じーっ、じーっ、と蝉の声が響く山中。
比較的見晴らしのいい開けた空間にて、脚立とロープを持った少女が話を切り出す。
「転生した特典で無双する…なんて手垢がつきすぎてもはや腐りかけのジャンルがあるじゃないですか。
あれって要は、主人公の才能の理由づけとして、一番手っ取り早くて一番考えなくてもいいから選ばれてると思うんです」
「……つまり?」
脚立を立て、枝にロープを括り付け、自分の頭より少し大きい輪を作る。
麻縄にかかる髪を千切りながら、少女がその首を通し、爛漫な笑みを浮かべた。
「これで転生できれば、私のようなナチュラルボーンパーフェクト天才でも、『あ、私もこれ転生したからこんな天才なんだな』って納得できる理由になるのかなと」
「だからってそれ確かめるために首吊ろうとするのは天才という概念から縁遠い愚行だとお兄さん思うよ?」
言って、紫煙と共に呆れを吐き出す男性。
心底馬鹿らしいと言わんばかりに眉を顰める彼に、首を吊りかけた少女が問う。
「あれま。平々凡々転生者のくせにナチュラルボーンパーフェクト天才にご意見ですか?」
「それ果てしなくバカに聞こえるからやめな?お兄さん、天才を自称してて痛い目見なかったやつ知らないよ?」
「じゃあ私が痛い目見なかった初めてのケースですね、やったぁ」
「痛い目見てなかったら自殺しようなんて発想出ないよ」
「一度死んだ身としてはそう思うけどねぇ」と付け足し、ポケット灰皿に灰を落とす男性。
何を隠そう、彼は俗にいう転生者である。
とは言っても、神様に出会って素晴らしいチートを得たとか、逆に苦労ばかりを押し付けられたとか、そういった劇的な変化を経た存在ではない。
彼の軌跡を知りたければ、前世も今世も名を上げられなかった研究職の人生を振り返ればいい。
鳴かず飛ばず、世を回す歯車以外の何者にもなれず、ありふれた人生を二度も送っているのが彼である。
そんな彼を嘲笑うように、少女はからからと笑い声をあげる。
「そんなだから博士は凡人なんですよ。
もっと柔軟に考えましょう。私が死のうと思った理由なーんだ?」
「この世に飽きたから」
「ぶっぶー。不正解でーす。まさしく凡人が天才に夢見る思考ですねぇ、さすが百点満点の花丸凡人!
正解はなんとなくそういう気分だったからでしたー!どんどんぱふぱふ!私大正解一億点!さすが天才!」
やかましく自画自賛をかます彼女に、白い視線が突き刺さる。
こいつヤキ入れてやろうかな、などと思いつつ、男性は吸い殻を灰皿に捨て、2本目を取り出す。
「そうやって凡人バカにするムーブも天才への偏見で生まれたものじゃないかな?」
「んぇ?バカにしてませんよ?
私は天才なりに、凡人を素晴らしく尊敬し、想っているのですよ。
ただ、それを言葉にすると嫌味っぽく変換されちゃうだけで」
「……尊敬、ねぇ」
男性が吐き捨てるように反芻する。
と。少女はそれに対し、嬉々として語った。
「だって、そうじゃないですか。
私は一発でなんだってできちゃう、完璧超人の大天才。だから私、何かを成すために苦労するって感覚知らないんです。
苦労する前にぜーんぶ出来るんですもん。
でも、凡人は違う。
凡人は私にはできない『苦労』を経て、大きくなっていきます。
すごく羨ましいんです、それが。
全てを暴力的な才能で切り抜けてきた私はきっと、苦労に耐えられない人間だから」
少女の軽い言葉からは想像できないが、彼女にはありとあらゆる才能が詰まっている。
「やろうと思ったことはなんでもできた」などという程度では済まされないほどに卓越した才能が。
故に、浮いた。
怪物じみた才を畏れ、誰もが彼女に近づかなくなった。
そのことすら予想できた自分の頭が、ひどく恨めしく思えた。
だからこそ、彼女は天才という唯一の長所を誇示し、自分を慰める。
男性は語る彼女に向け、「あ、そう」と淡白に返し、煙を吐いた。
「だからあわよくば、死んで博士みたいなありふれた凡人になっちゃおうかなとも思っているわけです」
「やめときな。転生なんて碌でもない。
自分は自分のまま変わらないよ。それ以上にも以下にもなれない。
僕という凡人は生まれ変わっても凡人のままだったんだから、三つ子の魂百までってのはマジだ。君は死んでも天才のままだよ」
「ちぇー…」
残念そうに縄から首を抜き、残念そうにため息を吐く。
男性はそれに一瞬だけ安堵を浮かべ、即座に仏頂面に戻った。
「僕がここにいる以上、どうせ死ねないってわかってんでしょ?」
「ホントそうですよ。わからないような場所選んだのに、なんでピンポイントで私見つけられたんですか、凡人のくせに」
「ここウチのばあちゃんが持ってる山。
女子高生が脚立とロープ背負って柵よじ登って入ってったって近所からタレコミがあったらしくて。
腰も足も内臓も悪いばあちゃんの代わりに、たまたま様子見に来てた僕が駆り出されたわけさ」
「天才でも予想外のことはある…」
こればかりは読み逃してしまったか。
軽くショックを受ける少女に、男性は、ずい、と顔を近づける。
「今世こそ、天才という付加価値をファッションにまで落とし込んでやるんだからさ。
サンプル品の君に居なくなられちゃ、お兄さん困っちゃうわけ」
「はい」
「それが出来たら、逆説的に才能を無くすことだって出来るわけさね。
そっちにもメリットはあるんだから、とことん付き合ってくれないと」
「……わかってますよ」
少女はうんざりしたように言うと、後ろを振り返った。
「………どうしましょ、この脚立とロープ」
「……どっちもお兄さんが持って帰るから、ロープ解きなさい」
「はーい」
転生凡人博士…転生したけど凡人だった人。前世では大学院は出たけど、名前を残せるような研究成果を出せずに事故死。今世こそはと張り切ったけど、陽の目を見ないまま三十路に突入した。研究テーマは「才能の人工移植」。
天才ちゃん…ナチュラルボーンパーフェクト天才ちゃん。やろうと思えばなんでもできる。みんなと同じ凡人になりたいと思ってる。