記録の地平線~記された器~   作:Chirumori

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宵闇の殺人鬼

それは、天秤祭のころからだった。

敬意を払う先輩(アカツキ)が、悩みに陥っていたのは。

お茶会の面々から見ても、それは明らかであったらしい…というのは聞いている。

それはそれとして。

 

「だからって、これはないと思うんやけど」

夜闇の満ちる街並みを見下ろしながら、僕はぼやく。

夜中、寝入ろうとしたら、アカツキが街に出ていく気配がしたのだ。

殺人鬼の噂もあるのに、危険やろ―――そう警告して連れ戻すために追いかけようとして、振り切られて現在に至る。

幸い、アカツキの気配自体は感知できている。それに、彼女とてこんな夜中に野外(フィールド)に出る理由もないはず。

止まっているし、追いつけばいい――――そう考えた刹那。

背後に出現した殺気に、僕は咄嗟に回避行動を取った。

 

『殺人鬼の噂もあるのに、危険やろ』

そう考えていたのはほかならぬ自分だというのに!

回避行動(ステップ)の無敵時間のおかげで、僕自身に被害はない。

だが、それはコスチュームやレイヤリングウェアならともかく、物質として存在している三日月同盟製の服には適用されず、背中を思いっきり切り裂かれる結果となった。

最悪だ、と舌打ちしながら、出現した気配に向き直る。

冬の冷気に、纏わりつく異種の冷気。

それが気配の主、眼前に立つ大男―――実際にはそれほどでもないが、相対的な話である―――から放たれていると察して、僕は息をのむ。

エンバート=エルネス。レベル94。武士(サムライ)

()()。すべてが噓ではないのだろうが、少なくともこれだけがこの男の全てであるはずがない。

その思考をかき消すような稲妻が脳裏を走り、僕は再び地を蹴った。

 

静かな街で、鬼ごっこが繰り広げられる。

行き会ったのが僕で本当によかったと、心の底から思う。

僕の今のレベルは42。殺人鬼と比べれば、ダブルスコア以上の差をつけられている。

勝ち目などあるはずもない。だが、こと生存能力という一点において―――そしてここまでのレベル差があった場合でもなお有効に―――守護騎士(ガーディアン)をも凌ぐのがARKSの能力である。

元より高い回避能力。それに、僕があの合宿以来鍛え続けてきた感知能力。

後者はどう考えても仕様外だが、それは一旦置いておく。

それらを駆使してなお、殺人鬼が持つ冷気属性の継続ダメージに侵され続けている。

そちらはHPが半分を切った時点で、エトワールの持つ継続回復能力(EtHPリストレイト)が相殺してくれている。

だから、そろそろ30分も超えようという激闘の中でまだ生き永らえているのである。

激闘と言っても、こちらがひたすらに回避と弾き返し(パリング)で凌ぎ続けているだけだが―――

男が刀を振るう気配がする。第六感に従って回避行動を取る。

男が刀を振りぬき、遅れて無敵状態の体を刀がすり抜ける感触がする。

レベル差というのは残酷で、その過程を見ることすら敵わない。

それを知っているのだろう、男がいい加減怪訝そうな顔になった。

怪訝そうな顔をしたいのはこっちだ、と続けて繰り出された突きを双小剣(ツインダガー)で弾く。

これだって普通の攻撃相殺ならできない所業なのだ。この世界の理外の仕様に救われている状態であった。

そう、理と言えば。

こんな激闘を繰り広げているというのに、衛兵の影も形も見えないのである。

異常事態、を通り越して常識を揺るがす事態と言えるだろう。

これがゲームならチートを疑うところだ。

(ほんま、一体どないなっとるんや)

そんな風に考えながらも、体は染み付いた回避行動を繰り返す。

 

だが、それも終わりを迎える。

正面からの斬撃を、確かに横に跳んで躱したはずだった。

その直後の背後からの殺気。

回避終了直後の硬直時間に、男の持つ刀が少女の身体を貫いたのだった―――

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