キヴォトスの若鷲(エグロン)   作:シャーレフュージリア連隊員

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O nein, nein, nein(いや違う 違う 違う)!
Sein Vaterland muss größer sein(祖国はもっと広くあるべきだ)!
──ドイツ人の祖国とは何ぞ、作詞1813年(ライプツィヒの戦い直前)──


公然たる進軍

 

 先生が来た、それを聞いたマユミ等の感想は衝撃的ではあった。

 だが常に衝撃と畏怖は味方をしない、特にその意見が不定見で定めようのない、メレンゲみたいな政治思想ではそうなり易い。

 このことをマユミ委員長から見れば介入ないし鎮圧しに来たように見えるのである。しかし当然だがそんな理由なんぞ無いのである。

 さて、ここで自己の正義を疑わない行動主義的グループの限界が見えてくる、こうしたグループは理性ある意見・慎重論を怯懦とし、適切な判断が軟弱と見え、政府権力は敵に見える。

 そうした芽はカレンの言葉などに出始めているが、そうした毒は全体へ回るのが早く、大抵過激派の行動へ繋がる。

 しかもたちが悪いのが「自分たちの行動により経済に良い効果があった」という認識である、実際それは事実なのだが、彼女らは自分たちの行動は常に良い結果になると信じ切っている。

 

「つまり連邦は私たちが行動する事を恐れているんだよ」

 

 なにをどうしたらそう言いたくなるのか、冷静になればマユミですら自認するだろう言葉である。

 というか、数ヶ月しないで彼女もそう思うようになる言葉だ。

 だが結果と状況は人を妄信させる、自分が成功していると言える状況なら人は自分の正しさを疑わないものである。

 

「それだけ偉大なるゲヘナが力を持ってるってことなんだ!」

 

 マユミ委員長はこの事実を誰かに、誰も彼もに伝えたくてたまらなかった。

 自分は明白なる真実を見つけたのだ。

 こうして組織への確信は狂信へ変わった。

 ちなみに明白なる事実を述べると先生自体マユミの知らないところでもう何度も来てるし、彼女らのことを……夏場の地面に転がって鳴きまくるセミくらいの脅威度だと認識しているのであるが、その事を誰も知らない。

 残念ながらゲヘナ風紀委員会の風紀委員はまともなノンポリ生徒が多い上に、万魔殿はもっとノンポリ生徒が多い、生活に特に困った面子が少ない中流階級特有の素朴な価値観があった。

 

 

 

 マコトは気分がすぐれなかった、何故かと言えば内政の問題が嫌なのである。

 再興と言うが論題と趣旨が不明瞭で、交渉の対手とならない、何も決められない奴だと思ったからだ。

 実際それは事実であるが、マコトはある事に気付いている、書記が良いように独裁し言わば委員長は傀儡で、その書記は何か企んでるらしくある。

 それがどうにも胡散臭い、嫌な感じがする、政治的嗅覚には自信がある。

 

「お前じゃ話にならん。そもそも、議長に書記がお目通りと言うのが万魔殿の権威を軽んじていると言える」

 

 だから書記が来た時の感想はそれであった。

 まず礼儀を欠いている、トリニティの連中といい勝負だ、我々万魔殿幹部が話し合ってやろうとしたら、来たのはハスミだけだ、せめてツルギ委員長にしろ。

 で、あるからエデン条約というものを成功させる気が無いとマコトは確信した、だからヒナを放置した。

 そしたら突然連邦捜査部の連中が出て来て、あっちは政治的な情勢をちゃんと理解している、幸い連邦捜査部は先生がリエゾンして話し合ってくれた。

 連絡官としてイロハかヒナかでヒナを提案したら断られたが、イロハはしっかり義務を今も果たしている。

 あとは何れ来るべきイブキ政権を整えるだけだ。

 

「だいたいな、強く偉大なゲヘナだと? どうして我々がトリニティやミレニアムの苦労を肩代わりしなくてはならない? 

 ゲヘナの再興? 何時に比してだ? 目的語と主語を欠いた政治運動はお遊びだ」

 

 マコトはそう言うと、衛兵に合図した。

 褐色の妙にデコの広い衛兵と、紫髪の髪が長い妙に顔の良い衛兵が「はい」と返事して、ショウコを立たせた。

 

「話はまだ終わっていません!」

 

 ショウコは声を荒げたが、マコトは次の予定を考え、意識を向けていた。

 

「終わっていない? では聞くぞ、君たちは強く偉大なゲヘナと言う、しかし武力に根差した現状変更を連邦は甘受しないだろう。

 生徒会長も帰ってきたわけだし、存立危機事態や条約違反はゲヘナの名誉を下げ、意味も無い。

 素晴らしい事に、ゲヘナ学園は仁義と信義には篤いと言う評判もある」

 

 マコトはコーヒーをコップへ注いだ。

 ゲヘナ万魔殿では従兵・従卒の制度はあるが、使う人はあまり多くない。

 ヒナ委員長にはついている、でないといつ寝てるか怪しくなるからである、従卒はアコからリストを渡されていた。

 まぁ素のヒナは大分適当でなおざりなところがあったから、そう言う気分は分からなくはない、風呂に入る時に髪を纏めるのすら面倒くさがるのだ。

 

「ですから! そうした連邦への追従や盲従が」

「何の問題を齎した? 風紀委員会は増強され国境紛争は消え、指揮効率は向上し、結果濫費されてきた予算は安定している。

 いったい安っぽい自己満足以外何を失ったのだ?」

 

 マコトは聞く価値無しと退室させろと命じた。

 トリニティやゲヘナじゃ規格が違うからそれを再統合したりするのにどんだけ苦労すると思っているんだアイツら。

 そうすると、扉を開けて先生が来た。

 

「あれ、何の用だ先生」

「よっす、ちょっと非常災害時に備えて学園放送システムの検査だ、ほれ、学内ラジオだよ、アレだよアレ」

 

 あー、とチアキが反応した。

 

「前に壊れたかなんかで放送部長は辞めちゃいましたね」

「一応さ、安全基準確認が居るからさ、確認に来たんだわ」

 

 そんな先生の後ろで、ショウコは「自分で歩けますよ」と手を振り払い、退室していった。

 妙に焦った様子なので、連邦捜査部の隊員らは怪訝な顔をした。

 

 

 

 

 ショウコは焦っていた、彼女は自身の同志であるはずの二人を半分騙していた、だがそれは彼女が悪辣と言うより、カモがそれ故にカモにされてると言うのが近い。

 こと政治においてはそうであるし、付け入る隙を与える側に問題がある、恋と政治と戦争は情け無用なのである。

 そう言う点では善人には難しいゲームなのだろう。

 だが、当然だが予定外の状況に対応するのは一大事である。

 

「どうするべきだろう……」

 

 ショウコは頭を悩ませた、先生は放送室を抑えようとしている、それは要するに先生たちが、連邦が何か勘付いている事を意味する。

 それにあそこに居た隊員達は何か雰囲気が違った、つまりプロなのではないか、あの雰囲気は風紀委員会の雰囲気とは違うものだ。

 そして焦りの中である手段が浮かんだ。

 

 目的は一つ、手段は一つじゃないと言う事である。

 

 それにある言い訳が頭に浮かんだ。

 先生たちが面を喰らったのは、調査として近づいた際に通路へ被さっている覆いの事であった。

 

「何だ一体」

 

 再興委員会のシンパの一人が、困った顔で告げた。

 

「はい、害虫駆除の噴霧措置……ですが」

「今日そんな予定有ったか?」

「はぁ、ない筈だったんですが……連邦の客が一応見るから綺麗にしろと」

 

 その生徒は実際、そうした噴霧のアルバイト経験があった。

 その為台詞は嘘くさいと言うより、どこか投げやりで、そのためゲヘナらしい説得力がある。

 そういう投げやりな態度にしては妙にこっちを気にしてるな、と先生らは内心で些か引っ掛かりはした。

 ただ、ゲヘナ再興委員会の人員名簿には彼女は乗っていなかった、監視体制は敷かれていたが何処でオルグされたかわからなかったり、集会には行ってない奴もいるのだ。

 10分ほどして、措置が終わったと告げた。

 それだけで十分だった、ショウコは必要なものを手に入れ、そして、計画を早めるべきと言う確信は狂信へ変わろうとしていた。

 全く以て過剰反応であったが、弱者は過剰反応を防衛行動として発露する習性がある、最大のものは先制攻撃と言う。

 無理もない話ではあった、今のタイミングでは絶対に勝てない相手が何かを勘付いていると言うのは大きな恐怖心となる。

 

 そしてある恐ろしい事実に気付いた。

 

 待てよ? 

 確かに我々の予定通りなら、我々の予想通りなら、これの放送によって上手く行くだろうが……。

 そもそもこれの効果に本当にどういう効果があるか、試してもいいのではないだろうか……。

 いや、試すと言うより、問題はその発動後だ、連邦は絶対に介入する訳だから……。

 

 つまり、先んじて、連邦も……いや、相手が手を渋るくらいに武器は必要なのではないだろうか? 

 

 目的と手段と行動が、段々と滅茶苦茶になっていくのが政治運動の特徴である。

 

 

 

 ロココ調の部屋で、立ち上がる湯気を放つコーヒーにゆっくりとミルクを注いで、”先生”は静かに語った。

 

 ”コーヒーと政治はよく似ている、全てはバランス、多すぎても少なすぎてもよろしくない……しかし優柔不断はなお良くない”

 

 そう語る彼の姿は大人し気な青年らしい面構えも相まって、知的な探偵風の様相に似ていた。

 まぁ実際、彼は知的な青年である。

 それに外見や容姿も目立たないが普通と言うには少し違う、キヴォトスでの経験は多少彼の影と彫りを深くさせた、危険とも直面して来たのもある。

 

「卓見だね、君は何処で理解した?」

 ”大学の歴史講義です、いや、経済学だったかな……”

「へぇ?」

 

 タイユランはその言葉に「君大学出なんだ」と面白そうに言った。

 

 ”これでも教員免許くらいあるんですよ”

「教師と言う仕事は人間の一定数を傲慢と独善と偏狭と偏屈にするからね、まあある種社会不適合者にする。君の時代はどうかな?」

 ”人生の大半を言い返す事も考える事も怪しい存在と思って向き合うタイプはどの時代でもそうでしょう”

 

 教員の言う事じゃねえなと、部屋で寝ていたアヤメは「世も末だ」と天井を見上げた。

 

 ”で、貴方はどう思うんです。あれは”

「自己の意見を述べてから聞き給え」

 ”まず止めるべき、誘導すべき段階は超えましたね。これじゃ正当性に酔ってそのうち悲壮感に酔いますよ”

 

 厳しい意見ではあったが、向こう見ずな政治運動は容易く人を殺すと彼の国はかく語っていた。

 時と場合によっては軍隊までのせられて、怪しげな事言いだして亡国に繋がったり首相の事を殺して来る。

 そしてそう言う事態になると言い出した面々は「私のせいじゃない」と言い始める。

 これは政治だけでは無く敗北や失敗全体で言える、大きなものでは敗戦と言う。

 

 ”強大な勢力によって潰された心ある市民の運動! いやぁ中々墓碑銘には良さそうですね、反抗する権利と革命権には合法的な選挙と言う手段が既にあるのに”

「正義を確信すると人は短慮になって排他的になるからねぇ」

 

 タイユランは呆れた様に言った。

 

「ただ教師の言う事にゃ聞こえないね」

 ”あんたが言えたことじゃ無いでしょうが……”

「痛い! 痛い所を突かれた……と言いたいが痛くは無い、政治に関わる前に首にされてたようなもんだからね」

 

 のそっとアヤメが起き上がり「おじさん、先公だったの!?確かに一部に師と呼ばれてたけど」と聞いた。

 

「そうだよ?まぁ正確に言うと教区長なんだが」

「そうは見えなかった、気取っては居ても自然だったし」

「まぁ別業務が本職になったんだよ。その前に教会財産の国有化を出したらクビにされて破門されたからね」

 

 人間は見かけによらないなぁと思うアヤメは、思い出した様にタイユランから聞かれた。

 

「時に百花繚乱、または百鬼夜行ならどうなると思う?」

「誰も昔の百鬼夜行の戦国期なんか望んでませんよ、どう言う明日を創るかで、過去に戻りたい訳じゃないんですし」

「そうか、君の処じゃそうなるのか」

 

 それもそうかと理解したタイユランへ、アヤメは「で、どんな暴発すると思います」と聞いた。

 

「書記、委員長、補佐、全員絶妙に暴発しそうですけど」

「案外全員暴発するけど想定外な状況になるんじゃないかな? そこまで熟慮していないのは若さゆえだろうが、若さは行為の弁解にならないんだな、コト政治において」

「汚職と腐敗と失政に若さは免罪符にならないし被害は軽くならないのはね、それくらいは知ってるよ」

 

 アヤメは呑気な顔をしたまま辛辣に呟いた。

 自分より考えが無い愚かな人々とは付き合いたくないのだ、性格と役職と気性が不一致を起こし能力だけある不幸な好例である。

 これでアヤメが阿呆だったら周りを見下す程度で満足するしそれだけなのだが、なまじ気性は真面目過ぎて能力はあり過ぎた、逃げれなかった。

 もう少し早くナグサと殴り合えればマシだったかもしれない。

 

「ああいう政治運動は行き着く先は自己矛盾と混乱起こして自滅するか派手に吹っ飛ぶもんだよ」

 ”ウチの国でもありましたね……”

「そうなの? なんか聞く限り、君んところ軍国主義感じるんだけど」

 ”失礼な、立派な民主主義です、立憲君主でイギリス式で、法体系はフランス混じりですよ”

 

 アヤメは「乳繰り合ってないで進めて」と促した。

 

 ”まぁ要するに、我が国で1960年代から70年代に行われた学生運動ですよ。

 政府は真面目に取り合う相手とせず時間の流れるまま、彼らの言う未来を待って、彼らを時代遅れにしてしまいました。

 結果として彼らの主張を聴く者は時代遅れと言われ始めた訳です、ゲヘナでも同じく時間による解決を図ったようですが……”

「彼が来て暴発しそうだね」

 ”行動しても意味が持てるかは怪しいですけどね”

 

 最初から野党として合法的政治闘争路線ならば良かったのだ。ゲヘナには議会があり発言の自由があるのだから。

 無論それが実現される可能性は無いだろう、自分がもし、彼と同じく、今でも先生だったとしても言えることは「性急にならず、焦らずやれ」と言う活動方針の誘導くらいだ。

 少なくとも彼はあんな出来の悪いゲバヘル集団やつむじまで左巻き右巻きにしたり、暑い夏の日に神社の前でヘータイごっこしてそうな連中に、連邦捜査部の認可などと言うふざけた錦の御旗を与える気なんぞはなかった、彼は思想信条は過激な中道主義者だった。

 彼には流石に明らかに取り返しのつかない事になるだろう連中に責任と義務を抱くとすれば、マシな方向に誘導する事であって、盲従する信者の群れを放置するのは大人が子供に対して権威主義を見せているのと大した違いはないと考えている。

 それに、そうした連中に時間を与えて規模が大きくなると外への敵意じゃ足りなくなって内向きの敵意を抱いて、あっという間に内部ゲパルトを起こすのも歴史で見ているし、漫画にすら書かれている。

 

 "放っておいたら、そのうち総括だとか言い出して身内を粛清する様になるよ"

 

 多分あっちが、あっちの連邦捜査部が待ってるのはそれなんだろうな。

 いや、それだけじゃ無くてゲヘナ万魔殿もそれを求めている、そしてそれを起こすとすればカレンやマユミと比べたショウコの意識の差だ、多分カレンが粛清されるだろう。

 理由は簡単だ、贖罪の羊として捧げても害が無い、委員長は傀儡に出来る。

起こるべくして政治運動は容易く過激化し崩壊が起こる。

 

 

 

 放送室の機材を見たオトギは、訝しむ様にしてミサキとニコを手招きした。

 

「なんか、動かしたというか、持ち出したような痕跡じゃないの、これ?」

 

 そこの周りだけ埃や汚れが薄くなっている。

 それだけだったら怪しくはないのだが、あえて埃を軽く掛けて目立たない様にしているのがオトギの目を引いた。

 持ち出したりずらしただけなら、さっきまでの害虫駆除中の最中になんか動かした……と気にも留めなかったが、誤魔化したと言うのが変だ。

 

「だが何を持ち出したのかが分からんな」

「そこなんだよね」

 

 取り敢えずあの駆除業者に確認を入れるか、とアロナにスキャンを命じた。

 すると、不可思議な様子でアロナが『あれ、変ですね、駆除業者の人とさっきからショウコさんが会ってますよ』と告げた。

 

「場所は」

『議事堂裏の一般向け駐車場です』

 

 監視カメラをハックしたアロナが映像を回し、そこには何らかの機材を受け渡す様子が写っていた。

 無論防護ケース内のそれは確認出来ない、だが明らかに何かを受け渡していた。

 日付と日時を記録して連邦生徒会長へダイレクトメールで『何か放送室から持ち出した生徒がいる』と上奏しておく、コレで仮にアイツが知らないとか何かを言っても、取り調べる言い訳にはなる。

 容疑者では無く参考人聴取と言う形で風紀委員会へ連絡し、ゲヘナに手配を掛ける用意を始める。

 無論、それで激発するのなら、正義は我にある。

 

 

 ショウコを連邦捜査部が聴取の為に呼び出した、と言う報せはマユミ委員長達からすれば全く与り知らない事である。

 当然だがマユミもカレンも、ショウコが何をしているか全く知らない、人が良いとか性格が良いと言うのは何等政治の言い訳にはならない、ゲヘナ再興委員会はある意味1番、ゲヘナらしくない機能不全を見せていた。

 誰が何しているか詳しく分かってない、と言うのはどちらかと言うとトリニティの機能不全である。

 

「な、なにやらかしたの」

「何もしてませんよ」

「だよね? そうだよね?」

 

 人は信じたいものばかり見たいものばかり見たがる習性があった。

 そしてそうした人々は自分が正解を見つけたとはっきり言いたがるし、それを疑う事を知らない。

 

「つまり連邦はついに実力行使に出たんだ……!」

 

 相手が先に始めたんだから、と言う正義の免罪符を見つけたマユミ委員長に、ショウコは安堵した。

 ここで日和った事を言うつもりなら焚き付ける必要性があった、カレンについては……委員長の意思に盲従してしまっている。

 本来、このトロイカに於いてマユミはお飾りでも良いが、カレンとショウコで左右のバランスを取らないといけない、でなければ秤も組織も傾いて倒れてしまう。

 だがカレンにその事は理解の外である、自分たちがしていることが政治的ムーヴメントと言う自認がない、はっきり言ってしまえばゲヘナ再興委員会なんぞお遊びクラブである。

 お遊びクラブならお遊びクラブらしい規模に留め変な事も言わず、実績を積んでいればそれでヨシと出来た、だが実態も知らずに都合のいい過去をピッキングしたらコレである。

 

(偉大なゲヘナ、と言うのも考えものですね)

 

 と内心、ショウコの頭にそんな諦観が浮かんだ。

 だが連邦捜査部の手配は厄介だ、本格的に容疑者と見てないあたり確信はないんだろうが、連邦捜査部のやる事である、48時間いっぱいの聴取くらい平気でやる。

 

「取り敢えず、確認や査察が来たら、むしろドアを開けてあげて」

「なんで?」

「我々はやましいところなんて何一つないってアピールになるでしょ」

 

 カレンへショウコはそう告げた。

 

「あぁそうか!」

「あくまで、我々は合法組織だもんね!」

 

 今はな。

 とショウコは心のどこかでつぶやいた。

 だがコレに対して、個人的にとある考えが浮かんだ。いや待てよ、コレはむしろチャンスではないのか? 

 

「そうだ、確かに合法組織なんだからさ、明日あたりにさ、マユミ委員長の手で放送室の機材を借りて全校放送で抗議して見たら? 

 きっとみんな聞くと思う!」

 

 カレンの言葉は、ちょうどショウコが浮かんだ考えと同じ意見であった。

 

「みんな……」

 

 ありがとう。

 ショウコは心からの笑みを浮かべた。

 

「「友達だもんね」」

 

 ありがとう。計画の為に。

 

 

 

 

 ちょうど余っていると言う理由から風紀委員会の宿舎を間借りして宿営し、翌朝から生徒からの聞き込みを開始した。

 ただ困った顔をしたセナが、こんな事を言ってきた。

 

「先生、再興委員会の方が抗議だとか言い出していますよ」

「参考人聴取で? 偉くまた過剰反応したね」

「その為に放送室まで借りるって意気込んじゃって……」

 

 んん? と頭に疑問符が浮かんだ。

 放送室が何でここで絡んでくるんだ、連中にとってそんな重要な案件と到底思えないし、そこまでする価値があるとも思えない。

 大人しく聴取させてその上で抗議する方が政治的には効果的だ。

 

「連中は今どこだ」

「昼に放送をするとか何とか言っていましたから……あ」

 

 扉を開けてチナツが「あ、いました」とこちらを見た。

 

「再興委員会の子達が放送室前に座り込み始めちゃいましたよ、何とか出来ませんか」

「座り込みとはまた古風だな」

 

 そうは言いつつ、ま、直接話してやるかと向き直る。

 ユキノやサオリが「大丈夫?」と怪訝な顔をしているが、「誠実そうに話すフリをするだけで相手もそれに付き合うもんだよ」と返した。

 ふと思いついたので、セナに「すまんがちょっとパイプ椅子借りるぞ」と借り上げた。

 

「定位置に戻してくださいね」

 

 セナは「何する気だ」と呆れた顔をしながら、手を振った。

 そして一応連絡のために連れてきたチナツだが、そこからの光景は実に、詐術的で何と言うか酷いものであった。

 両脇にパイプ椅子を抱えた先生は予定通り放送室前の再興委員会一同にやってくると、困惑する生徒らの前でパイプ椅子を展開し、二つ置いた。

 そして向かい合わせの片方にどっしりと腰掛けると、堂々と足を組んで「それで、代表者さん居られる?」と聞いたのである。

 

「え?」

「え?じゃないよ、呼んだんだし代表者さん、居るんじゃないの? 

 質問に答えに来たわけなんだけど……」

 

 敵意や役人らしさのない屈託無い口調にチナツは「コレはひどい」と内心つぶやいた。

 誠実らしい振る舞いとして、先生らしくある為に外套を脱いで畳んで膝の上に置いているのだ。

 おかげでシャーレの制服の金刺繍がされた姿はくっきりで、数々の略綬と記章が並んでいるが、堂々たる態度で気さくにしているのである。

 相手の敵意が困惑に変わり、動揺になり、ニコニコとした顔の先生が暫く座っていた。

 やがて想定外から立ち直ったらしい相手の1人が立ち上がった。

 

「え、えっと、委員長補佐の明楽だけど」

「あぁ、明楽カレンさん……で合ってますかね? お話はかねがね」

「あ、その、どうも……」

 

 先生の後ろにいるユキノやサオリは「どうすんのコレ」と言う顔と、「あー、こりゃひどい」と言う顔をしていた。

 どちらも戦意や敵意では無く、どちらかと言うとこの大人が毎度毎度変なことしかしねーなと言う呆れがある。

 カレンにとっては想定外だったし、放送室の中のマユミからしても想定外である。

 

「と、取り敢えず委員長はいま放送室の中だから、私が代理って事になる」

「あぁ! 委員長殿は中に? 何でしたら、赴きましょうか?」

「あ、いえ、その、そこまでお手数は……」

「いえいえ! 疑問を呈する人々の悩みに応え、それに真摯に対応する、それこそ、連邦に奉仕する大人の姿でありますから。

 なにせ子供は大人の姿を見てから育つものですからね!」

 

 ようあんな屈託の無い笑顔で言えるよなとクルミがミサキを見ると、ミサキは「信じてるからタチが悪い」と顔で返事をした。

 人は誠実そうな相手には誠意を見せて偉ぶりたいものである、自然とカレンの言葉は緊張した振る舞いになっていたし、後ろの再興委員会の委員達も「なんか、いい人じゃないかな」と感じ始めていた。

 噂やイメージだけが一人歩きした結果、初手から綺麗にストレートを打ち込まれたのである。

 それからの会話は更に酷い流れだった、マユミ委員長も「な、なんか黙って放送するのも悪い気がして」と放送をズラすか本気で考え始め、理解ある彼くんと化した先生は、あっさりとゲヘナ再興委員会のトゲを抜きに掛かっていた。

 

「酷い詐欺だ」

 

 様子を見に来たヒナは顔を手で覆い、飯食ってくると従卒を連れて食堂へ向かって行った。

 事態に焦り出したのはショウコである、まさか正々堂々と自分から来るのは想定外だった、排除では無く根気を必要とする交渉という体制側の最善手を打たれた。

 はっきり言えば先生はここで何時間と交渉出来る、何故なら先生は、体制側には明快な理屈と理論と思想といった拠って立つものがある。再興委員会には何にも無い、それが露見する。

 結果、再興委員会と言う性急な活動に魅力を見いだせなくなる、もっと直接的で身もふたもない事を言えばただ一言。

 

 飽きる。

 

 それが何としても不味かった。

 ムーヴメントは生き物だ、時期を過ぎて旬じゃ無くなれば腐ってみんなやめてしまう。

 夢とか理想とか希望とか建設的野心というのが幼児的願望と妄想でコーティングされ、それが実現されないから駄々捏ねてる子供じみた事だと自覚し、居心地が悪くなって別の誤魔化せるものを探す様になる。

 

『何してるんです委員長! もう直ぐ時間ですよ!』

「い、いや、でもさ、先生が直接来て話し合っておきたいというんだったら」

『あんなのは時間稼ぎに決まっています! 

 彼らの狙いは、交渉で引き延ばして"何も起こさせず飽きるまで続ける"事ですよ!』

 

 どうしてそんな単純な政治的行為と事実を理解しないで委員長になってしまったんだ! 

 暗にショウコはそう告げた、当然だが人間的には世俗的善人であるマユミ委員長はそれを認識出来ない、世の大半がそう出来ている。

 

「と、取り敢えず話くらいは聞いてもいいんじゃないかな?」

『それで放送予定すっぽかしたらどうするんです! から騒ぎじゃないですか』

「それならそれで……」

 

 良くないよそれじゃ! 

 ショウコは眼鏡を外して目を揉んだ、運命は彼女の行為と決断と責任についての決算を開始している。

 彼女は予定通り仕込んだ遠隔操作装置で、放送を始めた。

 

起こるべくしてそれは起こる。

 

 不安定な反体制ムーヴメント、優柔不断な指導部、事態の認識の差異、脅威への過剰反応と防衛的攻撃。

 

 その日彼女らは破局を選んだ。

 

 




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