「私って天才らしく、皆に疎まれているんですよ。それはもう激烈かつ熱烈に」
「へぇ、そうなんだ。うん」
蜃気楼揺らめく猛暑の中。
ぐったりと暑さと疲労に項垂れる男性に、少女が笑い声を殺しながら口を開く。
「ぷっ、ぷぷっ」と漏れる嘲笑に怒る気にもなれず、男性は懐からタバコの箱とライターを取り出した。
「んで、最近ははちゃめちゃに根も葉もない噂話を立てられたわけです。
禁断の恋だとか、イケナイ商売だとかなんとか、そう言う方面のカラスの痰レベルのくだらねー話題です。
そう見えてしまう現場を見て、『弱みを握ったぞー』なーんて可哀想な勘違いして、思春期らしいバカな脳みそから絞り出した命令をさぞ当然の権利のように言い放っちゃうくらいにはアホが極まったチンパンどもが私の周囲には群生しているのです」
「うん。それがどうしたの?」
彼女が何を言いたいのかなど、とっくにわかりきっている。
容赦のない罵倒をかます彼女に問うと、彼女は耐えきれなくなったのか、「ぶふっ」とおもむろに吹き出した。
「は、博士が逮捕されかけた理由の説明にはなるかなーって…、ぷぷぷっ…」
「素晴らしく腹の立つ説明ありがとう勘弁してくれ」
要するに、自分は金で女子高生を買ったろくでなしに見えたわけか。
金銭は確かに払ってはいるが、そこまでいやらしい意味ではない。
思春期真っ只中の子供というのは、どうしてこうも頭がおめでたいのだろうか。
自分にもそんな頃があったという事実を盛大に棚に上げ、呆れと共に煙を吐き出した。
「お兄さん、しばらくは警察官見たくないね。
雇用関係書類を一通り用意して出歩かなきゃいけないとか、面倒なことこの上ない」
「私に言わないでくださいよ。
通報したチンパンに言ってください」
「……君、クラスメイトのこと嫌いなの?」
「好きになる理由ひとつもないですよ」
なんでもできるからってなんでも押し付けて、そのくせバケモノだなんだと卑下する。
才能にあやかるしか能がないくせに、一丁前に自分たちは高尚な人間だと思い込んでる。
彼女から見た同級生の印象は、最悪の一言に尽きた。
今回の件も、彼らのお願いという名の命令を聞かなかったことによる報復の一環なのだろう。
「次の登校日には呼び出し確定かー」などとぼやく彼女を横に、彼がスマホを開いた。
「なにしてんです?」
「学校にクレーム。ちゃんと許可とってやってんのに、後ろめたいことしてるみたいな対応されんのヤでしょ」
「それで懲りるようなら、あんな命令してこないと思うんですがねぇ」
「何言われたの?」
「夏休みの宿題を代わりにやれと。
博士と実験に出た時の写真片手にやたらニマニマしながら『やらないとコレばら撒くぞ』と脅してきましたね」
彼女がクラスメイトを嫌う理由が凝縮された言葉に、男性が顔を顰めた。
「んで、どしたの?」
「断って放置してたらこうなりました」
「お兄さんに害が及ぶなら対応して欲しかったかなぁ…」
「私、報復とか絶対しない主義なんで」
「珍しいねぇ。今時のサブカルチャーって、やり返すのが主流でしょ?」
きっちりやり返しているのかと思った。
彼がそう続けるより先に、少女は不機嫌そうに眉を顰める。
「やってませんよ、そんなこと。
私みたいな異常生物にも寛容なパパとママがきっちり教育してくれたおかげで、他より道徳倫理はきっちりしてる方なんです」
「自分で言うの?」
「はい。自分で言えちゃうくらいには無害な天才なんですよー、私は」
てっきり既に二、三人は殺しているのかと思った。
そんな感想を煙に溶かし、吐き出す。
少女は彼の煙混じりの吐息に合わせるよう、ため息を吐いた。
「私って昔から大天才だったんです。
それこそ、その気になれば世界ひとつ終わらせることができるくらいには」
「そのくらいの才能は確かにあるね」
「でも、私はそうはしませんでした。パパとママがきちんと育ててくれたからです。
人は殺しちゃダメ、人を殴っちゃダメ、殴られたからってやり返しちゃダメ、人をバカにしちゃダメ…。
これら全てを守れてるわけではありませんが、世間一般で必要な道徳倫理を両親から教え込まれたわけですよ」
少女は言うと、「あんな感じで」と、向かい側の歩道に立つ、車の通りもない赤信号を待つ小学生を見やった。
「幸い、そんな情報教育のおかげで、大天才の私はやらかす前に思い至りました。
私は今、バケモノと人の境目にいるのだと。
人としての倫理を一度でも捨ててしまったら、私はもう二度と人には戻れないのだと」
「……なるほどねぇ」
世界を簡単に書き換えてしまうほどの天才だからこその苦悩か。
人らしい優しさに満ちた言葉に、男性は感嘆の声を漏らした。
「だから私は、報復というものをしたことがありません。
やろうと思えばできますが、やってしまえば私は人ではなくなってしまう。
私は大天才ですが、同時に人です。
パパとママの血が通った、立派な人間。私はそうありたいんですよ」
「……君みたいなの、人の心ないのがノーマルなんじゃないの?」
「大天才は人の心もわかるのです。
なんなら猫の心も犬の心も、フンコロガシの心だってわかりますよ」
「幅が広すぎるよ」
彼女からすれば、人もフンコロガシも同列なのだろうか。
からからと笑う彼女に、男性は苦笑を返した。
「……でもま、ささやかな注意くらいはしてあげてもいいんじゃない?
サンドバッグに徹してるようなモンでしょ、今」
「あ、そのくらいはしますよ。
録音してるんで、生徒指導の先生に『脅迫されました』と報告しときまーす」
「……慎ましいねぇ」
案外、天才の方が人らしいのかもしれない。
そんなことを思いつつ、男性はポケット灰皿に吸い殻を捨てた。
博士…女子高生を金で買ったと思われて逮捕されかけた人。一応は雇用関係なので関係書類を見せてことなきを得た。
天才ちゃん…ざまぁものとかが大っ嫌いなタイプ。見かけるたびに慟哭するデビ○マンが頭をよぎる。ある意味、誰よりも優しい子。