記録の地平線~記された器~   作:Chirumori

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月に願いを

「何を」

「来い!お前も!僕と!一緒に!」

身を掬いあげる激しい水流の中、僕は一言づつ、叩きつけるように言う。

掴んだ手が酷く痛い。腕が引きちぎれそうだ。

水底の少女は、悲しそうに首を横に振る。

「いいんだ」

「僕が!良くない!」

「いいんだ。私は、愚かだったから」

「知るかそんなこと!」

「私はもう、『ここそのもの』なんだ。だから―――」

言葉の意味は、わからなくもない。

きっと彼女は、この場所―――記憶の還る、冒険者の復活システムそのものとか、そういうことなんだろう。

いや、冒険者に限らないなら、冥界とかそういう感じのものになるのだろうか。

だが。

「知ったことか!お前は!どうしたいんや!?」

掴む手を強め、僕は強く問いかける。

ぎゅっと苦しい顔になった目の前の自分。

「言えっ!」

「私は―――私は」

冒険者に、なりたい。

小さな―――どこまでもか細い声が漏れる。

だが、聞き取れた。

それで十分だ。

五十鈴の歌は響き続いている。逃げ続けていた彼女が、前に踏み出したのだ。

なら、僕も。

この一瞬くらいは。

カッコつけてみせる。

 

「なら―――」

数か月前の光景を思い出す。ルンデルハウスを〈冒険者〉にした、シロエの秘儀。禁術に等しい効力を発揮した、〈契約魔術〉のことを。

発動条件は二つ。一つは、双方の同意。これはもう、達成された。

二つは、契約に見合う対価。

それももう、僕は持っている。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

この身体は特異点(シンギュラリティ)、対価としては十分なはずだ。

目の前の少女が目を見開く。そりゃそうだ。僕だってやられる立場なら絶句する自信しかない。

腕の痛みが消える。二人分の身体が、急速に浮き上がっていく。

 

 

飛翔するさなか、零れ落ちていく記憶。

よく笑いながら遊んでいた幼少期。よくサボってはゲームをして、よく怒られた少年期。そこからあんまり変わらなかった―――変われなかった青年期。

その全てが解けて消えていく。思い出せないことすら忘れていく。

最後に残った、ログ・ホライズンのタイトル画面の記憶。

――――さようなら、かつて(地球)の自分。

別れを告げて、僕は目を閉じた。

 

 

 

 

戦場は混沌を極めていた。

残存する〈北風(ボアレス)の移動神殿〉を死守しようとする〈オデュッセイア騎士団〉。怖れながらもなお暴れまわる〈鋼鉄飛竜(ワイヴァーン)〉。暴虐を振りまく異形を避けながら、まだ戦乱を広げようとする〈闇精霊の従僕(ナイトシェイド・サーバント)〉。

その中心に立つ、剣を手にした暴虐の化身。

北の市街は更地になっていた。怯え、逃げる〈大地人〉を護するものはもはやない。

天から振り撒かれるミノリの障壁も、化身の剣の前では紙切れのように引き裂かれるだろう。

「チノモリちゃん!聞こえますかっ!」

ミノリは必死に声を振り絞った。あの暴虐の化身が、彼女の成れの果てであるならば。超えよ届けと、祈るように。

その声も空しく、化身の剣が最後の神殿を破壊する。怒り狂い打ちかかる騎士団の一人を、木っ端のように払いのける。

「…厳しいね。今はあの機構やサーバント、鋼鉄飛竜(ワイヴァーン)にヘイトが向いているからまだマシだけど」

ロエ2が難しい顔で唸る。レベル90の彼女をしても、レベル100の〈レイド〉ランクのモンスター相手では分が悪いどころの話ではない。

だからこそ、ミノリは祈るように声をかけ続けているのだが―――

「っ!!!」

ぐるり。モンスターの被る仮面と、ミノリは目が合った。

その奥に映る虚ろな―――深い絶望を見た。

「ミノリをやらせるかっ!」

眼下でトウヤが打ちかかる。モンスターのヘイトが動き、トウヤにヘイトが向く。

逃げて。そう言葉にする前に、剣が振るわれる。

一撃でHPを全損し、泡になるトウヤを予期して、ミノリはすぐに蘇生魔法を詠唱しようと―――

「………え?」

その予想は外れた。いい方向に。モンスターが動きを止めたのだ。

歌が、聞こえた。五十鈴の歌だとすぐに解った。

「何が……?」

「…どうやら、帰ってきたようだね」

後ろでロエ2がやれやれと首を振った。

モンスターが左手で、仮面を外す。

その顔から、光が溢れだす。

収束した光が、やがて一人の少女の姿を描き出す―――

「―――チノモリちゃん!!」

ミノリはその少女の名前を叫んだ。

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