だが「傾奇者か」と受け取られる。
クズノハの遺した百花繚乱は事実上の名誉職と兵権を遺した政策だったが、階級闘争の理由も奪っていた。
「先公って、おいおい」
「先公は先公だ」
文句あんのかと言いたげな言い方だった。
初陣、初めて人と戦ったのは中尉任官後の20代最初の頃か、13の頃には人を殺してるか、戦地で銃を撃ってそうそうなツラしてたが……。
「……幼年出か」
アヤメの呟きが嘲や皮肉ではなく、真剣な時の呟きになる。
百鬼夜行にも幼年学校はある、キキョウやユカリ、ナグサは幼年学校経験組だ、レンゲとアヤメは違う。
幼年学校と言っても中等部と初等部のコースの違いである、幼年学校出だからといっても百花繚乱以外に行く者もいる、確か七度とか言う奴はSRTに行った、生真面目な奴だった。
ただ意味を理解できないほど隔絶した体制ではなかった、まして、エリートの端くれたるアヤメには士官学校と兵科学校卒業の意味も理解出来た、故にしっかりした教育を受けた事を揶揄って兵隊と呼んだのだ。
基本的に分かり易く平易に言うと、士官学校と言うのは大卒新人社員、兵科学校卒で資格持ち新人社員くらいのイメージをすれば良い、そこから中尉と言う社会人生活が始まるわけだ。
「……五尺の生命引っ提げて 先駆けは学徒の面目ぞ」
何かを皮肉る様にアヤメは歌詞を呟く。
あぁ紅の血は燃ゆるってか?
畜生、昔からそうだ、それなりに人生を楽しむために何かしようとすると大体うまくいかない。
何が足りないと言う、何かを隷属させたり何かに隷属するのを避けて幸せに何が足りないって言う、常識というやつか? あるいは何もかもを支配する力があればいいの?
冗談じゃ無い。
アヤメの口に歪みが浮かぶ。
「何もかも、か」
何もかも自由にするには何もかもを支配しなきゃいけないとは、馬鹿げた話だ。
くそっ、世の中何もかもが狂ってるんじゃないか。
【七稜アヤメ 初陣】
一年生として遂に百花繚乱になったアヤメは、4週間の育成課程を経て初陣になるまで数日もなかった。
すでに育成過程の中で士官として立派になってきた、新米士官らしいミスもあったが、驟雨の中に指揮下の部下と冷たい握り飯を齧るのを苦としなかった彼女に、悪い評価はされなかった。
そう言う点ではナグサの方が士官として頼りなくはあった、どじる転けるテンパる、典型的な新米士官のミスを詰め合わせた様なことを多く詰め込まれていた。
指揮下の部下に見放されていないのは、半べそをかきながら諦める事はしないからで、要するに「兵・下士官におんぶに抱っこ」と言う典型的なタイプだからだ。
幸い、双方の新米士官は揃って人間性に於いて劣っていないし、兵を甘えさせることと面倒を見る事についてわかっている、新人のやるミスについても「まま、これからと言う事」と甘めの考課表が書かれるのも無理はない。
そのため、この若き新米士官らに匪賊の討伐戦命令としての派遣が決まるのは必然であった。
「で、匪賊の詳細は」
アヤメは普段と変わらず、凛とした姿でそう尋ねた。
今回の討伐戦は百鬼夜行の山岳都市部を舞台とした追討作戦、その一部としての発令だった。
アビドス生徒会の恐るべき愚策たる列車砲、その資金濫費の果ての大崩壊を齎し、愚行と愚策の果ての難民流出とその暴徒化・匪賊化は深刻な問題を外部に拡げていた。
要するに見限ってアビドスを離れた人々の大半が、手に職も才も無いから犯罪者になるのである、手助けも救済も責務を果たさないアビドス生徒会や連邦生徒会は何ら自浄力を欠いていた。
「……っ」
アヤメは嫌そうに顔を一瞬顰めた。
彼女の内心で「莫迦どもの尻拭いなんか」と言葉が出たが、口にはしない。
それなりに彼女は右派ではあるのだ。
「
ナグサが分かり切った事を言ったが、副官の仕事ではあった。
育成中の後輩である桐生とか言う奴からは「いささか、不適切ですよ」とは苦言を呈されたが、誰もが陰陽部がああ言う輩では無い事に感謝していた。
天地ニヤなる奴が将来の部長になると目されているが、あそこはあそこで油断がならないし、それなり以上に有能なのだった、角を突き合わせてやり合うほどでは無いが緩やかな警戒がある。
「分かってるよ……。全体で100もいない佩剣と短筒程度の羅卒が何の役に立つかもね」
アヤメの若干本音混じりの呟きが出た、まともに扱いもしないで仕事をしろと言う飼い主に犬が靡くか莫迦タレと言わないだけ自制している。
それに加えて戦意があって優秀だとしても、装備が劣弱な状態ではどうしようもない、
「さりとて此方も多い訳じゃないけど」
ナグサが少しネガティブな事を言ったが、実際問題、事実ではあった。
たかだか20名程度なのは事実だ、しかも将校は新米で、兵も新人が多い、第三分隊は編成欠である。
だが明確に違うところがある、新人が多くても百花繚乱は精兵主義であり、アヤメは出征前に"しこたま"集めた擲弾を用意し、装備はしっかり揃っている。
「さて、どうやって釣り出すか……」
「釣り上げる、と言う方が良いかもしれない」
ナグサの呟きに、アヤメが表情を変えた。
発想の転換、と言うものであった。
基本的にゲリラ・コマンドの殲滅ないし排除は
「釣り上げる?」
「うん、だって相手が活動を始めた……つまり"必要に駆られてる"んじゃ……って」
ナグサがおどおどと気弱に言った。
それに対して少しアヤメの眉間が歪んだが、すぐに覆われる、戦術立案の仕事で感情を誤魔化す。
アヤメはこの自分の相方にあたる女の気弱さやナヨナヨしたところが好きじゃない、しかしナグサが時折見せる我の強さと、気弱なくせに信念と義務を否定しない諦めの悪さは、彼女は少し眩し過ぎると思えていた。
「よろしい。匪賊が何を不足しているか考えよう。
まず生活必需品か?」
「み、水は有り得ないと思う。あそこには沢が多いし流水が激しいから」
「うん。と言う事は……」
「食べ物……?」
ナグサが尋ねた。
アヤメははっきりと言った。
ナグサは情報の集約や処理に長けたところがある、彼女はしっかり地形図や他の資料を確認していた。
「恐らく、敵の狙いは移動に必要な物資の確保」
そうなれば話は早いとアヤメは地図を食い入る様に見た、匪賊の出現報告や地形図を見る。
敵は恐らく地形に不慣れな方、移動を図るのはここでは無く別の場所に行きたいのだ、でなければ山林部まで来ているのに逃げるとは根負けしていると言う事だ。
誰もがかつての山海経との紛争で相手がそうだった様に、わずかなネズミ肉と多少の焼き固めた米だけで山野を走る様になれるとは思えないし、そう言う敵ならもう逃げている。
状況を把握した限り、敵は匪賊としてはそれなりに組織化されているのだろうが、せいぜい俄か作りだ。
「敵の武装は?」
「自動小銃、軽機関銃らしきものはある。それに汚れてるけど
「よし」
アヤメは決断した。
「敵の行動目的と状況を推測するに、敵の狙いは物資の確保を目的とした村落への襲撃と推測される公算が大である!
しかるに、我が百花繚乱は匪賊鎮定のため、敵の襲撃する村落に予め夜行軍で展開、匪賊を待ち伏せて包囲撃滅する!」
端的かつ要点を得た命令だった。
アヤメの作戦計画は極めて要点を抑えたシンプルな計画だった。
兵を隠匿し、引き摺り込んで一気に叩く。
兵学の基本と根幹、火力の要である擲弾手と機関銃手はナグサが配置し、それぞれにアヤメとナグサが指揮下に於いた。
火力の要たる重擲弾筒は指揮官であるアヤメの直率ではなく、ナグサが管理する事には幾らか疑問が湧かれたが、「前線を直率する以上、指揮官も前に出ないと手数足りないし」と言うとナグサ以外は納得した。
「軽機一番その位置、2番と3番はそこ!」
アヤメは夜の闇の中に、即座に移動させる。
指揮官の統率や要領に問題点らしい問題点は無かった、一番大きな指揮の問題点はそこではなく、現地近くのヴァルキューレの羅卒と、現地で一応銃が使える生徒を何人か動員した事だ。
第三分隊を欠いていると言う事は常備兵10名を欠いていると言う事、そして後備役や応召兵はその3倍を充てないと補充にならない、兵理からすれば当然だった。
「ともかく、初撃は下令あるまで撃たない様に」
「「はーい」」
返事は何ともあてにしづらいものだった。
これで治安戦かと言いたくなったが、何処も治安戦とはそんなもんなのでもあると理解もしている。
「いーのかなこれ」
ナグサは些か困った様に言った。
「良いんだよ、居ない羅卒より居る極道のがマシってだけ、あたしの責任でやる分に文句も出ないし報告書はもう出した」
「返事が届くのが2日後になりそうって事を含めれば、そうだろうね……」
理論的に筋は通るがやらないだろうと言う話だが、ナグサは批判はしなかった。
何とも半農半兵というか、足軽とも呼べない集団だ。
野武士すっ殺すと槍を握る映画の農民の方が意欲的に見える、無論実際問題で言えば別である、彼女らは何ら敵に慈悲がないのである。
タヌキの様な矢鱈に発育の良い少女や、ショットガンを二つつけた灰色のタヌキ耳と尻尾の少女も、場慣れした顔つきをしている。
「初撃は私の下令と共にやる、軽機が撃ち始めたらナグサは擲弾筒を叩き込んで。
皆さんは各自の射点から、最初の号令射撃後は自由に射撃してくださいね」
アヤメは心底気持ちの良さそうな笑顔をした。
それを見たミチルは「ど、同年代と思えない陽の者を感じう……」と印象を受けたが、気落ちしている者も居る。
ヴァルキューレから引っ張った羅卒隊だ、とは言ってもせいぜい五人、幸いM1
問題は士気と意欲だ、乏しい予算で調達されたらしい銃と弾薬は良いとして、意欲がない、装具も古臭い中古品だ。
「羅卒の方はこっちで直率でやりますから」
彼女らが少しムッとした顔をした。
指揮下に編入されるのは面白くないと言うのはアヤメにも分かるが、「お前らが逃げ出しそうでアテにならんから直率するって話だよ」と言えるわけもない。
それに少し安心した顔つきをしているのにも気付いた。
ナグサはそれを見て「アヤメの隣って敵中突撃の最先頭じゃ」と考えたが、まあ良いかと考えた、適応出来るか駄目かは実戦で分かって貰おう。
ナグサも
その村へ狙いを定めた賊は、もう2年はこうした匪賊として、無学籍で過ごしている。
読み通り彼女たちはアビドスの生まれだった、生徒会に嫌気がさして逃げ出したが、傭兵になり、あっという間にこうなった。
素人というのは少し違う、装具類はそれなりに身につけていた、かつてあったアビドス治安組織の下級生だったのだ。
匪賊になったのは簡単だった、ゲヘナで傭兵をやろうとしたら、相次いで食い物にされて金が払われない。
だから彼女は一線を超えた、奪う側になった途端、彼らは金を払い始め、今度はトリニティからも奪った。
だがゲヘナの風紀委員会に負けて、官憲の手が鈍い地方へ逃げた、だが山林は適応出来なかった。
こんな目に遭いたくてあってるんじゃないッ、社会も世界も全部が間違ってやがる、まともになる機会を食い潰した連中を食い潰して何が悪いって言うんだ。
彼女の恨みは何もかもに膨れ上がっていた。
景気付けだ、奪って焼いてやる、みんな苦しんでしまえ。
来たな、とアヤメは顔を出した。
午前4時ごろ、まあ頃合いとしてはこんなものかと考えている。
暗視装置がないのは当たりをつけている、あるんなら電池が調達出来てる事になり、それが調達出来てるなら他が調達出来ないわけない。
すっと、腰の木剣を握る。
士官以上は持つべきとされている一種の儀礼装備だが、近接戦の威力迫力があるのは周知であり、将校がそれを持つべきと百鬼夜行では強く言われている。
「弾、こめっ」
静かにアヤメがハンドサインした。
全員が弾丸を装填だけする、チェンバーに装弾はまださせない、アヤメは民兵が暴発するモンだと常識的に考えている、妥当な推論だ。
緊張に耐えかねた奴が引き金を引くなんて馬鹿な事、絶対に無いなんて言う奴がいたらそんな奴は信用してはいけないレベルで馬鹿で阿呆だ、自分すら信用ならないのだ。
隣の無線通信手が手鏡で向かい側の家の屋根裏に合図を送る。
「もう少し、もう少し」
アヤメの火力配置は典型的十字砲火だ。
偵察は出していない、出しても無駄である、出した偵察が戻ってこなかったり捕まったり敗走するリスクが高い。
無駄に偵察を出すのは平時の軍隊の悪癖だが、百花繚乱は
最近ではよく見る様になった戦略ゲームの一番の嘘は、誤認報告がない事だとすら思ってる。*3
「構え、槓桿押しこめ」
ボルトを動かす、装弾したと言う事だ。
標的は、狙い通りに足を踏み入れた。
「撃てェッ!」
怒号、銃声、連発音。
一斉射撃が始まると同時に、ナグサの方からパンッ! と音が響き、敵の後方を吹き飛ばす。
重擲弾筒と小銃擲弾が唸っているのだ、いきなりの敵襲による混乱が敵をぐちゃぐちゃにする。
隊列と陣形が乱れたが、効き目が悪い、防具類を着用しているせいだ、流出した治安部隊の装備だ。*4
それに敵も一部は素人では無いらしい、だが一部以外はパニック状態だ。
アヤメは即断した。
「各自射撃継続! 軽機2番と3番撃ち続けろ!」
「了!」
軽機関銃手と弾薬手が頷いた、ハッキリと端的に指示を出し、深呼吸したアヤメで何が言いたいかは察しがつく。
突撃に際しては軽機関銃が制圧して最先頭であるべきだが、火線を展開しておくべきでもある。
「軽機1番及び分隊、着けェ剣、然るのち我に続け!
民兵は射撃を続けろ! 羅卒は敵後方へ進出!」
「はいっ!」
アヤメは木剣を確かめると叫んだ。
「突撃にィー! 前へェーッ!」
まだ戦える方の訓練が最低限された連中が
反動の制御が甘いバラバラの統制の取れない射撃では、一個分隊規模の突撃を阻止する力はない。
「とォーつげェーきィーッ!」
特に、鬼気迫る眼をさせながら口元が"笑っている"アヤメを止める力はない。
その姿は両隣や後ろで続く百花繚乱の者達ですら鼻白み、そして畏怖し尊敬する姿だった、彼女らの中に誤解が生まれるのも無理はないだろう。
十数年前に居たかつての委員長は、貞淑で礼節を完璧に維持しながらも作戦指揮や政治のすり合わせに優秀であったが、こうした姿を見せることもあった。
要するに従うべき人の条件、明瞭活発な作戦指揮と公平な姿勢と、必要な時は極めて荒々しい姿を見たのである。
「ひぃっ」
良く引き寄せられて側面からの一斉射撃と擲弾の面制圧、軽機の滅多撃ちと側面からの突入を食らった匪賊は大半が潰走を始めた。
無論逃しては元も子もないから、移動させた羅卒隊の射撃を受ける。
M1騎銃特有の本当に銃器か少し疑いたくなる軽い音が何発か響いている。
「くそっ」
装備が良い治安部隊残党がベネリの散弾銃とAR-15を射撃するが、むしろアヤメの狙いをより正確にさせた。
突撃して壊乱させる最高の標的はお前だと言う事だ。
卓抜した射撃センスで発砲していたアヤメが、クリップを撃ち切ったのに気付いた。
普通ならここで装填するが、アヤメは普通じゃ無かった、要するに彼女は些か以上に野生的だった。
彼女は自身の小銃の前部を握ると、銃床を鈍器の様に構え直したのである。
「えっ……」
そしてそれを勢い良く振り下ろした。
頸椎と肩の付け根へ思い切り小銃を振り下ろす、
唖然とした敵の顔に、内心のアヤメの中にある仄暗い何かが喜んだ。
風切音と共に逃げ出した敵を分断する様に重擲弾筒が砲撃する、ナグサはやれば出来る奴だと思うのに、どうしてあんなに自信が無いんだろうなとアヤメはふと思った。
手から伝わる相手の何かを"折った"感触は無視される。
「畜生! こいつら!」
相手の首領格らしいヤツが此方に銃を向けた。
アヤメは殴り飛ばすかと考えたが、相手の肩へ食い込む様に殴ったせいで少し嵌っている。
じゃあいいや、とアヤメは小銃をあっさり手放して木剣に手を翳した。
「ふざけているのかァ!?」
「いや、べつに」
あっさりと淡白とした言葉を呟き、木剣を斜めに振り下ろす。
相手の銃撃は手振れが酷い上に、相手を捉えれていなかった、要するに気迫で負けている。
振り下ろした木剣が、相手のヘルメットバイザーを砕いた。
頭に伝わる衝撃に相手がよろけ、蹴りが腹に入って倒れ、続けて頸椎へ横薙ぎの木剣が入る。
「ひゅっ……! ごぶっげはっ」
相手の気道が押し出された空気で混乱して、相手が無力化された。
首領格だったのは確かだったらしい、立て続けにやられた光景を見て大半の敵が戦意を失った。
腰砕けになった敵の一部は、明らかに汗じゃないもので濡れていた。
何人かの羅卒が「エゲツない……」と声を潜めて眉を顰める。
「誰も何もしてないからでしょうが」
アヤメは渋い顔をしてそう呟くと、羅卒たちは背を震わせた。
ビビるくらいなら言うなよ、と思いながら、歯を食いしばって不愉快さを押し殺す。
そのうち、本当に想定外だったが不愉快では無い事を思い出した。
民兵隊が偉く射撃の統制や筋が良かったなと思ったのである。
そう言うことに礼を言っておくべきだなとアヤメは感じた、そう言うところは武家の出らしくあったし、恩賞をしっかりしておかねばどうなるか、戦国時代を見れば良くわかる。
「報告。突撃時の負傷3名、民兵負傷7名。匪賊は37名中19名気絶または負傷、残余全員投降。逃亡なし」
「ご苦労」
短く言い切り、ナグサの顔を見る。
やはり、オロオロとした顔をしていた。
初陣を経験しても変わらないのかな、とアヤメは残念に感じ、まあ良いと思った。
少なくとも、まだ耐えられない無能ではなく、ちゃんと有能だ、それならばそれでも良い、いつか自立してやって行ける様になるかもしれない。
「しかし偉く、民兵の動きが良かったな」
「ね。七度さん達みたいにまだまだ民草から芽は生えるのかな」
「……引き抜けてればなあ」
アヤメはナグサの言葉に面白く無い事を思い出した。
昔、天神山や七度とか言う同級生になるはずだった人がいた、天神山……確かオトギだったかは、見学には来たのだが七度とSRTに入った。
あんな才能のあるヤツが持って行かれたのは悲しい限りである、ああ言う小隊指揮官や僚友も必要だからだ、少数精鋭とはいえ百花繚乱は人手が足りん。
「あのぉ」
アヤメの顔が横へ向く、背丈があんまり大きいと感じないたぬきみたいな少女が、舌足らずな声で尋ねた。
「しょのー、今回の使用弾薬は、自腹……と言うことになるにょでしょうか?」
「ん? あぁ……。此方から本部宛てに書類を書いているから、後日払われます。
……それと、紙あるかな」
ナグサはすっと、横から綴りを差し出す。
透かしは陰陽部の文字とマークが入っている、百花繚乱とはいえ行政府の存在より上と思っていないし、それなりに関係が複雑なだけだ。
「ありがとう。……村長は誰か。その人に、百花繚乱の小隊長が、直筆で書いた旨、しっかりと渡してね。
仮に百花繚乱から出なくても陰陽部からは出るし、私の家から出すよ」
まこと、貴族や武家の育ち故だった。
七稜家は大きくは無いが、責任ある指揮官は自分で、そうであるなら身銭を切るのは必然だ。
「にょえっ、しょ、しょれはどうも……」
驚いたその子を見る、妙に芯の強そうな眼をしていた。
覗き込まれた事にびっくりした少女は、盾を立ててうつらうつらと船を漕ぐ少女へ隠れた。
「はっはっはっ、いや失礼。良い動きだった。ありがとう」
そう言って、アヤメは頭を下げた。
仕事を済ませた彼女は、ナグサに向かって「帰ってみんなで飯でも食べておけ」と、軽く財布から札を託した。
驚いたナグサがあれこれ言うので、「陰陽部への用事もある」と告げた。
ナグサは少し考え、部下達に「鉄板焼きでも行こうか」と知らせた。
部下達に手を振られたアヤメは、疲れた様に振り返す。
あとの事は覚えている。
百花繚乱内部で「民間人の動員は不味いよ、戦国時代じゃあるまいに」と意見が出た。
トリニティでは
理由はいくつかある、民草を軽んじた軍閥の大半は、民草を利用し重んじ取引した軍閥に潰された。
今ではそれを誰も覚えていないが、魑魅一座の始まりは渡世の風来人や弱い立場の意見を、面白おかしく風刺して批判し、自由を守る民兵や義侠の集団だった。
要するに「尊い血だろうが刺しゃあ死ぬだろうが」と言う事、そして「なんとなく尊い」と言う危うい貴重な雰囲気を維持して上手く政治をしている。
すでに百夜堂の河和の様な資本家階級が馴染み始めているのもある。
「流石に不味かったかな」
陰陽部と百花繚乱の集まる廟堂、その待機室でアヤメは呟いた。
卓上のお茶に茶柱が立っているのを見て、そうでも無いかと思いながら、女々しいなぁと感じる。
百鬼夜行の武家にとって従容と潔く、はそういう考えをするのである。
扉が開き、アヤメは少し驚いた。
天地ニヤ、陰陽部の将来の部長の有力候補が入ってきた。
「あの百花繚乱の方でもそうお考えになる時があるようですね」
「お生憎ですがそれなりに惜しいとは思いますから」
「いやあ、責めてはいけませんよ。本音があって建前があるんです。
それに今回の義勇兵……まあ、呼び方はともかく、それ自体は参集も合法以外の何者でもありません、クズノハ様以来した人は多くありませんけどね」
アヤメの目が変わる。
「今回の件は不問、と言うか、何も問題が無いんですよね。
何せ与えられた兵権で、与えられた権限の範疇の命令を行使するだけですから……。
正直なところ、形式的ですけどこんな事したくはなかったのですよ」
ニヤの目が薄ら開いて笑った。
「
諸将数あれど真に決断出来る心胆を持った将は僅かばかり、我々としては数少ない決断力のある人を腐らせるなんて言う、才能の無駄は許されないんですよ」
「と、言うわけでそう言う事になりました」と言うと、深くお辞儀してニヤは退室した。
アヤメは複雑な感情をないまぜにしながら、「政治、か」と呟いた。
要するに役に立つ間はそれなりに違反しようが、必要ならそれで良いと言う事だ。
なんて事だ、私は私で居るためだけにどれだけの権力が必要になるんだ? 何もかも支配するしか無いのか?
畜生、ふざけている。
感想評価お待ちしてます。
誤字脱字などの報告本当にありがとうございます!
この場を借りてお礼申し上げます。