ガールズ&パンツァー 女神達のメッセージ(再投稿) 作:熊さん
いよいよ『初代あんこうチーム』の各担当による、個別指導訓練が始まった。
武部沙織が指導する『通信手』を担当するメンバーは、ブリーフィング広場の正面、戦車が一列に並んでいる前に集まった。
「通信手担当のみんなは、これで全員かな?」
武部沙織は、整列して前に並んでいる通信手担当の後輩達を見渡しながら聞いた。
「はい! これで全員です」
メンバーを代表して北川亜希子が返事をした。
その返事を受けて、武部沙織は全員にむかって質問をした。
「じゃあ、みんなに聞くね。……『通信手』って、戦車の中でどんなことをしたらいいのかな?」
なんだか普通すぎる質問である。
しかし、聞かれたら答えなければいけない。
北川亜希子が、再び代表して質問に答えた。
「……はい、連絡の受け答えと状況報告です」
武部沙織はその答えを聞くと、ちょっと残念そうな口調で言った。
「うん。そうだね。でも今の回答なら点数は50点かな。……私ね『通信手』というのは、一番地味で目立たないけどそれこそ縁の下の力持ちだと思うんだ!」
武部沙織が持つ『通信手としての誇り』を、通信手の後輩達に伝えている。
「通信手というのは、味方戦車の位置、相手戦車の動きを常に把握して、それをいざという時、同じ戦車の仲間に伝えることが重要なの。通信手は、唯一、無線で他の仲間の戦車の動きがわかるよね。『応援が欲しい』『助けが欲しい』。もし、自分達が乗る戦車が相手戦車に囲まれていたら、なおさらよね。戦闘中に増援がくることだってあるよね。……そんな時、先回りして伝えるの。自分達の戦車の周り、相手戦車の動きはどんな状況なのか。……命令は車長が出すけど、その前の情報を正しく車長に伝える事、そして正しく他の戦車に車長からの情報を伝える事が、通信手の役目だと思うんだ」
そこまで話すと、武部沙織は、一気に話をまとめた。
「同じ戦車道チームの仲間の為の『レーダー』みたいなものかな。……だから、通信手として、立派なレーダーになってください」
「ハイっ!」
北川亜希子をはじめ、通信手担当のメンバーは全員声を揃えて返事をした。
その返事を聞いた武部沙織は、満足そうに微笑みながら訓練開始を告げた。
「じゃあ、早速訓練はじめるね。」
「ハイっ!」
「まずは『伝言ゲーム』をします」
「『伝言ゲーム』……ですか?」
北川亜希子は想像していた厳しい訓練とあまりに違うので、思わず聞き返した。
それに対してニッコリ笑いながら、武部沙織は答えた。
「そう! ただし時間が短いよ。言われた事を大声で5秒以内に伝える事! それこそ、うるさい戦車の中でも聞こえるくらいにね。……間違えちゃったら、そうね、罰ゲームでその場で『あんこう踊り』してもらおうかな」
「えっ……」
通信手のメンバー全員「あんこう踊り」と言われて、思わず絶句した。
しかし、そんな事は気にしない武部沙織である。
「皆、戦車からヘッドホン持ってきて」
武部沙織に言われた通り、通信手メンバーは各自が戦車の中からヘッドホンを持って戻ってきた。
武部沙織は訓練の前準備をメンバーに指示した。
「みんな一列に並んで。前の人との間は15mは開けて頂戴。……並んだら、みんなヘッドホンをして。それで、私が大きく○を作ったら、前の人だけがヘッドホンを外すの。伝言を受けた人は振り向いて次に伝えて頂戴! 前の人が振り向いたら、次の人がヘッドホンを外して伝言の内容を聞いてね。もちろん、さっき言った通り5秒以内で次に伝える事。……伝言を間違えたり、5秒以上経ってしまったら、そこでオシマイ。……即『罰ゲーム』ね。訓練場の中心に向かって踊ってもらうからね」
武部沙織のとんでもない訓練がはじまった。
一番はじめは、北川亜希子だった。
武部沙織が大きく手で○を作った。
北川亜希子は、ヘッドホンを外した。
そして、北川亜希子に向かって武部沙織はこういったのである。
「うさぎさんチームは601地点を南進、かばさんチームは同じく601地点を北進、残り全車両は601地点西側へ集合!」
北川亜希子は、それを聞いて振り向いた。
次の通信手がヘッドホンを外した。
北川亜希子はありったけの大声で、言われた事を伝えようとした。
「うさぎさんチームは601地点を南進、かばさんチームは601地点を北進、残り車両は601地点に集合!」
いきなり「ピーっ」と笛がなった。
武部沙織が鳴らしたのだ。
警笛は、どうやら持参していたものらしい。
北川亜希子は、ビクッとして振り向いた。
武部沙織は警笛を口から取ると、優しい口調ながら厳しく指摘した。
「はい、ダメ-! 途中はまあ大目に見たけど、最後にやっちゃったね」
「えっ、最後に……って」
北川亜希子は、どこが間違ったのか分からず、武部沙織に聞き返した。
「あなたは、最後に『残り車両は、601地点に集合』って言ったわね。……正しくは『残り全車両、601地点西側に集合』って、私は言ったのよ」
そして武部沙織は、北川亜希子にむかって聞いた。
「えっと、確か『隊長車の通信手』さんよね。名前はなんていうの?」
「はい……北川亜希子です」
「じゃあ、亜希子ちゃん、もう一度聞くね。……『通信手の役目』ってなんだった?」
「……情報を正しく伝えることです」
少しうつむいて北川亜希子は答えた。
それに対してさらに厳しく、しかし優しい口調で武部沙織は、間違いを指摘するのであった。
「亜希子ちゃん……。今のちょっとした間違いが、実は戦車道チームの勝敗を決めることになったかもしれないのよ。……車長が『西側に集合』って言ったのは、敵戦車が東側から来ると予想して、西側に集まって迎撃する体勢を作るためのものなの。『ただの集合』と『西側に集合』とでは意味合いがまったく変わってくるの」
そこまで言った武部沙織は、うつむく北川亜希子に諭すよう言った。
「いい、亜希子ちゃん。……あなたは『隊長車の通信手』なの。あなたの連絡指示は、チームの勝敗をかけた連絡指示なの。あなたは特にその事を自覚しなくちゃね」
「はい、わかりました」
北川亜希子は、あらためて通信手の大切さを知った気がした。
そこへ、笑いながら武部沙織は、あの『罰ゲーム』をするように言った。
「……それじゃ『あんこう踊り」どうぞ! 1番だけでいいよ」
「……はい」
北川亜希子は、やけくそになって「あんこう踊り」を踊った。
しかし、案外上手であった。
他の通信手のメンバーは、交信が一番上手な北川亜希子が、こてんぱんにやられて身を縮めた。
『伝言ゲーム』訓練は、通信手チームにとって以外に難しいものだったようだ。
なんとか一人5秒以内で最後まで回せるようにはなったものの、短時間で1回の連絡をスムーズに回せるまでにはまだ時間がかかりそうな気配である。
武部沙織は、もう一度みんなを集めて話した。
「みんな、頑張っているけど、まだ時間が掛かりすぎてるよ。これができないと、次のステップにいけないの。……この訓練は、みんなができなきゃダメなのよ。車長が判断を決める情報を、正確に伝える訓練なんだからね」
「ハイっ!」
「さあ、みんながんばって!」
武部沙織の激励が効いたのか、初めて短時間で正確に最後まで指示が回った。
一番喜んだのは、指示を回した通信手チームではなく、武部沙織本人だったのである。
「やったね。みんな、やれば出来るじゃん! こんなに上手くやれるなら、もう少し難易度を上げてみようかな」
手を叩いて喜ぶ武部沙織であったが、最後に言った難易度を上げるという言葉に、北川亜希子が反応した。
「えっ……、難易度を上げるんですか?」
しかし、顔の前で手を左右に振って、武部沙織は笑いながら言った。
「アハハ、冗談、冗談よ。まだ何回か繰り返して完璧になるまでやってみようね」
「ハイっ!」
武部沙織は、今度はみんなの並ぶ順番を代えさせた。
そして、連絡指示の問題を並んでいる先頭に伝えた。
そうして訓練は続けられた。
だんだん要領を掴んできた通信手のメンバー達である。
武部沙織が出す問題は、実際に戦車に乗っていて役に立つような内容の問題ばかりなのである。
連絡を受ける時の集中力とそれを頭で記憶する記憶力。そして、それを正しく一言一句間違えずに相手に伝える表現力。簡単そうなゲーム形式なのだが、深い意味のある訓練だったのである。
何回か『伝言ゲーム』訓練を続けるうちに、みんな、うまくできるようになった。
もう罰ゲームの『あんこう踊り』を踊るような者はいなくなった。
武部沙織は、通信手メンバーをもう一度全員集めて、満足そうに言った。
「うん。大夫良くなった! みんな上手にやれるようになったよ。……この訓練は簡単そうだけど、とっても重要だから、毎日必ず一回は全員でやってね。それと、伝言する問題の内容は、みんなで決めておいてね」
通信手のメンバーは、一斉に声を揃えて、「ハイっ!」と答えた。
武部沙織は皆を見渡して、次の訓練に入ることを告げた。
「じゃあ、皆、次の訓練に入るね」
「ハイっ!」
「次の訓練は『鬼を包囲せよ』ゲームだよ」
「……『鬼を包囲せよ』?」
また、北川亜希子は聞き返した。
武部沙織の訓練は、とんでもない名前のものばかりである。
「そうよ。確か戦車倉庫に携帯用の無線機があるよね」
「はい、あります」
「通信手メンバーの人数分あるかな?」
「はい、あります」
「じゃあ、それを持って学校の中庭に移動します」
そこまで言った武部沙織は、ブリーフィング広場の高台にいる澤梓に向かって、大声で聞いた。
「梓ちゃぁん! 今日は何時までの訓練予定?」
「はいっ! 武部先輩、一応4時30分ぐらいを予定しています」
「わかったわ! じゃあ、その頃には戻ってくるね。……それじゃ、全員駆け足で、戦車倉庫へ移動して!」
「ハイっ!」
武部沙織は、久しぶりのランニングだったが、後輩達の手前、苦しい顔を見せるわけにいかない。
さも、なんでもないような顔で走っていく。
そして、戦車倉庫に着いた武部沙織と通信手のメンバーは、携帯無線機を持って学校の中庭に移動した。
『Ⅳ号中戦車』が保管してあったアクリルケースの前に、メンバー全員を整列させると、武部沙織は訓練の内容を説明し始めた。
「まず、この訓練の目的から説明するね。今から行う訓練は、実際に私が経験した戦闘から考えたものなの。ほら、私達のチームって元々戦車の数が少ないでしょ! だから、相手チームにしたら、フラッグ車をわざわざ前線に出さずに隠していればいいのよ。私達は、とにかくフラッグ車を見つけることが最優先になっちゃうわけね」
話を聞いている通信手メンバー全員が、納得して頷いた。
それを見た武部沙織は、微笑むと説明を続けた。
「もちろん敵戦車が迫ってくるから、車長はそれを迎え撃たなくちゃいけないよね。つまり、索敵情報を考えながら、迎撃し続けなきゃいけないの。それって、いくらなんでも無理なのよ。だからこの索敵情報の処理をするのが、私達通信手の役目なの!」
そして、隊長車の通信手である北川亜希子を見て、武部沙織は話を続ける。
「亜希子ちゃんは、さっきいったようにチームの勝敗を決める連絡指示を送る担当だから、この訓練は特に重要よ。いい?」
「はいっ! 武部先輩わかりました」
北川亜希子の返事を聞いた武部沙織は、満足そうな表情になった。
そして、具体的な訓練の説明に入った。
「じゃあ、最初にメンバー全員でジャンケンして一番負けた人が『鬼』です。『鬼』になった人は、学校の中を逃げてもらいます。」
北川亜希子を初め通信手メンバー全員が、武部沙織に注目している。
「次に残った人の中から3人で鬼を追っかけるんだけど、探している途中途中で、自分の今いる場所を無線で報告してもらいます」
ここで武部沙織は、再度皆を見渡して「ここ重要よ」といった口調で話した。
「報告の順番は、最初に『自分の名前』、次に『今、自分がいる場所』、その次は『周りの状況』、ここで鬼を見つけたら『鬼発見の連絡』ね。そして『鬼はどうしようとしているか』の報告だね。無線を受ける人は、この報告から次の指示を考えて出してね。……そして、最後に『鬼』の周囲から一斉に飛びかかりタッチする! 『鬼』が捕まったら次の人と交代! みんな、わかった?」
「ハイっ!」
「まず私が見本を見せるからね。亜希子ちゃんは特によく見ていてね」
「はいっ」
武部沙織の2つ目のとんでもない訓練が始まった。
鬼が決まり、先に学校内に消えていった。
2分経ったあと、武部沙織が決めた3人のメンバーが一斉に動き出した。
武部沙織と残りのメンバーは、携帯無線機に耳を傾けている。
しばらくして、状況報告の第一報が、携帯無線機から聞こえてきた。
「こちら、通信手○○。現在、A校舎南側昇降口です。鬼はいません!」
「こちら、通信手××、現在、B校舎裏、体育館への通用廊下を移動中。鬼は見えません!」
「こちら『あんこう』了解! ○○ちゃんは『B校舎南側昇降口』にむかってください。××ちゃんは『焼却場』にむかってください!」
「了解!」
報告を聞いた瞬間の武部沙織の反応と指示の速さに、北川亜希子を初め通信手の残りのメンバーはあっけにとられた。
武部沙織は目をつぶっている。
そして目を開けたその時に、また連絡が入った。
「こちら通信手○○、B校舎南側昇降口に到着しました。鬼は見当たりません!」
「こちら「あんこう」了解! ○○ちゃんは『大食堂南側から北側』にむかってください!」
「こちら○○、了解しました!」
北川亜希子他、残りのメンバーは真剣に無線報告を聞いている。
武部沙織は、残っているメンバーに対して話しかけた。
「みんな、よく聞いておいてね。学校内の施設はどう配置されているかは知っているよね。……そして、今3人の動きを頭で想像していくの。そしたら、見ていない場所がどんどん限られていくから」
北川亜希子を含め、メンバー全員が小さく頷いた。
そうして、状況報告を聞いているうちに、ついに鬼発見の報告が入った。
「こちら通信手●●、現在『部室棟の東側』です! 『鬼を発見』しました! 鬼は部室棟から西に向かっています。どうやら体育倉庫の方へ向かう模様です。気付かれないよう後を追います!」
「こちら「あんこう」了解! ○○ちゃん、××ちゃんに連絡! 現在の地点より体育倉庫西側へ○○ちゃん、体育倉庫南側へ××ちゃん急行してください。全員目視確認できたら報告すること!」
この通信に、即座に通信手○○と××が「了解!」と連絡してきた。
その後も『鬼』の監視をする●●からの状況報告が入る。
それに対して、武部沙織は的確に指示を与えていく。
そして、武部沙織の「突撃!」の合図で『鬼』は捕まったのである。
武部沙織は、この訓練がどういった意味があるのかを説明した。
「みんな、わかった? 全く動かない私達でさえ他の人の動きがわかるでしょ。そして、もし、これが鬼からの連絡なら……」
そして武部沙織は、自分が状況報告している感じで皆にむかって言ったのである。
「『こちら鬼、現在、体育倉庫を東に移動中、敵戦車3両に包囲されました。応援をお願いします』というでしょうね!」
「あっ……。ここで、さっきの訓練が役に立つんですね」
北川亜希子が、真っ先にこの訓練とさっきの「伝言ゲーム」訓練のつながりを理解した。
「そういうこと! ここで受けた報告を、もし間違って車長に伝えてしまったらどうなるでしょう……ってことだよね」
北川亜希子や通信手メンバーの顔を見渡し、満足そうな表情で武部沙織は言った。
武部沙織から、このゲームに似た訓練の意義を再び理解した通信手のメンバーは、真剣にこの訓練に取り組んだ。
そして、アッという間に時間は4時を回った。
「うわぁ! もうこんな時間になっちゃった。みんな急いで広場に戻って!」
武部沙織と通信手のメンバーは、急いでブリーフィング広場へと戻っていった。
北川亜希子は、あらためて武部沙織の凄さを知った。
実践に役立つ訓練を、皆で楽しく行う方法があることを教えてくれたのである。
みんなの顔は充実した訓練で、満足そうだった。