推しのために死に続ける話。   作:三つ首黒虎

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お待たせしました。
とりあえず、どうぞ。
次話は、うん……


71話 影に堕ちる命灯

 

「ふん、ふふんふーん」

 

 その女は足元に転々と滴る血痕を辿る。

 後ろには付き従うように二つの人影が映った。

 一人の少年と……姿は見えないが声からして少女だろう、その二人の足元には蠢く影があった。

 

「――――」

「――――――」

 

 その二人は涙を流し、身体を血に染めながら何かを叫んでいる。

 しかし女はそれを聴いて尚楽しげに上機嫌で先へ進む。

 

「ここかなー?どこやろなぁ?

 愉しみやなぁ……」

 

「あはァ……、苦しんで苦しんで、落ち着くわぁ……

 それにィ、壊さないと奪れへんからねぇ……」

 

 女は不気味に笑う。

 その幼い容姿とは裏腹に、とても邪悪な笑みを浮かべて――

 

 ♦︎♦︎♦︎

 

 コツ、コツと足音が訓練場に響いた。

 

「そろ……そろかな……」

 

 準備はできた。

 しかし時間が経ち過ぎて少し意識がぼんやりとしている。

 焼いた傷口を軽く引っ掻き、痛みで思考を安定させた。

 

 少し傷が開いたみたいだけど些事だ。

 傷口から滲み溢れる血を辺りに撒いた。

 

 僅かに焼け焦げた蛋白質の匂いが鼻奥に漂った。

 

 気のせい、気のせいのはずだ。

 もう焼けてない、あれは自分の意思でやったこと。

 傷口は……もう目も当てられないほど悲惨で人に見せられるものではない。

 

「プールの授業……どうしようかな……」

 

 そんなどうでもいいことを呟いた。

 日常、それがとても懐かしく尊いものに思えた。

 あぁ……、怖い、なぁ。

 身体から血が抜け落ちる感覚、自分の命が刻々と減っていく感覚。

 

 でもなぜか、絶望感はなくて、どこか他人事のような……そんな気がした。

 

 

「――あぁ、ここにおったんねぇ」

 

 女が二人を、そして一つを携えて訓練場に足を踏み入れた。

 

 あぁ、来たんだね……

 でも、まだ……まだだ、まだ早い。

 

 もう限界で辛そうに……いや、事実辛く痛いだから……

 それを隠さずに、しかしわざとらしくないようぼそりと呟いた。

 

「みつ……かっちゃったか」

「もちろんやないの。

 ヘンゼルとグレーテルみたいに分かりやすかったわぁ……」

 

 女は一歩一歩足を進める。

 上機嫌な声が聞こえる。

 自分を殴った男を心も身体も追い込んで、やっとこの手でとどめをさせる、そう思えるような――

 

 顔を上げるな、自分はもう個性も使えない。

 そう見せかけないと――

 

 実際限界は近い。

 身体は動いて3分程度。

 それも全力には程遠く……入学当初の動きしか行えない。

 ただし、“個性"は……別だ。

 僕の個性は、進化した。

 いや……進化ではない。

 あったものを取り戻して元に戻った……その間隔が近い。

 

 なぜ失ったのか、それを考える意味はない。

 ここを乗り切らなければ僕の人生に先はなく、あの二人も……僕に関わったがために殺してしまう。

 

 それはダメだ。

 絶対に許せない、僕は……救うために"ここ"に来たんだ

 

 ……さぁ、クソ女。

 お前に雑魚の意地を見せてやる。

 

 ――きた。

 入り口からの距離は遠く、僕からの距離も三メートルと絶妙。

 あの女の身体能力では絶対に躱すことなどできない。

 

 さぁ、僕のタイムリミットは近い。

 胃がきゅうと引き絞られ喉を通じて何かが込み上げる。

 

 せっかくだ、これを開戦の合図にしよう。

 

 わずがに鉄臭いそれが僕の咽頭を通り、口から解き放たれた。

 

「ぐがっっっ!!」

 

 女がさらに口角を上げ笑みを浮かべた。

 

「アハっ」

 

 警戒すべきは影。

 故にそれを潰す。

 ここに逃げ込んだのは意味がある。

 

 光源をここにありえないほど集めたんだ。

 左手を伸ばし隠されていたスイッチを全力で叩いた。

 

 ――バン――

 

 女が何か叫んだがもう遅い。

 

「っ、シャドウその二人を殺――」

 

 熱のない太陽が包み込み全員の視界を奪い去った。

 

 白、白、白、白白白白白白白白白白、辺りは視界が潰れ白色に満たされる。

 

 そう……僕以外は。

 僕はずっと下を向いて目を閉じていた。

 だから、この明るい場所でも光によってもたらされた空白が存在しない。

 

 そして、カイの目があった。

 この目でずっと見ていた。

 だから、視界はなくともその見ていたモノを感覚で感じ取れる。

 

 誰がどこにいるか、

 そして、個性の発動はもうしている。

 スイッチを押した時の音。

 

「……ごめん」

 

 僕は小さく二人に謝った。

 聞こえてないだろう、聞こえるわけがない。

 失敗したら……最後になるから、ここでしか言えないと思ったんだ。

 

 光量は膨大故、持続性は皆無。

 ブレーカーが落ちるまであと二十秒もないだろう。

 二人は逃した。

 影と引き離した時点でもう大丈夫なはずだ。

 

 今だけはシャドウは無力だから――つまり、梢は無防備だ。

 

 思ったより血の消費が多かったみたいで身体を動かす力もほぼない。

 個性を使えてあと一度……視力を尽くして二度と言ったところだろう。

 

 その一度はあいつを潰すために――

 

 爪先でそのタイルをこつりと叩いた。

 女は見えていないだろうに、自分の顔を手で守った。

 

 あぁ、やっぱりそうするよね。

 前に殴られたんだから……警戒するよね。

 

 僕は女を上から見下ろしていた。

 そもそも、今の僕に殴りかかる力はない。

 せいぜいできて拳を握りしめるくらいだ。

 安定しない義手を左手で握りしめ固定する。

 

 わざわざ、口に出して相手を助ける必要はない。

 

 この訓練場の高さは五メートル。

 高さは力で、その威力たりや車と正面衝突するとほぼ同等と言っていい。

 その衝撃を義手という小さな鉄の塊で与えるのだ。

 頭部にあたれば即死。

 肩に当たったとしても粉砕骨折は免れないだろう。

 つまり、当たりさえすれば相手を戦闘不能にすることができる。

 

 この無防備な女に……

 この拳が当たれば、当たって仕舞えば――

 人を、殺す――?

 

 そんな簡単に、人を……ミッドナイトを救おうとしている僕が……人の命を奪っていいのか……?

 

 僕は迷ってしまった。

 その迷いは僕の右手の握力を奪った。

 固定が外れれば肩を負傷しているその義手は動きをぶれさせ、攻撃位置をずらす結果に至る。

 

 女に攻撃は当たった。

 地を砕くほどの衝撃、当たれば絶命は確定だった。

 

 女は生きていた。

 そう、その一撃は逸れた。

 

 いや……厳密には当たったんだ、

 女の顔面の肉を削ぎ右腕だけをぐちゃぐちゃにした……そんな事実を生んだだけだった。

 

 女は左手で顔面を押さえて地面にうずくまる。

 

「ぐ、ぎゃぁがぁぁぁぁ!!!!!!!」

 

 

 僕は――

 そんな女を見れず、天井を眺めていた。

 

 大量の光源はすでにブレーカーが落ちて意味をなさない。

 だから、ただただ暗いその天井を眺めているしかなかった。

 身体に力は入らない、右半身に至って感覚がない。

 かろうじてわかるのは両目が見えること、

 もっともその視界も赤く染まり朧げだ。

 

 逃げ……れたのかな。

 ぼくは、二人を助けられた……のかな。

 

 

 蹲っていた女は狂気を瞳に走らせる。

 

「お"ま"え"ぇぇぇぇ――!!!」

 

「シャドウ!!!殺せ!!!!

 もうこの身体は要らない――

 無惨に引き裂きその目の前で仲間を殺して、

 最後に目を抉り無力感を与えたまま殺せぇ!!!!!!」

 

 あぁ……、生きてたんだ。

 そう思った僕は抱いた感情と反対の言葉を口からこぼす。

 

「ざまぁ、みろ――」

 

 なにせ、梢の後ろに男の影が見えた。

 正直忘れていたけど……あの男なのだと薄れゆく意識の中察した。

 僕はどこかに大事な部分が奪われるそんな感覚を抱きながら暗い世界に落ちていった。

 

 後悔は、ある。

 でも、可能性の種は残してある……

 僕の日記を……誰かが見たのであれば……未来は――変わるのかもしれない。

 

 それに、僕は友達を……たすけ――

 

 ♦︎♦︎♦︎

 

 女はボロボロの少年を睨みつける。

 

「――無惨に引き裂きその目の前で仲間を殺して、

 最後に目を抉り無力感を与えたまま殺せぇ!!!!!!」

 

 その女の後ろに立つ男がいた。

 その男はまるで幽鬼の様で、この世の恨みを、怒りを全て胸に秘めた様なそんな形相だ。

 

「よぉ、クソ女」

「ま……つど……さい、こ……?」

 

 どうやら二人は知り合いの様だった。

 

「なんで……ここに――」

「――化けの皮が剥がれたなぁ?

 言葉が、標準語に……戻ってるぜ」

 

 男は女の頭部に銃を突きつける。

 女は一瞬怯えた表情を浮かべた。

 直後、一転表情を無垢な笑顔に変えた。

 

「っひ、ま……待つんや。

 どしたん……?うち……なにか、悪いことした……んか?」

 

 普通のヒーローなら騙されたのかも知れない。

 その幼い容姿と表情。

 まさに子供そのものだ。

 

 しかしそれは男――砕壺には通用しなかった。

 男は憎しみの激情を込め女――梢を睨みつけた。

 

「いつまで、その身体にいるつもりだ。

 穢らわしい蛆虫が」

「ひっ……」

 

 梢は怯えの表情を浮かべている。

 しかし、その目線は影に落ちていた。

 

「あぁ……、あの男か。

 無駄だよ、あのガキが攻略法を見せてくれただろう?」

 

「ほら、クソ女科学の時間だ。

 1方向から1000ルーメンの光を当てたら?」

「……」

「……だんまりか。

 そら、答えだ――その物体の裏に影ができるんだよ。

 ……それを4方向からそれぞれ1000ルーメンの光を均等に当てるとどうなると思う?

 ――影は全方向から打ち消され、ほぼ消失する」

 

 砕壺はうんざりした表情で梢を一瞥した。

 変わらず梢は沈黙を続ける。

 

「……」

「だから、お前の脳無はもう無力だ。

 ――とっととその身体を返せ」

「……ぁあ、アハハハハ、ひはははははは。

 なんだよ、びっくりさせんなよ。

 お前はこの身体が欲しいのかぁ?」

「……」

 

 梢の豹変に砕壺は眉を顰めるだけだ。

 

「いいぜぇ、抱かせてやるよ。

 だから、私を助けろ。

 この身体が、欲しいんだろぉ……?

 ――ぎゃははははは!!!!!」

 

「……そうか」

 

 砕壺は変わらず淡々としている。

 

「もういい、その身体でそれ以上喋るな蛆虫が――」

 

 一つの少年の死体、照らされた影、ボロボロの女、無傷の男。

 そんなわけのわからない人間が集う訓練場にただ一度。

 

 ――銃声が、響いた。

 

 




白衣の男と、黒い男
 
「お前はそれでいいのか――?」
「――」
「そうか、なら俺は何も言わん」
「――――」
「お前の意識は消えるだろう、言いたいことがあるなら中で伝えておけ」
「――」

 
 
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