昼を過ぎた頃、僕はぱっと顔を上げた。
「どうしたの、チノモリちゃん」
「いや………」
チリッと感じた気配の源を探る。でっぷりと太った大地人の商人がそれだった。
「ギルマス、あそこの商人はん、気にかけといてくれへん?何か嫌な予感する」
「わかった」
それ以上は何も言わない彼に感謝だ。
「あら?シロエ様はどこに?」
「あっち。ちょっとトラブル処理中」
果たして、かの商人は小さな販売ギルド相手に居丈高な交渉を始めていた。シロエがそれに割って入っている。
手前勝手な理屈を並べ続ける商人に、あくまでシロエは穏やかに―――いつの間にかついて行っていたアカツキを抑えながら穏やかに、しかし毅然として拒絶している。
「いい気になるなよ、若造!」
遂にしびれを切らしたらしい商人が拳を振るった。シロエがそれを受け止める。
当然、ノーダメージである。
逆にシロエに威圧され、退散する商人を見送って、僕はふわりとミラージュエスケープでシロエたちの下へ向かった。
「お疲れさん、ギルマス」
「チノモリちゃん。さっきみたいなやつ、どれくらいいる?」
先に合流していたヘンリエッタとの会話を切り上げ、単刀直入に返ってきた質問に、僕は顔をギュッと歪めた。
「…正確な数までは。ただ、街中に紛れ込んでることは確かやと思う」
一部の大地人が、欲をかいただけだと思いたかった。だが、さっきの一幕ではっきりとわかってしまった。
アレは、この感覚は―――悪意だ。
その答えに満足したように頷くと、シロエはゆっくりと結論を出した。
「どうやら、アキバに攻撃を加えているやつがいるみたいだね」
それからシロエは、各所に念話で連絡を取った。
警邏として街を回っている戦闘系ギルド。各企画を回しているギルドへの聴収。
やはり、そこかしこで処理能力をオーバーする事態になっているようだ。
「…そっか。うん、じゃあトウヤと合流して。僕からはそれだけ」
最後の念話相手にそんなことを言うシロエを、僕は見上げた。
「ミノリん?」
「うん。〈第八商店街〉の方で手伝いをしてるみたい」
「しっかりもんやんなぁミノリん。あんな中学生そうおらんで」
「うん、僕もそう思う」
戦友の健闘を遠くから祈りつつ、「で」と僕は話を戻した。
「対策は?どないかなりそう?」
「いや、今はまだ…」
「あれ。シロ先輩じゃないですか。〈三日月同盟〉のブースにいたんですね。そうだそうだ」
割って入ってきた声は、〈西風の旅団〉ギルドマスターのソウジロウのものだ。茶会ではシロエを慕っていたと聞いたことがある。
彼が語る『シロエが紹介してくれたケーキショップでの顛末』を聞いて、折れる膝を何とか支えるシロエに、僕は呆れ顔を向けた。
「…なにやってんのギルマス」
「いや、僕があれだけ被害を受けたんだから、本物にも受けてもらわないとって」
「あのさぁ…」
僕が呆れている間に、シロエはソウジロウに―――厳密に言えば彼率いるファンクラブに―――街中の警邏を任せることを決定したようだった。
街中にはソウジロウ親衛隊(正式名称は他にあるらしいが)。
事務処理としてはミノリ。
指揮を執るシロエの傍で即席警邏隊の情報をまとめながら、僕は思考を回す。
シロエの話では、今回の"攻撃"の首魁は、西の大地人とのことだった。
問題行動を起こしたり、事務方に負担をかけているのも西の商人だという。
その狙いは、アキバとの交渉を有利にするための土台作り。
なら、次は何をする?何が来る?
「チノモリちゃん?」
思考が回る。脳内で情報が錯綜する。
「…チノモリちゃん?」
狙い。意図。標的。回りだした思考は意識の海となり、僕を現実から沈めていく。
「おーい、チノモリちゃん」
「ぅっぴゃい!?」
肩に触れられた手の感触で意識が急速浮上して跳び上がる。
「え、ギルマス!?今の声なに!?誰の!?」
「誰のも何も、チノモリちゃん本人だが」
驚いて固まるシロエの横で、アカツキが淡々と言う。
「え、僕あんな声出したん………?」
シロエにも頷かれて僕は頬を掻いた。
「…まぁ、それはええわ。ギルマス、僕、行かんとあかん場所できた。行ってきていい?」
「ああ、わかった」
あっさりと許可が出たのは信頼だろうか。頭を下げて足を動かす。
目指すのは街の中心。今はレイネシアが夕餐会の準備をしているはずだ。
「あら、チノモリちゃん様ですか。夕餐会はまだ始まっていませんよ?」
会場設営をしていたメイドの一人がが頭を下げつつ問う。
「用事が早く済んだおかげでな、ちょっと早う着いた。姫さんは?」
「姫様でしたら、今は奥で…」
その言葉に礼を言って、会場へ足を踏み入れる。
会場内では、レイネシアとエリッサが険しい顔をして話していた。
「どないしたん姫さん。そないに難しい顔しとったら、綺麗な顔が台無しやで?」
「あら、チノモリちゃん様。お早いご到着で」
頭を下げるエリッサさんに軽く会釈で返す。
「あ、チノモリちゃん様…」
同じく頭を下げたレイネシアの顔は曇ったままだ。
「いえ、たいしたことではないんです。ただ、ちょっと憂鬱な相手がいらっしゃるという報が入って…」
「憂鬱な相手ぇ?セルジアット公が抜き打ち授業参観…やないよな、その様子やと」
そんなに嫌な相手がいたのだろうか。レイネシアは積極的に他者を嫌うような人ではないと思うが。
「…チノモリちゃん様でしたら話してもよいでしょう。実は、西の…神聖皇国ウェストランデから、マルヴェス公がいらっしゃるのです」
エリッサの言葉に思わず息を飲む。西の貴族。つまり、それは――――
「前聞いた話やと…昔、ウェストランデ皇王家が崩壊した頃から、こっちのイースタルとはずぅっと睨み合っとる状態なんやったっけ?」
「ええ、その通りです。よく覚えていらっしゃいますね」
二人の笑顔の裏に緊張を読み取って、僕はため息をついた。
「姫さんも…うん、頑張れとしか言えんわ、それは……」
間違いなく、この"攻撃"の本命はこれだ。狙いまでは知らないし、正直知りたくもないが。
お互いに苦笑いして離れた後、僕はギルマス―――もといシロエに念話を飛ばした。
「ギルマス、ええか?―――本命、めっけたわ」