キヴォトスの若鷲(エグロン)   作:シャーレフュージリア連隊員

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誰が為の芸術~偽飾の絵画と美学の行方

 

 相も変わらず、ロココ調の部屋では人々の騒めきが交わされていた。

 新しく増えたアヤメを加えた一同に、一人の男が指示を出している。

 丁寧に使い込まれたローリングピンを振りながら、絵の角度や位置を調整させているのだ。

 

「良いか、この絵はそこに飾るんだ、壁紙はこれだ、分かるか」

 ”良いのかな、かれこれ2~3時間はやってるよ? ”

「知らないよ、調度品の整いと美食は会談をより良いものにするが」

 

 事のそもそもの原因たる自称警察大臣は姿をくらませている、タイユランは「足が悪いんだよ」と断っている。

 ”先生”は手伝っているが、度々謎の自称パン焼きが「もっとスペインとかからガメておけばなぁ!」と言ってるのには困惑している。

 

「ひぃん何時になったら休めるのぉ」

「昼にパンを食わせてやったろう」

「な、何で私まで……」

 

 不可思議な空間で珈琲を飲んでいたアヤメも、今は荒っぽく酷使されている。

 人助けをしろと言うより徴兵と言う方が近い、アヤメはそう言われた方が気が楽なタイプの人種だったし、嫌みを言っても全く気にされていない。

 認識して理解して納得もしたが受け入れないだけ、それが妙に心地よかった。

 

「オリエントな芸術に詳しそうだからだ。

 いやはや、あの猫耳の生徒は良い観察眼だな、ああいう奴がもう何人か居ればもっとスペインやポルトガルから回収出来たんだが」

「それ略奪じゃないの」

「失礼な、奴らに見合った程度の金は払ってやったぞ」

 

 あれでも数千名で三万ばかしのイギリス軍に遅滞戦闘を完遂する切れ者なんだよなぁ……、とタイユランは人間とは複雑と再確認した。

 実際アウステルリッツあたりのアイツは”先生”と特段違う所は少ない方だったんだが……。

 

 

 

 

 高級ブランド企業とワイルドハントが絵画展をやる、という話で協力要請が出た。

 ベロニカとかいう企業らしいが、ミカが「ああ、あそこか」と頷き、特段やらかしがない……というよりは結構会社の社員数は少ないタイプの高級企業だった。

 総計して118人ほどとは大丈夫なのだろうか? とは思うが、生産数は元々少なめと言う点を考えればこんなもんだろう。

 そしてやって来た俺達の前に居るのは、見慣れたピンクの猫、即ちミリアだ。

 

「失礼、手続きのため検査を」

「構わんぞ」

 

 乗ってきたJLTVを降り、寮監隊が物珍し気にFMTVを見上げるのを見て「……確認しなくていいのか?」と尋ねた。

 はっとした顔で寮監隊の隊員達は「確認です」と告げて、荷台へ上がる。

 ワイルドハントの生徒からすればシャーレと言う存在は物珍しいのだろう。

 

「……珍しいのは分かるけど、ちょっと気が緩んでるな」

 

 見知らぬ生徒が歩いてくる、恐らく寮監隊だろう。

 マントではないがコートの仕立ても高い自費の仕立て、という事はそれなりに偉い筈だ。

 

「ヒロミです、寮監隊副隊長をしております」

「どうもよろしく、こちらは確認の書類だ」

 

 渡した書類を確認し、「うん、問題ないね」とヒロミは頷いた。

 今回は支援業務だから大規模部隊は不必要、従い治安戦状況に手馴れているのと、祭典警備の専門家であるキキョウを呼んである。

 したがい、今次作戦部隊は待機要員のメンバー含めて30と数名ばかし、3個小銃班に指揮班の構成だ。

 ヒロミもやや車両や我々を物珍し気にしていた。

 

「まあワイルドハントの生徒からすれば珍しいでしょうな」

「ええ、連邦もあんまり身近じゃありませんから、それにうちは重犯罪は無縁なのは有難いのでね」

「ちなみに映画とゲームまでなら製作協力したからそうした依頼は受け付けるぞ」

 

 ヒロミが楽し気な笑顔をした、冗談だと思ったらしい。

 ……実はお前らのとこが作ってるドラマに、この前小銃班一個エキストラを出してるが気付いてなかったのかな、私服だからしょうがないか。

 ミリアが確認を終えハンドサインし、寮監隊が門を開ける。

 

「では随行と案内を始めます」

「ああ、頼んだ」

 

 ミリアが指揮車両のJLTVへ乗り込む。

 スズの運転手とは別の感性をしてる運転手が流すU2のThe Troublesという曲を聴きながら、所定の位置へ移動を始める。

 M113とかにしなくて良かった。道路を潰したらブちぎれるんじゃねえかとか考えるとは時代の変化か。昔の軍隊はもう少しシンプルだったのだが。

 

「で、何でお前に俺達呼び出されたワケ?話してもらおうか、一応お前保護観察だからな?」

「その代わり色々協力してるでは無いですか、芸術鑑定と情報に……」

「自分の実益兼ねてるじゃねェかよ」

「さァなんのことか……。此度怪盗活動を再開の要が出て来まして」

「事情は? 贋作か盗品か」

「ご理解が早くて助かります」

 

 キキョウがため息をついて「諸行無常……」と呟いた。

 7囚人の対応をするより安いという内情と、こいつの犯罪動機がもう無いという事情から、矯正局が保護観察処分としたミリアだが、キキョウからすれば「滅茶苦茶だ」と言うしかない。

 矯正局の人員不足から変な事やらないなら、そっちで一部管理してくれという意見が出たのは当然ではあった。

 

「……ちなみにどなたです?」

「百花繚乱の作戦参謀さん」

「なるほど、どおりで見たことない制服だと」

 

 どうしてこうなるのだ、キキョウはまっっことに、この世は単純にはならないと痛感した。

 

 

 

 協力業務、と言ったところで大規模なものではない。

 まず、既存の法執行組織がある場合そこを支援し、活動しやすくせよというのが方針だ。

 そして寮監隊は現状、そこまで苦しいと言う話はない。

 ただ今回の警備のシフトで禁制品の摘発件数が増えてはいるが、根幹が絶てないという話らしい。

 

国境警備隊(鎮台)の仕事? またなんとも」

「こうした事の専門家となるとお前になるんだからしょうがない、俺にはさっぱり分からんからな」

「……はぁ検問の仕事は任されたわ。そこの子、鞄の中を拝見」

 

 すると、ある生徒たちがこちらを見て少し顔色を変えた。

 ウルフカットに近い髪型の少女と、エメラルドグリーンの髪色をした少女、それにリボンを編み込んでいる少女。

 顔色を変えたのに気付いたのは、顔色の変化が他と違ったのだ。

 他の生徒は我々、即ち白い制服にケピ帽、LBVの軽装シャーレ隊員と我々を見て「珍しいもんが居る」とぎょっとする、これは平均的な反応だ、だが彼女らは「あ、やべ」と言う顔をした。

 

「……怪しいな」

「ここじゃ任意からの48時間拘束は無理だと思うけど」

「同行はしない、要注意対象とはするがね」

 

 軽く話して、3人組へ微笑む。

 

 

 

 捕捉された、最初の感想とはそれだった。

 特殊交易部、つまりワイルドハント禁制品密輸グループなのだが、その指導者たるミヨの感性は正しく作動していた。

 

「……あれシャーレだよね」

「制服本当に白いんだね、洗濯とか大変そう」

 

 やっべえと顔に出始めてるフユと、どこか間の抜けている感想をしているリツが呟いた。

 ただの白服ではない、白制服に青い線が入ったデザインはシャーレの特徴だ、まあケピ帽を着けてる時点で丸分かりだが……。

 隊員らはかなりの軽装、LBVの軽量装備にSIG MCX VIRTUS小銃を所持している。

 銃身は太めだが短い、サプレッサーを内蔵しているカスタム型、取り回しやすいこのカスタムで消音器をつけているのは、万が一交戦した際にパニックを起こさせない為か? 

 ミヨは概ね正確な予測をして、頭の中の計算をして、まずいなぁと確信した。

 

「やっぱ依頼は見なかった事にする?」

「しかし私にはタイプライターが……」

 

 ミヨの様子にリツは若干呆れてはいたが、まあ分からんでもないと頷いた。

 リツ自身も自身の製作道具は特定の製品しか買っていない、美術家は拘りがあるから美術家足り得る。

 

「ミヨちゃん拘るね、人の事言えないけど」

 

 意を決して、特殊交易部一行は歩き始めた。

 戦うなどは論外である。逃げ切れんと割り切っている、なにせ事前にシャーレが来ることを聞いていないのだ。

 青地に白で描かれたシャーレの記章をあしらった腕章、翼の生えた長剣の執行部隊の肩章が妙にずっしりとした威圧感を出していた。

 流石に交差した銃剣付きの小銃が描かれた肩章の隊員は居なかったが、なんの気休めにもならない。*1

 小説には使えるかもなぁ、と現実逃避しながらミヨは歩く。

 

「検問です」

「ええ、どうぞ。……シャーレの人までいますが、なにかあったのですか」

 

 さり気なく寮監隊の方へ歩いて、ミヨは尋ねた。

 先生は若きウェルテルの悩みを読みながら椅子に腰かけている。

 待機中に読む本には思えないが……。*2

 

「はい、絵画展警備の協力だそうです」

「ああ、例の絵画展……」

 

 ミヨは横目に、見慣れぬ制服の猫耳の少女に眼を向ける。

 リツに「あーあ、剥き身で彫刻刀しまうとケガするか刃が欠けるわよ」とちゃんと包んでおけと指示している、たしか公報で見た事がある、百鬼夜行の人だったはずだ。

 二つの尻尾でリツの頭をとんとんと小突いている。

 

「いやぁ、つい突っ込んじゃって」

「それで手なり何なり切っちゃったら笑えないわよ? 見たとこ……専攻は彫刻か木工ね?」

「分かるの!?」

「偶に地元にも木工が得意な子が居るわよ、木彫りで色々作ってるわ」

 

 キキョウの頭に魑魅一座の何人かの生徒が浮かぶ。それなり以上に上手い出来だから買った事もある。無論そいつも阿呆ではあった、しょっ引いた事もある。

 ミヨが内心「専攻課程まで特定されてんじゃん……」と頭を抱えつつ、検問を済ませる。

 検問では、なにも言われなかった。

 

「やっぱワケ有り依頼はマズかったかなぁ」

「んー、でもあの猫のお姉ちゃんたちは絵画展の警備なんでしょ?」

「だからマズいんですよ……、贋作と真作をどうやってとっ替えるんですか」

 

 ハーブティーを呑みながら、特殊交易部の部室へ帰ると呟く。

 ちなみにこのハーブティーは生徒らが自分で育てている、内部育成なので禁制品もクソもない。

 Daft Punk のInstant Crushを流すと、ミヨはフリマサイトのタイプライターを名残惜し気に見つめる。

 

「いっそ書類を用意して……取り違えと……」

「寮監隊の書類が出来てもシャーレの書式は食い違うから無理じゃない?」

 

 フユがミヨの案に首を傾げた。

 行政や官僚の組織は書類で成り立っているのであるから、全てに書類が必要だ。

 しかし書類は全て書類として統一されていない、色々違う、社会の根幹だ。

 

「そもそもシャーレの書類ってどんなの?」

「多分SRT式か連邦生徒会と似た奴じゃない? 見た事ないけど」

 

 リツとフユがやけっぱちに笑いながら言った。

 そうなのだ、誰も見た事が無い、どういう書式でどう書かれているか、どういう仕組みか。

 無知と言うより誰もお役所仕事の総本山なんか知らないし、さらに言えばSRTなんて存在も聞いた事が無い、シャーレになってから初めて聞いたのだ。

 ちなみに正確には書類や書式に大差はない。問題は一部特殊ライトでかざすとシャーレの記章が浮かぶように加工されてる紙が問題になるのである。

 

「ちなみにミヨちゃんなんで音楽かけてるの?」

「盗聴防止……」

「そこまでするかな」

「そういうことも出来るから今も先生なんだと思いますし……」

 

 すり替えると言う訳にもいかないよなぁ、と思ったミヨにふと頭の中に案が浮かんだ。

 

 

 

 

 思いついた案は単純な案だった、ワイルドハントでは絵画展の前に収蔵庫に一律で一旦しまう。

 ここですり替える、と言う案は当然無理だ。

 なぜならシャーレの書式と絶対に食い違いが起こる、それでは丸分かりだ。

 だから敢えて、同じ作品が二つあると持ち込む。

 それだけならば「たぶんウチの手違いですね」というだけで、なんら違法な事はしてないと言い張れる。

 

「はぁ、ダブり……」

「模倣作と混在したらしく」

「絵の模倣?」

 

 シャーレの隊員は不可思議気にした。

 小銃は所持しているが、構えたりトリガーには指をかけていない。

 無論殴り込みは論外だから戦うつもりはない、リツが怪力だとして、だから何だというのか。

 ちっぽけな戦術的勝利の先に待ち構えているのは絶対的な終焉だ、バッドエンドだ、元より自分たちは強くないと彼女は考えてもいる、だから戦わず勝つ。

 

「よくあるんですよ、摸作と真作を取り違える事例」

 

 ミヨは嘘では無いんだけどなぁ! と空を仰いだ。

 実際有名な絵が長年作者の事を間違えていた例がある。弟子が描いたのを師匠の絵と保管してたら後世の人が取り違えた、後々になってそれに気づいたが、良い絵ではあったのが猶更取り違えられた理由らしい。

 一番の力持ちのリツとフユが絵画を梱包して運んでいる。

 梱包の包みを開けて、ガラスケースに収容された絵画を見てシャーレの隊員らは不可思議そうにミヨへ尋ねた。

 

「どっちかが摸作なんですか?」

「コレらしい、です」

「ふーん、真贋見分けるって大変なんですね……」

 

 ミヨは一礼して退室をしようとしたが、思い出したかのようにシャーレ隊員が言った。

 

「そうそう、口座の預金がお求めのタイプライターに足りてないんでしたよね」

「え?」

「なんでしたか、87だか、そう言う名前の」

 

 フユとリツが即座に走るが、フユが転んで躓き、リツは出た瞬間にこやかな先生を見て停止した。

 にこやかに立っているだけだが、リツは凶暴な熊の雰囲気を感じた。

 

「へ、へけっ」

 

 リツはそういうと両手を上げ、フユは「あああ! 私の手はそっちには曲がんないって!」と拘束され、ミヨは終わったと痛感した。

 

 

 

 あっさりと収容されたあと、3人は使ってない部屋を借用した場所へぶち込まれた。

 ただ、その直後には状況が変わって来たらしい。

 ミヨはやや困惑交じりに、事の真相を話した。

 

「何時、私たちの事に気付いたんです?」

「検問の様子を見て、外泊記録と照合して監視カメラのデータとリンクして捜査したら出た」

「こ、口座まで調べたんですか?」

「あぁ、銀行口座とか税金とかそこら辺が捜査のとっかかりになる事は多いぞ、小説にも使うと良いぞ」

 

 先生はにこやかにそう言った。

 タブレット端末にワイルドハントの地図を写しながら「この前の密輸はここで、前はこの辺かな?」と話していく。

 やや的外れだが、そこそこ当たっていた。

 

「い、いえ……正確にはここ……」

「自白ありがとう。禁制品の数は底知れんな……」

「か、空弁当だったんですか!」

「実は外泊記録と照合したのも嘘だ、それっぽかったろ? 端末を調べたのは事実だけど」

 

 いやぁすごいね、公安局取り調べテクニック、空弁当という「わざと少しズレた事を言って、犯人を自分から言わせる」という手段だ。

 スズの姉貴が得意なやり方らしいが、まともな警官がする事なのか? 俺が雇った脱走探偵*3でもやや呆れるぞ、アイツは犯罪の発起人やって最初から全部嘘とかそういうオチだったが。

 

「かくれんぼをやると上手く隠れたが、上手くいったと思って自分から笑って見つかるタイプかな? 

 それはそれとしてヒ素入り絵具とかは良くないと思うがな俺は……ヒ素中毒は死ぬほど苦しいぞ、俺は地獄を見た」*4

 

 ミヨの次に、さらにフユとリツを調査して特殊交易部の実態が見えて来た。

 要するに経済上自然発生する闇市、そうしたものだ。

 大半の依頼物は禁制品だが、別段反社会的な物じゃない。

 ただ、今回の依頼はどちらかと言うと依頼人が問題だ。

 

「で、あれどっちが贋作なんだ」

「まず100%、あなた達が持って来た方が偽物ですよ?」

 

 ミリアが自明の理であるかのように、あっさり告げた。

 密輸三人組を集めて、ミリアに解析を願う。

 

「えっ?」

「例えばここです。ここ」

 

 特殊交易部の面々に画像を見せ、ミリアが絵の隅を指さした。

 僅かに本物の絵には、極めて薄い指の跡がある。

 

「作家が運ぶ際に付けた痕跡です。完成した嬉しさで起きたちょっとした事故の痕です。

 更に経年の劣化と変化により、かつての新年の太陽のごとき鮮やかなラピスラズリの色合いは、落ち着いた春の日差しがごとき色合いへ変化しました。ですが贋作ではこの鮮やかを過ぎて、もはや下品と言える色合いです。

 僅かな違和感ですが、確かに真贋の区別がつきます」

 

 ”なんか違う”を言語化するとこうなるんだなぁ、と思いながらミリアの言う違いを見比べる。

 俺もこんな風に言えりゃダヴィッドも楽出来たのか? まあ言わなくても理解して描いたんだから、あいつは天才だったんだな、やっぱり……。

 

「ところでこの贋作は作った奴が依頼人なのか」

「本人曰くなのですから、そうでしょうね」

 

 フユが「贋作なんか作ってどうするのさ」と呟いたが、描かせそうな奴が思い浮かんだ。

 

「カイザーのプレジデントあたりだろ。トリニティの経済新聞で贋作が好きって言ってたから」

「どうしてまたそんな大物が……贋作を?」

「それがなぁ贋作でも大芸術家の修行中の作品なら値が付く訳だろ? 

 商人としては相手が贋作と分かった上で真作より値を付けさせるのが楽しいんだそうだ」

「……悪趣味~」

「だよなぁ、俺もそう思う」

 

 実際問題成金の趣味ってレベルじゃねえ、何考えてんだろうなアイツ。

 

「ホラ、密輸部共、ジェネラルのアホにホットラインで取り次いでやろうか?」

「それ五体満足で帰れる奴です?」

「運び屋が名を上げるにはそれくらいしなきゃねぇ」

 

 そう言ったあと、そうだ「アイツ会長閥だった」と思い出して止めた。

 プレジデント閥に近かった理事は飛び出していけ海原の方へ! してなんか独立しちゃったし……。

 まあいいや、別段重要な事ではない。

 

「それで、他にこういう依頼人とかは見たか?」

 

 ミリアは先生が北野オリバやニヤニヤ教授らの写真を見せて、密輸品目調査を始めたのを見て、あとは結末次第かなと仕事へ戻った。

 三人は「知らなーい」と言い、先生は心から安心してため息を吐いた。

 

 

 

 絵画展当日、人々が行き交う中に依頼人は居た。

 近くでは白い小柄な女子生徒が「す、スバル先輩、たしゅけてぇ……」と人の流れに呑まれていき、「マイアが、あーあ」と別の女子生徒らが捜索を始めている。

 暫ししてやたらにデカい帽子の生徒がその子を引き上げていた。

 にょろーんと緩やかな擬音が付きそうなほど、引き上げた少女の絶妙に間の抜けた顔と合わさり、喜劇的だがシュールだった。

 

「これが噂のマンドラゴラ?」

「ち、ちがいます……」

「猫ちゃんが近いんじゃない?」

「おや、その青薔薇章はアリウス……また遠くからお客様がきましたね」

 

 大きな帽子の近くに居た生徒らが楽し気に撫で、にこやかにしている。

 やがて背丈が小さい生徒が別の生徒を連れてきて「いやぁ、すいません」と困った顔をしていた。

 青薔薇章の真ん中に六角形を描くように描かれた星は左右二つの星が白く、真ん中の三つの星は赤かった、旧アリウス章は殆ど残っていない、大半が焼き捨てられたか投げ捨てられた、なにせ良い記憶も無いのである。

 花言葉は「不可能を可能にする」の青薔薇、高貴さの白、愛の赤、新徽章はやや複雑なデザインだが大半のキヴォトス住民が見た事があるアリウスの徽章はコレだ。

 

「へー、梯さんアリウス自治警察予備隊(自警隊)なんですね」

「まあ、成り行きで……」

「モデルでも食っていけそうですよね、レナちゃん」

「だねー、パリッとした感じの服装も作ろうかな」

 

 そんなにこやかな光景は、依頼人にはあまり好ましくもない光景だった。

 苦労に満ちた時代、食うに困って始めた贋作製作、評価されない作品。

 何故か贋作は売れていく、判明する真相は簡単、カイザーが買っているから。

 租税対策として美術品を買い込むのならまだ分かる、しかし挙げ句の果てにカイザーのプレジデントは笑いながら言ったのだ。

 

「”もっと真作ではない精巧であるがチープな贋作を作り給え”」

 

 そう言うと彼は、まだ成長している大企業程度の社長だったプレジデントは札束を投げ渡した。

 まるで野良犬に恵んでやる余ったパンを投げるように。

 憤慨もした、激昂もした、反発もした。

 返ってきたのは、淡白な嘲笑だけ。

 

「どこかで見たような既製品の出来損ないをオリジナルとは言えんのだよキミ、誰が金を払うのかね?」

「今日日AIですら絵が描けるからね、だからといって生身の人間の贋作を欲しがる君はどうかと思うが」

 

 プレジデントの後ろで呆れた顔をしていたオートマタが呟く。

 2人して彼に与えたのは嘲笑だ、あのオートマタ、後々知ったがカイザー会長は「お前は容易く機械に更新される程度の作品しか描けん」と嘲笑った。

 プレジデントはもっとひどかったと言える、「機械では更新できない生身の贋作が欲しい」と言っている。

 侮辱と言ってもここまで酷い物もそうはない。

 確かに依頼人は画家として無能でそのくせ自意識だけはご立派、納期も守れない様なはっきり言えば画家以前だ。

 だがここまで直接言われるのは流石に謂れが無い! 

 

「やはりな、AIの生成の絵は贋作では味気ないのだ、どうも欲と熱が無くてな」

「性悪の成金趣味……」

「なんか言ったかわが友」

「人面獣心のクソ野郎」

 

 オートマタ二人のしょうもない言い争いを聞かされながら、彼は「はい……やります……」と告げた。

 そこからは全てがふざけた様に上手くいった、馬鹿馬鹿しいまでに、ある程度の資本金が、会社の信頼が、カイザーのプレジデントが買ったという評判が、常にこびりついて付きまとった。

 残念ながら彼は反骨精神はあっても芸術へ変える事に関しての才能も、そして無論それ以外の才能と同じく無かった。

 残念ながら彼はゴヤでも、その弟子でも、ダヴィッドでも無かった。

 怒りを充満させながら「テメェなんか虚飾に溢れた孔雀みてぇな奴」と描ければ、芸術家としてそもそも成功しているのである。

 だがそれでも彼は儲かった、生活は安定し、貯金の蓄えは十二分だ。

 だから全ての汚泥と屈辱の始まりを処分にかかった。

 そもそも『誰が紫、青を愛でるのか』という作品をわざわざ選んで贋作を描かせたのだ。

 

 そうだ、これは聖戦なのだ、なぜなら私は正しい事をしてるのだから! 

 

 

 

 

 絵画展の人の流れは、中々面白い事になった。

 まず人々の中に選別を分かりやすくする為に、真贋双方置くというのはミヨからの提案だ。

 なるほど確かに人々は驚く、当惑する、困惑する。

 しかしやがて観客は何かが違うと理解する、それを言語化できなくても、それは違うと理解する。

 何でか人々は分かる、何故か分かる、俺も誰も彼も、何故かそうなる。

 昔ダヴィッドと論争をしたな。

 

「ポーズ? 何のために」

「貴方の世紀、貴方を見て来た者たち、貴方を知っている者たちの為に、貴方になりたいと、似たいと思わせるためにです」

「似ているだと? 花の形とかが似てるとかは生理学の話だろう、何を形どるのかに際しては作家に委ねられている。

 アレクサンダーはアベレスにポーズを取らなかったし、肖像画が似ているかは気にされていなかった、彼ら天才は確かにそこに居るという事が、それだけでいいのだ」*5

 

 ダヴィッドはその後なんか「目や口がなんか違うな」と5回も作り直しまくったと聞いたが、凝り性も考えモンだ……。*6

 さて、明らかに挙動不審な奴が居る。

 

「ご気分でも悪いので?」

「あー……いや、その」

 

 にこやかに声をかけた途端、彼は何か切羽詰まった顔に変わっていく。

 

「さて、ところで、貴方の身分証を確認してよろしい?」

「あの……なんででしょう」

「貴方の製作された贋作に関してのお話ですよ」

 

 左腕をシャーレ隊員が掴む。

 慌てて振り払ったその瞬間、にこやかにキキョウが告げた。

 

「よし、公務執行妨害」

「さっ、携帯から何まで調べようか!」

 

 右腕をヒロミが掴み、ずるずると引き摺って行く。

 ニコニコとヒロミは微笑んで「さ、黙秘権は認められておりませんからね、きびきびとやりましょうか」と連れて行った。

 

「こ、これは特殊交易部が」

「そんなバカみたいな名前の部活動がある訳無いでしょうが。どうせシャーレに一杯食わされたんでしょう」

「そんなぁぁ……」

 

 少し遠巻きにしていたミリアが、少しばかり呆れた顔でやって来た。

 

「やれやれ、これで特殊交易部に眼が引かれる事もなく、そうして恩も貸し付けると」

「身の丈合わない事をすると人生破滅するぜって話さ、勉強になったろ」

「教育と言うには些か問題があるのではなくて?」

 

 そうは言いつつも、ミリアは微笑んで言った。

 

「ま、お優しい先生らしくて良いと思いますよ。

 ……絵画展にあの子たちも呼ばれ、ホンモノを見せてあげたかったというのもあるのでしょう」

 

 ミリアがにこやかにアツコ達を見た。

 芸術の授業、そう言ってアリウスの子達を呼んだのは彼女には嬉しく思えた。

 万人にも開かれた芸術への道、その自由は決して絶やしてはならない。

 

「歴史とは合意の下での寓話だ。しかし、合意の無き寓話は捏造と歪と偽物だ、そうしたものを見せたくなかったし、関与させるには忍びなかった」

 

 先生はそう言うと本を胸ポケットへ仕舞った。

 

「なんですそれ」

「ミヨの奴が書いてたピカレスク小説」

「……ダークヒーロー系ですか?」

 

 本気でびっくりしたようにミリアが目を見開いた。

 今の仕事からすれば真反対も良い所だ、だが子供らしく微笑んだ先生はにこやかに告げる。

 

「実は昔、俺もこういうのにハマった時期があるんだよ」*7

 

 大人には大人になるまでの色々な時代があったのだ。

 ミリアが楽し気に「なるほど」と頷いた。

 するとクリーム色の髪のした小柄な少女がやってきた。

 

「せんせー、3班が迷子になりました」

「……すまんがミリア、手伝ってくれ」

 

 顔を手で覆ってため息を吐く。

 ポンコツな連中も居るには居るのだ、しょうがない。

 

「了解しました。先生も大変ですね……」

「好きでした苦労だからこれは別に良いんだけどね」

 

 頭を掻いて、あいつら何処うろついてんだと二人は探し出すことにした。

 ちなみにツムギに保護されて見つかったのだが、彼女の音楽コレクションにハマった奴が出たのは別の話とする。

 

*1
スズ戦闘団肩章、A分隊とかは「無記章」です

*2
セントヘレナにまで持っていった愛読本やぞ

*3
世界最初の科学捜査方法及び、初代フランス国家警察長官のヴィドック氏

*4
こいつの死因。

*5
ジャック=ルイ・ダヴィド、アルプスを越えるナポレオンの作画に関しての会話

*6
そのため本人作のホンモノが5つある

*7
パリへ士官学校の手続きしてた辺りの時期





感想評価お待ちしてます。
誤字脱字などの報告本当にありがとうございます!
この場を借りてお礼申し上げます。

原作のどっちを見たり知ってます?

  • 長谷川ナポレオンシリーズは知ってる
  • ブルーアーカイブだけは知ってます
  • どっちも知ってます。
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