ではどうぞ〜
いい匂いがする。
何だっけ、この匂い――食欲のそそられるそんな匂い。
それに僅かに混じる香り、それにあの人の存在を感じる。
目を開きあたりを見渡す。知らない場所だ。
何でここにいるんだろう。
僕は、起きる前の記憶を振り返ろうとした。
直後、ミッドナイト先生の声が聞こえ思わず声の方向に視線を向けた。
エプロン姿の先生がいた。溢れ出る新妻感……それに、いつもと違いちゃんとした服を着ている。めちゃくちゃ可愛い。心臓の拍動が爆発するんじゃないかってくらい僕の中で鳴り響いている。
「あら、置換くん起きたかしら」
でも……なんで!?
「あ……はい。おはよう、ございます……?」
先生は何で疑問系なのよとくすくす笑っている。
「今ね丁度朝ごはん作ってたのよ。食べる?」
「え、いいんですか……?いただきます」
僕はぺこりとお辞儀しありがたくいただくことにした。
「待っててね、もう少しでご飯炊けるから」
そう言いキッチンに戻った先生は朝食の詳細を教えてくれた。
「今日の朝食はね。ご飯と、豆腐の味噌汁、目玉焼き、ほうれん草のおひたし、あと鮭の塩焼きね。
あ、今更だけど……苦手なものってない?大丈夫?」
「はい。大丈夫です!全部大好物です」
「そ、ならよかったわ。じゃあリビングにいって座って待っててちょうだいね」
「わかりました。ありがとうございます」
僕はそう返事をするとリビングに向かい歩き出した。
なにか、歩きにくいな……何でだろう。
疑問を頭に浮かべながら歩く。
リビングに到着しダイニングテーブルがあった。椅子は二つだけある。
えっと、どっちに座ればいいんだろ。
悩んでいるうちに先生が後ろから朝食の乗ったお盆を持ちやってきた。
「ん?どうしたの?」
「どっちに座ればいいかなぁって……」
先生はくすりと笑った。
「好きな方でいいわよ。座って待っててね。私の分も持ってくるわ」
僕は椅子に座り先生を待つ。
先生が席についたのを確認して声をかけた。
「美味しそうですね。ミッドナイト先生の手料理食べれるなんて夢みたいです」
先生の表情が一瞬歪んだように見えた。改めて見るとニコニコと笑顔を浮かべている。
「そう?そんなに喜んでくれると嬉しいわね」
気のせいだったのかな……
「さ、食べましょうか。箸は使いにくいと思ったからフォークとスプーン持ってきたけど……これでいいかしら……?」
……あぁ、そっか。右腕がないんだ。
だから、バランス取れなくて歩きにくかったのか。
「はい、ありがとうございますミッドナイト先生」
「あ、それ。これからしばらく一緒に暮らすことになるから毎回呼ぶのも大変だろうし。名前で呼んでちょうだい」
…………?
……………………?、??
「………………………………え?…………一緒に暮らす……?」
え?……一緒に暮らす!!?
「えぇ、理由は色々あるのだけど……一番の理由はアレね。ヴィラン連合に雄英が狙われている可能性があります。ご家族がいない生徒は先生と一緒に過ごすことになりました」
「いきなりだけど……わかってちょうだいね」
何か説明してくれていたけどその前の言葉が衝撃的すぎて頭に入ってこない。
「い、いえ、じゃ、じゃあ……し、しばらく……よろしく、お願いします」
「はい、こちらこそよろしくね。性別も違うし慣れないことがあると思うけど……お互い尊重していきましょ」
「はい」
先生がニヤニヤしながら言ってくる。
「さ、それじゃ、いつまでも先生って呼ばれると私も気が休まらないし……まず名前呼んでね」
「な、名前……ですか。えっと……」
「あぁ……そっか失念してた。改めて自己紹介ね。香山睡よ」
頑張って緊張しながら名前を呼んだ。
「か、香山さん……」
返事がない。そっぽを向いてつーんとしている。
「…………」
もう一度呼んでみる。
「……香山さん?」
やはり反応しない。
「…………」
し、下の名前じゃないと……ダメ?
「ね、睡……さん」
頰が熱い。恥ずかしくて、あんまり顔まともに見れない。
「何かしら?置換くん」
すぐ返事が返ってきた!!?しかもめっちゃニヤニヤしてる……
あ、えっと、呼んでって言われたから呼んだだけで特に用事なかったんだけど……
頭が真っ白になった僕をよそにくすくすと笑う先生。
「うそうそ、ごめんね、ごめんって。可愛かったから、からかっちゃったんだ」
「ご飯、美味しいです。ありがとうございます」
「いえいえ、気にしないで。そう言ってもらえるとこっちも作った甲斐があるわ」
二人でかるく雑談しながら朝食を食べ終えた。
先生……香山さんが食器を片そうと立ち上がる。
「あ、僕も行きます」
そう声をかけキッチンへと視線を向け――
「だ、大丈夫だから、座ってて、ね?」
少し焦った香山さんの反応。そして――
僕はその惨劇を目の当たりにした。シンクの上に置かれた食器、食器、食器の山。
「香山さん、手伝います、洗いましょう。僕洗うので片付けお願いします」
「わ、わかったわ……」
香山さんは私、できる女感だしたのに……とか何とか言っているがそんなことより洗い物だ。
僕が洗い、香山さんが食器を拭き片付ける。
そうして無事洗い物を終えた。
僕がジト目を向ける。
「………………」
香山さんは言い訳をしだした。
「いや、あの……ね?丁度食洗機買おうと思ってたのよ。食洗機で試しに洗うために洗い物溜めてたの!ほとんとなの!」
まぁ別に洗い物ができないくらいで香山さんの可愛さはそこなわれないからいいんだけど……
ふぅと一息つき左手で額の汗を拭った。
頭の右の方に何かついていた。触ってみる。
……眼帯……?そういえば右側見えてないな……
何で眼帯なんて――
香山さんの香りが辺りに漂った。
あ……、ねむ、けが……
睡さんの方に視線を向けると何故か辛そうな顔をしていた。
♦︎♦︎♦︎
「置換くん。よく眠れた?朝食後疲れちゃったのかすぐ寝ちゃったのよね」
……そんなに疲れてたかな……香山さんが言うならそうなのかも、疲れてたのかな。
「みぃ……」
何かの鳴き声がした。周りを見渡すとドアを頭で押しながら一匹の猫がリビングに入ってきたところだった。
「?猫……?」
「えっと……香山さん、猫飼ってたんですか……?」
「お、出てきたわね。やっと慣れたか〜おすし。可愛いでしょ?十年くらい前かな。それから一緒に暮らしてるのよ。おすし挨拶してね〜」
その猫は僕の方を向きにゃぁと鳴いた。
十年一緒にいるっていうと……人間換算して最低でも五十六歳か……かなり高齢な猫だな。
「置換くんよろしく、だって〜」
かつてないほど香山さんの表情が緩んでいる。ゆるゆるだ。猫も可愛いがそれより香山さんがめちゃくちゃ可愛い、ギャップが凄すぎる。それが眩すぎて直視できず僕は顔を逸らしてしまった。
「あれ〜、置換くんはおすしが可愛すぎて見られないって〜、ほんと罪な子ね」
おすしとよばれた猫は僕のそばに寄ってきた。僕が触れてみようと前に伸ばした左手の人差しをぺろぺろと舐めている。
「やだも〜可愛いなぁおすし」
そう言いながらおすしの背を撫でる香山さん。おすしは背を撫でられて気持ちいいのかテーブルの上で穏やかな寝息を立てて休み出した。
香山さんはおすしが寝たのを確認してから背中を撫でつつ話し始めた。
「この子も結構歳取ってるからさ。最近は寝てばっかりなんだ。たぶんもうそんなに長くないんだろうね……」
「だから、できる限り一緒にいてあげたいんだ」
香山さんは一拍おいて僕に尋ねる。
「置換くんは、どうだった?」
今までふよふよと浮ついていた考えは地に落ちた。そう、そうだ。僕はこんな事を、こんな優しい施しを、受けちゃいけない。
「僕は……僕は――」
「ちゃんと、おじいちゃん孝行できた?」
そう、僕はできなかった。
最後を看取る事もできず、自分を責めてばかりで、友達をこの手で殺して、残った友達との関係性も捨てて……そんな僕がじいちゃんに報いれたかなんて――
「…………」
「置換くん、私はあなたのおじいちゃんの言伝を受け取っているわ。でもそれはあなたが鬼瓦くんの事を乗り越えてから伝えて欲しいって」
「だから、聞くわ。酷な事だって言うのも分かってる。だけど、あなたに尋ねます。あなたは鬼瓦くんの事を、彼を――した事を乗り越えましたか?」
「…………」
無理だ。乗り越えられる訳がない。本人が望んでいたとしても友達をこの手で殺して、直後にじいちゃんも死んで――
「……………………」
「そう……よね。……えぇ、それでいいわ。あなたは間違ってない……それでも、いつか、いつかあなたが乗り越えられた時、私はそれを伝えます」
「ごめんなさいね、暗い話して。ちゃんと話しておかなければいけなかった事だから……いつまでも、私の個性で微睡んでもらうわけにもいかないから――」
「微睡む……?」
「えぇ、私の個性眠り香はね。人を眠らせるだけじゃないのよ。出力を調整して微弱な香りだけ出し続けることで……夢と現実の境みたいな微睡みに近い状態を作れるの。だから、それであなたが落ち着くまで、ここで過ごしてもらおう――と思ってたのだけどね」
自白剤みたいな使い方もできるわねとボソッと言っているのが聞こえた。ただ――と言葉を続ける。
「置換くんには、どうにも効きが悪いみたい。まるで、夢を見るのを拒んでるみたいに」
「ねぇ、なんでそんなに自分を責めてるの?」
「私にはそれがさっぱりわからないの。もし――協力出来るなら話してちょうだい。私が、ミッドナイトが全霊を持ってあなたを助けるわ」
「……………………………………」
僕の無言が部屋を静寂で満たした。
「そう……、残念ね。でも、ヒーローは助けを求める声を見逃さないんだから」
ありがたいけど、僕にその資格はない。助けてもらう資格なんて――そんな思考を他所に香山さんに頭を一度撫でられた。その直後、意識が朦朧として眠気に襲われた。
「さて、と。じゃあ、私は学校行ってくるわね。置換くんはまだ休んでいてちょうだい」
ね、むけ……が……個性を……つ、かわれ……た……
「おやすみなさい――」
そんな声を聞きながら僕は再び眠りに落ちた。
――ある日の電話――
えぇ、分かっているわ。彼を今一人にすると鬼瓦くんのことで自分を責めて心を壊しちゃうって……
だから、私が選ばれたし私は立候補したわ。いつでも強制的に休ませられるから、それにおじいさんの遺言もあるし――私にも責任があるから……
しばらくは私が彼の面倒を見ます。相澤くんはA組の……そう、みんなのメンタルケアをしてあげて。
あの年の子達、クラスメイトが人を殺したってそれだけじゃなくて……身体を、右腕を失いましたって……って受け入れるのはかなり酷な話でしょうから……
せめて、彼が戻ってきた時に何事もなかったかのように受けいられることを願って――
お互い頑張りましょう。生徒の為に──