ガールズ&パンツァー 女神達のメッセージ(再投稿) 作:熊さん
みんな笑顔である。
みんなと一緒で楽しい!
みんなと一緒に戦車に乗れてうれしい!
訓練場へと向かう『Ⅳ号中戦車』の車内は笑顔の花が満開であった。
小刻みに響く『Ⅳ号中戦車』の振動とエンジン音。
車窓やクルッペから見える、流れてゆく景色。
懐かしいと思うことばかりである。
しかし、さすがは『初代あんこうチーム』のメンバー達である。
訓練場へ向かう間、戦車内で各人は担当する部分の細かいチェックをおこなっていた。
最初に照準器をのぞきながら、砲塔を小刻みに動かしていた「砲手」の五十鈴華が言った。
「砲塔の回転もいいようですね。砲身もスムーズに動きます」
次にヘッドホンを耳に当てて戦車無線の調子を確認していた「通信手」の武部沙織が報告した。
「うん、戦車無線も感度良好! 大丈夫そうだよ」
「装填手」である秋山優花里は、搭載されている徹甲砲弾や榴弾の数や位置を確認し、装填部分の状態をチェックして言った。
「砲弾も揃っています。装填部も異常ありません」
最後に「操縦手」である冷泉麻子が、操縦桿、アクセル、ギア等を順に確認して、自分の感覚と一致した事を報告した。
「……履帯の歪みもないようだ、操縦桿にも誤差はない」
皆の報告を受けて、秋山優花里が、車長席に座る澤梓の方をむいて言った。
「澤殿、遠藤殿たちは、よく『Ⅳ号』を、ここまでレストアされましたね」
「はい。話を聞けば祐子ちゃん以外の「あんこうチーム」のメンバーが整備したそうです」
澤梓の報告に少し驚いた声で、武部沙織が聞き返した。
「……ってことは、4人だけで?」
笑いながら澤梓は質問に答えた。
「もちろん自動車部の人達の協力はもらったそうですが、細かい調整は彼女達がしたそうですよ」
「そういえば、今のあんこうチームって一度バラバラになったんですよね」
情報が早い秋山優花里が、澤梓に確認してみた。
「……はい。祐子ちゃんと一緒に残ったのが、操縦手の大森翔子ちゃんだけで、砲手の浦田かなえちゃん、装填手で、かなえちゃんの双子の妹の恵ちゃん、通信手の北川亜希子ちゃんは一度戦車道を辞めています」
「一度辞めちゃったメンバーを、あんこうチームに戻して大丈夫なの?」
武部沙織が、少し心配そうに聞き返した。
「実は、それも含めて、今日は先輩達に指導してもらいたいんです」
澤梓は、もし先輩達の目利きに合わなければ「あんこうチーム」を解散させても良いと考えていたのである。
「……人の目利きか」
「人の内面を見極めることは、とても難しいことです」
冷泉麻子と五十鈴華は、自分の席でポツリと呟いた。
さらに『初代あんこうチーム』のメンバー達が、自分の担当している部分のより細かいチェックを続けているうちに『Ⅳ号中戦車』は、戦車道訓練場への入口に近づいてきた。
広場の戦車駐車場に後輩達の戦車が横一列に綺麗に並んでいる。
訓練を中止して後輩達は広場の高台に皆整列して、やってくる『Ⅳ号中戦車』を見ている。
遠くで聞こえていた『Ⅳ号中戦車』のエンジン音がだんだん近づいてくるにつれて、整列して待つ『3代目戦車道チーム』の面々は徐々に緊張していった。
「……来た。『Ⅳ号中戦車』だ」
大森翔子は息を飲みながら呟いた。
それに続くように、浦田かなえ、恵、北川亜希子も呟いた。
「……西住先輩達が乗っているんだ」
「……かなえちゃん、ちょっと私、緊張してきた」
「……どうしよう。胸がドキドキしてきた……」
『Ⅳ号中戦車』は、エンジンをかけたまま戦車駐車場に止まった。
後輩達が見守る中『Ⅳ号中戦車』のキューポラが開いた。
中からは、澤梓が下りてきた。
彼女は1人で高台の方へ登ってくる。
澤梓が下りたあと『Ⅳ号中戦車』は、ガタガタと動き出した。
訓練場の中心部へ向かっているようだ。
緊張していた『3代目戦車道チーム』の面々は、肩すかしをくらったようになった。
「あれっ? 下りてきたのは、澤隊長だぜ……」
「……あっ、澤隊長こっちへ来るよ」
大森翔子と北川亜希子が、ほぼ同時に言った。
「『Ⅳ号戦車』どこへ行くんだろう……」
浦田かなえは『Ⅳ号』の行方が気になったようだ。
広場の高台に登ってきた澤梓。
澤梓は整列している後輩達の前に立つと、どうなっているのかを説明した。
「みんなに報告があります! 西住隊長の到着が遅れています。……西住隊長の実家は熊本にあります。今日熊本から来られる予定ですが、その飛行機が遅れてしまっているそうです」
この報告に戦車道のメンバーが一様にざわついた。
しかしそれを抑えるように、凛とした言葉で、澤梓は話を続けた。
「しかし、皆さん心配はいりません。ただ到着が遅れているだけです。必ず隊長はこられます。その到着までの時間を使って、先輩方は『少し練習したい』のだそうです。全員今すぐに双眼鏡を準備なさい。先輩達の練習をよく見ておくように!」
そこまで言った澤梓に対して、大森翔子が右手を上げて質問をした。
「澤隊長、質問よろしいでしょうか?」
「はい、どうぞ」
「澤隊長は今『練習』と言われましたが『訓練』ではないのですか?」
「はい。『訓練』ではありません」
澤梓はきっぱりと言った。
それに対して、さらに大森翔子は質問を続けた。
「一体どう違うのでしょうか?」
「先輩達が言われる『練習』というのは、訓練前の準備運動みたいなものです。……ただし、先輩方の準備運動はとんでもないものです。皆さん、よく見学しておきなさい。勉強になるはずですから」
そう言うと、澤梓は自分から双眼鏡を先に覗き込んだ。
それを見た戦車道チームのメンバー達は、こぞって双眼鏡を覗き始めた。
ガタガタと移動していた『Ⅳ号中戦車』は訓練場の中央で停車した。
しばらくして各ハッチが開いて、中から、武部沙織、秋山優花里、五十鈴華の3人が下りてきた。
澤梓は、下りてきた先輩達の顔を双眼鏡でみて、独り言のようにつぶやいた。
「『Ⅳ号ダンス』からか……」
澤梓の傍にいた大森翔子達『3代目あんこうチーム』の4人は、この意味がわからない言葉に互いの顔を見合った。
「かなえ……聞こえたか? 『Ⅳ号ダンス』って澤隊長、言ったよな」
「うん。翔子もそう聞こえた? でもなんのことだろ? 恵はわかる?」
「ううん……わからない」
「みんな、とにかく見てようよ」
冷静だった北川亜希子は、みんなが落ち着くような口調で言ったのだった。
双眼鏡の中の『Ⅳ号中戦車』。
下りてきた先輩3人は『Ⅳ号戦車』から少し離れたところに移動した。
そして、その次の瞬間『Ⅳ号中戦車』の静かだったエンジン音が、いきなり甲高くうなりだしたのである。
〔ドドドドドド・・・・ギューン! ギュワーン!〕
その途端、爆音を響かせ、土煙を上げて『Ⅳ号中戦車』は急加速で発進したのである。
大森翔子は走りだした『Ⅳ号中戦車』の動きをみて唖然となった。
(何だ……どうなっているんだよ。信じられない……。どうやったらあんな動きができるんだ? これが桂利奈先輩が尊敬した冷泉先輩の実力なのか……)
自分も戦車を動かす「操縦手」だからわかるのである。
今、目の前で起こっている『Ⅳ号中戦車』のとんでもない動きに……。
いきなり急発進した『Ⅳ号中戦車』は、しばらく直線を走った次の瞬間、前のめりになり急停車しようとした。
いや、急停車しようとしているように見えたその次の瞬間、戦車のお尻が上がった状態で進行方向が90度回転したのである。
90度変わったと思ったら履帯の全面が地面に着地した直後に、そのまま『Ⅳ号中戦車』は全速後進に移った。
後進している途中で今度はいきなり『Ⅳ号中戦車』が半回転して、今度は前進し始めた。
この光景に『3代目あんこうチーム』を含む『現戦車道チーム』全員が、もう声も出ない。
『Ⅳ号中戦車』は戦車から下りて立っている3人の先輩達に向かって直進してきた所で、少し左斜めに向いたと見えた次の瞬間、進行方向の右45度の角度の体勢で『Ⅳ号中戦車』は横滑りをはじめたのである。
『3代目戦車道チーム』全員が初めて見る、冷泉麻子の伝説の大技「戦車ドリフト」である。
そして、3人の先輩達の近くに『Ⅳ号中戦車』がゆっくりと停車した。
澤梓は双眼鏡から目を離し『現戦車道チーム』の面々を見て、笑いながら言った。
「うふふ……みんな見た?」
しかし、澤梓の声に誰も反応できなかった。
みんな、ただボーゼンとしていたのである。
大森翔子がやっと正気に戻って吐き出すように言葉を言った。
「あれが……『Ⅳ号ダンス』……」
澤梓は「当然そうなるわよね」といった口調で説明をした。
「そうよ。あれが『女神の翼』と呼んでた「エース操縦手」冷泉麻子先輩の戦車操縦練習の一つ、通称『Ⅳ号ダンス』よ。まるで『Ⅳ号戦車』がダンスしているみたいに見えるから、私達はそう呼んでいたの。……付け加えておくと、戦車があまりに動き回るので操縦手以外は目が回っちゃうから、他の先輩たちは戦車から下りるのよ」
澤梓は、やっと双眼鏡を覗くのをやめた大森翔子に聞いた。
「どう? 翔子ちゃん、同じエース操縦手として」
「すみません、信じられません。……あれが、冷泉先輩の練習なんですか?」
「そうよ。『訓練』じゃないのよ」
大森翔子は、それ以上は何も言えなかった。
澤梓は、再び双眼鏡を覗くと、独り言を言った。
「よかったわ。『Ⅳ号』の動きは良さそうね」
停車した『Ⅳ号中戦車』に、再び3人の先輩が乗り込んだ。
『Ⅳ号中戦車』は、またガタガタと移動を始めた。
双眼鏡で行方を確認している戦車道のメンバーは「多分、射撃訓練場だ」とつぶやいた。
射撃訓練場についた『Ⅳ号中戦車』。
標的台の前、約500mのところに停車したあと砲塔が回り始めた。
そして、豪音と共に、徹甲弾を発射した。
そして、三重の円形の的がある標的の中心に当たった。
発射したあと『Ⅳ号戦車』は、しばらく移動してまた停車した。そして砲撃をする。
これを繰り返している。
双眼鏡でその様子を見ていた砲手と装填手の浦田かなえと恵の姉妹は、少し安心したように言った。
「恵、あれくらいは私にもできるよ」
「そうね、あれくらいは、かなえちゃんにもできるわ」
2人が話しているその間にも『Ⅳ号中戦車』は、徹甲弾を打ち続けている。
澤梓は2人の会話を笑いながら聞いて、双眼鏡から目を外して彼女達に言った。
「そうね。でも五十鈴先輩の実力と秋山先輩とのコンビネーションはこれからよ。見ていてご覧なさい。通称『サジタリウス』よ」
まず、おかしいと気がついたのは北川亜希子だった。
双眼鏡を覗きながら、隣にいる浦田かなえの肩を叩いて呼んだ。
「ちょっと、かなえちゃん。今まで先輩は何発徹甲弾撃った?」
「……うんと、6発ぐらい?」
それを聞いた北川亜希子は「信じられない」と言った声で、浦田かなえに言った。
「ちょっとかなえちゃん、的の方を見て……。中心の黒丸部分しか穴があいてないよ」
「嘘よ、亜希子……いくらなんでも6発も撃てば的は無くなるよ。戦車も移動しているから発射距離も変わっているんだから……」
これに対して少し怒った声で北川亜希子は言った。
「……嘘だと思うなら、自分の目で見てみなさいよ!」
浦田かなえは、標的の方に双眼鏡を動かしてみて驚愕した。
なんと、標的の形が崩れていないのである。
覗いていたそこへ、また豪音と共に徹甲弾が飛んできた。
土煙で一瞬見えなくなったと思ったら、的の中心だけ丸い穴を作っていっている。
今度は浦田かなえが、ボーゼンとなった。
(なんで……、なんで同じところだけ穴が空いていくの?)
澤梓は、今度は浦田かなえにむかって説明をした。
「これが『女神の砲弾』こと「砲手」の五十鈴華先輩の実力よ。静止射撃だったら寸分の狂いもなく、射程内ならどんな距離からでも同じ場所に砲弾を打ち込めるわ。……次は、多分『行進間射撃』ね。ここでは射撃の正確さももちろんだけど、装填スピードに注意して見ていて」
浦田恵は双眼鏡を覗き直した。
装填手として「装填スピードを見ろ」と言われて唾をゴクリと飲み込んだ。
『Ⅳ号中戦車』は、標的にむかって並行になるように車体を向けた。
砲身は進行方向に向いたままである。
すると、いきなりエンジン音がまた跳ね上がった。
土煙を猛然と巻き上げ『Ⅳ号中戦車』は標的と平行に走り出した。
走り出したと同時に、砲塔が動き始めた。
「ドーン」という発射音と共に、1枚目の標的に徹甲弾が打ち込まれた。
発射直後に少し砲塔が動いたかに見えた。
そして、また「ドーン」と発射音が鳴った。
浦田かなえは「えっ……嘘、速すぎる……」と言って絶句した。
1発目の発射終了から5秒経っていないだろう。
それだけの素早い間に2発目の徹甲弾が発射されたのである。
綺麗に同じ1枚目の標的に当たり、砲塔は2枚目の標的を狙い始めた。
《「ドーン」……「ドーン」》
1枚目と同じように、2回、徹甲弾を発射し、2枚目の標的を打ち抜いていく。
同じように3枚目を打ち抜いたあと、しばらく走った戦車は信地旋回した。
信地旋回中砲塔は同時に動きながら、さっき打ち抜いた3枚目の標的に向かって、再び徹甲弾を発射した。
そして、来た道を逆走していく。
来た時と同じように1枚の標的に2回徹甲弾を発射していった。
「あれが五十鈴先輩と秋山先輩のコンビネーション攻撃! 『サジタリウス』よ!」
澤梓は双眼鏡から目を離して、みんなを見渡しながら言った。
そこへ、右手を上げて北川亜希子が質問をした。
「澤隊長、質問があります。」
「はい。どうぞ。」
「通信手の先輩もすごいんでしょうか?」
澤梓は、北川亜希子の質問に「さも当然」といった口調で答えた。
「通信手の武部先輩は、アマチュア無線技士2級の国家資格を持っているのよ」
「……えっ、国家資格ですか?」
「そうよ。だから遠くに電波を飛ばすことができるの。チームがどんなにバラバラに離れて、自分たちが不安になった時も、隊長の指示を「お告げ」みたいに送ってくれてたわ」
『3代目あんこうチーム』のメンバー4人は、あまりに自分達と違う『初代あんこうチーム』の実力に呆然と立ち尽くし声も出なくなった。
そこへ、戦車道を履修する他のメンバーから質問が上がった。
「澤隊長、私からも質問よろしいですか?」
「はい。なんでしょうか」
「『初代あんこうチーム』の先輩方は、あれだけの実力を持っていながら、なぜ戦車道を続けなかったんですか?」
この質問は、その場にいた全員が思った事である。
特に『3代目あんこうチーム』の4人はハッとした顔になった。
戦車道メンバー全員が、澤梓の方を見ている。
澤梓は少し寂しそうな声で質問に答えた。
「先輩達はね……、続けなかったんじゃなくて、続ける事ができなかったの。砲手の五十鈴先輩には本業があってね。……五十鈴先輩は『生花の先生』なのよ」
「えっ……、『お華の先生』なんですか?」
澤梓は小さく頷くと、話を続けた。
「そうよ、それに冷泉先輩は『弁護士になる』って決めていたから2人は戦車道を続ける事ができなかったの。武部先輩も秋山先輩も『2人が続けられないのなら』って思ったのかな。結局、戦車道を辞めちゃったのね。続けているのは、西住流の家元の西住隊長だけ」
大森翔子が、この話を聞いて戦車道全員の気持ちを代弁した。
「そんな……なんだか、もったいないです」
澤梓は「でもね」と言った風に口調を変えた。
「そうね。……だから、今日先輩達が来てくれることを一番楽しみにしていたのは、もしかしたら私なのかも知れないわね。もしかしたら、もう絶対に見ることのできない『幻の先輩達』なんだからね」
3代目戦車道チームは、澤梓の話を黙って聞いていた。
『幻の先輩達』……。
澤梓の言った最後の言葉が胸に残る。
今、目の前に、その『幻の先輩達』がいるのだ……。