キヴォトスの若鷲(エグロン) 作:シャーレフュージリア連隊員
激しく抵抗すればするほど、救出され、新たな活路を見出す可能性も大きくなる。
一見すれば不可能にしか思えなかった事が、死の一歩手前に追い詰められた兵士らにより成し遂げられたことが、これまで何度あった事だろうか?
──ナポレオン・ボナパルト──
D.U.その中心部に聳える高層ビルは、黒を基調とした外装で周囲に堂々たる威容を誇っていた、このクレメンテ・ホテルはかつてここにあった旧D.U.空港──現在は市街が近くなったので移設──の用地を買収して作られたホテルであり、ホテル以外の機能も多様である。
クレメンテ・ホテルと言っても常にフォーマルな衣装の人々が居る訳ではない、下層階は家族向けレストラン街と言う様相も色濃く、経営に関しての多角化の形態を見せている。
それなりの値段はするが家族で来れるようする事で、家庭への見栄や将来への売り込みというものがあるからだ、そこから数階上では企業家らへ向けた空間があるが、こちらはパーティー向けである。
話しが変わるのは上層階だ、文字通りそこはハイクラスで、人の行き交いも少ないが、人々の密談や、謎めいた事件なども起きる。
だが最上層の五階は下から順に警備管制室があり、次に最高級スウィート、最上階と呼べる部分はヘリパッドやレーダーサイトが有るから当然、逃げ道は多い。
移動ルートは東西に面した非常階段とエレベーターだが、エレベーターホールは正確には警備の都合上最上層まで直通ではなく、警備室のあるフロアで乗り換えする事になる。
警備には隙が無かった。
「うん? 警備の移動命令は出していないぞ」
その報告を聞いた男は、少しガタのきている
男はシルバーの義体にブラックのスーツを着込んだ姿をしており、体格と風格は不釣り合いなほどだった、美男と言うより雰囲気と空気が鋭いのだ。
パリッとした背広が隠せない危険な匂い……。
「では誤命ですね」
そう返したのはそんな男とは不釣り合いの少女だ。
ヘイローがあり、くすんだシルバーの髪色をしており、糸目だが常にニコニコとした少女らしい顔をしている。
問題があるとすれば彼女が茶を基調とするカイザーの制服に、灰色の外套をしている事だ、即ちカイザーの特殊作戦執行部の系譜に類すると言う事である。
正しく表現すれば彼女はSOFオペレーターではなく、最高役員会の人間だ。
名天トフー、デカグラマトンの不良品として生を受け、今は”人間を観察してこい”と各所にうろついている。
「ま、後でインシデントレポートを挙げさせておいてくれ」
男はそう言うと、トフーに「対応は任せる」と言った。
カイザーの警備担当者として彼女が来た時は彼自身、疑いがあった。
はっきり言えばボケた老人の愛人じゃないかと言うのが印象だったし、そういう印象を持たない人の方が少なかった、無論権力者の愛人と言うのはそれなり以上の品性と教養を要求されると言う事を理解している。
ただ数日しない間にトフーがデータ処理やサポートに優秀なのを気付くと、彼は彼女を信頼するようになったし、彼女が誰の愛人という事になってるかを理解すると納得もした。
「はい」
トフーは一礼し、部屋を出ようとした。
爆発音が聞こえた瞬間、トフーは直ぐに身構え、すぐに保護対象の近くに駆け寄る。
状況確認のデータリンクを確認し、警備室と回線を確保する。
「状況報告」
『屋上ヘリパッドが突如炎上中、消火に3班を投入してます。
……あー訂正! 西側の非常階段が爆破で埋まってます! 直ちに
ブツッと回線が途絶したのを、トフーが顔を顰めた。
主電源を落とせると思えないから、電路が切られたのだろう。
「主電源路が切られました、非常電源と予備回線に切り替えたとして東から下がるのは厳しいと思います」
「参ったね、誰かは知らんが滅茶苦茶やるじゃないか、私は少し焼却炉に向かう。時間を稼げ」
「ハイ」
男の命令は常にシンプルなのが多かった、トフーならそれくらいわかるだろうと言うのも理解していると言うのもある。
実際、敵の狙いがすっきりとした分かり易いモノというのもある、東の階段から仕掛けて追い込む算段というのはなかなか妥当な手順だ。
トフーは閉所近接戦闘状況を加味して、壁にかかっているものを見た。
便利屋の方策は概ね正当な考えだった。
取り敢えず彼女らは自分より強い連中とは戦う気はあんまりなかった、リスクは減らすのが事業者の責任だ。
その考えは正しかった、大半の戦力は分断されているから介入する事が出来ない。
だが、便利屋の全員が目の前の通路から発する違和感と何かに、警戒して足を止めさせた。
「何かいる」
カヨコが片手をあげ、ハルカにハンドサインした。
ハルカは頷くと、無言で排莢口に一発半装填させる、少なくとも火力投射をするべきだと考えた。
ムツキは一発撃ち込めばいいと示してみたが、不用意に撃つのはマズいと返された。
突如として火災警報が鳴り、通路が散水された事にはアルは動揺はしなかったが待ち伏せは無いと確信した。
自分なら非常電源までの間、NVGを使って暗闇で待機するだろうし、散水により足音が隠れるのは防衛側に不利な気がした。
「前進」
恐らく、危うい理由は”まだ”ないと考えた。
無理はなかった、その奇襲に警戒しただけで偉いと言えた、気付くのは鋭いシロコの様な一部の戦闘巧者だけだった。
真横から気配を殺して現れるカイザーSOF仕込みの奇襲攻撃、彼女の戦闘訓練相手はその最精鋭たるチーム6、即ち最高クラスだ。
「あっ」
狙われたのはムツキだった。
隊列の中衛である事、そしてLMG、面制圧攻撃手段を潰すことが大目標だからだ。
ムツキの眼に真剣な色が灯る。
待ち構えたトフーは大きく何かを振り下ろそうとしていた。
長刀……正確には百鬼夜行の戦乱期に作られた百花繚乱成立前の武家の日本刀!
「うそっ」
カタナ?!
ムツキの咄嗟のガードがされるが、”むしろそれが狙い”だったのを気付いたのは一撃を受けた後だった。
彼女の軽機関銃は、ほぼまっ二つにされており、機関部と弾倉は破損し銃器として死んだのだ。
ハルカとカヨコが突然の奇襲に対応するが、カヨコがムツキにより射線を確保できず、トフーはハルカへ攻撃を始める。
第二攻撃目標がハルカなのも必然だった、面で制圧できるハルカの散弾銃は脅威になる。
「うらあああああ!!!」
ハルカの判断は早かった、咄嗟に相手をぶん殴るべく振り回したのである。
誤射を避けつつ一対一の
続けてムツキが壊れたLMGをほぼ同時に振り上げるのは必然だ、撃てなくても殴れる!
だが敢えてトフーはハルカの振り回す散弾銃を掴み、自分の方向へ引っ張ったのである。
「へ!?」
初めての経験であった。
トフーは引っ張った勢いで横に逸れると、ムツキの打撃を逆にハルカへオウンゴールさせた。
ぐしゃっと音が響きムツキのLMGが崩壊、きゅうとハルカがダウンした。
ムツキが「あーっ?!」と驚くのに紛れて、カヨコは射界がクリアになった瞬間、拳銃の射撃を行う。
彼女の前歴ならば当然の、4発の連続射撃。
しかし。
「切って落としたわけじゃないよね……?」
普通出来ないだろ、そんなの。
カヨコは呆れと称賛の感情が出ていた、自分が社長ほど鉄砲上手ではないにしろ、それなりに上手いと自負はある。
だが全弾外れた、いや、外された!
あの女、刀で弾道を”逸らし”たんだ!
「逸らしたんです、これ壁の飾りですから」
トフーはえっへんと胸を張る様に言った。
彼女からすれば酷く単純な話なのだ、襲撃者のルートで待ち伏せ、相手がプロならバレそうだったし、警戒してるから火災警報で音と空気を誤魔化した。
刀をひっつかんだ理由は簡単だ、相手の敵性勢力を無力化するに最適な兵装としての選択。
武器さえ破壊してしまえば敵性戦力は「撤退」と言う決断をする可能性が高まる、防衛側だから勝ち方は「諦めさせる」というのもある。
全て筋道は通っていた、実現したのはSOFの訓練とデータと、デカグラマトンのボディーを不良品だがリバースエンジニアリングして得た強化である。
「今ッ!」
アルは眼を泳がせていたが、ハルカの様子を見て即座に狙撃銃を二発放つ。
トフーはやはり前回と同じく、弾を逸らして命中させなかったが、後ろから立ち上がってアッパーをかましに来たハルカには驚いた。
そのアッパーの狙いはトフーの腕、彼女の得物を跳ね上げさせ、それなりに高い通路に日本刀がぶすりと刺さった!
続けてハルカが顔面狙いパンチに入るが、腹部へ蹴りを受けて押し返され、即座にカヨコとアルが射撃する。
明らかに人間業ではないバク転で回避し、少し外れた肩関節を戻して、トフーがホルスターからStaccato Pを構える。
21発マガジンの法執行官などの御用達拳銃だ。
すると、トフーのコートのポケットから場違いな明るい音楽が鳴り始めた。
「……あのー、鳴ってますけど」
アルが白けたような雰囲気が漂う睨み合いの中、トフーに尋ねた。
締まらないなぁとアルは何となく我が身を嘆いたが、トフーには「豪胆だなあ」と感じた。
スマホを取り出したトフーは、ちらっと後ろを見た。
カメラのついたコードが通路向こうから伸びている、マーセナリーやカイザーの警備のアセットだ。
全域のカメラが非常電源で再起動し、トフーはデータリンクを確認した。
「えっ? スウィートの天井を爆破したんですか?」
カメラの映像では下層階へ行くために天井を吹っ飛ばした警備チームが、待機しているのが確認できた。
警備チームの大半はアリウス・マーセナリーの連中だから無理はない、必要なら吹き飛ばすだろう。
無茶苦茶するなあと思いながらトフーは電話に出た。
数分して、トフーが電話を終えると再起動したムツキとハルカの先に、トフーが立つ。
「……そのー、まことに申し訳にくいですが、当方所用があり戻らせて頂きます」
「「ハァ?!」」
アルとカヨコが呆れた顔をした。
ムツキとハルカは「どーすんのコレ」と互いに困惑している。
「えっ、じゃあなたの仕事は?」
「本社からの命令がありまして……」
「えー……メガコーポのコーポレートって二転三転するものなの……」
脳内陸八魔最高指導会議は混乱の渦中にある。
嘘や罠にしてはあまりにも変だ、しかしいきなり戦闘中に呼び出してアレコレ言い出すとは何事だ?
数秒の沈黙と思考のはざま、それらが何とか絞り出した言葉は「……お帰りはあちらです」だった。
「普通逆よね……」
「社長どうすんのこれ」
カヨコが困り果てた様子で尋ねた。
「継続するしか無いでしょう?」
困ったなあとアルはそう呟いた。
青い戦闘服を基調とするアリウス・マーセナリーの隊員らは、目の前でカイザーの警備主任が帰るのを見て困惑した。
契約がされてるのなら良くも悪くも契約主次第だろうに……と言うのが彼女らである。
「不明の理由でキロ1がRTBした。ヴァルチャー。対応の可否を問う」
『ヴァルチャーからファルコン。そっちの詳細は不明。侵入したホスタイルはゲヘナの便利屋68と確認した。精鋭の陸八魔アルだ、警戒して最大火力で対応しろ』
「ラジャラジャ」
60連マガジンが装填されたMDR自動小銃と40連マガジンのHK416などを構えたマーセナリー隊員らは、明らかに通常兵装ではない。
閉所戦闘で火力の弾幕で相手を動けないまま追い込んでブッ叩く兵装だ。
当然だが相手の情報を見ればこれでもまだ些か手緩い装備と彼女らは認識していた、彼女らは相手のことを良く評価している。
しかし、突入を備えていた隊員の携帯端末に連絡が入る。
「電源切りなさいってお姉ちゃんいつも言ってるでしょうが」
「いやぁー、それが、本校呼び出しなんですよ」
「ええいっ!」
差し出された携帯端末を掴んで、チームリーダーが電話に出る。
さっきまでと真逆のにこやか営業スマイルだ。
「お電話ただいま変わりました、マーセナリーのサリカです~。
あっ、マイアちゃんか、うん、本校からの指示って?」
電話の向こうの、マイアの告げた言葉にチームリーダーが真顔になる。
「マジ?」
『本当です。先ほど連邦捜査部とカイザーの双方から連絡がありました』
「了解」
携帯を切り、銃を下ろしたチームリーダーが告げた。
「各員は現時刻を以てクラス1及びクラス2以下の全装備は分解し放棄。
本校に違約金と命令が振り込まれた事、クレメンテ・ホテルでの契約は条件変更により中止とされた」
マーセナリーの全員が武器を下ろすが、チームリーダーに「どう言う事だ?」という視線を向けた。
無論、その真実を知る奴はほぼいないのだろう。
便利屋68が目標の部屋を到達したのは、それから数分ほどだった。
だがそれはスムーズな逮捕を意味しなかった、何故なら彼は「力いっぱい元気よく」抵抗する気だったのである。
壊れたLMGを拾った短機関銃で
オフィスに入った瞬間、カヨコが叫んだ。
「そいつSOF仕様の特殊義体だ!」
即座にハルカとアルが発砲、オフィスの机を倒し遮蔽とした男は、デスクに隠したフルストックのSA-58を発砲する。
高級デスクに加工を施しただけはあり、ハルカの散弾どころかアルのライフル弾を受け止めている。
だがそれがなくても00バックショット程度ではSOF特殊義体は斃れない。
カヨコはアルに目線を向け、続けてムツキとハルカに「信じてくれ」と視線を向けた。
何をするのか分からなかったが、何かするのは分かっていた、そして秘策はムツキにもあった。
「
それと同時に、男は閃光手榴弾を投げた。
バンッと炸裂する閃光手榴弾をカバーしたハルカが、排莢口に挟んでおいたスラグ弾を発射、今度はデスクの表面に穴が開き、鋼板がへこんだ。
続けてSA-58の射撃を真正面から受け止めたハルカの影から、リーンしたムツキとアルが狙撃する。
「やるねえ」
男がマガジンを差し替え、セレクターをずらした。
横にひとっ飛びして、伏せ打ちの姿勢でハルカではなくアルへフルオート射撃が飛ぶ。
だが咄嗟にムツキがバッグを投げて射線を防いだことで、中に詰め込まれた手榴弾か手製爆弾の炸裂から爆発が広がった。
「無茶苦茶するなぁ!」
男が即座に移動する、すぐにスラグ弾が後を追いかけるように着弾した。
カヨコは今しかないと即断して、深く息を吸い込んだ。
何をする気だと、男は眉をひそめた。
カヨコは普段の気だるげで静かなハスキーな声を、湿ったものがある声へ変化させた。
「貴方カイザーの元SOFでしょ、特殊義体の出来からして古参かな」
「……? 良く分かるな」
男は少し困惑した。
この女は何を言っている?
ブラフにしては変だが……。
「カイザー最高役員会
男の感情にさざ波が立つ。
「連邦生徒会のサンクトゥムタワーに乗り込みSRTを翻弄、数度にわたる報復を軒並み煙に巻いた、情報屋なら知る人ぞ知る……。
でもおかしいですね、彼らはその後連邦生徒会との取引で一度解散されたはず……あんたここで何してるの?」
カヨコが口角をゆがめて、言った。
「あぁそうか! アンタ、カイザーに捨てられたんだね!」
男の感情に大波が生じた。
古来から殺意と言うものを滾らせた人々が行う行動に音と声はない。
これからぶち殺す対象に言葉などかける必要はないからだ。
だが、薄っすらと漂う爆煙の中で見える相手へ突き進む男の様子は、アルには十分な視界だった。
「しまっ」
ムツキが起動し、ハルカが投げた電磁手榴弾が飛び込む。
囮かコイツ!?
即座に感情ではなく戦局の判断へ切り替わるのは、元カイザーSOF第六班の副班長だけはあった。
アルの狙撃が、SOF義体の頸椎へ飛び込んだ。
それと同時に電磁手榴弾が炸裂、SOF義体を焼き切る事は出来なくても一時的行動不能は与えた、筈だった。
「まだ動いてる?!」
ヤケか男の意地か、その男は立ち上がったのである。
「木っ端なオートマタと一緒にすんじゃねえよ、よく身元に辺りをつけたなお嬢ちゃん」
「古い義体に優れた戦技、やっぱりプロフェッショナルは信用できる」
カヨコはハッタリ交じりに笑いを浮かべた。
男はサイドアームのM45拳銃と、電磁警棒を抜いて構えた。
「かかって来いガキンチョ、遊んでやれるくらいにおじさんはまだまだ現役だぞ」
「これだから実戦経験者はステキ……」
勘弁してよと言いたげにカヨコは呟いた。
良い手ではあったはずだ、社長の信頼とムツキの信頼を使ってハルカの献身も使ってこれじゃ、全くブラックオプスは何処もかしこも……!
「さてはて自己紹介だ。読みは正しいよ、元特殊作戦執行部第六班副班長、今は退職したがね」
「だからって会計事務所の所長は無理があるんじゃないかしら」
アルが思わず呟いた。
「なぁーに世の中実態までは調べ上げられんものでね、まして、連邦生徒会にはその能力もない事は先刻承知だ。
しかし困ったな、適当な金額で引いてくれるかな?」
全員が驚愕した、離脱でも継戦でもなく買収という手段は予想していない。
ましてや、恐らく全力で戦えば撤収なりが出来るかもしれない男がそれを言うのか。
「その金だって貴方みたいな人が不当に巻き上げた金でしょ!」
「これはこれは、キヴォトスの生徒にしちゃ正義感がある、若いな」
男は笑いをこらえた様に言った。
「だがな、社会は常にそのように構成されているというだけだ、皆が損ばかりするなら戦争は無くなっているし、武器だって作る必要もない。
自らの利益を押し通すか守るかの為に行われるというだけだ……思い出してほしいが、君が見たアルバイト達は最初から犯罪に反対していたかな? 結局懐が増えればそれで良い連中が馬鹿のように利用されただけだろう」
アルは怒りに顔をゆがめた、相手が馬鹿だ何だと言って搾取して言い道理があるとは思えない。
そしてそれはアウトロー、彼女の成りたい物ではない。
「現状の認識と肯定と悪用は別物よ! あなたのしたことの弁明にはならないのよ!
まして、生徒や他人の自由を侵害したりする自由や免罪符なんかじゃない!」
「
それにだ、きっちりと犯罪と分かるものなら退けるようにセーフラインまで整備してやったのだ、セーフティーネットの無いのは政府の責任ではないかな?」
「貴方にとって
アルの激昂に男はにこやかな態度を続けた。
「怒ったかな若き社長どの? だが考えても観たまえ、君も仲間を利用し死地に立ち危地に揺らぎながら続けて来た。
この世には
そう言う点で言えばシャーレが良い例だろう? 彼は豚を管理する牧場主さ、正しく
私はバカだけ篩にかけて利用しているが、あれはどちらも纏めているからな、事業主としては尊敬するよ」
「貴方と言う人は……! どこまでも人を小ばかにして……!」
「小ばかになどしていないさ、単に自己の行為を振り返らぬ者たちと呼んだだけだよ」
男の小馬鹿にした様な笑みへ、カヨコが即座に拳銃を射撃しようとする。
しかし、多額の予算と技術を注いだオートマタというのは、大半の生徒よりは確実に強い、更に相手は普通ではなかった。
即座に拳銃を射撃した男は、カヨコの拳銃へ直撃させて、彼女の拳銃は上へと飛んでいく。
だがそれで十分であった、ハルカとムツキは、その隙さえあれば動けるのである。
「おっ」
男は意外な顔をして、まず突撃するハルカを最優先目標にした。
突撃中にスッとしゃがむ様な動きで、男の阻止射撃を躱したハルカは最も確実性の高いスラグ弾の直接射撃を図っている。
しかし射撃回避姿勢が仇になった、その回避姿勢は次に何処にどう来るか読まれてしまうリスクもある。
男は続けて腹に膝蹴りを叩き込んで押し返し、続けて側面から回り込むムツキに射撃してヘッドへのダブルタップを叩き込んで制圧した。
だがハルカの耐久性は予想より高かった為、射撃では無く相手の武器を無くす為、ハルカが逆に散弾銃による殴打を狙った。
男は敢えて下がらず、受ける様な体勢を狙う。
「へ?」
ハルカは次に来る攻撃に思わず困惑した。
脚が、裂けて?
「仕込み脚?!」
カヨコが驚愕し、阻止しようと咄嗟に拳銃を拾って撃とうとするが、受けの姿勢であるから腕でバイタルが撃てない。
驚愕したのも無理はない、男のこの仕込み脚は本来SOFなどの義体にも存在してない機構である、理論や理屈は通るかも知れないが、価値が無いとされたのだ。
サイバネティクスの発展で近接戦自体が発展しているとはいえ、義体を縦横無尽自由自在とは行かないから、オートマタの近接戦は常人のスタイルと変わらないのである。
脚のくるぶしに仕込まれた多重関節は仕込み足を解放、展開されると遠心力とモーターの助けを借りて、ハルカの顎へアッパーのように叩きこんだ。
「ハルカ!?」
続けて少し焦った声を挙げたカヨコへ射撃を狙い、弾丸はカヨコの眼のすぐ近くをかすめた。
わざと外したのではなく、ズレたのである。
ぽたぽたと、液体が垂れる自身の頸椎に男は驚いた顔をした。
旧型の義体の弱点は頸椎部に稼働上非装甲部がある、その構造上避け得ないものであり、オートマタという存在が抱える弱点でもある。
「
頸椎部にはオートマタの稼働に欠かせない冷却液が通る所謂動脈の一つだ、撃ち抜かれた場合、オートマタはスクラム状態になり稼働は停止する。
要するに強制的なスリープ状態だ、男がまだ立っているのは特殊部隊仕様という構成上、ある程度冗長性があるだけである。
当然、すぐに膝をついた。
こうした結果は予想と違いはしたが、納得は出来た、ハルカが愚直なまでに突進した理由も射撃タイミングを計る陸八魔アルただ一人が、埋伏の毒としてその瞬間が為である。
「やるじゃないの───」
何かを呟きかけた男へ、ムツキはしっかり短機関銃をぶち込んだ。
この男は油断も隙もありゃしない、彼女は油断をしないタチだったし、自分たちを、社長を、幼馴染を玩具にした男を許す気は無かった。
肩で息をしながら、陸八魔アルは、窓の外から自分を照らし始めた物に気付いた。
連邦捜査部の白地に青線がされたUH-60DAPが、サーチライトをフロアへ向けていた。
「あ、あわわわ、いけないわ! ハルカ起きて! ムツキもカヨコも! 12時になって魔法が解けちゃうわよ!」
「騒々しいシンデレラがあったものというかなんというか……」
「確かにガラスの靴を落としそうだけどね」
慌てる社長を見ながら、ムツキとカヨコはハルカを担いだ。
意識が揺れてる辺り本気で蹴ったのかもしれない、幸い頑丈なハルカであるが、ポイントマンに今日は無理をさせ過ぎたと感じていた。
普通はこんな連戦させれない、というか、絶対全滅している。
そう思いながら部屋を出ると、89式小銃にライト用ハンドガードを装着している警備局の機動隊が通路を進んできていた。
「あっ」
途端、慌てた相手とアルの間で沈黙が流れ、機動隊側が89式を構え大楯を並べる。
脳内陸八魔最高指導会議では「逃亡!」「逃げるって何処によ!」と騒乱状態である。
「結局こうなるんだね」
「ねー」
ある種の諦観をしたムツキとカヨコの言葉に慟哭しそうになる彼女の視界に、見慣れた銀髪の警官二人が見えた。
「あ」
「んあ?」
アロハ柄のシャツに防弾着を着た志真コノカと、乱闘服に防弾着を着て防護バイザー付きヘルメット着用の白河リッカである。
2人は見慣れたお騒がせ集団を見ると、あほくさと言う様子で「銃下げとけ」と伝えた。
「良いんですか?」
「ありゃ先生とこの仕込みだよ、サスペクトじゃない」
コノカは面倒そうに頭を掻いてリッカに「ちょい、こっちで照会かけるわ。奥は頼む」と伝えた。
カンナは今はブラックマーケット掃討で対応して後処理の最中だから、こうして書記と副局長が出て来たのである。
「連邦の仕込みにしちゃ何か違うような」と機動隊員たちが首を傾げつつ、便利屋の横を通っていく。
部屋を開けて突入した機動隊員らが「うわ、滅茶苦茶じゃねえか!」と呆れた声を挙げ、「救急車呼ぶより霊柩車のがはえーんじゃねえか」と声が聞こえた。
そそくさと現場を離れる便利屋は、この任務成功したと言えるのかなと空を仰ぐ。
電話が鳴り、カンナが話を聞いて頷く。
「先生。制圧したそうです」
「あ、済んだか。ちょっと心配はしたんだがな」
それと同時に、スズがやってきて「検挙者の移送作業は本日1600に完全終了予定です」と告げた。
五千名と言えど大半は指揮統率が取れていない、アンヴィルとハンマーの要領で簡単にサクッと殲滅できる、別に一々作戦を指揮する必要はないのだ。
一々作戦を細かく指揮をするのは指揮官や参謀の無能か無用の長物のポストを温存したいかであり、何のために各班長、分隊長以上の幹部が居るのかと言う事になる。
まして直協歩兵を欠いた市街地での機動兵器なんぞ、対戦車ヘリや対戦車斑の格好の餌食だ。
「おう、ヴァルキューレもこれで暫く満足して大人しくなるな」
「どうでしょうね、案外別の方向が騒がしくなるのでは?」
スズの言葉に「夢の無い奴だなお前は」と笑いながら、ゆっくりと立ち上がる。
アロナを使い、アルへ回線をつなぐ。
何故か知らんが公安局のバンの中にいる、コノカが一応確保したらしい。
「いやー、派手にやったなお前ら……」
報告を聞くと偉い被害だ、事実上便利屋68は壊滅とすら言える。
無論しっかりと休養と再編成、再武装すれば再編は可能だ。
「武器破損に関しては小切手で纏めて請求しといてくれ。
お疲れさん」
取り敢えずアヤネかホシノ辺りに連絡入れて、身元引受してもらうか……。
便利屋68、それは孤高のアウトロー。
時として行政の立ち入れぬ事もやれる存在。
いやこれ、やっぱアウトローなのかな、ハードボイルドには違うような。
陸八魔アルが満足できる日は、まだ遠い。
それで良いのかもしれない、努力を続けている間は失敗しないのだから。
【DAY AFTER】
後日、シャーレの本庁舎のカフェで便利屋68は破損武器の修復が終わった事を知らせてきた。
陸八魔アルはきっちり使用した部品やら代金を領収書で揃えて提示し、しっかり使用金額を報告したのである。
「別にこれの一割二割くらいはもっていっても怒らんのに……」
先生はそう言いはしたが、まぁここらは前線時代の経験故よなと感じた。
必要なものは横流しだろうが何だろうがあらゆる手を使って確保する事は罪ではない、そのための徴発などの諸権限があると認識している。
それに前線を経験した軍人は、用途のあれこれや報告は割かしルーズなものになっていくのである、何処もそう言うもんだ。
だが便利屋68にはそうした点では必要性が無いから仕方ない、良い悪いと言うより、人柄とかそういう話だ。
「用途外使用はちょっと……」
「……アウトローの言う事かァ?」
腐った役人よりまともなアウトローとはピカレスクが過ぎるぞお前。
まぁそれはそれとして、こいつらも当事者であるから知らねばならない事がある。
マルクトの居るカウンターに「珈琲人数分頼む」と伝え、「あ、あとこいつらに軽いのを出してやってくれ」と伝えた、マルクトは回線補修以外でも時々こうして現れる。
「さて、お前らが巻き込まれたのはブラックマーケットでうごめいていた謀議の案件だ。
基より民兵や武器の流れが集まってるし、これを機に大掃除しようと会長に持ち掛けたんだがね、会長命令でまず調査してたら反乱謀議が出てくんだからまぁ大変よ」
それを聞いた便利屋68は、唖然とした顔をした。
もとよりキヴォトスは治安が良くなかったが、そこまでドブ底みたいな治安であっただろうか?
「え、私らそんな案件に巻き込まれてたの」
「というか、計画付くだったみたいなんだよなぁ」
「へ?」
アルは首を傾げた。
「まずこの物語は、誰かさんが入居予定の大家さんの秘密を見たところ辺りから始まる。
あの謎の大家は、カイザーの残留放棄品とはいえレンジャーやSOF用の物資を手に入れられた?」
「……確かにそうね、あの大家は何と言うか素人のそれだったわ」
「他にもいくつかの事件が連続で発生したな……たとえばお前に高額報酬で持ち掛けたタワマンが居たろ」
「え? あれも関連してるの?」
マルクトがサンドイッチとモンブラン、珈琲を配膳する。
「あぁ、そこの線を全部繋げるのが、あのSOF上がりの自称会計士さ」
「な、なんでそうなるの?」
「うーん、まぁ簡単に言えばお前らで騒動が起こるのを楽しんでいた……と言う所だろうな。
ヤクザや半グレが何故かパワーローダーを出せたりしたのも、ブラックマーケットで多脚戦車が出て来たのも……全て奴が裏でお前らを使ってぶつけて遊んでいたわけだ」
呆然としたアルと、呆れかえった便利屋社員らの顔に「そうもなるか」と思いながら続ける。
「奴の願いは再びキヴォトスが騒乱状態になる事、すなわちお前らを点火剤起爆剤にして燃えるさまが見たかったわけだ。
その為に態々お前らに恨みがありそうな奴を連れて来て、民兵を斡旋してやるんだから良くやるよ。
ちなみに民兵を集める金はタワマンの奴の不動産や家を売り飛ばしたそうだ、人の家を売って争わせたりしたら自分が同じ目に遭うんだからこえー話だな」
「な、なんというかあの女も苦労してるのね」
「まぁお前ら使って遊んでたのは事実だし、そもそもあのコロシアムも脱税だからな、今頃は財務室長に詰められてるよ」
陸八魔アルが若干理解できていない顔をしていた。
要するに不動アンは利益を計上するのではなく、利益分をコロシアム賞金にしたり、コロシアム応募者が闇バイトに流れるのを黙認したのである。
そしてコロシアム事態には優勝できないように便利屋68を投入したが……そんな事をしたせいで快楽主義者のSOF上がりがこれ幸いと不動アンの資産を勝手に売り払い民兵を集めた訳である。
おかげでアイツのタワーマンションはアイツのものじゃなくなったわけだ、変に他人の事を利用したのはマズかったし、正当な契約をしないで上前掠めるから良くない……。
「そ、そう言えばあの男は一体、どうやってあんな武装を?」
「武器の出元か? 奴の古巣であるカイザーが一部と、カイが作ってた武器密造工場があったからあれを転用したらしい。
多脚戦車自体は技術開発試験中の、ケテルとゲブラ系の量産型だそうだ、試製段階だそうだがな」
「試作兵器ってそう簡単に出てくるものかしら……?」
「カイザーの人間すら奴が負傷退役しただけの男と考えていたのさ、お前らが遭遇した警備の生徒が配備されてたのもそう言う事さ。
奴は会長閥でプレジデントが経営を切り盛りした時期に退職しとる、だから資料は少なかったんだ」
それを聞いたムツキが「だから途中であの子は退いたのか~」と納得した。
「そう言う事だ、本社命令だからな。
雇ってたマーセナリーもカイザー側が違約金を支払い撤退と言う事だ」
無論であるが、事態や状況が変わっていればそうはならなかっただろう。
奴が姿を隠す危険性もあったし、逃げ切るリスクもあった。
もとよりブラックマーケットでここまで企むのはタダの素人ではないと考えていたが、単純に「楽しく元気よく戦争をエンジョイ」でここまでやるとはバカも極めりゃ一芸だ。
「しかしお前ら運が良かったな、ホテルで騒ぐだけで良かったんだが……突入部隊の連中が誤射しないで良かったよ」
「え? そうだったの?」
「いや流石にムツキの軽機が斬られたとかの辺りで退くかな……と、よくやるよお前ら。
ま、クライアントの依頼を最大限に達成したんだ。取り敢えず美味いモンでも食いに行け」
封筒を渡し、珈琲を飲み切って席を立つ。
マルクトに「会計は部屋に送ってくれ」と言うと、封筒の中に泡を吹いている便利屋68を見て、思わず笑った。
なんだかんだ利益だのなんだのではなく、純粋に付いて来させれるのは、アウトローよりすごい事なのではないだろうか。
それは大半の大人にも出来ない事なのだから。
総司令官に求められる第一の資質とは冷静沈着な精神を持つ事、正しく状況を把握する事、本来の重要性に即して物事を判断する事である。
総司令官は良い知らせ悪い知らせにも過剰反応してはいけないし、自己を苦しめてもいけない。
論理的に正しい判断を下し、様々な情報を比較検討し、その一日の中で逐次または同時に知ることになった情報が記憶に値するなら、頭の中で仕分けて、明確に記憶するべきである。
──ナポレオン・ボナパルト──
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誤字脱字などの報告本当にありがとうございます!
この場を借りてお礼申し上げます。
偶に前書きで格言おいてるとこの主人公も格言おいてたりする側なんですよね。