楽しめれば幸いですね…うん
次回からは彼らは新しい場所に行くかも知れませぬ
意識が覚醒する。
怪我でもしているのではないかと思える程度には身体が重い。
このまま寝ていてもいいんじゃないかという誘惑を振り切り瞼を開いた。
「……ここ、は」
「ん、……んん……痛っ」
辺りを見渡すと横に葉隠さんがおり何処かの事務室みたいだ。
さらに情報を探ろうと目を凝らすとミッドナイト事務所の文字を見つけた。
「あ、ミッナイ先生の事務所か……」
「なんだ、びっくりしたぁ……」
場所を確認できて落ち着いたのも束の間、
自身の身体を見てその安心は吹き飛んでしまった。
「「――――っ!」」
葉隠さんが俺に震え声で声をかける。
「尾白……くん。なに……これ」
「――っ」
「なんも……わかんないよ。
なんなのこの血……」
そう、身体に血が付着してる。
血の量から見るに他者の血も、俺の血も混じっている。
身体は血に塗れてボロボロだった。
まるで、何かに無理やり動かされたみたいに……
「わからない……なんで、なんで……俺たちはここにいるんだ……?」
なぜ……?
記憶を呼び起こそうとしてもノイズが走り赤い色しか思い出せない。
まるで思い出すのを嫌がっているとさえ思えた。
なぜ、ここにいるのかわからない。
だから、確かめようと思った。
「……何かが、起こっている。
俺、周り見てくる」
俺は葉隠さんにそう伝えると重い身体を引きずり立ち上がった。
「――ちょ、ちょっと待ってよ!!私も行く」
葉隠さんが俺に追い縋った。
こんな状況で一人は怖かったんだと思う。
「そう、だな――行こう」
「……うん、ごめんね」
「俺も……ごめん。気が利かなかった」
「ううん……」
悪いことした、と自制し一言謝ると俺たちは歩き出した。
事務所の至る所に血が飛び散り、足元に滴っている。
「ひどい……」
「ここで、一体何が――」
しばらくそんな不気味な道歩くと給湯室にたどり着いた。
わずかに何かが焼け焦げた臭いが漂っている。
「――うっ」
「臭い……」
周りを見ると人が座っていたような形跡。
その周辺にある血痕、そして置いてあるガスバーナー。
もしかしたら……
「これ……」
そんな俺の中に呼応するように葉隠さんが声を上げた。
いや、そんなはずはない。
「いや……まさか、だろ」
誰かが出血して、そんな傷を焼くなんて――
「そんなの……正気の沙汰じゃない。狂ってる……」
普通なら考えられないことだ。
血が出たなら圧迫して止血、それが普通だから……
肉の……蛋白質の焦げた匂いが充満するここに居たくなかった。
俺は葉隠さんに声をかける。
「……出よう」
「うん……」
足を引きずりながらも、俺たちは歩いた。ヒーロー訓練生として――
ここに俺たち以外誰もいないなら……仮に誰かいたとしても何が起きてるか把握して報告しなくてはいけない。
さらに歩くと不自然に血の跡がなくなった。
その先に、訓練場……と書かれた部屋があった。
不気味な気配を前に葉隠さんが呟いた。
「やだよ……、入りたくない」
「っ……」
唾を飲み込む。
それはそうだ、ここまで血が飛び散っていたのに急にここにきて何もない場所……ここで何かあったと言っているようなものだ。
俺の中の声がここに入るな、引き返せ……と声を大にして叫んでいる。
本能がこの中を見ることを拒否している。
身体から異様な汗が吹き出す。
それでも……と、小さな責任感と同学年の女子を前にダサいところは見せられないそう心で呟く。
込み上げる恐怖を飲み込みそのドアを開いた。
まずドアを開き感じたのは嗅覚、鼻をつく鉄臭さだ。
次に視覚、一面を埋め尽くす赤、赤、赤赤……まるでこの部屋そのものが血で染まっているようだった。
これが一人分の血液だとしたら致死量だと一目で分かった。
異様な雰囲気がここを包み込んだ。
先に進むのを躊躇する、だけど見た以上は……誰か助けを求めている人がいるかも知らない、そんなことを考えながら足を進めた。
血溜まりの中に人型の空白があった。
しかしその赤に囲まれた空白には右腕の部分がかけていた。
「うっ……おぇ……」
見たものを拒絶するように胃の中のものを吐き出しそうになった。
それを無理やりとどめ喉奥に吐瀉物の臭いを感じながら飲み込んだ。
「――」
「訓練場……ここが……?」
ここは広い、先に進まなくては……と足を進めた。
足が、重い。
先に進むのを拒否している、俺はここで何があったか、知っている……?
いや……記憶を探っても何も思い出せない。
なら、知らないはずだ。
歩いているとカンと硬いものが靴先に何かがぶつかった。
視線を下ろす。
それを見た瞬間、どこかで見覚えのあるそれに……俺は悲鳴をあげた。
「……うぁぁぁぁぁーー!!」
腕が落ちていた。
血痕の中に浮かぶ腕、それを見て俺は焦りのあまり逃げたくなる。
だけど、葉隠さんのその言葉に足が縛り付けられた。
「……尾白、くん……これ、置換くんの腕だ――」
「――え、?」
そう、だ。
俺が見覚えがあると思った理由。
――俺たちが仲の良かった友人、その友人の腕……だと無意識のうちに察してしまったのだ。
腕があるなら、どこかに居るはずだ。
じゃないと――
湧き上がるその嫌な感情を首を振り吹き飛ばし、あいつがどこに行ったのか、探さなきゃ……
「葉隠さん……探そう。居るはずだ」
「……うん、こんなに血が出てるんだもん……早く助けてあげないと――」
よく見ると人型の空白からポツポツと血がどこかに通じていた。
「――置換……、いるのか?」
血の跡を辿りミッドナイト事務所の中を歩く。
身体の痛みなんて忘れていた。
だけど……何もなかった。
不自然な黒いシミ一つを除いて……
それでも、それはいくら触ってもただのシミでしかなくて、結局何も見つけられなかった。
「葉隠、さん――出よう。通報、するんだ……」
「……うん」
今の俺達にはこれ以上のものを受け止められる心の余裕がなかった。
身体は重く、血も抜けて頭も働かない、焦りと身体の不調が冷静さを奪っていた。
何も見つからなかったから警察に頼ることにした。
それが最善だと、俺たちでは何もできないから……と。
疲労感と確かな無力感を覚えながら通報に踏み切った。
だから、もしあの時そのシミをよく調べていれば……先に行っていれば何かが変わったのかもしれない。
だけど、それはもう手遅れで過ぎたこと――
♦︎♦︎♦︎
あの後、俺たちは警察に通報した。
病院で処置を受けた後、改めて警察に向かい事情聴取を受けた。
ヒーロー訓練生であること、俺たちの身体に多くの傷があったこと、記憶の混濁が見られること、
多分だけどそんな配慮があってそこまで長く拘束されなかったんだと思う。
帰り際、葉隠さんがぼそりと呟いた。
「置換くん……生きてるよね……」
「生きてるはずだ……絶対、生きてる」
あの事務所には俺たち以外誰もいなかった。
だけど、何かが起きていたはずだ。
あの場で何かが――
そしてそれには俺たちも関係していた……と思う。
だって血濡れでその現場にいたんだ、記憶も無くなってる。
何もなかったわけがない。
「――思い出さないと」
あの時、あそこで何があったのか。
じゃないと、俺たちはあいつの友達じゃいられない――
♦︎♦︎♦︎
鑑識と一人の女が話していた。
女の名はミッドナイト、香山睡という。
いつもの妖艶なヒーロースーツとは違い、キッチリとしたリクルートスーツを着ている。
さながら美人OLのようにも見える。
鑑識が気まずげに言葉を発した。
「あの訓練場にあった血痕は二名分。
一人は現在失踪中の置換隷のDNAと一致しました。
もう一人は判明していません」
「そう……ですか。
もう一人の血液ですが、この血液と同一か確かめていただいてもよろしいでしょうか……?」
あの時の戦闘で私のスーツに付着していた梢の血痕を手渡した。
「そして……一つ。
あの場には合計して七リットルほどの血痕がありました。なので――」
「最悪の場合、二人……死んでいる……ってことね」
「はい……とてもお辛いとは思いますが、把握していただければ――」
「……はい――ありがとう、ございます」
心臓がキュッと引き締まった。
死んでいるかもしれない……でも死んでいないかもしれない。
死体は見つかっていない。
なら、まだ分からない。
探そう、私がいたら救えたかもしれない。
それなら、せめて彼の行く末を知らないと――
ふと、二人で同じ家に住んでいた時のことを思い出した。
『あら?何を書いてるの?』
『あ、あはは……秘密です。恥ずかしいので見ちゃダメですよ』
『そう言われると気になるわね〜?さ、見せなさーい!!』
『や、やめてくださーい――』
「あ、はは……なんか、ひと月も立ってないのに……なんでこんなに――」
彼女の頬を伝う一筋の雫があった。
少し立ち尽くし、目を閉じる。
その雫を拭い、頬を叩くと彼女はいつも通りを取り戻し一歩を踏み出した。
……さてと……とりあえず、手掛かりは全部当たらないと――
「もしもし?相澤くん――?」
♦︎♦︎♦︎
男が電話をしていた。
「そう――ですか。
置換が……わかりました。とりあえず事実が判明するまで休学……ということに……えぇ、はい……よろしくお願いします」
電話が切れた音がツー、ツーと響く。
静かに電話をおくといきなり目の前のデスクを蹴りつけた。
「――くそっ!!!」
男――相澤の記憶には学生時代のあの事がよぎっていた。
相澤は学生時代、友人を失っている。
それも目の前で――
「白雲……
すまねぇ、お前みたいなやつを出さないように――」
滲みそうになる涙を気力で振り切り前を向く。
いつもドライアイなんだ、と言っていたその瞳は赤く染まっていた。
「あんな思いは、他のガキにゃさせられねぇ……
頼んますよ……ミッドナイトさん」