キヴォトスの若鷲(エグロン) 作:シャーレフュージリア連隊員
「そうだ」
カルホノフは胸を張った。
「将来、子供たちに闘争について質問された時、あなたはそう教えるつもりなのか?先生は、故郷の未来を賭博の対象にしたんだよ、と?」
カルホノフは堂々と言った。
「故郷を連邦の軛から解き放つためにはすべてが許容される! 正しいものは正しいのだ! 正しくあるからには失敗するはずはないのだ!」
──佐藤大輔、地球連邦の興亡4巻「さらば地球の旗よ」──
その放送は既存システムを使っていなかった、ゲヘナの放送システムは中央管制の統制に置かれている、そのシステムは万魔殿の議長衛兵連隊本部にある。
しかしそのシステムは旧雷帝時代のシステムを使ってたがために、管制システムが介入しきれなかった。
結果として発された放送はたちまちにゲヘナ全てを駆け巡り、初撃により再興委員会シンパや三年生らがほぼ全員洗脳され、初撃のショックから立ち直る前に人々は全て行動を始めた。
ただ1番不味かったのは、この放送システム、すべてのゲヘナ生徒の携帯端末に発される様になっていた、無論これは自動システムとリンクしているのだが、マコト政権の間に解体される予定だった。
しかしその解体が不完全である事に誰も間に合っていなかった、文書が不揃いで何処までがシステムか把握できなかった。
「……はい。予定通りに。」
シャーレ本庁舎某階、エデン条約機構本庁舎でもあるそのエリアでは、いきなり滅茶苦茶になりだし、政治団体のちょっとした予備調査が、何故か連邦からの分離独立戦争と言う事態へ発展している事実を受け止めきれていなかった。
それに、さっきから一斉にラジオやクロノスの放送がおかしくなり、一部放送は「白鳥の湖」をエンドレスで流し出している、連邦公共放送はいまだに機能しているのは、クラフトチェンバーの管制のおかげだ。
「だーから!取り敢えず先生との連絡線を回復させろ!」
「捜索騎兵でもウチの偵察でも何でも良いから状況偵察に出せ!」
「アビドス駐屯地のブロンコが一機あるはずだ!空中偵察に転用しろ!」
「何を考えているんだゲヘナは?どうなってるんだ」
内部は指揮系統の混乱を見せていた、最高指揮官はいま混乱の渦中で連絡がグダグダしている。
それに一部部隊はゲヘナ部隊や生徒による攻撃を受けているらしく、状況が何がどうなってるか、誰も分からない。
1番滅茶苦茶なのはゲヘナ風紀委員会にも万魔殿にも連絡がつかない上に、怪電波というか、怪文書じみた事が響いている。
おかげでゲヘナが敵というより滅茶苦茶な混乱が起きてると全員がある意味正しい認識をしていた。
そしてそのおかげで幸いにして全ての警衛隊員らには戦闘装備配給や実包装填許可と、不審者の一律拘束及び必要時の発砲許可は即決された。
「ん?おい!」
警衛隊員がやってきた生徒に警戒の眼を向けた、ゲヘナの普通の万魔殿の制服のように見えたが、何かが外套の下で膨れている。
彼女の手には点火器、袖へ伸びるコード、そして胴体にクレイモア。
即座に警衛隊員は自身のHK416のセレクターをフルオートにし、徹甲弾の籠った40連マガジンを撃ち切る覚悟をした。
「何者も止められない!」
「
数秒しないうちに、シャーレ本庁舎の内部で戦闘が開始され出した。
戦闘事態は極めて短時間だったが、短時間の間に指揮系統の連絡線が絶たれたのが不味かった。
なんだ、今の放送?と全員が困惑する中、カレンは先生の方を見た、やはり先生も首を傾げていて、何だ一体と言いたげな様子だった。
カレンの後ろから音がして、慌てた様子のマユミが「ご、ごめん機材が勝手に!」と出てきて、機械音痴の言いそうな事を言っている。
「何もしてないのに流れたってそうはならないだろぉ」
「何してるか分かんないとそうなるとは思う」
状況からすれば間の抜けた会話を先生とカレンは交わし、座り込んでいた再興委員会の生徒らがぼやーっとした顔をしてるのにやがて全員が気付いた。
あわあわとした様子のマユミ委員長にカレンが「あのねぇ」と話すのも介さず、ぼぉっとしているのだ。
普通は「どうするんだコレ」と思うものだろうと考えたが、明らかに一部生徒と目つきが違い過ぎる。
「ん?」
耳ざといオトギが、耳をぴょこっと揺らして振り向いた。
カヤはそれに対し「なにかありましたか」と聞くと、オトギは不可思議気に「足音がこっちにくるんだけどさ、重い足音がする」と呟いた。
段々近づくそれに、それとなくサオリが先生の後ろへ移動し、クルミが前へ飛び出せるようにし出した、ユキノはマギとミサキへアイコンタクトする。
「あれ?」
そして出て来たのは、不可思議な組み合わせであった。
何故か完全軍装のゲヘナ風紀委員らとマコト議長が現れた、その後ろに居るのはアコだ、あまりにあり得ない組み合わせに全員が困惑する。
「なにしてんだお前ら」
「や、やっぱ怒ってるんじゃないかな」
「やばー……」
「お前らはお前らで反体制ムーヴメントするんなら体制に慈悲なんか期待すんじゃねえよ!」
カレンとマユミへ呆れてそう返し、なぜか後ろに隠れようとするポンコツ二人を前に出す。
「「おにー!」」
「反省室で半日くらい頭冷やしてこい」
真面目に大人として取り組む相手ではない学生運動に対して、そこまで深刻に怒る気はなれないが故のなおざりな言葉だった。
楽しい遊びはおしまいという事である。
だがやって来たマコトらの目は明らかにおかしかった。
完全軍装のフレクターパターン迷彩に身を包んだゲヘナ風紀委員らを従えて、二列縦隊を後ろに通路を進んでくる。
「先生。此処にいたか」
「……おまえ、本当にマコトか?」
堂々たるハンドサインで隊列を止め、マコトは満面の笑みを浮かべた。
うすら寒い何かを感じる。
それを感じたサオリは立ちはだかるようにし、カヤはそっと射線を塞がない位置へ移動し、ユキノは静かにセレクターを動かした。
「キキキッ。当然マコト様はマコト様だ、先生。
そして先生、貴方を一時的に拘束させてもらう」
「ほぉ?そりゃまたどんな理屈で公務中の連邦役員の逮捕が出来るんだ、連邦憲章には役員不逮捕特権がある上に、小官は連邦生徒会会長直々の勅命を得ている。
すなわち、小官に対しての妨害は連邦生徒会会長に対しての妨害であると言えるが?」
突拍子もない内容に何を言っているのか分からないと思いながら、理詰めで聞いた。
基本的にそれなりに理路整然としている上にマコトの言う事は筋は通る事が多い、それ故に論拠や法の根拠もない不当逮捕はマコトが嫌う事である。
ただヒナに対して個人的な痴情のもつれだか何かがあるだけだ、それにコイツとの相談で見えたが、ゲヘナの問題児をそもそも「愚行権の範疇」と認識している、そう言う点で理屈は通っている。
「あぁ確かにそうだ、現在この時まではな。
だがキヴォトスがゲヘナの支配下になれば話は別だろう? 連邦生徒会という事態に対応しきれず先生を使いこなせない統治体制や、トリニティの様な閉じ切った体制などを一掃して見せれば良い。
そしてその為の、来るべき”陽のあたる場所”には先生の立場が必要だ、であるから確保しに来たと言うだけだ。」
「出来のわりぃ小説でもお読みになられたか議長閣下は?」
呆れた事しか何故か出てこないので、後ろのアコへ尋ねてみる。
「話が分からない人ですね!このポンコツ議長閣下がちゃんと天命を思い出したから先生を”保護”すると言う事ですよ!」
「アビドスの時の件でどうして懲りてねぇんだよオメェ!」
「あの時はあの時です!それはもう終わった事でしょう!」
「仮にも立場ある奴の言う事じゃねえぞソレ!」
マコトが「やはりこの行政官じゃ無理か」とため息を付き、ハンドサインした。
瞬間、完全軍装の風紀委員らが横隊へ展開し、前列は
煌めくG36kの銃口が並び、銃口はしっかりと構えられた。
「貴様ら誰に銃を向けているのか理解しているのか。
”私こそが連邦捜査部の部長だぞ”」
「理解しているからこそ向けている」
そうか、とだけ返事をした。
瞬間、ミサキがベルトの煙幕手りゅう弾を引っこ抜き、即座にクルミがフラッシュシールドを展開、ニコとミサキは同時に手榴弾を投げ込んだ。
それと同時に窓枠を射撃したユキノに続き、サオリが先生を抱えて降下、続いて俵のようにマギに担がれたカヤと、隊員残余が飛び降りた。
視界を塞がれ、閃光と煙幕の為迂闊な射撃は控えた精鋭の風紀委員らの事をある種信用した作戦ではあった。
地面に着地した瞬間、全力疾走を始めるサオリらは、先生の「一端、人のすくねぇ場所だ、廃校舎!」と指示した。
そこはある程度高地にある為、状況の観測がしやすい。
「あっ」
ミサキが横を見て驚愕の声を上げた。
当然だが現れたのは明らかに味方とは思えなかった、フクス装甲兵員輸送車は明らかに黒衣の培力機能付き強化装甲服に身を包んだ風紀委員会ではない隊員を載せている。
「
それは何であるかよく知っていた、万魔殿の秘匿部隊だった。
主な業務は前政権時代の遺産の排除と前政権による秘密活動の調査と処分、やってきた
イブキと、少し遅れてチアキが両手を振っているのだ。
「せんせー!」
乱雑な停車をしたフクスが、黒衣の強化装甲服に包まれた隊員らを降車させて全周防御陣形を組む。
しっかりと適切な予算と訓練を練ればこうした部隊を有せる、連邦捜査部との相手も成り立つ程度の部隊は作りようはあるのだ、作ってもペイ出来ない上にそこで土俵に立ったからと言って勝てるわけではないが。
「何があった」
「分かりませんがマコト議長ふくめ三回生らが扇動されています!
セナ委員長、ヒナ委員長、含めて各部は連絡がついていません」
「外部との連絡は」
「それが、外部通信は一切が怪電波の混線とジャムを受けて繋がりません、エデン条約機構の有線地下回線は端末がある部屋に行けませんし」
チアキの状況報告は報道屋らしいかいつまんだ要約ではあったが、的確ではあった。
それと同時に、ドン!と爆発音がした。
風紀委員会の施設がある方向だ、ヨレヨレになった制服のゲヘナ風紀委員が、慌ててこっちに走ってきた、略帽に制服の通常勤務姿だった。
「どうした!」
「ひ、ヒナ委員長が武器庫開けて、乱入してきた三回生らに配給始めようとして」
「くそっ、アイツまでおかしくなったか」
「そ、それでイオリ先輩が、武器庫の砲弾に撃ち込んで爆発させちゃって……先生呼んでこいって……」
鹵獲防止とはいえとんでもない事したなアイツ!? 思わず目を見開いたが、取り敢えず目的は決まった。
ユキノらに廃校舎の確保を要求し、カヤとマギらにイオリ捕まえて連れて来いと命じる。
「簡単に言ってくれますね」
「フケます?」
「鬼より怖い」
カヤとマギがそう言いながら、駐車されていたILTISを何食わぬ顔で略取していった。
アイツらなら上手く確保してくるだろう、こっちはチアキとイブキを……あれ。
「おい、サツキは。
アイツもおかしくなったか?」
「放送聞いてね、情報部の人つれてね、資料室に顔色変えて走り出しちゃった」
「てことは正気ってことか……」
現在はシャーレ本庁舎に居るはずのイロハ、現在移動中のサツキ、で、ここに2人。
問題は政軍双方トップが過去再興に癒着しているって点だが、指導部が結託しててもイオリたちが同意していない、チアキもそう。
ならば何とかなるはずだ、状況を把握して場合によっては。
場合によってはどうなるんだこれ、反乱法の適用?治安出動?防衛出動?
連邦生徒会は連邦憲章として洗脳に対し、厳罰を適する上に容認の余地が全く無いのだ、理由は簡単で「洗脳の命令の範囲以外自我も自由意志も有した存在」が独裁権力に繋げるなど論外だからだ。
面白いのはリオのように単に監視システムだけを作るとこれは合法になる、まあ当然かもしれない、リオはテクノクラートで、技術は洗脳と統合ではなく、自由意志の類稀な気まぐれで出来ると理解している。
まあ何だって良い、時と場合によっては非常戒厳を宣言して一時的に自治区を戒厳で制圧すれば良い、それだけなのだ。
何故なら自分は
出来損ないの独裁や洗脳くらい、ウェリントンよりは怖くない、アイツは逃げると決めたら絶対とことん逃げ切る上に卑怯じゃなかったからだ。
マッキントッシュ調の執務室で、連邦生徒会長は『ツー』と不通音を流す受話器を、そっと仕舞うことにした。
ため息をついた様な顔をして、見上げていた窓から椅子を回し、アユムへ向き直す。
「電話が繋がらなくなりましたね」
「3分前に銃撃戦の報告があって以来、連絡不能です」
「ゲヘナの反連邦宣言ですか、大したものですね……先生の状況はいまだ、ゲヘナですか」
アユムは頷いた。
つまりそれは現在の連邦生徒会長以外、決断できる人間がいないという事だ。
「失礼します」
執務室の扉を開けて入ってきたのは七神リンだった。
「なんです、状況は更に変化しましたか?」
「いえ。更なる変化が起きない様、
意外、と言う顔を連邦生徒会長はした。
当然だが、連邦生徒会長が本物ではないとリンには確信があるが、現在この瞬間では居ないより居るべきだ。
「しかし、現在この情勢で私がここを空けるのは問題になるのでは?」
「現状の情勢で先生と連絡不能な現況では、連邦捜査部を指揮する正当な権限を有するのは貴女以外に居ません。
既にトリニティは総動員の内示を発令し
一両日中にエデン条約機構の参加校のみならず他の学園や勢力も動き出すでしょう」
リンは強い眼光ではっきりと言った。
「今の貴女の仕事は指揮を維持し続ける事です。ご決断を。」
「分かりました。直ちに
連邦生徒会は事実上、これを内戦と認識した。
無理もなかった、既に三大校は独自の手段を取り、アビドスは駐屯する連邦捜査部に対して「存立危機事態による防衛準備出動」を正式に要求し、アリウスは「常に忠誠」とだけ連邦捜査部に連絡している。
明日にはカイザーも動き出すだろう、何せこうなると誰も予想していなかったのだろうから。
だが事実はちょっと違っていた。
カイザーのゲヘナ支社はさほど大きい規模では無い、市場規模はそれなりなのだがマコトの有形無形の妨害を受けている、単純にマコトは学園外の連中が放置したら内政干渉までするのを許す気がなかった。
そして、この事態のど真ん中に晒されたカイザーのゲヘナ支社は慌てて緊急書類の類いを処分していた。
ジェネラルやプレジデントは正式に「現地から逃げて良い」と許可を出していた、まずいものの類は残しておきたく無い。
D.U.のキヴォトス総合支社からSOFの分遣隊を派遣するのは間に合うはずがなかった、連邦捜査部や連邦生徒会に介入されかねないし、撃墜しかねないし、地上輸送は論外だ。
結果的にゲヘナ支社は維持が出来ないから各自逃げろとなる訳である。
「ん?」
窓の外を見たゲヘナ支社の社員が訝しんだ。
外からは黒煙やら警報やら銃声やらが聞こえ、ラジオは意味不明な音声とテレビから途切れ途切れの、子供向け番組の主題歌が聞こえる。
だが支社の前に止まったのはゲヘナ学園の、万魔殿のフクス装輪装甲車だ。
中から万魔殿の衛兵が何人か降りてきた。
「何です一体?」
カイザーの警備用オートマタは状況をつかめなかった。
慌てて支社長は降りて、令状や容疑は何だと聞いた。
慇懃無礼なそのゲヘナの衛兵が、とある畳んだ紙を渡した。
"憎むべきゲヘナを毒する者に鉄槌を!"
続けて、そのゲヘナの衛兵が持ってる装備が何であるか気付いた。
こいつらG11をぶら下げてる。
「あ」
警告を発する前にオートマタは撃ち倒され、いきなりの奇襲攻撃に対応する術は無かった。
静かになってから漸くして、ゲヘナの支社を確認しにきたカイザー社員らが現れ、奇襲攻撃があった事を知った。
その奇襲攻撃が成功したことに万魔殿情報部副部長は「よくやった」とだけ返した、誰が勝つか負けるかは知らないし、サツキ部長は信念に尽くすだろうが、それであるなら私はここからゴミ出しをするだけだ。
連邦生徒会の不安に比して、カイザーの動きが要領を得なかったのはこれであった。
「さて、愛すべきおっかなびっくりで怖がりな、しかし諦めだけを知らないあの先輩のところへ向かおう」
「
情報部副部長には、3年前に自己の洗脳を解いてくれたあの日の顔が代わりに焼きついていた。
彼女の下に居た生徒も、多かれ少なかれそう言う奴らであった。
こうした"ゴミ出し"は幾つかの箇所で行われているが、擾乱攻撃で一番派手な物はゲヘナ地域の連邦重装備保管庫に対してだった。
ゲヘナ再興委員会の洗脳がされた面々が重装備、特に、連邦のゲヘナ風紀委員会と比較にならない重車両類などを求めていた。
連邦捜査部などが混乱に陥る中、取り敢えず非常配備に入った連邦機関は多くあった。
取り分け、状況の進展が早かったのはゲヘナ地域にある連邦重装備保管庫である、即応配備と展開を重点に置いたPOMCUSであるから、今現在のゲヘナの情勢では危険地域だ。
幸い、半地下の格納庫や地下格納されている都合上周りに民間施設やらはなく、少し小高い丘にちょこんと佇んでいると言う次第である。
「非常配備ってどうなるんだ」
「ラジオとテレビはてんでダメだな」
FASTヘルメットを被り、OITV防弾着を付けたヴァルキューレ公安局の生徒らは一応SRTの生徒だった人々だ。
ただ連邦重装備保管庫と言っても、襲う奴が居ると思えるほど連邦生徒会は舐められてる訳じゃないし、誰も近づかない。
HK417などを装備した彼女らは、ある意味危険を無縁としてきた、実際これまで襲撃されたのはアリウスが条約に際して近隣施設だったため一個小隊規模の奇襲攻撃をした時くらいだ。
あの時は非常展開したヴァルキューレ警備局機動中隊3個で包囲して制圧している。
「確か先生は来てるんだったよな」
「SNSアカウントの更新だとそうだよ」
「なら、何事も無いはずだけど」
ただ全員がそう言って納得できるはずはなく、言った本人ですらそう思えていない。
瞬間、センサー網が警報を鳴らし、画面の反応は一斉に周囲から近づく脅威目標を報せ始める。
「あ?」
怒りと殺意の籠った声が警衛所に響く。
当然だった、たかだか三大学校が、連邦相手に喧嘩を売る? どう言うつもりで居るのか。
そして責任と行動と義務がある人々の選択では無い、唯一安心出来る要素と、怒りに関連する要素は、現地にその「連邦主義」の擬人化みたいな大人が居るのを忘れたのかと言うことだ。
あの大人は、内戦の恐怖というものを理解して納得して認識した上で「知るか」と蹴っ飛ばすだろう。
そうなったらもうドミノだぞ。
「莫迦どもめ!本当に内戦をする気かよ!
各員、攻撃を受け次第射撃を無条件に許可する!」
タガが外れた。
その事を理解も認識もしていた、それに彼女は先生の授業の配信を見るのが趣味だった、寝心地に極めて良い効果を見せる。
その中で、とんでもない事を言っていた部分を思い出した。
『内戦と言うのは政府の言う理性的な声より耳当たりと聞き心地の良い言葉を優先して正義がそれにあると感じた瞬間に発生する、いわば極めて民主主義価値観に根付いた行いと言えるわけだ。』
本当にその通りになったぞ、畜生。
上空を
こんな状況で飛んでる様なやつ……
先生はゲヘナ議事堂から些か離れた場所の、ゲヘナ廃校舎に身を移していた、理由としては議事堂は現在大混乱である上に、パンデモニウムの主要幹部を確保したからだ。
それにゲヘナの廃校舎は小高い地形の上に居を構えている、ここよりデカくて高いのは風紀委員会本部棟のビルくらいだろう。*1
「予備弾薬持ち出せ!箱ごとだ!」
「は、はい!」
慌てて弾薬箱を運んでいるのはゲヘナの不良生徒らである、いきなり寝ていたら廃校舎に先生やら幹部やら上がり込んできた。
すわ手入れか何かか!と慌てた不良生徒らが窓から顔を出していたら、本気で目が殺意で溢れたアリウスやユキノ達を見て、慌てて両手を上げた。
そんな様子を見て「こいつら正気だわ」と確信した先生が、弾薬類やら揃えさせているのは簡単だ、脱出するにしても戦うにしてもやることがある。
「取り敢えず、だ。俺より
「ですね」
先生はユキノへイブキたちを指さした。
それを聞いたユキノは確かにそうだと頷き、ニコに「適当に動きそうな車両確保して」と指示した。
ニコが「目立たない感じのですね」と頷き、降りていく。
「え、な、なんでです」
チアキが困惑した様に尋ねると、先生は「お前らが正式に"今のマコトは操られてる"」と宣言し、一時的に権力を握れば良いと告げた。
そうしてしまえば二重命令となるから部隊指揮や運用は滅茶苦茶になる。
大半の風紀委員会や生徒らは「動かない名分」を得れば動かなくて済む、指揮官も悩まなくて済む。
「ど、どうしてマコト先輩たちは……」
「そりゃ分からん。取り敢えず、イロハとお前らで3人だ、サツキがダメでも過半数だ。
つまり、ゲヘナの公式見解にはならない。
パンデモニウム・ソサエティーの立法上外部に対する学園間戦争の宣戦の権限は議会の議員による同意を得なくてはいけないからだ」
チアキは不安げな顔で「ですが、マコト議長は立法措置で解体する又は改正発議が」と返した。
慌てているからしょうがないか、と考えてチアキへ笑って言う。
「オイ忘れたのか、改正の発議と立法措置はどちらにしても議員の半数の同意及び認可を必要とするんだ。
つまり閣議決定・閣議の開催できない現状、正式な宣戦布告は正当な権限と法令などの発布・宣布は不可能だ……。
思い出したな? 流石に俺もゲヘナ立法は詳しくは知らんが、法学講義を延々とするわけにはいかないからな」
納得したらしいチアキが「そっか」と若干いつも通りの、広報要員らしい毒気のない顔をした。
そう、マコトの様子は明らかに普段の思考力や判断力をそのままにしている、しかるに強権の行使に際し立法措置や特別立法を通す奴ではない。
だから今は安心できると言える、従い時間は多少稼げる、それに正当性も主張しやすい。
その為に何とかしてここから離脱する必要がある。
「無線通信は駄目か?」
サオリに確認を出すが「全域でジャムられてる上に、やっぱり変な電波が覆ってる」と返された。
「アロナ、プラナ!なんとかならんのか」
『現在混線を排除してますが一か所の送信では無いようです』
『流れているのは洗脳電波らしき音楽だと思われますが、技術体系が不明瞭です。恐らくレトロ・ウィルスのような相手を特定種別のみ洗脳すると推察されます。』
ニコがSonderwagen IIIとMD Jupiterを誘導する音が聞こえ、ILTISが戻ってきた、カヤとマギがイオリやチナツを確保して来たらしい。
嬉しい事に風紀委員会の軽装隊員が分隊二つ分は見える、最低限でも指揮統制を見せて手近なのを連れて来たんだろう。
「いいぞ、イオリやチナツの奴手近な委員を招集出来てるな、考課表ちょっと良くしてやらねばな」
風紀委員会の装甲車と輸送トラックが転がっていたのは、恐らく状況の混乱で放置されていたのかもしれないが、誰にせよなんにせよ有効活用する。
通信回線が断続的な混線やジャミングで混乱してるが、正直流言飛語の類いで役に立たない覚悟はあった。
洗脳だの何だのと言う手段があるにしては軍事的政治的にまどろっこしく、チグハグである、従いこれをやらかしてくれた誰かは不意遭遇戦の様に事態を発展させた。
当然だがまともな軍事行動に移るのは不可能だ、即応予定の弾薬はイオリが綺麗にドカンパー、俺の確保は失敗、パンデモはこれじゃ機能不全になる。
「誰がやったにせよ戦争のやり方を理解してないな、勉強だけ出来るが実行が下手なタイプか?
宣戦布告の権限もないのにどうやって部隊を動かすんだ」
思わずそう口に出る、戦争のやり方でやるなら、もう少し時期を待って準備する必要がある。
そうすると、イブキが「あっ」と思いついた顔をした。
「あるよ、先生。済し崩し的に戦争する方法」
「ん?」
イブキの外套の生徒手帳が開かれ、万魔殿議員用のカバー以外は大差ないそれの、ゲヘナの憲章と法の一覧にあるものを指差した。
「"急迫不正の侵害にさらされたと判断される状況での防衛戦争"」
「……あ」
「多分、やった人が誰かはともかく、外部から介入されるのを待ってるんじゃないかな」
成程済し崩し的に戦争に陥らせてグダグダにしちまえば良いわけか、なんつう博打だ、本当に誰がやったにせよこんな事やるとか馬鹿じゃないのか。
革命戦争の方はもうちょい侵略戦争への発展の筋道がちゃんとしてたんだ、せめてバラスくらい真っ当にやれ。*2
というかそれはそれで大問題だろ、速攻する以外消耗戦に耐えれるか怪しいぞ、軍隊はある日突然生えてくるもんじゃない、断じてない。
「成程ねえ、だがナショナリズム勃興を企図しているなら赤点だな」
「チアキ先輩やイブキがここに居るから?」
「いや、それ自体は"奪還すべき事"にしやすいんだ、だがナショナリズム勃興を企図するなら最も大事なのは疎外感と経済的政治的苦境だな。
ゲヘナに於いてその要素が欠けている、人々はそこまで戦争をするほどの理由を求めないからだ」
それを聞いて、マギは他人事の様に楽しげに笑った。
チアキが少しムッとした顔をする。
「いや失礼、かくして"自由で民主主義のゲヘナは生徒個人個人が付くべき正義と旗を選ぶことになる"と言うのは中々面白く見えてね」
脇腹をカヤが軽く小突いた、楽しいのは理解は出来るが少しは隠せと言う事だ。
本質的には外と昔のアリウスの差は大してないと考える彼女は、「自由で正義ある市民」の世界なら自分で考えれるだろうと、斜に構えたことを思っている。
そうした理由からユキノやカヤの事を注目しているのもあるし、連邦捜査部にもそうした理由で注目している、だからこそ、この事態は尚更興味深いのだろう。
俺に注目自体はしてない理由は簡単だ、俺は俺と言う自己をしっかり出してるのを知ってる、いわば組織と自己を同一視してないのを知ってるからだ。
「ともかくあのブロンコと連絡が付けられねえかな」
「無理でしょう、通信を下手にかけると聞かれかねません」
カヤの呟きに頭を抱える、GREEN ARCHERなどの対砲迫レーダーや傍受機材は連邦名義で増強した、必要になると考えたからだ。
いやあ、何でかドイツ地方みたいな連中は増強したり軍縮させても脅威になる人生だな、ライン両岸はフランス領土と未来永劫主張したくなる。
「いっそのろしか信号弾でも上げるか?」
「内容が伝えられませんからね」
いずれにしろここの廃校舎から出なくてはならないのだ、だが連絡をつけるにしても……。
そうすると、思い出した様にチアキが言った。
「誰でも良いですから適当な鏡か何かあります?大きめの」
「確か用具置き場にそれなりにでかい姿見があるっすよ」
不良生徒が1人手を挙げた。
「それだ!それをちょっと外へ!
太陽光の反射を用いて、これで発光信号をします!」
「あ!その手があったか!」
光信号なら確かに通信傍受もしづらく指向性を持てる、悪くない手だ、最善手に近い。
くそっ、光信号なら俺が思いついても良かったはずだ、これが現代っ子との差と言うやつか。*3
ニコがMO Jupiterという風紀委員会の輸送トラックを護衛になる装甲車と共に確保してきたので、連絡次第移動を指示した。
連絡自体は手段が決まれば至極アッサリ、サッパリというものである、もとより短文で「我ハ作戦行動継続中」としっかり伝えれるだけで良い。
文章を理解したOV-10は左右へバンクして返事をすると、速度を上げつつバレない様に、危険を避けて低空へ潜って脱去して行った。*4
ゲヘナの高速道路は嫌なほど人気が少なく、そこを走るカスタムされたハマーは速度違反上等の速さで走っていても、誰も止めることはなかった。
母校がおかしくなっている、その知らせを受けた便利屋68は咄嗟に飛び出した、幸にしてカヨコは洗脳を受けていない。
学外な上にゲヘナの端末ではなく、ミレニアムの端末にヴェリタス製のIP等の変換ソフトを差している。
相手がヴェリタスの副部長や部長、あるいは先生の端末かリオ会長とかでもなければ特定は難しい。
「で、どうするのさ社長」
彼女らの活動は正確にはアビドスからの依頼だ、さらに言えばアヤネからの内示である。
いわばアビドスの現生徒会長からの直接命令と理解して構わなかった、アビドスとしては真っ先に侵攻されかねないから、事態の把握に熱心である。
連邦捜査部の駐屯部隊が本気で即応陣地をこさえ始めているとなると冗談ではないのだろう、便利屋68は逃げる気だけは無かったが、正直なところ不安だから公園の特殊部隊もついでに拉致って参加させたかったと思っている。
「決まってる。先生の確保。」
「何処にいるかも分かんないのに?」
ムツキが弾倉を確認してつぶやいた、全て徹甲弾にしてある、正規部隊と殴り合いなんて怖い事出来るか怪しいが備えるのは義務である。
「それについては簡単よ、先生の側から目立つから」
アルの言葉に、カヨコは楽しげに笑い声をあげた。
「確かにその通り!」
それと同時に、上部から観測中のハルカが声をあげた。
「前方!検問所!」
正面の道路上に見えるのはゲヘナ風紀委員会ではなく、万魔殿のカラーがされたTAM軽戦車だ。
2両ごとに車線を塞ぎ、4両が内外への移動を封じている。
アルの舌打ちと同時に行われた無茶なハンドル捌きは、セイアの趣味全開カスタムハマーの限界を攻める様に行われたが、古今趣味人の実用度外視が見せる限界性能の高さで全てを実現した。
飛んできた砲弾を避けたのである。
砲弾を避けることに成功したハマーに、ハッチから顔を出した車長がMGを射撃し始め同軸機銃が発砲を始めた。
高速道路外壁を滑走台の様にして飛び出し、一気に空を舞う。
4mほどの高さから落ちたが流石に元は百合薗セイアの私物である、バンパーはしっかりと耐えた。
「人生ってこんなに楽しいものなんだね社長」
「いやあその通り」
カヨコとムツキの呟きと、とんでもない展開で若干気が動転しているハルカ、そして何で生きてるのか自分でもやはり理解できないアル社長は、目の前の人陰に気づいた。
カスタムハマーを横へ滑らせて停車し、カヨコが即座に銃を抜いて尋ねた。
「サツキ部長!」
「あ!便利屋のところの!」
その声色に全く敵意がない事に、カヨコは確認をして銃口を下ろした。
「無事だったんだ」
「ええ」
サツキ部長の護衛は殆ど居ない、理由は簡単で非常配備する前に大混乱になり、自衛戦闘やらで合流出来なくなった連中が多くいる。
奇襲攻撃を受ければそうもなる。
半分秘書代わりの眼鏡をつけたポニーテールの似合う従卒がせいぜいで、普段から気弱な態度をしているが、今は尚更気弱な顔をしていたが、書類鞄は離していない。
「先生と合流して、この資料を提供しなくちゃいけないの!」
「よしきた!」
陸八魔に政治とか力学とかは良く理解出来ないが、人間の道という事にはそれなりに拘りというやつがあった。
先生を探す事自体は雑作も無いと確信を抱いている、誰がやったにせよ血眼で先生を追いかけ、なんとかしようとするだろう。
ならば飛び込む手段も隙も幾つもある。
「可及的速やかにこの騒ぎを騒擾のうちに終わらせるわよ」
後方座席でサツキ部長が、足を組んではっきりとそう言う姿は紛れも無く、全ゲヘナの統治機構の高級幹部のあるべき姿であった。
それに痛いのが好きじゃないサツキ部長はある事を知っている、戦争を終わらせるのは始めるより難しく、適当に力と手を抜くまでの時間と犠牲が掛かりすぎるところがある。
バカでも始めるのは至極簡単なのだが……。
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