いい感じのところで区切ったので少し短めです。
今回も楽しめれば幸いです。
「さて、置換くんは行ったわね――」
カイちゃんには本当に申し訳ないことをした。
私の油断のせいだ……だけどそれを気にしてここを乗り切らないのは話が違う。
私はここにいる大人として責任を果たさなくてはいけない。
黒い塊の内部から、徐々に脳を模した器官が顔を出している。
私はプロヒーローであり、大人だ。
生徒を、市民を、そして子供を守るのは私の役割。
「さぁってと……ねぇ、あなた。
私……久しぶりに怒ってるのよ――!」
そう、役目はある、責任も……
けど怒りがないわけない。
もちろんこのヴィラン――脳無への怒りはある。
だけど何より許せないのは自分だ。
罪を自覚した少女、罪を償おうとした少女に救われ、
代わりに傷つけられた。
それをただ見ていただけの自分が……私が――何より許せない!!!
「これは――八つ当たり。
ヒーローとしてはダメだけど――ここには私とあなたしかいない……だから、秘密よ?」
脳無の身体は復元され、元の黒い筋骨隆々の肉体に巻き戻る。
それは私に向かって駆け出した――
♦︎♦︎♦︎
僕はカイを病院に預け状況を説明、
ヒーローに増援の依頼をすると最高速であの場所まで戻っていた。
人を……カイを背負っていない分さらに速く――
前方にゴム弾を射出そしてそれと置換を繰り返す。
言わば……銃を、ゴム弾を使用した高速置換移動術。
前に何があるかも把握せず移動する、つまり障害物に当たるリスクが高い故人と共には使えず、
自分のみ捨て身という前提の高速移動の術だ。
病院まで十分かかった。
しかし、これを使えば到着まで約半分の五分でたどり着くことができる。
今の僕は、前のように右手が使えない。
鬼人がいなくなり頑強であった義手は元の初期型一番の義手になってしまった。
一番――つまり鋼線腕。
他の義手は今手元にない。
それでも、役に立てるはずだ。
義手を利用した拘束、置換を使った撹乱、あるいは――肉壁であっても。
そして、到着した。
僕とカイが決着をつけ、ミッドナイトがカイに救われ、カイが瀕死になったあの場所へ――
戦闘音というものが全く聞こえない。
僕の中に心音が嫌に響く。
もしかしたら……
僕が到着した時には戦闘はすでに終わっていた。
勝敗は一目見ただけで分かった。
片方が地に伏せ、片方が地に伏せた人型に座っている。
僕は少しでも彼女に届くよう全力で声を上げた。
「――ミッドナイトッ!!!」
そこに彼女はいた。
「――あら、チェンジャー。早かったわね」
「……ミッドナイト……っ……」
座っていたのは……勝ったのはミッドナイトだった。
無傷で、まるで何もなかったかのように脳無の上に座っている。
しかし何か考え事をしていたのか独り言を溢した。
「……こんなに簡単に、倒せるの……?脳無を――」
そう、疑問を浮かべる彼女は珍しく加虐の熱が瞳に宿していなかった。
彼女は訝しげな表情を浮かべ、僕の顔を見ると今度は少し辛そうな表情で尋ねた。
「……カイちゃんは……?」
「……カイ、は……」
「――カイ"は"……大丈夫な、はずです……僕の、親友が――」
その先の言葉は出なかった、出すことはできなかった。
彼女は僕の表情を一瞥して何かを悟ったのだろう……
息を呑むとただ一言「――そう……ごめんなさいね」とだけ言って目を伏せた。
その後は増援にきたヒーロー達が脳無を拘束し連行していった。
僕たちは警察署で事情聴取を受け
日も暮れた頃に解放された。
カイを受け入れてくれた病院に行ってみたけど……
面会できず、今は集中治療室に運ばれているみたいだ。
僕たちにできるのは無事を願う……それだけだ。
そのまま社長の様子を伺いに向かう。
どうやら社長は手術を終え通常の病室に移されたようだった。
面会時間ギリギリではあったが、病院の好意により少しだけ面会が許された。
病室に辿り着くと社長はベッドに横たわっており全身に包帯が巻かれていた。
そして真っ白のはずの包帯には血が滲んでいる。
当然だ、怪我を負ってからまだ一日も経っていない。
正直なところ集中治療室から出れただけでも驚愕の事実だ。
「……っ……」
それでもいつも元気で活気のある社長はうめき声を上げていた。
意識はないのだろう、無事を確認したくて駆け寄ろうとした。
「しゃ――」
そんな僕の肩に重みを感じた。
ミッドナイトだった。彼女は首を横に振る。
「置換くん……休ませて、あげましょう」
「……そう、ですね……」
「話はいつでもできるから――ね?」
「はい……」
病室から出ようとした時、社長の声が聞こえた。
「――二人……とも……あり、がとね――」
「――え?」
病室を振り返った。
さっきまでうめいていたはずの社長は痛みに表情を曇らせながら身体を起こしていた。
「しゃ、社長!休んでください、まだ起きていていい身体じゃないじゃないですか!!」
「……あ、はは。た、しかに……しばら、くは……むりそ……うだ、わ」
「社長!」
腕もないのに無理して身体を起こそうとしたのだろう、脱力しそのまま頭を枕に落とした。
「……みっともない……とこ、みせちゃったわ……」
「そんな!社長のおかげで私は――」
「ずっ……と、こども、のまま……なんだ、から」
「…………」
僕は言葉を挟めない。
社長とミッドナイトには僕の知らない積み重ねた時間があるのだろう。
それが僕の口を重くしていた。
「ちぇ、んじゃー……も助かった、わ……つよく、なったじゃない――」
「――え?ちがっ……」
「ちが、わない……わ。あなたが、あそ……にきてあたし、たち……をたすけ、てくれ……たんだから」
「……」
ほんとに違うんだ。
僕はあの時のことを覚えてない。
多分、アレは鬼人が――
鬼人が……
違う、冷静にならなきゃ。
僕は鬼人を元に戻すんだ。
戻れる可能性はカイが提示していた。
だから――
「っ――」
「だか、ら……ありが、とう――」
「……はい」
「ごめ、んなさい……つかれ、ちゃった……わ」
「……ぁ、わす……れてた、わ……かげ、にきを……つけて――」
そう言い残すと社長は眠りについたようだった。
……いや、ミッドナイトが個性を使ったのだろう、これ以上無理させないために。
それにしても……かげ……?
なんのことだろう。かげって――
「ごめんなさいね。話してたのに」
「いえ、あれ以上は社長の身体に障ると思うので……ありがとうございました」
「……?えぇ、どういたしまして」
病院から出るとミッドナイトから声をかけられた。
「ごめんなさい、置換くん……戻りましょう?」
「――はい」
僕はミッドナイトの運転する車に乗り事務所に戻った。
駐車場から出て事務所に向かう。
陽が落ちているのに電気が、消えてる。
この時間ならオペレーターも事務員さんもいるはずだ。
なんで消えているんだろう……
疑問に思いつつもミッドナイトと共に事務所へ向かった。
木々が、草が風に揺れる。
しかしそれが不気味に感じる。
事務所に到着しドアノブを捻る。
やけに空気が冷たい。
まるで刺すような視線を感じる。
ドアを開けた。
やはり、電気がついていない。
それどころか不自然なまでに静かだ。
まるで誰もいないかのように――
静寂の中コツコツと靴の音が響く。
「おかえんやさい……やで」
暗闇の中、梢さんが僕たちを迎えた。
いつも通りの不適な笑みを浮かべる彼女を僕は何故か怖く感じた。
「いやぁ、無事でよかったわぁ――」
梢さんの影が蠢き、彼女の手が僕に伸びた――
「ちゃんと確保せな……あかんからなぁ――」
ミッドナイトの救出、カイとの和解、
脳無の襲撃、瀕死のカイ。
そして……鬼人との別れ――
それでも、まだこの日は……
――終わってなど、いなかった。