記録の地平線~記された器~   作:Chirumori

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姫君と騎士

あれから数日。

今日は訓練もなければルンデルハウスの勉強を見る仕事もなく(僕の担当は算数や理科である。これでも元理系なのだ)、ぶらぶらと街を歩いていた。

算数の文章題にできそうなネタがあれば…と昼下がりの街を歩いて、広場の一角にある建物の前でふと立ち止まる。

アキバの街では珍しい、しかし冒険者のスタイルに合わせたのかそれなり程度には収まっている豪華さの建物。

(そういや、イースタルの姫君がアキバで暮らすことになってるって話だったか)

ここがそれかぁ、と見上げていると。

「おや、姫様に何か御用でしょうか?」

声をかけてきたのはエルフの女性だ。服装からしてここの姫に仕えるメイドだろうか。

「あ、いや用があるとかとはちゃいますねん。ただ、ここが噂に聞く姫さんの住まう場所かーって見物してただけで」

「あら、そうですか。これは失礼しました」

「いやぁ、こっちこそ。他人様の住まいを見物とか言うてごめんなさい」

頭を下げると、メイドさんはおかしそうにクスリと笑った。

「そうだ、よろしければ、姫様に会っていかれませんか?」

「え?いや、そういうんはもっとアポ取ったり…ちゃんと予定訊いたりとかしてからやないとあかんのちゃいますん?」

「姫様は今、お暇ですから」

そう答えられてへぇ、と声が漏れる。この人、メイド服だけど実は秘書兼任とかそういう感じだろうか。

そして現状、僕はこの誘いを断る理由も受ける理由も見当たらない。強いて言えば多少好奇心ぐらいはある、程度だ。

「…ほな、お言葉に甘えさせてもらって…」

「ええ、歓迎いたしますわ。冒険者様」

どうぞ、と促されて僕は屋敷へ足を踏み入れた。

 

 

………姫様、めっっっちゃくつろぎ中でした。

ソファーでだらけて寝ているその姿に、僕はメイドさんの方をチラ見した。

「姫様、お客様ですよ」

「え?え!?」

ガバっとだらけた姿勢からしゃんと座りなおすお姫様に、僕は苦笑した。

「エリッサ、今日はもう訪問の予定はなかったはずよね?」

「ええ。ですから、ついさっきこの方がお会いしたいとおっしゃったので」

「あーーーー………お寛ぎんとこ邪魔してすんません…………」

真面目に好奇心に負けたさっきの自分が憎い。そうだよ貴族のお嬢様だってだらける時くらいあるだろうに。

「では、私はお茶を用意してきますので」

しれっと元凶は退散しやがった。あのメイド―――エリッサさんというらしいが―――中々食わせ物である。取り残されたのは僕と、ガチガチになっているお姫様だけになった。

「お見苦しいところをお見せしました。レイネシア=エルアルテ=コーウェンと申しますわ」

「こちらこそ、用もないのに押しかけてすんません。記録の地平線(ログ・ホライズン)のチノモリちゃんいいます」

お互いに頭を下げ合って会話が始まる。どうも彼女はかなり冒険者の文化を学んでいるらしい。

頭を上げて改めて見ると、なるほど絶世の美少女だ。姿勢の良さも相まってすこぶる見栄えがいい。若干ルーズな部屋着姿というのも僕たちにとっては親しみやすくていい。

ただ、なんだろう。その内側に感じるナニカは。

「用がない、ですか?ではなぜこちらに…」

「前通りかかった時にここがイースタルのお姫様のお家かぁ、って見上げてたら、あのメイドさんに話しかけられて。あとはぶっちゃけ好奇心ですわ。円卓を一人で動かした姫さんがどんなお人か一目見てみたいくらいの」

「一目見てみたい…では、チノモリ様は「チノモリちゃん、な」…チノモリちゃん様は、あの時…」

「僕はそん時チョウシの町におりまして。今や街で語り草になっとる姫さんのご活躍、見れなかったんですよ」

ぶっちゃけて言うと、レイネシアは少し記憶を浚うように考え顔になった。

「チョウシの町…ということは、チョウシ防衛義勇軍の方に?」

「あぁ、そんな名前付いとったんですね僕ら。まぁ、その一員として奮闘しとりました、あの日は」

「あの町をお救いいただき、ありがとうございます」

深々とに頭を下げるレイネシア。あぁ、と僕は声を漏らした。

真っ直ぐで、真摯な感謝の念。これがあの日、アキバの街を動かしたものなのだろう。

「どういたしまして。姫さんにそないに感謝されとるって知ったら、一緒に戦った仲間も喜びますわ」

「では、皆様にもこのレイネシアが心より感謝しているとお伝えください」

ニコリ、と笑顔を浮かべるレイネシア。

―――街で語られる“白銀の戦乙女”としての彼女がそこにあった。

だが、僕の脳裏に残っているのは、さっき部屋に入ったばかりの時、疲労困憊でソファに横になる彼女の姿。

「なぁ、姫さん」

「なんでしょうか?」

「藪から棒…急にこんな話するのも変やけど、この街には慣れはりました?」

「慣れ……そうですね、冒険者様の発明には驚かされるばかりで、慣れるには、少し…」

「ちょっと変化が激しすぎる?」

そう繋ぐと、目の前の美少女はこくりと頷く。

「あー、まぁ、冒険者にも色々やからなー…発明とか大好きな連中も多いし…あ、姫さんが疲れてたんもそれか?」

「それ?」

「いや、アキバの街がこうも発展の一路を辿っとると、大地人も集まってくるやん?商人然り働き手然り。で、後者はともかく商人からしたら冒険者にいっちゃん詳しそうな大地人ゆーたら姫さんになって、それで相談事とか持ち込まれてるんかなって」

「……ご明察です」

疑問から驚き、そしてまた笑顔に表情を戻し、レイネシアは首肯する。

「そら疲れるわけやで。言うたかてアレやん、姫さん確かにここで暮らしとるけど、ぶっちゃけ僕らと大地人ってまだまだお互いわからんことばっかりやろうに」

「ですが…いえ、だからこそ、私がそれを放棄するわけにはいかないのです」

「姫さん、真面目やなぁ。根っこはさっきみたくのんべんだらりとしとるほうが好きやろに」

後半はほぼ無意識で言ってしまってからハッとする。

「……あの時の姿は、忘れていただけると………」

「ごめんごめん。詫び代わりって言うたらアレやけど、また来るからさ。冒険者絡みの質問とかあったら遠慮なく聞いてぇな。僕に答えられる範疇なら答えるから」

「……よいのですか?」

「かまへんよ。ウチのギルマスがあの時中々無茶ぶりぶちかましたって聞いとるし、それも含めてちょっとしたご奉仕や」

無茶ぶり、と聞いてぎゅっとスカートを握るレイネシア。

あの時の姫君の装備については噂伝いにだが聞いたことがある。ロングスカートが基本の貴族令嬢には辛かろうに。

「ウチのギルマス、目的達成のためなら一切容赦せんからなぁ」

「いえ、彼には感謝しています。きっと、彼も最善を尽くしてくれたのでしょうから―――」

そうは言いつつ姫様の表情はすぐれない。その視線がふと上がり、―――表情が凍り付く。

なんぞ、と思って振り返ると、そこには一人の男が立っていた。

 

身長190を優に超えるであろう偉丈夫。

しかし、その体躯とは裏腹に涼し気な印象を与える美青年。

ギルド《D.D.D.》のギルドマスター、クラスティその人がそこに立っていた。

「…おや、ご歓談中でしたかね、レイネシア姫」

「なっ………いっ………どっ…………」

何故、いつの間に、どこから聞いて、と問おうとしたのだろうか。魚のように口をぱくぱくさせる姫君からは、先ほどまでの貴族令嬢のガワはひっぺがれていた。

「姫さん、声出とらんで。深呼吸深呼吸」

「…………いえ、大丈夫です。ところでクラスティ様、どのようにこちらへ?」

「エリッサ殿が通してくれました。これはついでに受け取りました」

しれっと受け取ったらしい紅茶のポットから華麗にカップへ注ぎつつ、しれっと宣うクラスティ。

「……姫さん」

「なんでしょう?」

冒険者として、一つ言っておかねばならないことがある。

「これを冒険者の標準と思わんといてくださいね。この人、冒険者の中でも変人(えいけつ)中の変人(えいけつ)、平均値…一般的な冒険者はこんな慇懃ちゃいますから」

「……それはわかっていますから、落ち着いてください」

「非常に心外ですね。私と貴方は初対面で、初対面でそこまで言われる謂れもないはずですが」

「その初対面であんな心臓縮むような登場されたら、評価がこないもなりますわ」

ウチのギルマスよりよっぽど腹黒だろこいつ、と呆れ顔を向ける。

「………まぁ、いいでしょう」

その一言で話を切り、クラスティは視線をレイネシアへ向けた。

 

 

その後、天秤祭の話を少ししてから、僕とクラスティはレイネシア邸を辞去した。

「…ってか、あの話僕が聞いて大丈夫やったんです?」

「構いませんよ。大丈夫でなかった場合、シロエ君に責任が行くだけです」

「そういう………しれっと人のギルマスを人質にせんといてくれません?」

「貴方が変な事をしなければ済む話です」

まぁ、正論だ。元よりそのつもりもなければ頷くしかない。

「しかし、助かりました」

「へ?」

「これからも定期的に、彼女を訪ねてくれるのでしょう?彼女、相談相手がいませんからね」

「そう思うんやったら、あんたがもっと相談乗ったったらええんちゃいます?」

「私はどうしてか、彼女から恐れられているようですから」

「元凶が何や言うとる…」

再び呆れ顔を向けても、目の前の眼鏡は悪びれもせずに「まぁ、その通りですが」と頷いている。楽しんでるなコイツ…

「ともあれ、よろしくお願いします」

「アンタ父親かなんかかいな…まぁ、元々そのつもりやったけど…あ、そうや」

「どうかしましたか」

「お礼代わりってのもなんかアレやけど、フレンド登録してもええです?有名人にサイン貰うようなノリで悪いですけど」

「………お好きにどうぞ」

まぁいいか、みたいなノリで許してもらえた。

「ありがとうございます。…よしっと。ほな、僕はこの辺で」

「ええ、気を付けて」

感情の見せない笑みを浮かべて手を振るクラスティに背を向けて、僕は歩き出した。

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