記録の地平線~記された器~   作:Chirumori

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天秤祭 後編

昼を過ぎた頃、僕はぱっと顔を上げた。

「どうしたの、チノモリちゃん」

「いや………」

チリッと感じた気配の源を探る。でっぷりと太った大地人の商人がそれだった。

「ギルマス、あそこの商人はん、気にかけといてくれへん?何か嫌な予感する」

「わかった」

それ以上は何も言わない彼に感謝だ。

「あら?シロエ様はどこに?」

「あっち。ちょっとトラブル処理中」

果たして、かの商人は小さな販売ギルド相手に居丈高な交渉を始めていた。シロエがそれに割って入っている。

手前勝手な理屈を並べ続ける商人に、あくまでシロエは穏やかに―――いつの間にかついて行っていたアカツキを抑えながら穏やかに、しかし毅然として拒絶している。

「いい気になるなよ、若造!」

遂にしびれを切らしたらしい商人が拳を振るった。シロエがそれを受け止める。

当然、ノーダメージである。

逆にシロエに威圧され、退散する商人を見送って、僕はふわりとミラージュエスケープでシロエたちの下へ向かった。

「お疲れさん、ギルマス」

「チノモリちゃん。さっきみたいなやつ、どれくらいいる?」

先に合流していたヘンリエッタとの会話を切り上げ、単刀直入に返ってきた質問に、僕は顔をギュッと歪めた。

「…正確な数までは。ただ、街中に紛れ込んでることは確かやと思う」

一部の大地人が、欲をかいただけだと思いたかった。だが、さっきの一幕ではっきりとわかってしまった。

アレは、この感覚は―――悪意だ。

その答えに満足したように頷くと、シロエはゆっくりと結論を出した。

「どうやら、アキバに攻撃を加えているやつがいるみたいだね」

 

それからシロエは、各所に念話で連絡を取った。

警邏として街を回っている戦闘系ギルド。各企画を回しているギルドへの聴収。

やはり、そこかしこで処理能力をオーバーする事態になっているようだ。

「…そっか。うん、じゃあトウヤと合流して。僕からはそれだけ」

最後の念話相手にそんなことを言うシロエを、僕は見上げた。

「ミノリん?」

「うん。〈第八商店街〉の方で手伝いをしてるみたい」

「しっかりもんやんなぁミノリん。あんな中学生そうおらんで」

「うん、僕もそう思う」

戦友の健闘を遠くから祈りつつ、「で」と僕は話を戻した。

「対策は?どないかなりそう?」

「いや、今はまだ…」

「あれ。シロ先輩じゃないですか。〈三日月同盟〉のブースにいたんですね。そうだそうだ」

割って入ってきた声は、〈西風の旅団〉ギルドマスターのソウジロウのものだ。茶会ではシロエを慕っていたと聞いたことがある。

彼が語る『シロエが紹介してくれたケーキショップでの顛末』を聞いて、折れる膝を何とか支えるシロエに、僕は呆れ顔を向けた。

「…なにやってんのギルマス」

「いや、僕があれだけ被害を受けたんだから、本物にも受けてもらわないとって」

「あのさぁ…」

僕が呆れている間に、シロエはソウジロウに―――厳密に言えば彼率いるファンクラブに―――街中の警邏を任せることを決定したようだった。

 

街中にはソウジロウ親衛隊(正式名称は他にあるらしいが)。

事務処理としてはミノリ。

指揮を執るシロエの傍で即席警邏隊の情報をまとめながら、僕は思考を回す。

シロエの話では、今回の"攻撃"の首魁は、西の大地人とのことだった。

問題行動を起こしたり、事務方に負担をかけているのも西の商人だという。

その狙いは、アキバとの交渉を有利にするための土台作り。

なら、次は何をする?何が来る?

「チノモリちゃん?」

思考が回る。脳内で情報が錯綜する。

「…チノモリちゃん?」

狙い。意図。標的。回りだした思考は意識の海となり、僕を現実から沈めていく。

「おーい、チノモリちゃん」

「ぅっぴゃい!?」

肩に触れられた手の感触で意識が急速浮上して跳び上がる。

「え、ギルマス!?今の声なに!?誰の!?」

「誰のも何も、チノモリちゃん本人だが」

驚いて固まるシロエの横で、アカツキが淡々と言う。

「え、僕あんな声出したん………?」

シロエにも頷かれて僕は頬を掻いた。

「…まぁ、それはええわ。ギルマス、僕、行かんとあかん場所できた。行ってきていい?」

「ああ、わかった」

あっさりと許可が出たのは信頼だろうか。頭を下げて足を動かす。

目指すのは街の中心。今はレイネシアが夕餐会の準備をしているはずだ。

 

「あら、チノモリちゃん様ですか。夕餐会はまだ始まっていませんよ?」

会場設営をしていたメイドの一人がが頭を下げつつ問う。

「用事が早く済んだおかげでな、ちょっと早う着いた。姫さんは?」

「姫様でしたら、今は奥で…」

その言葉に礼を言って、会場へ足を踏み入れる。

会場内では、レイネシアとエリッサが険しい顔をして話していた。

「どないしたん姫さん。そないに難しい顔しとったら、綺麗な顔が台無しやで?」

「あら、チノモリちゃん様。お早いご到着で」

頭を下げるエリッサさんに軽く会釈で返す。

「あ、チノモリちゃん様…」

同じく頭を下げたレイネシアの顔は曇ったままだ。

「いえ、たいしたことではないんです。ただ、ちょっと憂鬱な相手がいらっしゃるという報が入って…」

「憂鬱な相手ぇ?セルジアット公が抜き打ち授業参観…やないよな、その様子やと」

そんなに嫌な相手がいたのだろうか。レイネシアは積極的に他者を嫌うような人ではないと思うが。

「…チノモリちゃん様でしたら話してもよいでしょう。実は、西の…神聖皇国ウェストランデから、マルヴェス公がいらっしゃるのです」

エリッサの言葉に思わず息を飲む。西の貴族。つまり、それは――――

「前聞いた話やと…昔、ウェストランデ皇王家が崩壊した頃から、こっちのイースタルとはずぅっと睨み合っとる状態なんやったっけ?」

「ええ、その通りです。よく覚えていらっしゃいますね」

二人の笑顔の裏に緊張を読み取って、僕はため息をついた。

「姫さんも…うん、頑張れとしか言えんわ、それは……」

間違いなく、この"攻撃"の本命はこれだ。狙いまでは知らないし、正直知りたくもないが。

お互いに苦笑いして離れた後、僕はギルマス―――もといシロエに念話を飛ばした。

「ギルマス、ええか?―――本命、めっけたわ」

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