【完結】魔法少女ハレル/OverPhantasm 作:青川トーン
MCMS-フォートレス・シップ、凍り付いた湾岸沿いにそれはあった。
多数の施設機能を搭載した艦艇であり、その中には開発・製造さらには仮の支部機能までがある。
フールは破壊されたヘルメットを代替品へ交換しながらタブレットを操作し、機体の組み立てを行っていた。それはドッペルやスペクターの外装、アマルガムとも違った人型からやや外れた……そう例えるなら悪魔のような機体であった。これが人造神格を騙せるギリギリ、といった異形の機体は巨大な爪と骨の様な翼を持ち、純白の素材で作られた肌を纏い、組み立て中であるが故に露出した機体内部にはまだ「意志」は宿っていなかった。
同時進行でドックでは無数のケーブルに縛られた7m程の巨大な人型があった。
大戦期、各地で猛威を振るった機体の一つ「MCMS-ギガンテス」
大出力ジェネレーターと重力操作による圧倒的な機動力と堅牢さに加えて、互換性の高さ・部品の精度が低くとも強引に動かせる高度なプログラム、粗雑な燃料であろうと分解しエネルギーへ変換できる悪食なエンジンは周囲に重篤な汚染を撒き散らす。これもまた世界を荒廃へ導いた兵器の一つだ。
さらに小型化された機体はいまも世界各地に溢れ、時折大きな争いを引き起こす。
故に「暴力兵器」と呼ばれるこの機械の巨人だが、何よりも邪悪とされるのが搭乗者を消耗品のパーツとして扱う所だ。装着された脳波インターフェイスから電気信号により強引に神経接続、使用者を即席の「魔術制御装置」として改造し、様々な術を使って戦闘を優位に進める。
仮に途中で部品が「破損」して性能こそ下がれど、なお行動は可能な程に高度な人工知能が搭載されている。
MCMSは、どこまでも人間を信用していない。
変わるから、裏切るから、騙すから、そんな負の思想が透けて見える様な設計の兵器が殆どだ。
だから縛る、だから改造する、だから捨てる。
データとしてしまえば、プログラムにしてしまえば、命令には逆らえなくなる。
「彼らならわかってくれるとは思ったのだけれどねぇ」
マキナ教団は逆だった、同じく人間をデータ化するにしてもあくまで、人が人として生きる世界を取り戻せる日まで文明の火を絶やさない。そんな思想の元であった、支配の為ではなかった。
失望の中でフールは2機の決戦兵器での作戦を練る、いまここにある戦力も全ては消耗品だ。代替不能なものはせいぜい……そう、手元にあるルスフィオンのみ、フール自身も死のうが代替可能なのだ。
ふとドッペルから引き抜いたデータを閲覧してみればそこに映るのはハレルの姿、忌々しい女だ、2年前もそうだった。体をバラバラに引き裂かれ……ドブの中に身を隠してどうにか生き延びた。
生きてさえいれば、後はどうにでもなった。死体どもを材料に体を再生させて、遅れて輸送させたサンプルを回収して事前に取引していた通りにMCMSへとやってきた。
ただのお飾りだと思っていた代表だが、まだ野心の火は消えてなかったのが幸いだった。
この世界を憎んでいるのは自分だけでないと思うとある意味、安心さえあった。
何もかも叩き潰して、絶対的な力で、この世界を支配する。
そして新たなる世界を創る、そして歴史を「書き直す」のだ。
それは予定通りにやってきた、仮面を被り白装束で統一されたナユタの神官数名と護衛の鬼の戦士達を引き連れて現れたのは「鬼族連合」の代表、シテン・レナ。顔の下半分を覆う仮面を被り、纏う赤い装束は気品に溢れ、その赤い目はどれだけのモノを見て来たのか、そしてこれから先を見据えて真っ直ぐに感じた。
こういう時は頭を下げるべきだなと父さんの教えを思い出す、形が多少不格好でも敬意を表する事自体に価値が出る。心からの行動であればいいと。前々からレキから聞いている話だ、今の混沌と荒廃の世界で自分達の居場所を守るべくトップに立っているのだと。
ならば敬意の他にあるまい、その重圧は俺には計り知れないものだ。
俺に続きメリエラも頭を下げるがレキとアカネさん、管理人はそうではなかった。
「いいわ、頭を上げてちょうだい……今回はこちらに非があるのに頭を下げられても困るわ」
優しい声音で俺達に声をかけてきたので頭を上げる。
「さて……愚かにも企業の口車に乗ってあわやナユタとの協定を崩しかけた者よ、何か言い訳はあるかしら?」
「我は、私は心に従ったまでです。戦士としての心に」
「戦士の時代は終わらせなければならない、そういったのは……あの人よ。だからナユタに挑み、戦士に死に場所を与えた……あなたもあの時に死んでおくべきだったと思うのかしら」
決して声音も表情も崩さない……けれど遠く過去を想う、過ぎていった人達を想う、そんな悲しげな感情を俺は感じた。やはり、この人もレキには死んでほしくないと思っていた。なんならば死んでいった者達全てに。
「私が恐怖で縛るのは何故か教えてあげるわ、無駄な死人を出さないためよ。威嚇・威圧というのは余計な争いを回避するという使い方もできるの……もっとも使い方を誤ればひどいことにはなるけれど」
控えの鬼の戦士が二本の刀を用意する、鞘の無いそれは見事な真剣……一目見ただけで切れ味が分かりそうなものだった。一瞬止めるべきかと思ったが違う、これは会話の一つだ。
「とりなさい、あなたが見て来たもの。そして今何を考えているのか……それを私に見せなさい」
片方はレキが、もう片方はレナが手にする。互いの間に空間が歪む様な錯覚が起きる程の重圧が生まれる。レナ代表の方は……生半可な事をしようものなら殺すという雰囲気だ……だがレキは構えすらしない、ある種の脱力といった有様だ。
「母上、これまで旅をしてきました。それなりには日の本を見て来ました、里だけではわからないことが沢山ありました」
レキが口を開いた瞬間に代表の刀が4回振られて斬撃が衝撃波となって地面を深々と切り裂くが、それを一歩も動かない事でやりすごし。言葉を続ける。
「見て来た、見て来ただけだった。けれどこの場所に来て、メリエラと……シルス、ハレル、愛理と出会い見て来たものの意味を考える、その機会を得ました。だから……だから愚かな行為ではあったと自覚はしております、ですが意味の無かった行為にはなりませんでした」
だが今度は直接、レナ代表が距離を詰めて刀を振るう。このままいけば確実に斬られる、そう思った。
刀が振られ、血飛沫が舞う……ことはなかった。確かに斬撃は起きた、がそれがレキの体を切り裂く事はなかった。何かの技でもない、ただ単純に……レキは踏み縛ってその一撃を受け止めたのだ。
「大事に至らなかったから許せと?」
「私はこの地を守る事で責任を取ろうと思います」
「それはあなたがやりたいだけじゃない。全く……そうね、あなたにも友人が出来たのね」
「はい、得難い……とても優しい友人達です」
「ならば守り抜きなさい、そして生き残るの……それがあなたの権利であり、義務……そして責任よ」
たったそれだけ、それだけのやり取りで代表は背を向け、控えていた戦士に刀を渡す、レキも同じく刀を渡し、頭を下げる。
「母上、たまには里にも顔を出したいと思います」
「当たり前よ、でも事前に連絡ぐらいはよこしなさい」
既にナユタとの話はついていたのだろう、特に大ごとにすることでもないと……。
そして何よりもナユタとの協定により鬼側の戦力派遣も話がついていたのだろう。さすがにこちら側の政治まではよくわからないが、大人というのはそういうものだと父さんも母さんも言っていた。
「ああ、それと……娘をよろしくお願いしますね。ナユタ・シルス」
「……はい、大切な友なので」
「そうね、レキが里に帰る時に一緒に来るのなら……歓迎するわ」
やっぱり親としては子供に友人が出来れば、それはもう嬉しい事なんだろう。レキには里に友人がいなかったらしいし……
そうして代表とその一行は帰って行った、特に問題など起きなくてよかったという安堵に息を吐く。
こういう堅苦しい場はいつになっても慣れないな。
「よかったなレキ」
俺は振り返って彼女の顔を見る、いつに増して顔を真っ赤にして涙をこらえて震えている……やっぱり怖かったのかな……。
「シルス?まあ今回はちょっと古風というか文化の違いもあったから刺さないけれど、アレ……代表にレキの恋人候補って見られてるよ!!」
え?と愛理の言葉にもう一度レキの顔を見る、もしかして……羞恥の表情!?
「す……すまん、シルス……我のせいで母上に目を付けられてしまった……ああ見えて母上は頭ピンクなのだ……」
「あーうん……誤解は、解かないとな……でもそれよりもさっき斬られた所大丈夫か?」
「あれは死ぬかと思ったが、考えれば魔法少女の力で防げばよいと考えて最大出力で防御した」
なんかテクニックとかなく力技で耐えたのか……まあ無事でよかった。いや無事じゃないんだが……。
「正直怖かった……死ぬかと思った……がまあなんとかなったからよいであろう。それよりもだ」
レキはアカネさんと管理人に頭を下げる。
「今更だがすまなかった。迷惑をかけた」
「わかればいいのよ、どうせ大した事なかったのだし」
それだけ言うとレキの首輪が外れる。仲間として、認めたという意思を感じた。
「それよりも気になるのはあなたを焚きつけた側、あなたは誰にそそのかされたの?」
「ああ……それならば……」
とレキが言おうとしたその時、彼女の持つ電子端末が音を出した。意外な事に彼女はこういうデジタルなガジェットも使えたのだ。しかし今この時、というのはと少し警戒しながらレキの端末を「俺が」取る。
何かしらのネットワーク攻撃で端末を爆破などされたら困るから同化……しようとした所でそれは弾かれた。
『驚かせてすまないな、今こちらに敵意はない。私はそこのレキに君達を襲う様に指示した者だ』
聞こえて来たのは極めて落ち着いた女性の声、どこか自信に満ちていたが……なんとなく頼りない奴、そんな気配を俺は感じた。
神官や巫女の、人造神格の力を弾くもの。ということに俺とハレルは内心で驚くが続けて言葉が聞こえてくる。
『私はマキナ教団の神官の一人、エレミスだ。つい先日まで君達を襲っていたMCMSにスパイとして潜入していたんだがな……少ししくじってしまってな、これまでの詫びと同時に情報共有といこう』
「マキナ教団とはこの数年で拡大しつつある勢力です、人間をデータ化して滅びを乗り切ろうという教義を掲げてるそうです」
『まあその認識で構わない、詳しくは直接会って話そう……君達の居場所なら知っている』
「わかった」
レキをけしかけて来た者から直接のコンタクト、管理人とアカネさんを見れば好きにしろという雰囲気だったので了承する。一体どの口で……とは思うがまあ今敵意がないならいい。
エレミスと名乗った女、女?なのか……?は通信を切ったが履歴に残らない、どうやら防諜対策なんだろう。それはさておきそいつは神官と名乗った
「神官、ってナユタ以外にも居るのか?」
「……そうね、最初に作られた人造神格は十柱。とされているわ、それぞれ違う権能を持ち、違う組織に渡っていった。けれど長い歴史の中でナユタの「造物」とユニオンが所有している「理解」の権能以外は……遺失という形になっているわ」
「つまりアカネさんも知らない奴か……」
ナユタはこれまで日本での活動が殆どだったし、日本には他の人造神格の力を借りる組織はなかったのだろう。
「マキナ教団、聞いた事がある。電子戦に極めて強い機械の戦力を持っていて、それでいて信者の数も増えている……悪い話としてはスパイ活動が極めて活発だという事」
「まあさっきの人もスパイって堂々と言ってましたからね、しかし電子線に強いならスパイってバレないのでは?」
……スパイ活動が活発ってことはバレてんだよなそれ。
「逆に強すぎて目立つのでしょうね、触ってはいけない場所まで改竄してしまったり」
「……ああ、そういう……」
「権限を持った人間が3人しかいないのに4人目がアクセスしてきたらそれはバレるわよ」
さもありなん……なんだか頼りない奴かもしれないという予感がしてきた。
そうして数時間が経ち、そいつはやってきた。
金色の髪に白い衣装。いかにも神聖な聖女……と言った外見だが、うっすらインナー越しに膝や肘といった所が人ではない機械の形をしているのがわかる。
「おいまじない師!貴様どの面をさげて来た!」
「仕方ないだろう取り入った奴が無能すぎて支部諸共に切られてしまった。今は変わりにそう……この男が仕切っているよ」
まっさきに食って掛かったレキをいなして空中にホログラム投影されるのは銀色の髪をした少年、それはどこかハレルやアカネさん……そして白装束の神官達を思わせる雰囲気だ。
「フールと呼ばれているが、おそらくは君達の組織の元関係者だろう?」
「……そうね、ハレルが始末したと思っていたけれど」
「ええ、殺したと思っていたんですがね。生きてたんですね……」
その声はこれまで聞いた事のない程に落ち込んでいた、決して浅くない因縁……そんなものを感じる。
「まあ素性はどうでもいい、互いの信頼の為に情報を明かそう。私はマキナ教団の神官エレミス……君達の権能が「造物」なら司る権能は「記録」だ。これによって意識を、記憶を、魂をデータ化した存在だ。これらは神の力により守られ……決して外的手段では改竄する事のない永遠のモノとなる」
なるほどデータ化=記録ということか、それに永遠の魂とは大きく出たな。
「まだ明かし足りませんよ、そっちはこっちのこと何度も観察してるんですから」
「それはそうだなナユタ・ハレル。私がMCMSに潜入していたのは支部を踏み台にして本部へのバックドアを作る為だった。まあ失敗した訳だが……おかげで君達に損害を与えるだけになってしまった」
「ですね、おまけにここの情報まで漏らしたし……なんならあなた達も見ましたね?私達があの植物の化け物を討伐した所も」
「そうだな」
そうだ、レキが大方あのまじない師の仕業と言い切っていたそれを事実と認めた。
「樹龍、異界の怪物を利用しようとして失敗したものだ……とはいえアレを倒した力に比べれば大した事はなかったがな……」
「姉さんの力も、私の力も、メリエラとレキの力も大方相手方に漏れていると考えると最悪ですね、本当になんてことをしてくれたんですか」
……確かにどれも……攻めて来た相手に使ったもんな、それを目の前のエレミスが見ていて報告したとなると。
「まじない師よ、我は少なくとも責任を取るつもりでここに残る事を選んだが貴様はどう責任を取るつもりだ?」
「現にここに来て情報を話しているではないか」
「それは最低限度の詫びだろうが!!!前提条件にすぎんわ!!貴様はいつもそうだ!やる事成す事が雑なのだ!!」
レキはエレミスと名乗った神官に組みつきギリギリと締め上げた。
「無駄だぞレキ、今日の私はちゃんと痛覚を切ってきている」
「なんでそんなところだけ準備がいいのだ!!貴様の尻ぬぐいをしてやった恩を忘れたか!」
「仕事を仲介してやっただろう」
どうやら以前から付き合いはあった、というのは聞いていたがその人物像についてはまだ聞いてなかった。
「レキから見てこいつはどうなんだ?信用できるのか?」
「恥知らず恩知らずのクソ野郎!しかも中身は男!おまけにあらゆる物事に対して行動が雑!このような奴が間者などできるわけもなし!大方潜入先が切られたのもこのマヌケの失態だろうがよ!」
「相変わらず失礼だなお前は、物事にはきちんとした相応の因果というものがある。確かに私のミスもあったが、それ以上に元から独断で行動していたのは支部長であった」
たったこれだけのやり取りだが俺は理解した、こいつの情報は確かに信じてもいい……だがこいつを信用・信頼するのは、困難だ。
ダメなタイプの大人だこいつ。
「それでどうするアカネさん……ハレル……」
「マキナ教団と事を構える余裕なんてないわ、穏便にお帰り願いたいわ」
「私もそう思うけれど……ただ、アレが……あの裏切り者が敵だとして情報が漏れているならば、戦力はほんの少しでもあった方がいい。我慢できず絶対に仕掛けてくるから」
裏切り者、ハレルから出た言葉はひどく重く……それでいて怒りに満ちていた。普段はそういった感情を見せないハレルがそれほどまでに憎むというのはどういった存在なのか。
「我もこいつに責任を取らせねばならんと思う、最低でも足止めにはなるだろう。こう見えてこいつは機械に対しては無類の強さを持つ」
「ああ、自慢ではないが電子制御システムの破壊なら得意だ。これもマキナの神官の特権だ」
なるほど……もしかして……。
「もしかしてあんた、スパイで情報収集するんじゃなくてネットワーク壊してこいって命令で送られたんじゃないのか?」
「確かにそうだ、だが勿体ないであろう。情報もタダではないのだ」
……こいつ欲をかいて失敗する奴だし余計な仕事をやって怒られるタイプだわ……。
「うん、アカネさん……こいつは言った事以外に仕事をさせない方がいいですよ。指示以外の事をしたら後ろから殺さない程度に撃つぐらいで……」
それにしても変わるモノだ、よく見ると前に相手をしたドッペルは完全に生命エネルギーを感じなかった。けれどこいつ……エレミスは生命エネルギーを感じる、これが人造神格の力の差なんだろうか?加えて……感じ取れないといえば。
「一つ気になるんだけれど、異なる人造神格の力を二つ持つってできるのか?」
「おお少年、君もマキナ教団に興味があるか?」
「……それは置いておいて純粋に疑問なんですが……あなたからはその……魔法少女システムの、ナユタの人造神格の力が見えない」
「そうだな、ナユタの「造物」の権能と我々の「記録」の権能の両立は可能だ。だが記録の権能を得る為にはこの機械の体になる必要がある。これは神の設計図によってつくられた神体なのだ、その構造自体が力を持っており……我々は神の体を得る事となる、そしてその上から魔法少女システム、エンジェルモデルなどを纏う事も可能だ……だが、その両方の能力を使う事はできん。そういう制約なのだろうな、エンジェルモデルを纏っている間はマキナの力が使えず、マキナの力を使っている間はエンジェルモデル、ナユタの力は起動しない。したがって両立は可能だが同時には使えない」
なるほど……そもそもの前提条件が重いが、二つの力を持った神官というのはあるのか。
「つまり試したんだな?」
「もちろんだとも、ただナユタの神官や巫女からマキナ教団へ入信したものは今の所居なくてな……そういった者が祝福を受けて神体に宿った時、どうなるのか……私も気になっている」
「俺はやらないけれどね」
「それは残念だが、気が変わったらいつでも声をかけてくれ」
多分そんな未来はこねーよ、と内心思いながら少し思う事があり俺は席を立つ。
「ちょっとやる事を思い出したから俺は席を外すから……ごめん、何か決まったら後で教えて」
「わかったわ、私達が詰めておくから。仕事を片付けたら戻って来なさい」
「ありがとうアカネさん」
席を外し自室へ戻るとハレルに問いかける。
「お前が言ってた裏切り者ってどんな奴なんだ」
「……あの場で聞けばよかったのに、どうせ情報共有はしなければいけません」
「その割には並々ならぬ因縁があると思ってな」
そう、あのマキナ教団の神官が見せた映像に映った者はそれなりに若い……それこそ俺達と変わらないぐらいに。そしてハレルの反応だ、きっと関係のある人物だと思う。
きっと親しかったのだと思う程に。
「偶然、私達と同じ時期に生まれた神官でした。前に私達は人造人間の様なものといいましたね……最初から多少の知識なんかはありますが、結局のところ経験と教育もまた必要なのです。奴の……彼の事もまた家族、身内、同胞だと思っていたんです。ですがそれは違った」
意識が記憶を辿る、ハレルの記憶だ。そこにはそいつの姿があった……かつてそいつは。
「ナユタ・シルス、あなたの名前の由来です……彼は記録係だった、だから記すなんて名前だったんです。それで私が実働、姉さんが開発。そういうチーム分けだったんです。昔は」
俺と同じ名前、いや俺が同じ名前なんだな。
「どうして俺にその名前を」
「……感傷でしょうね、私の我儘だったんでしょう。完全に死んだと思っていた、裏切った時に名前も捨てた仲間への。ですがどうしても浮かんだのです、あなたには彼以上にシルスという名前が相応しいと」
人造神格に自我はない、だが何かしらの……意思の様なものは、方向性の様なものはある。
ルスフィオンが死と破滅に向かう様に、それにも何か導くような力が。
「彼が書き記すなら、あなたは目印あるいは……道標のようなイメージだったんです」
「そうか……まあそれはいいや、ところでだけどさ、初めて会った時俺の名前を言えなかったけど……今は口に出さなくても、書かなくても伝える手段があるから。伝えておくよ」
『おれは苗字がイツキ名前がツムグ。一つの希望を紡ぐと書いてイツキ・ツムグ』
「ふふ随分とロマンチストな名前ですね。希望を紡ぐ者ですか……」
「ああ、父さんと母さんがくれた名前だ。大切な名前だ……かっこいいだろ?」
「ええ、とても。これからもシルスとは呼びますが……あなたの本当の名前、心に刻んでおこうと思います」
愛理も気を利かして、今のを聞かないでいてくれた……
この世界でこの名前を知っているのは俺とハレルだけだ。
「話を戻しましょう、彼は……私達と同じように色々なモノを見て来ました。決して心地の良いものではありません、人の醜さも愚かさも嫌という程見て来て、それを許す事ができなかった。加えて彼は私や姉さんの様にわかりやすい強さを持っていなかったが故に……ひどい話ですが同じナユタの中でも軽んじられていたんです、替えの効く人材だと。そしてそれに耐えられなかった彼は私達と共に作り上げた研究成果などを持って逃げだした。ルスフィオンと共に」
「そう考えると……ナユタの技術も相手方に大きく流出していると考えていいのか?」
「ですが、今の所は大したものが出ていないのです。せいぜいMCMSの魔法少女無人機、アマルガムぐらいでしょうねおそらく彼が関与した成果らしい成果は……おそらくですが出し惜しみをしているか、それともMCMSの技術では再現ができていないのか。あるいは出来上がってはいても秘匿しているのか」
こっちの手の内を知っている相手というのは厄介だ、だが逆に言えばそいつは知らない筈だ。
「けれど今の俺達の事までは知らない」
「そうですね。今のシルスの事も、私達のことも、彼と最後に会ったのは2年前……追討任務の際でした、確かにバラバラにして生命反応もなかった筈なのですがどういう訳か彼は生き残った。仮死状態になったのか感知範囲外に逃げたのか、私の事を知っている以上なんらかの対策をしていたのでしょう。そしてです……彼はルスフィオンに執着している。事あるごとにその力を利用しようと提言しては却下されていました」
確かに恐るべき力だ、魅入られるのも……わからなくはない。
「そこも奴の知らない所だな、俺達が全部残らず同化してしまったというのも」
「ええ、もはやこの地にルスフィオンはない。私達を除けば」
唯一の懸念は……ルスフィオンは増殖するという事だ、俺達が同化したモノも内側で少しずつだが増えている。もっとも使ってしまえばいいとはそうなんだが、そうすると汚染が残る……消滅させるにはそれなりにエネルギーを必要とする。ので逆に考えた、ルスフィオンでルスフィオンを破壊するという方法だ。
俺とハレルがあの時、ルスフィオンを同化しきれたのはそれもある。
吸い込んだ側からルスフィオン同士をぶつけて飽和・崩壊させて光と熱と魔力のエネルギーに変換してさらに同化……だからちょっと周囲の地面を滅茶苦茶に溶かしながら地上に向かう事になったし、なによりあの時俺とハレルの体と精神はその余波で破壊されながら取り込んだエネルギーによる再生を繰り返していた。
バカみたいな疲れもそのせいだった、まあもう一回やれと言われたら多分拒否する。
例えるなら肌が日焼けする側からめくれて再生するようなものだったのだから。
「流出したルスフィオンが全て、完全に回収されていると思うか?」
「……彼が生きている以上、残っている……かもしれません。ならば」
「もし出てこようものなら俺達がやるしかない、加えてもしかしたらMCMSという組織全部に喧嘩を売る事にもなるかもな。でも決めたんだ、俺はやる……この世界に生きる人達の為にも」
元より帰る手段もわからない状態なんだ、ちょっとぐらい寄り道してもいいだろう。
それに父さんも母さんも、きっとそうするだろう。
「なによりハレルの為にも。な」
「そういうところですよ、シルス」