姫君との会話からしばらく。
ついに訪れた天秤祭を、僕は屋根の上から眺めていた。
「まぁ、お祭り言うても僕はなぁ…」
元より生粋のインドア派である。冒険者になってからは、かなり矯正されてはいるが。
出かける理由なら二件ほど入ってはいるが、それはどちらも明日である。
さりとて、自室に帰ったところで暇を持て余す他にない。
というわけで、屋根の上からぼんやりと人混みを眺めつつ、ついでにみんなの動向を気配だけで探る訓練も兼ねて暇つぶしとした次第である。
(二つ一緒に動いとるんはルデ公と鈴っちゃん。あの辺は確かマーケットやってるんやったか、デート楽しんどるんやったら何よりかな。直はんは…街中にはないし建物の中か、多分三日月同盟のお手伝いかな?トウヤんは…先生と一緒に食べ歩きか。先生は多分、献立増やすためにやっとるんやろな。あの人その辺余念がないから)
探る中で、時折チリつくような謎の感覚を覚えつつ、仲間の居場所を一人一人確認していく。
最後にシロエの気配を探した僕は、ちょっと驚いて目を開いた。
「マジか、真下やん。灯台下暗しってよぉ言うたもんやな」
呟きながら屋根から飛び出す。ちょっとしたいたずら心である。
空中からエントリーして驚かしたろ、と軽い気持ちで下を向いた僕は―――
彼の状況を見て目を見開いた。
「………ギルマス」
グライドに移行し、ゆっくりと下降しながら僕は口を開く。
その言葉に反応して、シロエだけでなく、彼を挟む二人の美少女―――ミノリとアカツキが視線を上げた。
正に両手に花である。これが普通に街を歩いていたとかなら、僕も口笛だけ吹いて退散していただろう。
だが、彼らがいたテラスは―――
「なにやってんの?」
確かカップル向けのケーキバイキング会場だったはずだ。何をやっとるんだ。
見上げる顔が引きつる。彼らが囲むテーブルには、ホールケーキが所狭しと並べられていた。
他のテーブルを見れば、カットケーキがいくつか乗っているだけである。
―――つまりこれは、カップル用のイベントに両手に花で乗り込んだ阿呆に対する制裁ということだろう。
「―――あほなん?」
それら思考の全てを圧縮し、ため息と共にそう言うと、シロエはむっとした顔でこちらを睨み、そして視線を落とした。
あぁ、自分のやらかしについては理解はしたけど納得はいってないんだな、とテラスの手すりの上で呆れ顔になる。
そのまま同行者二名に視線を巡らせてみると、ミノリは「?」の顔で首を傾げ、アカツキは「私が主君に異を唱えられるとでも」と言いたげな視線を向けてきた。
「うん、ミノリんはイノセント、しょうがないしょうがない。パイセンは…うん、まぁ、しゃーないよな…」
言えたらどれだけ楽なことか、という視線に根負けしていると、足音が近づいてきた。
「あら、シロエ様。1名様追加ですか?」
怖い笑顔で、足音の主のウエイトレスさんが言う。
「あ、いえ、彼女は違いま…」
「いえどうぞお気になさらず。ノルマは増えますけど、構いませんよね?」
「だからちが…「ギルマス、かまへん。ルールは?」えっ」
ちょうど近くにあった余った椅子を引き寄せて座る。
「制限時間は残り25分、延長はありません。一人当たりケーキ4個ですので、頑張ってくださいね?」
にこやかにそれだけ言って去っていくウエイトレスさんを見送って、僕はひとまずカットされたケーキを手づかみで口に放り込んだ。
「えっと…いいの?」
「かまへん、どうせ暇やったし。あないに喧嘩売られたんや、売られた喧嘩は買う主義やで、僕」
テーブルの上のケーキはざっと数えても10個ぐらいはある。僕は割と甘党の自覚はあるが、この量は流石に無理だし、あと4つの追加が確定はしている。
だが。
「安心せぇ、秘策はある…というわけでほいほいっと」
3つほど手の付けられていないケーキを軽くつつき、アイテムとして選択。纏めてメニューからマグに食わせる。
はた目から見ればいきなりケーキが消えたように見えたのだろう、ミノリが「あっ」と焦ったような声を出した。
「…いいんですか?そんなことしちゃって」
「別に、ルールでは割り当て分を【誰が】食べるかは指定されてへんのやろ?現に他の連中含め、男の方が半分以上食っとるやん」
言いつつ二切れ目を口に押し込んで噛み、飲みこんでから息を吐いて続ける。
「で、参加は人数は規定されてるけどそれ以外に規定はない。やったら―――」
マグが一度に食べられるアイテムは3つまで、これは旧PSO2から変わっていない。
だが、この世界はゲームから現実に成った世界だ。
「僕、
これも日々の特訓と開発の成果の一つである、タクト無しでのファミリアの召喚。
あのチョウシでの戦いからこちら、PAやテクニック、スキルの拡張開発を研究してきた結果だ。
―――まさかこんなところで披露することになるとは思わなかったが。
「ぷぅ?」
「ほれ、マルメロ。口開けぇ」
開けた口にケーキを一切れ、これまた手づかみで押し込んでやる。
マルメロはモグモグとしばらく噛んだ後、ふわふわと喜びを表現した。ファミリアは召喚者に似るんだろうか。
「い、いいのかなぁ」
「カップルイベに両手に花したギルマスが何を」
「うっ」
苦笑いのシロエに小声で言うとそれきり黙り込む。
「わ、可愛いですね。私もあげていいですか?」
「ええでミノリん。パイセンもよかったら」
「うむ、なら」
地味にそわそわしていたアカツキも促して、マルメロをつついて二人の方へ送り出す。
これで僕は僕の方で集中できるわけだ、とまたケーキを一つ掴んだ。
「…なんか、巻き込んじゃってごめん」
「貸し一つ。…って言いたいとこやけど、僕が勝手に巻き込まれに来ただけやしノーカンでええで。それにほら」
シロエと一緒に視線を向ける先では、アカツキとミノリが二人でマルメロにケーキを食べさせている。
僕が休み休みホールケーキ1個半を食べている間に、あいつはもうホールケーキ9個分ぐらいを平らげている。化け物か。
「あのほのぼの空間見れただけでもお釣り来るわ」
「そっか」
「…それはそれとして。なんでこんなアホなことしたん?ギルマスは。策士策に溺れるにしても、溺れる策もあらへんがな」
「うっ」
視線を逸らす彼をじーーーーっと見つめていると、やがて観念したように息を吐いた。
「…アカツキとミノリが、同時にこの話を持ってきて…なら三人で参加すればいいか、って」
「………ギルマスってさ。肝心な時にしか役に立たんタイプ?」
「何だよその評価」
「チョウシに援軍に来てくれた時は、心の底から頼りがいのある軍師様やったのになーって。やっぱあの時くらい覚悟ガン決まらんと、本領発揮できひんタイプかって」
言いつつ柑橘系のケーキを齧る。酸っぱさが甘さに浸った舌に心地いい。
「まぁ、僕は事前に準備を重ねるタイプだからね。こういう突発的なのは苦手な自覚はあるよ」
「意外やなー。そのタイプやと、前例がないのも苦手なんちゃうん?」
「苦手だけど、やりようはあったからね。あの時は、目標も手段も明確だったから」
「………なぁるほどなぁ」
目標が【二人ともの誘いを断らない事】でそのための手段が【三人で参加すること】に結論が行ったのが敗因か。
それ以外の要素を考慮できなかったというのは本当にどうかと思う。ちょっと短絡的過ぎやしませんか。
「どうしたの?」
「いやぁ?これから先、ちょおっと苦労しそうやなって」
主にあの二人が、とこれは心の中で付け加え、マルメロと戯れる少女二人を見やる。
「…苦労を掛けないように頑張るよ」
「頼むで?」
そんな会話を交わしながら、時間は過ぎていった。
結果として、マルメロがほとんど食い尽くしたおかげでどうにか制限時間内に目標は達成できた。
流石に本戦には出られなかったが。その事を悔やんでいたのはミノリただ一人だったので、多分彼女なりの考えがあったのだろう。
なお、シロエは『両手に花で出場したのに、途中参加した召喚獣にその二人をほとんど持ってかれた哀れな男』という評価になってしまったのだが、それはまた別の話である。
New skill acquired
『ファミリアタクトレスコール』
タクト無しでタクトPA・武器アクション・スキルを行使できる。
通常攻撃は行えないので『トレブルクリフイグニッション』や『リニアドライブ』などの通常攻撃が絡むスキルは対象外。
『マルメロロングタイムキープ』
PA・武器アクションなどに関わらずファミリアの召喚状態を維持する。
現在はマルメロのみが使用可能。フレドランやヴォルファーを維持しようとするとすごい勢いでPPが減る。
Q.なんでファミリア関連のスキルが伸びてるんですか?
A.本人性能は既に十分だから、拡張性を重視したようです。あと単純に筆者=チノモリちゃんがウェイカー使いでもあるせい。