「お兄さんね、前世の小さい頃から天才とかいう概念大っ嫌いだったの」
世界一しょうもない自殺未遂から数日。
一通りの検査を終え、データをまとめ終えた男性が嘯く。
少女はそれに半目を向け、不機嫌そうに口を開いた。
「なんで私を研究するんだって聞いただけなのに遠回しな嫌味言われた」
「待って違う。…いや違わないけど。違わないんだけど違うんだ。
君個人を嫌ってるわけじゃない。
むしろ君の場合、全方位において天才すぎるからサンプルとしてめちゃくちゃ優秀って点で好感持ってるんだよ、お兄さんは」
「それって『たくさんデータ取らせてくれるモルモットだぁいすき』って言ってるのと同義だと思うんです」
「ああもうそれでいいや」
揚げ足ばかり取るな、この子は。
そんな呆れを向けつつ、彼は懐からタバコとライターを取り出した。
「話戻すとね。お兄さんって昔から凡人であることにめちゃくちゃコンプレックス抱いてるわけよ、凡人らしく。
ガキん頃に賞状なんて貰ったことないし、中学以降のテストだってすんごく頑張って学年15位が関の山。
論文も及第点でなんとか切り抜けて、こうして研究職になったわけ」
「前世の話ですか?」
「どっちも」
転生特典なんてものがあれば幾分かコンプレックスも無くなったのだろうか。
紫煙と共にため息を吐き出す。
今世と前世の差異など、喫煙するようになったことと、こうして絵に描いたような天才をサンプルとして囲えたこと以外にはない。
「何の面白みもない人生を2回も送るとか、お兄さんからすりゃ拷問でしかないね」と付け足し、再びタバコを口に咥えた。
「要するに、天才とやらに僻んでるんだよ、お兄さんは。
あいつら僕ら凡人が血反吐ぶちまけながら頑張って、それでも届かないモンを通り道に落ちてたみたいな感覚で拾ってくんだよ。
本人にゃそんな気持ち一切ないんだろうけどさ、惨めになるんだ。
お前ら『通過点』とか言って通り道に落ちてたみたいなこと言うけどさ、その通り道すら通れなかった僕たちはなんなんですかってお兄さん思うわけ」
「清々しいまでに情けない僻みですね」
「自覚はあるよ」
どれほどそれっぽく繕おうとも、自分が抱くのは羨望がひん曲がった嫉妬でしかない。
自己嫌悪を煙と共に吐き出し、彼は続けた。
「お兄さんにもさ、自分に何か才能がないかって探してた時期もあったんだ。
それで人生の半分無駄にして、陽の目を見る同級生を前にして死ぬほど惨めな思いして。
鳴いたり飛んだりどころか、地べた這いつくばるしかなかったのがホントに悔しくて、とうとう思い至ったわけよ。
『才能なんてモンがあるからこんなコンプレックスと付き合わなきゃなんないのか』ってさ」
思い出すのは、前世で立った学会の場。
発表の機会を与えられた同級生に羨望を向けるだけの自分に、賞賛と批評を同時に受け止め、満足そうな同級生。
同じゼミに入って、同じテーマで研究をして、同じような評価を受けて。
死に物狂いで食らいついていたのに、選ばれたのは講義はサボるわ、ゼミの集会はすっぽかすわ、レポート写させてと節操なしに頼み込むわのやる気のない学生だった同級生。
そこから一端の大学教授にまで名を上げた彼を思い浮かべるだけで、あの時の惨めさが蘇ってくる。
それを隠すように作り笑いを浮かべる彼に、少女は興味なさげに口を開いた。
「だからこんな研究してるんですね。
まー素晴らしい経緯だと思いますよ、うん」
「めちゃくちゃ棒読みじゃん。そんなに興味ない?」
「実験の行末には興味ありますよ。こうして協力してるんですから。
興味ないのは、博士のしょーもない自分語りくらいです」
「人の人生『しょーもない』の一言で片付けるの、かなり失礼だよ」
「実際しょーもないんですもん」
言って、手を差し出す少女。
男性はその意味がわからず、訝しげに眉を顰めた。
「……何その手?」
「しょーもない話聞いてあげたんですから、お金払ってくーださいっ。1秒500円でーす」
「ぼったくりすぎない?」
「6分32秒で19万6000円でーす」
「大半の新卒社会人の手取り軽々超えてったね」
流石にそれだけの現金は手元に持ち合わせていない。
困ったように眉を顰めると、彼女は「冗談ですよ、お金は」と軽く両手を上げた。
「そこまで卑下するモンじゃないでしょうよ。
前世も今世も、天才になれなかった、努力が満足いく結果を実らせなかったってだけで、人から見たら恵まれてる立場だと思いますがねぇ」
「研究職って立場じゃなく、その二つが欲しいからこんな倒錯した研究続けてるんだよ。
お兄さんは自分大好き人間だからね。自分に満足しないと耐えられないのさ」
自己愛が強い故に、自分に満足ができない。
理想の自分を強く思い描くが故、そこに生じるギャップに耐えられない。
つくづく面倒臭い性格に育ったものだ、と呆れていると、少女もまた同じような顔を作った。
「人生2回目なんだから、もうちょっと達観するか楽観的になってくださいよ。
転生ものらしくパーッと前のこと忘れて楽しんでもらわないと、私の転生への期待値がどんどん削れてくじゃないですか」
「少なくともお兄さんが成果出すまで死なせないからね」
「言われなくても死にませんよ。
犬のクソみたいな今とは違う、もっと楽しい次があるんだーって思いたいだけなんで」
言うと、少女は男性の懐からタバコの箱とライターを奪い取った。
「あ、ちょっと。未成年喫煙は流石にダメだよ。
お兄さん、いろんな人に怒られちゃう」
「大丈夫です。私のオーバーフロー気味な才能で完璧に痕跡消しますから」
「そんなしょうもない理由で使われる才能が可哀想になってきた」
天才って、自分が思うよりもスケールが遥かに小さかったりするのだろうか。
そんなことを思いつつ、彼女から一本だけ抜き取られたタバコの箱を奪い返した。
博士…実は喫煙を始めたのは今世から。前世は寝不足運動不足以外の不摂生から疎遠だったので、今世ではエンジョイしようと解禁した。好きな酒は辛口のもの全般。タバコの銘柄にこだわりはなく、気分で変えてる。
天才ちゃん…実は未成年喫煙も未成年飲酒もやらかしてる問題児。好きな銘柄はピースラ○ト。酒豪で果実酒全般大好き。