あの夜の死闘から数日。
ちょうど明日がレイネシア姫訪問の日という理由で、年少組の合宿を見送ったその日の晩のこと。
「……パイセン?」
このところ毎日、夜歩き(言い方は悪いが事実だ)をしているアカツキが、今宵も出ていく。
だが、昨日までとは気配が違うような―――
少し逡巡したが、今夜は追うことにした。
アキバの夜を駆けていく小さな影を、フォトンを全力で放出して追いかける。
何が彼女をそこまで駆り立てるのだろうか。
そもそも、追う距離はさほど離れていない。
この距離なら、彼女の索敵範囲に引っかかるはず。
それでも見失わずに追う方を優先したのは僕だが……まさか無視されるとは思わなかった。
いや、無視というよりこれは―――
「……それどころやない?」
そう呟いて、前方の気配に気づく。
片方は、先日世話になった《西風の旅団》の人たち。
もう片方は―――
「
ソウジロウが対峙する殺人鬼に、横から殴りかかったアカツキ。
彼女の言葉に、手前の屋根で停止した僕は目を見開く。
間違いなく、彼女は何かを掴んだのだろう。殺人鬼の情報か、或いはそれに準ずる推測かはわからないが。
「だから逃げて!」
「そんなことには、頷けませんねっ」
当然だろう、と僕はこっそりため息を吐く。
彼は、同じギルドメンバーも被害に遭っているのだ。
冒険者は死んでも生き返る。だが、それが復讐をしない理由にはなるまい。
眼下、ソウジロウの後方では傷ついたギルドメンバーがいる。
先日見た《
殺人鬼との攻防は、辛うじて均衡。だが、いつ崩れるとも知れぬ薄氷の戦いだ。
それでも、ちゃんと攻防になっている辺り、先日の僕よりは数倍マシだが。
そんな薄氷の上の支援を続ける彼女と視線が交差した。
視線だけでやり取りして、彼女の後方に降り立つと
「悪いね、手が回らなくて」
「アレ見たらよく保ってる方や思うで」
軽口を叩き合いつつ、主戦場の方へと視線を向ける。
底冷えする気配を放ちながら、ソウジロウは殺人鬼と斬り結んでいる。アカツキもよく合わせている。
だが、それだけだ。彼らの奮戦は、殺人鬼の足止め以上には機能していない。
「ナズナさん。一足先に帰ってください」
その言葉に、傍らの女性は辛そうな顔で―――先ほどまでとはまた異なる諦めの混ざった顔だ―――頷いた。
「わかった。ギルドホールで待ってる」
最後の障壁魔法を挨拶に代えて、彼女たちは撤退を開始する。
「そっちはどうする?またうちで泊まるかい?」
「いや―――」
僕はアキバの夜空を見上げる。
「行かにゃならんとこがあるから、僕はここで」
「そうかい、気を付けなよ」
やれやれと呆れた視線が刺さるのを感じながら、僕は再び跳躍した。
――――水楓の館は静まり返っていた。当然だ、もう夜半も過ぎている。
だが、その館の中で一つだけ―――半分は勘、半分は確信で―――起きている気配がある部屋へ忍び寄る。
窓を軽くたたけば、部屋の主がベッドの中で身を跳ねさせるのが感じられた。
「姫さん、僕や。こんな時間に悪いな」
暗い部屋の中で恐る恐る身を起こした人影が、視線をこちらに向ける。
暗視能力を持たない大地人である彼女に、この宵闇は酷だろう。
軽く右手を上げて炎を出しながら(待機モーションの応用だ。この辺りの芸当は灯り代わりに便利だったので、かなり初期に習得した)、僕は室内へ声を投げる。
「話がある。入れてくれへんか?」
―――半分勢いで押しかけたが、これはある意味夜這いという奴ではなかろうか。
そんな益体のないことを考えながら、僕は
顔が青いのは、僕の出した炎が青いせいだけではないだろう。
「そんな悪戯がバレた子供みたいな顔せんでも」
「………わかっているくせに」
半ば呆れた僕の声に、レイネシアは若干責めるような口調で応える。
「生憎、僕は
「えっ………」
カマをかけてみれば、図星だったようだ。
アカツキの情報収集能力を疑うわけではないが、あの殺人鬼に関しては円卓所属のギルドたちでさえロクに情報を掴めていない状況。
情報源は自ずと絞られる。彼女は交友関係が広い方ではなく、大地人となれば猶更だ。
「とはいえ、粗方の推測はできる」
冒険者の情報網に引っかからないなら。
「
言葉はない。目を見開いた、それで答えは十分だ。
「姫さんさぁ、もうちょいポーカーフェイス覚えた方がええで?腹芸とか絶対無理やん」
まぁソレが功を奏す場合もあるから良し悪しか…と天秤祭の事を思い出す。
「…………責めないの、ですか」
「何を?姫さんのせいちゃうやろ、
窓からアキバの街を指しながら言うと、「そうではなくてっ」と頭を振られた。
「アカツキさんのことっ!わたしは………!」
「………わたしは?」
オウム返しに問い返すと、少女はぐっと言葉に詰まる。
「…………わたしは、彼女が……勝手に解決してくれたら、って………!」
なんだ、そんなことか。そんな冷めた感想が脳裏に浮かぶ。
それはかつて、
そのくらい、誰だって考えることくらいある―――そう口を開こうとした瞬間。
「アカツキさんは………友だちなのに…………っ!」
舌に乗りかけた言葉は、白薔薇の慟哭に遮られる。
「…友だち、か」
泣き腫らした目でこちらを見下ろす(仕方ない、身長差だ)少女に、ふと微笑みかける。
青い焔に照らされたその顔は、貴族としては見られたものではない。
だが、人間としてとても美しいものだと思った。
「………この話、他は誰に?」
「まだ、誰も……話せるわけがないじゃないですか」
「せやな」
小さく頷き、脳裏に複数の人物を思い浮かべる。
「ひとまずリーゼはんは欲しいな、参謀として。茶会組でやれればええけど、戦闘特化な人らちゃうからなぁ…」
「えっ………と?」
「あぁ、飛躍しすぎてたか。ごめんごめん」
自分の悪癖に苦笑しつつ、少女は姫に向き直る。
「早急に、秘密裏に、どないかせにゃならんのやろ?やったらやるしかないやろ、信頼できる人らで」
「………どう、して」
ようよう絞り出された困惑の声に、僕は前髪を払って答えた。
「友だちを助けるのに、理由が要るかい?」
大変長らくお待たせしました。
ぼちぼち更新していきたいと思います