今回もお楽しみいただければ幸いです。
ボクは……主人公はどれだけ痛めつけてもいいと思うのです。
葉隠さんが置換に血を飲ませた瞬間何が聞こえた気がした。
「――?今、何か……聞こえた、か……?」
「ううん……何も……」
今は気にしている場合じゃ、ない……か。
少なくとも置換の呼吸は落ち着き顔色も悪くない……体温が戻ってきたのがわかる。
「うっへぇ……ばっちぃ……
血ィ飲んだんか……」
「――それのどこが……ヒーローやねん、
まるで吸血鬼……バケモンやん」
梢のその言葉に怒りが湧く。
「なにを、言ってやがる――」
お前があいつの何を知ってる。
あいつの優しさを知らない、あいつの仲間想いなところも、何も知らないくせに、なにを……勝手な。
俺が口を開き、続く言葉を放とうとした。
しかし……葉隠さんがそれを遮った。
「違うよ……置換くんはバケモノなんかじゃない――
……ヒーロー、だよ」
♦︎♦︎♦︎
身体が重い、視界が霞む。
それでも二人が僕の前に立っているのが分かった。
僕を庇って、二人は梢と僕を遮るように立ち塞がる。
守ろうとして足を引っ張って守られて……
別の世界とはいえ……この手で殺した友達に守られて……
……僕は、なんなんだろう……
僕なんて……守る必要、ないのに……
今の自分を振り返ってみた。
前回の世界では人を、友達を……蟲と呼び虐殺する。
今は友達の血を啜り、身体を治す。
……あぁ、それは……それ、は――
……なんて…………バケモ――
「違うよ……置換くんはバケモノなんかじゃない――
……ヒーローだよ」
言葉が……想いが虚な身に響く。
空っぽだからこそ……その優しさが僕に暖かい熱をくれた。
それがぼろぼろの身体を気力と言う火を灯して全身に力を迸らせる。
それでも、この壊れかけの身体は立ち上がる程度の行動しか許してくれない。
膝が笑う。
まるで子鹿のような有様、薄ぼんやりとした視界の中で梢が笑っているのを感じる。
震える膝に手をつき、
震える脚が折れそうでも……僕が折れちゃダメなんだ。
ここで僕が折れたら……二人が死ぬ。
それだけは、ダメだ。
崩れようとする身体に熱を走らせて、
僕はようやく立ち上がった。
その時間は一瞬の様にも永遠の様にも感じた。
「……ご、めん……サポート……しか、できない」
「――?お前……何を……」
尾白くんは僕が何を言っているのか分かっていなそうだ。
あぁ……無茶だって言うんだね、分かるよ……でも、コイツは……二人だけじゃ倒せないんだ……
「うん!三人で……倒すんだ」
でも葉隠さんには伝わってくれた様で、僕は霞む視界を梢に向けた。
視界は霞んでいても魂の輪郭とも言える影は把握できている。
それならやれる。
僕は元来戦う人じゃない、置換を用いて戦場を支配することが僕が一番やりやすいこと……
だって僕はずっと"観て"来たんだから。
その場にいるより外から観るそれが僕の――
「……こえ……出すのも……辛い、から……好きにやって……
僕が……君たちを守る――」
「……尾白くん!やるよ――!」
「あぁ、三人で、こいつを――」
……僕は、観てきた。
あの絶望の中、影の中から……君たちの戦いを……
だから……観てきた僕にしかできない戦い方があるんだ。
「防御も、回避も全部しなくていい……
――君たちに……攻撃は、絶対に当たらない」
……だから、ただひたすらに攻撃を――
僕じゃない、君たちだけじゃない……
「……僕たちで、倒すんだ――!!」
「……任せた!!
置換くんがいるなら……!私たちは絶対に負けない!」
「……はっ、そういうことか。なら頼んだ……!
――絶対にぶっ倒す!」
♦︎♦︎♦︎
「――させないよ……!」
「あぁ……もう、ちょこまかと鬱陶しぃ!!」
梢が影を纏おうとする。
しかし、葉隠さんが光源を歪め影を照らす。
それにより梢は影を纏うことができず、攻勢に回ることができない。
「――ありがと!置換くん!!」
梢は纏えないなら……と、影での直接攻撃を行うが、それは僕が置換で二人を当たらない場所へ回避させる。
だから攻撃は当たらない。
影を纏った攻撃は視認できなくても影の動き自体を追うことは今の状態でもそう難しくない。
だんだんと痛みがアドレナリンで消え思考も冴え渡っている。
そして、隙が見えれば尾白くんを梢の前に置換し攻撃を与える。
「――はぁっ!!!」
ダメージは蓄積しているはずだった。
……そう、確かに梢はダメージを受けていた。
「――ぐぁッ!!」
同時に尾白くんも負傷することを除けば――
「――」
梢の個性……共、鳴……
「――もし、かして……」
「あひゃ、ひゃはははは!!!」
梢は口から血を流しながら嗤う。
「うちに、触れてるもんなぁ……?」
「共、鳴……!!」
「――ど、ういう……ことだ……」
驚愕する尾白くんに僕は考えついた最悪を伝えた。
「梢は、触れることで個性を使うことができる……」
「共鳴、呼び方を変えると"ともなり"とも呼べる。
Aの物体に与えたダメージをBへ共有するのだとすれば――!!」
「ま、さか……」
なら、勝てない。
勝ってはいけない……ここでこいつに勝つということは……僕たちの誰かが共に――
『――俺がやる……』
「……尾白くん!また、聞こえた――!!」
「あぁ……俺も聞こえた。
この声は――」
尾白くんが僕に視線を向ける。
「――鬼人!!!」
そう、この声は鬼人だ。
この世界に戻って最初に話した以来会話できなかった鬼人だ。
僕が声を上げると同時に視界が光に包まれる。
光が止むとそこには存在感が薄い鬼人と、尾白くん、葉隠さんが真っ白な空間に立っていた。
「――よかった。まだ、居たんだね……」
『あ……?あぁ……。
つってもそう長くねぇ……。
俺もな、アイツの魂の補完してたからよ……
かなり中が欠けてんだわ――』
「――え?」
理解したくない。
その言葉が事実ならカイだけじゃない……鬼人とも――
『だからよ、ただ消えるんじゃなく……最後に一発かましてやろうと思ってな……』
尾白くんが怒声を上げる。
「……なに、言ってる――鬼瓦!!」
『っせぇ!!――時間がねぇんだ。
もうすぐ消えんなら……ダチのために死ぬのが漢だろうが……!!!』
「――ッ」
鬼人は僕たちに視線を向ける。
『置換……は、無理か。
葉隠も……ダメだな、能力の親和性は高そうだが……身体が弱すぎる。
やっぱりお前か、おい……尾白』
「……なんだよ……」
『テメェの身体、貸せ。
アイツの個性が隷の想像通りなら身体じゃなく、ダメージは魂に伝わる。
なら、お前の身体で攻撃しても俺にダメージは来る』
「鬼瓦……そうじゃねぇだろ……」
『――このままだとテメェらの誰かが死ぬんだよ!!
だったら、消えるやつが敵を倒して消えた方が救える数が多いだろうが……!!!』
「――ッ!!!」
――鬼人の怒った声は初めて聞いた。
だからこそ、本当にこれが最後だと悟ってしまった。
なら……僕は友達として、親友の最期の願いを叶えてあげたい、そう思った。
「尾白くん……、鬼人に手伝ってもらおう」
「お前、それじゃ――!!」
「これは、さ。鬼人の尊厳の話なんだよ……
自分が終わるとわかってて、知り合いが、友達が、死んでいくのを……ただ見てるだけの気持ちは誰よりも分かるつもりなんだ……
それはね、自分が死ぬよりも辛い……」
僕だから、分かる。
あの影の世界で閉じ込められた僕だから――
僕は親友にそんな気持ちを抱いてほしくなかった。
『――わりぃな、隷。
二度も俺の死を見せちまって……』
「ううん、いいよ。
だって、そっちの方が漢らしいもんね――?」
『――はっ、ダチ守って死ぬなんざ、最高の名誉じゃねぇか!!』
「――そうかよ、鬼瓦……俺はお前を恨むぞ」
『いいぜ、好きにしろ。
俺はテメェらを救って満足して死んでやる』
その瞬間再び光に呑まれたかと思うと、梢と戦ったあの場所へ戻ってきていた。
梢が動いていないのを見るにあの光の中では時間の経過が現実と違ったのだろう。
「なんや、訳のわからんこと言いよってからに……」
『「ぁあ?……さっさと、テメェをぶっ潰す計画立ててたんだよ」』
鬼人の声が尾白くんの声に重なっている。
「……ま、ええわ。そこの隷くんの言う通り。
うちの個性記憶を読むだけやない、
身体を奪うだけやない、
“触れている相手”に、自分が受けた損傷を同時に共有もできるんや」
だから梢を殴れば、殴った側にも同じダメージが跳ね返る――
「せやから、どうするんやろねぇ……?
誰か一人死ぬんか?……あひゃひゃはははは!!」
『「はっ、そんなんで死ぬほど柔じゃねぇっての!」』
『「いくぜ、二人とも――」』
「「――うん!!!!」」
僕たちは三人で梢に駆け出した。
距離にして二十メートル。
僕が置換で常にランダムに僕たちを入れ替え続ける。
「今更、そんなんやったってなぁ……!
無駄なんっよ――!!」
『「葉隠…!!!」』
「任せて――!!
集光屈折っ……ハイチーズ――!!!」
葉隠さんが織り束ねた太陽光が影を照らす。
梢の攻撃は無力化された。
残りの距離十メートル。
『「意識を逸らせ、置換――!!」』
「一発、殴らせてもらう――!!」
僕が梢の眼前に置き換わる。
僕だって散々やられてイラついてるんだ。
ダメージの共有?知らない。
いつもより全然弱いけど――喰らえ。
今の全力で梢の顔面に一発ぶち込んだ。
同時に僕の顔に加わる衝撃。
痛い、痛いけど……鬼人の最期をこんなもので汚していいわけない――!!
――個性を発動させた。
梢と葉隠さんを入れ替える。
鬼人/尾白くんは力を溜め梢を待ち構えていた。
『「コレが、鬼の底力ってなぁ――!!!」』
鬼人/尾白くんの腕が黒く染まり薄暗い炎が纏わりついている。
「――なっ、あんたそんな個性じゃ……」
『「――これで、仕舞いだ」』
その拳は梢に叩き込まれた。
梢はその身体からあらゆる骨が折れる音を響かせながら壁にぶつかる。
そしてそのままカクリ、と首は重量に従い下がった。
『――わりぃな、隷。
先に逝くわ――』
鬼人のそんな声が聞こえた直後、
僕の中から何かが消えて……何かが壊れる……そんな音が聞こえた。
♦︎♦︎♦︎
陽は落ちた。
世界に夜が訪れる。
「…………」
梢は地面に倒れている。
……呼吸はどうやらしている様だ。
これは尾白くんが人殺しにならない様配慮した結果なのか……あるいは……力が足りなかったのか……
「置換――」
尾白くんが僕に声をかけた。
「……?ああ……ぼくは大丈夫だよ」
「――」
尾白くんが息を呑んだ気がした。
直後葉隠さんが声を上げる。
「……先生が来たよ!」
視線を向けると確かに睡さんだ。
「お久しぶり……です。睡さん――」
「っ――あなた……また……」
何故か彼女の表情が歪む。
「後で話を聞かせて、ね……
それで、ヴィランは何処かしら――」
「は、はい!こっちに縛ってあります」
「ありがとう、それと……ごめんなさい。
本当だったらすぐに来ないと行けなかったのに生徒に任せることになっちゃって……」
「い、いえ!仕方ない……ですから」
「あぁ……他のところでもヴィランが出たなら仕方ないっすよ……ミッナイ先生」
「……。ありがとう。
じゃあ裏に警察も来てるから運んじゃうわね」
睡さんが梢の首筋に触れた。
「うん……怪我は酷いけど。ちゃんと生きてる。
――大丈夫。絶対あなた達を罪には問わせないわ」
「――っ」
今までの疲れが出たのか睡さんが少しふらついた。
この時間軸でも梢と戦ってボロボロで病院に居たはずだ。
にも関わらずヴィランを倒しに向かい、今もここにいるなら疲れは仕方ないだろう。
「睡さん――!」
「「ミッナイ先生!!」」
「――うん、大丈夫、よ。
じゃ、行ってくるわ」
そうして睡さんが警察を引き連れ梢を連行していった。
「みんなは先に帰っていいからね。
後は私が処理しておくわ」
睡さんの言葉通り僕たちは三人で学生寮へ戻った。
帰りの電車内も誰も喋らず、ただ無言があるのみ。
時間をかけてやっと寮の前に着いた。
「……じゃ、寝るね」
僕が二人にそう言うと二人は静かに頷く。
「置換……しっかり休めよ」
「置換くん……、またね!」
「……おやすみ」
部屋に戻り手も洗わずベッドに倒れ込む。
随分と久しぶりにここに寝た気がする。
生活感のないこの部屋。
それもそうか……僕は私物が多くないし……この部屋に来て二週間くらいしか経ってない。
ほんと、久しぶり……だ。
色々あった。
でも、僕は僕のまま梢と戦い勝ち残れた。
なら、今度こそ睡さんを救えるのかもしれない。
……かも、じゃない。
救うんだ、今度こそ、絶対に。
コンコンと、ノックの音が響いた。
時計を見ると零時を回っている。
「――はい、どなたですか……?」
「私よ、隷くん」
「……睡、さん……?」
こんな時間になんだろう。
でも何か聞きたそうにしてたし、大事な用事かもしれない。
僕は姿勢を正しドアに声をかけた。
「――どうぞ」
睡さんはガチャリと扉を開き部屋に入る。
ヒーロースーツも黒スーツでもなく、Tシャツにジーパンとかなりラフな格好だ。
一緒に暮らしてた時……あんな服、着てたかな……
「夜遅くにごめんなさいね、隷くん――」
「……大丈夫……?」
睡さんは部屋に入るとそう言って僕に声をかけた。
「……なにが、ですか……」
「……何だか辛そうにみえたから」
「――もちろん、大丈夫ですよ」
大丈夫な訳がない。
ずっと僕の中で僕を助けてくれた二人を失った、でもこの人にだけは……この人にだけは弱みを見せちゃいけない。
誰よりも助けたいこの人にだけは――
だから僕は取り繕う。
壊れた心の欠片を拾い集めて元の形に見えるように繋ぎ合わせる。
「睡さんこそ……こんな時間にどうして?」
「隷くんが、心配やったのと……あの時の事聞こうと思って」
そう言って彼女はベッドに座っていた僕の隣に座る。
……?少し違和感を覚える。
でも僕の瞳に映る彼女の輪郭は間違いなく本物だ。
出力は弱まっているにしても、観測の個性は輪郭を見誤らない。
……彼女が聞きたいなら話そう。
あの後の対応を全て任せてしまったし……こんな時間にここを尋ねるくらいだ、警察への報告もこの後にあるのかもしれない。
「そう、ですね……
話しますね。あの時――」
僕はそうして梢との戦いで何があったのか。
僕が最初に戦って、敗北して、尾白くんたちが助けに来てくれて、そして協力して勝利を勝ち取った。
淡々とその事実を話した。
――鬼人のことは一つも触れずに。
「……ほんとうに、それだけ――?」
話し終えた僕を労わるように、しかし何処かに他の感情が見え隠れしている。
しかし今の僕にそれを覗くことができない。
そんな余裕がない、取り繕うので精一杯だからだ。
「――はい、それだけです」
「そっか……大変やったねぇ……」
またしても違和感。
絶対に、気づかなくては行けなくて、気づいては行けない。そんな違和感があるような気がする。
「……慰めてあげる」
まるで、いい事を思いついたかのように。
彼女が僕の身体をベッドへ押し倒し僕に覆い被さる。
「な、にを――」
僕の視界に彼女の髪が落ちる。
この香りは確かに、彼女のものだ。
この顔も、身体も、そして魂の輪郭すらも彼女のもの。
気づけ/気づきたくない、気づけ/気づきたくない、
気づけ/気づきたくない、気づけ/気づきたくない……
それでも、僕の知っている睡さんはそんな事をしない。
なら僕の頭がコレを彼女だと認識したとしても……
僕の魂がそれを違うと言っている。
最悪の想像、それが事実だとすれば……
「――お前は――誰だ――?」
……あ?
…………あぁ、そうか。
━━たくっ、しゃーねぇな……