「遠征、ですか?」
「そそ。レッドストーン山地まで、
水楓の館で、僕はレイネシアにそう応えた。
「うちの年少組と一緒にな。あっちもちょうどいいレベルやし」
「そういや、チノモリちゃんはあの時のパワーレベリングでレベル90近くまで来たけど、《大災害》と同時に始めた初心者やったねぇ」
マリエールの言葉に頷き返しつつ、僕は菓子をマルメロの口に押し込んだ。
「ま、いくら〈ARKS〉特権のアイテムバッグがあるとはいえ、鞄はあるに越したことないからな。アレ食べ物入れたら悲惨なことなるし」
「あぁ………」
隣でアカツキが渋い顔になる。以前に一度、検証のために食べたことがあるからだろう。
あの時は珍しく―――本当に珍しく、にゃん太の渋面を見ることができた。だからって二度とやらんが。
「まぁ、そないなわけでしばらく留守にするっちゅーことや。悪いなぁ、色々大変な時期やのに」
割と真面目に申し訳なく思いながら、僕は頭を下げた。
行方不明の
今のアキバは色々不安定だ。そんな中、街を離れるのは不安、というのが正直なところだ。
「わたしなら大丈夫です。お茶会の皆様もいますし」
そう言って微笑んで見せるレイネシア。
強がりなのはわかる。だが、そうとわかっても言わぬが品性というものだろう。
「ほな、土産話を楽しみにしてな」
「気を付けてな~」
手を振るマリエールと、綺麗な礼をするエリッサに見送られながら、僕はアカツキと共に水楓の館を辞した。
その足で向かうのは三日月同盟だ。
勝手知ったる他所の
彼女もまた、
「よ、ちゃんと休めとる?」
「ええ、はい。ミロードは…?」
「生きとる。だから安心しぃ」
通常、別サーバーに存在するキャラクターの安否を確認する方法はない。
だが、エルダー・テイルとPSO2ではサーバーの定義がそもそも違う。
あちらが『地域ごとに別個独立』なのに対し、こちらでは『あくまで同一世界の平行』。
そのためか、この現実と化したセルデシア世界を僕のシステムは一つの巨大サーバーとして認識している。
だが、所在地表示はバグっているのか不明、さらには念話も不可能ときている。生きているのが確認できるだけ御の字、といったところである。
「顔を合わせると必ずその話だな、リーゼは」
「すみません…」
「かまへんよ、心配なのは当然やろ。僕らかてギルマスが行方不明ってなったら血相変える自信はある」
まぁうちの場合やと、行方不明より書類の山に潰れる方を心配した方がええか、と肩をすくめる。
ヘンリエッタとアカツキの二人から冷たい視線が刺さる。冗談にしては笑えない…というか現実味がありすぎたのだろう。とりあえず咳払いして空気を戻す。
「まぁ、よぉ頑張ってるよな、リーゼちゃん。あんま気ぃ張りすぎなや?」
「大丈夫です。まだまだへこたれません」
意地を張るように返すリーゼをヘンリエッタが―――いつの間にかアカツキを確保している―――嗜める。
「アカツキさんは二十歳なんですよね?」
「? そうだ」
「ヘンリエッタさんはにじゅうは「こほん」
咳払いついでにこっちまで睨まれて、僕はついっと視線を逸らした。僕は何も聞いてない。
「チノモリちゃんは確か、二十二だったか」
「せやでー」
アカツキに頷く。椅子の上で視線が合うこの少女より、一応年上なのだ。一応。
「…なんだか不思議ですね」
「歳のことか?」
「いえ、元の世界にいたら、きっと友達になんてなれなかったと思って」
「そうかもしれないな」
アカツキは若干上の空…というか、ヘンリエッタの攻勢にいい加減途方にくれてきているようだ。返事に気が入っていない。
しかしその想像はどうだろう。オフはともかく、オンラインでの友人関係くらいならあり得そうだが…という僕の思考を、
「いえ、そんなことありませんわ!可愛いは惹かれ合うと申しますもの、私とアカツキちゃんはどうあっても出会ってました!」
ヘンリエッタの声が全部吹き飛ばした。ブレねぇなコイツ。
相変わらずのじゃれ合いを繰り広げる二人を眺めつつ、僕は苦い顔で紅茶を口に運んだ。今日ばかりはノンシュガーでも文句はない。
「やっぱ
「えぇ、そうですね。クラスティ様にずいぶん頼ってたとわかりました」
「そこに関しては僕らも他人のことは言われへんけど」
シロエが彼の不在を嘆いていたのを思い出す。それほどまでに、彼の存在は大きかった。
天性のカリスマ、という奴だろう。円卓会議の発案者はシロエだが、対外に限らずその顔は間違いなく、あのクラスティだったのだ。
「〈円卓会議〉の業務は申し訳ありませんが…」
「いや、別にそこはうちのギルマスも諦めとる思う。ってか、アレの代役おったらリーゼちゃんそんな顔することなかろ」
言いながら顔が険しくなるのを自覚する。多分、こういう扱いは彼自身望んではいなかったろう。
顔を合わせたのは数度―――主に水楓の館への襲撃という形で―――だけだったが、クラスティの人物像は何となく掴めてしまっている。言葉にするのは難しい感覚だが。
「きっと沢山、迷惑かけているし、まだかけてしまいそうです」
そう告げるリーゼに、アカツキとヘンリエッタが笑って励ます。
少し驚いたリーゼに、僕は笑いながら言った。
「ほら、困った時は助け合い、やろ?〈円卓会議〉って、そのための組織なんやしさ」