キヴォトスの若鷲(エグロン)   作:シャーレフュージリア連隊員

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金曜日に入ってゆくときは下着も何もかもきれいなんだけど、
月曜日に出てくるときはぐしょ濡れになって汚れきったシーツやベッドカヴァーなんかを抱えてくるのよ。
      ーレイ・ブラッドベリ 「新しいものに取り憑いた」


本庁舎のある風景

 

「ふぅ」と、ある部屋に吐息が消えていく。

 何時もの様にある者は眠たげな、またある者からは悪巧みの少し細くなりがちな眼をして銀髪の少女が呟いた。

 白河スズ、元SRT二年生の3等執行官──つまるところ少尉のようなもの──で、今はシャーレ、つまり連邦捜査部の戦闘団団長。

 率いている規模からすれば各校の中でも数は普通だが、構成要員の殆どがガチガチの正規軍気質という点と、やたら嵐を呼ぶ大人のお陰でキヴォトスでも随一だ。

 更に言えば、出撃までに行軍計画、物資や移動ルートなどをチーム派遣参謀、つまり各校のエリートが補正しているので、スズの戦闘団は実質的戦闘力は単純計算で数倍、更に大人が関わり数百倍である。*1

 

 いまや旅団規模に成り上がる危険を孕んでいるこの組織では、楽な事はそんなにない。

 単純に考えれば当然だ、極論を言えばいまシャーレはゲヘナ風紀委員会と同種の問題、中間指揮官階級の不足で悩んでいる。

 学園交流会の名を借りた各種演習を良くやるのはそうした理由だ、そして今そのせいでスズはため息を吐いている。

 

「演習計画面倒くせえ……」

 

 誰かに投げてえなあ、と思いつつそういう訳にはいかないんだよなぁともスズは理解はできている、納得は無論してない。

 例えばキキョウに投げてみるとする、そうすると恐らく方向の問題が出てくる。

 百花繚乱の作戦参謀とは、騒ぎを沈静化する方法である、作戦完了後に沈静化したり避難計画策定や治安計画では投げれるのだが。

 ではミカに投げるとする、すると今度はゴリゴリの野戦計画になる、正規戦争さながらは良いんだがそれだけじゃ駄目である。

 イロハ・ユウカはそもそも文官(シビル)、ある種政治的人質であるアツコには任せられない、所属が一応シャーレのサオリにはもう情報偵察で一生分貸しがあるから頭が上がらない。

 

 結論は「がんばって頭を捻れ」である、ジーザス! なんて現実だ、認めたくない。*2

 中間指揮官育成に苦心したスズは取り敢えず頭が率先して回る奴を選別し出した、具体的に言うと状況中に指揮官ダウンで指揮権が突如割り振られたりする。

 ちなみに誰がやられるかはアロナとプラナが参加名簿から10人ずつ選別される方式だ。

 青が軽傷、黄色が重傷、ピンクは完全戦闘不能で、スズが要するに戦闘状況中にサイコロ振って、先生のタブレットから結果が来る。

 スズと先生の気分次第で「3倍期間開始―っ!」と消耗率が跳ね上がるフィーバータイムもする。*3

 そうするとどうなる? 現場で仕方ないから何とかしようとあくせくする、双方であくせくが始まる、指揮官たちの選別だ。

 しかしそれも取り敢えず終わりだ。

 

「……風呂入るか」

 

 スズがふと目を向ける、自身の部屋にはちゃんと風呂があり、個人の部屋がある、おお素晴らしき階級の権威。

 ちなみに中隊指揮官以上からそうなる、もしくは特務の人間だ、スクアッドの人間は4人部屋であるがこれは逆に「それくらいはわがまま言える」という事である、誰が怒ると言うのだ。

 しかしこの日のスズはなんとも言えない気分だった、自身の部屋の風呂入って寝るには寂しい気がした。

 時刻は未だ14時半、今日は水曜日。火曜日と金曜日はシャーレ大浴場が15時定期大掃除されるから、開いているはずだ。

 そう考えると制服のシャツに袖を通し、屋内であるから無帽のまま部屋を出た。

 先生へ書類を提出、そのまま認可印鑑スタンプ、返却、下の階でユウカに申請、スタンプ、以上経過時間15分! 

 予算と上層部が承認、後は予定通り幕僚に渡して終わり。

 自室からシャンプーやタオルを適当にビニール袋に詰め、桶を抱えてエレベーターに乗る。

 時間帯的に今は殆ど人が居ない、行き交う人間は無だ。

 風呂番の機械にIDを提出して、脱衣所へ入る。

 やはり人の気配はない。

 

「こりゃ初風呂かな」

 

 スズがなんとはなしに満足気な顔をした。

 木曜夜間警衛を取る事で金曜日代休を得て3連休を確保する類の彼女には、こうしたちょっとした楽しみを楽しめる素朴さが何故か残っていた。

 掛け湯後に湯船に浸かり、さほど高くない160代中盤の身長の大半が大浴場へ沈んでいく。

 浮かぶくらいデカい乳房は生まれてこの方無縁である。

 姉である白河リッカは少なくともウサギの狙撃手や隊長よりデカいのに、自身はまるでそうはならなかった、頭の出来でもそこそこ差があるのもそうだ。

 真面目に官僚へ歩んでいく姉に何か感情が無いではなかった、選んだ先がSRTという浅慮がまずかった、つまり自分のせいだ。

 

「はぁ~ッ……」

 

 深いため息が飛び出た。

 頭の中で幾つか選んでいなかった道筋が浮かんだが、あんまり良い物な気がしなかったのだ。

 例えば姉と同じくヴァルキューレの警官になるとする、すると上司が確定でカヤよりアレな連中のバカみたいな役員どもだ。

 自分で何かするだけカヤがクリエイティブという擁護が出来る付和雷同の輩が多すぎる、会議中真面目なツラして寝てる奴まで居る有様だ。*4

 あんなのが政治判断して予算不足でリベート受け取ってでもやるしかないと妥協するか、壊れるか? なんて誰がしたがる。

 滅んでしまえバーカとクロノスで全部喋って政権トばした方が精神に良さそうだ、やった日には検閲で全部削除されてしまいそうだが。

 

「さりとてあんなのは嫌だしなあ」

 

 天井を見上げて頭に浮かぶは月雪ミヤコら、後輩だがSRT時代の関係性で言えば正直なところお互い嫌っているとすら言えた。

 正義だなんだと言いつつその正義は不明慮不明確で、主語を欠いた正義の看板は立て看板なのに地面との固定がフラフラ、それがSRT時代のミヤコである。

 カヤの証言で「元々ラビット小隊そのものが不適当な連中を暴発させてSRT自体の管理問題でシャーレへ圧力掛ける予定だった」と述べていたが、かなり妥当なアセンだ。

 全員中身がスカスカで自律思考というのが薄い新人、使い捨てても自分に非が及ぶ前に押し付けれる役割だ。

 逆に先生が通常戦力で平押しではなく特殊部隊で一気に揉み潰して片付けたから印象工作は失敗したのだが、これはしょうがない。あんなのが来たら禿げる、兎がドーベルマンに勝てるわけない。

 がらっと扉が開いた。

 

「あれっ」

 

 噂をしたせいか、そのラビット小隊が来た。

 

「あ。スズ先輩」

「演習だったっけ今日」

「そうですよ」

 

 基本的にシャーレでは食堂と大浴場においては俺貴様で良いとされている、ラフさをある程度確保する事でセクショナリズムや硬化を予防し、横のつながりを生やす。*5

 誰が何してるか良く知らない場合の問題はトリニティがやらかしている。

 

「そういや昨日からオフィスからほとんど出てなかった」

「身体に悪いですよソレ」

「演習計画投げれねえもん」

「投げれるなら投げるんですね……」

「権力はそう言う事の為に有るんだよ、できる部下に適切に割り振って適正見てるの」

 

「「思ってても普通言わないでしょ」」とサキとモエが唖然とした顔をした。

 ミユはいつのまにかラドン湯にいる、相変わらずいつ動いたか分からない。単独行動に致命的なまでに不適格という欠点さえなければ、間違いなく天性だ。

 寂しがり屋でパニックになりやすいが、逆にちゃんとそこが解決できればウチの特務の支援要員枠でもやっていけるだろう。

 首を動かして、入ってきた連中を見てみる。

 やはりSRTだと前線畑の奴は胸が萎むんじゃねえかと頭をよぎった。

 

「……?」

 

 サキが不可思議にいぶかしむ。

 

「やっぱSRT前線組ってバストが吸われんのかな」

「何言ってるんです先輩?」

 

 ミヤコが本気で困惑した顔をした。

 

「いやさ、モエはJTAC*6でサキは法務、ミヤコは強襲でミユは偵察、私は指揮将校*7だしFOXのほうもバストデカくないなぁって」

「またなんか意味わかんない事言いだした」

「これセクハラになるかなあ」

 

 サキとモエが呆れた顔をする。

 

「いや結構真面目なんだけどなあ」

 

 頭の中にFOXの先輩一同が浮かぶ、やはり乳はデカい記憶がない。

 いやというか殆どデカい以前だ、自分よりはあると言うだけ、しかも自分で言うのもあれだが最低値よりマシなだけ! 

 なんならクルミ先輩やオトギ先輩とかミヤコレベル、場合によってはミユレベルだ!*8 

 

「無駄な脂肪が無いからでは」

「いやちょっと待てよ」

 

 スズが上を指さした、あれらは? 

 ミヤコも上を見上げ、そして下を見た。

 おお、皇帝が「地形要衝が無さすぎるのも考え物だな」と馬鹿みたいに爆笑しそうな大平原、スズの脳裏のパワハラ魔神は「師団規模演習場」と述べている。

 思念波が届いたかミヤコはむすぅと拗ねた。

 

「ユウカ会計やイロハ氏はまあシビルだから除外するが……」

「キキョウさんやミカさんたちかあ」

 

 ミユがいつのまにかスズの横で浴槽内から顔を出した。

 

「……ちょっと待て、見た事あるか?」

「いえ、無いですね」

「論じようがないな」

 

 サキとミヤコが完全に行き詰まった、情報が無いんだから語れまい。

 そもそもだが、完全に生活の階級が違うから風呂場で遭遇した事もない。

 スズもその経験は無かった、まあ着替えてる現場には出くわしている、恥ずかしいとも思っていないくらい堂々としていた。

 実際暮らす環境が違えばそういうもんだ、飼い犬に着替えを見られて恥ずかしいなんて言う訳無い。*9

 

「……というかそういう点だと自警団の人たちもなかなか」

 

 ミヤコが苦々しい現実へ到達し始めていた。

 百鬼夜行の自警団は全員ちゃんと強かったしサイズ感があった、ミレニアムの特務*10もそう、ゲヘナは……まあ自分たちと同じく後方職はふくよかだ。

 アビドス……なんてことだ、前線で一番ふくよかな人がミニガン撃ってる! 

 

「アリウス……も普通にあるよなぁ」

 

 ミヤコは物理的な壁に静かに涙した、正義への道は険しい、色々と。

 モエが「いやでもアツコ会長さんはまだ」と述べたが、スズは「いやでもあと2年あるべ」と述べた、モエも「確かに」と呟く。

 最近食料の改善で身体測定結果が良くなっている。以前補佐で来たノア氏が「採寸し直しですねえ」と述べてた。

 そうなると恐らく「セクシーロイヤルブラッドですまない」とふざけてるアツコは、かなり有りえる未来の気がしてくる。

 おもわず笑ってしまった、余りにも絵面がおかしかった。

 実際、やりそうなところが猶更おかしかったし、面白かった。

 

「そういや前にミサキさんも大きくなってなかったっけ」

「そうだっけ」

 

 モエの言葉にスズが頭を傾げた。

 あまりミサキの服装に目を向けた事が無かったのも事実だが、オフはジャンパー羽織って体のスタイルが分かり辛いし、それ以外も戦闘装備で分からない。

 戦闘時にガチガチなBDUやOITVなどを着込んでいるし、長駆歩く演習でも基本LBV系のベストを着込んでるから、分かり様も無い。

 風呂の時間もダブらない以上、スズには容易に判断しかねていた。

 

「……あの、一応戦闘団団長なんですよね?」

「不本意ながら」

 

 ミヤコが「相変わらずだな……」と呆れたような顔をした、単純に何とも言えないだらしなさが表層に出ている。

 あまりにずけずけと物を明け透けに言う、人間としては些か悪癖は治っていない。まともな組織では出世する筈がないから、ある意味シャーレと言う組織が中々無法である証拠と言える。

 まあこんなまともじゃない奴が出なきゃ平和という訳ではない、昔日のSRTの様にシビリアンコントロールの美辞麗句すらなく実務も何もないような組織がそうである様に。

 低烈度紛争なら良いが、群発する局地戦が継続している最中で指導者不在のあと日々する事もないではよろしいわけもない。

 逆説的に言えば、誰も代わりになりたい奴が居ないからスズが今こうしているのだ。*11

 

「ん?」

 

 サキがシャワーで頭を洗い終え、後ろを振り返った。

 誰か入室して来る。

 長くすらりとした深い青色の髪をしたサオリが入ってきた。

 

「あれ、珍しい」

 

 スズが素で驚いた。

 特務というからには将校待遇に近いものがある、というか機密保持上そうなる。

 それにアリスクのメンバーにしても大半がシャワーで済ませるタイプだ。アリウスでは浴槽やバスタブがまともに使われてないし、なんならマットレス敷いて寝床にしているまである。

 ヒヨリなどに至っては「煮沸して消毒したりするには便利でしょうね」と述べてるのでベアトリーチェ体制のずさんさが良く分かる。

 

「ああ、給湯器からのパイプが壊れたらしくてな」

「なんかあったっけ」

「調べたら前にカイザーがぶち込んだ30㎜弾の不発弾が炸裂したらしい」

 

 一同が「ああ、なるほど」と納得した、機関砲弾がまだ埋まってたと言うのはまたなんとも災難というだけだ。

 掛け湯してゆっくりと浸かるサオリの姿は、髪を丸く纏めて普段は見えない耳元も見えて妙に艶めかしく、色気があった。

 それでいて背中には彼女の背筋がしっかりと存在感を見せているが、それが寧ろ艶やかさを増させていた。

 ただ横に居たスズが唖然としたのは彼女の眼に、湯船で浮いているものが見えたからである。

 

「すンげえ……」

 

 思わずスズが呟いた。

 

「デリカシーは無いんですか先輩」

「いやだって……」

 

 ミヤコの呆れた言葉に、スズは悪いとは思いながらそう返した。

 嫉妬の心も湧かない差だ、XPがスパコンに嫉妬するわけあるか。

 

「どうかしたか?」

 

 きょとんとした顔でサオリが尋ね、スズの視線を気付く。

 サオリは「あぁ」と頷いた。

 

「気になるか?」

「いやその、そんな大きかったでしたっけ」

「オイ……」

 

 スズのストレート過ぎる発言に呆れかえったサキが嘆く、これに合格判定を与えたというのはSRTの不祥事の一つに違いあるまい。

 サオリは特に気にしてなさげに「ああ、この前採寸したら増えてたらしい」と返し、スズは「まだ増えるのか」と困惑した。

 何せ、アリウス解放時の動乱時は「ああ、見るからに指揮将校ってツラしてんなぁ」としか思わなかった。

 記憶が正しければそのころはまだそこそこ大きいくらいだったはずだ。

 

「……あ、だからあれか」

 

 スズが頭の記憶を掘り出して、ドレス姿を思い出す。

 新聞が撮影した写真に紛れていたが、誰も特務の隊員と気付かず検閲担当官もスルーして掲載された。

 無理もない、巻き込まれた美人女優としか思わない。

 終わって少しした後の先生が「あ、まずった」と呟き、情報工作で少しばかり誤魔化したが、著作権問題という方向で誤魔化しておいたくらいだ。

 無論誰からも疑われなかった。

 そして思い出してみればあの時のサオリも結構サイズ感があった、単純に戦闘で衣服が少しズレたからだけだろうと考えていたが。

 

「そっか。適切にすれば成長するか」

 

 スズの内心に「顔が良くてスタイルも良い上に可愛いのかよ」と笑いがこみ上げる。*12

 

「……今度採寸しなおして下着新しくした方がいいですよ」

「ん? ああ、そうだな」

 

 返事と同時に、扉が開いた。

 

「えへへ……失礼しまーす……」

 

 ヒヨリであった。

 

「……もしかしてヒヨリちゃんサイズ増えた?」

「デリカシーは身に付かなかったんですね。ホント……」*13

 

 ミヤコは諦めた。

 時にはどうしようもない事が世の中にはあるのだ。

 

 

 

 後で詫びとしてフルーツ牛乳とアイスを奢ったそうである。*14

 

 

*1
3万人までならアロナ無しで直接指揮で動かす、あのバカが強すぎると思われる

*2
この程度で済むんだから甘いよ君

*3
こいつも大概人使いは荒い方

*4
弾劾しておいて数日で掌返す日和見原作名無し役員一同

*5
それはそうとして皇帝が食堂に現れると遠慮が激しい

*6
統合ターミナル攻撃制御官

*7
こいつ前線指揮官なんですよ

*8
おお、ブッダ!あれで3年なのだ

*9
そこまで酷い事思って無いよ!

*10
それを直接言う愚か者は凹凸の多い顔にされそうだが

*11
なれる能力がある奴らは別の業務で大忙し

*12
面の皮の厚さはお前が勝ってるぞ

*13
言いたい事を言えないと人間関係拗れるよ?

*14
デリカシーは無いが気配りはできる




感想評価お待ちしてます。
誤字脱字などの報告本当にありがとうございます!
この場を借りてお礼申し上げます。

原作のどっちを見たり知ってます?

  • 長谷川ナポレオンシリーズは知ってる
  • ブルーアーカイブだけは知ってます
  • どっちも知ってます。
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