推しのために死に続ける話。   作:三つ首黒虎

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お待たせしました。
では次週もお会いしましょう。
Plus Ultra…いい言葉ですよね。


88話 救済の手前

 

 マイク先生は無言で車を走らせる。

 いつもの様子が何処かに行ったかのように真剣な表情で先を睨む。

 まるで認めなくない現実がそこにあるように。

 

 車の中を緊張感が包み、声を出すことすら躊躇ってしまう。

 

 十分程だろう車が走ると、マイク先生はエンジンを止めた。

 どうやらついたみたいだ。

 

「……HEY、リスナーども。

 改めて聞かせてくれ――

 このままいけば戦闘は必須……

 正直……今回見つかるとは思っていなかった。

 帰るなら車に残っていてくれていい」

 

 マイク先生の圧に僕達は一様に一瞬息を呑んだ。

 その声とは違い言葉の奥にどこか憂いと優しさを感じた。

 

「もちろん――行きます。

 僕が行かないと、始まらない……ですしね」

 

 少し僕が空気を軽くしようと言葉を返し、

 猿夫が苦笑いしながら言葉を続ける。

 

「このメンバーだと……近接戦闘出来るやつが居ないじゃないですか。

 俺が行かないと、負けちまいますよ」

 

 透が最後に戸惑いを滲ませながらも確かな意思を告げた。

 

「二人だけじゃ……心配だし……

 それに……ミッナイ先生、助けたいもん」

 

 

「――そうか、

 じゃ、行くぞ」

 

 その時の彼の表情は見れなかった。

 ただ、その声には悲しさと無力感が滲んでいる気がした。

 

 ♦︎♦︎♦︎

 

 ショッピングモールはまだ閉まっていない。

 電気がついている。

 しかし人の騒がしさがない。

 

 

 マイク先生に続き車を出る。

 ショッピングモールの自動ドアをくぐる。

 

「……静かですね」

 

 透が呟く。

 

「――あぁ」

 

 静かにマイク先生が声を返した。

 数歩歩くとその理由が分かった。

 

「……人、が――」

 

 倒れている。

 どこを見ても人、人、人……

 人として人が重なり合う。

 まるで人で織りなされた絨毯が出来上がっていた。

 

「こ、れは……」

 

 これは、社長……と同じ……?

 どこを見ても人が倒れていて、呼吸をしていない。

 みんな、死――

 

「まずい、お前らは口を塞――!」

 

 マイク先生は一呼吸で大きく息を吸い叫んだ。

 

『YAaaa――!!!!』

 

 人の絨毯が吹き飛ばされると同時にふらりと先生が揺らめいた。

 

「……ハァ……ハァ……

 やっ、ぱり……個性……使えんじゃねぇか……」

 

 息も絶え絶えで、あの反応……

 睡さんの……眠り香だ……

 

「あらまぁ……知らないお人もお一人……

 あぁ……ちゃいますわ、確か……やま――」

 

「――黙れよ、テメェにその名前を呼ばれる筋合いはねぇ」

 

 マイク先生の本名を口に出そうとしたのだろうか……しかしそれは彼の怒りによって遮られた。

 

「……あらら。

 ほんま、嫌われたもんやわぁ……」

 

 彼女は明らかにわかるつくられた悲しい表情をみせる。

 

「ほいで、個性やったっけ?

 そら使えるで……

 だって、この身体のものやからね――」

 

 ……個性も使える……?

 映った人間の個性、だとするなら……

 

「――どれだけの個性を溜め込んでいるんだ……?」

 

 僕の言葉に目の前の彼女は不適に笑った。

 

「……さぁてねぇ……?どないしますやろ」

 

「ハッ、まぁいい。

 分からねぇことに思考を割くのは無駄だからなァ!」

 

 そう、マイク先生の言う通りだ。

 わからないことを気にしてもしょうがない。

 故にここで確かめるべきは……彼女の正体。

 彼女の原初……

 

「ねぇ……」

 

 僕の言葉に彼女が振り返る。

 

「……なんや?」

 

「僕はずっと思っていた。

 ……君って、誰なんだろうね」

 

「……」

 

「君は梢さんじゃない……だって彼女は松戸さんの恋人だ。

 決して君なんかじゃない」

 

「……」

 

「そして、当然睡さんじゃない。

 あの人はそんなことをしない……誇り高い人間だ」

 

「……どやろね。

 してるかもしれへんで――?」

 

「――しねぇよ、する訳がない。

 あの先輩が、人を殺すなんて」

 

 マイク先生が静かに怒りを呑み込むように否定する。

 

「……そう、あの人の個性は優しさの塊。

 人を傷つけず眠らせる優しい個性だ――」

 

「……ぷ、ふふっ……

 あは、あひゃひゃひゃひゃ……!!!」

 

「なんで笑うの……?」

 

「そら、笑いたくもなるわ。

 優しい個性……?

 何言うてん、この個性は……

 ……人を殺せる個性や」

 

「違うよ、それは使い方の問題だ。

 あの人が使うから誰も傷つけなかった……

 それだけなんだよ。

 それこそがあの人の努力の結晶」

 

「……はぁ、ほんま……頭お花畑やねぇ。

 ――んで、そんな話して何がしたいん?」

 

「……そうだね。

 だから君は誰なんだろうってさ、

 梢さんじゃない、睡さんでもない、

 僕の知ってる情報だとさ、

 君は――」

 

「……」

 

「――ただの名前のない実験体だ。

 無感動に三十号という番号だけを割り振られた、可哀想な子供」

 

 目の前の彼女の眉間に皺が寄った。

 

「――ほんま、うっさいわ」

 

 彼女は僕の頭を掴もうとして――

 

 その攻撃は見えていた、だけど僕は避けなかった。

 観えていたが故に、

 ――避ける必要がなかった。

 

 何故か分からないけど今……僕はここにいるみんなと繋がっている……そんな確信がある。

 

 視界は彼等の方を向いていなくても彼等の動きがわかる。

 見えてはいなくても観えている。

 

 そう、その腕は猿夫によってその腕はいなされていた。

 

「……させねぇよ、んで――」

 

「……もうあなたには、私たちの姿は捉えさせない――」

 

 透によって僕たちの姿は光の屈折により距離感をバグらせた。

 

「……はぁ……きもちわる……

 じゃあ……コレなら――どう……っ、やァ!!!」

 

 彼女を中心として眠り香の個性が広がる。

 

「――マイク先生……!!」

 

「――ったく、教師使いが荒いリスナーだぜぇ!!!」

 

『Raaaaa――!!!』

 

 しかしそれも彼の個性ヴォイスの前に吹き飛ばされた。

 

「っ――」

 

 そう、負けるはずがない。

 

 近接戦闘の猿夫。

 すでに共鳴の種は割れている。

 故にダメージを与えないよういなせば良い。

 

 視界を封じるのは透。

 見えなければ攻められない。

 足元すら厳かになり集中力を欠く。

 

 眠り香封じのマイク先生。

 睡さんの個性はマイク先生の個性ヴォイスによって無効化される。

 それは香りにすぎず……ならば風圧で吹き飛ばされるものだから――

 

 それに……万一相手がシャドウを使い範囲攻撃をしたとしても――

 

「――僕がいる」

 

 

 個性置換、僕の前では全てが置き換わる。

 目の前の敵はただの小石に、僕が観ている限り攻撃は許されない。

 

 故にこの四人が揃う限り彼女に負けることはない。

 

「ハッ、残念だったな。

 今俺らがここにいるのは偶然だが――お前を完封出来そうだ」

 

 マイク先生の言う通り完封できる。

 

 負けることはない。

 でも、勝負で勝つことに意味はない。

 この戦いは、彼女を救うための戦い。

 ならば戦闘の結果に意味はあらず――

 

 

 ♦︎♦︎♦︎

 

 戦闘はすぐ終わった。

 ……いや、彼女が不利とみるやすぐさま手を上げて諦めたのだ。

 

「すぐ、諦めたね……」

 

「あぁ、わりぃな。

 葉隠、尾白……生き残りがいねぇか見てくれ。

 一応……眠り香は飛ばしたからいるはずだ――」

 

 マイク先生が静かに二人に指示を出す。

 

「……分かりました」

「……はい」

 

 確かにここから先何が起きるかわからない。

 見なくていいのなら見ない方がいいだろう。

 

 目の前の彼女はあっけなく捕縛布に捕まっていた。

 ずいぶんあっけない終わり、違和感を覚える。

 なぜ、シャドウは使わず……簡単に諦める……?

 

 

「……そら、無理やろ?

 二人はどっか行ったとはいえ……この人数差と相性を覆せると思えへんし――」

 

 それに……表情も変わらなすぎる。

 

「さて……話したい事があるんか?

 それとも……うちを消すんやっけ……?」

 

「そう、だね……君が出ていってくれないならそうなるかも……ね。

 話してからでも、捕まえるのは遅くない……少し話そうか」

 

 マイク先生は彼女を睨みつけているもののこちらに口を挟まない。

 話をする時間はくれる……という事だろう。

 

「――へぇ」

 

 目の前の彼女は面白いものを見たかのように笑みを浮かべる。

 僕はずっと疑問だったそれを彼女に尋ねた。

 

「君はさ、なんでそんな事するの……?」

 

「理由ねぇ……

 ……特にないで?」

 

「いいや、あるはずだ。

 あの研究データを見たから――君の過去は知っている」

 

「……」

 

「君は、あんな事があった中で生き続けた。

 にも関わらず……今は搾取する側に回っている。

 恨み?怒り?八つ当たり?

 ……理由はなんでもいい、

 でも間違いなく何かはあるはずなんだ」

 

 そう、それを僕は知りたかった。

 彼女の理由、人の命を弄ぶ理由だ。

 

「……」

 

 目の前の彼女は静かに手を目を閉じる。

 

「……知らんやろ?

 孤独の冷たさも、

 病に侵される痛みも、

 痛いのに死ねない哀しみも、

 四肢が腐り落ちる絶望も……」

 

 目の前の彼女は静かに手を伸ばす。

 

「……そら、さわってみぃ」

 

 僕は一瞬逡巡したが、

 今まで僕は乗り移られていない。

 だから、問題ないと判断し、それを知るために彼女に手を伸ばした。

 

 そっと彼女の手に触れた。

 視界が塗り潰される。

 

 ♦︎♦︎♦︎

 

 痛い痛い痛い痛いいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたい、痛い痛い痛いいたい、いたいたいいたいたいたいあたあぁぁぁあぁぁぁぁぁあつい、

 

『ふむ、病原体感染させたがまだ生きているか……

 では……次に行こう』

 

 ……つめたい、暑い……?、

 味が身体が、指先がおち……肌が剥がれる……

 視界が赤く滲む、眼窩から何か液体が溢れる。

 

『……ほう、極限状態化、マイナス百度、気温百度、真空状態、どれも適応……か。

 いや、厳密には壊れたまま生き続けている』

 

 下半身からは出血して、こわかわ?なにいたい、

 いたい?いたいってなに、からだあつい、さむい、ふるえる、なに?こ――――――――――――――

 

『――これは、違う。

 周りの実験体に押し付けている……?

 だからこの三十号の身体に現れる結果が――』

 

 ♦︎♦︎♦︎

 

「……はッ、はっ……はっ――」

 

 自分の身体を抱きしめる。

 腕がついてるのを確認して、

 目から何もこぼれていないことを確認して、

 肌を視認して、下半身を視界を移す。

 

 僕の身体には腕がついていて、目はしっかり見えて……

 肌も普通で出血もしていない。

 

「なんや、たった数秒でそんなんかい――

 うちはそれをずっと耐えてたんよ……?」

 

「生きたい……ただそれだけを思って……」

 

「……それは悪い事なんかな?」

 

 その哀しそうな声を聞いて思わず同情しかけた。

 

「……それは、同情できるかもしれねぇがよ。

 だが、それを他人にやるのはちげぇよな……?」

 

 だけどそれはマイク先生の言葉を聞いて思いとどまる。

 そう、そうだ。

 どれだけ辛い思いをしたからって、痛くても世界を憎んでも、それを他人に向けていい道理はない。

 

「ありゃ?残念。

 隷くんは馬鹿だから引っかかりそうやったのに――」

 

「テメェ――」

 

「いいです、先生。

 僕の個性で……試します」

 

 個性による分離。

 だけど本当にできるのだろうか――

 

「そうかい、

 んじゃ頼んだぜ置換た」

 

 彼女の頭に手を触れる。

 まずは観る。

 観測の個性、彼女と彼女の中身……魂の在処を――

 

 紫と黒が捻れ合い確かに混ざろうとしている。

 でもその色と色は未だ別れて混ざり切ってはいない。

 

「……これは、いける……か?」

 

 静かに呟きその魂の境目に集中した。

 

 ……まて、松戸さんは言っていた。

 分離する方法を見つけろ、と。

 だけど僕の個性は置き換える事。

 このままもし……彼女の魂だけを摘出したなら――

 

 あの人の魂に空白が――

 

 何かが聞こえた。

 

『……大丈夫、隷くんはまだ助けられる。

 ちゃんと俺/オレの個性を想い出して――』

 

「……そう、だ。

 カイの――」

 

 僕が"それ"に気づいた瞬間、

 彼女が静かに笑った気がした。

 

「あひゃ――」

 

 目の前の彼女から小さく嘲笑が漏れる。

 まるで、やっと気づいたかと僕を嗤うように。

 

「じゃ、ばいばい……?

 ――君が一番嫌なことしたる」

 

 嫌な気配。

 何度も感じたあの絶望が訪れる前の気配。

 

「知っとるか?

 人は、希望を得てから失う方が、絶望するんやで……?

 せやろ?――シャドウ」

 

 彼女は目の前で嗤っている。

 今が愉しくて愉しくてしょうがないと言いたげに。

 

「――っ!」

 

 瞬間、彼女の顔が黒に包まれる。

 

 

「この身体……誰のやったかなぁ……?

 ……ざんねんやねぇ……救――」

 

 救えなくて――まるでそう言いたげに。

 

 僕の目の前で柘榴のように爆ぜた。

 世界の時間がまるでスローになったかのような錯覚。

 爆ぜたものから散った液体が四方に飛び散るのをただただ眺めるしかない。

 それが何かを頭が理解しようとしない……いや、理解を拒否している。

 

 

 頬にべちゃりと触れる液体。

 暖かな液体。

 静かに手をその液体に触れさせ視界に入れる。

 

「……あ、かい……?」

 

 あったかい、わずかに睡さんの香りがする"それ"。

 赤い液体が飛散し、赤、白、ピンクの"それ"が床に撒かれた。

 

 そして、首から上がない彼女の身体。

 それがどさりと重い音を立てて地面に落ちた。

 

 その身体はとても綺麗で、でもその上には持って綺麗だったものがあったはずで……なのに、もうそこには何もない。

 

 ──赤い液体が溢れるように吹き出し身体は静かに痙攣していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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