推しのために死に続ける話。   作:三つ首黒虎

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あと少し、お付き合いくださいな。
本日は2話連続で投稿してます。
次話は日曜までに…
それでは今回もお楽しみいただければ幸いです。


97話 あの人

 

 僕は進んだ。

 ただただ、あの人を探して一歩一歩着実に進む。

 

 まだ朧げに残っている記憶は"その場所"が遠くにあると告げている。

 だから……僕がそこに辿り着けるか怪しい。

 今この瞬間にも少しずつ足の爪先から崩れ落ちている。

 

 決して速い速度ではない。

 でも、確実に少しずつ自分が欠けて零れ落ちているのを感じた。

 それでも僕は先へ進む。

 進まなくちゃいけない。

 記憶が浮かんではシャボン玉が割れるように消えていく。

 

 

 ハイエンドと呼ばれる脳無と戦うヒーローたちがいた。

 全身が燃え盛る男。

 不敵に笑うウサギの女。

 身体から盾を生成する男。

 どこかでみたことのあるゴーグルをかけた浮浪者のような男がいた。

 

 何か込み上げるものはあった。

 でも、僕にはその時間はない。

 だから素通りした。

 

 ここは僕の求めている場所ではない。

 

 歩みを進めていると地面が崩れ始めた。

 その崩壊は触れるもの全てに伝播している。

 だけど僕はそれすら無視して先に進む。

 

 

 『――あぁ、もう足もない』

 

 

 何処かで見たことのあるそばかすのある少年がいた。

 爆破を使いこなす少年がいた。

 ふわふわと漂う少女、カエルのような少女。

 氷を生成する顔に火傷のある少年がいた。

 

 なにか、約束があった気がした。

 だけど……もうそんな記憶は残っていない。

 

 進む、歩む、先へ――

 

 僕は落ちた。

 いいや、違う。

 ――身体が何処かに吸われている。

 

 吸引力の元に視界を向ける。

 

 ――そこには黒い影が佇んでいた。

 

 まるで僕を望む場所へ連れて行ってくれるように。

 

 だから、僕はそれに吸われて堕ちていった。

 

 

 ♦︎♦︎♦︎

 

 堕ちたはずの僕は空から落ちていた。

 

 なぜ、と言う疑問はなかった。

 個性というのはそういうものだ。

 理由だの原理だのはそっちのけでその人の世界観を現実に落とし込む現象。

 理由を気にするのは、今じゃない。

 

 ここは森だった。

 まず見えたのは大きな女のヒーローと巨人が押し合いをしていたところだ。

 

 あの巨人は観たことがある。

 ――いいや、ないまだ見ていない。

 

 いいや、観た。

 ――僕は何度もあいつを観ている。

 

 僕は識っている。

 ――いいや、知らない。

 

 マルチタスクの個性が僕の思考とは別の発言を繰り返す。

 訳がわからなかった。

 観たはずなのに見ていない。

 知らないはずなのに識っている。

 

 光が見えた。

 甘い香り、明るい光だ。

 それはその巨人が向かう方へと伸びている。

 

 僕は蜂蜜に釣られるハチのように空を漂いながら進んだ。

 

 僕に残っている記憶はほとんどなかった。

 でも……直感が言っていた。

 この先に求めるものがあると。

 

 漂いながら僕は進む。

 懐かしい香りがした。

 でも"それ"は巨人に近づくことは出来ずに突如現れた瓦礫の塊にぶつかり落ちていく。

 

 どうしても"それ"が気になった僕は地面に降りた。

 その時、横を何かとすれ違った気がした。

 

「あ、れ……?今の――」

 

 目の前の何かは僕に違和感を抱いたようだった。

 あぁ、でも今の僕にはそんな時間は残されていない。

 

「――誰か、いた……?」

 

 そんな機能は残っていない筈なのに、

 なぜか僕の頬を温かい水が伝った。

 

 言いたいことがあった。

 言わなきゃいけないことがあったはずだった。

 あぁ……でも僕にそれはもうわからない。

 

 僕の頬からこぼれ落ちた雫は地面にたどり着くことなく消えた。

 

 ――それが少しだけ悲しかった。

 

 

 でも、それより優先することがあった。

 進まないと……僕はあそこに行かなくちゃいけない。

 そんな強迫観念にも似た衝動が僕を突き動かす。

 

 だから、もう下半身のない身体を浮遊の個性で浮かせながら先へ進んだ。

 

 ♦︎♦︎♦︎

 

 しばらく進むと、そこにあった――

 

 "赤い何かで染まった目元を覆うマスクが"

 

 『――あぁ』

 

 僕は辿り着いた。

 ここが――始まりの場所。

 血の匂いに紛れた甘い香りが、胸の奥を叩く。

 

 "そこには綺麗な女の人が横たわっていて"

 

 そして同時に理解した。

 ここが――置換隷(ぼく)の終着点だ。

 

 "そして、その生を終わらせようとしていた"

 

 呼吸は浅く、身体はボロボロ。

 近くに行ってもその呼吸は聞こえるかすら怪しい。

 

「……あ、れ……あなた、だ……れ……」

 

 何故か目の前の女の人は僕が見えているようだった。

 他の誰にも見られなかったのに、なんでだろう。

 そんな疑問が頭をよぎる。

 女の人は言葉を続けた。

 

「ごめ、んなさ……い。

 ……もし、叶うならこれ……渡して、ほしいの」

 

 そう言って女の人は一通の手紙を差し出す。

 僕は首を傾げた。

 ?なんだろう。

 

「い、ま……はちが、う……けど――

 約束、果たせなかったな……」

 

 あぁ、でも困った。

 手紙を差し出されても僕は長くない。

 

 ごめんなさい、

 僕はもうその願いを叶えられないんだ。

 

 

 そう言ったつもりだった。

 でもその声は出なくて、

 あぁ……僕にその機能はもう残っていないと悟った。

 

「ご、めん……ね。

 置換くん――」

 

 ――?覚えのある名前だった気がする。

 そういえば僕の名前はなんだっけ――

 

 

 でも、そうだ。

 僕はもう長くない。

 だから、せめて最後に僕をみてくれたこの人を助けたいと思った。

 

 その人の身体には火傷や創傷、打撲などが全身に広がっている。

 

 でも、五体は欠損していない。

 なら、何とかなるはずだ。

 僕は身体を失ってから、何故か個性の出力が上がっている。

 そして、まだ生きていられる。

 本来であればここまで身体が欠けていて生きていられるわけがない。

 

 身体はきっと枷だったんだ。

 肉体という檻、それから解き放たれた僕は……

 あの個性たちを最高出力で使うことができる。

 

 だから、あの敵を倒せた。

 

 ……あ、れ……?あの敵って誰だっけ……

 

 あぁ、もう記憶が持続しない。

 自分の中の残っているものを思い返そうとして――やめた。

 この人を助ける為にそんな時間を使う余裕はない。

 

 それに……あぁ……この人を死なせない為に……僕は――

 

 ♦︎♦︎♦︎

 

 今の僕に残された個性。

 

 マルチタスク、幻惑、血液操作、体液変換、鎮静、

 肉体維持、遅延再生、意識隔離、浮遊、観測、接触。

 

 足は消えた。

 腕も消えた。

 でも脳と胴体はまだ残っている。

 

 ――個性"マルチタスク"発動。

 思考をさらに細分化、女の人を救うことだけを第一目標に。

 

 誰かと共に過ごした日々があった気がした。

 失意の中であったけど……それは楽しかったような――

 そんな記憶が僕の中から消えた。

 

 

 現状確認、

 創傷による出血多量、

 火傷による皮膚の消失及び内部の乾燥、

 心拍低下、

 ショック状態による意識消失、

 打撲による皮下出血。

 頭部の負傷もある。

 

 そしてここは戦場である。

 だから……助ける為に、

 まずはこの人を隠す。

 

 ――個性"幻惑"を発動。

 個性終了は治癒完了まで、この人をこの世界から隠せ。

 

 

 重ねて同時発動。

 この人に触れなくては治せない。

 幻惑にて腕を生成。

 

 直後……自分の手元から幻惑の個性が消えた気がした。

 ああぁ……そっか。

 この人に付与するならこの人が持ってないとダメだよね……

 

 幻の腕を作った。

 だけどこのままじゃダメだ。

 唯の幻の腕、それに意味はない。

 

 だけど――

 

 ――個性"接触"発動。

 

 接触によりその幻の腕は触れることを可能にする。

 今ここ限りの現実となる。

 

 その人に触れた。

 僅かに暖かさを感じる。

 

 誰かに抱きしめられた記憶があった気がした。

 とても暖かくて、優しくて――

 

 あぁ、でも僕にそんな記憶はない。

 気のせいだろう。

 

 接触の個性も僅かな残滓を残して消えた。

 僕の中にあった◼️◼️(だれか)が消えたからだ。

 

 

 次だ……

 この人がショック死しないように……

 

 ――個性"鎮静"、"肉体維持"を発動。

 

 鎮静により痛みを麻痺させ、

 肉体維持によりこれ以上時間経過で出血させない為に――

 

 そもそもどちらも自分にしか作用しない個性。

 本来であれば他者にこれを適応することは不可能だ。

 ――でも、接触の残滓はまだある。

 だから、奪う要領で――自分から奪って、与える。

 

 

 

 誰かの胸で泣いている瞬間が頭の中に過ぎる。

 ――それは泡のように弾けて消えた。

 

 知らない記憶、識っていた記憶。

 どれも同じように僕の中から抜けていく。

 いいや、記憶だけじゃない。

 僅かに残っていた痛みと身体を動かす感覚が消失した。

 

 察していた。

 もう数秒後には終わってもおかしくない僕が、

 この人を助けるということは……

 僕の中身をこの人に移すことだと。

 

 幸い僕にはそれを可能にする個性と、

 そして、限界を超えた今だからこそ……それを可能にした。

 

 さぁ、次だ。

 

 ――個性"意識隔離"、"遅延再生"、"浮遊"の発動。

 

 鎮静によって眠った意識を隔離し肉体の再生を促す。

 このレベルの負傷だと意識は邪魔にしかならない。

 万に一つとしても治るまで動かすべきではない。

 最優先治療対象は脳と心臓および外傷だ。

 

 頭の中で何かが浮かび……それは形を為さぬまま消えた。

 そして、肉体の崩壊が早くなったのを感じた。

 腕の付け根から胴体への崩壊が目に見えて早くなっている。

 

 ――個性"血液操作"発動。

 

 残っていた傷口から僕の血液を、彼女の身体へ。

 彼女の口から血が噴き出た。

 

 ……あぁ、拒絶反応……だ。

 適応させないと。

 

 ――個性"体液変換"発動。

 

 血液型を――からA型へ。

 そうだ、僕の血液はいろんなものが混ざり過ぎている。

 だから……この人にあった色にしなくちゃ……

 

 こうしている今も何かが浮かび消えている。

 体温が消えた。

 今の僕が生きているかは朧げだ。

 生きている、でも同時に死んでいるように感じる。

 そして、大切だった何かが僕の中からバキンと音を立てて壊れた。

 

 

 

 

 

 ぼくは……なに、を……してるんだっけ……

 

 わからない。

 

 わからない。

 

 今こんなところにいる理由も、

 身体がこんなに寒い理由も、

 何も見えない理由も、

 自分の身体を動かせない理由も、

 なぜこんなにも悲しいのかも、

 なぜこんなにも誇らしいのかも、

 自分の名前も、

 住んでいた場所も、

 過去の記憶も、

 今の記憶も、

 

 なにひとつわからない。

 

 何かが僕の背中を抱きしめた。

 

 暖かい……、それはとても……暖かい。

 

『ね、◼️くん。

 俺の個性……使って――』

 

 個性……、

 あぁ……そうだ。

 個性、つかわなきゃ――

 

 なんだっけ、なんの個性だっけ。

 

『俺の個性は観る力。

 それだけではなんの力もないただ見るだけの力だよ』

 

 そうだ。

 たしかに――観る力だったはずだ……

 ……うん、たしか……観測だ。

 

『最期だから、ちゃんと君の好きだった人を観て。

 後悔してほしく、ないんだ……』

 

 僕を抱きしめてくれている人は何故かとても悲しそうにしている。

 まるでもう取り返しのつかないから、

 せめて最期くらいは――そんな願いすら感じる。

 

 きみは、優しいんだね。

 ありがとう。

 

『――。

 あぁ、よかった。

 個性(こんなの)になっても残っていてよかった』

 

 そう言い残して声の主は消えた。

 さぁ、最後の“個性"を使おう。

 

 ――個性“観測"発動。

 

 目の前の女性の身体を視認。

 意識を鎮静して切り離せてる。

 その意識はふわふわと漂い夢の中にいる。

 

 肉体も血液は僕の(それ)を変えることで補えている。

 身体は時間をかけて……でも確かに少しずつ回復している。

 

 ――よかった。

 たぶん、出来た。

 たぶん、大丈夫だ――

 

 ――あなたは、生きて……ください。

   それが僕の願いだから――

 

 

 

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