キヴォトスの若鷲(エグロン) 作:シャーレフュージリア連隊員
たとえば部下から思いも寄らぬ案を示された時、けして素直に耳を傾けられない。その利点ではなく欠点を洗い出すことに意識が集中する。
なぜならば、自分の手元に多様な可能性が存在することに希望ではなく恐怖しか感じないから。
部下の優れた提案、自発的な行動を、隠したくてたまらない自己の無能に対する批判としか受け取れない。
──皇国の守護者第7巻──
迎えに来た公安局の生徒らと合流し、カヤとマギを連れて車両へ乗る。
サンクトゥムタワーに向かい、再建途上のサンクトゥムタワーのホールへ入る。
相変わらずホールは警備の手が厚いとは言えないが、これ自体は設備施工が事業選定の遅れをうけているからだ、官製とか官営の工廠は無いのだろうか。
エレベーターの反応が悪いので、ボタンを何度か押す。
「反応が悪いな……」
接続が悪いなと思いつつ、何度か押したらちゃんと起動した。
サンクトゥムタワーの会長室などがあるシタデルはエレベーターを乗り継ぐ必要があるから、内殻部分へ乗り換えた。
流石に内殻部分はちゃんとエレベーターは動いた。
会長室がある階層に到着し、金属検査の機材を通る、一律検査だからしょうがない。
その後、通路を進んでマッキントッシュ調の執務室へノックした。
「どうぞ」
カヤは「あれ?」とおかしげに首を傾けた。
「あんな声だったかな」と思わず彼女は言葉にしたが、先生へ続く。
マギが普通に通されたのは、服がシャーレ採用アーバンウォーリアーのTパターン迷彩だったからだろう、制服を信用し過ぎるのは役人の悪癖だ。
「よく来ましたね、カヤ。あら? そちらの方は?」
「誰ェ?」
連邦生徒会会長は物珍しそうにして、不可思議そうに尋ねた。
当惑するカヤの後ろに居たマギは「お気になさらず」とほほ笑んだが、カヤの様子に気付いた。
やがて会長とマギは同じ意味の視線でカヤを見る、何だ一体という困惑である。
「どうかしたの」
「いや、あの、誰ですあなた?」
会長へキョトンとした様子でカヤは呟いた。
マギの困惑した「違うの?」と、会長からの「えっ?」と言う声が室内を満たした。
あまりユーモアがあるようではない元防衛室長はこうした冗談を言わないものだ。
「いやあの、私の知ってる会長は、青い髪で、ベレー帽は良く落とすから略帽で……ふざけてよくグラサンをつけていましたが……」*1
「え、違うのかい? 髪を染めたとか、そういうアレじゃ無くて?」
「いやぁ、プラチナブロンドに染めただけならともかく顔も違うんですけど……」
「……え?」
カヤの言葉に「あぁ、お前は分かるタイプだったの?」と返すと「他に気付いてない人のが多いんですか?!」と尋ねて来たので「うん」と返した。
やがておろおろしたようにカヤは「先生には分かりますよね?」と聞いて来たので「俺は会った事が無いんだよなぁ」と返事をしたらカヤは地団駄を踏んだ。
「畜生こういう時に限って役立たねぇな!」
「酷い事言うなお前な、先生傷つくぞ」
「面の皮正面装甲RHA*2換算数千ミリが良くほざく……」
会長の方を見るとあちらはあちらで衝撃的なのか、視線をきょろきょろとしていた。
やがて、ふと疑問に浮かんだのかマギへ目を向ける、何か縋るような、そして拗ねたような目つきがあった。
「貴女は驚かれないのですね」
「いや自分アリウスなんで会長とかよくわかんないです……」*3
「はうぅ……」
会長は困り果てているが、どうしようもないと言いたげな顔をしていた。
相変わらずカヤは「なんかちょっと身長が違うし、眼孔の感じや目つきもあんまり似てませんよ」と指さしていた。
ただそれが真実本当に本気で言っているのは、態度や様子を見ればよく分かる。
真実10代後半の少女が本気で困惑しているのだ、冷静さや政治的センスなどの一才が吹っ飛んで困惑する少女になっている。
それなりに体裁を整える彼女が年相応で喋っているのだ。
「それがよー、この会長は”こうした状況になったのは一人一人の責任と行動の結果であり、それを直していきたい”って言ってるんだよ」
「猶更偽物ですよ! あの人そんな殊勝な事が言える訳ありません! 言えたらSRTなんか作りませんよ!」
「政治的に正しい事言ってるから偽モンってお前本当にひどい事言うな……」
「世界は超人に合わせて出来はしてないんですよ、往々にして!
だいたいこの循環赤字と構造赤字体制の真っ只中で、効率を欠いた治安体制の複雑化は首都の治安を害するばかりか、過去に幾つ王朝が親衛隊により覆されたと思ってるんです。
正規の命令系統に属さない暴力装置なんぞナンセンスですよ!」
俺の知ってる親衛隊は裏切らなかったけどなと思いつつ、正論を言うカヤを物珍しげに見ている。
ナニがどうなってるのかいまだに理解してないマギの顔が、今度は会長へ向く。
会長はそれなり以上に衝撃を受けたらしく、しゅんとしおらしい顔をしていた。
「だ、だって、事件を解決するには私自身の介入が1番早くて……」
「頭越しに命令される私……いや、それは良いんですが、私の部下たちやヴァルキューレの人たちはお考えになりませんでしたか……?」
カヤが自分はともかく、と言ったのは先生には少し意外な言葉だった。
彼女が白い制服を着た当初はそれなりに意欲があったのは、就任以来の献策や政策で見ては取れる、実際問題クーデター崩壊に際しても考えは惜しいものだった。
どうせこのままなら負けるのだからでっかく賭けてみようは無能ではなく判断ミスだ、真の無能は決断出来ないまま終わる。
チェスが強いのも前提条件の中で最大に効率化を図るからだ、官僚や幕僚としては優秀なのだろう。
「挙句の果て連邦捜査部なんてこさえて……まだ来たのが”コレ”で良かったですが、害意や悪意が有ったりするか、もしくは真実尻で椅子を温める馬鹿が座ってたらどうするんですか!」
「コレ扱いはひでぇな」
「シャラーップ! あんただったからまだ良いですがこれで優男とか出た日にゃただの愛人が役員やってる中小企業じゃないですか!」
「酷い謂れようだな、俺もそう思うから仕方ないが」
素のコイツおもしれえなぁと思っていたが、会長は「わ、私には承認した覚えが無くて」と言ったので、カヤは本気で呆れかえった。
「いやいやいや、稟議書にサインして印を押して記載が記録されたら秘書が勝手にやりましたは通用しませんって。
文書主義は民主政治の根幹なのですよ?」
「いえですから、私は普通に退勤したと思ったら……突然これで……戻ったと思ったらなんか出来てて」
「なんか出来ててとかは最低な不倫の言い訳以外で聞くとは思いませんでした……」
唖然としたカヤは、しばしして考えた後に、ちらりとこっちを見た。
そして思い出した様に告げた。
「ちょっと待ってください、その発言の通りだとシャーレの指揮統帥権はフリーじゃないですか。
誰が”アレ”を指揮統括し管制し監査するんですか、仮に貴女が会長だとしてアレを自由に放り投げたらどうなるか分かりませんよ。
会長を名乗るなら事後承認してでもサインしやがれください!」
「ぎぶぎぶぎぶ! あーっ締まる!」
会長の襟首掴んで赤べこのように揺らしながら、カヤがぐわっと咆えた。
獰猛な虎のような変な圧が出ていた。
「と、取り敢えず私はちゃんと追認して承認しましたよ!」
「当たり前じゃないですか放り投げたらアレがどこ行くかだけで大問題ですよ」
「指をさすんじゃねぇバカヤロー」
「シャラーップ!」
今日のカヤは強気なんだなと思いながら、話を聞く。
「無いとは思いたいですがアレが仮にカイザーにヘッドハンティングとかされた日にゃ大問題ですよ!
あの男今の時点で所有株が6%超えるかもしれないんですよ」
「何で知ってんだよこわ」
「財務室長の端末からハックして繋ぎましたからね前に!」
「えっ?」
会長が困惑したのを横目に「今は8%なんだけどな」というのは言わないでおいた。
プレジデントの政変の裏で株価が安くなったから底値の時に買っておいた、お陰でアイツらが大人しくなった。
「ともかく貴女は冥界からガブリエルハウンドを放ったんです、貴女の責任なんですからちゃんと監督義務を果たしてください!」
そう言うとカヤはぶんむくれた様な顔をして四歩下がった、済んだらしい。
会長に取り敢えず怪異は全部排除したことを告げ、被害者の意識はちゃんと蘇生した事などを知らせた。
ただ、現場で回収された不可思議なガラス片のようなアーティファクトは、会長への奏上に含まれていないのはカヤにも気付いていた。
それが意味する事は一つ。
先生はもし、これが真実本当に敵対者である場合に備えている。
拠点へと帰ったユキノたちは、軽い昼食を食べた後に流れていたテレビで今回の顛末を知った。
表向きには連邦捜査部が突入して排除、シビリアンの協力もあり被害者は早期に回復した。
テレビではヴァルキューレと先生から、感謝状を貰ってギャルピースしているエリカとキララが画面に出ていた、いまいちあの二人はその意味を理解してんのかなと言う感想が過る。
『ところでなんて書いてるのー?』
『そこからか? そこからなのかお前?』
『うん!』
あのギャル二人相手だと先生も流石に押されるんだなぁと思いながら、ユキノはあっさりとした冷麺を食べながらそう感じた。
世間一般はそうした出来事を笑い、そして忘れて生きていくだろう。
ただ今回の被害者の数と出現した敵の数が同じだった、放置していたら重大な事案になっただろう。
分からない事は、あれらは一体なんであったか、どうしてそうなったのかだが……。
「野火に理由を問うなかれ。野火が火を広げるのは野火が野火であるゆえに。だ」
先生は何ら興味なさげに、「それはそう言うものなのだ」とした。
なにゆえと理由を問う事が無意味なのだと。
慎みある人間はそれについて深く考えるべきでは無い。
「あのひとさ、前職本当になんだったんだろう」
オトギが三杯目の冷麺を食べ終えて、ウーロン茶を飲みながら呟いた。
目元は普段の戯れ口を言っている時ではなく、酷く生真面目なオトギの雰囲気を纏っている、彼女は本質的に寂しがりやだ。
「……やっぱ危機管理センターかなんかじゃないの」
「でも脚や腕は兵隊の雰囲気だった」
「にしちゃ右肩が締まってない」
ユキノ以外の隊員がそう言うのを聞きながら、「確かにそうなんだよなあ」と思った。
兵隊なら、おそらく右肩が締まっている、銃を長らく右に吊るすからだ。
軍で長期にわたって勤続している様な人は大抵そうなる。
「んじゃ士官学校卒かな」
「そりゃあ多分ね、
クルミの言葉にオトギが返した。
「案外、教官だったんじゃないか?」
ユキノはふと思いついて呟いた。
他の隊員は「あー」と納得はしたが、しっくり来た雰囲気ではなかった。
ただ妙に高いインテリジェンス、つまり数学計算や故事などを引用出来たり、古代語が読めるのは説明がつく。
幹部将校課程を卒業してそれなりに経験を積み、軍学校あたりか? と言うのは確かにあり得なくはないラインである。
ただやっぱり首を傾げたくなる要素がある、にしちゃ、戦術と戦略だけじゃなく政治面の配慮がされてる気がする。
それに都市計画や復興計画を作れる士官とはなんだ? やはり何かやらかしたか対立して罷免されたのだろうか、それで教官職とかに流されたのだろうか。
ユキノはそれを口に出さなかった、そんな事したらあの人絶対に報復するだろうからだ、色彩戦を見てればわかる、あの人は「
エリカとキララの絶妙に疲れるというか、若さというエネルギーに満ち満ち溢れた類の人種を相手にした先生は、ある意味で若い人々のエネルギー放射を食らったため、腹が満腹になるまで食ったような気分になった。
何もかもが明るく軽いのは若い人々の特権だよなと思いながら、そう思うのは精神の老化だよなあとも考えた、自分が老いたと言うより世代が違うよなあと感じたのである。
全てを終わらせて、連邦捜査部の本庁舎に帰る。
書類仕事自体は持ち込めば済むし、最近は仕事量自体がある程度減っている、先生自体が目を通さなくてはいけない案件が減ったと言うより、「これこれをこうしたいがよろしくありますか」という内容になった。
ユウカが「魚ではなく釣竿を提供しろ」と経済学から引用した支援法は覿面の効果がある、実際にはシリアルも魚もドライフルーツも提供しなくてはならないが、方針は明確だった。
「どうでした? 会長は」
ヒヨリが何食わぬ顔で隣に立っていた、片手には白い箱が入った袋がある、どうやらケーキらしい。
大半のアリウス生徒は連邦生徒会長というのを真偽関係無く未知の物と認識している、彼女らの大半は連邦生徒会を信用していないからだ、だから彼女らは記憶を云々されることはない。
ユキノらと会わせなかった理由はどちらかと言うと、単純になん等かの失言をしたりした場合、ユキノが本気で銃器を抜いたら止めれないからだ。
彼も連邦生徒会にあまり期待してない、懐刀でもあったリンは幹部が直接乗り込んで抗議した際に「暇な人たち」とあまりにも酷い失言をした件がある、あのレベルで失言をするという事は上司も怪しいと言うのは、下衆の勘繰りと呼ばない。
カヤが盗聴なりでアレを流したら民衆暴動になりかねないだろうが、カヤはあの当時何もやる気を出していなかった。
「危うい、感じでしたか?」
特殊作戦武力らしいストイックな目が光る。
無言で首を横に振り、お前の想像とは違うと伝え、ヒヨリは少し安心した顔をした。
だが人間は突発的衝動で良い事も悪い事もする、何か失言して、決心した場合にカヤなら止めれるだろうがユキノは止めれるか怪しい。
ただそれが無くても会わせるのはまずい気がする。
「なんと言うか、情熱と言うか欲が見えないんだよなあ、人間味というか世俗的な感情が見えないんだよ。
言動や行動が矛盾してると言うか……しっくり来ない」
脅威なのかと言うと分からないが先に来る、頑張って人間の真似をしてるAIのような感じがする。
敵意や害意が無いから尚更分かりづらい。
憎悪は積極感情とはよく言ったものだが、あの会長には「これが好き」と言う欲望が見えない、基本的に為政者は何かを守ろうとするから欲望が見える。
「へぇ」
ヒヨリが不可思議げにしながら、沸かした湯を茶漉しにかけて、紅茶を作る。
オペラの"真の安らぎはこの世になく"の歌声が聞こえた、かなり上手い、アイツはそう言う才能があったらしい。
向かいのテーブルにケーキを置いて、ヒヨリは椅子へ腰掛けた。
「で、排除するんです?」
スン、と冷め切ったヒヨリの尋ねる声がする。
何かを察した様な抑揚だった。
「いまはいい。あと、あんまり俺を測るのはよせ」
「えへへ……」
普段と変わらないヒヨリの笑みが帰ってきた。
スクアッドで1番シビアな奴はヒヨリだと彼は確信していた、サオリは根が善人、アツコはまだまだ子供っぽいところがある、ミサキは本質的に寂しがりや。
逆にヒヨリは最初から失われるモノは失われると割り切っている、しかも手管を惜しむ気はさらさら無い、詰まるところ必要なら何でもする。
可愛がって来たニワトリの首を悩みはするが迷わず首を刎ねて〆る女だ。
「何も無いと良いんだがねェ」
そう言う大人が、非常事態対応計画を黙々と練ってる事をヒヨリはよく理解していた。
起こりうる事は起こり得るのだ。
感想評価お待ちしてます。
誤字脱字などの報告本当にありがとうございます!
この場を借りてお礼申し上げます。