キヴォトスの若鷲(エグロン)   作:シャーレフュージリア連隊員

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第58話

 色彩襲来と連邦生徒会の動乱から少し……。

 ずいっとナギサのデスクからミカが顔を出す。

 茶会用の執務室でなんでまたそんな事を、と思うかもしれないが、残念ながらこれがミカの割と日常である。

 もっとも口さがない者からは「チェシャ猫じゃあるまいに」と言われ、それなり以上の支持者からは「分け隔てが無い美点だろう」と言われ、大半の人間からは「趣味なんじゃないかね」と言われている。

 

「ねーねー、休暇くらい取りなよー」

「取りなよって言われてもですね……」

 

 そもそもミカがなぜデスクから顔を出してるのだ? とナギサはむくれたミカの頬をつんつんと突いて呟いた。

 休み貰って来たのは分かるが、だからって3人で海に行こうとはどういうことか。

 そうは思ったが、ミカの言う事でもある、残念ながらアホなときはアホなのである。

 

「だってぇ、まえにサオリ達も海行ってたんだし……」

「3年生が駄々をこねてどうするんです」

「へぇ、じゃぁSRTの2年直伝の駄々を見せて欲しいって事?」*1

「えっ?」

 

 ナギサが思わず困惑する。

 流石に見ていられなくなったか、あるいは会話が進まないと業を煮やしたか、セイアがそっと告げた。

 

「別に良いんじゃないか? 君に今必要なのは休暇だろう、2日休んで機能不全になるほどゲヘナみたいな治安ではないのだし……」

「ですが」

「しかしだねえ、我々としては君に倒れられたら困るのだから」*2

 

 流石に2;1ではナギサも劣勢だ、それに最近は殆ど外出らしい外出をしてないのは事実なのだった。

 確かにそうした事への渇望はないでは無かった。

 

「しかし、その間の仕事はどうしましょう?」

「ふっふっ、私に任せたまえよ」

「今日のセイアちゃん何か企んでるじゃんね」

 

 ミカがなんとも言い難い顔で、セイアを横目に見た。

 セイアは横目に見返して「幹事は言いだしっぺがやるべきだろう?」と言い、ミカは慌てて頷いた。

 セイアが横車を押した事に驚きつつも、必要な物なんだったっけと幹部らしく物資と人員のそろばんをはじきだした。

 

 

 

 

 こうしてサンドイッチ装甲車*3に俺が詰め込まれた、セイアの奴に「なに、庶務と雑務を手伝って欲しいのだよ」と頼まれたのはまだ良い。

 なに? また海なのか? どうしてそう行きたがる。

 公然任務ではあるから今回は特務の案件じゃないので、サオリらはお留守番だ。

 

「というかなんで俺が随行に必要になるかね、過剰じゃないのか」

「ゆっくり羽を伸ばしたい時があるのさ」

 

 本当に羽が付いてるのに羽を伸ばすとはなかなか面白い話だ。

 それはそれとして出発の打ち合わせに際してはツルギから「ハスミの奴を海に連れてやってほしい」と頼まれた、これはまあ良い、貸しがあるから頼まれもする。

 そしてイチカにこうした仕事の経験をさせたい、というのも分かる、内回りの経験もいるだろう。

 

「しかしまあ偉くらしくないというか、改造装甲車なんかあるんだな」

 

 思わず最初にそう言ったが、そこそこ使い込まれている。

 なんでも数代前の茶会が「一々出かける際に閥の兼ね合いなんか考えてられるか!」と”茶会”の共通備品として用意したらしい。

 無紋のランドローバーでも良かったかもしれないが、要らぬ探りを入れられても困る、ならこれが一番波風立たない手段だ。

 セイアが「なんだ、運転くらい出来るが?」と言っていたが、「人数足りんぞ」というとむうぅと黙った。

 なんでもミレニアムから買った奴らしい、”BOSS429”という車であるらしい。

 

『まもなく到着』

 

 最先頭のAT105 SAXON装甲車から連絡が入る。

 今回の護衛であるD分隊の馬鹿どももあそこだ。

 

 

 

 

 ビーチへ着き、それとなくハスミからの「緊張してるみたいなのでイチカのコト見てやってください」という頼みは聞く。

 それ相応には助けてもらっているのだ、それくらい貸しがある。

 ついでに言えば真っ当な連中の頼みは聞いてやらなきゃ単純に納得できない、偽善だなんだとかではなく、自分が納得しないからヤダ。

 鷹揚にうなずいて、機材確認するかと軽く歩く。

 

「まずはシャワー室か」

「もっとも管理の方が毎月確認してますから、湯が出るかどうかですね」

「案外大事な時に壊れたりするんだよ、酷いと確認されたことになって紙面上存在してんだよ、其処まで酷くないのは分かってるけど」

 

 分隊長の久留木シイナについて来いと命じつつ進む。

 今日の隊員や俺は残暑の都合で夏服の半袖仕様だし、D分隊もLBVベストに青いベレー帽だ。

 アロナとリンクしているカメラはヘルメットカメラからボディーカメラになっている。

 

「あれ」

 

 ハスミが入り口で首を傾げた。

 理由は分かった、靴跡がある、複数。

 

「現場作業の大型の靴ですね」

「修理業者呼んだか?」

 

 残念ながらそうでは無かった、居たのは解体業のが得意な温泉開発部だ。

 

「何してんのお前ら」

「あ! 先生だ!」

 

 メグがぴかーっと目を輝かせた。

 

「えっとね、どうせ崩れるから温泉作るの」

「形あるものいつか崩れるとか抜かしたら暫く部長をヒナ委員長に括って過ごさせるぞ」*4

 

 呆れた顔をして話すが、成果は多分見込めない。

 メグはまだ善人なんだが頭のネジがゆるふわだ、爆破すら純粋に温泉製作に必要な致し方ない行為とすら思ってない。

 

「というか崩れるというがな、爆弾設置すりゃそりゃ崩れるだろ」

「いや? そうじゃなくても崩れるんじゃないかって」

「ん?」

 

 メグの言葉に疑問が増える、こいつは嘘を言わないのだ。

 ただアホだから詳しく覚えてないだけである。

 

「それマジで言ってるのか」

「うん! 資料が……どこだっけ」

 

 横から部員が「ここっす」と指し示す。

 メグは「あったあった!」と喜び、パックに詰められた図面と書類を見せる。

 

「先生工学分かるんすか」

「前職で色々あったんだよ」

「相変わらずワケわかんねえなこの大人は」

 

 シイナが呆れたように呟き、ハスミや温泉開発部の部員が「あの人多芸だな」と驚愕している。

 実は部下というか親衛隊工兵部門は士官級にグランゼ・エコール*5卒業生が居るとかは言わない、彼らのお陰でロシアから生還できたの(ベレジノ橋の架橋渡河作戦)でとても感謝している。

 

「……液状化の危険性とかは分かるがな、これ少なくとも衝撃と意図的な地下水漏出が無いと起きないよな?」

「たぶん!」

 

 メグが元気よくそう返した。

 

「というわけで工事延期! 言いたい事は分かるが駄目! 利用者が困る!」

「えーっ」

「えーっじゃない、作りたきゃ計画図やあれこれを提出せんかい馬鹿ども」

 

 ため息をついてメグ達にしっしっとハンドサインする。

 なまじっかコイツらは純粋に馬鹿なのだ、マジで温泉作る事しか考えてないのだ。

 その為にアリウスまで来るような正気の度合いを飛び越えている連中だ、ちなみにその件は許可証くれと言われて仕方なく、やむなく、いたしかたなく、考えに考え抜いて、苦々しく許可した。

 アツコに護送されてる中で「アリウスに温泉ないの?!」と説得したのはカスミじゃなくメグだ、純度100%の善意だから我々には勝ち目がない。

 

「ちぇー」

「というかお前らの首魁はどうしてんの」

「便利屋使って温泉掘ろうとしたら委員長に連れてかれたー!」*6

「バカな奴……」

 

 呆れて言葉も出ないと呟きながら、メグ達を退出させる。

 

「なんかあったんすか」

 

 イチカが困惑して尋ねるが、「済んだよ」とだけ告げる。

 正直が美徳とされるのは平時だけである。

 ナギサとセイアが到着し、回収したメグ達の図面を見ながら黙々とレーザーレンジファインダーを操作する。

 

「先生何してるの?」

「測量」

 

 ビーチで何してるんだとミカに困惑はされたが、別段やる事も無いのでこれくらいしかやる事がない。

 自身の測距機器を借用されて、暇を持てあましたD分隊のマークスマンの能地エミが、「美人と海に来てまでやることそれかよ」と呟いてるが無視だ。

 一々元気いっぱいのお前らに付き合って遊んでたら俺の身体がもたん。

 普通の子供じゃ無いんだから猶更困る! 

 

「まあ先生既婚者だしね」

「でしたね」

 

 ナギサとミカの会話に一瞬「しかも二人だろ?」と言いかけたセイアは、即座に言わない事にした。*7

 恐らく悪夢と信じたいがあの空間での知識はかなり先生の情報を埋め合わせている、言ったら出元を追及されかねない。

 そうなっては最悪あの自称先輩とかトカゲみたいな悪人と再会だ! ジーザス! 

 

 

 

 ガタン、ガタンと音を立てるALVIS STALWARTが前方に立っている生徒を見て停車する。

 運転手にさっと素早く、美食研究会の部員が集まり、立っていたハルナがニコニコとした顔でSTALWARTの背負いコンテナを開いた。

 だがそこに待ち受けていたのは、情報通りの冷凍肉と、機材と、紅く目が輝くガスマスクを着け、黒いベレー帽を着けたパテルの私兵だ。

 

「あら」

「ハローゲヘナ、そしてグッバイだ」

 

 彼女らはそう言うと、構えたMINIMI軽機関銃とM4を美食研究会へ向け掃射した。

 避け損ねたイズミとジュンコが即座にポップコーンの様にのたうち回されて、続けて遮蔽を貫通した銃弾にハルナがヘッドショットされた。

 遮蔽に飛び込んで射線を遮ったアカリに、即座にハンドサインで指示してフラッシュバンを投擲し、その隙を突いてツーマンセルが前進し、迂回した別のメンバーで側面から射撃してアカリをスタンへ追い込んだ。

 だが流石に美食研究会唯一の戦闘技能者だけはあり、アカリが即座に9バンガ―を投げて逃亡する。

 

「CP。襲撃者と交戦。襲撃者4人中3を制圧、逃亡1。なお襲撃者はゲヘナ美食研究会と推測。報告終り」

『襲撃? なんでまた……』

「さぁ? 阿呆のやる事ですから……」

 

 適当に縛り上げた美食研究会を路地裏へぶん投げ、「移動!」とSTALWARTへ乗り込む。

 通報はしたから、まあ運が良ければヴァルキューレが回収するだろう。

 たぶんアカリが奪回するのが早そうだが。

 

 

 

 なんかあったか? と聞くと、ミカが「うちの輸送車襲ったのが居たみたいで」と困惑した顔をした。

 当然だが組織的戦闘訓練を受けた金と手間をかけた面々に、徒党を組む以上がない組織では勝てないのは道理である。

 しかも話を聞くに美食研究会らしい、連中は一見すればテロリストだしだいたい真実だが、戦闘力ではそこそこだ。

 連携や火力集中では劣っているとすら言っていい。

 そのため対組織戦闘ではそういう点を突かれると容易く敗北するという欠点がある。*8

 

「何考えてんだかねえ」

「何も考えてないんだろ」

 

 そうは思いつつ、近づいて来たSTALWARTにハスミが片手を上げる。

 茶会仕様の白いSTALWARTだ、若干アホのゲヘナ生徒などトリニティの連中を舐めているが、根はゲヘナと大差がないし、武力行使に躊躇が無い。

 こうした件数は幾つか増えてはいるが、大概は正義実現委員会や自警団にシバかれている。

 

「……ちょっとまて、セイアたちは?」

「ビーチでナギサさんとヨガってます」

「はぁ?」

 

 能地エミの言葉に首を傾げながら、海岸の方を見てみる。

 確かにセイアとナギサがヨガをしている、ナギサはどうやら身体が堅いみたいだ。

 

「あいつ身体堅いんだな」

「文官の宿命じゃんね」

「お前が言う事かよ」

「私I字バランスできるよ?」

「最近流行ってるけど、股関節痛めても知らんからな?」

 

 肉を焼く用意を進めるかと、燃やす材料を確認する。

 着火用の機材が新しいものになっている。

 確かミレニアムのエンジニア部が作った奴だ、新素材研のポリマーリンゲルとか言う液体燃料で着火するらしい。

 なぜ知っているかと言えば、エンジニア部が制作中の事故で全治4日の労災を起こしたからだ、保管してた液体燃料が大爆発したらしい。*9

 

「おー、よー燃える……」

 

 大きめのクロワッサンとベーコンなどを机に並べていく、そういやこうしてあれこれやるのは何年ぶりだったか。

 ふとスルトの奴のパンでもあればな、と思い浮かんだ。

 あいつ、強欲*10だったが滅茶苦茶やればできる奴だった。*11

 

「どうかしたかい?」

「いや、むかーしにパン屋やってた奴がいたなあと」

「パンをこねるローリングピンとかよく持ってたりしてるのかいその人は」

「もしかして心読んでるのかお前?」

 

 セイアが「やっべ」と慌ててクロワッサンを口に含んだ。

 もしゃもしゃと音を立ててセイアが目を逸らす。

 

「何のお話し?」

 

 肉を切り分けたミカがきょとんとして尋ねた。

 

「いや、特に」

 

 セイアに皿を渡し、皿の量にややセイアは驚愕した。

 

「ちょっと多くないか?」

「食べなきゃちんちくりんのままだよ?」

「君の堪忍袋よりは大きいぞ」

「抜かしやがるじゃんね、それって白手袋?」

「そのとおりだ」

 

 イチカが「あれ大丈夫なんですか?」と尋ねるが、笑って頷く。

 

「「食後にゲームで誰が正しいか、空戦で確かめるぞ」」*12

「こういうことさ」

 

 面を喰らったイチカが、なんともまあと呟いた。

 ちなみに持ち込んだゲームはアスナのセレクトである。

 ネルに頼んだら「一番アテになる奴に選ばせた」らしい、ゲーム開発部(モモイ)にやらせない辺りが分かっている、モモイにそのような才能はない。

 才能が有ったらアリスはああはならなかった。そう言うアリスとユズのチョイスも駄目だ。あいつ等のおすすめを遊んでコントローラーを3つはお釈迦にした俺が言うんだ。

 

 

 

 食後にティータイムを始めたナギサが「ミルクは後入れか先入れか」とハスミと争っている。

 意見を求められたミカが「私はストレートティー派なんだけど……」と困りながら返したのは驚かない、この女、眠気覚ましと覚醒の為に濃いストレートティーを呑むのだ、よくある将校の悪癖だ。

 タールみたいに真っ黒なコーヒーを良く呑んでた俺が言うんだ、間違いない。*13

 

「セイアさんはどう思いますか!」

「……いやまて、先生はどう思う」

 

 セイアがなんとかしてくれと視線を向けて来た。

 

「俺、コーヒーにブランデーと砂糖を火でとろけさせた奴入れて呑んでるからわからん」*14

「え?」

 

 ナギサとハスミが驚いた顔をした。

 

「そういえば大人ですから吞めますよね……」

「そうだぞ、好きな酒はまだ届かないんだがな」

 

 ぼそっと本音を呟く。

 俺のシャンベルタン*15購入はなんとか漸く目途がついた、防衛室が検察と法務を兼任と言う、クソみたいな権力体制のキヴォトスに本気でムカつく気分だ。*16

 おかげで奴らが許可を出さないから調達にすら四苦八苦である、いっそのこと告発やらなんやらしてやろうかとすら思うが、まだやらない。

 俺はお前のジョーカーを握り続けているんだよと教えてやる義理は無い。

 勝利の美酒ほど美味いモノは無い。

 

 

 

 

 ヨットの確認とミカが歩き、イチカと連れて歩く。

 あれこれと気配りしているが、イチカ自体はシャイなのかもしれない、何というか人当たりが良いからそうは思われないというだけだ。

 悪い将校ではないが、上級指揮官にすると不幸なタイプだと思う、彼女自身がそれを自覚しているのも分かる。

 

「いやぁ、ごめんね……ナギちゃんああ見えて頑固だから……」

 

 ミカが笑って許してくれと詫びるように言った。

 イチカはややそれに驚いたが、この人はだいたいそうだったなと思い出して、少し納得した。

 こうした身分関係ない接し方はミカの特質だ、本質的な貴族・皇族とは身分意識すら感じさせない自然な所作をこなれている、人から見られている事に慣らされているからだ。

 

「いやぁ、まあ仕事っすから……いつもあんな感じなんすか?」

「時々ガンコになるの、拘りみたいなものかな」

「……よく似ていておいでで」

 

 イチカの言葉にミカが愉快気に笑った。

 

「ようやく本音が聴けた」

 

 イチカの背筋に冷や汗が走った、ついうっかり言葉が漏れ出たのを、完全に誘導されたと気づいたからだ。

 人を操る、動かすのは案外ツルギ委員長も上手いが、この人もティーパーティーで、しかも組織の長。

 無論その目の前にいる女は、ほぼ実権と呼べるものはあまり多くない、ティーパーティーは事実上その政治的意義を終了しつつあるうえに、パテルの解体と戦力統合を始め、彼女の力はほぼ実体のあやふやな影響力だけだと言える。

 しかし、いやだからこそ、イチカという正義実現委員会の中級指揮官(プリムス・ピルス)には別のものに見えた。

 

「ふふっ、そんな身構えなくていいよ、別に何かある訳でもないし」

「はぁ、何分不慣れで……」

「まあね! それにただのティーパーティーじゃなくて体制の墓掘り人相手だからね」

 

 やれやれと言いたげに、先生が言った。

 

「ミカ、あんまり弄んでやるな、後で俺がツルギとハスミに怒られる」

「はーい」

 

 ミカは年相応のにこやかな笑顔でそう返した。

 先生はヨットへ歩きながら、何とも無さげに呟く。

 

「どのみち貴族だ茶会だのは、終焉を迎える運命だ、早いか遅いかの違いでしかない。

 たぶん、私見だが20年ほどしない内に茶会は終了していただろうな」

 

 この人当事者の前で何てこと言うんだよと思いつつ、イチカは興味深くは有るので拝聴することにした。

 

「階級と体制には違いがある、しかし本質的には権門や門閥ってあれ金にならないんだよ、出費がかさんでいくし、新しいものに適応できなくなるんだ。

 それにまあ、イチカとかが良い例だが、ぶっちゃけて言えば大多数の平民出の士官が出る時代とは、専門性ですら貴族は負け始める。

 騎士の時代とかは生活に関係なく鍛錬出来ているから特権的で、マスケットの時代は人の動かし方で専門性があった、だが連発火器と大量動員はあっという間に専門性を奪った、何故か分かるか?」

 

 先生が尋ね、イチカは漠然と浮かんだ言葉で言った。

 

「えっと、多分、人が増えすぎて賄えない?」

「だいたいそういう感じだ、それに貴族将校は常に足りないんだ、海軍なら特殊性から行けるが陸じゃもうダメだな」

 

 海軍では船とは一つの王国であるから、必然的に艦長や士官の素質は貴族の素質となる。

 そして先生はあえて言わなかったが、ミカにはもう一つ重要な問題を知っている。

 恐ろしいほどに門閥と権門と官僚主義で安全保障に支障をきたしてしまうのだ、ミカもナギサもセイアも、初陣の討伐作戦であまりに適当な話し合いと、現実を締め出した結果を見ている。

 

「中産階級と第3身分、法の下の平等、経済と武力の私物化の終焉は必然貴族制度の終了だからなぁ……問題は今度はその中産階級が何を起こすかになるんだが」

 

 実感籠ってるなぁ*17と思いつつ、イチカの目にはなんとなく、ミカの背中が寂しげに見えた。

 頭が良かったり見えすぎたりすると人は不幸になるという、おそらくそうだろう、自身が継ぐべきティーパーティーの栄光が、その実そんなもん無いんだと見えてしまったんだから。

 そんな事を想いながら歩いていくと、桟橋が見えた。

 ヨットと白い塗装の82フィート級カッターが停泊している。

 

「ヨットはこっちすよね?」

20㎜(エリコン)ぶらさげて海出るほどティーパーティーは派手じゃないよ」

「じゃあなんでまたここに?」

「確か昔、ビーチ買収で縄張りを妨害してまで反対した争議があったからじゃないかな」

 

 ミカが話した事件は30年ほど前のものだった、地元の漁礁と海域が重複した事件だった。

 まさか地元住民が組織的にティーパーティーへ反対すると思われず、棚上げにしていたらいつの間にか建設予定の縄張りが叩き切られて抗議は苛烈化した。

 慌てて現地住民への保証策や慰撫策を駆使して、ようやくケリがついた。

 民衆が発言権の元手となる資本力を手に入れた結果である。

 

「ま、ある種の砲艦外交もあるんだろうけど……密漁予防に出す事で地元住民に誠意を見せなきゃいけないのよ」

「……政治って大変っすね」

「責任と義務っていうけど力の行使はバランスだからねえ」

 

 ミカはメンテナンスの書類を確認しながら呟いた。

 

「ライト持ちます」

「お願い。先生、エンジン区画分かる?」

 

 ミカの問いに「俺も発動機なんかよくわかんねえよ」と先生が笑って返し、イチカは苦笑した。

 幸い、説明書はしっかりとしていたので、全員がある程度理解できた。

 

「いやあ、これならセイアちゃんのが手際よかったね、ごめんね」

「……え? セイアさん、機械類に強いんですか?」

 

 イチカがぎょっとした。

 

「あ、そっか! セイアちゃんが昔トラックをバラシて組み立てた件は私らで秘密にしたんだった!」

「えぇ……」

「セイアちゃんねえ、自前のヨットとか車を自分で整備しちゃうんだよ! 前なんてリンクス3のマニュアル見ながら電気系確認したいとか言い出すからさぁ」

 

 ファンキーなことしてるなあとイチカは困惑し、先生は「あれ、スクリューなんか回りが悪いぞ」と首を傾げた。

 

「なんか絡んでるんすかね?」

「しょうがない、エンジン切って潜るか」

「だね」

「えっ」

 

 イチカが何かを言う前に、先生とミカは上着を脱いで何食わぬ顔で飛び込んだ。

 とりあえずゴミ袋の用意するかと、イチカがゴミ袋をひっつかんで戻ってくると、先生が顔を出す。

 

「やっぱなんか絡んでたわ」

「えっと、取り敢えず長い棒でも」

 

 イチカの言葉を待たずに、ミカが浮かんできた。

 片手には黒い油にまみれたナニカがある。

 

「二人ともやると決めたら早いんだからもう」

 

 イチカの言葉に、実に歳相応に爆笑しながらミカがゴミを入れる。

 

「慣れて来たね!」

「おかげさまで」

「プレイベートビーチとかのヨットにこれは管理どうなってんだ?」

 

 そう言うと、イチカは自分も何処かおかしくなり、やがて笑い始めた。

 そんなイチカを見て、ミカは極めて嬉し気ににこやかに微笑んでいった。

 

「うん、ようやく海を楽しむって感じになったようでなにより!」

 

 ミカの言葉に、イチカははっきりとした笑みを浮かべて言った。

 

「ええ、もう来ちゃったんすから、こうなれば楽しむまでっすよ!」

 

 逃れ得ないならば、せめて楽しむくらい許されてしかるべきだ。

 なにせいま、私はこの青春のこのときを、海で過ごしているのだから。

 この時ミカたちは思いもよらなかった、案外メグの工事がちゃんとしていたので、ナギサたちが風呂に入ろうと湯を捻った瞬間、浴室の底を貫通する水圧を吐き出し、家屋が崩れるとは。

 

 

 

 

 

 

 暴発して吹き上がる源泉を見ながら、セイアは「ひどい喜劇だ」と楽しげにつぶやいた。

 時刻は夜10時、未だ温泉は吹き上げ、虹の彼方に湯気を飛ばしている。

 

「……槿花一朝の夢の様なのかもしれないね」

「人の世の営みも一瞬の煌めきかぁ」

 

 ミカとナギサもぼうっとテントから吹き上がる温泉を見ている。

 壊れちまったモンはしょうがない、だって地盤が悪かったんだもん、先生が書類と地図を相手ににらめっこして出た結論はそれだった。

 どうしようもないから、セイアが「もうぶっ壊れたのは仕方ないから、今後の一般開放に備えて本当に温泉にしてしまおう」と言い出し、なんというか真面目ぶるに疲れた二人も賛同した。

 結果として、ぽーんと打ちあがる温泉の噴水にメグが吹っ飛ばされて海岸に刺さってしまった。

 

『へっぽこーっ! びっと気合い入れていかんかーい』

 

 なんでか先生は温泉開発部現場監督と化している。

 

「まあ、一流の悲劇なんて存在しないんだから、喜劇の方がマシだ」

 

 セイアはそう言うと、本を閉じた。

 幾つかの短編やエッセイをまとめた本であった、評論集7 新しい言葉と印字されている。

 

「好きな映画がA Man For All Seasonsなのにですか」

「そういうナギちゃんは好きな映画がライフ・オブ・ブライアンじゃんね……」

「失敬な、あの映画は人生に深い意味を与えますよ、特に最後」

 

 ミカはそうかな、とは思いつつも否定はしなかった。

 なるほど、人生は諦めるには早すぎるか。

 確かにAlways Look on the Bright Side of Life(人生の明るい側面を見ていたい)もん、それは諦める理由にならないのだ。

*1
やだぁー!

*2
最近よく喋る!

*3
イスラエルがアラブ地域移動用に用いた改造品の装甲輸送車

*4
背負わされる方のこと考えた?

*5
現代まである工学科最高学府

*6
お疲れ様です

*7
秘密を守るには凍えるような恐怖と損得勘定よ

*8
アルちゃんとハルナの比較は面白そう

*9
何かむせるんですけどここ

*10
スペイン・ポルトガル夢をありがとう

*11
数倍の英軍にスペインで2000名になるまで本土まで遅滞戦闘を完遂する

*12
もしかしてエ〇コンXかX2!?

*13
恐らくコーヒーと砂糖でエナドリ爆弾作ってる男

*14
カフェロワイヤルすっごくおいしい

*15
こいつが好きなのは10年越えなので、80万越え

*16
三権の分立はいずこなりや

*17
「党派に寄った政治は傀儡政治化する」と史実発言






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誤字脱字などの報告本当にありがとうございます!
この場を借りてお礼申し上げます。

原作のどっちを見たり知ってます?

  • 長谷川ナポレオンシリーズは知ってる
  • ブルーアーカイブだけは知ってます
  • どっちも知ってます。
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