キヴォトスの若鷲(エグロン)   作:シャーレフュージリア連隊員

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演出がイラストを間に合わせてくれた、シリアス回です。


オペレーション・ダブルアップ

 

 

 オペレーション・ダブルアップという事件がキヴォトスには存在している。

 事の発端はSRTのFOX小隊がDU総合第二区域で軍需工場を摘発した件であった、カイザーの非合法軍需工場──無論カイザーとは無関係を名乗っている──から大型弾道弾向けの新型サーモバリック弾頭ばかりか、多数の無刻印銃や非合法弾薬類が見つかったのだ。

 無論それだけなら、キヴォトスで平凡ないつもの事件である。

 問題は工場には多数の荷下ろし記録や販売先、更には人員名簿が裁断にかけれず残っていた。

 更には一部の裁断された書類も垂直に裁断されていたが、人海戦術で修復され、復元されたのである。*1

 それは即座に連邦へ上告され、サンクトゥムタワーの❘機密資料保管室≪クローバーフィールド≫へ送られ、捜査が開始されたのである。

 だがその捜査は全く実を結べず、被疑者として拘束された後にカイザーの理事となる男は無罪を勝ち取り、当時はカイザーPMCの特殊作戦部大佐であったジェネラルは出世し、将軍となるのだが、公式にはただの年度人事である。

 またこの作戦を後押しした功績を以て、プレジデントはキヴォトス裏社会に大きな貸しを作る事となり、それを元手で本格的にキヴォトスへ進出し出した。

 

 

 これが世間にある程度噂されているオペレーション・ダブルアップという噂である。

 しかし事実がどうだったかは知られていない、カイザーは公式に否定も肯定もしてないからだ。

 公式には証拠不十分、サンクトゥムタワーでの事件に関連性は無いというコトにされている。

 無論年度人事に関係なく直後に異動や解任が荒れ狂ったのもあり、そうした事件の残り香は残るだけに、噂は飛び交いはしたがすぐに新しい事件や日常に紛れ、消えていった。

 

 

【オペレーション・ダブルアップ】

 

 先生が襲来する2年前……、キヴォトスはDU、サンクトゥムタワー。

 サンクトゥムタワーの白亜の巨塔の中では軍需工場の証拠品の数々の分析がされていた。

 正直な所、連邦生徒会はかなり荒れていた。

 不正と腐敗が発生するのは官僚制度の常であるが、安全保障関係者が賄賂に汚職と言うのは洒落にならないのだ。

 時の連邦生徒会会長は捜査計画をかなりの強権を行使していたが、この件に関してはその強権を行使しづらかったばかりか、”そもそも誰が不正してないか”という人狼ゲームが始まる訳であるから、全く捜査の進展しようがない。

 腹心の七神リン首席行政官に一応合同捜査本部本部長を任じたが、反七神派から見れば「会長の影が口実に粛正したいだけじゃないか」と嫌気が差していた。

 従い本来ならば速戦即決で解決させねばならないこの事件は、数々のサボタージュや妨害に収賄の嵐で行き足は完全に止まり、数々の工作は多数の機密流出へ繋がったのである。

 特に致命的だったのは当時の交通室長がネフティスとの贈収賄事件での脅迫と、防衛室次官が証拠保管室に関する機密を漏洩したのが致命的なものとなり、サンクトゥムタワーに対する作戦計画が立案されることとなる。

 

「よーし、お前ら。よーく聞け」

 

 輸送警備車がDU市街地を進む、ヴァルキューレの警備局の車両だ。

 中にはMICH2000ヘルメットにPASGTベストを着込んだヴァルキューレ警察学校警備局特殊部隊の様だが、実体は些か違う。

 カイザーPMSCの特殊作戦執行部、すなわちSOFの隊員たちである。

 カイザーは落伍した学生や無所属学生を囲い込むことが多くある、大半の不良学生はただのバイトの日雇い程度の仕事で終わるが、ここにいる彼女らはそうではない。

 

「目標は……」

 

 作戦が開始されようとしていた。

 

 

 

 

 当時まだ1年生だった尾刃カンナは夜勤についていたただの下級生だった。

 ヴァルキューレ公安局はまだ当時は重犯罪対応部隊を有さない方針であったが、この頃には既に保有派が多数派になりつつあった。

 カンナは部内政治についてはあまり関与しないたちで、元々捜査の専門で勤めていたのもあり、カンナにとってはどうでもよい事であった。

 何故ならば公安部とは事実上SRTとの連携を前提にしていたし、カンナ自身あまりセクショナリズムについて関与していないから、職分の侵害ともあまり感じなかった。

 無論あと2年しない内に部内政治の激化で対応部隊創設が決まり、公安局長になるのだが。*2

 

『本館待機の全学生へ。Code 3事態(緊急事態)、DU地域でCode 99(危機的状況)が発令』

 

 放送が一気に夜勤特有の気が抜けた空気を換え、慌てて確認が始まる。

 

『DU地域7か所で10-70(火災警報)が進行中。トラック7と9及び11から10-78(応援要請)。公安局各員は10-95(囚人を拘束)及び10-99(手配犯)に備えよ』

 

 カンナはあまりの内容に驚愕した。

 翻訳して要約すれば放送の内容は「放火事件多発、展開した部隊から増援要請、警戒せよ」を意味する訳だ。

 カンナからすれば「それうちの仕事じゃないだろう」と言いたくすらあるが、つまりそれだけヤバいわけだ。

 オペレーション・ダブルアップの始まりであった。

 この作戦は二つの作戦活動で成立している、オペレーション・フレームアップとオペレーション・クリーンアップである。

 フレームアップが本命のクリーンアップを支援する作戦で、まずヴァルキューレ警察学校とSRTの陽動を行うのである。

 

 余談であるが、フレームアップはでっち上げを意味する。

 

 まず支援部隊はヴァルキューレ警備局部隊の服装で各種破壊活動を兼ねてブラックマーケット地区などを襲撃、これにより多数の悪党を激発させて騒ぎを拡大させるのである。

 在野資源の有効活用に出たわけであるが、効果は大きい。

 騒ぎに便乗した抗争や暴動が起これば十分だったが効果は大きかった、わざと幾つか無傷にして抗争を煽ることに成功したのだ。

 この成功はその後も利益となる、抗争が起これば武器価格が跳ね上がるわけで、そうなればカイザーは武器売買の利益が跳ね上がる。

 

 この直後に第二段階への道が切り開かれた、各通信局へ電波妨害ポッドを展開して指揮系統を寸断、本命のクリーンアップが開始された。

 

 

 

 この時期のカイザーはアビドス砂漠駐屯地にある程度の部隊を置いていたが、今回に関しては異常であった。

 増援で送られたヘリコプターはRAH-66コマンチ、輸送ヘリもMH-60 Black Hawk stealth helicopterである。

 コマンチが4機、ステルスホークが2機、更にEH-60Aが2機の特殊作戦飛行隊が展開したばかりか、SOFが1個分隊約10名展開してきた。

 これだけで投入予算は数億は超えている、本来ならばこの作戦は赤字である。

 しかし作戦は承認された、いやむしろ当初より手厚く支援されている、何故かと言えばこれは強烈な一撃でなければならない。

 実力を見せつけねば政治交渉は絶対に成立しない、連邦生徒会へ”キツイ”一撃を与えねばキヴォトス全体への進出は不可能だ。

 だから承認された、SCAR-Hなどを装備した精鋭が配備され、上空援護のガンシップが承認され、作戦は力を持ち、今や歯車は完全に動いている。

 

「火遊びは順調かな……?」

 

 咳込みつつ杖を付いた黒いスーツのオートマタが尋ねた。

 プレジデントと違い蜘蛛型多眼ではなく、中世騎士の鎧が如く鋭い鋭角なデザインをした頭部をしている。

 カイザー・コーポレーションの役員会、会長である。

 かつてディレクターと呼ばれた老人の義体や関節は長年の経過で劣化し、特殊作戦畑で培った頭の切れは元気と言うが引退状態に等しい、名誉職の役員会の会長として経済畑のプレジデントとはある種相互不可侵としてカイザーが始まったともいえるかもしれない。

 

「会長」

 

 当時はカーネル、つまり大佐だったジェネラルは丁寧に敬礼した。

 カイザーで重役を務めて現役からリタイア出来た老人はそれだけ敬意を払うべき対象だろうし、ジェネラルとしてはある意味理想ではあった。

 出世や名誉欲はあるが彼はその前に生き残らねばならないし、死ななきゃ勝ちだ、信念は服や装備であり邪魔なら棄てればいい。

 それが大人の生き方だ、これを正しくないと言ったやつは墓の位置も定かじゃない不幸な死に方してる奴が大半なのが証拠だ。

 死刑になったソクラテスより幸せなブタで居るべきなのだ、願わくば屠殺担当か調理担当で居たくはあるが。

 

「儂のような老体になるとな、こうした祭りにかかずり合いに苦労出来んくなる。まあ君の様な若人は違うだろう、そこが羨ましいよ」

「風の噂ではまだ現役と聞きますが?特に、”セイント・ネフティス”内部にコネをお持ちになろうとしてるとか」

「噂は噂だよ君、だが迂闊に言わんことだ、沈黙は時に金剛石の様な価値がある」

 

 カーネルは肩を竦めた。

 実のところこのアビドスへ借金を押し付けたのはプレジデントだが、前哨基地をこさえさせたのは会長だ。

 つまるところこのアビドス砂漠自体がトップ二人の遊び場のはずだった、ヘルメット団などの安物に安物の武装を与えて社会を不安定化させてるのも彼の指示だ。

 数年かけてアビドスを弱らせる、じっくりと確実に蛇が獲物を締め上げるように。

 企業学園自治区というコーデックス抵触ギリギリのチキンレースだが違反はしてない、学園の運営形態は厳格ではないからだ。

 その時神秘はどのように変わるだろうか?そこまでが実験だ。

 

「プレジデントは随分入れ込んでるようだけどね」

「ハイ、キヴォトス全土への良いコマーシャルと」

「ふっ、衝撃と畏怖(ショック・アンド・ウィーブ)かね」

 

 会長が嘲る様に笑った。

 ミリタリーパワーとバランス、均衡政治の要素で彼はプレジデントと相容れなかったのだ。

 

「カーネル!間も無く予定時刻です!TOC(戦術作戦指揮所)へ」

「ん。すぐ行く」

 

 彼は最後に脱帽して一礼すると、TOCへ歩いた。

 会長と会うのはこれが最後だろう。

 

 

 RAH⁻66コマンチは2機が先行してまず通信施設アンテナを制圧、直ちに離脱し続けてシラトリ区の橋梁2か所を破壊した。

 正確にはセンサーを機関砲で制圧して破壊と誤認させたのである。

 無論コラテラル・ダメージは全く生じていない、ステルスの奇襲攻撃は極めて有力だ。

 ステルスといえど光学迷彩があっても厳重警戒監視では意味がない、しかしこの時期連邦生徒会は会長の介入主義政策から相互連携や地上司令部絶対の優先主義が強く、相互連携に難が多かった。

 特に一番手酷かったのはヴァルキューレなどの治安武力であり、指揮管制の大義名分がいつの間にか自律思考の排除の前動続行主義へ変容した。

 SRTですらそれに漏れず、スクランブルや防空管制はサンクトゥムタワーの防衛室へ殺到し、瞬く間に中央指揮所は指揮不能へ変容した。

 連邦生徒会会長は確かに超人ではあったのかもしれないが、組織の問題と言う社会性動物の宿業から逃げれなかった。

 

「現地部隊の最高上級指揮官がある程度自律して判断しなさいよ」

 

 当時防衛室参事官のカヤは下から押し寄せる要請に思わずそう返したが、返答は呆れかえるものであった。

 

「……どうやって判断するんです?」

 

 カヤは言葉を失った、SRTだ防衛室だというがこの有様か。

 少なくとも母校のトリニティでそれなりに優秀なフィリウス閥の生徒だったカヤが、この組織に何か言い表せない感情を抱くには十分だった。

 ここも母校も同じだ、誰も選択の責任も未来も見たくないんだ、無限に今日を希釈してれば平和と信じている。

 数か月前まではまだ真面目な官僚でいるつもりだったカヤが何かを変節させるには十分だった。

 

『火災警報が発令されました。全施設要員は所定の避難プロトコルに従って退去してください』

 

 自動放送がカヤの思索を中断した。

 施設管理室へ電話をかけるが繋がらない、非常ベルが鳴りだし、慌てて他の職員が退去し始める。

 

「参事官!なにしてるんです」

「……火災警報なのに火災が何階か言ってない、変じゃないですか?」

「そんなこと気にしてどうするんです」

 

 もしかしたら彼女の運命を切り替わる分岐点だったかもしれないが、カヤには内心諦観していた。

 私はただの参事官だ、なにをしようと言うのだ?

 やがては諦観と停滞に変わる彼女の原初の光景であった。

 

 

 SOFは屋上へステルスホークが近づくと、ただちに降下した。

 たまたま屋上警備のSRT生が二人、屋上へ降りて来たSOFをみて銃を抜こうとするが即座にミニガンで制圧される。

 続けて忽ちに隊員たちは非常階段を爆薬で爆破、ただちにラぺリング降下し目標階層へ向かう。

 援護のRAH66は目標階層突入支援に遠距離からヘルファイアを発射、フロアが爆発し瞬く間に煙が上がる。

 

≪シエラ6。目標は通路を進んで”シタデル”の中だ≫

 

 シタデル、サンクトゥムタワーの重要機密保管庫の装甲化された隔離空間だ。

 ちょうど前ド級戦艦の指揮機能と概ね似た構造と言える。

 そして偽装の火災警報を鳴らしたのはこのためだ、火災警報により防衛室次官からの機密漏洩でパスコードを使い解錠できる。

 

「ふぐっ」

 

 警備のSRTを二名ワイヤーで締め落とし、続けて隔壁を解放する。

 ようやく事態に勘づいた一部が走って来るが、待ち構えていたサーモバリック弾頭のRPGが吹き飛ばす。

 

「装面」

 

 シタデル自体の気圧と空調は構造上独自の物だ、しかしそれ故侵入部隊には脆弱である。

 流された催涙ガスと電源遮断で中は完全な暗黒となるが、SOFはオートマタであり光学デバイス以外にも捜索・感知センサーは多い。

 心音センサーのついたMk14EBRを構えてポイントマンが先行、混乱の中を走る。

 実のところ誤解されやすいが、特殊作戦や浸透・秘密作戦とは手あたり次第撃てではない、むしろ1発も撃たずに帰還して見せる事を尊ぶ。

 必要最低限の暴力行使こそがプロフェッショナルであり、それこそ特殊部隊のあるべき姿だ。

 

「ここだ」

「テルミットとC4」

 

 証拠保管庫が壁向こうにあるのを確認、工兵がバッグから直ちに爆薬とテルミットを取り出す。

 アルミや鉄片を混ぜた調合法で鉄をも溶かす高熱を生み、弱らせて爆破して突入する。

 壁を爆破し、続いて9バングを投げ込んで保管庫で抵抗線を貼ろうとした学生を制圧する。

 暗闇に突如連続発光が浴びせられ、忽ちに抵抗も出来ないまま制圧すると、メモに従い目標の区画を見つける。

 

「よし、やれ」

 

 目標の書類や押収物の束に段ボール箱をひっくり返す。

 纏めてガソリンとケロシンをかけ、最後にテルミット手りゅう弾を投げ込む。

 ボンと大きな業火が舞い上がり、制圧したSRT生を纏めて縛った隊員が最後に荷物を括り付けた。

 

「状況終了」

 

 突入に使った割れた窓ガラスの向こうへ飛び出すと、SOF隊員は特殊部隊向けのムササビスーツで一挙にDUの夜の闇へ消えていく。

 滑空しながらコースを整えたSOF隊員は後部ハッチを開いた回収任務用のMV-22へ収容され、全員収容を確認すると機付き長は操縦士へサインを出す。

 

≪シエラチーム全員へ。任務終了だ。ご苦労だった。≫

 

 MV-22はそのままアビドス砂漠へ去っていく。

 

 

 数分で待機していたFOX小隊は証拠品保管室に到達したが、濃厚な煙と匂いが辺りを満たしていた。

 ユキノは保管室への道を進む、やや遅れてFOX小隊が続くが、ニコが前方を見て叫んだ。

 

「あれ!」

「なっ」

 

 視界の先へ縛られ気を失ったSRT生徒たち、そしてそれに首輪の様に繋がったデト・コードとC4。

 人間を爆弾の一部とするテロ攻撃の中で最悪のものだ。

 ユキノは咄嗟にニコへ「EODキットを!」と叫び、走ろうとする。

 しかしオトギとクルミがその爆弾の横を見て、慌てて前に出た。

 爆弾の信管はセンサー式であり、そもそも最初から爆弾も囮で、本命は保管庫の内部を爆破するセンサーだったのだ。

 爆轟と爆炎が走り、収まると同時に救出と消火しようとするが、もはや何も残っていない。

 

「盛大にやられたねえ……」

 

 オトギがサイドアームの拳銃のライトで照らす。

 保管室はなまじ頑丈なため黒焦げで、爆炎と爆発と高温で棚が溶けていた。

 

「……これじゃ何もないね」

「だがすぐには逃げれないはずだ、すぐには……」

 

 クルミの言葉にそう返しながら、ニコの方を見る。

 ニコが言葉を失っていた、爆弾にはマネキンの首が赤く塗られて添えられていた。

 僅かに開いた口には剝ぎ取られたSOFの袖章が咥えられており、大きくこう書かれていた。

 

 ”汚いキツネに天誅を‼”

 

 ユキノは強く唇を噛み締めながら、CPの追撃命令を待ったが、CPの返答は「追撃は許可できない」だった。

 

「何故です!我々は、我々の正義が侵害されているんですよ!」

『ともかく追撃命令は出ていない。カイザーの証拠がない。残念ながら被害は甚大だ』

「しかし!」

『追撃は許可できない。復命せよ』

「承知しえません!」

 

 CPはしばし沈黙すると、重く告げた。

 

『貴官の現在の発言は反抗と認識されるが』

「動くべき時に動かなくて何のためのSRTですか!」

『冗談じゃない!貴官だけで動いて何が出来る!ただちに復帰しろ!』

 

 CPは『貴官だけじゃない!私だって追撃したいが、許可できん!』と告げると通信を切った。

 ユキノは無線機を握りながら、クソ!と叫び、命令に従った。

 

「……なんのためのSRTなんだ」

 

 ユキノ達が負傷者を回収しながら降りていく。

 ヴァルキューレ警察学校の警備局の隊員が破壊の跡を見ながら「何の為のSRTだ馬鹿らしい、威張り腐りやがって」と呟いていた。

 

「オイ」

「構うなよ、どうせ正義感だけで回りを見てない奴らさ」

 

 ヴァルキューレの隊員たちが冷めた目で見ていた。

 指揮系統も違う、協調も乏しい、そもそもSRTが上位機関として査閲する権限などからして好ましい筈もない。

 これが追い求めた正義の成れ果てである、ユキノは何も言わなかった。

 

 

 

 

 数日後、軍需工場事件の裁判が行われ、「無罪」と横断幕を持って社員たちが出てきた。

 証拠不十分な上に令状の正当性に難あり、それにより裁判は事実上開廷する前から出来レースであった。

 わざとらしく涙を流しながら『私の正義は守られた、会社の弁護団や応援してくれた有志には深く感謝している』と語る理事がクロノスの放送に出たが、再放送されることは無かった。

 配信アーカイヴにも上がる事も無かった。

 連邦生徒会による検閲である、統治権力は統治権力への疑念を許してはならないのだ。

 表向き第二軍需工場事件は捜査停止で時間に任せて立ち消え、そう言う事なのだ。

 

「無論このままじゃ先方も矛を納めれない、そうだろう?」

 

 プレジデントは笑いながら、白い駒を動かした。

 

「そうだろうねえ、どうだね?防衛室次官あたりを売っては」

 

 会長が黒い駒を動かす、カイザーの執務室で度々行われるオセロだ。

 チェスでも将棋でもなくオセロなのは、この世は単純であるべきだと会長が信じているからだという。

 プレジデントだけが本質的に彼が稚気染みた遊びが好きなのを知っていた、実のところ彼はゲームとして破綻したようなものを好むので、メイドが毎度困り果てているのだ。

 真反対であるプレジデントは野望それ自体が娯楽であるが、彼には違うらしい、別にそれでいい、立ち入るべきでない場が互いに理解してるならそれでいい。

 

「恩まで売るのかね?厚かましいな」

「クク、売れるなら親まで売れが企業モットーだろう?」

 

 会長は「しかりしかり」と笑い、言う。

 

「しかし次の防衛室は反動派が勝っては困るがね」

「ありえんよ、あの”超人”は”超人”であるゆえに周りを理解してない。政治家としては不幸なタイプだな」

「才能が人を幸福にするわけじゃないからな、カインとアベルの時代から人は過信をする」

 

 会長の言葉に実に楽し気にプレジデントは笑うと、マカロンを手に取って貪り、言った。

 

「”過信が知的生命体の宿痾にして原初の罪だ”。私は凡人だ、超人の様に(とき)は見えんし、見たくもない」

 

 その返しに会長は高笑いし、コーヒーの香りを楽しむ。

 

「当たり前だな、凡俗は凡俗であるから楽しく、愉快で、楽しく罪業の俗世を遊べるのだ」

「”知識を禁じるという奇怪な無法があり得ようか?知るという事は罪であり死であるとどうして言えるのか”」*3

「科学と宗教は、いずれ一つになるというがね」*4

 

 会長は楽し気に詰めの最後のマスを制した。

 盤面は3枚差で会長が勝利し、プレジデントはやや拗ねた様に言う。

 

「願わくば”地獄が口を開いたときに呑み込まれん事を願うよ”」*5

「希望も悔恨も私にはとうの昔から失われたよ、悪が私にとっての善となったからな」*6

 

 会長はそう言うと、プレジデントのちょっとした復讐を楽し気に受け取った。

 復讐は最初だけ甘美ですぐに苦渋となる、だがそれでいいとミルトンはサタンを描いた。

 所詮高い所を伺っても叶わないなら嫉妬心は別に向けるしかない、そしてそれは新しい寵児であるべきだ。

 この新しい土くれから(キヴォトスの)生まれた人間の形をした神秘(新しいコーデックスの)この憎しみの子を見事射止めて(支配者たる生徒たちを)倒してしまえばそれでいい(支配すればそれでいい)*7

 

 無論、ミルトンの書く通り結末はある程度分かりきっている。

 いずれそうなるだろう、遠いか遅いかは分からないが。

 いずれ出るだろう、金剛石の鎧を着てなくても天使を纏めるものが、秩序の天秤を正しに来るだろう。

 ”我主のしもべは汝に命ず、荒れ果てた元の住処に消えうせよ!去れ!”と。

 だがそれまでは我々の手番である、この楽しく醜いパワーゲームを遊ぼう、この面白くて奇々怪々なる世界は賑やかなのだから。

 万籟寂として声なく、ただ詩人が庭の煙のみいよいよ高くのぼれりではつまらないではないか!

 アダムとイヴは導き手である摂理に従い、流離いの足取り緩やかに二人だけの寂しい道を辿っていったのだから。

 

 

 

 ……2年後、シラトリ区シャーレ本庁舎

 

 記録を読み終えると、先生は些かばかし目を揉んだ。

 オペレーション・ダブルアップ、機密資料に関する分析報告を読み終えた。

 関連人物のその後についても報告が記載されている。

 

 

【FOX小隊】

 

 これ以降ブラックオプス作戦へ志願参加することが増え、内部校医からPTSDの疑いがかけられていた。

 対ワカモ作戦<ショット・トラップ>以降は嚮導任務に移されたが、命令変更により8か月後には元の任務へ。

 以後公式書類に記載が無く全く記録が無かったが、のちの任務から防衛室長だったカヤと合流し集権化工作と政権転覆に参加する事となる。

 そののちはオペレーション・カルバノグで拘束される。

 

【カイザーSOF】

 

 当初300名でしかなかった総員数を拡大させるに足る戦果として大いに賞賛される。

 現在の2個大隊1700名に拡大編成され、専門のCBRN対応部隊を有するに至る。

 オペレーション・オーバーロードで作戦参加が確認はされたがサンクトゥムタワーの武力制圧に10分で成功した。

 その後アビドス砂漠動乱で展開し、化学兵器によるホシノ殺害も前提にした作戦行動に備えていたが、幸い対応が早かったお陰で行使されずに済んだ。

 現在は我が方との暗闘が沈静化したため装備補充や休養中と思われる。

 

【防衛室】

 

 次官の収賄が当時公安局の局員であるカンナの資料から曝露、室長が引責で辞職し権力争いが無秩序化。

 3番手であるカヤが上位二人の争いをいさめ、「強力なキヴォトスの治安を!」を演説し室長へ出世。

 しかし後々の本人の記録からそもそも連邦体制に対して疑念を感じていた模様。

 クーデターを画策したが失敗し、現在査察が済むまで法執行権に関しての権限を制限下に置かれる。

 

【カイザー・コーポレーション】

 

 この1件から大きく裏社会を席捲。

 キヴォトスにおける地盤を完璧に固めいよいよ本格的に自治区奪取に乗り出すが、折り悪くシャーレ襲来から勢力を大きく減退する。

 現在は企業体制を再編に専念しアビドス砂漠を放棄して全面撤退したが、それ以外の地域では一部縮小のみとなる。

 

【カイザー会長】

 

 この1件を契機に完全に隠居し現状何かしらの策謀の気配は薄い。

 ただしプレジデント失脚により社内権力と勢力が増えつつあり、役員会に出席するという噂が広がっているが仔細不明。

 エデン条約以降たびたびキヴォトスに出歩く姿がヴァルキューレ公安局に報告されているが、企図不明。

 ゲーム開発部の作品購入などもしているが、詳細不明。

 物理媒体を買いに来たモモイは「偉そうな先生に似た面白いじーさん」と証言している。

 

【SRT学園】

 

 責任問題と警備問題から内部で激論が交わされ、SRT運営にあたって問題となる。

 これにより新入生が減じ、本来なら定数を満たしているはずが初の定数割れとなる。

 余談だがSRT生徒として志願入学した本組織の白河氏は定数割れの為赤点スレスレで合格した。

 

【ヴァルキューレ】

 

 全体として反SRTや反連邦生徒会思想への傾斜が激烈化、警備局などの一部で武闘派路線が本格的に権勢を誇るようになる。

 また公安局のカンナ局員をダシとしてヴァルキューレの権力拡大の神輿に使われたのを皮切りに、SRT解体の圧力を上層部へ強めていくこととなる。

 その後SRTは解体されはしたが連邦捜査部に再編されたのを皮切りに情勢が急変、現在は「捜査はヴァルキューレと、突入はシャーレが」という蜜月関係へ転じると内部の反シャーレは勢力を減じた。

 生活安全局と公安局が主な友好勢力である。

 

【カイザー・ジェネラル】

 

 作戦立案の功績で出世し将官となる。

 以後特殊作戦執行部からPMC本社筋へ移ると中央役員会の直属へのエリートコースを歩む。

 その後は何度かシャーレと交戦したが未だ失脚しなかったばかりか、プレジデントを先に飛ばすことに成功している。

 

【カイザー理事】

 

 この工場事件のほとぼりを冷ますのを兼ねてアビドス砂漠へ派遣。

 会長のマニュアルに従い工作作戦を続けたが、シャーレのコンボイレイドから状況が急変。

 サンバーストとデザートストームにより拘束され、オーバーロードに関する件で特赦が出る。

 現在インペラトールPMSC理事、海上警備をブルーオーシャンとして企業勢力を拡大中。

 

【尾刃カンナ】

 

 カイザー会長の政治的謀略により「社会正義演出の為の役者」に選ばれ、表向きは「闇を暴いた上部組織でも噛みつく狂犬」とされた。

 リーク元が他ならぬカイザー自身という証拠を握られ、弱みに付け込まれることとなる。

 ただし会長が半年もしないうちに興味を雷帝に移し、パンデモニウムの政変劇に好奇心を移し放置された模様。

 会長隠居後は管轄がキヴォトス方面の軍政全般を牛耳る事になったジェネラルの管轄に移るも、カヤとの確執であまり動かなかった模様。

 コノカ副局長任官後は多少安定したが、任官するまでは自傷の痕跡ありとの告発があった。

 現在は安定している模様。

 

 

 先生は報告書を時に冷淡に、時に面白げにしながら読み、そして閉じた。

 彼は分厚いフォルダーが並ぶ執務室の棚へしまい、鍵をかけ、昼食を済ませるために食堂へ降りて行った。

 

 

 

 某所の屋敷へMV-22が降り立つ。

 ビクトリア朝方式の庭園の花々は風に揺られ、豊かな匂いは無機質な破壊の匂いを含む。

 白い自分直轄のSOFオートマタを僅かに4体お供に、会長は降り立った。

 

「か、会長……」

 

 屋敷の警備のオートマタたちが困惑する。

 

「なんの御用でしょうか」

「友人とオセロをするのに許可がいるのかな?」

「い、いえ。しかし立ち入り許可が」

 

 会長は愉快気に笑うと、老人のいびりだ笑って許せと告げた。

 護衛のオートマタが警備に静かにホロ書類を見せ、許可証を確認させる。

 中ではメイドのオートマタたちが訝し気に、ロココ様式の屋敷へ入る会長を見ていた。

 

「やあわが友、元気かな?」

「笑いに来たのか?相変わらず陰謀の類が好きと見える」

「お前の件に関しては昔の通りだ、君の悪癖の過信だね」

「過信こそ人が人である為の条件だ」

 

 プレジデントの言葉に変わらないなあと感じながら、会長は「しかりしかり」と笑う。

 

「それで、なにをいまさら。俺は事実上権限をはく奪されているぞ」

「なに。懐かしき友が暇をせんように……それに、お前の野心は底をついたと思えんでな」

「相変わらずの悪趣味だ、貴様」

 

 プレジデントが呆れた様に告げた。

 彼は片手で指を鳴らして酒を持ってこさせる、呑まねば相手にしたくない気分だ。

 

「それでまた、お前は何をしたいんだ?お前がコネで確保したスオウは厄ネタだったぞ」

「その件は儂の管轄外だよ、どうも3流の間抜けが乗っ取りを図ったらしい」

「自己紹介か?」

「酷いじゃないか。私ならもっと楽しくやるよ」

 

 嘘ではないだろう、この度し難い快楽主義的な男がそうであるのはよく知っている。

 かつて存在したゲマトリアの痕跡、超古代兵器、コーデックス調査、だいたいこいつの口車で始まった。

 調査の過程で接触したゲマトリアを名乗る集団、恐らく名前だけ借りた継ぎ接ぎ共も碌なもんじゃない。

 

「さて、私はね。君がここで虚しくくすぶるのはつまらんと考えている」

「よく言う、本音は……もう少し綺麗に弾けて欲しいか?」

「わが友は頭脳が冴えている」

 

 呆れた奴だとプレジデントはスコッチを煽るように飲んだ。

 

「あの大人が元気に暴れているだろう?満足じゃないのかねお前には」

 

 会長はしばし黙り、ウオッカを力強く呑むと顔を赤くした。

 

「冗談じゃないぞわが友、貴様屋敷で欲望が鈍ったか?庭いじりが趣味の化石になりたいか?ならば死んでしまえ、今すぐに介錯ならしてやるぞ?欲望が無いならお前はお前じゃない」

「ほお?」

「あれは確かに私好みだ、面白いと思っている、好んでいる。だからもっともっと滅茶苦茶なのが見たいのだ。だというのに貴様と言う奴は変なのに利用されおって」

「相変わらずだなお前、2年前より切れが鋭くなった」

 

 無論プレジデントも会長の言い分は理解している。

 野心と欲望、叶えるか死ぬかが企業家じゃないのかという人生哲学の話だ。

 暴力だろうと資本力だろうと政治力だろうと勝てばよいではないか!勝利が先に入ればすべてが引っ込む!

 カイザーという会社が動き出した時に彼はそう告げた、勝てば全てがついてくる!

 だから営々と勝ち続けた、株式一部上場企業がグループへ変わり企業の意味を変えんとしてきた。

 電力会社(パワーカンパニー)の辞典の意味をパワーカンパニー(権力を有する企業)へ変えようと。

 

「貴様が望むならチャンスを掴め」

「悪魔とサインしろと?なるほどね」

「さてでは、それでは楽しい謀議をしよう。ひとまず、オセロでもしようじゃないか」

 

 俺が黒で貴様が白か?逆じゃないかね。

 

「なにをしてるんだね?”キミ”だよ”キミ”、”先生の話を”してるんだよ」

 

 会長は楽し気にそう告げた。

 結末が感動的か、愛と青春や友情だろうと構わない、テクスト?神秘?芸術や崇高?勝手に言っていればいい。

 所詮は外野の感想であり、それはなんら意味をなさない。

 絶望と破局は感動でも文学的でもないし、上辺だけの救済は何ら勇気と友情のハッピーエンドでもないのだ。

 まして、アンチテーゼなどもってのほか。

 更に言えばダイスにいかさまなど言の葉にも乗せたくない、崇高と神秘とは深淵から来てるかもしれないが全て深淵では無いし、それでは盲目でしかない。

 

 さあゲームを楽しくやろう、前回のプレイヤー(連邦生徒会長)は途中抜けしたが今度は投げ出させないぞプレイヤー。

 負けても良いが負けるまでが楽しいのだ。

*1
元ネタはイラン革命時の米大使館機密書類

*2
ヴァルキューレ警察学校拡大計画の横槍と化したから本編で警備局がシャーレ嫌いなのだ!

*3
「失楽園」

*4
「アインシュタイン」

*5
「失楽園」

*6
「失楽園」

*7
「失楽園第9巻」





【挿絵表示】
 当作におけるカイザーSOF

ボナパルドが暴れ過ぎたせいで裏ボスが出てきました、お前の仕事の頑張り過ぎだよ!

原作のどっちを見たり知ってます?

  • 長谷川ナポレオンシリーズは知ってる
  • ブルーアーカイブだけは知ってます
  • どっちも知ってます。
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