本日もお待たせしました。
そういえば、愛って狂気の沙汰だと思うんですよね。
それはおいておいて……今話もお楽しみいただければ幸いです。
「――ぁぁぁぁああああ!!!!!」
足を進めると声と破壊音が通路に響く。
それは怒りを何かにぶつけるそんな叫びだった。
「……この声……」
「うん……松戸さんだ。
間違いない、彼は……ここにいる」
「この声、苦しそうだよ……」
この地獄のような嘆き、辛いのだろう、痛いのだろう。
だからこそ、僕は彼を止めないといけない。
……彼は未来の僕かもしれない。
だからこそ、一度それをして友達を殺し世界を滅ぼしたからこそ……僕はあの人を――
一度深呼吸をすると僕は扉を開き、
三人でその部屋に足を踏み入れた。
その部屋はほぼ全てが壊されていた。
例外があるとすれば一つの寝台とその上に寝ている女の姿。
寝台には包帯を巻かれた若い女――梢がいた。
だけどおかしい、その姿は生命というものが感じられなかった。
ドアが開いた音を聞いたのか、部屋で暴れていた男の視線がこちらに向く。
「……なにを……しに来た……」
唸るような音、怒り、世界に絶望した声が耳に入る。
僕は無遠慮に言葉を放った。
「訊かせてください――その怒り、どこへ向ける気ですか」
「……消えろ――」
松戸さんの指先が床に触れた瞬間、
蜂の巣のような亀裂が走り地面が遅れて爆ぜる。
だけどここで逃げるわけにはいかない。
ここで逃げるということはあの人を見捨てるということだ。
「二人とも、逃げても文句なんていわないからね……」
「はっ、何言ってんだ隷。
お前一人じゃ無理だろ――」
「怖い、けど……
逃げないよ、あの人苦しそうだもん――」
「――ありがとう」
僕は本当にいい友達を持った。
なら、僕は絶対にこの二人を傷つけさせない。
「……消えろ――!!!」
そう叫びながら松戸さんは僕たちに襲いかかった。
入口までは三歩、左奥に寝台、右奥に松戸。退路は背中の扉だけ。
迷わず僕は個性を使い松戸さんと僕たちの場所を入れ替えた。
瞬間――僕たちのいた場所は破砕音と共に粉砕されていた。
入れ替わった僕たちは入口側、松戸さんは寝台の前。退路は背中の扉だけ――一歩でも判断を誤れば全滅だ。
「――あぁ、そうだったな。お前の個性は、置換か……」
静かに松戸さんは呟く。
状況把握を優先、この視界に映る破壊の跡。
そしてさっきの松戸さんが振り返った時の破壊……あれは個性だ。
故に触れられてはいけない、と判断した。
「猿夫!透!!自由にやって……!!」
僕がいる限り二人に怪我はさせない。
「――あいよっ!!」
猿夫は気合を込めて、
「――勿論!
と言っても私は見えないんだけどね」
透は苦笑いしながら、そう言って二人は松戸さんを挟むように左右にバラけた。
透が見えない以上松戸さんは見える猿夫を攻めるしかない。
事実僕の置換の個性による撹乱、猿夫の武術による牽制、透による不可視の攻撃、これのおかげで僕たちは彼から一度も攻撃を受けることなく立ち回れていた。
しかしこちらも決定打がない。
猿夫がこちらに視線を向けたの見て僕はもう一手、
手を打つことにした。
「……行くよ、猿夫」
そう小さく呟いた。
個性の発動、手のひらを叩く。
前傾姿勢になり猿夫に向かう松戸さんと足元の壊れた瓦礫を入れ替えた。
「――なっ……」
松戸さんは驚きの表情を浮かべる。
彼には僕の個性は対応できないはずだった、そう……はずだったんだ。
「――予想通りだ」
彼の表情は驚愕の表情を反転させ表情を消した。
彼は勢いよく地面を踏み締めるとその足元は大きな音を立てて砕け散った。
嫌な予感がした。
足元から放たれた瓦礫の礫は爆発力を得て一つ一つが鋭利な刃物と化す。
だから僕は二人を僕の後ろに置換させた。
三人全員が怪我をするくらいなら……怪我が治る僕が怪我をした方が効率がいい。
でも、その砕け散った瓦礫が……散弾銃のように僕の身体に……
視界に映る景色が酷くゆっくりに見える。
僕の身体目掛けて飛んでくる数千単位の石の礫。
しかし僕の身体は動くことはなく。
それは……少しずつ、だんだんと、確かに僕の身体に牙を立てようと近づいてくる。
痛みを覚悟した。
だって僕は怪我を直せる。
僕だけが普通じゃない、二人と違って直るんだから――
なのに……なのにその礫は僕に当たらなかった。
直前に僕は後ろから引き寄せられるように引っ張られたからだ。
「なん……で……」
それは、猿夫と透であり……
その瓦礫の散弾銃は猿夫の身体に、透の身体に……そして、松戸さん自身の身体に突き刺さった――
♦︎♦︎♦︎
隷も透も頑張っちゃいるけど……
……やばいな、コレ……決定打になり得るものがない……それじゃ勝てない。
まるで科学者や医者みたいな風貌なのに……なんでこんなに肉弾戦慣れてるんだ……
俺の攻撃はことごとくいなされる。
呼吸を聞く限り透の体力もそろそろ無くなりそうだし、隷も目が血走って鼻から血が出てる……。
いくら再生の個性があっても梢戦の時みたいに回復限界が訪れる可能性もある……
隷の個性は万能じゃない……か。
置換はあくまで隷が認識したものを入れ替える個性。
そして、身体の修復にも血を使う……だったな。
だからこそ長時間連続で使っていいものじゃない。
脳が、限界を迎えるってことか……
実際あいつは長時間個性を使う時は連続でなんて使わず、連続で使う時はいつも短時間しか使ってなかった。
どうする……
隷がやられたら俺らは直ぐやられるのが分かりきってる。
だからこそ――
俺は隷に視線を向けた。
隷は静かに頷くと松戸は隷の目前に出現した。
一瞬驚愕の表情を浮かべたように見えたが……
それは直ぐに反転した。
口角を僅かにあげまるで計算通り……とでも言いたげに嗤っていた。
直後、俺の景色は切り変わった。
あのままであれば確かにあの攻撃に巻き込まれていた俺と透。
にも関わらず、俺たちは隷の後ろにいた。
そう気づくと同時に当たり前のように俺は隷の肩に手を伸ばした。
俺達を、舐めんじゃねぇ――!!
♦︎♦︎♦︎
……あっちゃぁ……
コレは厳しいかな……
私はこの瓦礫に包まれた空間を光を屈折させながら駆け巡っていた。
もうちょっと……体力つけとけばよかった、かも……?
猿夫くんも、隷くんも……あの人を倒せる攻撃持ってない……よね……?
もしかしたら……持ってるのかもしれないけど……倒すんじゃなくて……それは――
ネガティブは、ダメだよね。
勝てるものも勝てなくなっちゃう。
さーー!頑張れ!私……!!
……いっくぞー!!
その時、私の視界に映ったのは地面を砕き蹴り飛ばしたあの人の姿で――
……あ、やば……これは……
と思ったほんの一瞬、松戸さんの視界に入る光を歪めた。
痛みに対する覚悟を決めると同時に私は隷くんの後ろにいた。
……やったなぁ……隷くんめ……
まだ私たちを信じてないんだ。
……いいよ、思い知らせてあげる。
君だけが怪我をしていいわけないって、
私たちだって怪我する気で……戦う覚悟で来てるんだから――!!!
そう意気込んで、痛みを覚悟して私は彼の肩に手をかけた――
♦︎♦︎♦︎
緩やかな世界で僕の身体目掛けて飛んでくる数千単位の石の礫。
瞳を閉じて痛みに対して覚悟を決める。
そう、治るとはいえ痛みはあるんだ。
慣れたとはいえ確かにその瞬間は痛いんだ。
だけど、これは合理の問題。
怪我をすれば治る僕と、治らない二人。
ならば、当然その痛みを得るのは僕であるべきで……
まるでスローの映像を見ているように、僕の視界はその礫から少しずつ遠ざかる。
僕は左右から身体を引かれて僕の前に……
まるで僕を庇うように、二人は僕の前に立った。
二人の身体から聞こえる鈍い音、飛び散る血潮。
――そして、耐えるような呻き。
その瓦礫の散弾銃は猿夫の身体に、透の身体に……そして、松戸さん自身の身体に突き刺さっていた。
「なん……で……」
疑問が口から溢れた。
それは何故二人は僕を庇ったのか、
何故松戸さんも礫を受けているのか。
色んな意味を含んだ疑問だった。
「……はっ……いつまでも、お前にばっかり……守られてやらねぇよ」
そういったのは猿夫で――
「や、だなぁ……隷くんが、倒れたら……勝てるものも、勝てない……じゃん……」
そう告げたのは透だった。
「ふた、り……共……」
それでも、どうしてという疑問は尽きない。
なんで、僕なんかを――
もちろん僕だって二人が傷つくなら庇う、事実そうようとした。
でも、僕は……屑だ。
守る必要なんてない……
「なんで……僕なんかを――」
「なん、で……じゃねぇよ。
ダチだから……傷ついてほしく、ないんじゃ……ねぇか」
「そう……だよ。
友達だから、守られてるだけは……嫌なんだ――」
「――っ」
僕は何も理解していなかった。
知る必要があった。
もっとちゃんと二人のことを知る必要が――
「――ごめん、ありがと」
そういって僕は二人に触れ――
その瞬間――世界が静まり返った。
音も、光も、呼吸も止まって、
代わりに、心の奥で“何か”が鳴るのを感じた。
知りたいと思った、この二人の想いを。
僕を守ってくれた、その理由を――。
その願いに応えるように、脳裏に温かい響きが流れ込んでくる。
――たくっ、しゃーねーやつだ
まだ分かってなかったのかよ……お前は一人じゃねぇんだ
ま、今回は勝手に守らせて貰ったわ……
尻尾がボロボロになっちまったけど……な
もー、ほんと仕方ないんだから
いっつも隷くんは人の事ばかり……
傷つく君を見てる友達の気持ちも考えてよね
また隷君が同じことするなら……私たちだって同じことするんだから……
私の置き土産、役立ててよね――!
音でも言葉でもない。
けれど確かに、二人の想いが僕の心の中で“鳴った”。
――静かに音を響かせ部屋の外へ置換させた。
少しの間をおいて聞こえた松戸さんの呻き声。
「……がっ……ガハッ――」
「何故、どうして――俺が……?」
本人も何故自分が怪我を負っているのか理解できていないようだ。
実際、彼の白衣は真っ赤な色で彩られていた。
「――そう、か……。
透明の女か……俺の、距離感をバグらせやがったな――?」
しかしさすがは松戸さんと言うところなのだろう。
頭の回転が速い、すぐに結論に達したようだった。
そして僕もその可能性に至った。
あの瞬間、松戸さんの目の前の空気が僅かに湾曲していた。見えている距離が実際より短い――その誤差が、出力と散弾角を狂わせ、自分自身を巻き込ませたのだ。
起きた事象に納得がいったのか次に彼は周りを見渡した。
「……あぁ、二人がいなくなったな――死んだか……?」
「……死んでない、生きてるさ――」
死ぬわけがない。
「ほう……あれを喰らって学生風情が生き残った、と――」
変だ……この言い方まるでもっと負傷していないとおかしい、もっと威力があるような……言い方……?
「――猿夫……だ」
そうか、彼の尾で猿夫と透の身体の前に滑り込ませて緩衝材としたんだ。
だから二人は怪我こそ酷かったけど、まだ無事と言える範疇で……僕に傷一つ付かなかった。
そうか、僕は――二人に守られていた。
そして、助けて貰った、背中を押して貰って、松戸さんを追い詰めるきっかけすら貰った。
二人とも、ありがとう――
僕は顔を上げる。
目の前にいるのは身体中から出血しボロボロになった松戸さん。
対して僕は無傷、血のある限り再生する個性もある。
置換、腕力、再生、観測。
僕に宿っているのは今まで僕を助けてくれた人達の残滓。
これを持って、彼を……救う――!!
粉塵の向こうで、胸のどこかが確かに“鳴った”。