【完結】魔法少女ハレル/OverPhantasm 作:青川トーン
鬼、それは剛力の種族だ。特殊な妖術なんかも使えるがそんなモノに頼るのは恥と言わんばかりに技と肉体を鍛え上げ、圧倒的強者として君臨する事を何よりの誇りとする。
だが決して無敵ではいられない、絶対ではいられないのだ。
ナユタ・アカネに対して体躯で勝り、力でも勝る筈の赤鬼は二本の金棒でも一振りの大斧を弾き飛ばせずにいる。
「あなたはそう、シテンのレキだったかしら。鬼を統べた英雄の一族としては……そうね、力不足が過ぎるわね。でもナユタと鬼族の不戦条約を傭兵としての依頼で抜けてくるのはよく考えたもの……悪知恵だけは誉めてあげるわ」
「舐めるなよナユタの呪い巫女!あの時と違い、こちらも貴様らと同じ力をもっているのだ!」
赤鬼のシテン・レキは仮面の下に隠しきれない激情を乗せ、力任せに金棒を叩きつける。巨大な衝撃が周囲の灰塵や雪を吹き飛ばし煙を上げる。がアカネはまるで堪えた様子もなくそれを逆に弾き返す。
「なっ!」
「たった3年如きでナユタの巫女に力の使い方で並べる訳がないでしょう、おまけにあなたはそう……私達とそう歳も変わらない……鬼としても未熟なのは知ってるのよ」
「うるさい!そんなことは関係が!」
左手に持っていた金棒が「爆ぜた」。それはレキの望んだ事ではなく、純粋な技量と力量の差で打ち砕かれたのだ。鬼族の誇りとされる武器が敵の手でいとも簡単に。
「私はあなたを殺せない、殺すとナユタに不利益になるの。まあどうでもいい話なのだけれど、それでこの場所に、そして妹に迷惑が掛かるのだけは許容できない。だからあなたの心をこれから徹底的に叩き壊す事にしたわ」
「なに……何が殺せないだ!父上を!祖父を殺した貴様が!」
「そうね、あなたの父も祖父も誇りをかけて戦った。こっちとしては迷惑だったけれどそれでも無法者ばかりだった鬼族を今一度纏める為にね、おかげで平和になった筈、人間や他の種族と協力できる穏健派が主流となった」
「臆病者共だけが生き残った!今やどいつもこいつも腐り果てた軟弱者ばかりだ!我らは……取り戻さねばならない!誇りを!!」
種族であり、社会を持つ限りは派閥や思想の違いからの対立は決して免れない。人と同じように歴史を持つ鬼とてそうだ、他との共存と平和を望む者もいれば自分達が上に立ち続ける支配を望む者もいる。
かつてレキの一族は力で全てをまとめ上げる事を望んだ、結果して周辺勢力との大きな衝突を繰り返して無視できない程の損害を受け……多くがそれに懲りて和平を望むようになった。
だがまだ納得のいかぬ者がいるのもまた事実、レキもそのうちの一人。故にそういったどうしようもない者と共に里を出た。
「それが人間のしがらみである傭兵に身を落してまでやりたい事なら、そうね。あなたはどうしようもない愚か者よ」
「黙れ……!貴様の呪われた血を、その力を我が物とすれば!ナユタの力を奪えば!今度こそ!」
「どうしようもないガキね……」
アカネは目の前の少女の幼さに呆れ果てる、元より鬼は人間よりも感情的な部分が大きい。本来それは人造神格の、巫女の、魔法少女の力を増幅させるのだがその手綱を握れていない、いわば癇癪をおこして暴れてるだけの者に力は宿らない。
親の心、子知らずか。とアカネは溜息をつく、こうみえてレキは割と重要な人物だ。殺すわけにもいかないし、そのまま返してもまた同じことを繰り返すだけ、頭を悩ませるが……ちょうどいい案が浮かぶ。こういったアホを説き伏せれそうなアホがもう一人いるではないか。
アカネは斧を地に降ろし、手放す。レキはそれをチャンスと金棒を振るうがまたしても金棒は何かに触れた様に弾かれ爆ぜた。これで武器は無くなった。
「なんのつもりだ!」
「これからあなたを殴るわ、泣くまでね。もしそれが嫌ならば、降参しなさい」
「ふざけるな!」
音もなく拳を振るう、まずは顔に正面から一撃。仮面にヒビが入り、衝撃でレキの頭が揺さぶられる。
「まだやる?」
「黙れ!」
またバンと破裂音がして仮面のヒビが広がる、脳が揺さぶられてレキは立てない。その隣にしゃがみ込みアカネはいう。
「まだやる?」
「う……うるさい!」
バキンと砕ける音がする、仮面が粉々に飛び散りレキが転がる。
「まだやる?」
勝ち目のない根競べが始まった。
一方でメリエラは防戦に徹していた、いやむしろそれこそがメリエラの望んだ戦法であった。
レールガンで正確に狙いを付けて撃つ為に足が止まる、その瞬間の隙をサブアームで保持した光波シールド発生装置で防壁を展開してカバー。2機目のアマルガムを撃ち落とし、チャージの完了まで攻撃を回避する。
「消極的だが、悪くない戦法だ」
ドッペルに前回の戦闘、メリエラとの共闘の記憶はない。バックアップはその直前までだったが故に技量も戦術も幸いな事に割れていない。故に警戒があった、アマルガムを押し付けるまたは自分が足止めして先行するよりもここで袋叩きにしてメリエラを潰した方が確実だと判断した。
「しかし、それが通用するのは同格までだ。アマルガム、オービタル機動で詰めろ」
残りの2機がメリエラを中心に円を描く様に飛行を始める、どんな人間でも全方向を意識して防御と回避を続けるのは相当の負担がかかる。そしてそこに更に3方向目からの攻撃も加われば、なおさらだ。
アマルガムが両手に持ったチェーンガンによる火線はそれぞれ同士討ちにならない様に、直接ダメージよりもメリエラの行動を縛る様に弾幕を形成し、時々動きを誤ったメリエラに数発の弾丸が当たりバリアコーティングを削っていく。加えてドッペルによるアサルトライフルの狙撃がメリエラを崩そうとする為、シールドを常に脅威度の高いドッペルに向けなければならなくなり、「詰み」が確実に近づいてくる。
それでも冷静にメリエラは状況を分析し、一瞬でも長く時間を稼ぐ事を選んだ。かつてならば一人であった、自分のミスで死ぬのは自分だけであり、自分の身を守るのもまた自分だけだった。
だが今は違う。足を止めてドッペルの方へはシールドを向け、背後に向けてレールガンを放つ。衛星のように周囲を回転していたアマルガムの一機を貫く。しかし完全に足が止まった事で側面からもう一機のアマルガムが正確な狙いを付けてチェーンガンによる掃射を行おうとしたその時、沈黙していた筈の防御機構が再起動、破壊されたタレットの下からリフトでもう一機タレットが現れて火を噴く。
それも同時に三ヵ所、三方向からの攻撃を受けて残ったアマルガムも撃墜。ドッペルはすぐさま背中に背負っていたミサイルで全てのタレットへの攻撃を行い、自身へ向かう銃口の数を減らす判断をするがその一瞬時間があれば十分だった。
メリエラがレールガンを手に駆ける、アサルトライフルから放たれた弾丸とレールガンから放たれた弾丸、双方が交差し、メリエラはレールガンを失い、ドッペルは左腕を吹き飛ばされたがアサルトライフルを手に残していた。
「俺の勝ちだ」
「いいえ!」
二度目の引き金、銃口から放たれた弾丸を回避しながら装置へのエネルギー供給を最大まで引き上げてシールドを発生させる。高エネルギーシールドはその瞬間、光の剣と化してドッペルの機体を真っ二つに切り裂いた。
しかし過度の酷使に耐え切れず装置は完全にショートして使い物にならなくなり沈黙しパージされる、バリア越しとはいえ攻撃にさらされ続け、大きな負荷とダメージでメリエラは膝をつく。
夜が明けた。灰色の雲越しとはいえほんの少し周囲が明るくなっていく。
母を失ったあの日から、ようやく前に進めたのかもしれないとメリエラは顔を上げる。そこには管理人が居て、手を差し伸べていた。アカネの方も既に勝負はついていたらしく、顔を殴られ続け二本あったうち左のツノをへし折られて泣きながら気絶しているレキの姿もあった。
メリエラは管理人の手を取り立ち上がる。
「こちらハーミット、首尾はどうですかスペクター」
「完璧ネ、案の定知り合いの若い鬼は足止めにしかならなかったけれド……その間に仕掛けはすませたヨ。それと……例の傭兵はナユタについた、意外にもドッペルとアマルガム4機はそっちに喰われた」
「全く……傭兵というものはつくづく愚かです。それと一つ……これを見てください」
ハーミットが送信したデータには一人の魔法少女が映っていた、周囲には大勢の兵士が倒れている。
青白い光が舞う中で屍の山の上に立っていたのはナユタ・ハレルであった。
「本部はナユタに目を付けていなかったのではないのか?」
「これは私個人が保有するデータでナユタという組織に目をつける理由となったものの一つ。2年前、各地で傭兵魔術師が連続で討ち取られた事がありましたね?」
「あったネー、アライアンスにもユニオンにも所属せず……それでいて過激な事をやる連中が次々に死んでいく事件……アアー、ナルホドネ。『グリムリーパー』はナユタの巫女だったのネ」
「そういう事です、ご丁寧に皆殺しでしたからね。当時は確かな情報が殆どなかったのです、これも偶然回収した機体の映像です、警告目的なのかそれとも詰めが甘いのかご丁寧にそれ以降も何度かデータが残っていました。なので今更ですが共有しておく必要があると思いまして」
なるほど、あの時グリムリーパーが狙ったのは大体が悪名高い連中ばかりだった、それこそ恨みを買うようなことばかりしている上に……中々手が付けられない厄介な相手。どういう手品を使ったのか、用心深く一筋縄ではいかない連中を誘い出して、あるいは仕事中に襲撃して皆殺しにしていった。
まあ理由は何となく想像できる、無駄な戦火を広げる奴らが邪魔だったのだろう。おまけに奴らは場合によっては危険な物品を持っていたり……恐ろしい技術を隠し持っていたりした。それが拡散される前に回収あるいは破壊するのもまた目的だったのだろう。しかしまあ、なとスペクターは憐れんだ。
「あんな小娘が死神とはネ、その割にはあの傭兵を殺さなかったのは随分と慈悲深くなったものだヨ」
「人は変わるものです、それもナユタの巫女とはいえ子供……私が言えた事ではありませんが2年は人を変えるには十分な時間です。そう……失望するのにもです」
ハーミットは溜息をついた、彼は元からそれなりに野心はあったが……手腕には自信があった。しかし上層部はそれを評価せずにこんな僻地へと彼を送り込み、くだらない仕事ばかりを押し付けていた。
彼には夢があった、MCMSの組織力を生かして秩序を取り戻すという夢が……しかし、結局やってる事は無駄な争いごとと足の引っ張り合い。だからこそ必要なのだ、強大な力と権力が。
その為には手段は選んではいられない、例え信用できない傭兵や……明らかに怪しい部下を使ってでも手に入れなければならない。このスペクターが何を考えているかは知らないが、今は共通に目的を持っている筈だ。
「それで仕掛けたものはどの程度の効果があるのですか?」
「育つまでには少しかかるネ、でも動き出せば焼かれても毒を撒かれても凍らせても切り刻まれても、果てはあの赤い方の巫女の能力でもそう簡単には殺せない」
「植物兵器とは、魔術師は妙なモノを考えるのですね……ところで止める手段はあるのですか?」
「ナユタの連中が殺す前提で考えてるヨ、そして消耗した所を我々が叩く」
「……まさか無いのですか?」
「それぐらいの勢いでないと勝てない」
「……まあいいでしょう」
撒かれた策謀の種は既に芽吹き、根を張り始めている。
汚れた大地に満ちた呪いを養分に『環境改善システム』の失敗作は目覚める。
「結局、収穫らしい収穫はありませんでしたね」
「あるだろ、新しい仲間」
「んもー!シルスったらー!そこは恋人って」
「まずは友人からだろ」
「前向きな姿勢好き!」
新しい仲間である愛理を共に周囲を探索するも現れるのはザコ、ザコ、ザコ怪異のみ。除染装置も無く、さすがにそろそろ帰るべきではないかと考える。アカネさんが居るとはいえ前回の襲撃の事を考えるとまた攻めてこないとも限らないし。
「この惚気に付き合わされると考えると地獄ですね、早くシルスを元の世界に返したくなってきました」
「前向きに検討してくれ、一応はそれが俺の長期目標なんだし……愛理はまあ……その時考えるけど」
「…………置いて行かないよね??」
「置いて行かないが世界を跨いだら消えるとかなるとさすがに考えるさ、だから手だけ出現させて包丁を突き付けるのをやめろ」
一応普通に連れて帰れるなら、連れて帰るのもまた俺の責任……愛理についてはまた考えておかないといけない。メリエラについてもだけど……そっちは本人の意志もあるし、なによりも俺よりはしっかりしてるだろうから。
「して、シルス。この霧は妙だと思いませんか?昨日からずっと消える事なく、そろそろ街を抜けた筈なのにずっとついてきている様に思います」
「……確かに風で流れてる、って感じでもないもんな。愛理はどう思う?怪異の気配だとか感じられたりはしない?」
「そんな便利な能力ないよー!」
トレーラーを移動させ、捜索範囲を変えているが確かに妙だ。昨日はあの住宅地周辺だけが霧に包まれていた筈なのに今日探索している場所もことごとく霧に覆われている。そしてそれは広がっているというより……追ってきている。どこに行ってもザコ怪異が現れるのもそうだ。
外見は黒い人影みたいなもので光を浴びせるだけで消し飛ぶ様な完全にゴミカスみたいな奴がいくらでも湧いてくる。なんならこっちに近づいてくる様な事もなく戦闘にすらならないが……好奇心なのか?それとも条件反射みたいにただ単に人の存在に反応して寄って来てるのか。
「怪異って仲間意識とかあるのか?」
「ないよ」
「怪異同士の争いは聞いた事ありますよ、性質が異なる者同士が近くにいるとやりあう事があるらしいです」
「戦った事ないよ」
「戦った事ない割に愛理強かったけれど昔なんかやってた?」
「超能力に目覚めた子達とやりあってた気がするし……あーなんかお祓い師みたいなのに閉じ込められたのはそう、あるかもしれない」
それはなんか納得いくな、実際愛理が寝てた場所は外から鍵がかかってた。誰かが愛理を閉じ込めたのだろう。こんなに強いとまあ封印はしたくなるよな……解いちゃったけど。
突然。ガタンとトレーラーが揺れる。また瓦礫を踏んだ……なんて訳ではあってくれないだろう。瓦礫ぐらい軽々と踏みつぶしていけるこの車両は止まるということは!即座に車外に脱出した瞬間、メキメキと音を立てて乗っていたトレーラーが潰れて爆発を起こす。
炎に照らされた霧の中に大地から生えた巨大な白く細い手だ。腕だけが生えている。
「置いていけ、置いていけ、置いていけ」
地の底から響くような声でソレがこちらへ要求してくる、はて何を置いていけというのか。はっきりとわかる、こいつは生き物じゃない。呪いの塊だ、誰かの恐怖を餌に育った怪物だ。
しかもただの怪物ではない……こいつは神性だ。人造神格の力が……神官の能力がそれを知覚させてくれる。おそらくは忘れられた者の残骸か……あるいはまさか。
「置いていけ、置いていけ、置いていけ」
「もしかして封印されてたのって愛理だけじゃないというか、愛理で蓋をしていた?」
「乙女に重いっていうなー!!!泣くぞーっ!!」
「確かに公共施設は霊的な蓋になってる事があります……そこに愛理さん程の強力な怪異を封鎖の為に使う……合理的ではありますね」
この辺りの歴史なんかについて調べたら案外出てきそうだけど……今はそうじゃない。この呪われた怪物をどうするか。まあ……答えは最初から決まっている。
「戦うぞハレル!こんな邪悪な奴を解き放つ訳にはいかない!」
「ええ、そうでしょうね!」
姿を入れ替え、完全に一体となる。前よりなんだか力がみなぎって来る……これは愛理が増えたからか……それとも俺が変わったからか?これならアレとも戦える!
「置いていけ!」
白い手から触手が、さらに細い手が無数に伸びてくるのを飛行し回避、一部は千切れてそのまま飛んでくるし、繋がったまま伸びてくる奴もいるが……関係はない!
「グリムリーパー!」
杖を大鎌へ変えて身をよじり、力を込める。光の刃が溢れるように巨大化し、一振りでそれらを焼き尽くして消し去った。やはり強くなってる!それにハレルの心もいつもより近くにあるように感じられる。
『シルスの……私の動きがいつもよりもいい、何故?』
どうやらハレルもこの事態では少し困惑してるようだ、だがそんな事は後で考えればいい!巨大な手の怪物の手のひらに向けて飛び掛かり、切断すべく振り下ろす……がその瞬間、地面からもう一本手が生えて来て俺達の体を掴んだ。
そうか右手があるなら左手もあるか……!だがマズい、握力が尋常じゃない。握りつぶそうとしてきているバリアが反発してダメージを与えているが微々たるものだ……ならば。この力で対抗すべきだ。
『ハレル!こいつを食うぞ』
『シルス!?まさかあなたも……!』
俺達に接触する手の皮膚が一つに溶けていく、俺達の内側へ向かって同化していく。それは周囲の霧も同じだ、そうか霧も含めてこいつの一部だったか……なら全部喰い尽くすまでだ!
お前がそうやってきたんだからな?他人を食い、力を奪って来たのだから……逆に食われるのもまた輪廻だろう?お前の力も……俺のものだ。
瞬く間に怪物を吸い尽くしていく、そして理解していく。かつて人々に必要とされてきた縁結びの神が堕ちてゆき、ただの呪いと化していく……哀れなこの地に生きる者を縛り付け、去ろうとするものを殺すようになり……やがて封印されたことで解き放たれた人々はこの地を去る。霧の中にチラチラと映っていた人影はそうやって憑き殺された者達の残留思念の一部だった様だ。
それらも今は俺の一部になった。
「行かないでシルス!」
血のような真っ赤なリボンが俺と愛理の手を縛っていた。伝わる熱が浸透していく、まるで人間みたいだ。本当に怪異なのかって疑問が浮かぶ程に。
『シルス、あなたは……そうですね、おかしいと思っていたんです。ずっと』
ハレルのおかしいという言葉に俺は首をかしげる、確かに別の世界の存在だしおかしくたって……。
『あなたは何もかもを求める、底抜けの欲望……だから死ぬ事を、手放す事を拒んだ』
何?何のことだ?
『でもいきなり強くなり過ぎた、心も器も追いつけてない……だから今は少し眠ってください』
意識が……遠のく、待ってくれ……俺はまだ……!まだこの力を手に入れてない!
シルスを強制的に眠りにつかせ、ハレルは一息をつく。頭の中に浮かぶのはシルスの内にある空間だ、ハレルが普段居座ってるその空間は分解された神の成れ果てが浮かんでいた。それはやがて完全に細分化されて一つとなるだろうがまあそれは構わない。
「愛理、あなたはかつて憑依もできる存在でしたか?」
「……そんなことはなかったよ、むしろ私の世界に取り込む側だった」
「でしょうね、そんなあなたをシルスは逆に取り込んだ。今の成れ果ても、そして私の事も。きっかけは私といえ……同化していたのは私じゃなくて、シルスの側だった。私も同化する能力を持っていたからこれまで気づけませんでしたが……今あなたを見てわかります。あなたはシルスの一部を取り込んで完全にただの怪異ではなくなっている。シルスがそうさせた、魂の……心のある存在に、生きる者に変えた」
規格外の存在、それは自分でも愛理でもなく……シルスだった。確かに何かしらのイレギュラーであるとは思っていたが、こんな形で実証されるとは思っていなかった。ハレルは頭を悩ませる、いわば今のシルスは無生物を生物に変える……創造主にもなりうるとてつもない存在だ。同時に何もかもを食い尽くすブラックホール……あるいは世界に空いた虚無の穴と化すかもしれない。
際限のない欲望、思い返せば片鱗は見せていた。メリエラを味方に引き入れたい、あれもこれも救いたい、知りたい、見たい、欲しい……本人も自覚しないうちに、それはどんどん増幅していき……神の成れ果ての欲望と接触してそれは危険域に達した。
もしあの瞬間愛理がシルスを引き留めようとしなければ、シルスはこの世界を手に入れるべく暴走を始めていたかもしれない、もしもだ。そうならないかもしれない……けれど危険な存在になっていたのは間違いない。
そうなった時止めれるのはハレルしかいない、ハレルは「虚無の器」なのだ。己の欲を減らし、力を同化して詰め込む為の器。そしてその器には消し去る力もある、何もかもを地平線の向こうに送り込むのだ。
ナユタの巫女として生まれ持った危険なこの力をきっと正しい事の為に使って来た、とハレルは信じている。
アカネだってそうだ、同じように相手を侵食し一体化して作り変える呪われし能力、だがそれでも誰かを助ける為に、守る為に使って来た。
ならばシルスにも……示し、伝えなければならない。誰も彼もを守りたいと助けたいと願う優しい彼が間違ってしまわないように。その力の使い方を、制御の仕方を……それが今、ナユタ・ハレルがやるべき……いややりたいことだ。
「愛理、あなたにも頑張ってもらう必要があります。この底抜けのバカへの教育を」
「当然!彼ピに尽くすのもまた彼女の役目だよ!でもハレルにもシルスあげないからね!」
まあそういう事じゃないのですけれど……と思いながらハレルは思う。これまで少しの平和を守る為に数えきれない程の命を奪って来た。そんな自分が誰かの命を奪うというのをこれ程までに嫌だな、と思うのは珍しいと。
必要であれば殺して来た、それがかつての同胞……ナユタを裏切った神官や巫女であろうと。
力に溺れた彼ら・彼女らは己の欲の為に、あるいは使命と信じるモノの為に他者を踏みにじり、一線を越え、そのまま世界に取返しのつかないダメージを与えかねない存在だった。だから殺した。
ナユタ以外の者も多く殺した、戦火をいたずらに広げる存在を、平和の為に、秩序の為に、未来の為に殺してきた。
歩いてきた道は屍山血河だった、けれどその全てに意味があったと信じて進んだ。
そしてそれを引き留めたのは姉と……彼女が信じると言った管理人であった。
これ以上、殺さなくていいように。殺してきた者達の死を忘れない為に、私が全てを根絶やしにする怪物と成り果てる事の無い様に墓守としての仕事を与えてくれた。
それからは傷つける事こそあれど極力命を奪わない様にはしてきた、どうしようもない時もあった、けれど私は『殺すだけの死神』にならない為に力を封じて、律してきた。
正しき死神とは、死ぬべきでない者は生かし。死んだ者を安らかに眠らせるものだ。
己の通ってきた道は変えられない、だけれど向かうべき道は変えれる筈だ。とハレルは決意を新たにする。
だから今は眠り、休みなさいシルス。と穏やかな心でハレルは仲間を見守る。
管理人は、遠くで一つの大きな呪いが消えるのを感じ取った。同時に力が目覚めた事も、一人の巫女が一歩さらに踏み出した事も。
決して未来の全てを見えているとも、それが本当に正解なのかもわからない……ただそれでも一人でも誰かが救われて、より善い未来に向かう様に願って行動を促す。
力の殆どを制限され、そもそも器自体も仮初のものだ。その拘束を解けば確かに一時は大きく物事を動かせるかもしれない。だが、それではダメなのだ……人が自らの手で勝ち取り、傷つき、失い、そして取り戻して、進んでいくべきなのだ。
かつての同胞を想う、道を間違えた者、己の意義を……使命を捨てた者、自分自身を裏切った者、そして今も生き残る何体か。それらは今も人を信じている、その行動を後押しするにとどめているが……それらが間違えた時、この身と引き替えてでも止める……その為に今は温存しなければならない。
ただ……その使命すら最近は揺らぎそうだ、この墓所に、かつての戦友の子らが己を繋ぎとめておく為にあつらえてくれたこの場所には、人が増えた。
決して言葉を交わす事はできないが……意思を感じ取ってくれる者がいる、慕ってくれる者がいる、新しい住人が二人……いや四人に増えるか。
賑やかになる、かつての日々を思い返す。創造主の手を離れ、それぞれの役目を果たすべく選んだ者達……自分の場合はそれがナユタの始祖達だった。
今はもういない、だけれどその想いは受け継がれている。形を変えてしまって、中には間違う者も、己の信じるように進む者もいるが……それでも、だ。
いつか自分は居なくなる、だけれどその時に変わらず人々が前に歩いていける様に、そして眠りについた者達も共に同じ未来へ向かえる様に。
管理人は守護者としての役目を全うする、人類を守護する為に神の手によって作られた存在の一つとして。神の力の一つを受け継いだ巫女と神官の組織、ナユタの一員として。