キヴォトスの若鷲(エグロン)   作:シャーレフュージリア連隊員

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政府の活力は自由の保障のために不可欠であること、確かな慎重な判断に従えば両者の利害は本来分離し得ないものであること、強固にして効率的な政府を熱望する一見厳しい外見よりも、むしろ人民の諸権利を標榜するもっともらしい仮面の陰に、かえって危険な野心が潜んでいることが、同じく忘れられるだろう。
歴史は、前者が後者よりも専制を導入するためのはるかに確実な道を見いだしたこと、そして共和国の自由を覆した人々のうち、最も多くの人々が大衆迎合主義者として彼らの政治的経歴を始めたことを教えてくれる。 彼らは扇動者として始まり、暴君に終わる。
──『ザ・フェデラリスト・ペーパーズ』 アレクサンダー・ハミルトン──


【第二部序章 ザ・フェデラリスト・ペーパーズ】
The federalist Papers


 

 草臥れた様子の男が、疲れ果てた顔でぶつぶつと小さなパブの中で呟く。

 哀れな小人、その本質を何ら理解せず、そして上辺だけを見て真理についたと思い込んだ愚かな愚かなゲマトリア、その一人だ。

 フランシス、デカルコマニー、ゴルゴンダ、幾らかの名はあるが、彼の考えの様に無価値で意味もないマクガフィンであるから、記す必要も知る必要もない。

 だが問題があるとすれば、彼のような人種は後悔はしても反省が出来ない、頭がいいのだが答えを見つける事はできず、一定以上先に伸びない。

 そうした哀れな男であるから、都合の良い情報を飛びついてたちまちに咀嚼し……彼はまた変容した。

 彼は自らをオーウェルと名乗る事に決めたが、問題があるとすれば……その名を使うものは、像を撃つ事を理解しなくてはならない。

 そして言語的廃棄物群を切り捨て、更に洗練し、最後に心を持たねばならない。

 

「だからこうして都合の良いテレスクリーンの情報を信じるどころか、プロレ・フィードに載せられるんだな」

 

 パブの片隅に最初から居たジョセフ・フーシェが、哀れんだ眼をして呟いた。

 フーシェは呟いた後、そっとやってきた佩剣を携えたアヤメに肩を掴まれた。

 

「帰るよ」

「門限に厳しいや」

 

 フーシェの無念と言いたげなつぶやきは、虚空に諸共消えていった。

 

 

 

【第二部 ザ・フェデラリスト・ペーパーズ】

 

 

 ふと、違和感を感じた。

 彼の長い人生の中でそれなりに切り抜けてきた修羅場と時間は、すぐに彼と言う肉体と精神を臨戦体制に入らせる。

 異変の内容は即座に気付いた、静かにすぎる、静かに過ぎる場合、敵が居ると言う事である。

 自然音も人の音も一切しない、シャーレ本庁舎の警衛隊員と守備隊及び再訓練の隊員や法務などの各種幕僚に整備要員が、一斉に消えるなどと言う事はあり得ない。

 タブレット端末を探してみるが、あるはずのシッテムの箱がない。

 成程、と思いつつ彼はデスクを開け、響いた声の方向を見た。

 

 何かボヤけている。

 

 眼を細めた彼は、迷う事なくデスクから拳銃を取り出した。

 彼のデスクに非常用で保管されているのは一応危機管理用で保管されたFN ハイパワーで、官給品そのものであった。

 自動拳銃と言う奴に対して親しみも慣れも無い彼だが、サオリやスズとオフの時にやった射撃場の教習は覚えている、何を言われたのかも覚えている。

 困りきった二人から「先生、もしかしてですが貴方は一部以外途方なくヘッタクソです」と、概略してしまえばそう言う事を言われた、彼の時代の銃兵(ガナー)は無学者の寄せ集めで射撃より行進の歩幅のが重要だったのだから仕方ないが。

 ただ全く使い方を知らない訳ではなかったし、彼には死線を潜った人間特有の凄みと、戦歴の中に染みついた血潮と硝煙の空気があった。

 それは無意識に彼に慕う者と警戒させる者を与えた、慕う者、例えばサオリ、彼女は本質的に「あぁ、この大人は自分と同じだったんだ」と同郷、同じ地獄を見た人だと理解させた。

 そして警戒させる者、ユキノは無意識に考える、「この大人は、無意識に地獄を現出させてしまうのではないか?」と、彼は本質的に平和の世界に何ら郷愁が無い。

 

「モノクロの世界か、意外と味があるかもな」

 

 そう言うと彼は黙々とプレートキャリアを確認し、大外套と帽子とサングラスを付けた。

 非常武器庫のM1903を着剣し、クリップをポーチへ仕舞い、インカムを確認する。

 モノクロの世界であるはずなのに、彼に限ってなぜか"その方が正しいように見えた"、輪郭の線が太く荒々しく見え始める。

 彼の右腕に何故か付いていた腕時計型の何かは、連邦生徒会を示して光っていた。

 囁きや幻聴のようなものは、全て無視していた。

 と言うより、何らの影響力を発揮しようにも出来なくなっていた。

 世界のテクスチャを張り替えた悪影響というもので、しかも最悪な事に、彼に関するテクスチャの一部に関わっていた。

 

 "色彩なき世界、そこが貴方の居場所なのですか? "

 

 何かの囁きに、知った事かと彼は歩みを進める。

 サンクトゥムタワーまで大して遠い距離でも無い上に歩くのが苦になる距離では無いから、彼は徒歩で進んだ。

 到達すると何食わぬ顔で扉を開け、指し示す方向へ前進を続け、そして少し彼はその先の区画を見て首を傾げた。

 再建のドンガラだけ終わったサンクトゥムタワーだが、連邦生徒会会長室は直っていただろうか? 

 無言でFN ハイパワーのスライドを引いて装弾、続けて小銃を腰だめに構えて進む、銃剣を装備した小銃兵の基礎訓練は案外覚えているものだ。

 会長室のドアに付き、プレートキャリアのサイドポーチからC2爆薬を取り出す。

 使い方は休日にSRTや白河らの話のネタに聞いた。

 

「それと、これだな」

 

 ベルトに吊るしたM67手榴弾をポケットの中へ差し込む。

 予定通り爆薬を点火、ドアが吹き飛び、続けてピンを引き抜き安全レバーが外れた手榴弾が投げ込まれる。

 ドフッ! と爆発、衝撃音、破片が飛び散った音がした。

 続けて、覗き込むようにライフルを構えて室内を見る。

 カッティング・パイとかいうやり方の一種らしいが、デルタの連中やネルの話と体験講習程度だから、そこそこ手慣れた雰囲気程度である。

 無論民兵のような姿という訳に見えない、単に古兵に見えるのだ。

 

「誰何! 両手を挙げ腹這いに手を広げろ!」

 

 マッキントッシュ調の連邦生徒会会長室、その執務室の卓の向こうに少女がいた。

 ただ座っている様子だが、何かが怪しい。

 彼は迷う事なく、その見知らぬ者に目掛けてライフルを構える。

 

 "初めまして、先生。いきなりの訪問はびっくりしますよ"

「そうか」

 

 彼の構えたライフル銃が唸る。

 ボルトアクションのライフル銃がせいぜいの彼だが、10秒の間に3発、外したと明確に分かったのは1発で、残る2発はと言うと……1発は机へ、もう1発は、彼女の上半身へ飛び込んだ。

 ばすっと刺さった一撃が、彼女の上半身の一部を紅く染める。

 

 "私のミスでした"

「そうだ、お前のミスだ。お前は、私から先生という薄いシーツを取り払ったのだ。

 生徒のいない世界では私はシーツを被った怪物では無い」

 

 先生という、シーツに覆われた怪物のフリをする存在を無理に剥いではいけない。

 それはそれのまま留めておくべき事であり、解き放たない為の鎖なのだ。

 

 瞬間、全ての接続は切られた。

 

 

 

 

 先生の聴覚が、耳朶を打つヘリコプターのエンジン音に変わる。

 シャーレの保有の空中指揮官機仕様にカスタムされたCH-53Eスーパースタリオン、その一機<マレンゴ>の機内だ。

 心配した顔つきのクルーチーフが、先生の肩を叩く。

 

「大丈夫ですか? 少し、張り詰めていたような気がしますが」

 

 彼女はそっと水のペットボトルを渡した。

 先生は眼を揉むと、サングラスを付けて「いや、すまん。妙な夢を見た」とペットボトルを受け取った。

 外の世界は夜の闇が晴れつつあるDU市街地が見えた。

 シッテムの箱に繋がれた戦術端末を見て、彼は一瞬、我が眼を疑った。

 

 4月、そう書かれている。

 

 彼は訝しみ、そして記憶を整理してみた。

 トリニティの総合大演習、アリウスの軍政終了、鋼鉄大陸攻防……そしてその後の年越し。

 そこまでは覚えているが、何故3ヶ月記憶が飛んでいる? 

 そして何より、そうであるなら何人も卒業しているはずでは無いか? 

 だが彼には確信が無かった、不可思議極まる事に「そうである」と「そうで無い」が両立している、彼は一旦考えを取り換え、別件の確認をした。

 予算申請書類を確認する、古今東西この金の流れほど正確な記録は存在しない。

 

《ゴールドイーグル。シエラ・ホテルを確認。これより着陸する》

《シエラ・ホテル。こちらでも其方を確認した》

 

 着陸が始まり、そこから降りる時には先生の疑問は更に大きくなっていた。

 簡単に言えば説明がつかないのに何故か自身のやった事が残っている、どうなっているのだ? 

 つまりデカグラマトンの危機もアリウス復興もアビドスでの電撃戦もあるのに今は4月? どうなってる? 

 プラナやアロナに一応、自分をスキャンさせたが「何もわからない」と答えられては手が打てない、取り敢えずこの件は今じゃないと彼は結論づけた。

 前に起こったユウカとサオリが入れ替わった事件があったが、そうした何かである可能性がある。

 

傾注(アテェーンション)!」

 

 踵を打ち鳴らした警衛隊員が連絡し、夜勤組の幕僚達が起立する。

 夜勤組の幕僚達と言ってもさほど多い訳ではない、大概が何かトラブったりした時に対応する為だ。

 

「休め」

 

 そう告げ、各自が着席してそれまでしていた待機業務とちょっとした仕事に戻る。

 常在戦場と書かれた壁の標語と、連邦生徒会のマーク、連邦捜査部のマーク、そして連邦生徒会会長の御真影が壁から生徒達を見下ろしていた。

 確かあの御真影……というかポートレートと呼べば良いのだろうが、スズが「御真影じゃあるまいに」と言ったせいでそう呼ばれているものが掛かっているのは一応我々が連邦生徒会の外局だからだ。

 

「取り敢えず、俺は風呂に入っているから何かあったら連絡しておいてくれ」

「了解です」

 

 軽い報告書類と明日明後日向けの仕事の確認を終え、警衛隊員に告げて自室のある階層に戻る。

 去っていく先生を見送った警衛隊員は、ちょこっと扉を開けて幕僚らに尋ねた。

 

「……なんか顔険しかったけど、なんかあったの?」

「さあ……?」

「ちょっと怖かったね」

 

 戦闘の報告は聞いてないし、散発的な小競り合い程度でああなる人じゃ無いが……。

 そんな事を思いながら、警衛隊員は扉を閉める。

 あと1時間くらいで夜勤は終了だ、何も無いと良いんだが。

 

 

 

 その日の昼、根っからのショートスリーパーである先生は熱い長風呂の後、ゆっくり仮眠して午前11時には業務に入って、やはり精力的に業務をこなしていた。

 サンクトゥムタワーの再建がドンガラだけで実体のシステム自体は代用であるから、連邦生徒会の仕事は忙しく、連邦捜査部の仕事も当然だが減る訳じゃない。

 はっきり言ってしまえばリン首席行政官は与えられたタスクと権限の範疇では完璧な官僚だが、一政治家として全く才能が無いと言える、要するに強みと弱みを全く認識出来ていない。

 会長について詳しくは知らないが、個人に依存し切ったシステムや体制は模倣してはいけない、必ずシステムを破綻させる、ローマ帝国の存続とはシステムの強さだった、中華(キャセイ)の王朝達もそうで、モンゴルの崩壊もオルドを纏めるシステムの崩壊であった。

 

「それで、何があった?」

 

 アオイ財務室長の回線を開いて、尋ねる。

 連邦捜査部はエデン条約機構の責任がある為、ETOの諸問題も先生の範疇という事になっている、ゲヘナ生徒がトリニティで捕まった場合という酷く初歩の問題は済んだが、双方の地域での司法権や条例の擦り合わせを考える仕事はある。

 ついこないだ、境界線にある遊園地でカスミが温泉を掘ってやらかしやがった。

 これを機に双方の治安態勢をすり合わせることが始まったのだが生活が違えば規則も変わる。

 

『端的に言えば、先生、あなたにリン行政官を休めるように支援を依頼したいの。今週末予定が空いているわね?』

「土曜日の朝から空いている、金曜日のクロノス報道局の出演は其方の話だから断るなら其方の方でつけろ」

『いえ、それは問題ないわ。土曜日1日で良い』

「問題ない」

 

 書類を書き終え、印鑑を押して尋ねる。

 

「で、いきなりどうしたんだ?」

『リン行政官は現在過労で書式ミスが多くなり、休んでもくれない以上こうして最終的解決手段に頼ったワケよ』

「そんな酷いのか?」

 

 リン行政官が何かアレコレ言ってくる時は「防衛室の案件だろうが」とか言いたくなる案件が多かった、ついにおかしくなったか。*1

 ただ半角と全角を取り違えたり、書類の順序がおかしくなっているのは、些かヤバいと言うのは分かる。

 ただ分からないのが土曜日に俺を呼び出してどうするというのだ。

 

「単純よ、ちゃんとリン行政官が休めるよう公邸に赴いて欲しいの」

「それはそれで問題が有るんじゃねえの……?」

 

 思わず素で聞き返す。

 普通に問題だろ、どう考えても。

 アオイは「そんなのは百も承知よ」と返し、困った顔をして続ける。

 

「休ませてみたら在宅で仕事してて……ちゃんと休ませられるか、まともな書類が早く書ける人が横に居ないとヤバいんじゃないかとアユムからも相談されてね……」

「あー……休み方を本質的に理解できないのか?」

「というより抱え込みの責任感よ」

「へぇ」

 

 ”そんなものがある高尚なお方が居るんだな”と思わず苦笑した。

 アオイはやや顔を顰めたが、何も言わなかった。

 

「とにかく、何とか対応してほしいのよ」

「分かったが、抜本的解決が必要だと思うぞ」

「具体的には?」

 

 すなわち、最高指導者の再選任(連邦生徒会会長の選定)

 

 

 七神リン……というより連邦生徒会の高級官僚らは、公邸に住む義務がある。

 その中で室長や首席行政官のような人々は、幾らかのカスタムがされているが、リン行政官の公邸は部屋の一つが通信室となっている特徴がある。

 これは今は居ない連邦生徒会会長が即座にリンを呼び出したり、或いは自宅で直ぐに情報を集めて会長へレクをするためだ。

 有り触れた郊外の住宅地と呼べる場所だが、住宅街の住民は大半が連邦役人だ。

 例外は無論存在する、例えばハイランダーのDU総合運行司令部の監理官とか、オデュッセイアの航行管制の人間などが居る。

 インフラストラクチャーというわけだ。

 

「身分証を」

 

 道路に構えられた検問の、ヴァルキューレの警官が尋ねた。

 乗ってきた車両で向かうと、確認を終えた警官が困った顔をした。

 

「すいません、安全規則上と法令の都合がありまして下車願います」

「そんな規定あったか?」

 

 聞き覚えが無いので尋ねると、警官が手帳を出して、指し示す。

 ”公邸近隣地域等においては安全と保安のため、原則連邦以外の乗車禁ず”と書いてあった。

 

「これに本局外局の区分が書かれておりませんから。なにせシャーレは……」

「系統図だと会長の横に生えとるからなぁ……」

 

 苦笑いしながら、分かったよと返事する。

 規則と現実がすり合わない場合と言うのは個人判断になるが、こういうのは流石に体制の問題だ。

 したがいコイツが悪いわけではあるまい、後でこっちで一応調停室あたりに持ち込むか。

 乗ってきた車両を降り、今回の護衛で連れて来たデルタの分隊長の久留木を伴って歩く。

 

「必要ならこちらで車両を貸しますが」

「いいよ、偶にはゆっくり歩くさ」

 

 警官に手を振り、目的地まで歩く。

 職業病からつい、辺りの地形や風景を見回す癖があるがそのせいでここがどういう場所か何となく見えた。

 小高い丘にあるタワーと詰所が恐らく独立した通信インフラ、少し遠くの土地に見えたSL-AMRAAM陣地とVADS、なにより。

 

「……あの警官たち、全員装填してたな」

「ですね、実包でしょう」

 

 あまり警衛隊員は装填をしない、暴発事故防止だ。

 警察である場合初弾は空包、または安全ゴムが入っているべきである。

 平時から装填をしてると言うのは、そう言う場所なのだなぁと思わせた。

 七神と書かれた表札と、連絡を受けていた警官が手を振り、場所が分かった。

 

「確認しました……。あぁ、先生と随行の方は、武器はこちらのケースに」

「こっちのケースで良いんだな」

「はい」

 

 警備の警官が元SRTなのは何となく察しがついた、腕の筋肉などがウチの隊員と大して変わらん。

 武器の提出には特に文句はない、俺でもそうする、金属検知器があるので一端ガッデム……シッテムの箱を横に置き、検査機を通る。

 

「ご協力どうも」

「おう、ご苦労さん」

 

 中に入ると、私服姿のリン行政官が居た。

 

「そっか、オフだから私服か」

「……アオイ室長が朝に制服を纏めて洗濯に持っていきましたから」

 

 リン行政官の言葉に「アイツも苦労してんだな」と思いつつ、書類仕事をしているリンの対面へ座る。

 

「取り敢えず、決済とサインが必要な奴以外は俺に回せ」

「……ですが」

「あのなぁ、この世の誰もが俺みたいに報告書と書類を読む書くが大好きじゃないんだ。

 たまには他人を頼れ、個人に頼るシステムは崩壊するぞ、企業が良い例だ、ライン・スタッフ・サービスの相互補完が理想なんだからな」

 

 それはある意味、先生自身の自虐ジョークであった。

 偉大な独裁者と言うものは大概そこが破綻するが常である、始皇帝、ナポレオン、単独の一代でのし上がった男たちは、その独断と独裁による果断の無い即断で拡大した。

 企業でも同じことが言える、かつては天才だった経営者が老いて害悪のみを遺すケースは多いし、政党である場合派閥の領袖が消えて崩壊して政党が消える事もままある。

 プロイセンで生まれた参謀本部は、革命期フランスという激動の影響から産まれたスタッフ、つまり中間管理職らの決定稿であった。

 フランス軍地形測量局から端を発した概念は、参謀本部として結実し、現在に至るまで軍事機構として残っている、恐らく人類史が続く限り永遠だ。

 プロイセンはナポレオンが恐かった、恐かったがナポレオンはプロイセンに居ないとシャルンホルストたちは理解していた、だから化け物に対抗するために寄り集まった。

 だがシャルンホルストは死に際に警句を残しきれなかった。

 

「強国になって誰かに権力を集中させると……」*2

 

 シャルンホルストの危惧は皮肉にも二度の大戦でのドイツの敗北によって事実となった。

 スタッフ重視の結果、責任が無いが権限はデカい参謀が異様に口を挟んだ、それに飽き足らず彼らは主君すら簡単に不必要なら切り捨て始めた。*3

 マンシュタイン、ルーデンドルフ、グデーリアン……数々の将軍らは自らの責任を負わず大好きな戦争へ没頭したのである、皮肉なことにこの将軍らが求めた最高の主君は誰かと言えば、ナポレオンのような天才的軍人となる。*4

 彼らはみんな怪物になったし、それを阻止できたのは元帥まで銃殺にしたソヴィエト連邦だけだ、トハチェフスキーのような危険人物を殺せる決断力が他にはないし、出来るわけがなかった。*5

 

「まぁ、気負うのは分かるが方法が一つだと思うのは早計だぞ」

 

 すべてを見たわけではないが、組織と言うものの根幹的問題をよく見知った彼は、そう伝えた。

 はっきり言ってしまえば、連邦生徒会会長個人に委託する犬のような人々を生産したせいである、これは明確に失政だ。

 

「そうでは、ありますが……」

 

 どんっと溜まった書類を確認し、大半を捌き終えるまでに大した時間はかからなかった。

 リン首席行政官が行政の官僚としては望みうる限り最良に近い上に、彼女の支援としてきた大人は化け物の様に卓抜した才覚があった。

 些か正気じゃないレベルとすら言っても良い、各地にどの部隊が今どこにあり、その兵員数は幾らかまで理解し、海軍の艦艇の建造報告などまで認識できて処理できているのだ。*6

 そんな訳で日が高く輝くころには、リンの書類はほぼ壊滅、リンにとって珍しい「何もやる事が無い」と言う事態が発生した。

 

「……どうする? 寝るか?」

「今寝ると、あとで困りますから……しかし無為に時を過ごすのも、問題ですね」

「出かけるなら、随行するぞ?」

 

 久留木が「デートですか?」と言い「テメェ良い根性してるな」と返した、このバカが。

 くそっ、連邦の表向きがあるからってデルタにしたのはマズかったか! やはりスクアッドの方が……というか何であいつらよりデリカシーが無いんだバカヤロー! 

 

「そうですね、今の時刻なら……腐れ縁の旧友に会えるかもしれませんし」

「気晴らしには一番良かろう、良い案だ」

 

 誰かと会う、気分を変えるには中々良い手段だ。

 しかしそれだと俺は退席した方がいいのではないかな、と聞くと、リン行政官は「いえ、むしろいる方が相手が喜ぶでしょう」と告げた。

 

 

 

 連邦矯正局のある一室で、不知火カヤは自身の同居人がぼおっと呆けた顔をしていたのを、訝しむ様にしていた。

 彼女の同居人がこうした……人間臭すぎる顔をしているのは見た事が無い。

 それなりに慇懃無礼なところが含まれるカヤは、あんまりにも珍しい顔をしている同居人に尋ねた。

 少し遠くからこっちを見ている看守と、ユキノ小隊長も「何があったんだ?」と困惑しているのは良く分かる。

 

「……SITREP(何があったんです)?」

 

 こう言った方が良いだろうなと、カヤが何となく尋ねた、SITREPとは「状況報せ」の意味で、普通は部隊間支援要請などで使われる。

 カヤは一体何事だろうと脳内で思案してみたが、なにも浮かばなかったので、少しばかり話しやすくしたかった。

 彼女のイメージと推測されるマギの経歴を考えると予測がつかないので、ユーモアを混ぜたかったのだ。

 故に帰ってきた答えにカヤは少し、思考が停止した。

 

「あー……なんですって?」

 

 後ろの方で看守とユキノらが少し身構えた。

 だが、今度はマギの言葉を聞いて、カヤは理解し、そして言葉が出た。

 

「ハァ?」

「こっそりやってた材料調達と酒がバレた、ミスズ局長に」

「えぇ……」

 

 紛れもなく困惑する声がカヤから漏れ出る。

 後ろからは「なんだつまらん」と看守や一部の囚人の呟きも聞こえた、暇を持て余した連中だ。

 カヤが「だからってそんな顔します?」と聞くと、マギは開いた口から魂が飛び出かけた様に言った。

 

「材料調達でまどろっこしい事せず、局長経由で頼んでりゃもっと楽だったのを見抜けなかった」

「バッカじゃねえの……」

 

 なんだそりゃと呆れたカヤの呟きに、マギが嘆く様に「私の警衛と給食班への努力は無駄か」と呟いている。

 

「やはり鈍った、知らない間にアズサにも追い抜かれたのも無理はないかなぁ」

「それとこれに関係があるのでしょうか……?」

 

 本気で理解できない様子のカヤや、何かしらよく理解しきれない理由で傷心中のマギを見下ろす影がある。

 大きな大外套にしっかりとした制服の着こなしは、紛れもなく階級があるものの出で立ちだった。

 基本的にだが、階級がそれなりに高い場合、身のこなしは自然とこなれてくる。

 無論身につくかは個人差だが、そうでない場合もある、身につく人の確保を出来得る限り安定させたいなら貴族将校となるが、ヴァルキューレではそうした門閥は多くない。

 とくに、矯正局の局長たる監原ミスズにとっては当てはまらない。

 オフィスのある営庭を見下ろせる事務棟4階の、投石などの対策で鎧戸がついている窓からミスズは少しため息を付いた。

 矯正局の局長と言う職は望んだと言うよりは、「まあ今回はこの人が良いだろう」という認識で、警察学校内部で「無害で優秀そうな奴」に任されたのだ。

 優秀さについてはミスズは自信が無い、だが真面目である事は仕事で証明して来た、定数割れの看守でも7囚人以外は脱獄できていないのはその証左だ。

 

「局長、居られますか」

「なんです」

 

 事務官の連絡に、ミスズ局長は首を傾げた。

 彼女は理解出来ない不可思議な囚人から、仕事の事へ視点を変える。

 

「はっ、面会者が来ておりまして」

「事前連絡は有りましたか?」

「いえ、それが……行政官殿と、先生です」

「はい?」

 

 ミスズ局長は変な組み合わせで、しかも奇妙だなと感じた。

 先生は基本的に規則と法令はしっかり守ってくれる、事前連絡もある、だが当日でいきなりと言うのは然程聞かないが……。

 

「あっ、分かりました。ユキノさんたち絡みですかね」

「いえ、面会予定者の名前は七神リン、不知火カヤとの面会を希望しているのです。先生が連絡役で」

 

 ミスズ局長が猶更分からないと言う気分になった。

 てっきりあれこれ終えた後に、連邦の承認が云々とか言ってユキノさんたちを連れていくのかと思ったが……。

 取り敢えず、時間内だし、珍しくはあるが当日でも申請がされてるなら問題はないとしてミスズ局長は看守に連絡した。

 当然、面会と言われてカヤは「へ、なんで?」と首を傾げた。

 

「君は係累か、恋人はいたかな」

「居ませんよそんなの、居たら役人なんぞやりはしませんって」

「なるほど?」

 

 マギが困惑するカヤの言葉に、「面白そう」と言う理由でついていくことにした。

 看守は「面会なんですから、困りますよ」と告げたが、マギは笑って「脱獄するんならこんな露骨な事しないさ」と返した。

 

「いやしかし……」

「君の口座にも入っていない古札で20万分の紙幣の件を忘れたとは言わせないよ?」*7

「うぐっ……」

 

 看守が痛い所を突かれた声を挙げた。

 軽い口車、脱獄する訳ではなく、危険も小さい囚人の悪巧みと油断したのがすべての原因である。

 

「私は何も聞いてません、聞いてませんからね!」

「カヤ室長は耳が遠いのがとり得かな」

 

 すると、カヤが見慣れた大人の姿を見た。

 

「あれっ?! 先生?!」

 

 本気で驚愕したカヤと、「ちょっと予想がつかないな」と猶更興味が湧いたらしいマギが顔色を変えた。

 

「おい、確か隣の部屋は中の会話が聞こえたな」

「まさか隣の監視室に入れろって?!」

「ああ」

 

 看守が半泣きになりながら「先生何とかしてください」と泣きついたので、カヤは「もう何でもいいからなんとかなんねーかな」と神頼みの準備に入った。

 

「あんまりいじめてやるなよ大人げないんだからオメー」

「すんませーん」

 

 先生が呆れた顔でそう言い、入れてやれと看守に指示した。

 

「その気になればいつでも出れる奴がまどろっこしい事しねーだろ、問題ないよ」

「やったー」

 

 先生が監視室のドアを開けたのを見て、カヤは「あれ? 先生じゃないんです」と尋ねた。

 カヤが面会室の扉を開けると、其処に居たのはかつての旧友、そしてかつてのクーデター相手だった。

 

 

 

 面会室隣の監視室は、音声記録と中が見えるマジックミラー式のコンテナのような部屋だ。

 ただちょっと見ない間に、不知火カヤは大分印象が変わっていた、少しふっくらというか、丸みが増している。

 それに纏めていた髪を下ろしているせいか、若干幼く見えている。

 

「何かアイツ、福々しくなってねーか?」

「重荷が取れたからじゃないか?」

 

 何食わぬ顔で看守の横で椅子に座って足を組んでるマギは、何食わぬ顔のまま皿に置かれていたドーナツを齧った。

 

「あのー、それ私の」

「あぁそう」

 

 ポケットから硬貨を渡し、「今度はチョコ味にでもしたらいい」とマギが言う。

 看守は「マジで勘弁してくださいよ……」と先生へ助けを求めた。

 

「暴れたりしないし良いんじゃねえの?」

「暴れたら止めれないですよ」

 

 看守のヤケクソな呟きに「まあそうだろうけど」と思いつつ、カヤの様子を見る。

 実際問題、以前のカヤよりは健康的に見える。

 それに幾らか、人を引き寄せやすい雰囲気をしている。

 心なしか、チェスをしているカヤの姿は非常に親しみやすい印象を与えるのだ。

 

「権力は人を孤独にするのかねぇ」

「望んで得たと言うのは違うだろうけどね」

 

 カヤのクーデターの最大の理由は恐怖だ。

 であるが、そうまで追い詰められた事の原因は連邦生徒会会長だ。

 彼女が結局消えてしまい、カヤは最後のやる気を失ってしまった。

 カヤとリンの対局は、静かで安らかな時間として過ぎていった。

 時間が終了する五分前に、ふとある事を思い出した先生は、面会室へ入ってある質問をした。

 

「そうだ、以前の調書で聞いたが……ほら、お前の前に言っていた確保予定だったアーティファクト」

「シャーケードの杖ですか?」

「ああ、確かお前が確保するつもりだったが、確保できなかったヤツ。

 あれってどこに仕舞われてるんだ」

「えっ、シャーレ本庁舎地下ですよ? 有りませんでした?」

「多すぎて何処にあるか分からんと需品科以外使われてねーんだ」

 

 カヤが呆れたような顔をしたが「昨日今日の新設組織だからそりゃそうだけど」と納得した。

 

「地下5階、クラフトチェンバーの真下の部屋ですよ。

 確かEW-33と書かれたコンテナにあります、搬入作業は私らが直々でやりましたから」

「そん時ガメれば良かったのに」

「会長の趣味のコレクションは七割ガラクタ二割は詳細不明ですよ?」

 

 マジなのとリンを見ると「懐かしいなぁ」と言う顔をしている。

 事実と言う事だろう、コイツらの言う内容は概ね食い違わない。

 

「で、どう言う奴なんだ」

「それが良く分かんないんですよ、ただのスマートウォッチみたいな奴ですし……」

「……詐欺じゃねえの?」

「私からすれば同じくらいあなたのタブレット端末も胡散臭いですよ」

「今も胡散臭いと俺は思ってる」

 

 タブレット端末から『なにをー!』と声が聞こえるがまあそれは無視だ。

 

「ま、取り敢えず、健康そうで何よりだ」

「飽きない同居人が居ると人生は諦観の暇が無いのです」

「結構、結構」

 

 面会を終えると、リン行政官は「時間があります、地下を拝見しても?」と尋ねた。

 

「良いぞ、確か今なら……イロハが居たな」

 

 電話をかけ、ちょっと地下で荷物探すからウチの隊員の準備しておいてと聞き、ダルそうな返事が来た。

 しかし、シャーレ本庁舎地下階にそんなもんがあるって、俺は全く連絡されてねえんだが……。

 ちくしょう、連邦生徒会会長なる奴が誰かは知らんが、会ったら引継ぎ無しで消えた事を後悔させてやる。

 

 

 

*1
「キヴォトスで起こる様々な事件を……」

*2
覇道進撃18巻、シャルンホルスト最後の言葉

*3
七色のオーケストラ開始だゴーッ! 

*4
CIVじゃねンだぞ

*5
毒ガスおじさんは退場! 

*6
えっ、これは史実なんスか

*7
通し番号が無く追跡できない金




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