キヴォトスの若鷲(エグロン) 作:シャーレフュージリア連隊員
サミーが本庁舎勤務を開始して二日が経った、ある日のこと、サミーが子猫を連れて来た。
2匹ほどの小さな野良猫で、弱っていたが衛生隊員や記録を渡しに来た船守船医に曰く、多少弱っているが安静にしていれば良いらしい。
この2匹、どうやら家族らしくあり、毛玉の怪物の様な虎猫たちが最近はカフェで遊んでいる。
何処から拾ってきたか分からない虎猫たちだが、どうも生活安全局のレポートを確認する限り、轢き逃げの報告があったからそのせいなのかもしれなかった。
「サミーも元気な様で何よりです」
ミナトはカフェでサミーの相変わらず、古参の堂々たる顔と佇まいで「ふふん」と鼻高々の様子だ。
虎猫たちだが、こいつ等に関しては名前は「ジンジャー」と「フィッシュケーキ」となった、ナグサなどは「千早とかじゃダメ?」とか言い、イロハは「ヤクトタイガーでいいのでは」とか言い出し、スズに至っては「ベアキャットとヘルキャットでいいんじゃないか」と宣うのである。
そしてこの名前を決めたのは、オデュッセイアの生徒等だ、何故かといえば、オデュッセイアの新しい船乗り猫になるからである。
<オリュンポス>の船乗り帽の上で丸まっている2匹を支えるように、サミーはそっと位置取るように動き、ミナトを呼ぶように鳴いた。
「わかってますよ〜、確かに馴染ませなきゃダメですよね」
ミナトはそう言うと、大きなボウルの様な容器へサミーを収めた。
サミーが先んじて入る事で子猫等を安堵させ、サミーが軽く鳴くと子猫等はおずおずと中に入った。
「もう先輩風吹かしてますね」
ミナトがぼそっと呟き、警衛隊員と警衛司令等が一応ボウルを確認した。
3匹の猫たちは何が起こるのか理解していない様な鳴き声を挙げ、サミーだけがのんびりとあくびをしている。
確認した警衛隊員等が最後にサミーに軽く手を振り、「問題なし」と告げた。
連邦捜査部のMRAPに乗ったミナトが膝の上にボウルを置き、助手席へ座る。
後部座席に座って一応護衛に随行するサオリと、どちらかと言うとミナトの護衛と言うのが近いD分隊等が乗った12.7mmRWS搭載型のMRAPが先導する。
襲撃の気配は無かったが、ナナミが一定以上には有能で統率力があるならば、むしろ見せ札として「我々はいつでも備えてる」と見せるのが良いだろう。
無能じゃない相手なら分かりやすい、素人ほど怖いものも無い。
<オリュンポス>ではサミーと共に現れた子猫等を不可思議な、そして新鮮なものを見る様な目をしていた、誰もが口々に、静かに、新しい仲間が来たことを認識していた。
無論であるが大半の生徒等はサミーがまた来たことを歓迎していた、当然といえば当然だ、再整備を兼ねて半舷上陸の最中であるから手隙の乗員等は見に来ている。
形式的な新しい船乗り猫を迎える式典を受けたジンジャーとフィッシュケーキは、我が城と言わんばかりに堂々と船内を歩き始めると、子猫等はそれに続いた。
当然だが人間の都合はどこ吹く風で、当然だが我々のことを半分忘れている様だった。
「猫には規則も式典も関係なしだな」
「猫ですからねえ」
ミナトは困った様に言い、そしてにこやかな様子でサミー等の後をついて行った。
当然だがサミーは艦長室の扉の下部にある猫戸を潜って堂々と入室し、デスク近くのお気に入りの場所で子猫等と共にとぐろを巻いていた、まさに我が物顔である。
「いい性格してんなサミー」
「バカ猫……」
アミが式典の終わり際に嘆く様に呟き、サミーは知らん知らんと尻尾を振りながらのんびりとしている。
「知らぬ存ぜぬは許しませんよっ」
「むぅ」とアミがサミーに目線を合わせながら言うが、やはりと言うべきかサミーは猫らしい笑顔をしている。
「猫には権威も関係なしだな」
サオリがそっと手をサミーへ伸ばした。
サミーは差し出されたサオリの手を、片足をのせてふふんと息巻いている。
「お手じゃないんだけどなぁ」
「サミーは何時だってそんなものですよ」
匙を投げた様子のアミの言葉だったが、やれやれと言うよりあるべきものが帰ってきたような良い方であった。
取り敢えずジンジャーとフィッシュケーキがちゃんと馴染んだ、というより、船の上を不安がらないのは良い事である。
「そう言えばやはり猫も船酔いをするのかね」
ふと、アミとミナトへ目線を向けた。
「どうでしょうか、結局のところ、猫は猫ですから」
「生徒らはそうもいかないんですけどねぇ」
二人の言葉に「やっぱり酔う奴は酔うのか」と聞くと、二人は「そりゃあもう」と頷いた。
「一年生の前半期はそれはもう酷いモノですから、大半が船室でエライ様子で……いやぁ酷いものですよ」
「やっぱりそうなるか、俺は酔った事が無いからな」
そんな会話をしていると、アイランドの生徒が扉をノックした。
「どうぞ」
ミナトは意識して少し抑えた抑揚で言った。
ハッキリとしているが硬すぎない口調だ、丁寧でもある。
扉を開けた生徒は「艦長。新しい船乗り猫の艦内案内を」と時間を知らせた。
「そうですね、新しい仲間を案内しなくては。
友、遠方より来るは嬉しきかな……」
ミナトが軽く手を叩いて、サミーへ視線を向けた、
よいしょとサミーが身体を起こすと、鳴き声をあげてジンジャーとフィッシュケーキについてくるように言った。
虎猫二匹がひょっこりと飛び出し、サミーに続いて歩きだす。
「やっぱり人語を解してんじゃねえんか?」
「まさかぁ」
アミに聞いてみるが、「流石に無いですよ」と笑われた。
にしちゃ随分と聞き訳がよろしいと言うか。
サミーは艦内通路を堂々と歩きながら、時々ちゃんとついてきているか振り向いていた。
もしかしたら、ついてきているか気にしてるのは虎猫二匹ではなく、我々に対してなのだろうか?
「艦長。その猫は?」
「新しい後任です」
「あぁ!」
通りすがる船員らは懐かしきともがらの様子と、新しき同胞の様子を楽し気にしている。
基本的に<オリュンポス>は半舷上陸中であるから、現在の船員は少ない。
保守整備や維持管理の業務があるから全員が休んでいるわけではないが、陸の風呂へ入湯上陸くらいは交代で許可されている。
まず、ミナトは艦橋へ案内した。
「当たり前だが露天じゃないんだな」
「百年前の小型艦ならともかく今はありませんよ早々そんなのも。
昔は露天艦橋の小さい船で北の波濤荒れ狂う海へ出ても居ましたがね」
「極地や北方は行ったが北の海は行ってないな、酷く大変なのは察しが付くが」
ミナトが「そりゃあもう、どえらいものですよ」と笑って言った。
なんでも、艦橋付近にデカい氷柱や氷が張りついてもう滅茶苦茶という状況らしい。
艦橋部は当然ながら電子機材もあるが海図台が置かれ、レーダー類などが機能し、データリンクシステムから各艦の位置も確認できている。
「やっぱり海図台はあるんだな」
「えぇ、こういうのはやはりアナログでないと……理由はお分かりでしょう?」
「やっぱハイテクも考え物だよなぁ」
結局便利になったところで変わらないもんである。
そう考えていると、無いモノに気付いた。
「浅学を晒すようであれなんだが、伝声管はもう無いんだな」
「えぇ、無くなって暫く経ちますね。浸水被害拡大の原因になるのと、何より艦内電話が出来ましたからね」
それを聞いて廃れたのかと少し衝撃を受けた、ちょうど俺の時代の最新機材だったんだが、流石に浸水被害に繋がると聞けば納得はした。
「無くなったんだなぁ。昔は伝声管反対派が居たんだが」
「え?」
ミナトとアミがキョトンとした顔をした。
「いやな、伝声管までは基本はメガホンで伝える訳だろ?
良く響く大声を出せるというのはある意味、男子一生の大役と認識する奴が多かったと言うのがな」
「なるほど、新機材で仕事の内容が代われば良い顔をしませんねそれは」
「結局全員消えてしまったわけだなぁ」
諸行無常という奴なのかね、これも。
俺の時代じゃあ船と言うのはせいぜい数千トンもいかなかったが、いまや十万トン超えが平気な顔している、驚愕したのはあれが数十人で動かせる事だ。
「そう言えばこの船の運用人員は、やはり少ないのか」
「最低限の人数でまぁ300から500程度ですかね、ダメコンに関わる人員としてそれだけ供出できるように確保しないと大変ですから」
「ダメコンは自動化出来ないんだな」
「出来ないからダメコンなんですよ」
「そりゃそうか」
考えてみればそうだが昔と比べて応急対応も発展したものである。
甲板要員をとりあえずで防火対応させたり、船匠班を浸水対応させたり、そういうざっくばらんな感じだった。
時代が過ぎれば洗練されると言う事なのだろうか、その割には連邦生徒会やキヴォトスの社会システムはあんまり洗練された感じがしていないし、隙あらば民営化や委託して御用商人がやらかすのも変わってない。
しかし船と言うより船を動かすシステムや人員の話を聞くのは楽しいものである、時代の変化が感じられる。
「いやぁ、サミーの奴もえらいところに住んで……」
振り向いて、暫く言葉が出なくなった。
「……なぁ、サオリ、サミーとジンジャーとフィッシュケーキ。どこ行った」
「……あっ」
サオリの左右を見回すのと同時に、艦橋の全員が辺りを見回すが、姿が見えない。
やがて、艦橋外部に近い見張り所に居た船員が「あっ! サミーたちがマストから伝って降りてます!」と報告を挙げた。
「器用だなアイツ」
「昔からこうですからね……」
アミの匙を投げた色が強い言葉に「ええい見てられないんだから」とミナトが追いかけにかかり、一応は所属がうちであるから我々も追いかける事にした。
やはりというか、サミーはただで捕まる気が無いらしい。
するりするりと手狭な艦内を走り回って、時に飛んで、子猫らが戸惑っていたりすると、そっと介助してあちこちを歩き回っていた。
「遊ばれてねえか、俺ら」
「明確に誘ってる機動だ」
サオリと二人して思わずそう呟く。
全く以てサミーは優秀なのは分かるが、やはりと言うか傲岸不遜な所がある。
そしてこういう奴には心当たりがある、先任の海兵とかである、要するにサミーなりに艦長と、そして後任へ案内をしながら遊んでいるのだ。
「隠れんぼだなこりゃ」
やれやれと追いかけていると、船員らはサミーらを撫でまわす機会を得たりとばかりに誤魔化すので、やはり苦労する。
ある船員はシャツの中に包んで隠そうとして知らないとすっとぼけ、ある船員は帽子の中に隠そうと図り、またある船員は三匹の猫を抱えて走り、と種々様々かつ悲喜こもごもの事態を起こしていた。
そうした事を1時間ほど続けていると、遂に船首付近に停泊する曳船の上に居た。
潮風にあたりながら暖かな陽光を浴びつつ、何か恐ろしい事、きっと人類の滅亡に関してでも喋ってるかのごとく、にゃごにゃごと話している。
「サミー!」
ミナトがようやく見つけたと曳船へ降りると、するっとサミーは身体をくねらせ、腕をすり抜ける。
ジンジャーとフィッシュケーキが他人事のように「にゃあ」と揃って鳴き、すり抜けられたミナトは曳船がつるっと足を滑らせた。
ぼちゃんと水しぶきが上がり、ミナトが顔を水面から突き出すと、サミーはジンジャーとフィッシュケーキを伴って、船の淵から「にゃん」と力強く鳴き声を上げた。
「……遊びたかっただけ、と言う事?」
ミナトが呆れた様にサミーへ尋ねると、サミーは呑気な猫らしい大きなあくびをした。
楽しく明るく元気よく、と言う事なのだろう。
無論、サミーの考える事であるから、真実は不明だが。
遠くに見える補修完了を確認し試験中の<カリュプソ>を見ながら、サミーはゆっくりと<オリュンポス>へ戻っていく。
満足したように、サミーはことりと倒れた。
船守船医の診察によると、やはりサミーの年齢による老衰かららしい。
そして、恐らく翌朝まで生きてるか怪しいと言う事も。
当然だが、どうしようも手はない。
何時こうなってもおかしくなかったのだ、そしてそれが今日であったと言うのは。
「サミーなりの終活と言う事かな」
「サミー自体は以前から身体の不調を感じているようでした、後任が来て安心したのは否定できません。病は気からと言いますが、安堵は大きな身体への影響を与えます」
船守船医はそう言うと、出来得る限りの処置はすると言った。
「ですが艦長。このままサミーは動かすべきでしょうか」
「禁忌、ではありますね」
アミは苦々し気に「下ろしましょうか」と尋ねる。
しばらくミナトは沈黙はしたが、やがて、はっきりとしたように言った。
「いえ。確かに、禁忌を守るオデュッセイアの生徒としてはそれはそうでしょうが、私は1人のシーマンシップとして、サミーを見送りたいのです。
艦内放送の用意を」
それを聞いたアミは、そっと微笑む様に言った。
「艦長。お忘れですか。あなたには必要に際し独断をするだけの権利があります」
「権利、ですか」
ミナトは苦笑すると、確かにそうかもしれないと呟く。
<オリュンポス>の出港準備が整えられると、湾内の僚艦らも動き始めた。
湾外ではちょうど数日遅れの<デュスノミア>以下の僚艦らが先導する用意を始めている。
「案外みんなおセンチなんですねぇ」
「塩辛い海ではそれくらい甘い方が良いんですよ」
ミナトの何処か皮肉めいた言葉に、船守船医はフッと笑ってそう返した。
<オリュンポス>以下の諸艦は第一航行序列を緩やかに組み上げながら、海へと進み始めた。
黒い炭を溶かした様な海に、各部活やトライデントの各艦が照らし出している、間違いなくサミーはそうした儀礼を受けるに値する存在であったからだ。
勇者の如く倒れよ。
サミーは水平線から陽が昇り、後継となるべき二匹の虎猫に挟まれ、ハンモックに揺られながら永の別れへと至った。
「現在時刻午前6時22分、臨終です」
船守船医が確認を行い、静かに告げる声と踵を揃える音が響いた。
偉大な存在が逝ったのである、サミーは最後まで船乗りであった。
全てを終えて、ミナトらと共に船は戻った。
協議の結果、サミーは海が拝める墓地へ埋葬する事に決まり、そうした手配はウチが担当する事になった。
これに関してはオデュッセイア側の強い要望によるものだ、死してなお船乗りとしての名誉と栄光であるから、反対はしていない。
「愛されてたんだなぁ」
「そうだな、乗員たちにとっては家族だったんだからな」
葬式を終え、多くの生徒らが参列していたのを見るとそう思う。
式典警備はウチの隊員で行ったが、名代としてナナミの連中からの使者が来ていた。
サオリとそんな話をしつつ、確認を終えた、こうした行事や式典に関してのスキルは何故か高くなってきている。
「そう。確かに愛されていたのですね」
「!?」
サオリが一瞬、驚愕して横を見た。
連邦生徒会会長がスッと横に立っていたのである。
「あら失礼、驚かせてしまいましたか?」
「来られる、と言う連絡はありませんでしたが」
「それなりに重要な事でもある、と言う事です」
「というと」
連邦生徒会会長は、そっと人払いを願った。
サオリが二歩下がる。
「オデュッセイアにはまだまだ幾つかの問題もあります。内部にも抱えています。
ミナトさんも優秀ですが、ミナトさんも問題を抱えています。
例えば、本物の艦長ではない、と言う事とか」
思わず目を見開く、どこもかしこもそんな問題ばかりなのか?!
ただ、彼女の行動をふと見ていて個人的に感じた事があった。
「だが、その事はそんなに重要だろうか?
艦長代行だろうがしっかりと決断ができるのなら、判断をする胆力があるなら後は部下を使いこなす器量次第じゃないかな」
「えぇ、確かに。
ですが人は権威を求めます、それに隠し味としての神秘性を」
「……俺の事か?」
「さぁ、どうでしょう。私の事かもしれません」
そう言うと、連邦生徒会会長は「では、失礼」と歩き去っていった。
「……護衛も無しは危なくないか」
「人の事言えないと思うぞ」
「何てこと言うんだサオリ」
サオリの野次染みた言葉に返しながら、目を離すと連邦生徒会会長はすっと消えていた。
夢現と言うべきか、大分訳が分からない状況になり始めていないか、このキヴォトス。
いやまぁ、元からそうだったと言えばそうなのだが。
感想評価お待ちしてます。
誤字脱字などの報告本当にありがとうございます!
この場を借りてお礼申し上げます。