キヴォトスの若鷲(エグロン) 作:シャーレフュージリア連隊員
このような前提の下では、人民が意思するところのものは常に善であるとルソーのいった言葉は完全に正しい。
このような命題が正しいのは、規範によってではなくして、人民の同質的存在に由来する。
──カール・シュミット、「憲法論」──
不確かな情報と状況から開始される戦闘は基本的には開けるまでそれがどうなってるか分からない、ある種のシュレンディンガーの猫と呼んでも良い不確実なものである。
そうなっていくと基本的に状況認識と現実からズレが生じていく上に、焦る指揮官ほどズレた認識のまま走り出す事も多い、焦燥と何かをしなくてはと言う不安から行動をしたくてたまらなくなる。
では優れた指揮官は何をするか?行動の目的を整理し直すのである、状況にあたふた混乱するより状況を掴み直す事が即断される。
そうした指揮官は時として戦場を変更すると言う選択をする、押すか引くかと言う事である。
「と、言うわけでだ、連中の届かんところへコイツらを離してやらんとな
高速は避けろ、下道を走れ」
「はーい」
ゲヘナの運転兵にそう言いつつ、近隣諸部隊のデータリンクを再確認する。
何処ぞのしでかしたバカが周波数帯を滅茶苦茶にしているらしいから、リンクは滅茶苦茶らしいが、根幹機能が失われてる訳じゃない。
電波発信から電波傍受に変更して、ユキノが小型の端末で確認をしていた。
やっぱり電子戦という奴はどういうやつかいまいち俺も理解しきれていない、今度リオ会長たちにあれこれ聞きに行こう、うん。
フクス装甲車の中で確認していると、イブキは少し心配そうな顔をした。
「マコトせんぱい、大丈夫かな」
「ん?」
「ひとりになっちゃう……」
「……イブキは優しいな」
「優しくされたなら、もっと優しく返すんだよ」
「誰が言ったかは知らんが良い事を言う、俺が言った事になんねーかな」
最後の部分を聞いてイブキがくすりと笑い、遠くを過ぎ行く
しかし、状況に対して動揺と言うよりそんな動転してないあたり肝っ玉なのだろうか、あるいは、子供の抱く無邪気な確信なのだろうか。
不安になったのか、チアキは「侵攻って言いますけど、本気なんでしょうか」と呟いた。
「するならするでかまわんさ、一戦で粉砕するよ」*1
「そりゃ先生だったら三大校全部相手出来そうですけど……」
「出来ないなら連邦なんていう仲介者の資格はねえよ、弱い奴の言うことなんか誰も聞かんがな」
「まあ、そもそも勝っても……あれ?」
チアキがふと思い出した顔をした。
「先生。あの放送をした人たちは、勝って何がしたいんでしょう?」
「意味と目的が無いんだろ、我々は正しい、正しいから勝つ、正しいから勝って良い未来が来るとか、そんなところだよ。
考えた奴は何と言うか、考えがトリニティ的なんだよ、ゲヘナのやり方じゃないな……ゲヘナの場合あんな変な思想統制するよりそれなりに好きにやらせるべきだ」
「早晩崩壊すると?」
「もう崩壊している様なもんだ、後ろのトラックにいるイオリやその指揮下の分隊たちをみろ。
立派な醜の御盾たらんと自分の守るべき物を理解している、命令に易々諾々と従う奴じゃないってコトだ、ヒナ委員長は真面目と見える」
笑ってそう言うと、チアキは「まあ、確かに最後は自己の信条ですか」とカメラを握った。
結局のところゲヘナの連中でやるべきは統制経済や強権政治では無く、ある程度のゆるい括りの中で好きにやらせる事だ、結局のところそれが一番良い。
それに侵攻と言っても、それがどんなものに頼るんだか怪しいものである。
『──いわゆる、和平サミットなどの提案は、良識をもって拒否されるべきなのだ。我々が両立して住むにはこの世界は狭過ぎると言う事だ。
百鬼夜行、トリニティ、連邦、ミレニアム、やはり両立して住むには狭過ぎるのだ。』
「おー威勢がよろしいこって、前線の広さを理解してないな洗脳した奴は」
呆れた感想しか出てこない計画だ、占領地の維持がどれだけクソ面倒だと思ってるんだ、アリウスの復興計画で想定より良かった事は占領地人民の宣撫工作が極めて楽だった事だぞ。
普通は体制を破壊して我々を良くも悪くも批判的な目で見るからな、真っ当に飯を食わせて生活させてりゃあもっと拗れたんだろう。
百鬼夜行への侵攻?どう考えても絶対ゲリラ戦になる、ニヤ部長は統率力が高い上に、下手をすればコクリコ部長、つまり花鳥風月部の長にして百花繚乱の委員長だったアイツが本土防衛戦争に参加しかねん!キキョウとニヤとコクリコのトロイカって絶対えげつない事してくるし、ワカモは絶対参戦する。
ミレニアムもやはり論外だ、エリドゥで本土防衛戦争を続けるリオとヒマリが人的資源消耗戦で絶対に勝ってしまう、そもそもミレニアムなんて下手に突いたらアリス2号機みたいなのが出てきかねん。
トリニティは言うに及ばずだし、山海経は大兵力の投入に不適当な山岳で統率力も高い、下手したらカイが化学兵器持って参戦しかねん、赤冬はそもそも気象条件的にダメだし人民の抵抗が激しくなる。
アビドスも「ん、降伏して借金押し付けた後に武装決起して土地全部取り返す」とか言う奴が出てきかねんし、アリウスの場合は下手に突いたらミメシスで人海戦術とかどうなるか分からん。
「まーじで早期にどうにかしねえとゲヘナが全面で負けておしまいになるな」*2
下道を走りながらそんな事を考えていると、砲声が聞こえた。
かなり遠い、ガンナーのハッチから外を伺ってみると、トラックに居るイオリが横を指し示していた。
見えるのはゲヘナの通信電波塔だ、風紀委員会の保有している三号N型が数両、曲射で砲撃している。
くそっ、決断力のある若手将校の一部が部隊を掌握したんだろうが、投入する場所とタイミングを見誤ったか。
「な、なんで放送塔を」
「洗脳電波を止めようと焦った奴が出てきたんだ、こりゃ本当に急がんとダメだな」
このままじゃ本当にゲヘナの内戦になってしまうぞ。
ゲヘナに決断力の無い人間は実のところあんまり居ないのだから。
そう考えていると、先頭を走っている装甲車が側撃を食らって建物脇に突っ込んだ。
「止まるな突っ走れ!」
前方のILTISが慌てて側面へ乗員らの小銃を指向する。
続けて、紛れもなくMGの轟音が轟いてきた。
ヒナ委員長仕様の特殊カスタム仕様、338ラプア弾の詰まったその機関銃は、塵紙の様にILTISを穴だらけにしてしまった。
爆発炎上するILTISがフクス装甲車に激突し、イオリ達は即座にトラックを停車させて防御陣形を組んだ。
「降車!議員らを脱出させろ!」
イオリの即決が風紀委員らと
彼女は獅子吼する野戦指揮官でも常に冷静な野戦指揮官でも無かったが、なりたい者はあった、しっかりと部下を統制する指揮官というより、自己のやるべき事を見失わない指揮官だった。
例えて言えば空崎ヒナである。
「先生らは脱出して!頼んだよ!」
「そう言う訳にもいかん!ここで一番逃がさなきゃいかんのはアイツらだ!」
イオリがはっきりとした眼をしてそう告げた。
チアキとイブキを再始動させたフクスへ載せて送り出し、いまや最悪のタイミングで敵になった風紀委員長の対決が始まった。
無論、ヒナのカスタム仕様が連射する338ラプア弾の弾幕は軽装の風紀委員のフラックジャケットを濡れ紙のように引き裂く。
「うっはぁ。どえらいもんを」
「支援予算で委員長が仕立て直しした奴だよ」
普通そこまでするか?とユキノらが呆れかえりつつ、ハンドサインで指示した。
ミサキの構えたランチャーに真正面から仕掛けて来ること自体は容易く予想が出来た、ヒナ委員長はわりとガサツというかなおざりなところがある。
単独戦闘に関しては特にその傾向が強く、「ゲヘナには武人は居ても軍人は居ない」と評した言葉はある意味真実だ。
「真っすぐ突っ込んできた」
「はーい」
続けてオトギが構えたM82が唸るが、今度はそれを横へ逸れて避ける。
三回射撃して全弾避けるかよとオトギが呟きはしたが、絶望はしていない、予定通りだ。
なぜなら避けた側面へサオリとユキノの弾幕射撃が展開されたからである。
ヒナの脚が止まった。
「やれ」
ニコの手榴弾と
ただ大して効いていない、ヒナの羽根が展開している。
だがそれも知っている。
「イオリ」
「うんっ!」
イオリが、同じ場所へ三発撃ち込んだ。
一瞬それがなにを狙ったのか、ヒナは意味のない場所と疑った。
洗脳下にはあっても空崎ヒナの自我や記憶が消えてるわけではない、それゆえ先生の指示とイオリの射撃が意味する事が、無意味ではないと知っている。
だが?
「あっ」
飛び込んだ三発の徹甲弾が、ヒナのMGのトップカバー、機関部、装弾ベルトを順に砕いた!
ミッション・キルであった。
これでは追撃も確保も武装が無いから難しくなる、そこらの武器を使うと言っても精度は落ちる、銃の個体差は案外大きく色々な個体差があるからだ。
当然、ヒナの戦闘力は大きく低下する。
「そうきた」
ヒナは即座にMGから自身のルガーへ武器を変えた。
こうしたサイドアームは風紀委員の大半が有しているものである。
ストックを付けた彼女のルガーはフルオート機構付きのカスタム型で、これは情報部時代の自費購入品だ。
だが、轟くエンジン音がお互いを警戒させた。
「なんでこうなるのよぉぉぉぉ!!!」
ハンドルを握るは陸八魔アル!現れるはセイアから貰ったカスタムハマー!
そのカスタムハマーは勢いそのままに、空崎ヒナへ砲弾よろしく飛び込んだ!
流石にいきなり横合いから突っ込んでくるのは予想外だったヒナは、先生の事だから伏兵かと考え、跳ね飛ばされた勢いのまま跳躍して撤退した。
即座に降車した便利屋68は周囲を確認する。
「先生!」
「あれっ!?サツキ?!」
当然だが出て来たサツキ情報部長は予想外だった。
「何がどうなってるんだお前ら」
「い、色々と」
「人生に飽きが無くて結構」
ともかく、今の内だ。
マギとカヤが近くの道路を見ながら「急がないと増強中隊規模が来ますよ」と警告した。
どうも便利屋を追撃中らしい。
「取り敢えずお前らも来い!」
すると、軽く話し合ったのかユキノが言った。
「先生、我が小隊で遅滞戦闘をやるのでその隙に」
「それは良いがちゃんと
死守ではなく遅滞戦闘で上手くやれ!」
「はい」
そう返事をするユキノは、明らかに玉砕を選ぶ目じゃなかった。
サオリは少し不安そうにしたが「あんたら振り切るより楽」とクルミのやさぐれた言葉に、少し微笑んだ。
動き出すMO Jupiterの遠ざかる音と、近づいてくる風紀委員の足音が聞こえる。
ユキノは相手の様子をある程度確認した、増強中隊というより寄せ集めと呼んだ方が良い。
所属やらが統制はされてるのだが部隊が混成である。
「さて、上手くやろう」
斬りこむとか斬り死ぬつもりは無かったし、勇気と悲壮感という物もない言い方だった。
明白な連邦の危機、救うべき人民、護るべき暮らし、そういうものを脅かす脅威と胸を張って戦うだけだ。
なんとも人生は不可思議である、そう言う役目が回ってくるなんて世の中は滅茶苦茶らしい。
「オトギ、将校から優先して撃て」
「出来るだけ三年の、だね」
双眼鏡無しでも相手の様子はまごついたものがある。
指揮将校や兵の間で意思統一がされてない、当然である、ゲヘナに於いて武装蜂起だの拡張主義だのが支持される不況じゃないからだ。
誰もが安穏と明日が来るならそれでいいと考えているし、トリニティの様な派閥間や階級間の対立も薄い上に、アリウスほど切羽詰まったわけじゃない。
だから安定主義の支持者が増えるわけである。
「はぁー」
息を吐いて、オトギは照準眼鏡を覗く。
一番威勢が良さそうな指揮将校……オトギの目にははっきりと数人分かった、狙うべきは仕立ての良い自費で仕立てた衣服をした指揮将校。
ダン!と重たい破裂音がして、まず一人倒れた。
「次、撃て」
続けて、慌てた二人目。
ユキノは「よし!少し引くぞ!」と告げた。
ゲヘナにせよトリニティにせよ、素材が違うから階級が高そうな奴が分かり易いのは考え物だなとユキノは考えた。
当然、一番分かり易いのはあの大人なんだよなぁと思ってもいる。
連邦捜査部の制服や戦闘服は、せいぜい礼服の類と参謀肩章の一部くらいしか各自の違いが無いのは良いのだが……先生に関してはなぁとユキノなどは思ってしまうのである。
数分後、三回目の伏撃は従う指揮将校らが居なくなったゲヘナ風紀委員らが戦闘継続の意思を失う事で終了した。
全く計画と上手く行かないまま始まった計画は当然だが制御不能になっていた。
まず、ショウコの想定外……というよりショウコを走狗にした面々が想定外だったのは、連邦の統制力が意外なほど回復していた点である。
まず、奇襲にはあったが奇襲に過ぎないとエデン条約機構は指揮機能を数時間ほどで再建した、もっとも大きな理由は白河スズの排除の失敗で連邦捜査部の指揮系統は断てなかったのだ。
なんで白河スズを排除できなかったかと言えば、当日の白河スズは半休であった、半休の彼女に幕僚の一部が「外出するんだったらバーガー買って下さいよ」と話し合った結果だった。
結果、制服で数人分のバーガーを頼んで持ち帰りの列に並んでいる生徒がまさか連邦捜査部の戦闘団長だと誰も思いつかなかった。
事態が発生した直後、ゲヘナでの混乱と攻撃で指揮系統が混乱したところを公安局の尾行が車両で駆け付け、彼女を押し込むとシャーレ本庁舎へ帰還した。
既にこの時にはスリーパーによる攻撃は警衛隊員らに制圧されている、そして彼女は即座に迷わず「連邦捜査部の仕事」を取り組む羽目になった。
連邦捜査部の指揮機能が蘇ると名目上、連邦への統制があるトリニティ以下各校や、ゲヘナの一部地方部隊や無事な部隊は連邦の指揮下に編入された。
連邦生徒会会長も帰還していたことが特に今回は痛烈なカウンターとなり、始まる前からトリニティは総動員を宣言しつつある。
「というわけでスズミさんも予備役招集です」
「私はここ一年ほとんど正義実現委員会と関わっていませんよ」
「小隊指揮の経験があって指揮幕僚課程の教育があれば十分ですよ」
スズミのようなリタイアした予備役士官まで召集され、正義実現委員会は
そうした状況下では戦争計画はファンタジーに過ぎない。
既に正義実現委員会
対するゲヘナは?というと……。
「先生が何で捕まらないんですか!」
ショウコの憤慨は理不尽なものと言えた。
不定見で不確かな計画と行動になったのは原因の一つは自分自身である。
更に思ったよりゲヘナの生徒らは真面目な生徒も多く居た、風紀委員や万魔殿の二年生や一年生の中には「小官は命令に従えない」と抗命する中級指揮官らや、一切応答を絶った者、部隊単位で脱走したり消えた者が相次いだ。
「そりゃいきなり始めたからだろう」
ショウコの言葉に冷ややかな返しが飛んだ。
マコト議長である。
予想外の一人でもあった、洗脳が効いていたのだが、ショウコは生科学や脳科学の有る言葉を知らなかった。
催眠下の行動は本人が望んでないと出来ないのである。
「戦意に問題がある兵では指揮統制など望むべくもない」
「なら貴女が」
「兵武を揃える事の類はともかく兵事はマコト様の専門外だ」
「なにを!」
「それより志願したのだろう作戦参謀、秀才の解決策を出して事態を収拾する事だな」
ショウコの才覚を大きく超えている内容であった、しかも彼女は明確に有害な教育を受けていた、これで政権が戻ると考えているなら喜劇であるが、喜劇と悲劇に違いは少ない。
特に一番の脅威と問題は兵装であった、マコト政権の間に重装備路線を棄てて治安部隊としての色を強くしたゲヘナ風紀委員会、更に過去の兵装の大半は整備予算か訓練予算を出していない。
「なんで骨抜きにしたんですか!」
「今日日学園間紛争を好き好んでする奴は居らん、志願による精兵化と機動力が少額の予算で最大効果を生む。兵武に金を注ぐのは内需のあとだぞ?」
正論であった。
要するに「金ばかりかかる連中を揃えるより要点絞れ」がマコト政権の防衛政策である。
実際問題それはかなり機能していた、連邦の支援もあって今のゲヘナは財政がスリム化している、浮いた予算は給食委員会とかに回された。
「これでは攻撃計画の兵站が成り立ちません!」
「そうかぁ、じゃあお前の代わりに天雨首席行政官辺りが適任かな」
「なんでそうなるんです!?」
「言い出して発案して発議したからだ、ゲヘナに於いても提言者は一定の責任を負うのは必然と観るが如何に」
「っ……!」
人間の根幹を変える訳ではない、それが洗脳の限界だった。
ショウコに足りなかったのは目標を選定する事、計画を修正する事、立て直すには何が居るか考える事なのだが……。
残念ながら教育者がバカでは生徒も駄目になるもんである。
結局のところそういうもんである。
「あ、あの」
慌てた議員が報告書を抱えて来た。
「なんです!」
「連邦捜査部は正式にエデン条約に基づく作戦活動と、連邦生徒会会長の命令に伴う騒擾安定化支援作戦を宣言しました」
ショウコが思わず口を開け、しばらく絶句した。
「正式にサツキ情報部部長らの協力支援要請に基づいて作戦を開始するとのことです」
「なにぃ!居ないと思ったらそんなところに居たか!」
マコトが怒るというより安堵したような声を上げた。
洗脳したせいで場所云々と人員云々はまるでぐちゃぐちゃになっているが、迷子にでもなったかと心配はしていたのである。
時刻が夕方になる頃、連邦捜査部指揮下の”治安回復”を目的とする”支援部隊”は、ゲヘナの境界線を越えた。
投入される部隊は再編したり脱走したり私服で合流した風紀委員ら3個中隊、脱出に成功したサツキにより再編されたゲヘナ
積極的な治安回復、物は言いようだ……。
「良いのかなコレ」
チアキの言葉はある意味、全員が感じてはいた。
当然、積極的な治安回復というのは内政干渉とも言われかねないからだ、だがここはゲヘナである。
規模の差こそあれど、ゲヘナの治安維持支援はこれまで幾らもあったのは事実だ。
そしてこれは計画されたテロ攻撃と解釈するは自然で、条約を締結したのだから、当然条約を仲介した連邦捜査部には支援を要求する……と言えるわけだ。
詰まるところ、連邦捜査部に「おい仕事しろ」と言ってるだけで、言い出したのはゲヘナの行政で、「いま風紀委員会の幹部たちは手が離せねえんだ」と言う理由が立つのである。
あとは事態を収拾する方法だが。
「当然、ゲヘナの支援要請に基づく治安出動だ。
だからこそ、これは連邦捜査部のやるべき事で、他校が介入する必要はない……無論、警戒をするのは勝手だがね?」
斯くして完璧な言い訳となった。
ゲヘナは自治権を差し出す大惨事にあるのではない、ゲヘナはゲヘナらしい大騒動にあってるだけだ、なんら特別な事はないと声明を発したのである。
そしてこれは意外なほど良く効いた、大半の生徒や市民らは「最近静かだったから爆発したんだ」とゲヘナらしい日常と認識したのである。
「デカい嘘でデカい真実を隠し、隠し味として少量の事実を」
サツキの完璧な政治工作であった。
なにより先生という大人が出てくることでそれらしくなるのである、幸いエデン条約機構本庁舎への攻撃はオフレコにすればいい。
無論政治的には大きな貸しではあるが、表立って連邦捜査部の介入を早期に出す事が出来る最高の手段だ。
「
そして鎮圧部隊はイロハが出る、これで全てを解決して、後は後処理だ。
空をAH-1TとOH-58WRが飛んでいく、先行したAH-1WがすでにSEAD/DEAD攻撃によりゲヘナの防空を剥いでいる。
アビドス校舎の隣に居を構える連邦捜査部のアビドス駐屯地では、指揮所にホシノとアヤネ、そしてアビドス駐屯地の部隊指揮官が居た。
ゲヘナへの介入が始まり、アビドス駐屯地からもOV-10が離陸し、目標を選定し攻撃している。
20分しない間にゲヘナの防空はその指揮統制を喪失してしまうだろう。
「何もしなくて良いのでしょうか」
アヤネはそう不安げに呟いた。
「下手に介入するべきじゃないですね、介入した結果泥沼になられても困りますし」
アビドス駐屯地の部隊指揮官は淡白に呟いた。
交代でやってきたこの司令官はどうも権力や武力行使にそれなりに思う所があるらしく、こうした淡白で無味乾燥な事を言う。
恐らく褒めるべき優れた文民統制なのだろう、過度な行使を考える政治家にもこうなのは良く分かる、そう言う奴だから昇進できているんだろう。
「その通りだよぉ、確かに現地は荒れてはいるけど、もう少し現地のカウンター勢力を信用しなきゃ」
「そうではありますが」
「それにさ」
ホシノはにこやかな顔をして言った。
「列強の良い所は半焼しようと最後に勝てばどうとでもなるってところなんだよ、うへへ。
我らがアビドスじゃそうはいかないからねぇ」
延焼しないならば我々は今は高みの見物だ。
幸いなる故郷に感謝しようではないですか、そう思いつつホシノはある事を思った。
しかしながら、ゲヘナの体制を転覆何かして、そんな覇権がほしいのだろうか?
連邦捜査部の首輪がそんなに気に食わない、或いは連邦の名札が嫌なのだろうか、おぉ怖い怖い、列強は生まれながらにして自由は当然と考えておられる。
だがもし、この事態を操る者たちは、この不協和音のオーケストラを望んだのだろうか?
ホシノはそう考えると、アヤネに取り敢えず休んでおくように言った。
指導者と人民の間の媒介を忌避し、それらね直接性を好むポピュリズムにあっては、言論に基づく討論では無く「喝采」こそが「人民の意思」を表出するものであると解釈される傾向がある。
またこれと関連してポピュリズムは満場一致の同一性を人民の間に要求するため、たとえば溢れんばかりの喝采は政治集会において、個々人の平等な政治的自由や反論する権利は保証されるべくも無い。
──「ポピュリズムの民主主義的効用」山本圭(敬称略) 日本政治学会年報政治学63号掲載──