都内、某所。
夜闇を下品に、人の欲望が恐怖を照らすその街を美しいと言ったのは、一体どこの誰なのやら。美しいと思うその光の一つ一つは人工的に作られた物でしかないし、それが夜まで残っている理由も、人間側の勝手な都合でしかない。人が全て出払い、無人と化した高層ビルの窓から、恨みを孕む星々を見下ろす。
ちょうど今いるこの階は、裏でヤクザ者と繋がっている、後ろ暗さのある大企業のスペース。人の多い場所では、よくならず者が怨み呪いを募らせ合い勝手に呪いを産み出すのだ。
呪術師は、「呪い」というものを扱う関係上、治安を維持する側、治安を崩壊させる側、両方ともに馴染みが深い。「あそこの部署のあの人、薬中だよ」「あれもしかしてだけど逃亡中の死刑囚だよね、ウケる」と言った会話が呪術師トークとしてあるあるだ。
されど、「呪い」をどうにかする側がそれを然るべき場所に対処してもらうかどうかは、「自己判断」で構わないという決まりになっている。見て見ぬふりするも良し、そのまま関わるも良し。今回組まされたペアは、見て見ぬ振りができないタイプの人間だった。
元々コイツとは仲良くなってるし、染まってる部分もある程度はある。本来の私はこんなに良い子ちゃんではない、とだけ言っておこう。
暗がりの中現れた、注射器が無数に刺されたでっぷりとした歯抜けのワニを、闇からぬるりと現れた影腕で引き裂く。影腕は先端からふつりと解け、ぶわりと膨らむと、その中に居た黒い人影を吐き出した。
そのまま内部の核を、飛び出した青年は掴み剥ぎ取る。ぐるり、ぐるりと渦巻く呪いは、やがて呪いを一塊に圧縮していく。泥団子のような玉に変質したそれは、筋張った手の内に押し込められた。
「お疲れ様」
「ん、お疲れ。上手く行ったね、奇襲」
呪霊玉を握る傑は、柔かな笑みを浮かべ、呪霊玉を持っていない手ぶらの左手をこちらへと向けてくる。
何?
「ほら、ほら、手を出して。勝利の記念のハイタッチ、ほら」
「そういうキャラじゃないだろお互いに」
「なんだい今あんなに人を虜にしておきながら、恥ずかしがり屋さんだね。それとも君は今までの友情は偽りだったとでも言うのかい?私を騙していたと?」
「雑に喧嘩売るのやめてくんないかな」
仕方ないので、はたくように思い切り振りかぶって差し出された手を叩く。手が触れてバチィン!と音が鳴った瞬間、この男は人の手をがっしりと掴んできた。
そのまま、にぎにぎと何かを確認するかのように手を揉み始める。
「いや何?離せよ」
「あぁ……昼間、体術訓練の時に内出血を起こしていたものだと思っていたのだけれど、無いなぁと思ってね」
「…………硝子になおし」
「硝子には君が医務室まで1ヶ月間来てないことを聞いているよ。君、やっぱり反転術式使えるでしょ」
「なんでそこまで詳しいんだよ気持ち悪ッ……」
仕方ないので諦めて、反転術式と神経系に刻み込んだ術式反転の式を再稼働して手を振り解く。
こちらへ傑が手を伸ばそうとするよりも早く、脳からの指令を光速で伝達された身体が動き、傑から離れた。また近づいてきて、手をすがるように握りしめてくる。
傑は……うわ、なんだこの目。劣等感と羨望が浮かんでいる。
もしかしてだが、五条悟に行くはずのフラグがこっちにきたりしてないだろうなまだ一年生だぞ早すぎるだろ。悟からは「二人で最強」発言まだ飛び出てないのに。いやまぁそろそろ出そうだけども。うわ折らないとどうすっべ。
「おい、傑」
「ほら、やっぱり君もっと動けるじゃん。初めからそうして————」
「私の強みは術式の拡張と応用だが、私の術式は「影」があるのが大前提だ。帳の無い、影が限られてくる環境下では優位性が低くなるし、相手の行動を縛らせてくるタイプの条件を指定してくるような相手には、取れる手段も限られてくる。それに関しちゃ、悟も同じだけども」
「え?君は何を————」
「悟は無限を利用した質量のゴリ押し、私は影を活用した不意打ちがメインだ。お前は、呪霊を取り込めば取り込むほど、その呪霊が私たちに対して強いてきた術式を己の身にすることができる」
もし、傑が可能性の末路を辿るのなら、これは敵に塩を送る行為でしかない。その指摘は、いつかの未来に仇をなす可能性すらある。
それを理解した上で、後悔したくないからこそその言葉を伝える。
「お前の強みは圧倒的な手数と取れる手段の多さだ。順転の時点でかなり強力だというのに、お前はまだ自分の術式の解釈を広げてないし、あまり理解してないだろ。
悟ですら自分の術式の使い方を模索してるんだぞ、そんな目でこっちを見る暇があるんなら二人で走ってこい。たまたまちょっと前を走れているだけの私の所感でだが、お前に役立つ程度の助言はしてやらんでもない」
「…………君こそ、人のことに随分と詳しいじゃあないか」
お前が視界に入ってうざったいだけだ、と言い返してやりたかったが、目の前の短気な男はすでにキレかけている。それと同時に、弱い部分を見せてしまった自分を悔いるような目。非術師家系だけど、多分こいつも苦労をしてきたんだろうな、と思った。その左手は、私の、女としては少しごつめの手をぎゅうぎゅうに握りしめている。
よくわからなくて痛いものや、怖いものが嫌いな、子どもの目だ。
「そもそもの私の「これ」はアドバンテージがあるってだけだから、お前らでも充分追いつける範囲だよ。飯も、術式も、どっちも。
まず手始めに言えることとすれば、その呪霊玉。お前、それどうなってんのか知ってる?悟の眼で見る限りだと、外側に呪力、内側に小さい呪霊がいるって言ってたけど、それってどういうことだと思う?」
「どう……って、呪霊が小さくなっただけじゃないのかな」
「そう、呪霊が小さくなった。パソコンのデータみたいに呪霊というデータと、その呪霊の呪力を圧縮しているとも言える。じゃあ、その呪霊を外に出す時はどういう風に出力し直してる?」
「それは、小さく折り畳んだデータを広げているんだろう?」
「どうやって」
「……呪霊玉の外側に付属した呪力を、流し込んで」
何言ってんだこいつ、という顔で答えるコイツ本当に腹立つな。原作/もしもの世界を見ていて思ったけれど、他者を知る能力は高いのに、自分に関しては疎かにしているところがない?
「そこだよ。お前の術式は、厳密には「呪霊を取り込んで使役すること」じゃない。正確には、「呪霊という存在のデータを体内に保存して、同時に封入した呪力を流し込む事で呪霊というデータの容量を解凍し、自分の管理下にあるプログラムとして稼働させる」術式だ。
パソコンにデータを取り込むにゃ、ディスクを使って物理的に取り込む以外にも、方法があるだろ?データをメールで送ってそれをダウンロードするっていう、実に現代社会らしい方法が。でもって、呪霊の体は呪力でできている」
内部の呪霊という圧縮されたデータは、外付けの稼働プログラムである呪力と同じように、呪力で構成されている。
つまり、その呪力をメールに載せさえすれば、受信したメールに添付されているものを調伏することができる。
「……まさか、そんな」
「まぁ、呪霊の呪力は悪性情報の塊だ。直接喰らってはいない私ですら、あいつらの呪力は気持ち悪いなって思うし。
直接取り込むよりは、一つフィルターを通した方がいいだろ。メール代わりに自分から自分宛にメールを送り出すにはちょうどいいプログラムが、お前のハードディスクの中に山ほどいるじゃん?」
徐に、蝿頭を出した傑は、そいつに呪霊玉を持たせた。そして、そのまま蝿頭を体内に戻せば————指示通り、蝿頭は呪霊玉と共に体内へと帰還する。
やっと左手離してくれた、イッテェな。
手を翳すと、傑の後ろは黒く滲み、歪みが現れる。それは、注射器を無数に体に纏わせた、歯抜けの爬虫類。
はくはく、と傑は口を動かしている。おっこれは今までごめんなさいありがとうの言葉が出るか?いまだに私、お前らに雑魚扱いされたの謝られてないぞ?ん???
そして、ついに。
そのままアナコンダかと見間違うような豪腕を全力フルスロットルで稼働させて、鯖折りしにかかった。
「清与!!」
「グエー!」
ングエー!肋骨が折れたー!!!離せー!!本人的には抱きついているつもりらしい。
オートで回される反転術式が折れた肋骨を元の状態へと戻していくのを感じながら、咄嗟に闇から無数の影腕を出して黒ゴリラと格闘する。気分はさながらムゲンザハンド。
「あぁ、ああ——君が、私たちの中で一番聡く、強いだけはある!
君は、私が君のことを詛う感情を抱いたというを理解しているのに。それでも、君はここにいる事を選んだ。私の手を引いてくれるんだね!」
歓喜に濡れた瞳孔は興奮で開いている。
待ってください!もしかしてこれ私間違えたやつですよね!えっなんでこんな急に湿度高い感情向けられてるんですか悟相手にやってろよ未来の親友だろ!?(色んな意味で)重いわ!!
「は、はは——!私が、私は認められているんだ、もう、1人ぼっちで前に出ないでいいんだ。もう、私だけじゃない…………!」
ようやく力が弱まったが、それでも十分息苦しい。クソッこいつの胸、私よりでかいぞ!というか割と真面目にこいつが何言ってんだかさっぱりわからん。
むぎゅむぎゅと圧迫してくる筋肉に抱かれながら思う。
マジで疲れたから、飯作りたくねぇ……と。
「で、だから晩飯は、もう出来上がってるストックを食べるって?」
「そう。薬味出しとくから好みで入れて。今日はざる蕎麦な、ざるに入れてるの適当に突いて食って。つゆはしいたけ……あー、きのこのやつと昆布のがあるけどどっちがいい?」
「じゃあ、私はきのこのものを試してみようかな」「私は昆布のがいいー」「え〜!肉とか魚はぁ?こんな黒い汁にこのひょろながいの浸けて食えってのかよ!オッエー手抜きもいいとこじゃねぇか!」「わかった、悟は白湯ね」「……いや待てよ冗談だっつの!待って本当にお湯だけを注がないで」
黒い粒子の混ざった灰色の麺、蕎麦がこれでもかと入った巨大なざるの下に大皿を添えて、そこに乱雑に氷を入れてひんやりさせる。とけた氷は網の下の大皿に溜まっていく方式だ。本来なら、ちびちび食べる用に保存してたやつなんだけどな。
薬味にはわさびとネギ、みょうが。わさびは元お隣さんの旦那さんが獲ってきた鮫の皮を加工した擦り機を使ってすりおろしたばかりのものを使っている。最終的に、鮫本体は文句言う旦那さん巻き込んで練り物に加工した。
天元からもらったギフト品シリーズ、絶対に高くてやばそうな艶のある器につゆを入れていく。ちょうどいい薄さに調整してあるが、薄いなら後で自分で補正してほしい。悟は青、硝子は赤、傑は黄色。箸は、頭の部分が鉛筆の形になっているものを、同じように色毎に分けて配る。どっちも、三人専用だ。
私は愛用の、犬のキャラクターがいるそんなに高くない器があるのでそれを使う。後日、悟からは漆器のいかにも高そうな器を「自分だけそんなちゃっちぃの使ってんじゃねぇよ」と押し付けられた。気に入って使ってるんだよ!
「というか、この形の食べ物は初めて見た気がする。どうやってるの?」
「なんか、こう……粉と水を混ぜて捏ねまくったのを包丁で細く切った、みたいな?箸だと一回にまとめて持ち上げて食えるよ」
「みんなで同じざるから同じものを取って食べるの、いいね」
「はー食お食お。いただきまーす」
ひょい、と数本そばを持ち上げて悟はそばをつゆに浸けて、口にする。噛みちぎってからもぐもぐ、と咀嚼をして「……うん、うん」と言葉を漏らした。麺類初めてだから啜らないのかこいつら。えーどうしよう啜らない方がいいかな、いやこいつらに配慮するのめんどくせぇや啜るか。
「絶妙に弾力がある、それでいて口の中でほろりとほぐれていく感触もある。なんだこの香り?青臭さ……とはまたちょっと違うというか。なんか口の中で馴染むな。……なんだこれ?うっすら甘みがあるようなないような。意外とつゆの味が麺にくっついて、つゆ単体だとしょっぱいはずなのにちょうどいい気がして……あれ美味くね?」
「なんか喉にさらっと通ってくというか、飲み込みやすいね。ひんやりしてて美味しい」
自己を主張しない素朴な味がいいんだよなぁこれが。それでいて、この絶妙なしこしこ感。目を見開いた傑が、笑みを浮かべてもう一口咀嚼する。
みんなでこうして食べるのは、なんというか、すごくいい。
————傑は、一人で身の回りの人を呪霊から守ってきた。
誰も知らない、吐きたくなるような苦渋を飲みこむ自分を、「大丈夫だよ」と自分の事を抱きしめてくれる母がいた。/何もいない場所を見つめて怖がる子どもを理解し難いと言い、下の子を可愛がる母がいた。
傷ついて擦りむいて、目に見えない呪霊を恐れて私に抱きつくきょうだいがいた。/怖いことは嫌なことだと無邪気に無慈悲に私に言ってくるきょうだいがいた。
お前だけが頼りだ、と力強い視線でこちらを見つめながら言ってきた父がいた。/あの子どもがいるから危険な目にあったんじゃないか、とぼやく父がいた。
それでも私のことを育ててくれた、弱い家族がいた。
弱者を強者が守る、というのは当たり前の行為だ。それは、まわりまわって自分のためになるのだから。弱者が強者のことを理解できないのは、お互い様だ。だから、強者がただ一人で在り続けるのも、仕方のない事だと諦めて、弱者達のコロニーを遠くから眺め、守る第三者のポジションを貫いた。
隣に誰もいないのは当たり前のこととなっていたが、それでも、無意識に温もりを彷徨う手は代替品の古ぼけた布をつかんで、一人で眠る行為を未だに続けていた。
私のような子どもが他にもいると知った。
でも、私と全く同じではなかった。
一人は、呪霊/人間に対する兵器として生きることを強いられてきた子どもで、一人は、痛みに耐えて呪霊/人間という恐怖を受け流すことを選んだ子どもだ。
そして私は、呪霊/人間を対岸から眺める立場に自ら立った、孤独な子ども。
最後の一人は、呪霊/人間という脅威を捩じ伏せて自分のために生きることを選んだ子どもであった。その在り方は決してブレることはないし、自分の価値観を基に世界を見据える人だった。
私達は一度、そんな彼女を拒絶し、彼女もそれに従い離れることを選択した。それが、自分のためになると理解したから。
今は、私達の側から彼女に接触をして、親しい仲になれたと思う。彼女もまた、自分のためになると判断して、私達と行動することを選択した。
そして彼女は、生きていく中で、私達の道に交差することを自ら選んだ。
最初から君は、私よりずっと先に進んだところを生きてきた。
だというのに君はわざわざ振り返ってきて、人の手を握って無理やり前へ歩かせたのだから、たまったものじゃない。私という存在は、そんなに君の為になるほどの価値があるというのかい?
だと、いうのなら、それなら。愛し、愛されが望まれるというのなら。……誰かに付き従う弱者という立ち位置も、なかなかどうして悪くはない。
時間をかけてでもいい、必ず私と悟は、君の隣へと辿り着こう。硝子という身を寄せ合う透き通った世界を保つ人と一緒に、呪術師を目指すのは悪い事ではないな、と思う自分がいるのだから。
ねぇ、清与。私のあまりに軽やかな身体に、重荷を与えた君。私が君の重荷となり続けるように、どこまでも側にいるからね。
「麺咥えて息吸い込むようにしてみ。啜っていっぺんに食えるから」
「えーっ。行儀悪くねぇ?」
「別にそんなの気にするやつここにはいないでしょ」
「……まぁ、たしかにそっか」
「私、すごい好きかも」
……こうして過ごす時間が、この味が。
「ほーん、なら良かったわ」
あなたの嬉しそうな、その横顔が。
尚、さしすの激重感情に気がついてない、何も知らないオリ主こと清与さんは呑気に「そば湯準備するかな」と蕎麦啜る片手間に影をあさっている模様
「呪術師」という立場では一番先にいるからこそ、「腕前」という物差しでは一番先にいる夢主が並び立つ事を許し、離れることを認めないごじょさとと今はまだ「一歩手前」にいる立場だからこそ執拗に付き纏って重荷として側に居続ける事を願うサマオ。クソ重いなコイツら。
そのうち描写すると思いますが、しょこは「私を在りどころとするクズどもが連れてくるお前の中に私は既にいる、私という存在はこいつの人生に後悔という傷跡を残してやれる立場にいるんだ」なんて感じのことを思ってたりするかもしれない思ってないかもしれない。