【完結】魔法少女ハレル/OverPhantasm 作:青川トーン
一つの重荷が手を離れ、受け継がれた。
この世界にまた一つの希望が目覚めた。
夕暮れの空の下、ズタズタに破壊された荒地、無惨にも吹き飛んだ山々、元より零脈すら完全に遮断されていた為に微生物すら死に絶えていた土地だがそのままにしておくのはよくない。
「シルス、やりますよ。お互いにこの力を……完全に制御できるようになっておかなくてはなりません」
「それはわかってるさ、関係ないものまで喰わない様に、そして形を取り戻せるように」
ハレルの、魔法少女の姿で大地に手を当てる。意識を集中すればどこからどこまでがこうやって死んだ土地なのかはっきりとわかる。そしてその先にある星の、命の息吹が。
例え凍り付いた大地であっても、小さな命が生きている。まだ生きようとしている。
岩、土、氷、雪、水、そして樹龍の残骸、それらをまとめて同化して流動させ、形を変えていく。
ナユタの神官の力、『造物』の権能が世界を創造していく。
「やっぱり力が増幅されていますね。やろうと思えばもっとすごい事もできてしまいそうですが……今はやめておきましょう。どうですかシルス?」
「ああ、すごい力だ。やりすぎるかもしれない、ますます取り扱いに気を付けなきゃいけないけれど原因はやっぱり……」
「私達の力が、本当の意味で目覚めた……あるいは一つになったからでしょうね」
ハレルが言っていた内なる宇宙というものがより拡張されて俺にも認識されるようになった。そして一体化してどちらの姿であっても、お互いの姿がより見える様になった。ついでにちょいちょい愛理が浮かんでるのもチラつくし、ルスフィオンどもが水面を上下に形成して無駄に綺麗な景色を作っている。
あいつら綺麗ではあるんだけれど性質がゴミカスすぎるのが難点だな。すぐに精神攻撃しかけてこようとする性格が最悪すぎる、まあ人間のことちゃんと理解してないからしょうもない悪口ばっかで効かないんだが。
後はハレルの占有していたスペースの全容も判明した、今はルスフィオンの泉の上に石の台を置いて床にしてモノが落ちない様に壁を作ってるが、いつのまにこいつベッドやソファまで持ち込んでたんだよ。
物は試しと武器も同化してみれば持ち込む事が出来たからこれからは便利に使いたいところだが……。
これ俺とハレルが分離したらどうなるんだろうか?それぞれ元のスペースだけ分けるのか、それともつながったままなのか、はたまた取り込んでいたものが溢れ出すのか。
溢れ出すとそれは本気でマズい、ルスフィオン共が世に放たれたるのはナシだ。
「気軽に分離できなくなったかな……」
「大丈夫ですよ、成せばなりますから。それにもしかしたらなんですが……元の世界に帰った時にここを通路に行き来できるかもしれません。そしたらお互いの世界の問題を解決するのにも役に立ちますよ」
ああ……確かにそれは便利、なのかもしれない。なんだか裏技みたいな感じで後ろめたい気もするが災害獣どもを始末したり……逆にこっちに支援を送ったり。
まああくまで想像だ、想像するだけ。
「それで、片付けは終わったけれど……この後はどうするんだ?さすがに今日はもう疲れたぞ」
「……今日はもう休みましょう。しかしこんな綺麗な空……久しぶりに見ましたね」
「ああ……まあでも大気の流れで明日にはまた雲が覆うんだろ」
「そうですね、ですが……一時の安らぎというもので」
ここの所、ひっきりなしに色々な事が押し寄せてきていたからな。ナユタにとってはいつも通り、墓所でそうでもないけれど無くはない事、でも俺にとっては滅茶苦茶だ。
こんなハチャメチャが押し寄せて来た事など人生で初めてだし、多分二度とな……無いといいな。
「私は、シルスと出会ってよかったと思います。滅茶苦茶ですが、おかげで自分の限界というものを超えられたと思います」
「俺は……そうだな、この世界に来てよかったかもしれない。誰かを助ける事も出来たし……自分を振り返る切っ掛けにもなった」
帰りたいという気持ちは変わってない、いやいつかは絶対に帰らなきゃいけない。でもこの世界に来た事が間違いだったとは思わなくなってきた。俺が来たから変わった事もあるんだろう、俺がこっちに来て変わったように。
「なるほど、これが……」
ハーミットの手は震えていた、それは恐怖などではない、歓喜だ。自分の予想は間違ってはいなかった。
ナユタが秘匿する力の一端を映す映像、樹龍を瞬く間に滅ぼした恐るべき光の暴力。
あの場に居合わせたアマルガム達の解析データが表示されていくが、正体不明のエネルギー波が複数種類そこにはあり、そのどれもが凄まじい数値を叩きだしていた。
「我々の手に負えるものではない、まだ損切しても問題ないラインだ」
スペクターははっきりと意見した、これは危険だと。過ぎた欲望は身を滅ぼす、確かにハーミットの野心も手腕もまあ悪くないが、ナユタには勝てん。
「そうですねこの支部で手を出せば間違いなく上層部に首を切られる事になるでしょうね」
その目には諦めなど宿っていない、スペクターは真顔になる。
「私財で、私の個人的な資産で攻め落とせばいいのです。傭兵を雇い……あるいは他の組織を焚きつけて」
ああ、ダメだなと見切りを付ける。この男は光に目を焼かれたのだ、そもそもあんな力を手に入れて何をするというのだ?兵器転用されてこの死にかけの世界にトドメを刺す未来しか見えない。
スペクターは袖に中に隠したハンドガンを取り出そうとした、その時。扉が開いてドッペルと共に見慣れぬ姿の男が現れる。データベースで照会すればそれはMCMS本部の特殊兵器部門のリーダー『フール』だった。
「やあハーミット、君の働きは非常に素晴らしい。まさかルスフィオンを掘り当ててくるなんて、おまけに私財を投げうってまでMCMSに貢献しようとは実に大した忠義だよ」
頭部をフルフェイスメットで覆ったさも全てを知っているかのようにこれまでのハーミット、および日本支部の行動を語る。どうやら全ては筒抜けだったらしい、おそらくはアマルガムのデータを抜き出し解析に回した時にバレたのであろう。
「これはフール氏、こんなところまで来てお世辞ですか。それにドッペル、あなたは」
「悪いけど、これ以上はお互いの為にならんと思ってね」
彼の言うお互い、というのはおそらく……ハーミットではなく、最初からMCMSという組織そのものだった。まあ妥当な判断なのだろう、スペクターも己の身の振り方を考える。
「フール氏、正直私としてはそのルスフィオンとやらが何かわかりませんが……アレへの手出しは危険かと思いますが」
「知ってるさ、何故なら既に実験したからね。おかげで研究所が丸一つ消し飛んだ上に土地が使い物にならなくなった」
聞き捨てならない言葉であった、MCMSは既にあの力を手に入れている。ただ制御には成功していないのが救いか、もし兵器として運用できていたならと考えると最悪だ。そして少なくとも自分やハーミットがアクセスできるレベルのセキュリティではない、それをここで話すという事は。
「ハーミット、君を昇格してあげよう。連れていけ」
フールの後ろをついてきていた兵士達がハーミットを拘束する、おそらくは……実験材料なのだろう。これ以上の情報収集は無理だろう。とスペクターは判断する。
「やあスペクター君……君の事はあまり知らないんだ、もしよければ色々聞かせて欲しいな……どうやって私達のシステムの中に潜り込んだ?それが君の力なのかい?」
「?データベースに乗ってないノですカ?」
「君は知らなかったようだね、MCMSのネットワークは二つあるのだよ。そして……君のその機体はデータにないし……なによりも我々に魔術師の再現は成功していない。本物のスペクターくんはまだデータベースのなかさ、最初はハーミットの私兵かと思ったけれどそうでもない……果たして何者なのか……」
機械によって強化された兵士達が、ドッペルが銃口を向ける。
「僕の予想では君は……そう、スパイ。MCMS以外で意識のデータ化技術を使うとなれば……マキナ教団」
同時に銃口が火を噴き、弾丸が壁を、スペクターの「外装」を粉々に砕く。
煙の向こうから現れたのは無傷の機体……そして黒ではなく、金色の髪と、菱形を中心に上下対となる二本の赤い杖のシンボル。それは紛れもなく「マキナ教団」の機体に与えられた祝福の象徴。
「まったく急ぎ過ぎたなハーミット、おかげで計画が台無しだ」
「いや君の方が怪しすぎてね、ハーミットの計画が発覚したのは君のせいだよ」
「……仕方あるまいよ、我々はお前達と違って感覚で情報を操ってるのだから」
はぁ、とスペクターと呼ばれた機体の少女の顔が溜息をつく。現状この世界に存在する機体でここまで滑らかな人間の動きをするものは存在しない。例え再現できたとしてもそこまでこだわる必要がないからだ。
「そうだね、君達はあまりにもアナログがすぎるんだよ。さて……悪いがその機体を解析させてもらおう。マキナ教団の躯体には興味があるんだ」
「それは無理な相談だ、私を捕まえるには君達の装備はデジタルが過ぎた」
バチバチと兵士達が持っていた銃が、義肢が、電子装備の全てがスパークし、停止する。それはフールの被っていたフルフェイスメットもだ、即座に脱ぎ捨てるが時すでに遅し、まるで光の様な髪で軌跡を描き、夜の闇の中へと偽物のスペクターは飛び去っていた。
「やられたね……MCMSのハイテクな装備が仇になるとは……マキナ教団への警戒度を上げなければなりません……まさかネットワーク接続すらしていないのに全ての機器が壊されるとは……」
煙を上げていたのは兵士の装備だけではない、建物内にあった電子端末全て破壊されていた。
かろうじてハーミットを収容した車両などは無事だったが、貴重なデータも、なんであればこのMCMSの日本支部の記録も殆どが全滅だ。
そう、ただ一つを除いて。
「あなたは無事だったようですね、ドッペル」
「ええ、どうやらこの魔法少女システムのコアに助けられたようだ」
「やはり……あれも……マキナの力も人造神格由来のモノだった、だから同じ力を持った魔法少女システムがあなたを守った」
「まあ武器はやられたよ、そのおかげで奴を取り逃がした」
「構いませんよ、それよりも……早い内にあなたのバックアップを取っておきましょう。ナユタの拠点の位置や戦闘データを完全に失う訳にはいかない」
フールと呼ばれた男の仮面の下は少年の顔と銀色の髪が隠されていた。ふとドッペルはその姿にナユタの巫女達の姿を重ねるが……口にするのはやめておいた。余計な詮索は無駄なリスクとなる。
コツコツと足音を立てて、部屋の中に転がる壊れた端末を手にしてフールは言う。
「壊れた機材も回収しておいてください、素材ぐらいは再利用できるでしょうから……それとアマルガム共は無事な筈でしょう……あれも僕が開発した機体、勝手ならわかっているつもりです」
使えるものはなんだって使おう、そう……ハーミットも。生きているものはせっかくなのだから役立てなければならない。役に立たなければ生きている意味などない、この世に生まれた意味も、存在する意義も……ルスフィオンとて同じ、この世にあるのだから役に立てて見せよう。
ガラスに映る己の姿に少し苛立ちを覚えながらフールは計画を練る、必ず、ルスフィオンは手に入れなければならない。無能な技術者どものせいで希少なサンプルは消費され……増幅させろと言った実験も暴走し、過剰生成で崩壊を起こし失敗。
「まったく、使えないクズどもめ」
今あるのは手元のモノだけ、ここで逃せば次は無いかもしれない。
レキが心ここにあらずという感じで休憩所に転がっている、もはやアカネに噛みつく元気すらないといった有様でメリエラは困惑していた。
「ねえ、そんなにあなたの母は怖いの?」
「……ああ父上が我が知る限り最も優れた戦士であったように……母上は優しくも最も恐ろしき戦士だった。父上が家で仕事をしていたらそれはもう凄まじい剣幕で怒り狂い、全てを破壊した」
「全てを破壊」
メリエラの脳裏に浮かぶのはレキを大人にしたような美人が瓦礫と化した家の跡地に立つ姿、だが母親が恐ろしいという気持ちはよくわからなかった。
「私の母は、あまり怒らない人だった。父がずっと昔に死んだから、余裕がなく……それでも八つ当たりなどしない、荒れたりもしない人だった」
「……素晴らしい人だったのだな、母上にその慎ましさと穏やかさの欠片でもあればあんなに里でも恐れられないで済んだというのに」
「何を話してるんだ?」
そこへやってきたのはシルスだ、力無くソファに横たわる覇気のないレキに興味を持って話しかける。
「レキの母が恐ろしいらしいという話をしていた、シルスの家族はどう?」
「ああ、父さんはまあ仕事一筋な堅物で母さんはまあ……穏やかだけれど家に仕事を持ち込むと容赦なくキレるし、妹は滅茶苦茶自由な上にぐうたらだな」
「おお!シルスの母上も仕事を持ち込むと怒り狂うのか!我が家と一緒だ!」
「普段は……こう物静かで研究とかに没頭してるんだけれど家族の時間だけは大事にしたいってさ、そういうところは父さんも同じだったな」
シルスの言葉にレキとメリエラは顔をあわせる。
「ちょうど私達の母親の中間みたい、私の母は穏やかでレキの母は過激、シルスの母はその両方を兼ね揃えるバランス型」
「そういえば今度レキの親が来るそうだけれど、その時に一緒に帰るのか?」
「…………帰りたくはない、そもそも今の里と我の心は合わぬ。今では鬼も戦う事を拒む者ばかりだ……確かに自らを守る為に立ち上がる事こそあれど、内側ばかりを見て外を見る事をやめてしまった。このままではいずれ弱っていくだろうな、戦わなければ技も力も衰えていくばかり……そしてそうなれば容易く滅びるだろう。父上は確かに鬼を纏め上げた、外に敵を作る事で結束を強めた……だが敗れた」
レキが語るのは鬼の歴史、文化、その在り方は決して平和とは程遠い、だが一理はあったが為にシルスも完全に否定する気にはならなかった。この世界の在り方であり、自分の世界でも災害がなければ、あるいは災害があったとしても起こりうる事なのだから。
「平和は何にも代えがたい、わかる。だが……この世界を見てみろ。いまや子供ですら武器を取り、生きる為に戦っている。鬼の里や秘境とされる地は汚染が少なく資源もまだ多少は残っている……いずれは争いに巻き込まれるであろう……我はこの二年でそれを学んだ」
「の割にはナユタに喧嘩を売ってきたのは?」
「……呪い巫女……いやナユタ・アカネは父上の仇だ。例えこちらに非があろうとも、心は……心だけは止められんのだ。越えなければ、勝たなければ……あの日の弱き我でない事を証明しなければ我は前に進めぬ」
復讐、メリエラもシルスもそれを戦う理由としたことがない故に困る。その連鎖が今のこの世界を作り上げた要因の一つとも言えるが……それを成す事でしか救われない者もいる。
「勝つってさ、別に命まで取らなくていいのなら……それまで挑めば」
「ダメなのだシルス、それは……本当の戦いではない。確かに我が勝てば生殺与奪を握り、命を奪わないことを選べるが……アカネが殺す気で来てくれなければ……決して戦いとは呼べんのだ」
なんて面倒な生き物なのだ。シルスは呆れ果てた顔でレキを見る、本人は至って真面目……むしろ真面目が過ぎる。この世界には生き方を縛られる奴が多すぎる。そう思った。
「まあそれは無理でしょうね、ナユタと鬼の里には不戦条約がある……協力こそしても殺し合って命を奪おうものならそれにヒビが入る以上殺す気ではやれない」
今まで黙っていたハレルが話し出す、確かに鬼とナユタの事情であればナユタ側の意見も聞くのも大事だとメリエラもレキもシルスも理解する。しかし理解はできても納得は出来ないのがレキだ。
「我が鬼でなくなれば」
「人になるというのですか?それとも機械?それは誇りを捨ててまでやる事ですか?」
「よせハレル、言葉のナイフが強すぎる。レキが泣いちゃいそうだ」
ハレルのあまりもの容赦のない物言いに殴りつけられレキは思わず黙り込んでしまうし、目の涙を浮かべている。こういうところはまだ幼いのだなあとメリエラは彼女を見て察する。
「戦って勝つだけがすべてではない、私はそう思う。シルスにもハレルにもわかるとは思うけれど」
「確かに、戦うだけではどうしようもないことなどいくらでもありますよ。力で救えるものなど一握りです」
「圧倒的な力を見せた貴様が言うか?」
「あなたより弱い人間なんて山程いますよ?弱者のつもりですか?」
「だから攻撃やめろハレル」
今度こそレキは泣きだしてしまった。ここ最近で知識を付けたメリエラも元から傭兵として生きて割り切っていた、ハレルとシルスは歳の割に視界が広く多少物分かりがいい。
だがレキだけは違った、里という閉じた世界で生きて来て、家族を失い、生き方を変える事を選ばされ、耐えきれず逃げ出した。
「父上は、強く偉大であった、祖父もだ……だから我も強くなければ、ならなかった……あるいはあの日……兄弟と共に死んでいられれば……」
重症である、三人の見解は一致した。良くも悪くも今は前向きな三人ではこうも自分の拘りが後ろ向きに作用している者はどうしたものかと頭を悩ませる。だが知恵や目線が足りないなら増やせばいい、シルスはそう思いつくと愛理を呼び出す。くつろいでいたポーズのまま呼び出されてちょっと不満そうな顔をするが愛しのシルスの呼びかけなら答えないわけにもいかない。
「愛理はどう思う?」
「私は相談員じゃないよ!?えー……確かに話は聞いてたけれどうーん……一つの生き方に拘るのはわかるよ、私も恋に一筋、シルス一筋だから……確かに他の女に奪われるぐらいなら殺して私も死ぬけれど……」
「それは怖いからやめてくれない?後は愛理にも死んでほしくない」
「そう……!そうだよ!死んでほしくない、そう思ってくれる人がいるから生きる!それでいいんじゃない?」
シルスの言葉にヒントを得た愛理が指摘し、それに賛同するようにシルスが頷く。
「レキの父さんも爺さんも、母さんもあなたには死んでほしくないと思ってるんじゃないか?」
「……それは、そうかもしれないが……母上には殺されるかもしれない、あるいは自刃を命じられるかも……」
「さすがに殺されはしないんじゃないか?それに今、それを嫌がった、拒んだということはレキは生きたいと思ってるはずだ」
「……」
「理由なんて無くていい、生きるのに資格も権利も要求されない。俺はレキに生きて欲しいと思ってるよ」
確かに実際に本人が来てみなければわからない、だがシルスの中ではもう決まっていた。レキが死ぬようなことがあれば助命を訴えようと。助けてみせようと。
「シルス……ねえ、女の子口説くのやめなよ?」
グサリとシルスの背中から腹部に愛理の包丁が突き刺さり痛みに悶絶する、実体が無い包丁故に血は流れないがそれでも痛みは等倍だ。
「ハレル?包丁刺さってるけれど大丈夫?」
「大丈夫です、仮に本物の包丁でも死にやしませんよこのバカは」
この場で唯一端末越しになってるが、もはや皆慣れたものである。
「シルスの故郷に行くのなんか不安になってきたな~絶対あなたに騙された可哀想な女の子たちでいっぱいだよ」
「騙してなんかない……それに別に恋愛感情なんてないし」
「お前ほんといい加減にしろよナユタ・シルス」
愛理がふとドスを利かせた声になり周囲を震わせる。突然の豹変にレキもメリエラも驚いた。
「あなたねぇ~~~!!マジで!マジでその他人の愛とか好意に無頓着なのやめろ!自分の価値を理解しろ!あなたが死ねば悲しむ存在がどれだけいるか!考えろ!悲しんだり苦しむのはあなただけの権利じゃないんだから!!」
「待って待って折れる折れる」
肩を凄まじいパワーで握られて思わずたじろぎながらもシルスは愛理の言葉を反芻する。
他人の愛や好意、それを今までどれだけ意識してきただろうか。
使命だとか役目だとかも、結局の所その者のやり遂げようという意思次第であり……善意にゆだねられるものだ。
例え責任だとしても、あの時ハレルはシルスを見捨ててもよかった。その権利はあった筈だ、なのに助けた。自分もそうしてきた。
そしてあの日、自分を助ける為に死んでいった者達も。
「悪かった、俺も……俺も考え無しだった」
「分かればいいよ、本当にわかった様だし。忘れないでね、自分を大切にする事が出来ない人は他人も大事にできない。自分に価値がないって思うのは自分を好きでいてくれる人達の気持ちにも価値が無いって言ってるのと同じなんだから」
「あなたはマジで人が出来過ぎてますね、もしかしてこの中で一番人間的なんじゃないですか?」
怪異である筈の愛理から至極真っ当な意見が出て来た事に一番驚愕していたのはハレルだった、しかし考えてみればそうである。人の思念から生まれ「愛」という感情に強く反応する愛理だからこそ、他人への愛を語れるのだろう。
「でも愛の形も人それぞれだから気を付けないとね、私みたいに一緒に死ぬ!とか独占欲の強いのとかさ!理想の貴方じゃなきゃダメ!!みたいなのとか……後はそう、愛してるからこそ殺して永遠にするとかみたいな愛の形もあるから時には拒否するのも大事だよ?でもシルスに関しては責任取ってね?」
「ああ、途中で投げ出したり一人にはしないよ」
「それは私にもいって欲しいですけれどねシルス」
「ハレル、お前に関してはその……難しいからまだ言葉にできない」
ハレルとシルスの間にも絆と呼べるものはある、少なくともそうでなければハレルはシルスの能力を危険視して排除する事だって考えていたし、ルスフィオンを完全にねじ伏せて力に変える様な事はできなかった。
互いを想っている、今は運命を共にする仲間として。
頼れる相棒としてだ、それこそ恋愛感情としては互いが鈍くてそうはなっていないが。
「いいんですよ、ああ大丈夫ですよ愛理。とったりはしませんから」
「ハレルも大概クソボケだよ。安心しな」
死んだ目で愛理はハレルを見る、何故自分もバカ扱いされてるのかと不満げなハレル、それを見て理解できたのはメリエラだけだった。
「まあシルスの包容力なら二人とも手放さないと思う」
どちらかしか選べない、どちらかを選ばなければならない、そういう状況に対して絶対屈しないバカだとシルスを評価していた。正直「恋」というモノの行方はわからない、人生を変えるきっかけになった恩人に対するこの気持ちをぶつけて責任を取らせるのも面白いかもしれない。メリエラは心の中でそう思った、愛理はそれに対して目聡く反応し、キーッと威嚇する。
「突然猫の威嚇みたいな声を上げてどうしたんですか愛理」
「敵が……恋敵が増えそうな予感がした!そういう目をした!シルス!あなたはとても罪な男です!」
「なんで!?待て俺は喋ってないぞ!」
「過去のシルスの因果が襲ってくる!」
話題が自分から逸れてシルスに行った事で考える時間を与えられたレキはそれを見ていた。
かつて、里に居た頃には自分の周りにはこんな愉快な連中はいなかった。誰も彼も……随分と不景気な顔をしていた、立場もあって……自分に寄って来る者なんて殆どいなかった。今考えればその立場で自分を縛っていたのは自分自身だったのだろう、偉くなければならない、強くなければならない、媚びてはならない。
「これが、友人というものか」
「そう、だと思う。私も初めてだから、こういう場所にいるのは」
「私は自身持って言えますよ、皆友人だって」
「そうだねーかわいい後輩達とは思ってるよ私も」
「俺も皆の事は友だと思って、やめろ愛理まだお前も友達からだろ」
「やかましいクソボケーッ!」
少年少女の談話は夜遅くまで続く。
そんな裏でアカネは穏やかな気持ちでベッドに横たわっていた、これまでハレルにとって頼れる存在はそれこそ自分と管理人ぐらいしかいなかった。ナユタの上層部も、ハレルの事を重要な存在とは思っていても人としては見ていなかった。
腸が煮えくり返りそうだった、かわいい妹が、ただ一人の家族がナユタの戦力としてしか見られていなかった事実に、それが今はこうして騒がしい友がいる。シルスには感謝しかない、あんなバカな事をしてくれなければ変わらず、心を凍らせて生きる日々だっただろう。
でも家族でいられるのは自分だけだ、まだまだ死ぬ訳にはいかない。いなくなる訳にはいかない。
ナユタの神官や巫女の殉死率は極めて高い、どんなに強くても死ぬ時は死ぬ。使命を、任務を果たすべく簡単に命を投げ捨てるものばかりだ。30まで生き残れれば長生きしたと言えてしまえる程……それ以上に長生きしてるものは実戦に出ない者か、外様から招かれた政治担当、あるいはそれ以上に幸運と悪運、そして冷酷で優秀なモノ……どこまでも運命に縛られた哀れな者。
ハレルにはこんな世界を抜け出して、平和に生きて欲しい。けれどあの子は拒むだろう、そこはきっとシルスとよく似てるなとアカネは微笑んだ。